※最後までお付き合いいただけると幸いです
【Lily】
アズリエルから発される光が消えると、そこに居たのは、フリスクと同じくらいの、白い毛に全身を覆われた小さな子供だった。
「………えぐ、うぅ……」
鼻を啜り、ぼろぼろと涙を溢す子供―――アズリエルを何も言わずじっと見つめていると、次第に彼は涙を拭って、顔を上げた。
『…………ぼくは泣いてばっかりだったよね、Chara?』
アズリエルは悲しげな顔でそう言って、はは、と空笑いをした。
「……」
そんなアズリエルに向かって、フリスクは口を動かした。
『…………分かってる。君は本当はCharaじゃないよね……?』
そして怯えたような眼差しで此方を伺うアズリエルに向かって、首を縦に振ってやる。
「そう最初から言ってるでしょうに」
私がそう肯定すれば、アズリエルはやっぱり、と言いながら目を伏せた。
『Charaはずっと前にいってしまったから』
そう言って、アズリエルは口を閉ざす。
『………ねぇ……君の名前は……?』
ふと、顔を上げたアズリエルがそう尋ねてくる。
私達は顔を見合わせ、そして、またアズリエルに向き直って、私からやっと出来た自己紹介を始める。
「私の名前はリリー。名字はないよ。で、この子が私の妹の―――」
「…………」
私の自己紹介に続いて、フリスクが口を動かす。それをアズリエルはじっと見て、
『「フリスク」?』
と繰り返した。
それを聞いて、フリスクは満足そうな顔で大きく頷いた。
『とても………良い名前だね』
アズリエルが少し微笑みながらそう言えば、フリスクは少しはにかんだ。
『………フリスク……こんな気持ちになるのは久しぶりだよ……』
そう言って、アズリエルは自分の手を見た。
『お花だったとき、ぼくにはソウルがなかった。皆を愛する力を無くしてしまったんだ』
そして、ぽつりぽつりと、『フラウィー』だった時のことを語り出す。
『だけどぼくの中にいる皆の力で、ぼく自身の思いやる心を取り戻せた、それに……他のモンスター皆の優しい心を感じ取ることが出来たんだ』
フリスクの首にかかっているものと同じロケットを握り締め、アズリエルは言う。
『皆が皆を本当に大切に想っているのを感じる。そして……君のこともね、フリスク』
そこで、アズリエルは顔を上げて微笑んだ。
『……口では言い表せられないほど皆が君のことを想ってくれているんだ』
ロケットから手を離し、アズリエルは指を数えるように曲げながら、名を挙げていく。
『パピルスに……サンズ……アンダイン……アルフィス……そしてトリエル』
アズリエルは最後に、まだまだたくさん、と付け加える。
『モンスターは不思議だね。皆が君のことをほとんど知らなくても……皆が心から君を愛しているみたいだ。ははは』
空笑いをして、アズリエルはそう締め括る。そして、苦しそうに顔を歪めた。
『………フリスク………君が………ぼくのことを許せないのは分かってる。ぼくのことが嫌なのはわかってる。ぼくはとてもおかしなことや恐ろしいことをしてしまったんだもの』
辛そうな目で、アズリエルはフリスクを見る。
『君を傷つけて。皆を傷つけてしまった。友達も、家族も、関係のないモンスターも……ぼくがしてしまったことに言い訳なんてできないよ』
そして、アズリエルは今度は私を見て、頭を下げる。
「………ごめんなさい、Charaのそっくりさん。ぼくは本当はずっと君がCharaじゃないって気が付いてたのに、Charaとして扱って、君を沢山傷付けた」
ゲームになかった台詞と動作に驚きながらも、私はアズリエルの口から出る言葉を聞く。
「君が、あまりにもCharaにそっくりで……Charaが、生まれ変わって戻ってきてくれたんじゃないかって、思ってしまって。そう思ったら………色んな思いが混ざり混ざっちゃって、もう、止まれなくなって」
口を挟まず、最後までアズリエルの話を聞く。
「でも、どんな理由があっても、赦されるべきじゃないのは分かってるんだ。それでも………本当に、ごめんなさい」
そう言って締め括ったアズリエルに対して、私は口を開く。
「良く分かってるじゃないか、アズリエル」
