ある日、
Flowey LV.9999 9999:99
ぼくの世界
【Lily】
――――――――目を、覚ます。
目を開いた感覚と、開いた視界の真っ暗な闇の中で見えた己のナイフを握る手を見えるから、きっとそうなのだろう。体を動かし、起き上がる。感覚は、ある。次に、何処だ此処は、と思考が動く。辺りを見渡しても、あるのは闇ばかり。傍に大事なフリスクが目を閉じているだけで、あとは黒一色で全て塗り潰されていた。どうしてこんな所に自分はいるのだろうと不審に思い、前後の記憶を思い出そうとする。
そこで、思い出した。
金色の花弁を持ったモンスターの、下卑た嗤い声を。
「ッッ!!!!!!!!」
意識がはっきりと、明瞭になる。
私達を庇って攻撃を受け、塵になっていく彼を呼ぶ資格もないのに「お父さん」だなんて呼んで、あと少しで彼のソウルに手が届く所で割られてしまった光景を、思い出してしまった。
………私は、守れなかったのか。死なせたくなかったあの優しい王様を。あんな啖呵を切っておいて?
ぎりっ、という音が口の中で響き、無意識に歯軋りしていた事を知る。
分かっていた筈だ、この世界は
「くそっ」
だん、とあるのかさえ分からない地面に拳を叩き付ける。
「………うぅ、ん」
叩きつけた時の振動が伝わったのか、フリスクが呻き声をあげた。
「! フリスク!」
慌てて顔を覗き込めば、フリスクはうっすらと瞼を開けた。
「………お姉ちゃ、ん………」
「大丈夫? 痛いところは?」
「……ない、大丈夫……」
ゆっくり瞼を開け、ゆるゆるとフリスクは起き上がる。そして、先程の私と同じように辺りを見渡した。
「………ここは……王様は?」
「分からない………でも、ソウルが割られてたし、多分きっと……」
「……そっか、だよね」
王様の安否を答えると、フリスクの顔が悲しそうに翳る。また守られちゃった、と小さく、本当に小さくフリスクは呟く。だがそれもすぐに消え、フリスクは顔をあげた。
「まず、ここを出ないと。どこか、出口は………」
そう言って、フリスクはもう一度辺りを見渡す。そして、ある一点の方向を向いて、ピタリと動きを止めた。
「あ、あれって……」
フリスクの目線の方向に顔を向けると、うっすらと光が見える。
……あれは、決意の光か? じゃあ、やっぱりここは……
「取り敢えず、行ってみようよ。何か手がかりになるかもしれないし」
「………そうだね。此処でじっとしてても仕方ないしね」
フリスクの言葉に賛同し、先に立ち上がる。フリスクに手を差し伸べ、迷うことなく掴んでくれたフリスクを立ち上がらせる。そして、先程見つけた光を道標に進んでいく。
………だが。もし私の予想が正しければ、あの光は……
これから起きるであろう展開に警戒しつつ、直ぐにでも前に出て庇えるようにフリスクの隣を歩く。暫く歩くと、遠くにあった光は手を伸ばせば届く距離にまで近付いた。いつも嫌悪しか感じないその光が、今はより一層憎かった。
「やっぱりこれだったんだ……」
フリスクが、手を伸ばす。光に触れるとフリスクは空中に目線を向け、何かを操作しようとする。その瞬間だった。
ガンッ
何かがぶつかったような音が響き、目の前の空間に赤い亀裂が入る。突如起こった現象に思わずぎょっとして、亀裂を凝視する。
ガンッ
「フリスク、一旦引くぞ!!」
大きな音を立てて広がっていく亀裂に本能的に危険を感じ、咄嗟にフリスクを抱え、後退する。
ガンッ
また、赤い亀裂が大きくなる。そして、
バキンッ
一際大きな音を立てて、空間が割れた。
そこに現れたのは、
「……………フラウィー……ッ!!!!」
私が今世界で二番目に誰よりも憎くてたまらない相手の巨大な面だった。
【やあ!】
