※Undertale Switch版、発売おめでとうございます
【Lily】
*
フリスクを此方に引き寄せて部屋の端に向かって懐中電灯を投げた途端そのアナウンスが流れ、それに続くように従来のレモンの匂いよりもあの独特な酸っぱい感じが抜けた匂いが辺りに充満する。どちらかと言うならばそこいらで売ってる安いレモンキャンディーの匂いに近い。あまり自然な匂いではない。
目の前に対峙するアマルガメイツから発されているらしいその匂いは、あまり長い間嗅いでいると頭が麻痺しそうなくらいに、甘くて蠱惑的だった。
「フリスク大丈夫か!?」
目の前に現れたアマルガメイツに対して警戒しながら、小刻みに震えるフリスクに問う。青い顔をしながらもフリスクは頷いた為、そこまでショックがデカかった訳じゃないみたいだと判断する。
「ここでもか…!!」
思わず悪態をつきながら、此方に攻撃を加えずにぼんやりと佇んでいるアマルガメイツを観察する。顔にあたるであろう部分にはチビカビの面影があるが、突如として閉ざされていたらしい目が開かれ、此方に目線を寄越し、大きな口をぱっくりと開いた。
想像していたよりも高く美しいソプラノ声を聞き流しつつ、胴体らしい部分を観察する。溶けかかっているが、筋肉質な腕がついたその形を、私は見たことがあった。
「………」
そう、それは、一緒に歌を歌った、彼女の下にいたモンスターにそっくりで。そう言えば、彼女の一見胴体に見える部分は本当は別のモンスターなんだっけということも次いでに思い出しながら、確信する。
このアマルガメイツは、レモンブレッドだ。
「………取り敢えず、どうにかしないと……」
『Player』の意思を受けたのか、フリスクが震える手で『ACT』に手を伸ばし、触れる。
「………レモン、ブレッド……?」
その際、名前が表示されていたのを見たのか、フリスクが名前を呼んだ。
その時、微かにレモンブレッドが反応したのを、警戒していた私は気付いた。
美しくも悲痛な声を響かせ、レモンブレッドは首を横に激しく振る。その反応に、思わず心臓がどくりと跳ねる。当たり前だ、彼らには彼らの名前があった筈なのだから、本当ならそっちを呼ばれたいに決まってる。
そんな言い様のないもどかしさを感じていると、ピッと音がなる。
*
*
フリスクが何かを叫ぶように口を動かしても、辺りはシーンと静まっているだけで何も起こらなかった。
そんな中、
何人もの声が重なったような言葉が、レモンブレッドの口から飛び出た。そして、突如として彼女(だろうか)の体が崩れ落ちた。
ヤバい、と警鐘を鳴らす本能に従ってフリスクを抱え上げ、その場から一歩飛び退いて緊急離脱する。その瞬間、そこに巨大な顔が現れ、大口を開けた。
がちんっ
何も無かった為空を切った顎が、また此方に向かってくる。最小限の動きをしていてもフィールドがかなり狭い為に少しの油断も出来ない。少しでも足を停めたらその次の瞬間には彼女の胃袋の中だろう。
がちんっ、がちんっ
連続して飛び退いて、何とか迫ってくる顎を避ける。三撃目が終わると、またレモンブレッドがその場に姿を現した。
*Smells like sweet lemons.
