守りたいもの   作:行方不明者X

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109.判決

【Lily】

 

瞼越しでも眼前を白くする程強かった光が段々と収まり、目が痛くなるほどの光が消えてなくなったのを見計らって、目をそっと開ける。

 

「…………お姉ちゃん………もう、大丈夫かな……?」

「……うん、大丈夫そう。離すよ?」

「うん」

 

声をかけてからフリスクをそっと離し、お互いにお互いの姿を確認する。フリスクの状態は、服が血塗れのボロボロになっているだけで、傷痕一つ見当たらなかった。ソウル達がフリスクの傷を癒してくれたおかげだろう。フリスクが死んでしまうかもしれなかった窮地を救ってくれた彼らに、感謝の念を抱く。

 

「………無事で、良かった……」

「お姉ちゃんこそ、無事でよかったよ」

 

お互いの無事を喜びあい、笑顔を交わす。

 

「………ここは、どこだろう?」

「さぁ………」

 

周りをそのまま見ると、いつも通りの黒の世界が広がっていた。

 

――――――……その中に、たった一体、白色が混じっている。

 

「!!!」

 

ソウル達によってぼろぼろになるほど傷付いて、俯いているソイツが誰かを理解し、ハッとしてナイフを握り、構える。

 

「あんのクソ花………!!! 生きてやがった………!!」

 

脳裏に焼き付いているフリスクの血塗れで倒れ伏せる光景が思い浮かび、ゴウッと目の前の敵に対する憎悪が鎌首を擡げ、目を覚ます。

 

 

――――殺す。

 

ギッタギタに、切り刻んでやる。

 

 

どうしても目の前にいるモンスターに向かう憎悪と怒りが止まらず、それしか考えられなくなる。

 

ナイフを痛くなるほど握り締め、立ち上がる。

 

 

「―――――待って」

 

 

そんな私を、止める声が一つ。

 

 

「………フリスク」

 

 

目の前のモンスターを殺そうとする私の手を強く握り、フリスクは緩く頭を横に振った。

 

 

「駄目だよ、お姉ちゃん。今此処でお姉ちゃんがフラウィーを殺したら、フラウィーが言った通りになっちゃうよ。ぼく、お姉ちゃんがそうなるのはやだ」

「…………でも」

「ダメ」

 

 

Kill or be Killed(殺すか殺されるか)』。

 

 

目の前のモンスターの持論であるその言葉が、脳裏を過らなかった訳じゃない。

 

 

それでも、『殺したい』という意欲が上回っていた。

 

 

「駄目だよ」

 

 

フリスクの決意の籠った目が、私を射抜く。

 

 

その瞳に見つめられると、私の中の殺意が萎んでいく。

 

 

「………フリスクには、ほんっと敵わないなぁ」

 

 

ふぅ、と一つ息を吐く。

 

 

そう言われるのに弱いのをわかってて言ってるな、この子は。

 

 

「………うん、分かったよ。殺さない」

 

 

ナイフを下ろし、フリスクに笑いかけ、頷いた。フリスクも私の返答に満足したのか、少し微笑んだ。

 

 

「………アイツをどうするかは、フリスクが決めなさい。貴女には、その権利があるんだからね」

「うん、わかった。………とは言っても、ぼく自身の答えはもう決まってるけどね」

 

 

そう言ってフリスクは、私を追い越してフラウィーに近付いていく。

 

 

「これ持っててよ」

 

 

私の手に先程まで握っていたナイフを預けて。

 

 

フラウィーの前にまで行くと、フリスクの前に二つの選択肢が現れた。

 

 

『FIGHT』と、『MERCY』。

 

 

相反する選択肢が、提示される。

 

 

目の前のモンスター(罪人)にどんな判決を下すのか。

 

 

私は本来部外者だった人間として、特等(傍聴)席で(裁判官)の判決を見ていた。

 

 

「……………」

 

 

少しの沈黙のあと、フリスクの手が、動く。

 

 

彼女が、選んだのは。

 

 

ピッ

 

 

『………』

 

 

――――……『MERCY』、だった。

 

 

『……何見てんだよ?』

 

 

先程のフリスクよりも満身創痍な体で、フラウィーは首を擡げ、此方を見る。

 

 

『ぼくが反省したとでも思うわけ? ハッ……まさか』

 

 

最後は鼻で笑い、フラウィーは再び顔を伏せる。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が押される。

 

 

『ぼくを見逃したって何も変わらない。終わらせたいならとっととぼくを殺せよ』

 

 

伏せられた顔が、何時まで経っても自分を殺さないフリスクを見る。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が押される。

 

 

『ぼくを生かしておいたら……また戻ってくるよ』

 

