【Lily】
*
戦闘が始まると、肌を刺すような冷たさの温度がより一層低くなる。身体が体温を保つ為に震えだし、視界がブレ出す。このままではまずいな、と思いながら目の前のアマルガメイツを見る。
「…………スノー、ウィ………」
誰かの愛称だろうか、掠れ掠れに彼女はそう言った。此処には居ない誰かを求めるその声に、少しどきりとする。
「………あ、れ……? あのモンスター……何処かで……?」
そんな中、後ろのフリスクから声が聞こえてきた。
「……あのモンスターを知ってるの? フリスク」
「うん……というか、多分家族のモンスターじゃないかな? お姉ちゃんがサンズと話してるときにあのモンスターにそっくりなモンスターに会って、友達になったんだよ」
フリスクに聞き返すと、そう返答が返ってきた。その言葉を聞いて、体が固まる。
「嘘ッ………?! 大丈夫だったの!?」
「う、うん、幸い怪我はしてないよ」
「………そう、なら、いいんだけど」
一気に冷静さを失った頭が、私の取り乱した様子に驚いたらしいフリスクの口から出た言葉で何とか落ち着きを取り戻す。
………危ない。何をしているんだ私は、今ここで冷静さを失ったらダメだろうに。
「それで、そのモンスターにそっくりだって言いたいのね?」
「うん。もしかしたらさっきのレモンブレッドみたいに、家族のモンスターかもなって思ったんだけど……」
話を戻し、フリスクに問う。フリスクは頷いて肯定を返し、私の横に出て来てじっと目の前のアマルガメイツを見る。それに吊られ、私もアマルガメイツを見て、良く観察する。
………崩れかかってるけど、大体はフリスクがエンカウントしたらしいスノードレークの形を型どっている。そして先程譫言のように呟かれた『スノーウィ』という単語で、確信する。
コイツは、スノードレークのお母さんだ。
「………取り敢えず様子をみよう。フリスク、お願い」
「うん」
フリスクは私の言葉に頷き、『ACT』を押す。ピッという音が聞こえる。
*AMALGAMATE-ATK 12 DEF 5
*
『ス、ノー………ウィ………』
アナウンスが彼女の様子を説明すると同時に、また譫言のように彼女は言葉を呟く。彼女の周りで空気中の水分が凍って三日月のような形の氷を一つ作って、飛ばされる。思わずフリスクを抱き寄せたが、その氷は私達には飛んで来ずに的外れなところに飛んでいった。そう言えば彼女の攻撃はその場から動かなくてもそもそも自分達に飛んで来ないということを思い出す。
*It's so cold.
結局その一つだけで攻撃は終了し、ターンが此方に回る。
「………あのモンスター、ここであったどのモンスターより形が不定形だね……」
フリスクが顔を辛そうに歪めながら、そう言った。
「そうだね。多分、〈決意〉が関係してるんだろうけど……注入された決意が強すぎたのか、それとも多かったのか、それとも……」
―――生きる意味を、無くしかけているのか。
最後の言葉だけは流石に言えずに飲み込み、不自然ではあるがそこで言葉を切る。それでもフリスクは続けようとした言葉を察してしまったのか、辛そうな顔をしながら『ACT』を押した。そして、ただただじっと、その場で彼女から目を逸らさずに見ていた。
*
*
*
アナウンスが流れたが、フリスクはそんなことはしなかった。ただ、見つめているだけ。
*………
*
『ス、ノー………ウィ………』
アナウンスが驚いたような声をあげると共に、また彼女の口から我が子を求める声が零れ出る。三日月型の氷が形成されるが、また的外れな方向に飛んでいく。
*It's so cold.
そろそろ、この寒さにも体が慣れてきた。
人の順応能力も馬鹿に出来ないなと思いながら、フリスクが『ACT』を押して、彼女を見つめているのを見る。
*
*“
*“
アナウンスが流れる。だが、フリスクはそんな言葉は一言も発さず口も動かさず、辛そうな顔で見ているだけ。
*………
*
『ス、ノー………ウィ………』
崩れ落ちかけながらも、彼女は言葉を溢す。あんな体になってまでも、愛しい我が子のことは覚えているのかと、何となく思った。どうしてか、母さんのぼやけた輪郭が浮かんで、消えた。
三日月型の氷がまた形成され、何処かへと飛んでいく。
*It's so cold.
氷が飛んでいって少しすると、此方にターンが回る。
「お姉ちゃん」
「ん?」
『ACT』に手を伸ばしながら、フリスクは私に声をかけてくる。
「今からちょっと下らないジョーク言うけど……いい?」
「………なんか思い付いたのね」
「うん。……友達になったあの子が言ってたジョークを、聞かせてあげたいなって。多分、あのモンスターが言ってるスノーウィって、友達のことだと思うから」
だめかな、と寒さで青くなった唇でフリスクは言葉を紡ぐ。震えながら頼んでくるフリスクのお願いを断る訳にもいかないし特に反対する理由もないと判断した私がフリスクにどうぞと促すジェスチャーを返すと、フリスクは少し微笑み、彼女と向き合って『ACT』を押す。
*|You told a bad pun about snow《あなたは雪にちなんだ下らないジョークをかました》.