私が言葉を返すと、アズリエルはビクッと身体を震わせた。
「君がやったのは私個人としてはあまりに赦しがたい事だ。正直、思い出すだけで腹が立つよ」
「ちょっと、お姉ちゃん」
「いいから」
窘めようとするフリスクを遮り、頭を下げ続けるアズリエルに向かって続ける。
「二つ聞かせて。―――それは、自分の『罪』であるという自覚は、本当にあるのかい?」
私がそう問いかければ、アズリエルは顔を上げて、頷いた。
「うん」
「セーブとロードを使って、皆を殺して回ったりしたのも?」
「勿論」
私が続けて問いかければ、アズリエルはしかと頷いた。
………―――うん、これなら………
「そう。それなら―――私は二つだけ、貴方に罰を与えましょう」
『罰』という言葉を聞いてか、アズリエルの身体がまた跳ねた。
「貴方はこれからどんな時もその罪を忘れないこと。どんなにその罪が重くても背負っていくこと。それが守れるなら、私は赦せはしないけど―――妥協はしましょう」
私はアズリエルにそう言って、口を閉じる。
「……………ははは」
私の話の内容に目を丸くしていたアズリエルは、少ししてから笑い声を溢した。
「――――うん、分かった。ぼくは、この罪をずっと背負っていくよ」
そして、憑き物が落ちたような顔で、しっかり頷いた。
「………フリスクは、どうなの?」
最後にフリスクに話を振れば、フリスクは少し考え込むような仕草をして、そして、
『………え、ええ? ………フリスク、よしてよ……』
アズリエルに向かって、笑って首を横に振った。
それを聞いて、アズリエルは目を丸くし、今にも泣きそうな顔になる。
『君は……またぼくを泣かせるんだね』
そして、また目を伏せた。
『………それに、もし君がぼくを許してくれるとしても……皆のソウルをぼくの中に留めてはいられない。
―――せめて、返してあげなくちゃ』
でも、と、そこでアズリエルは顔を上げ、強い意志が籠った目で、此方を見た。
『――――やらなきゃいけないことがあるんだ』
人間でいう心臓がある部分に手を当てて、アズリエルは言う。
『今、皆の心が一つになるのを感じるんだ』
何かを感じるように、アズリエルは目を閉じ、続ける。
『皆が同じ望みに心を滾らせている』
決意の滲むそれを聞いて、私はアズリエルがこれから何をするのかを察し、口を挟まないように黙る。
『皆の力が……皆の決意が……モンスター達についに……―――自由をもたらす時がきたんだ』
…………――――不意に。
アズリエルがそう言い終わると、彼はふわりと浮き上がった。
薄く光を纏いながら空へと浮かぶ彼の中から、色とりどりのハートが飛び出してくる。
水色。
橙色。
青色。
紫色。
緑色。
黄色。
今まで落ちてきた人間の、ソウル達。
それが、アズリエルの周りに浮かび上がった。
「この地下世界を――――解放する!!」
アズリエルがそう叫んだ、その瞬間、
アズリエルの中から無数の白い物が飛び出した。
それは、光を纏って闇の中を駆け抜けていく。
流れ星のように翔んでいくそれを目を凝らして良く見ると、
すべて、モンスター達のソウルだった。
「――――」
その光景に、思わず言葉を無くして、魅入っていた。
――――………やがて、
何かに、罅が入る音がする。
そして、
何かが、粉々に砕け散った音が、空間に響いた。
――――アズリエルが、皆が起こした奇跡によって、結界が破られたのだと、遅れて気付いた。
たんっ
目の前で起きた奇跡に呆然としていると、フリスクがゆっくりと降りてくるアズリエルに向かって駆け出した。
それを見て、私も後ろから歩いて、並び立つ。
ゆっくりと地面に降り立ったアズリエルは、フリスクが近付いてきたことに気付いたのか、ゆっくりと目を開けた。
「………これでもう、モンスターと地上を阻む結界は無くなったよ。皆が皆、地上に出られるようになった」
そう、アズリエルは微笑む。
その笑顔は―――今すぐ消えてしまうんじゃないかと錯覚するほど、酷く、儚かった。
『………もう、行かなきゃ』
不意に、アズリエルは顔を伏せる。
『皆のソウルの力がないと……ぼくはこの姿でいつづけられないんだ』