じっと此方を見ている彼女に対して視線を逸らさずに何時でも回避できるよう警戒する。
………あのアマルガメイツは、どちらかと言えば思い入れの深い、前世でも大好きな部類に入った。だが、現実に相手をするとなると、事情が変わってくる。正直言って、このアマルガメイツはラスボスを除けばUndertale内で高火力の部類に入るモンスターだ。一撃一撃のダメージが半端じゃない。特にあの顎の噛みつき攻撃が一番恐い。もしフリスクを庇ったりしたら最悪体の一部が持ってかれる可能性高い。ただでさえ犬夫婦のドガレサさんに片腕切り落とされかけてるんだ、そっちを噛まれたりしたらマジで取れる可能性もある。油断ならない。
そんな風に考えていると、ピッと音がなる。
*
フリスクが何かを歌うような仕草をすると、その途端、またレモンブレッドが反応を見せる。二つの切れ長の目を驚いたように見開き、体がブルブルと震え始める。
*
そして、
その大きな口から、美しくも悲痛に歪んだソプラノ声を響かせた。
その声に、聞き覚えがあるような気がした。
ハッと我に返り、迫ってきたレモンブレッドの噛みつき攻撃を避ける。飛ぶタイミングを見極め、避け続ける。それを三回も繰り返せば、攻撃が止んだ。
*
アナウンスに思わず耳を済ませば、確かにどくん、どくんという音が微かに聞こえた。………だからなんだ、と思いながら、フリスクの選択を待つ。
フリスクは『ACT』を押した。
*
私の腕の中で、フリスクはまるで叫ぶように口を大きく開ける。
*
だが、この研究所において、それは悪手だった。
まるでアナウンスを聞いていたかのようにレモンブレッドがアナウンスを繰り返した瞬間、彼女の目が青とオレンジに輝き始める。何の攻撃が来るのか察し、足を動かすと先程までいた場所に青とオレンジに明滅する弾幕が飛んできた。続けて飛んでくるそれを避けて避けて避ける。
*Smells like sweet lemons.
弾幕が止んで此方にターンが回ると、フリスクは直ぐに『ACT』に触れる。そして、私を見上げた。
「お姉ちゃん、一回降ろして」
「ん、分かった」
言われる通りなるべく近くにフリスクを降ろす。すると、フリスクはレモンブレッドに向かって力瘤を作る仕草をしてみせた。
*
それを見てか、レモンブレッドも腕らしきモノを緩慢な動作で擡げ、プルプルと震わせる。
*
そのアナウンスが流れた瞬間を狙って、またフリスクを抱えあげる。
今の行動が彼女と混ざっているモンスターの琴線に触れたのか、そんな言葉がレモンブレッドの口から溢れる。それとは関係ないとばかりに大口を開けて肉薄してくる彼女から距離を取って逃げ続ける。
*Smells like sweet lemons.
きっかり三回、それだけ回避すると、フリスクはまた姿を現した『ACT』に手を伸ばす。
*
*
フリスクは正しい選択肢を全て選びきったらしく、そうアナウンスが流れる。そして、そのアナウンスが流れた途端動きをピタリと止めたレモンブレッドが、落ちそうなほど大きい頭を傾ける。
そして、目を瞬く。
次の瞬間、目から一粒だけ涙が溢れ、床に落ちた。その涙の意味は、あまり良くは分からない。
そのまま両目から飛んでくる青とオレンジの弾幕を避ける。これで最後、だけど気を抜かないように。
*
弾幕が止むと、そんなアナウンスが流れた。終わったんだと確信すると同時くらいに、一度『ACT』を押して名前が黄色になっているのに気が付いたらしいフリスクが『MERCY』に手を伸ばしはじめるのを、慌てて止める。
「あっ、ちょっと待ってフリスク!」
「!? どうしたの、お姉ちゃん」
突然ストップをかけられたのに驚いたのか、目を真ん丸に開きながらフリスクが訊ねてくる。
「………ちょっと彼女とお話したいんだ。ここで見逃がしたら多分、もう会えないかもしれないから」
だめかな、と言いながらフリスクに訊くと、フリスクは少し間を開けてから頷いた。
「………そっか、分かった」
「ごめんね」
「ううん、いいんだよ」
頷いてくれたフリスクをそっと地面に降ろし、漂う強い人工的なレモンの匂いの中で彼女に向き直る。
「……あの!」
頭を抱えて踞るようにしていた彼女に一歩踏み出して声をかけると、体に合わない小さな瞳が此方を捉えた。その目に思わず心臓が跳ねるが、そのまま言葉をかける。
