守りたいもの   作:行方不明者X

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17.旅路を省みて

【Lily】

 

「………ありがとう……」

 

そう言って、アルフィスは一粒涙を溢し、今度こそ私達に背を向けて、彼らと歩いていった。その背中をぼんやりと見送り、彼女達の背中が見えなくなって少しすると、フリスクが口を開いた。

 

「……行っちゃったね」

「そうだね」

 

ぽつりと、作動し始めた機械が出す音の中で呟かれたその言葉に、肯定を返す。

 

「ぼくらもそろそろ行く?」

「………そうだね、行こうか」

 

フリスクの提案に頷き、ポケットのナイフに伸ばしていた手を降ろし、離れていたフリスクの手を握る。

 

「あ、そういえばさ、さっきの廊下のパネル、読めるようになってるかな」

 

不意に思い出したように、フリスクの口から何気無く言われたその言葉に、足を踏み出そうとした身体が思わず跳ねる。

 

「あー………多分、見れると思うよ」

「だよね。読んでいっていい?」

 

身体が跳ねたのをフリスクから誤魔化すように言葉を捻り出せば、フリスクはそう言った。

 

「もちろん」

 

その言葉に頷き、もう一度歩き出す。部屋から出て先程の廊下にまで戻ると、一番近場のパネルの前に立つ。電力が通ったからか、先程うんともすんとも言わなかったパネルは、ピッ、という音を立てて作動し、内容を表示する。

その内容を、覗き込んだ。

 

『報告書8

 

被験体を決めた。

驚かせてみたいから、アズゴア王にはまだ話していないけど……

王の庭園の中心に、素晴らしい実験台があるのだ。

一番目の金の花、他のどの花にも先んじて育った花だ。

この花は外界からやってきた。

女王が城を捨てて去る直前に現れたのだ。

もし………

本来ソウルを持たないものが、生きる意志を得たら、何が起こるだろうか?』

 

「…………えっ……?」

 

報告書を読み終わったらしいフリスクが、愕然とした様子で声を溢す。

 

「お姉ちゃん、これ、あの青色の装置に繋がる廊下にあった花達以外にも、〈決意〉を注ぎ込んだ花があった、ってこと………?」

 

そして、困惑した顔で、私に尋ねてくる。

 

「………多分、そうだろうね」

 

フリスクのその言葉に、私は肯定を返す。ゲーム通りである事に安堵すればいいのか、分からなかった。

 

「取り敢えず、次のパネルを見てみようよ。何か分かるかもよ?」

「そうだね……」

 

フリスクの手を引き、次のパネルの前に立つ。最後のパネルの前に立つと、ピッという音を立てて、内容が表示された。

その報告書の内容は、たった一言。

 

『報告書18

 

花が行方不明になった。』

 

それだけだった。

 

「……行方不明って、花が持ってかれちゃったってこと……?」

「多分違うと思うよ。それはこの報告書を書いたモンスターも思い付いただろうし、直ぐに探したんじゃない? それでも見つからなかったってことだと思うよ」

 

首を傾げるフリスクにそう言葉を返すと、フリスクは考え込むように腕を組む。そしてその場で暫くそのままじっとしていると、突如目を見開いて勢いよく私を見た。

 

「…………ねぇ、お姉ちゃん。確か、王様の子のアズリエルって子は、お庭で死んじゃって塵になって、お庭にその塵はばらまかれたんだよね?」

「らしいね」

 

そして私に確かめるように、ゆっくりと言葉を投げ掛けてくる。

その言葉を、肯定する。

 

「それで、ここに集められたモンスター達って、灰になっちゃいそうなモンスター達が集められたんだよね。それで、〈決意〉を入れられて、生き返って、それであんなことになっちゃったんだよね」

「………うん」

 

続けられた言葉を、肯定をする。

 

「……………ねぇ、お姉ちゃん。もし、花に入れられた〈決意〉に反応してアズリエル君の塵が花と混ざったら………」

 

 

―――――身体は溶けないで、生き返れるかな?

