守りたいもの   作:行方不明者X

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※後編です


※最後まで、お付き合いいただけると幸いです


True Pacifist Ending

【Frisk】

 

 

「…………わ………」

 

 

地下から出て、一番最初に飛び込んできたのは、

 

 

とてもきれいな、夕焼けだった。

 

 

「おやまぁ………」

 

 

右横に並んだママが、夕焼けを眺めて、声をあげる。

 

 

「美しいだろう、みんな?」

 

 

パパが、皆にそう言って笑う。

 

 

「うわぁ……て、テレビで見るより綺麗。ずっと綺麗! 思い描いていたのよりもずっと!」

 

 

沈んでいく太陽を見て、Alphysが興奮したようにそう言った。

 

 

「Frisk、こんな世界で生きてるのか!? 太陽の光が最高だ……それに空気もうまい! 本当に生きている心地がする!」

 

 

Alphysよりも大袈裟に、辺りをキョロキョロと見ながらUndyneがそう言った。

 

 

「なぁSANS……あの大きなボールはなんだ?」

 

 

『太陽』が何か分かっていないらしいPapyrusが、太陽を指差してSansに訊く。

 

 

「あれは『お日様』って呼ぶんだぜ、兄弟」

 

 

「あれがお日様!? イヤッハー!!! やっとお日様に会えるなんて!!!」

 

 

Sansが肩をすくめてPapyrusに返すと、Papyrusは皆と同じように興奮して、叫んだ。

 

 

「ずっとここで眺めていられる気がする……」

 

 

「ええ、とても綺麗だと思うわ?」

 

 

パパの呟きにママがそう返すのを聞きながら、ぼくはこっそり、夕焼けの光を受けて立つ皆を見る。

 

 

―――――よかった。今度は、皆でこの夕焼けをみれた。

 

 

そんな嬉しい気持ちで一杯になる。

 

 

もう一回、夕焼けを見る。

 

 

 

きらきら、きらきらと輝いている夕陽は、毎日見てるはずなのに。

 

 

 

今日の夕焼けは、今まで見た夕焼けの中でも世界で一番きれいな、かけがえのない宝物のような気がした。

 

 

 

ふと、お姉ちゃんが何も言っていないことに気付いた。

 

 

「お姉ちゃん、夕焼け――――………」

 

 

そこで、ぼくの言葉は止まってしまった。

 

 

なぜなら。

 

 

 

「―――――――」

 

 

 

お姉ちゃんが夕陽を眺めて、ぼろぼろと涙をこぼして、泣いていたから。

 

 

「お姉ちゃん何で泣いてるの!!?」

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

一回地上に出た時とは違う行動に、びっくりしたぼくが思わずお姉ちゃんに叫ぶと、お姉ちゃんもびっくりしたような顔をする。

 

 

「あ、れ………わたし………ないて……」

 

 

お姉ちゃんは泣いているのに自分で気付いていなかったみたいで、やっと自分が泣いていることに気付いて、涙をふく。

 

 

「どうしたんだ、Lily……どっかいたいのか?」

 

 

Papyrusが心配そうに、お姉ちゃんに訊く。

 

 

「………いや、違う、ちがうんだよ、Papyrus………」

 

 

お姉ちゃんは、それに涙をふきながら首を横に振った。

 

 

「何でかさ、私、この夕焼けをずっと見たかった気がするんだ………それが見れて、ほんっとうにうれしいんだよ………」

 

 

お姉ちゃんは涙をふいて、心の底から嬉しそうに笑った。

 

 

そこで、ぼくは思い出す。

 

 

一回地上に出た後、お姉ちゃんは、

 

 

『あの夕焼けを皆に見せてあげたかったなぁ』

 

 

と、悲しそうな顔で言っていたことを。

 

 

ぼくとは違って、一回目の記憶の無いお姉ちゃんだけど、そう思っていたのは覚えていたみたいだった。

 

 

「そうなのか………なら仕方ないな!!」

 

 

「お前も案外泣き虫だよなぁ」

 

 

「うっさいやい!」

 

 

Papyrusは安心したように笑って、Undyneはさっきのお返しとばかりにお姉ちゃんをからかった。それを受けて、お姉ちゃんはまた笑った。

 