悲しそうな、寂しそうな声で、言葉が紡がれる。
『ぼくはもうすぐ………
――――ぼくは「
それを聞いて、隣のフリスクから息を飲む音がした。
『ぼくはまた、誰かを愛することが出来なくなってしまう』
そこで、アズリエルは哀しそうに微笑む。
『だから………フリスク。君はぼくのことを忘れた方がいいんだ、わかるね?』
その笑顔のまま、フリスクに向かって続ける。
『君を大切に想ってくれる仲間と一緒にいてくれればそれでいいんだ』
そんな彼を、フリスクは。
「――――………わっ………!?」
駆け寄って、抱き締めた。
「…………なんで………きみは、もう………」
フリスクの突然の行動に驚いて目を丸くしていたアズリエルの目が、徐々に潤んで、目尻に透明なものを溜めていく。
ちらりと、フリスクが此方を見て、手招きをした。
そのジェスチャーが意味することに従って、私もアズリエルに近付いて、
「えっ」
膝をついて、フリスクごと抱き締めてやる。
いつもフリスクにやってやるように、片手はフリスクに回し、もう一方の片手で頭を撫でて、慈しんでやる。
「…………よく、頑張ったな、アズリエル」
「!!!」
そう小さく言って伝えれば、アズリエルが息を飲んだ音がした。
続いて、鼻を啜る、音がする。
肩に、冷たいものが落ちて、染みてくる。
『は………は…………』
震える声で、アズリエルは笑う。
表情は見えないが、きっと―――……彼は、泣いているのだろう。
『………離したくないよぉ………』
鼻を啜りながら、アズリエルは私達に手を回して、ぎゅうっと抱き付いてきた。
その頭を、そっと、出来るだけ優しく撫でる。
「……………でも、だめだよね………」
そう小さく呟いて、アズリエルは………自ら、手を離して、私達から離れていく。
そして、目尻に浮かんだ涙をごしごしと擦って拭い、涙でぐちゃぐちゃになった顔で――――笑った。
『フリスク………君は、今から凄いことをするんだから、いい?』
その笑顔のまま、アズリエルはフリスクに優しく語りかける。
そして―――…
『何も心配しないで。――――みんなが、君の傍にいてくれるから』
フリスクに向かって、祝福の言葉を送った。
「…………リリー」
その次に、アズリエルは真っ直ぐな瞳で、私を見る。
「どうか………幸せになってね」
その言葉に、その笑顔に―――……私は、
「………勿論だよ」
そう返すことしか、出来なかった。
『………さぁ、もう時間切れだ』
時間が来てしまったことを悟ったのか、アズリエルは此方に背を向ける。
『―――――さようなら』
そのまま、私達に背中越しに別れの言葉を告げると、彼は歩き出す。
『………それと、フリスク』
ふと、少し歩いた所で、彼は振り向いた。
『…………パパとママのこと、よろしく、ね?』
そして、フリスクに向かって―――最後の言葉を遺した。
その言葉に対して、フリスクは、
「…………―――もちろん、ぼくに任せて」
力強く、頷いた。
それを見て、アズリエルは安心したように笑い―――……輝きだした光の中へと、去っていった。
――――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――――
――――
【Frisk】
「……………Frisk………」
誰かの、声がする。
ぼくの名前を、確かに呼ぶ声がする。
「これは全部、ただの悪い夢……!」
揺さぶられるような、感覚がする。
「お願い、起きて………!!」
…………――――わかった、いま、起きるから――――
まだ眠たい目をゆっくりと開けると、目に入ってきたのは―――――………
「………―――皆…………?」
Torielママ。
Asgoreパパ。
Papyrus。
Sans。
Undyne。
Alphys。
ぼくを囲む、大切な友達。
「まぁ! 気がついたのね! 本当に良かったわ!」
ぼくの顔を覗き込んだママが、安心したようにそう言った。
「…………―――うーん………?」
ぼくの隣にいたお姉ちゃんが、うっすらと目を開く。
そして、ぼくと皆を見て、もう一度瞬きをしてから、目をしっかりと見開いた。
「おはよう、Lily。少しお寝坊しちゃったわね?」