 

 

自分で言っていることが信じられないような顔で、フリスクは言う。その問いに、

 

「………じゃなきゃ、『行方不明』なんて事態にはならないだろうね」

 

遠回しに、肯定を返した。私のその言葉に、フリスクは溢れ落ちそうな程目を見開いた。

……どうやらフリスクは、私と同じ結論に至ったらしい。

 

あの花のモンスター………フラウィーの正体は、本当は誰なのか。

 

そしてどうやって、彼は生き返ったのか。

 

理由は簡単だ、彼もまたアマルガメイツ化したモンスターだったというだけ。ただし、ここに集められたモンスターとは違って、彼は完全に死んでソウルを無くし、塵となってしまった後で、混ざった対象は無機物だったという条件下で造られた、特殊なアマルガメイツだった訳だけれど。

 

「そんな………まさか、本当に……?」

 

気付いてしまった事実のショックが大きいのか、フリスクは困惑したような顔と声で言う。

 

「………フリスクが思ってることは、多分ほぼ事実に近いだろうよ。それで、間違いないと思う」

 

それでも、私は肯定した。

 

「………そんな………」

 

やはり信じられないのか、フリスクは顔を伏せてしまった。

 

「……………ビデオではあんなに明るかったアズリエル君が、あんな風になっちゃうなんて………」

 

………まぁやっぱり、信じられないよな。

フリスクの気持ちは、分からなくもなかった。

私も初めて知った時は、本当にびっくりした。信じられなかった。普通の子供だった彼が、あんなになってしまうなんてね。………あれが、ソウルを失って、感情という大切なものを無くしてしまって狂ってしまった生き物の末路だと思うと、ぞっとする。

 

「……まぁ、ここでうだうだ言ってても仕方ないよ。もしそんなに気になるなら、今度彼に会った時直接聞けばいい話じゃないか。とにかく今は、ここを出て、先に進もうよ。ね?」

「……そう、だね」

 

私が出来る限り優しい声で提案すると、フリスクは顔を上げて、私の手を握ってくれる。どうやら先に進んでくれるらしい。

 

「ん、それじゃあ行こうか」

 

フリスクの手を引いて、廊下を戻っていく。廊下の先のエレベーターの前までやってきて、それに乗り込む。すると、

 

 

 

 

プルルル………

 

 

 

 

不意に、後ろのフリスクから、音が聞こえる。

 

電話がかかってきたことを告げるその音は、研究所のしんと静まり返った闇の中に、大きく響いた。

 

 

「………こんなところで、電話?」

「誰からだろう……?」

 

 

二人揃って、首を傾げる。まぁ、私のは、ブラフだけれども。

未だ鳴り続ける携帯を引っ張り出したフリスクは、相手が表示されているのであろう画面を見る。

 

 

「………『非通知』……?」

 

 

電話帳に登録されていない『誰かさん』からかかってきている事を表す文字を読み上げ、フリスクは顔を顰める。そして、恐る恐るボタンを操作し、耳に宛てた。

 

 

「………」

 

 

もしもし、とでも言ったのか、フリスクの口がパクパクと動く。

 

 

そして、電話口から、知らない声が流れ出した。

 

 

『Chara……そこにいるかい?』

「!!」

 

 

フリスクの顔が驚愕に染まる。フリスクは勢いよく携帯を耳から離し、画面を見る。

 

 

『本当に久しぶりだねぇ……』

 

 

そこで、私は違和感を覚えた。

 

 

『でも君はよくやってくれたよ』

 

 

どうして、フリスクは携帯をスピーカーモードにしていないのに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「!! フリスク、切れ!!!」

 

 

起きていることの異常性に気付いて、思わず、私はフリスクに叫ぶ。だが、フリスクは石にでもなってしまったように、画面を見つめて動かない。

 

 

