※支離滅裂です
【Lily】
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天井から垂れ下がっていたそいつが床にびちゃりという音を立てて落ち、そしてまた体を作り上げる。
「………なに、あれ……」
腕の中で、体を強張らせ、そして目の前の何かを見つめたまま、フリスクが言う。
「………あの子もモンスター、だよね……?」
「あぁ、多分、ね」
視線の先のその姿は、酷く、『歪』だった。
一番最初に違和感を覚えるのは、その首と目玉、そして頭だろう。
その首は、まるで骨と皮だけのように細く、異様に長い。
先程目が合った目玉は、ただ、真ん中に一つだけ。
ぐらぐらと揺れる頭は、細くて長い首には、些か大きすぎる。
そんな不安定で今にも崩れてしまいそうな細い体躯は、何とか『鳥類』と分かるような形をしている。
自分の知識の中のモンスターと照らし合わせ、そして、確信する。
こいつは、リッパーバードだ。
「取り敢えず、調べてみなきゃ………」
フリスクの震える手が『ACT』に伸びる。手に持っていた懐中電灯を邪魔だと思って足元に落とし、足で後ろに蹴って転がす。そうして自由になった両手で抱き寄せたフリスクの
体を背中と膝裏で支え、抱え上げる。
その瞬間、
■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「が、ぐっ!?」
突如、頭の中に複数の人が同時に喋っているようなノイズが流れる。あまりにも突然すぎる現象に咄嗟に頭を抱えて蹲りそうになるのを堪え、リッパーバードを見据え続ける。
『■■■■■■■■■■』
リッパーバードが首をぐらぐらと揺らめかせながら複数の声を混ぜ合わせたような声で何かを言うと、そのモンスターの頭部の周りに、
ひらり。
「………ちょう、ちょ?」
蝶が、一匹。
突如現れた蝶に対する腕の中のフリスクの疑問の声も今は聞き流し、何処かからひらひらと吸い寄せられるように一匹、また一匹集まってくる蝶を見続ける。
やがて、『夥しい』と言っていいであろう程の蝶が頭に集った。
「■■■■■■■■■■■!」
「ひっ」
先程恐怖を抱いた目さえ見えなくなった彼らは、翼らしき部分を広げて床に膝をつき、声をあげる。腕の中のフリスクが、小さく跳ねた。
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相手はただ悶えるだけで、そのまま何もせずに此方にターンが回る。時折首が切れたり、また繋がったりを繰り返すリッパーバードの挙動を見据え続ける。群がる蝶が邪魔でよく見えないが、ゆらゆらと頭が揺れているらしく、蝶の大群が揺れ動いている。
「………どうしよう、どうすれば……」
震えるフリスクが、『ACT』に手を伸ばしたまま固まる。
「……フリスク、落ち着け」
「……でも」
フリスクを抱く腕に力を少し込め、出来るだけ優しい声をかける。フリスクは私を不安そうな目で見上げ、口籠もる。
「大丈夫、どうにかなるよ。今までだってなんとかなってきたじゃん」
フリスクにとっては不確か過ぎる言葉だろうが、少しでも気休めになればいいと考え、そう言葉を掛ける。
………ここを切り抜ける為には正解である混ざったモンスターの『MERCY』条件を行えばいいと言ってしまえばいい。でも、そう判断するだけの情報が圧倒的に足りない。私は何も知らない体で此処に居るのだから、何故それに辿り着けたのか、不審に思われる。私は知らないフリをして、元気付けて、回避することしかできない。それが、とても歯痒い。
「…………うん、そうだね」
そんな考えが頭を過っていくなか、フリスクの青褪めていた顔が少しだけ良くなる。気休めにはなったらしい。
「間違えちゃうかもしれないけど、いい?」
「あぁ、もちろん」
私がフリスクに頷けば、フリスクも頷き返して『ACT』に触れた。そしてリッパーバードを見据え、口を開く。
*
*
リッパーバードに対して悪口でも言ったのか、アナウンスが流れた。これは確か、正解の選択肢だった筈。あと、二つ。
『■■■■■■■■■?■■■』
また聞き取れない意味不明な言葉を吐き散らしながら、蝶をまとわりつかせたままのリッパーバードが少しづつ近づいてくる。リッパーバードが一歩一歩歩く度に此方に飛んで来る蝶の群れを間を縫って避け、距離を詰めさせないようにじりじりと後退る。
………後ろに壁があるから限界まで下がるのは悪手だ。程々の距離にしないと、逃げ場が無くなる。
*,
奥の壁に近付いた所で、顔に群がっていた蝶が全て攻撃に回っていなくなってしまったからか、またあの特徴的な一つ目が見える。此方にターンが回るとフリスクはすかさず『ACT』を押し、行動に移る。
「お姉ちゃん、一回降ろして」
「……ん、分かった」
覚悟を決めたらしいフリスクの言葉に従って、フリスクを降ろす。地面に足を着けた途端に謎のポージングを取ったフリスクをすぐにまた抱き上げられるようになるべく近くにいるように立ち回る。
*
*|, recognizes it has more to learn from this world《,は世界には知らないことがまだ沢山あると悟った》.