「―――はは、みたいですね。おはようございます、Torielさん」
ウィンクして笑うママに、お姉ちゃんは小さく笑って、身体を起こして、伸びをした。
ぼくも続いて身体を起こして周りを見渡し、ママと同じように安心したように笑う皆を見る。
「と、とっても心配したのよ……! ずっと目を覚まさないみたいで!!」
Alphysが、眼鏡越しの目に涙を浮かべてそう言うと、Undyneが大きく頷いた。
「あぁ! これ以上寝てたら、あたしがパニクるところだったぞ! 次に昼寝をするときはちゃんとあたし達に言うんだぞ、いいな!?」
「うわ、それはすまない」
Undyneの言葉に思わずぼくが驚いていると、お姉ちゃんは少し申し訳なさそうに笑う。
「あぁ、Papyrusが赤ん坊みたいに泣きじゃくってたからな」
「えっ、本当に?」
「なんだと!! 泣いてねーし!!! 泣かねーし!!!」
そこにSansがすかさず茶々を入れて、お姉ちゃんが反応すると、PapyrusはSansに向かって怒ったように言い返した。
「俺様はただ……ちょっと何かが目に入っただけだ」
「入ったって、何がだ?」
「涙だ!!!」
Sansの追求にPapyrusが自棄になって叫び、目の穴から涙をぽろぽろと溢す。
「まぁ、まぁ」
兄弟喧嘩みたいなのをする二人を、パパが優しく止める。
「Frisk達が無事で何よりじゃないか」
ぼくと戦ったときとは違う、優しい笑顔で笑いながら、パパはそう言った。
「さぁ、Frisk。お茶でも如何かな? きっと気分が良くなるよ」
「あらあら………まずはそっとしておいてあげたらどうかしら? きっとこの子は凄く疲れてるでしょうから。一体何故かは、よく分からないけれど」
その笑顔のまま、パパはぼくにお茶を勧めてくる。
そんなパパを、ママが少し笑いながら止めた。
――――………良かった、皆々、ここにいる。
そう安心して、飲みたい、と返事をしようとして―――……
ふと、気がついた。
「………あれ、ぼく、皆に名前名乗ったっけ……?」
「ん? ………あ、そういえば、Friskって名乗ったか?」
「いや、名乗ってない気がするんだけど」
皆が当たり前のようにぼくの名前を呼ぶから気付くのが遅くなっちゃったけど、ぼくがぼくの名前を一度も皆に名乗っていないのに知っていることに気がついて、不思議に思った。お姉ちゃんもその事に気付いたのか、ぼくに尋ねてくる。ぼくは首を横に振った。
「それなんだけれど、Frisk……私達は何が起きたかよく覚えてないの」
顔を見合せるぼくたちに向かって、ママが話しかけてくれた。
「一輪の花があって……それから、目の前が真っ白になったの。でももう結界は無くなったわ」
不思議そうに、ママは話す。
「そして、何故か………あなたの名前を、皆が覚えていたの」
何故なのかしら、と続けるママに、ぼくは思わず笑顔になった。
――――……きっと、Asrielが、皆にぼくの名前を教えてくれたんだ
そう思ったから。
「とにかく、あなたの準備ができたら、私達と地上に戻りましょう。東の扉の向こうに、地上があるみたいなの」
優しく笑って、ママはそう言う。
東の扉と聞いて、一回目にお姉ちゃんと一緒に地上に出たときのあの扉のことだと、すぐに分かった。
「でも、その前に………ひょっとしたらあなたはお散歩に行きたいかもしれないわね?」
ふと、ママがそう言ってくれた。
「あなたの素晴らしいお友達皆があなたのお別れの言葉を聞いてくれるわ。好きにしていいのよ。私達はここであなたを待っているから」
「………だってよ、どうする、Frisk」
静かに聞いていたお姉ちゃんが、そう言って立ち上がる。そして、ぼくに、いつも通り手を差し出した。
「別に私はどっちでもいいよ。特にどうしたいとかはないから、Friskの好きなようにすればいい。何処へだってついていくからね。………さぁ、どうする?」
お姉ちゃんは優しく笑って、そう訊いてきた。ぼくは少し考えて………
「………ちょっとだけ、ここにいる皆とお話したいな」
そういいながら、お姉ちゃんの手を握った。
「ん、分かった」