 

此方を伺うように見ていた顔が歪む。ゆっくりと体を動かし、フラウィーはフリスクを見た。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が押される。

 

 

『君を殺しに。』

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が押される。

 

 

『皆を殺しに。』

 

 

凄むように、フラウィーの顔がまた凶悪に歪んだ。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が押される。

 

 

『きみの大切な人を皆殺しにね。』

 

 

顔をより一層凶悪に歪めたフラウィーの口から出た言葉に最悪の光景を思い浮かべてしまったのか、フリスクの動きが一瞬止まる。

 

 

ピッ

 

 

―――……それでも、フリスクは。

 

 

『………』

 

 

『MERCY』を、選び続ける。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が、変わらず押される。

 

 

『…………?』

 

 

それを見る度、フラウィーの顔に困惑が滲んでいく。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が、押される。

 

 

『………なんでだよ?』

 

 

意味が分からないと言うように、フラウィーは言う。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が、押される。

 

 

『……どうしてそんなに………優しくするのさ?』

 

 

困惑で一杯だった顔が、与え続けられるフリスクの『MERCY』に泣きそうに歪む。

 

 

「………ぼくは、ただただ、ただ本当に君が羨ましくて、妬ましくて、それで、きみを……何回も、傷付けたんだよ?」

 

 

ゲームには無かった彼の本心が、フリスクに向かって吐き出される。

 

 

「………それをきみは、『赦す』って、いうの……?」

 

 

怖々と、フラウィーはフリスクに問う。

 

 

………此処からでは、フリスクの表情は分からないけど。

 

 

それでも確かにフリスクは、フラウィーの問いを肯定する為に、首を縦に振った。

 

 

「………そん、な………そんなわけない!!!!!」

 

 

フリスクの返事が信じられなかったのか、フラウィーは叫ぶ。

 

 

「ぼくは何回もきみを殺した!!! ビームで焼いて、蔦で貫いた!!! きみは、ぼくが本ッ当に憎くないの!!?」

 

 

フラウィーの糾弾に、やはり殺されまくっていたのかと思う。

 

 

殺意は、湧かない。

 

 

だって、殺されまくっていた本人が、その問いに首を横に振ったから。

 

 

「………そんなわけないよ。焼かれたのも、貫かれたのも、凄く苦しかったし、痛かったよ」

「なら、なら、どうして!!? どうして、ぼくを『赦す』なんて発想が出来るの!!?」

 

 

フラウィーに向けられた筈の言葉が、何故か私にも聞こえた。

 

 

本来聞こえない筈のその言葉に、驚きながらも私は耳を澄ませる。

 

 

「………お姉ちゃんには、さっき言ったけどね。ここで君を殺したら、君が言っていた通りになっちゃう。それに、ぼくにはお姉ちゃんの一生のお願いがある。ずっと昔、お姉ちゃんに、『誰も殺してほしくない』って願われてるんだ。勿論、ぼくもお姉ちゃんにそう願ってる。凄く我が儘な願いだっていうのは分かってるんだけどね、それでも、ぼくはお姉ちゃんが誰かを殺そうとしているなら止めるし、お姉ちゃんだってきっとぼくが誰かを殺そうとしたなら止めてくれるって、分かってるから。

 

ぼくはお姉ちゃんとぼくの願いを叶える為に、君を殺さない。君が言っていた通りには、なってあげない」

 

 

はっきりと、フリスクは拙い言葉でそうフラウィーに告げる。

 

 

―――――………………四年前のあの日。父さん達の葬式の、あの日。

 

 

あの美しい満月が出ていた夜に交わした、お互いの身勝手な願い事。

 

 

本来の普通の子供なら忘れてしまっているだろうそれを、まだ覚えていてくれたことが嬉しかった。

 

 

「…………そんな……」

 

 

フリスクの返答に、フラウィーは愕然として、目を見開く。そして、ハッと気付いたように私を見る。

 

 

「そ、そうだ!! Chara!! この人間に入れ込んでる君なら、きっと君なら、ぼくを殺すよね!!?」

 

 

そう言って縋るように私を見るフラウィーに、私は一つ息を吐く。そして、ゆっくりとフリスクの隣に並んだ。

 

 

そして、手に持っていた二つのナイフをゆるゆると持ち上げ、

 

 

「あ、あはははは、やっぱり――――――」

 

 

――――……パッと、手を離す。

 

 

ナイフは重力に従って手からするりと滑り落ち、からん、という音を二つ、静かなこの空間に響かせた。

 

 

「――――――――え…………」

 

 

再びフラウィーは目を見開いて、ナイフを見てから私を見上げた。

 

 

「あのな、フラウィー」

 

 