 

その笑顔が見れて、ぼくは本当に嬉しかった。

 

 

「皆、太陽を楽しむのもいいけれど、この先のことも考えなくてはね」

 

 

そんな皆で笑っている中、ママがそう言った。

 

 

「あぁ、そうか」

 

 

その言葉に、パパは頷いて、笑った。

 

 

「皆………今ここから輝かしい未来が幕を開ける。人間とモンスターとの平和の時代が」

 

 

パパのその言葉に、皆が頷いた。

 

 

「Frisk……君に一つ頼みたいことがある」

 

 

「うん、なぁに?」

 

 

嬉しい気持ちのままパパの言葉に返事をすれば、パパはぼくに向かって、こう言った。

 

 

「どうか人間界で我々の親善大使になってくれないか?」

 

 

「………しんぜん、たいし……?」

 

 

それは、お願いだった。

 

 

しんぜんたいしってなんだろう、と考えていると、

 

 

「あー……親善大使っていうのはね、誰かと誰かの間に入って、その人達が仲良くなれるように架け橋になる人のことだよ。Asgore王が言っているのは、モンスターと人間が仲良くなるために、架け橋になってほしいってことだね」

 

 

お姉ちゃんが、素敵な意味を教えてくれた。

 

 

「そうなの!?」

 

 

「うん。………どうするかは、Friskが決めなさい」

 

 

お姉ちゃんはそう言ったけど、ぼくの中でその意味を聞いたときからもう、答えは決まっている。

 

 

「やる! ぼく、親善大使になるよ!」

 

 

――……そんな素敵なお仕事、引き受けない訳がないじゃん!

 

 

「おお! FRISKは最高の大使になるぞ! そして、このグレートなPAPYRUS様が……最高のマスコットになるのだ!」

 

 

「本当!?」

 

 

「ああ、勿論だ!!」

 

 

そう言うと、Papyrusが大きな声でそう言ってくれた。

 

 

Papyrusが支えてくれるなら百人力だ、と思った。

 

 

「今からいい第一印象を与えてくる!」

 

 

「あっ、ちょっと!」

 

 

そう言うが早いか、Papyrusは猛スピードで走っていってしまった。

 

 

止めようとした時には、もうあの赤いスカーフが遠くなっていた。足早いなぁ、Papyrus。

 

 

「………んーじゃ。あいつが面倒を起こさないよう誰かが見張ってなきゃな」

 

 

「うん、そうしてあげて」

 

 

「おう」

 

 

Papyrusに続いて、Sansが少し笑って言った。

 

 

「あばよ、みんな」

 

 

「またね!」

 

 

ぼくがSansに手を振ると、Sansはぼくに手を振り返して、Papyrusが走っていった方向とは逆方向に歩いていった。………また近道を使うのかな?

 

 

「………ったく、何もかもあたしが引き受けろってか?」

 

 

「そういうつもりじゃなかったんだけどね……お願いしていい?」

 

 

「……まぁ、仕方ないな! 引き受けてやるか!」

 

 

溜め息を一つ吐いたUndyneにそう言えば、いつものようにUndyneは笑った。

 

 

「Papyrus、待て!!!」

 

 

そして、Papyrusを追いかけて、走っていってしまう。

 

 

「あっ、Undyne!! 待ってよ!!」

 

 

それを追いかけて、Alphysも走っていってしまった。追い付けるといいけど……

 

 

「…………おっと。………あの、何かした方がいいかな?」

 

 

皆が行ってしまって手持ちぶさたになったパパがそうぼくらに尋ねると、ママがパパを睨んだ。

 

 

「じゃあ、おいとましないと!」

 

 

「ははは………あとでね、パパ」

 

 

慌てて走っていくパパに手を振って、見送る。

 

 

その背中が見えなくなると、

 

 

「みんな、随分と積極的に発っていくのね」

 

 

「いや、最後のAsgore王のは………いえなんでもないです」

 

 

お姉ちゃんがママの言葉に突っ込もうとして、ママににっこりと笑いかけられて口を閉じた。

 

 

「ふふふっ」

 

 

それがおかしくて、つい、笑ってしまう。

 

 

「……はははっ」

 

 