お姉ちゃんは頷くと、ぼくの手を引っ張って立たせてくれる。そして、背中の汚れを少し払ってくれた。
「ありがとう」
お姉ちゃんにありがとうと言ってから、ぼくはまずパパに話しかける。
「こんにちは、パパ」
「やぁ、Frisk」
パパは、ぼくの言葉に答えてくれて……すぐに、哀しそうな顔をした。
「……きみからソウルを奪おうとしてすまなかったね。本当に申し訳ないよ。それでも友達になれるといいんだが」
「いいんだよ、パパ。ううん、此方こそ友だちになってくれると嬉しいな!」
ぼくがパパにそう言うと、パパは目を真ん丸にした。
「………あれ。ぼくなんか変なこと言った?」
思わずぼくがそう聞けば、後ろのお姉ちゃんから声が飛んでくる。
「……Frisk。あなたは何時からAsgore王のことを友達の過程すっ飛ばしてパパと認めたの?」
「………あ」
その言葉で、ぼくが心の中で呼んでいた呼び方で呼んでしまったからだとすぐに気付いた。
「まぁ、そんな心配しなくていいとおもうぞ、Asgore王。みんな一度はFriskを殺そうとしたことがあるみたいだし」
「その度に私が文字通り命懸けで守ってきたんですけどね」
「うぐっ、………すまん」
「はは、まぁ、結局Friskが納得してるんで別にいいけど?」
パパをフォローしようとしたUndyneが、笑顔のお姉ちゃんに冷たく切り返されていた。お姉ちゃん、実は根に持つタイプだからなぁ……暫くネタにされるなあ、これは。
「なるほど……そうか! それなら、すまなくなかったね、Frisk」
「Asgore王! そういうことを言ったんじゃない! 中途半端なこと言ったあたしが悪かったからLilyに謝れ、今すぐ謝れ! じゃないと今Lilyが握った拳が飛ぶぞ!!」
「Asgore王、そんなに私の慈悲(物理)が受けたいのかい?」
「ごめんなさい」
Undyneの言葉を聞いて納得したように頷いたパパを見て、お姉ちゃんが急に真顔になって拳を握る。それを見たパパはすぐにお姉ちゃんに向かって頭を下げた。
その光景に思わず笑いながら、ぼくは次にAlphysに話しかける。
「やぁ、Alphys」
「こ、こんにちは、Frisk!」
ぼくが声をかけると、Alphysはちょっとぎこちない笑顔で笑ってくれた。
「ねぇ……F、Frisk」
「どうしたの?」
Alphysにはぼくに用事があったみたいで、ぼくが話題を振るより先にぼくに手招きをしてきた。それに応えて傍に寄れば、Alphysは顔を寄せて、周りに聞こえないように小声で話しかけてくる。
「あの、ちょっと聞きたくて。あ………あなたはAsgore様とToriel様が、その……? えと、いつかは元の関係に戻れると思うかしら?」
Alphysはどうやらパパとママのこれからが心配みたいで、そう尋ねてきた。
「…………うーん………」
パパとママがどうやってお別れしたのか知ってるぼくは、少し悩んだ。
ふと、お姉ちゃんが昔、「本当に嫌いな人とは誰もお話しようとしないんだよ」と言っていたのを思い出す。それからパパとママが普通にとはいかないまでもちゃんと話しているのを思い出して、
「………もちろん、大丈夫だと思うよ」
そうAlphysに返した。
「え、ええ!! そうね、そう私も願ってるわ。彼らがどれだけ魅力的な時間を過ごしていたか考えてみて。さっそく私のナンバーワンのカプになりつつあるわ。ToriとGorey……私の……私の上司とその奥様だったお方。………あ、そう考えるとなんか急に冷めてきた」
「くくくっ」
興奮して小声で話すのを止めたAlphysの声はお姉ちゃんにも聞こえたみたいで、Alphysが真剣な顔でそう言い切ると、堪らないといったように吹き出した。
「わ、笑わないでちょうだい、Lily……」
「ははは、ごめんごめん」
顔を真っ赤にしたAlphysに、お姉ちゃんは笑いながら謝った。
「あ、そういえばMettatonは?」
「え、あぁ、彼なら会いたいモンスターが居るって言って行っちゃったわ」
「…………ふーん。そう」
二人が話し込んでいるのを見ていると、Undyneが近付いてきた。
「なぁ、Alphys……みんな解放されたんだしこれからどうする? どこまでも世界を探検できるぞ」