しゃがんで、フラウィーと目線を合わせ、私は言う。

 

 

「………確かにね、君のことは憎いよ。憎くてたまらないさ。原型を留めることが出来ないくらいズッタズタに引き裂いて、殺してやりたい。でも、それを本当に行うかはこの子自身が決めるものだ。だって、君に殺されたのはこの子だ。ただ見ているだけしかできなかった私じゃない。その子が『君を赦すこと』を選んだんだ、それだったら私はその判決に従うさ。

そして、理由はもう一つ。さっきこの子が言っていたけど、私達にはお互いに『願い』をかけられてるんだ。正真正銘この子が私のことを『愛している』からこそ想う、優しくて重い願い事をね。私はこの願いを信条としているし、この子にも、同等のものを背負ってもらっている。

 

それがある限り、私は君を殺さない。絶対にね」

 

 

フラウィーにそう言い切って、私は立ち上がり、先程の傍聴席にまでゆっくり後退る。

 

 

勿論、ナイフは床に落としたそのままで。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が、押される。

 

 

『………わかんない。』

 

 

どう足掻いても、判決は覆されることは無い。

 

 

フラウィーはそれをやっと理解したらしく、一言ぽつりとそう呟いた。

 

 

ピッ

 

 

『MERCY』が、押される。

 

 

『わけわかんない!!』

 

 

私とフリスクの判決を、どうしても理解できないらしいフラウィー(ソウルレス)は、泣き出しそうな顔になる。

 

 

ピッ

 

 

 

―――――最後の『MERCY』が、押された。

 

 

 

『………ぜんぜん………わかんないよ………』

 

 

歪めた顔から涙を一粒溢し、フラウィーはそう言い捨てて、地面へと潜ってしまった。

 

 

Flowey ran away(Floweyは逃げ出した).

 

 

そんなアナウンスが流れると同時に、周りの世界に色が戻ってきた。

 

「……………終わった……?」

「みたいだね」

 

周りを見渡してそう呟くフリスクの言葉を肯定し、私も辺りを見渡す。部屋の隅っこに、黒い草臥れたリュックがあるのに気付き、それを回収しにいく。

リュックを開けて、中身を確認する。すると、この地下世界で買った品々が入っていた。これは自分のだと確信し、リュックの底を軽く払って背負い直す。

 

「あ、リュック、あったんだ」

「うん、部屋の隅っこに転がってた」

 

その場で一点を見てぼーっと立ち尽くしていたフリスクに近付いて、そんな受け答えをする。

 

「………それで、出口は……」

「あそこ」

 

フリスクが先程見ていた一点の方を指差し、それに習って視線を動かす。目の前を見ると、ルインズで見たような出口の向こうから、暖かい黄昏の光が差し込んでいた。

 

「………今なら多分、二人とも出られると思うよ」

 

ぽつりと、フリスクが突拍子もないことを呟く。

 

「……え? どうして?」

 

フリスクの口から確信の無い言葉が飛び出し、思わずそう聞き返す。

 

「わかんない。でもそんな気がする」

「………そっか。まぁ、残らなくてすむならいいんだけどね」

 

うっかり口を滑らせてそう言うと、フリスクから悲しそうな目線が送られてくる。

 

「やっぱり残る気だったの?」

「うん、だってフリスクには太陽の下で生きててほしかったし」

「………それだったら、ぼくだってそうだよ。お姉ちゃんには太陽の下で笑っててほしい」

 

二人で顔を見合わせる。そして、同時に少し吹き出した。

 

「なぁんだ、結局思うことは一緒だったのか」

「そうだね」

 

そこで会話が途切れ、沈黙が流れる。

少しして、お互いにお互いの手を伸ばし、強く握り合う。

 

「………かえろうか。地上に」

「…………うん」

 

歩幅を合わせ、一歩一歩を踏み締めながら出口へと向かう。

 

「………あぁ、待って」

「ん?」

 

不意に、フリスクが足を止め、振り返った。そして暫く闇を見つめ、呟く。

 

「…………最後の最後に守ってくれてありがとう、王様。あなたのことは、忘れないよ」

 

悲しそうな声で訃げられた別れが、私の心に染み込んで脈動する。

 

 

――――最後のあのとき、安らかな顔で死んでいったあの優しい王様は、この先きっと忘れられないのだろうな

 

 

そんな思いが、頭を過っていく。

 

 

「……行こう」

「うん」

 

 

今度こそ、出口へと向かう。

 

 

一歩、また一歩と、着実に。

 

 

「―――――さようなら」

 

 

別れを一言簡潔に告げて、私達は、

 

 

 

太陽の光の差す地上へと、踏み出した。

 

 

 


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