【Lily】
*Memoryhead
ギリギリの所で取り込まれるのを回避し、着地する。
「………なに、あれ……」
「わかんね、取り敢えず何とかしないと……!」
びちゃりという音を立てながら流し台から流れ出て、白いどろどろは三つに分裂する。そして、頭だけの様な形を形作る。頭、そして流し台から出てくるという事を加味して考えると、コイツらは間違いない。メモリーヘッドだ。
……メモリーヘッドは、この研究所で一番最初にエンカウントすることになるアマルガメイツだ。三体に分裂し、襲ってくる。メモリーは記憶、ヘッドは頭を意味しているということから考えると、脳では記憶を保存する器官に当たる海馬などのことを指しているのだろうか。そう言えば、コイツらは研究所に集められたモンスターの嫌な記憶の集合体、というような解説を前世で見た気がする。嫌な記憶を保持している頭だからメモリーヘッドというのか……?
………いや、一旦やめよう。答えが見つからなさそうだ。
「取り敢えず今まで通り『ACT』でもしてみたら」
「う、うん………」
思考を切り上げて、選択を促すと、フリスクは怖々と『ACT』に触れる。
*
ゲーム通りのアナウンスが流れ、彼方にターンが回る。
『『『■■■■■■■■■■■■■■■』』』
複数人の声が混ざりあったような訳の分からない叫びをあげながら、ソイツらはずるりずるりと此方に近寄ってくる。攻撃を仕掛けてくると悟り、フリスクの所まで下がって、抱えあげる。その瞬間、びちゃりとソイツらは床に潰れ、幾つもの塊に別れて足下まで這ってくる。
――――――ふふ ふふふふ ふふ
「!?」
聞こえる筈のない笑い声が聞こえた気がして思わず動揺するが、それも一旦切り捨て笑っているような顔で肥大化するソイツらの間を縫い、避ける。狭い部屋の中に響くびちゃり、びちゃりという音が耳にこびりつきそうだ。
*
「………モンスター……なんだ、よね?」
「……それに、該当するんだろうね」
「でもっ、なんか、おかしいよ……まるで………」
――――体の形が、無いみたい
相手のターンが終わり、また三体になったどろどろのソイツらを見て、フリスクはそう言った。
『体の形が無い』とは、中々的を射たことを言う。
………フリスクの言う通り、コイツらアマルガメイツには体のはっきりした形、つまり輪郭が定まっていない。先程の考察の通り流動体に近い体ということもあるだろうが、一度崩れてしまった上に混ざりあってしまった体だ、本来ある筈のないパーツが入り込んで体を保つのが上手くいかないんだろう。こういうのはパズルと理論は殆ど同じだからな。メモリーヘッドに関しては知らんけど。
恐怖感からか、少し震えているフリスクの手が『ACT』に伸びる。ピッという音がした。
*AT-25 DF-25
『状態』をフリスクは選んだらしく、アナウンスが流れた。
『『『■■■■■■■■■■■■■■■』』』
また意味の解らない言葉を吐き散らしながら、メモリーヘッドどもは分裂し、襲ってくる。出来るだけ最低限の動きで避け、取り込まれないように立ち回る。
*But nobody came.
暫くしてターンが回り、此方に戻ってくる。
「どうしよう、どうすれば………」
そう言いながら、フリスクは考え込み、少ししてから何かに気付いたようにポケットに手を宛てる。
「……? どうした?」
「…………お姉ちゃん、何か聞こえない……?」
「え?」
フリスクの言葉に耳を澄ますと、
――――――――ふふふふふ
「!!?」
また、笑い声が聞こえた。
「やっぱり……!」
何か確信を得た様子でフリスクは『ACT』を押し、ポケットを漁る。そして、携帯を取り出した。
*
*
フリスクが携帯を取り出した途端、先程から聞こえていた笑い声が鮮明なものになる。………そうか、先程聞こえる筈のない笑い声って、『ACT』の選択肢でもある電話から聞こえてたのか……!
『『『イッショに遊ボウヨ』』』
「ひっ」
その声が聞こえた途端、一纏まりになっていたソイツらがバラけ、また笑顔を浮かべながら襲ってくる。携帯から聞こえる筈のない子供のような声が聞こえたことに怯えたフリスクが、声をあげる。私がここで悲鳴を上げてはいけないと強く思い、フリスクを抱える力をより一層強くして、メモリーヘッドの攻撃の中を縫っていく。その瞬間、だった。
べちゃ
足に何かが
まとわりつく 感触がする。
足をみれば、 白いものが
―――――ふふふ
笑顔を浮かべたソイツに戦慄が走り、足を振って振り払おうとする。
だが、ソイツは、より一層、私に巻き付いた
その瞬間。
【あああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!】
大きな悲鳴が、頭の中にダイレクトに流れ込んでくる。
「ぐ、ぅッ……!!?」
思わず耳を抑えて蹲りたくなるような断末魔が、頭の中で響く。
【痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ】
助けを求める苦悶の声が、頭の中に流れ込んで止まらない。
これは、まずい。
ぐちゃっ
咄嗟に足についたソイツらを壁に擦り付けて落とし、直ぐ様離脱する。
*But nobody came.