急遽もう一度距離を取り、フリスクを背中に隠す。ザーッと砂嵐が走り、その砂嵐が晴れた後にフラウィーはまるで悪戯が成功した子供のように笑った。
【ぼくだよ、フラウィーだよ。お花のフラウィーちゃん!】
聞いていて腹が立つ甲高い声が、大音量で響く。
【あぁ、Chara、ようやく会えたのにそんな顔しないでよ、もう……】
私が憎む資格なんてないのは分かってはいるが、それでも目の前のコイツを睨まずにはいられなかった。憎悪にまみれてぐちゃぐちゃになっているであろう私を見て、フラウィーはまるで誰よりも愛しい人を見つめるようなとろりと溶けるような熱を孕んだ目線を寄越す。その視線さえ、今は鬱陶しくて、気持ち悪くてたまらない。
【……あぁ、そうそう。後ろで隠れてるきみには感謝しないとね】
どうでもいいことを思い出したような素振りを見せ、フラウィーは何の感情も籠っていない目でフリスクを見る。
【あのバカな老いぼれをホントにやっつけちゃっだから。きみがいなきゃ、ぼくはあいつに勝てっこなかったんだよねぇ】
そこでフラウィーは、自分の顔をアズゴアそっくりの顔に変形させる。
【だけど、きみが手伝ってくれたおかげであいつ………】
………――――――死んじゃった。
「………てめぇッ……!!!!」
いけしゃあしゃあと言葉を並べるそいつに向けて怒りに任せて咄嗟に言おうとした『自分の親だろうが』という言葉を何とか飲み込む。ここで今言う言葉ではないと無理矢理自分を納得させ、一層フラウィーを睨むだけにしておく。
【そして人間どものソウルは今や僕の手の中さ! あーッはッはッは!!!!!!】
本当に可笑しそうに彼を嘲る、愉悦を孕んだ嗤い声が空間に木霊する。ぎり、とまた口の中で音がした。
【ねぇねぇ】
また砂嵐が走り、フラウィーが語りかけてくる。
【ぼくは長い間ずぅーっとからっぽだったんだ】
ねっとりと、此方を絡め込んでしまおうとする悪意をたっぷりと込めて、フラウィーは語る。
【ソウルをまた取り込めてすっごくいい気分なんだよ。うーん、ソウルがうねるのを感じるなぁ……】
そこでフラウィーは、憐れむように此方を、フリスクを見た。
【あっごめん、君を仲間はずれにしちゃってるかな?】
「………てめぇの仲間になんざ死んでもなりたくねぇよ」
【え? あぁ! Charaのことじゃないよ、Charaの後ろに隠れてるちーっぽけな人間に言ってるんだよ? Charaはぼくの親友だもん、そもそも格が違うよ】
私の拒絶をどういう風に解釈したのか、フラウィーはにっこりと無邪気に笑って語りかけてくる。その笑顔に思わず虫酸が走った。
【まぁでも、ちょうどいいや。ぼく手元のソウルはまだ六つしかないんだ】
見下したように、私からフリスクに視線を移してフラウィーは言う。
【あともういっこ手に入れられれば……ぼくはこの世界の神様になる!】
可愛らしい顔から凶悪な顔に、フラウィーの顔が変貌する。
【その暁には、この新しい力を使って……】
そこで砂嵐が走り、フラウィーの顔はトリエルさんのような顔になっていた。
【モンスターに。】
次に、口と目を真一文字に引き結んだ人間のような顔に。
【人間に。】
そして、何のモンスターなのかも判別できないほどぐちゃぐちゃに混ざり込んだ顔になる。
【みーんなに。】
ざっと、砂嵐が走る。砂嵐が止むと、そこには狂ったように笑う、恐ろしい笑顔をフラウィーは浮かべていた。
【この世界の真実ってやつを教えてあげるんだ】
「………
【そう! 流石Chara! この世界の女神様になるんだから、これぐらいやっぱり解るよね!】
耳障りな無邪気な肯定と一緒に耳に入ってきた言葉を、一瞬遅れて理解する。コイツは、今なんて……?