「そ、そりゃあもちろん家から出かけて、それから……えっと……」
Alphysに声をかけたUndyneに、さっきお姉ちゃんにからかわれた時とは違う意味で顔を少し赤くしながら、AlphysはUndyneに答えようとする。
「いや、正直に言わなきゃ!! 私、家から出ないで負け組みたいにアニメを見る!」
「その意気だ! 皆!! 祝おう!! 負け組であることを!!」
「ふ、あはははっ」
Papyrusとの特訓を思い出したからか、Alphysは正直にそう言った。そこにPapyrusが変なフォローを入れたからか、お姉ちゃんがまた吹き出した。
「へっ。Papyrusの言うとおりだな」
意外なことに、Papyrusのその言い分に、Undyneが同意した。それにびっくりしていると、Undyneはぼくに手を伸ばし、わしゃわしゃと頭を撫でてくれる。
「Friskに負けたのは産まれてこのかた最高の巡り合わせだ」
「わ、わっ………そうなの?」
「あぁ」
ぼくの頭を撫でながら、Undyneはニッと笑った。
「だから嬉しいんだ、あたしたちが………ん? どうした、Asgore王?」
Undyneがぼくに向かって言葉を続けようとして、顔を上げてぼくの後ろの方を見た。ぼくもそっちの方を見ると、パパが困ったような顔をしていた。
「その……アニメとは……何だい? 」
それを聞いて、Alphysがパパを見てあんぐりと口を開いた。
「嘘でしょ?」
そう小さく呟いて、Alphysはぼくに目配せしてくる。
「Frisk。お願い。Asgore様にアニメを説明するのを手伝って」
「いいよ」
Alphysに頷きながらそう返すと、Alphysはパパに説明を始めた。
「え、えっとですね、漫画みたいなものです、けれど……」
「銃を持って戦ったりするんだよ!」
孤児院で見たアニメを思い出して、パパに教えてあげる。かっこよかったなぁ、あのアニメ。謎解きとかもあって面白かったなぁ。
「それは漫画みたいなものだけど……でも銃を持ってるって? おやおや! カッコよさそうだ! どこにあるんだい? 私はどこでアニメを見られるんだろう」
「お、お待ち下さいね……私の携帯に幾つか入っていたと思いますので」
アニメに興味を持ってくれたらしいパパにアニメを見せるため、Alphysが携帯を取り出して操作する。
「さぁ、ご、ご覧下さい!」
少しすると、Alphysが携帯の画面をパパに見せる。それをパパとUndyneとお姉ちゃんと一緒に覗き込む。
『あぁ、愛しているよ、Jane……』
『私もあなたを愛しているわ、Williy!』
抱き締め合う、二人のロボットのアニメだった。
場面が進んで、二人の顔が近付くのを見た途端、目の前が急に真っ暗になる。
「わっ」
「ちょっとAlphys。見せるアニメが違うと思うよ」
「えっ、そんな筈は……」
上から降ってきた声で、お姉ちゃんに目を覆われていることに気付いた。Alphysの驚く声が続いて聞こえた。
「………あ、あー……えっと………これは……間違えました………その、お気になさらず」
そして次に、焦ったようなAlphysの声がした。
「んん。二体のロボットが……」
「………キスを?」
アニメを見たパパとUndyneの、不思議そうな声がする。
手が退けられて、見えるようになった。
「ほほう! 科学技術というのは本当にすごいんだね!」
「エヘヘヘ……はい! その通りです!」
「………性癖露見………」
「言わないでちょうだい!!!」
感心したような声をあげるパパに頷いたAlphysに、お姉ちゃんがボソッと何かを言った。Alphysにとってそれはトドメだったみたいで、また顔を真っ赤にして顔を覆ってしまった。
お姉ちゃんは何を言ったんだろう、と思いながら、今度はパパを見つめて何か言いたげにしているPapyrusに話しかけた。
「Papyrus、どうしたの? パパに何か言いたいの?」
「あぁ、ちょっとな」
ぼくが尋ねると、Papyrusは頷いて、パパに向かって話しかけた。
「あの、ASGORE様……俺様を王国騎士団の一員にしてはいかがでしょう?」