パクパクと動いたフリスクの口から出たのであろう言葉に反応したのか、彼女の顔が薄く笑ったように歪み、今にも崩れ落ちそうな体が微かに震える。
*
『ハハ………おぼえ……てる……わ………』
フリスクが言ったジョークは、彼女が昔聞いたことのあるものだったらしく、掠れた笑い声が彼女の口から溢れる。三日月型の氷が形成されるが、射出されることなくその場に留まってただくるくる回って、消散した。
*It's so cold.
氷が消え去ると同時に、此方にターンが回る。フリスクは直ぐに『ACT』を押して、彼女に語りかける。
*You told a bad pun about snow.
フリスクがさらに彼女にジョークを言い続けると、微かにまた彼女の体が震えた。
*
『ハハ………あり……がとう………』
フリスクがジョークを言い続けるのが優しさからくる行動だと悟ったのか、彼女は微笑むように顔を歪めながら、礼を言った。
三日月型の氷が形成されて、飛んでいく。
*It's so cold.
「あっ、フリスク、ちょっと待って!」
「え? どうかしたの、お姉ちゃん」
『ACT』に手を伸ばして行動しようとしたフリスクを、慌てて止める。ここでもう一回ジョークを言ったら彼女は去ってしまうことを思い出したからだ。
「………ちょっと、あのモンスターに渡したいものがあるんだ。時間をくれない?」
「? いいけど……渡すものなんてあった……?」
私の言葉に首を傾げるフリスクに、私は急いで懐中電灯を置いてリュックを降ろして、外のポケットから写真を取り出す。
「あ、その写真って………ギフトロットの顔についてたやつだよね? まだ持ってたの?」
「うん、何か持っとかないといけない気がしてさ。まさかここで使うことになるなんて思わなかったけど」
嘘です、最初からここで使う予定でした。
フリスクに嘘を交えて言いながら、リュックを背負い直す。
「………多分だけど、ここに写ってるモンスターって、フリスクがさっき言ってた友達だよね? で、こっちが多分あのモンスターだよね? 形も似てるし。……家族なら、返してあげた方がいいかなって」
「! 成る程! それなら返してあげなきゃね!」
写真の中で笑う家族を指差しながら言う私の言葉に納得したのか、フリスクは目を輝かせて頷いた。フリスクは『ACT』に伸ばしていた手を降ろし、私がさっきフリスクに向かってしたジェスチャーをして、彼女の傍に行くことを促す。どうやら待っていてくれるらしいと見当づけて、私は彼女に早足で近付いた。
「………あの」
彼女に近付く毎に周りの気温が下がっていくのを感じながら、彼女に話しかける。すると、彼女は崩れ落ちそうな顔を此方に向けてくれた。どうやら声は聞こえているらしい。
「この写真のこのモンスター、貴女ですよね」
三匹(と数えればいいんだろうか)ほどのモンスターが映る写真の中の一番美しい鳥のモンスターを指差しながら問うと、彼女の目にあたる部分が、見開かれたような気がした。
「……………そう………よ………」
「! ……やっぱり、そうですか」
掠れた女性の声の返答が返ってきて驚きつつも、話を続ける。
「…………………どこ……で、それを………」
掠れ掠れに、彼女は問うてくる。真実を伝えるべきか悩んで、私はこう答えた。
「………とあるモンスターが持っていたものを、譲ってもらったといいますか、何というか……」
真実を暈しながら伝え、話を戻す。
「……とにかく、これは貴女が持っているべきものだと思うので、お返しします。どうか受け取ってください」
そう言って、溶けかかっている彼女の羽の部分を取る。触った瞬間凍るのではないかと思わんばかりの冷気が手に伝わってじんじんとした痛みを訴えるが、無視してそのまま写真をそっと乗せて、握らせる。
「………あぁ、あぁ………ス、ノーウィ……あなた……」
そろそろ本当に無視できないくらい痛くなってきた手を離して一歩距離をおくと、彼女は、スノードレークのお母さんは、写真を愛しそうに眺め、大事そうに抱え込んだ。
「………フリスク、お待たせ。もういいよ」
それを見届けてからフリスクの横に戻り、『ACT』を促す。すると、フリスクはただ私を、見つめた。
「…………どうしたよ」
「……ううん、ぼくのお姉ちゃんはやっぱり優しいなぁって思っただけ」
フリスクの視線に耐えきれなくなって思わず訊けば、フリスクは小さく微笑んでそう言った。その言葉に思わず目を見開くが、直ぐに苦笑する。
………私が優しいだなんて、有り得ないのに。
「………さぁほら、そんなこと言ってないでやっちゃいな」
「うん」
内心自嘲しながらフリスクに行動を促すと、フリスクは直ぐに『ACT』を押した。
*You told a bad pun about snow.