攻撃終わりだったらしく、アナウンスが流れ、メモリーヘッドどもはまた一纏まりになっていく。
「――――――――――ん、お姉ちゃん、お姉ちゃんッ!!」
そこで、フリスクに呼び掛けられているのに気付く。
「………………なぁに?」
呼び掛けているフリスクの顔が泣きそうに潤んでいることに気付き、なるべく優しく返事をする。
「大丈夫!? 他の塊が寄ってきてるって言ってるのに、呼びかけても返事しなかったから、凄く心配だったんだよ!!?」
どうやらずっと声をかけていてくれたらしいフリスクが泣きそうにそう言った。
「………大丈夫。ちょっと予想外の攻撃受けて固まっちゃってたんだ。ごめん」
「攻撃………? やっぱりあれ、攻撃だったの!?」
「うん」
驚くフリスクに頷き、改めて目の前のメモリーヘッドどもを見据える。
「アイツらに纏わり付かれた途端、変なのが流れ込んできた。だからアイツらに触れちゃ、駄目だよ。いいね」
「……うん、分かった」
涙を拭って頷くフリスクの頭を撫で、フリスクの選択を待つ。フリスクは『ACT』に触れ、そして目を丸くした。
「………メモリー、ヘッド。それが、君たちの名前なんだね」
『イッショニ遊ボウヨ』
『イッショニナロウヨ』
『タノシイヨ』
フリスクが『ACT』の選択肢で表示された名前を呟くが、肝心のソイツらは、フリスクの言葉には答えない。
「……………ごめんね。やだよ」
そう言ってフリスクは、『ACT』を押した。
『アッソウカア』
『あのイーハトーヴォの透き通った風』
『ホントニ一緒ニナルノ』
それでも襲ってくるソイツらから、兎に角逃げ回る。このターンさえ逃げ切れば、戦闘が終わる。逃げ切らなければ。
どろり どろり どろ
「…………ッ」
取り込もうと、一緒になろうと近寄ってくるソイツらの間を縫って、狭い中を走り抜ける。
また、あの断末魔を聞きたくない。
逃れられない『死』から逃れようとする、あの悲鳴を、聞きたくない。
その想いが、私の足を突き動かす動力源の一端を担う。
*
暫く避けていると、やっと、待ち望んでいたアナウンスが流れた。
フリスクが、『MERCY』に手を伸ばす。ピッという音を立てて、『MERCY』が押された。
*
*
アナウンスが流れ、メモリーヘッド達は興味を無くしたように、また一纏まりに纏まって、何処かに消えていく。
その瞬間、世界が白黒から切り替わった。
「……………」
「……………お姉ちゃん、もう、降ろしてもらって大丈夫だよ」
暫く動けずに、その場に立ち尽くしていた。すると、フリスクに優しく声をかけられる。
「…………おう、ごめん」
フリスクを降ろし、歩こうとした途端、
「わ、わっ!?」
「……あれ」
体が、崩れ落ちた。
フリスクが咄嗟に支えてくれて、倒れずにすむ。
「………………ごめん、フリスク」
「……大丈夫だけど、お姉ちゃん………大丈夫?」
座り込んだまま謝罪すると、フリスクに顔を覗き込まれ、不思議に思う。
「……何が?」
思わず聞き返せば、フリスクは目を丸くした。
「気付いてないの? 震えてるよ………?」
フリスクの言葉に、今度は私が目を丸くする。
………震えてる? 私が?
まさかと思って手を見れば、確かにカタカタと小刻みに揺れていた。
「………よっぽど、怖かったんだね」
………怖い?
怖い、怖い、恐い………
フリスクの言葉が、頭の中で反芻される。
………そうか。怖かったのか。
そして、震えの原因を理解した。
「………そう、だね。怖かった」
あの白いものが纏わり付いた時、流れ込んできた断末魔と助けを求める声。
『死』から逃れようとするあの声で、『死への恐怖感』を思い出してしまった。
体が動かなくなって、感覚が消えて。
《自分》が『自分』ではなくなっていくあの恐怖を、思い出してしまった。
「…………大丈夫、大丈夫。もう、こわくないよ」
それを見ていたフリスクが、正面から私を抱き締めて、落ち着かせるように背中を撫でてくれた。
その暖かさが、今は、酷く心苦しい。
「………ごめん、ごめんね………」
フリスクの腰に手を回し、抱き締める。
…………何よりも。私は、『
フリスクに、こんな下手すれば人格が掻き消えてしまいそうな恐怖感を何度も味わわせてしまっていたことを、後悔していた。
「………ごめんなさい……」
向き合って整理を付けていたつもりでいた後悔と、思い出した恐怖が混ぜこぜになって、立てなくなってしまう。
「………………ごめんなさい、暫く、こうさせて………」
「………うん、いいよ」
そして、今回も、私はフリスクの優しさに甘えてしまうのだ。