「それなんだがね、Papyrus、戦いはもう終わったから………我々にはもう王国騎士団はいらないかもしれないんだ」
「なにぃっ!?」
優しくそう言ったパパの言葉に、Papyrusは目を見開いた。
「ならば人間はなんのために旅をしたのです!? あんなに長い道のりを辿ったというのに……俺様はまだ王国騎士団に入れないのですか!?」
そう言って、Papyrusはがっくりと肩を落とした。
「まったく、これぞ起こりうる最悪の結末に違いない」
「………まぁ、そう気を落とすなよ」
言葉が見つからなかったのか、お姉ちゃんは苦笑いしながらPapyrusの肩を叩き、そう言った。
それを見てから、ぼくは先程からママとジョークを言い合っているSansに話しかける。
「こんにちは、Sans、Toriel」
「よぉ、frisk。そのおかしな顔はどうした?」
「いや、まだジョーク言い合ってるんだなあって思って」
「まだストックはあるぜ?」
「いくつあるんだよ」
ウィンクをしながらそう言ったSansに、お姉ちゃんが突っ込んだ。それを見てクスクスと笑っていたママが、何かを思い出したように手を叩く。
「Sans、Friskが私を口説いた時のこともう話したかしら……? それで私を『ママ』と呼びたがってたことを」
「ちょっと待ってFrisk、口説いたことに関しては私初耳だぞ」
「あれ、話してなかった?」
「聞いてない」
話に上ったママを口説こうとした話を聞いて、驚いた顔をしたお姉ちゃんに、話し忘れていたことに気付いた。
「ほら、お姉ちゃんさ、待ってる間に寝ちゃったじゃない? その間に電話かけてみたんだ。それでちょっとふざけて……」
「おいおい」
「すごいな、FRISK……俺様達二人にも新たな一面が見えてきたぞ」
「何してんのさ……」
ぼくがそう説明すると、Sansはちょっと笑って、Papyrusとお姉ちゃんは呆れたような顔をする。
「なぁ、tori。他にも何か恥ずかしい話はないのか?」
ニヤニヤと笑いながら、Sansがママに向かって尋ねる。
「ええ、もちろんあるわ! けれども今のが一番びっくりした話だと思うわ。私を口説きたい人がいるだなんて信じがたい話だもの」
「すみませんうちの妹が……」
「あたっ」
困ったように笑うママに頭を下げるお姉ちゃんに、ぺし、と軽く頭を叩かれる。ごめんなさい。
「…………えへへ………えへへへへ……あは! あはは! は!! は!!」
ママの話を聞いていたらしいAlphysが、後ろで笑う。
「もう、Toriel様ってば、何もご存知ないんですから」
「………気を落とすなよ、Asgore王」
Alphysの笑い声で顔を上げたお姉ちゃんが後ろを振り返って、苦笑しながらそう言った。………あ、そっか、パパはママのこと……
この話をあんまりパパの前でしちゃいけないと思って、慌ててぼくは次の話題を探す。
「あ、そう言えばマ………Toriel、携帯ありがとう、凄く役に立ったよ」
「あら、Frisk。そうだったの? なら良かったわ」
そう言えばぼくが今持っている携帯は元々ママがくれたものだったことを思い出して、ずっと言えていなかったお礼を言う。一瞬ママと呼び掛けて、慌てて言い直せば、気付いたらしいSansにニヤニヤとされた。
「そういえば、Alphysが私の電話をグレードアップしてくれたの」
「あ、そうなの?」
それを知らんぷりして、ママの話を聞く。
「『メール』機能をとても楽しんでいるわ」
「あれ、もしかしてついてなかったんですか?」
「そうなのよ。直ぐに相手に届くお手紙だなんて、本当に凄いわね」
お姉ちゃんにそう返しながら、ママは携帯を取り出して操作しようとする。
「Sans、これを『チェックアウト』ね」
「おいおい、tori………これはひでぇな」
そう言いながらママがSansに携帯の画面を見せると、
「女王様が戻って来たなんて信じられん……それに彼女がこんなに大マヌケだったなんて!!!」
「こらPapyrus、失礼だぞ」
Papyrusがちょっと怒ったようにそう言って、お姉ちゃんが苦笑いしながらそれを止める。