「………は? お前、何言って……」
私の言葉に、フラウィーは驚いたように目を丸くする。
【え? だってそうでしょ? Charaはぼくの親友だもん、この世界の女神様にならないとおかしいじゃないか!】
きょとんとしたような顔で、たださも当たり前のことを話すようにフラウィーは言った。
【そして、ぼくとずっと、ずぅーっと一緒にこの世界を支配するんだよ! ねぇ、Chara! 良い考えでしょ!?】
にっこりと、笑顔を浮かべ、フラウィーはそう訊ねてくる。その背中が泡立つ程狂気染みた笑顔に絶句し、何も言えなかった。
【おっと、どうせ前のセーブデータに逃げればいいって思ってるでしょ?】
ザーッと砂嵐がまた走り、フラウィーはフリスクにそう語る。にやり、と顔が歪められた。
【お気の毒ですがきみのセーブデータは消えちゃいました!】
嘲笑うように、おちょくるようにフラウィーは言った。
【でもご安心ください。昔ながらのお友達のフラウィーちゃんが……代わりのデータを用意してあります!】
パッと打って変わって満面の笑みを見せるフラウィーに一層警戒を強める。その瞬間、フラウィーの顔が凶悪な顔に歪んだ。
【オマエの死に様をセーブするためのね】
脅すように、フラウィーは声を低くする。
【オマエを八つ裂きにするぼくの姿を拝ませてあげるよ……何度でも、何度でも、なんどでも……】
隠すことなく叩き付けられる悪意に、どす黒い何かが鎌首を擡げる。その時だった。
フリスクが、私の前に出た。そして、フラウィーに向かって、指を指し示す。
【……は? オマエなんかに本気でぼくを止められるとでも思ってんの?】
その言葉に、フリスクは頷き、腰のナイフを抜き放った。
【へへへ………】
呆れたようにフラウィーは目を伏せ、そして、軽蔑するような眼差しでフリスクを見た。
【き み は 実 に バ カ だ な あ】
そこで、フラウィーは嘲笑うように嗤い始める。そして、また砂嵐が走った。
次の瞬間、莫大な殺気が叩き付けられた。
私達―――フリスクを嘲笑う嗤い声が、闇に響く。
奪われてしまったソウル達が、闇に浮かんで、消えた。
口にするのも厭われる、悍しい巨大な何かが近付いてくる気配がする。
突如として空間に、白い四角の顔面が現れる。
道化のようににやりとした口元
棒のような目が横に裂け、赤と緑の眼球がぎょろりと此方を見下ろす。
そして、ソイツは姿を現した。
目玉を持つ訳の分からない人肌色の造形。
太い蔦のような腕と、その先の紅い鉤爪。
何処かに繋がっているらしい駆動機関が、垣間見えた。
花弁のような形をするパイプの上に、顔の部分であるブラウン管テレビが乗っていた。
その思わず戦慄するような邪悪な姿を、私はよく知っている。
―――――――ゲームだった時に、『オメガフラウィー』、正式名称は『フォトショップフラウィー』と呼ばれていた、悪夢の象徴。
あははははははははは!!!!!
あーッはッはッはッはッはッはッ!!!!!!
まるで狂ったような、嘲りを隠さない嗤い声が、響いた。
【どうだい、Chara! バカな人間どものソウルを取り込んだ、
まるで無邪気な子供が親に褒めてもらいたい一心で見せびらかすように、フラウィーはその姿で私に笑いかける。
【本当はもっと格好いい姿があるんだけど、仕方ないから我慢してもらうしかないんだ。ごめんね? でもね、Charaはもっともっと素敵な女神様にしてあげる!】
頬に手を当てるように、フラウィーはテレビに腕の先を宛て、うっとりとしたような顔で私を見つめる。
【どんな姿がいいかなぁ、女神様って綺麗な存在だし、白一色の服装がいいかなぁ。ああ、でもやっぱりいつもの柄が一番Charaに似合ってるんだよなぁ。金色のお花の冠をつけて、ぼくとお揃いのものもつけて……。ああああ、想像しただけでたまらないよ!!】
そこでハッとしたようにフラウィーは私を見る。
【あぁ、ごめん、Chara! ちゃんときみの要望は聞いてあげるからね! ねぇ、どんな姿がいい? ぼくとしては、やっぱりきみのその柄のドレスか何かがいいと思うんだけど】
にこにこと、此方に笑いかけてくるフラウィーに、私は何も返さない。
【あ、そうだ! お城も用意しなくちゃ! ぼくらの大切なお城! 二人でいっぱい遊べるお城! バカな人間どもがぼくらを崇め奉る象徴を建てなきゃ! ね、そうでしょ?】
何も、返さない。
【それでぼくらがそこから全世界を支配するんだ!! ねぇ、凄いでしょ、Chara! 誰もぼくたちを否定しない、誰もきみを傷付けない理想の世界がぼくたちの手で作れるんだ!! 神様にさえなれば、その理想の世界が手には入るんだよ!!!】