ぼくにつられたように、お姉ちゃんもちょっと笑った。

 

 

「………Frisk……」

 

 

「ん? なぁに?」

 

 

ふと、夕焼けを眺めていたママが、ぼくに話しかけてくる。

 

 

「あなたはこの世界からやってきたのでしょう……?」

 

 

「うん、そうだよ」

 

 

ぼくが頷けば、ママは少し悲しそうな顔をする。

 

 

「だから、きっと帰るところがあるのよね? あなたはこれからどうするのかしら?」

 

 

「………へ?」

 

 

ママにそう言われて、ぼくは首を傾げる。

 

 

…………ぼくは、どうしよう。

 

 

皆と一緒に帰ることだけを考えてて、ぼくがこれからどうするかを全く考えてなかったことに気づいてしまった。

 

 

少し考えてみる。

 

 

―――……皆が待ってるだろうし、心配してるだろうから、孤児院に帰らなきゃいけないよね。………でも……

 

 

ママを見る。

 

 

…………ぼくは、まだママと一緒にいたいなぁ………

 

 

「………お姉ちゃん……」

 

 

どうするべきか分からなくなって、お姉ちゃんに助けを求める。

 

 

「…………それは自分で決めるべきだよ、Frisk。でも、そうだね……一つアドバイスするなら、選んで絶対後悔しない方を選ぶこと」

 

 

お姉ちゃんはどうするべきかは教えずに、ぼくにアドバイスをくれた。

 

 

ぼくが選んで、絶対に後悔しない方。

 

 

―――………それなら………

 

 

「………ママと、一緒にいたいな」

 

 

ぼくはそう言って、ママの手を握った。

 

 

「えっ?」

 

 

ママは驚いたようにぼくを見て、そして、優しく笑ってくれた。

 

 

「Frisk……あなたは本当におかしな子だわ」

 

 

「えー、そうかなぁ」

 

 

「そうよ。先にそう言っていたなら、今までのことは何も起こらなかったのよ」

 

 

………確かに、そうだ。

 

 

ママに言われて、そう気づく。

 

 

Ruinsでずっとママと一緒に居たいと思っていたら、ぼくはお姉ちゃんと一緒に地下世界を探検したり、ここでこの夕焼けを見れなかったんだ。

 

 

「………まぁ、じっくり考えて気が変わってくれたのならとても嬉しいわ。えへへ」

 

 

ママはぼくの手を握り返して、ぼくを真っ直ぐ見て、笑ってくれる。

 

 

「それじゃあ……本当にあなたが行く宛がないのなら……出来る限りのお世話をして、あなたを大切にしてあげるわ。それでいい? もちろん、Lilyもね」

 

 

「! 本当に!? 本当にぼくたちのママになってくれるの!?」

 

 

「えぇ、もちろんよ」

 

 

嬉しくてぼくがそう聞き返せば、ママはその笑顔のまま頷いてくれる。

 

 

「やっっったぁっ!! じゃあ、これからよろしくね、ママ!」

 

 

「ええ。Frisk。………さぁ、いらっしゃい」

 

 

ぼくが嬉しさのあまりママに抱き付けば、ママは優しく抱き締め返してくれた。院長とは違うあったかさが、ぼくを包んだ。

 

 

「じゃあ、じゃあ!!! まずはぼくたちの住んでる孤児院に言って、皆を紹介しなきゃ!!! それから、それから……」

 

 

「あら、育ててくれていた人がいたのね? それは大変! なら、早く行かなくちゃね」

 

 

「うん!!」

 

 

ママとそう笑いあって、手を繋いで、歩き出す。

 

 

 

これで、やっと、ハッピーエンドだ―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――………あぁ、ちょっと待って」

 

 

それに。

 

 

待ったが、かけられた。

 

 

それまで全く話さなかったお姉ちゃんの声に振り向くと、お姉ちゃんはそこから一歩も動いていなかった。

 

 

「――――ちょっと、行かなきゃいけない場所があったのを思い出しちゃったや。だから、帰っててくれないかな」

 

 

にっこりと、お姉ちゃんは笑いながらそう言った。

 

 

「えっ………そうなの?」

 

 

「うん」

 

 

…………一回目には、無かった出来事だ。

 

 