『君のおかげで、何もかもが上手くいったよ』

 

 

そんな中でも声は続ける。

 

 

『Chara……それじゃあまた』

 

 

そして、その言葉を最後に、ぷつっと電話は切れてしまった。

 

 

それと同時に、入ってきたエレベーターの扉が閉まり、突然上昇を始める。

 

 

「きゃっ!!?」

「伏せろっ!」

 

 

エレベーターが発進したことによって生じた重力が、重く身体にのし掛かる。当然突然かかったそれに対処出来る筈もなく、フリスクの身体は床に倒れ込んだ。そこを抱き寄せて地面に伏せ、着いた時の衝撃に備えた。

 

 

ガコンッ

 

 

大きな音を立てて、エレベーターが停止する。それと同時に、かかっていた圧が消え、ふっと身体が軽くなった。

 

シュッ

 

という音が、耳に届く。伏せていた顔を上げて、扉の方を見ると、固く閉ざされていた扉は開き、光が差し込んでいた。

 

「………フリスク、着いたみたいだよ」

 

腕の中に閉じ込めていたフリスクに声をかけ、そっと回していた腕を離す。フリスクは身動ぎして起き上がり、先程の私のように扉の方を見た。

 

「…………ここ、って………」

 

そしてふらりと立ち上がると、扉の方へと歩いていく。それに続いて、私も外へと出る。外には見覚えのある灰色の殺風景な景色が広がっていた。

 

「……お城……だよね」

「だな。どうやらエレベーターはここに繋がってたらしいね」

 

フリスクと一緒にぼんやり廊下を眺め、ふと、振り返る。

 

「………!?」

 

そして、思わず息を飲んだ。

先程乗ってきたばかりのエレベーターの扉がまた固く閉ざされ、まるで初めからそうであったように蔦に覆われていたからだ。

 

「フリスク、後ろ見ろ」

「えっ? ………えっ、なんで!?」

 

未だぼんやりとしていたフリスクに声をかけ、後ろを見させる。フリスクは振り返った先で蔦で覆われてしまったそれを見て、私と同じく目を見開いた。そしてその蔦に駆け寄ると、蔦を退かそうと考えたのか、無数に枝分かれする蔦の一本を掴み、引っ張る。

 

「………ダメだ、びくともしないよ、これ」

 

暫くそのまま剥がそうと試みたフリスクは、やがてどうにもならない事に気付いたらしく、手を離して戻ってくる。

 

「さっきの知らない人からの電話といい、この蔦といい、本当になんなのもう………」

「まぁまぁ」

 

ちょっと怒った様子で頬を膨らませるフリスクを宥め、私も蔦を観察してみる。

……本当に先程まで使えた筈の入り口が、最初からそうだったようにこんなに成長した蔦に覆われている。葉はかなり元気なようだし、蔦の太さもナイフで切りきれるか怪しいぐらいに太い。明らかに異常な育ち方だ。何らかの魔法が働いているのか……? ………駄目だ、これ以上考えたら多分進めない。

 

「………とにかく、もう戻れないみたいだね」

「そうだね。……もう、先に進むしかないんだね」

 

目の前の蔦に関する考察を放棄して、フリスクに声をかける。フリスクは、私の言葉に頷き、先程の顔を消して覚悟を決めたように真剣な顔になる。

 

「あとは正真正銘、王様だけだ」

 

フリスクが、ぽつりとそう呟く。その決意の滲む声に、私の心臓が跳ね、意識が引き締められていく。

 

「………その王様を待たせちゃいけないし、そろそろ行こうか」

「うん、行こう」

 

私の言葉に頷いたフリスクの手を握り、また先を進み出す。先程使ったものとは別のエレベーターに乗り、夕焼けの光が差し込む廊下の前までやってくる。

 

「…………」

 

黙って、暖かい橙色の光で満たされている廊下を進んでいく。

心臓が、歓喜でドクドクと跳ねる。

 