「………シャイレーンちゃんの、ご家族の方ですよね」
確固とした確信を持って、そう彼女に訊ねる。『シャイレーンちゃん』の部分をかなり強調して言葉にすると、ピクリ、と彼女は反応した。
そして、私の言葉を反芻する。その表情は、何となく動揺しているような気がした。
「………私達はシャイレーンちゃんの……ともだち、です」
一瞬、フリスクはともかく私まで『友達』と言っていいのか戸惑ってしまうが、何とかその四文字を口にする。
「はい」
私が頷けば、彼女は沈黙した。
………何故、私がレモンブレッドをシャイレーンのお姉さんだと知っているかというと、ゲームだった時にメタトンの家にこの世界では本人に返してしまった鍵を使って入ると、日記を見ることが出来る。それを読み進めていくと、そのうち『シャイレーンのお姉さんが崩れ落ちてしまった』という記述に辿り着く。そして、ここにいるのは崩れ落ちてしまったモンスター達が混ざりあった姿。シャイレーンに一番姿が似通っているのが彼女一人だけだからだ。彼女と話しているのは、個人的に彼女には興味があったからだ。同じ妹を持つ姉として、興味が湧いた。この世界で一番、話をしてみたかったモンスターでもある。
「! ……はい。歌手を目指して、芸能界に飛び込んでいきましたよ。きっと彼女は、世界を魅了するトップシンガーになれると思います」
長い沈黙の後、シャイレーンちゃんのことを思い出したのか、それとも覚えていたのかは分からないが、彼女の口から近況を訊ねる言葉が飛び出た。その言葉に頷いて、真実を伝える。
その言葉に満足したのか、彼女は………シャイレーンのお姉さんは、満足げに頷き、
「あぁ、よかった。あのこはゆめを、かなえられるのね」
にっこりと、きっとこの世の誰よりも美しい笑みを作ったような気がした。
「………フリスク、もういいよ」
「……うん」
背後のフリスクに声をかけると、ピッという音が微かに聞こえた。
*
*
戦闘終了を告げるアナウンスが流れて世界に色が戻ってくると同時に、シャイレーンのお姉さんは床に溶け落ちるようにして去っていった。
「………行っちゃったね」
「そうだね」
後ろにいたフリスクが横に並ぶ。ちらっと見て怪我一つないその姿に安堵する。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「ん?」
ふと、フリスクが甘えるように抱き付きながら問いかけてくる。
「何で、さっきのモンスターがシャイレーンちゃんの家族のモンスターだって分かったの?」
そこが不思議だったらしく、フリスクはそういった。
「んー、判断材料……えっと、気付けるポイントは結構あったよ。輪郭が似てたし、声なんかすごいそっくりだったし。あとは………そうだな、お姉ちゃんの勘かな」
「えー、何それ……」
本当は前世知識で知ってたからだけど、それらしく理由をつけて、誤魔化しておく。
「まぁ、それはともかく、どうする? 行ける場所、二つあるみたいだけど」
話を強引に逸らし、フリスクにそう訊ねる。
「………んー、そうだなぁ、先にそっちの部屋が見たいな」
私の言葉に考えるような仕草をしたフリスクは、ゲームだった時はビデオテープが安直されている部屋に繋がる入り口を指差した。
「オッケー、そっちね。それじゃあ懐中電灯回収して行こうか」
「うん」
部屋の端に投げた懐中電灯を回収し、その時にふと、シャイレーンちゃんのお姉さんが去っていった方を見てみる。懐中電灯の光が当てられていないそちらは、ただ闇が広がっているだけだった。
……彼女と話せて良かった。最悪言葉が通じない可能性があったから、これは嬉しいな。
「お姉ちゃん?」
「ん、あぁ、ごめん。進もうか」
懐中電灯のスイッチを入れ、ぼんやりと灯った光で先を照らしながらまた探索を続行する。
…………ここまでくれば、あと少しだ。
どうも皆様、行方不明者Xです。
今回、下弦ちゃんさんから支援絵をいただいたのでご紹介させていただきます。
【挿絵表示】
いただいたイラストです。『Chara顔』という我ながら無茶苦茶な設定をここまで活かしていただけるとは……
この場をお借りして改めてお礼させていただきます。ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いいたします。