そう思いながらぼくが聞き返すと、お姉ちゃんは頷いた。

 

 

「なら、ぼくも一緒に………」

 

 

「ううん、私ひとりでいかなきゃいけないんだ。だからFriskには、先に帰っててほしいんだけど………ダメ?」

 

 

ぼくが一緒に行こうかと提案しようとすると、いつものように笑いながら、お姉ちゃんは首を横に振って、首を傾げた。

 

 

「……………」

 

 

「………………Frisk? わっ」

 

 

そのいつも通りの笑顔に、さっきまでのふわふわした気持ちが消えていって、代わりに、胸騒ぎがする。

 

 

どくどくと、ソウルが跳ねる。

 

 

――――……嫌な予感が、どうしてか、消えない。

 

 

「………Frisk、痛いよ」

 

 

困ったようなお姉ちゃんの声に、我に返る。

 

 

いつの間にかぼくは、ママから離れて、お姉ちゃんの手を握って、力を込めていたらしい。

 

 

――――………でも、

 

 

「…………」

 

 

ぼくは、今繋いでいるこの手を、離せなかった。

 

 

今、ここで離したら、

 

 

「Frisk?」

 

 

―――――――この笑顔にもう、手が届かなくなってしまいそうで。

 

 

「……………やだ」

 

 

そう思ったら、もう止められなかった。

 

 

「やだ………やだ、やだ。お姉ちゃんも、一緒にかえろう」

 

 

ぼくの思いが、勝手にぼくの口から出ていく。

 

 

「そんな場所、後でいけばいいじゃん。待ってる人がいるなら、後で謝ればいいじゃん」

 

 

「Frisk……?」

 

 

お姉ちゃんの困ったような声に、ぼくはやっぱり悪い子だと自分で思った。

 

 

「ぼくは今、皆と一緒にかえりたいんだ」

 

 

ぼくの我が儘で、いっつもお姉ちゃんを困らせて。

 

 

「ぼくは今、お姉ちゃんと一緒にかえりたいんだ」

 

 

いつもいつも、

 

 

 

「ぼくは、ぼくは………」

 

 

 

辛そうな、悲しそうな顔を、させてばかりで。

 

 

「…………お姉ちゃん………ぼくといっしょに、かえろう……?」

 

 

目の前が霧に覆われたみたいで、良く見えない。

 

 

ほっぺに、熱いものが流れているのを感じる。

 

 

泣いているんだと、直ぐに分かった。

 

 

何で泣いてるのかは、わかんない。

 

 

Asrielに傷つけられたときは、あんなに痛くても、涙なんて出なかったのに。

 

 

………―――涙が止まらなかった。

 

 

「――――………Frisk」

 

 

そんなぼくを、お姉ちゃんは。

 

 

ぼくと同じくらいの高さにまでしゃがんでくれて。

 

 

ぼくの涙を、優しくふいて―――……

 

 

 

「―――……だめよ」

 

 

 

ぼくの言葉を、受け入れてくれなかった。

 

 

「ダメだよ、Frisk。ダメなんだよ」

 

 

お姉ちゃんに涙をふかれたから、お姉ちゃんがそう言って首を横に振るのが、よく見えてしまった。

 

 

「今、いかないといけないんだ。じゃないと、私は……きっと一生、後悔することになる」

 

 

夕焼けのオレンジの光に照らされたお姉ちゃんは、優しい笑顔のまま、ぼくにそう言う。

 

 

「だから、お願い――………いかせてちょうだい」

 

 

じっとぼくを見るその笑顔に、さっきまでよく動いていたぼくの口は、言いたかったことを言わなくなってしまった。

 

 

「………………じゃあ…………」

 

 

動かなくなってしまった口を精一杯動かして、ぼくはお姉ちゃんに言う。

 

 

「―――……()()()()、帰ってきてくれるって、約束してくれる?」

 

 

そう言うと、お姉ちゃんは、困ったような顔をした。

 

 

「………それ、は………」

 

 

「じゃなきゃ、やだ。行かせてあげない」

 

 

更にそう言うと、お姉ちゃんはもっと困ったような顔をする。

 

 

………きっと、我が儘だなぁって、思ってるんだろうな。

 

 