 

やっとここまで来れた。

 

 

この旅も、私の計画も大詰めだ。

 

 

ふと立ち止まって、夕陽を取り込む硝子張りの窓を見る。窓に施された天使を象った装飾を見て、次にフリスクを見る。

 

 

「………どうしたの?」

 

 

一連の私の行動を不可解に思ったらしく、フリスクは首を傾げ、尋ねてくる。

 

 

「………いや、フリスクは今日も天使だなぁって思ってさ」

「えっ。ちょっと、どうしたの、急に……」

 

 

思った事を誤魔化さず言えば、フリスクは目を見開いて頬を少し赤くした。

 

 

「あはは、ごめん、ちょっと思っただけだから気にしないで」

「も、もう……」

 

 

この後に及んで何を言っているんだ、と言いたげなジト目でこちらを見上げるフリスクの頭を撫でて、言う。

 

 

「……………やり残したことは、無いね?」

 

 

確認の意味を込めて、フリスクに問う。まぁ、あったとしても、戻れはしないけど。

私の問いに、フリスクは目を見開き、そして考え込むように顔を伏せた。夕陽の影になって、顔が見えなくなる。

 

 

「勿論だよ。………お姉ちゃんこそ、やり残したこととかない?」

 

 

暫くして、フリスクは顔を上げて頷く。そして、私に同じ質問を返してきた。

 

 

「私? 私は…………」

 

 

その問いを受けて、私は目を閉じる。思い出すのは、ここまでの旅路。

 

 

 

トリエルさんと家族のように話すことが出来た。

 

 

 

パピルスと友達になれた。

 

 

 

アンダインと親友になれた。

 

 

 

メタトンと和解できた。

 

 

 

アルフィスと友達になる約束をした。

 

 

 

サンズとは………最後まで友達には、なれなかったけど。

 

 

沢山後悔した。沢山間違った。

 

 

でも―――………

 

 

「やり残したことは、もう何にもないよ」

 

 

私は目を開き、此方をじっと見上げるフリスクに、笑顔でそう言った。

 

 

「………そっか。ならもう大丈夫だね」

「あぁ。フリスクこそ、覚悟はいいね?」

「もちろんだよ」

 

 

二人で頷き合い、笑い合う。

 

 

「………さぁ、行こう。全てを終わらせに」

「うん!」

 

 

夕陽が差し込み、鳥の歌声が聞こえる中、お互いの手を握り合い、横に並んで進む。

 

 

最後の闘いに、赴いた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

モンスター達を封じる結界の前にまで戻ってきて、セーブをしてから足を踏み入れる。

 

 

「おや………随分早かったね?」

 

 

私達が戻ってきたのを察したのか、私達が何か言う前に、アズゴア王は振り返らずに背中越しにそう言った。

 

 

「満足したかい?」

 

 

その問いかけに、フリスクと顔を見合わせる。そして、何も言わずにお互いの手を強く握り返し、頷き合う。

 

 

全て、もうやりきった。

 

 

これで、正真正銘の最後だ。

 

 

「………はい。やり残した事は、もうありません」

 

 

その問いかけに、フリスクは深く頷き、私はきっぱりと、背を向け続ける彼を見据えて告げる。

 

 

「………分かった……」

 

 

重々しく、私の言葉を聞いて、彼が頷いたのが見えた。

 

 

 

「遂に、この時がきたんだね」

 

 

 

そして、彼はゆっくりと、名残惜しそうに振り向いた。

 

 

 

「準備はいいかい?」

 

 

 

アズゴアがそう言うと、するりと、地面から七つの容器が現れる。一つを除いて全ての容器の中に、色とりどりのハート型のモノが入っている。―――ソウルだ、と気付くのに然程時間は掛からなかった。

 

 

 

――――――世界が、色を失った白黒の、モノクロの世界に切り替わる。

 

 

 

この地下世界で最後の闘いが、始まった。


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