『■■■■■■■■■■■』
正解を選んだフリスクの行動を見て、何か言葉を発し、リッパーバードは首を振る。
その瞬間、
ぼろり
首が、落ちた。
「!!!」
そのまま此方に真っ直ぐ飛んで来る首に攻撃だと気付き、直ぐ様フリスクを抱え上げる。ぼこぼこと音を立てて頭が再生する度に首が落ちる異様すぎる光景に、背筋が泡立つ。
『■■■■!』
鋭い嘴を大きく開けて噛み付こうとしてくる無数の一つ目の生首を何とか横に避け続ける。大きく開けられた嘴に、歯が生えているのが垣間見えた。人間の歯にそっくりな本来の鳥類ならあり得ない歯に、ぞっとする。
*,
十数個くらいの生首を避けると、ようやく攻撃が止んだ。ターンが回ったのを確認し、フリスクは『ACT』を押し、行動に移る。私に抱えられたままフリスクは服の裾で手を拭い、リッパーバードに良く見えるように突き出す。
*
*
「ごめんッ」
「気にすんな!」
『■■■■■■』
フリスクの手を凝視して首を傾げるリッパーバードにまた蝶が集り始め、極め付けにアナウンスが流れたことにより攻撃されると悟ったらしいフリスクが顔を歪めてそう言った。その謝罪に短く言葉を返し、また此方に飛来する蝶の群れを避ける。
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蝶の群れを避け続け、全ての蝶がまた消えて『ACT』が表示された途端、フリスクは叩き割るんじゃないかという勢いで『ACT』を叩く。そして、小さく口を動かす。
*
*
ただし無情にもリッパーバードにその『ACT』は意味が無かったようで、そんなアナウンスが流れた。
『■■■■■。■■■■』
何かを叫ぶリッパーバードの首がまたぼろりと落ち、此方に飛来する。幾つもの一つ目に見つめられるという恐怖で一瞬体が固まるが、腕に抱える体温を思い出し、怖がるのは後で幾らでも出来ると切り換えて回避を続行する。私達を通り過ぎていった首は壁にぶつかっているらしく、びちゃりびちゃりという音が後ろで響いては足元を蠢く白いモノが通り過ぎて、リッパーバードに還っていく。
*,
生首が全て消え、此方にターンが回る。すかさずフリスクは『ACT』を叩き、私を見上げた。
「降ろして」
「はいよ」
フリスクの指示に従ってそっとフリスクを降ろすと、フリスクはリッパーバードと向き合い、そして教会でカミサマに祈るように、跪く。
*
すると、それを見たリッパーバードは、目を真ん丸に、それこそ溢れ落ちそうな程見開いた。
「…………あぁ、そうか」「そうだ」「ゲコッ……」
そして、ふっと目を瞬き、何かに気付いたように、ぽつりとそう呟いた。
*
『やっと分かってくれた』『勇気……』『ゲコッゲコッ』
被って聞こえていた複数の声が、はっきり明確に別れた声で聞こえる。ぼうっと突っ立っているリッパーバードにまた蝶が群がり、ひらひらと此方に飛んで来る。またフリスクを抱えて回避を続ける中、心無しか、先程よりは飛来するスピードが遅く感じられた。
*
やっとアナウンスらしいアナウンスが流れ、『ACT』に手を伸ばしたフリスクが、名前が黄色くなっていることに気付いたのか、安心したようにほうっと息を吐く。そして、『MERCY』に手を伸ばした。
*
*
そのアナウンスが流れると同時に、リッパーバードは飛び上がる。そして天井に貼り付くと、そのまま見えなくなってしまった。
世界に色が戻ってきた。
「………ふぅっ」
フリスクを地面に降ろすと、漸く戦闘が終わったという安堵からか、息が溢れた。つぅっ、と汗が一粒首を伝っていく感覚も同時に覚える。
「お姉ちゃん、大丈夫だった? また怖くなったりしてない?」
その様子をまた恐怖しているんじゃないかとでも捉えたのか、フリスクは私を見上げ、気遣う言葉をかけてくれる。
「うん、大丈夫だよフリスク。今度は攻撃当たらなかったからね」
「そう? なら、いいんだけど」
その心配に対して当たり障りのない言葉を返し、頭を撫でる。そうすれば、本当に大丈夫らしいと判断したのか、フリスクの顔が少し緩んだ。
「………さて、彼らはもういってしまったようだし、探索を続けようよ。まだこの先に部屋が一つあるみたいなんだ」
「え? あ、本当だ」
少しの間フリスクの頭を撫でて、後ろを指差しながらそう話を切り出す。部屋の存在に気付いていなかったらしいフリスクは私の指し示す方向を見て納得したような声を出した。
「そうだね、行こう」
フリスクは私の先程の言葉に頷くと、私を通り越して先程壁に向かって蹴った懐中電灯を拾い上げ、落とした拍子に消えたらしい明かりをつける為にボタンを押す。すると、先程よりも弱くなったらしい弱々しい光が灯った。
「………本当に切れちゃいそうだね」
その光を見て苦笑いを浮かべ、フリスクは私の手を少し強く握る。やはり怖いらしい。
そんなフリスクに手を引かれて部屋に入ると、中は先程見かけた電源装置が鎮座していた。
「あ、これってさっきの……ということは」
フリスクもその事に気付いたらしく、懐中電灯で照らしながら辺りをキョロキョロと見渡した。そして部屋の入り口付近に落ちている小さい紙を見つけると、私の手を離してそれに近付いて拾い上げる。
「………『冷……い』……? 冷たい、かな」
メモを照らしながら呟やかれたフリスクの言葉に、冷蔵庫の事だろうと思い出す。
「多分そうだろうね。冷たい、冷たいねぇ……あるのかな、冷たい場所」
「あると思うけど……」
何も分かっていないような反応をすれば、フリスクはまた苦笑を浮かべた。
「とにかく、冷たい場所にここの鍵はあるらしいから、見つけたら戻ってこようよ」
「そうだね。さっき見つけた黄色の鍵の場所も探さないとなぁ」
何処にあったっけなと思い出しながら、フリスクの手をもう一度繋いで、部屋から出た。