だから、とフラウィーは言葉を続け、此方に歪な手を差し伸べた。
【そんな人間の傍にいないで、ぼくの傍に来てよ、Chara。………ぼくたち、親友だろう?】
にっこりと、Charaが自分の手を取ってくれると信じてやまない満面の笑みを浮かべた顔で、フラウィーはそう言った。ちらりとフリスクを見ると、フリスクも不安そうな目で此方を見ていた。
目線をフリスクからフラウィーに戻し、目を閉じて一つ深呼吸をする。そして、フラウィーを見据え、差し伸べられた手に手を伸ばす。フラウィーの顔が嬉しそうに歪んだ、その瞬間。
「バカはお前だよ、このクソ花」
バシンッ
差し伸べられた手を思いっきり引っ叩いて、私は目の前の
【………え? な、何、してるの? Chara】
私の言葉と行動に、信じられないようにフラウィーは目を見開く。
「私はその『Chara』じゃない、『リリー』だって言っただろうが。私を神様に誘うのはお門違いだ。それにもしも私がその『Chara』って子だったとしても、私はお前の手を取りはしないよ。私の願いは、私が望む理想の世界は、そんなんじゃあないんでね」
【そ、そんな………!! じゃ、じゃあ、どんな世界だっていうのさ!!?】
目に見えて酷く取り乱す様を見ながら、私は不安そうな顔から驚いたような顔になったフリスクの横に並び、自分の願いを告げる。
「私の理想の世界は、『この子が「幸せだ」って笑っている世界』。………お前が言った理想郷なんて、私の願いに掠りもしてないんだよ」
「お姉ちゃん……!!」
フリスクの不安を打ち消すように、頭を撫でながらそう突き付けると、バケモノは信じられないというようにテレビの頭を横に振る。
【そ、そんな、そんなわけがない!!! きみは、き、きみは今度こそぼくがこの世界の神様になるのに、そいつの傍を選ぶ? 違う、そんな筈がないんだ!! ぼくは神様だ、神様なのに、きみに裏切られるわけ、そんな、そんな………】
そこでバケモノは、ふっと、フリスクを見る。そして、どろりと濁った目で凝視した。
【…………そっか、ソイツか。ソイツがきみを惑わせて、そうかああなんで今まで気付かなかったんだろうそういえばそうだったじゃないかソイツが傍にいるからCharaはずっと傷付いてボロボロになって殺されかけて死にそうになってを繰り返してるんだそうだソイツが自分を守らせるためにきみを惑わせてるんだそうに違いないそれしかないそれしかないそれしかないだってCharaがぼくを拒否するはずがないそうだそうに違いないぼくの愛をCharaが受け取ってくれないはずがないCharaがぼくの提案を拒否するはずがないだってだってだってぼくらは親友だもんねきっと騙されて惑わされてるだけなんだそうだきっとそうだCharaが惑わされているだけソイツは悪者ソイツはいらないソイツはぼくらを邪魔するソイツは邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ソイツは消さなくちゃ消さなくちゃ消さなくちゃ、ソイツは、殺さなくちゃ……】
濁りきった目のままで譫言を呟き続けるバケモノを見て、私は一種の憐れみさえ抱く。
だが、もう一切の容赦を向けるつもりはない。
【Chara! お願いだから戻ってきてよ!
縋るように私に言葉を紡ぐバケモノに、私は握り締めたナイフの切っ先を向ける。
「―――やだね。お前の手なんか、取ってやらねぇよ」
その言葉に、ピタリ、とバケモノは動きを止めた。そして、信じられないようにゆるゆると首を横に振る。
【…………そんな、嘘だ、Charaがぼくをききょひきょひ拒否した? そんなわけないそんなわけないそんなわけないそんなわけないそんなわけが、ああそうだ殺さなくちゃ殺して解放してあげなくちゃそうだそうだそうだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア】
頭を抑えて発狂しだし、そして自己完結してギラギラとした目で此方を見るバケモノを尻目に、私はフリスクに呼び掛ける。
「フリスク!! ここまできたらアイツに一切の容赦は無しだ、全力でぶっ飛ばすぞ!!!」
私の呼び掛けに、フリスクは。
「……――――――うん!!」
決意に満ちた顔で頷いて、同じようにナイフをバケモノに向けた。
――――………戦闘、開始だ。
※読みにくくなってしまい申し訳ありません