*
フリスクが行動を起こすと、アナウンスが流れる。スノードレーク君のお母さんを見ると、本当の所はどうなのかは分からないが、アナウンス通り彼女は落ち着きを取り戻したようだった。
「……………二人、とも………」
ふと、耳を澄まさないと聞こえないくらいの声が、彼女の口から聞こえた。
「……………………あり、がと………う………」
そう言って、彼女は微笑んだような気がした。
ゲームだった時にはなかった言葉に、思わず目を見開く。
そして、私は、
「…………どういたしまして、フリスクの友達のお母さん」
一応、彼女に言葉を返した。
*
*
そのまま戦闘は終了し、彼女は何処かへと移動し出す。部屋に立ち込める冷気を引き連れて去っていく彼女の背中を見送り、見えなくなると同時に、世界に色が戻ってきた。
「………はぁ、終わったか」
戦闘が終わった安堵からか、思わず溜め息を一つ吐く。
「お姉ちゃん、お疲れ様。さっきあのモンスターに触ってたけど大丈夫……じゃないよねこれ!? つめたい!!?」
「え? あぁ……」
此方に近付いてきたフリスクに触れていた手を思いっきり握られる。そのまま見えた私の手は、酷く赤くなっていた。フリスクの手の温度がじんわりと伝わってきて、感覚が戻ってくる。
「私の手よりフリスクだよ。唇真っ青だけど大丈夫なの?」
「いや、ぼくはもう暖かくなってきたから大丈夫だけど……これ、大丈夫……? 凍っちゃってないよね?」
「あぁ、うん、感覚はあるから大丈夫だよ」
心配そうに私の手を眺め、両手で包んだり、暖かい息を吹き掛けたり、擦ったりして暖めてくれようとするフリスクの頭を、これが本当の『手当て』か、なんて思いながらもう一方の手で撫でる。
………万が一凍傷になっても、アイテムあるから大丈夫っちゃあ大丈夫なんだよなぁ。壊死したら不味かったけど、細胞が一瞬で壊死するレベルの温度じゃなかったっぽいし、触ってるのはほんの一瞬だけだったし。
「………うん、大分感覚戻って暖まってきたよ。もう大丈夫」
「本当? 本当に大丈夫?」
「うん、本当に」
暫くフリスクに暖めてもらうと、大分感覚が戻ってきた。その事をフリスクに伝えると、フリスクは心配そうに私を見上げてくる。それに笑顔を心掛けて頷くと、フリスクは最後に完全に暖まるようにか、ぎゅーっと手を握り締めてくれた。そして、そっと手を離した。その手を握ったり開いたりしてみる。感覚に、違和感はない。それでも一言言及するなら、いつもよりちょっと冷たいかなと思うぐらいだ。
「………うん、もう大丈夫だよ。フリスクが暖めてくれたから、大分早く治った。ありがとう、フリスク」
「どういたしまして。お姉ちゃんの手が凍っちゃうなんてやだもん」
暖めてくれたフリスクにお礼を言い、もう一度頭を撫でる。少しの間撫でてから頭から手を離し、スノードレーク君のお母さんが居た場所に目を向ける。
「…………あ、フリスク、青い鍵あったよ」
「え?」
「ほら、彼処」
床に置いておいた懐中電灯の光をつけ直して、鍵のある場所を照らす。青い鍵は、その光を反射して鈍く青色に光っていた。
「あ、本当だ………これで最後、かな?」
「そうだと思うよ。黄色い鍵と赤い鍵はもうセットしてあるし、あとの二つは嵌めるだけ」
鍵に駆け寄って拾い上げ、携帯を取り出してキーチェーンに取り付けながら訊いてきたフリスクに頷く。
「……そっか。じゃあ、ここももう終わりだね」
「………そうだね」
鍵を取り付け終わったフリスクが携帯をしまってそう言った。その言葉も肯定する。
…………そうだ。あとは鍵を嵌めて、主電源を入れれば、ここにはもう戻ってこれない。正真正銘の、最後だ。
「……………お姉ちゃん? どうしたの?」
不意に、フリスクが私に声をかけてくる。
「ん? あぁ、ごめん、ちょっと感慨深くて。まさか、地下でこんな大冒険をするとは思わなかったからさぁ」
「ふふふ、確かにそうだね」
そう言って誤魔化すと、フリスクは柔らかく微笑んでくれた。
その笑顔に、胸が暖かくなる。
「………さてと、行こうか。鍵を嵌めて、次に進まなくちゃね」
「そうだね! 行こう、お姉ちゃん!」
差し出されたフリスクの手を繋ぎ、しっかりと握り返す。そして、次の部屋へと足を踏み入れた。
…………あと、少し。
あと少しだ。