「あなたとSansは1メートルも離れてないのに! 何故メールを打っているんです!!!」
「心配ないわ、Papyrus。ちゃんと理由があってメールしているのよ」
そんなPapyrusに向かって、ママはにっこり笑った。
「どんな理由です」
「ん。それは俺達が大マヌケだからさ」
ぶすっとした顔でママにそう聞き返したPapyrusに、Sansが笑いながら答える。
「Sans、そんなことを言わないでちょうだい。あなたはマヌケなんかじゃないわ」
Sansに向かって、ママがそう言った。だんだん、その顔が笑顔になる。
「それどころか愚の『骨』頂よ!」
…………。
「はっはっは、なんと! 女王様が洒落を言うとより一層面白くない!」
ママがSansのことを大きな声でばかにしたことに驚いていると、Papyrusからそんな言葉が飛んできて、スケルトンをかけたジョークだと遅れて気付いた。そういえばママ、Sansと仲良しだったしなぁ、と思った。
「じゃあ何でお前は笑ってるんだ?」
「これは憐れみの笑いだ!!」
「………うーん、敢えて言うなら65点?」
「あら、意外と高得点ね」
また兄弟喧嘩をする二人を横に、お姉ちゃんが苦笑いしながらそう言った。ママはそれに満足そうに笑った。
………さて。一通り、話しかけ終わったかな。
「………Frisk。行くか?」
そう思ったぼくの心を見透かしたように、お姉ちゃんはぼくにそう言った。
「………うん、そうだね。そろそろ行こうか」
それに向かって、ぼくは頷き返す。
「ん、分かった。………それじゃあ、行こう」
―――………地上へ。
お姉ちゃんがその言葉を言うと、話し声が止んで、しんとした空気が漂った。
「………そうね、行きましょうか」
ママが頷いてくれたのを最初に、皆が頷いてくれる。
「Frisk、君たちが先導してくれるかな? 君たち二人には、その権利があるからね」
パパが、そうぼくたちに言ってくれた。
「うん、分かった。………じゃあ、皆。ついてきて」
その言葉に頷いて、ぼくたちが先頭に立つ。
そして、お姉ちゃんと一緒に、歩き出した。
「………あぁ、Frisk、ちょっといい?」
ふと、パパと戦おうとした部屋の中を進んでいると、お姉ちゃんが声をかけてきた。
「今Friskがしてるそのロケット……もらっちゃ、だめかな?」
「へ?」
そして、今ぼくがしているハートのロケットのネックレスを指差して、そう訊いてきた。
「………旅の思い出に取っておきたいんだ。お願い、この通り」
思わずびっくりしてお姉ちゃんを見れば、お姉ちゃんはそう言って、ぼくに向かって頭を下げた。
それに対して、ぼくは。
「…………うん、いいよ」
頷いて、あげた。
「…………本当に、いいの?」
ぼくの答えに驚いたらしいお姉ちゃんは、顔をあげて、真ん丸な目でぼくを見た。
「うん。だって、お姉ちゃんが何かを欲しがるなんて珍しいもん。それだけ、これが欲しいんでしょ?」
「………まぁ、そうだけど……」
ぼくがそう言えば、お姉ちゃんは頷いた。
ずっとぼくを甘やかして、守ってくれるお姉ちゃんが何かを欲しがってるんだ、たまにはぼくが、お姉ちゃんを甘やかしてあげたい。
それに、一回地上に出た時、孤児院に帰ってからお姉ちゃんに携帯が欲しいって言われたからあげたし。
「Torielも王様も、いいよね」
後ろで、ぼくたちのやり取りを見ていたであろうパパとママに訊く。
パパとママは少し困ったような顔をして、そして……
「………いいわよ。きっと、誰かが大事に持っていてくれた方が、あの子も喜ぶわ」
「あぁ、そうだね。大事にしてあげてくれ」
にっこりと笑って、許してくれた。
「だって。はい、お姉ちゃん。大事にしてね」
二人の了承をもらって、ぼくはネックレスを外して、お姉ちゃんに差し出す。
「…………―――うん。ありがとう。大事にするよ」
お姉ちゃんは嬉しそうな顔で頷いて、ネックレスを受け取って、ポケットにしまった。
「………私の我が儘で止めちゃってごめんね。今度こそ、行こうか」
「うん!」
優しく笑ったお姉ちゃんの手を繋いで、ぼくたちはまた歩き出す。
……―――――そして。
優しい光が差し込む外へ、踏み出した。