それでも、ぼくはお姉ちゃんの手を握り続けていたいから、我が儘を押し通す。

 

 

「――――………分かったよ、Frisk」

 

 

そのままずっとお姉ちゃんを見て手を繋いでいると、お姉ちゃんは困ったような顔をやめて、優しく笑ってくれる。

 

 

「約束する。私は、絶対Friskのいるところに帰るよ」

 

 

「………本当に?」

 

 

「あぁ、勿論」

 

 

ぼくが聞き返せば、お姉ちゃんは頷いてくれた。

 

 

「でも、一つだけ、私もFriskに約束させて?」

 

 

「……なぁに?」

 

 

笑うお姉ちゃんに、ぼくは聞き返す。

 

 

「今後ろにいるTorielさんの手を握ったら、そこからもう、振り向かないでね。絶対に、だ。………約束できる?」

 

 

「…………うん、それなら………」

 

 

首を傾げるお姉ちゃんに、ぼくは、頷く。

 

 

何でそんなことを約束させるんだろう、と思ったけど、聞けなかった。

 

 

「ありがとう」

 

 

それを見て、お姉ちゃんは笑ってくれた。

 

 

「――……じゃあ、指切りしよ」

 

 

ぼくが右手の小指を差し出せば、お姉ちゃんは笑って、

 

 

「うん、いいよ」

 

 

ぼくの小指に、自分の小指を絡めてくれた。

 

 

「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった」

 

 

夕焼けの中、お姉ちゃんの歌が響く。

 

 

歌い終わると一緒に、指がぼくの指から離れていった。

 

 

「これでよし」

 

 

そう言うと、お姉ちゃんはぼくから離れて立ち上がった。

 

 

「それじゃあ、先に帰っててね、Frisk」

 

 

「………うん」

 

 

笑うお姉ちゃんに、ぼくは頷く。

 

 

「………――――約束だよ、お姉ちゃん」

 

 

でも、念を押して、お姉ちゃんにそう言った。

 

 

「………おう。約束だ」

 

 

お姉ちゃんは、頷いてくれた。

 

 

「…………それじゃ、お願いします、Torielさん」

 

 

そして、ぼくの後ろにいるママに向かって笑った。

 

 

「えぇ、分かったわ。なるべくはやく、帰ってくるのよ」

 

 

「……はい」

 

 

ママの言葉を聞いて、お姉ちゃんは頷いた。

 

 

「それじゃあ―――……またね、お姉ちゃん」

 

 

そう言って、ぼくはお姉ちゃんの手を、離した。

 

 

 

暖かった体温が、消えた。

 

 

 

振り返って、ぼくは待っていてくれたママの右手を握る。

 

 

「お待たせ、いこう」

 

 

「えぇ」

 

 

そして、歩き出す。

 

 

―――……お姉ちゃんは、まだそこにいるんだろうか。

 

 

振り向きたいけど、振り向けない。

 

 

約束、してしまったから。

 

 

破ってしまったら――……ぼくはうそつきに、なってしまうから。

 

 

我慢して、ママと一緒に歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――………さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

ブツン

 

 

 

 

 

ふと、突然耳元で、()()()()()が聞こえた。

 

 

 

驚いて振り返っても、そこには誰も居なかった。

 

 

 

――――………それなのに、何故か。

 

 

 

 

「………?」

 

 

 

さっきまで言えていたはずの言葉が出てこない。

 

 

 

「………あれ……?」

 

 

 

さっきまで、そこに()()がいて。

 

 

 

その人の名前を、()()()()()筈なのに。

 

 

 

出てこない。

 

 

 

「………? どうしたの、Frisk。何か、忘れ物かしら?」

 

 

 

急に振り返ったぼくを不思議に思ったらしいママが、ぼくに尋ねてくる。

 

 

 

「……………ううん、何でもない。行こう!」

 

 

 

首を振って笑って、ぼくはママと歩き出す。

 

 

 

それでも、なぜか。

 

 

 

 

 

 

―――――――……ぼくの心に大きな穴が空いて、空っぽになってしまったような感覚が、ずっと残っていた。




※活動報告にて予告していた書き貯め期間に入ります


※エタるつもりはございませんので、どうか気長にお待ちいただけると幸いです

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