守りたいもの   作:行方不明者X

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※連続投稿二話目です


※読んでいない方は前の話からどうぞ


望まれなかった救済

【Chara】

 

 

ぼうっと、360度に広がる暗い空間を見つめる。

 

 

その中で唯一周りにあるのは、自分で築いた塵の山。

 

 

――――そう、私自身が自分で築いた。

 

 

それを見ながら、私はぼんやりと考える。

 

 

これから自分はどうなるのだろう、と。

 

 

…………先程、ぼくがサポートしていた女の子―――Friskとの繋がりが突然切れた。

 

 

こんな世界の中で私が『世界』を感じられる唯一無二の存在だったFriskとの繋がりが突然切れて、そりゃあ当然混乱した。

 

 

なんで、どうして。

 

 

Friskの気配が一切消えてしまって、感じられなくなった。

 

 

――――まぁ、それと同時に『Partner』の存在があまり感じられなくなって、万々歳ではあるけれど。

 

 

多分、今までは存在していなかったFriskの姉だという彼女―――確か、名前はLilyだったかな。彼女が何かをしたんだろう。前から変なモノを彼女から感じていたし……

 

 

………それはいいとして。

 

 

これから本当にどうしようかと、また思考が回りだす。

 

 

Friskが皆で地上に出たから、『私』はちょっとした手助けしかしなかった。それは喜ばしいことだ。『虐殺者(わたし)』としての私の活躍は、無かったってことなんだから。だが………そこから、先は?

 

 

膝を抱えて、目を閉じる。真っ暗闇に視界を閉ざされる。………なんて意味の無い行動なんだろう。今の私みたいだ。

 

 

………本来なら『Partner』が選ぶ筈だった私が復活するルートは、Friskと『Partner』、そして私の繋がりが断たれた事によって行けなくなってしまった。それはいいんだ。でも、それは私の生きる意味が無くなってしまったことと同義だった。だって、そうだろう。私は『虐殺者(わたし)』として復活することが決まっていたから生きていた……とは言い難いけど、こんな中途半端な存在になってでも世界に留められていたんだから。何か生き甲斐を探せったって、こんな場所じゃ、出来ることは精々皆の遺体を弔い続けることぐらいしか出来ない。そもそもの話、今私が此処にいること事態おかしいのに………生きる意味を無くしたわたしは、どうすればいいのだろう。

 

 

目を閉ざしたまま、現実逃避にぼんやりとFriskを通して見た世界を思い出す。

 

 

………本当にあの子はいい子なんだろう、あの子越しに見る世界は、私が見た時よりずっと世界が明るく見えた。その中で見る皆の笑顔が、眩しくて堪らなかった。

 

 

――――だからこそ、羨ましい。

 

 

『虐殺者』として定義付けられている私には絶対に出来ない世界の見方が、羨ましい。

 

 

皆と柵無く笑えるのが、羨ましい。

 

 

羨ましくて、堪らない。

 

 

―――――………殺してしまいたいぐらいに。

 

 

…………でも、私はそれを妬んで、ここまで落としてしまおうとは思わない。

 

 

だって、

 

 

【シネ】

 

 

【死ね】

 

 

【しね】

 

 

【早く死ね】

 

 

【死んでしまえ】

 

 

【死になさい】

 

 

【死ねよ】

 

 

【死んじゃえ】

 

 

【死ね】

 

 

【シネヨ】

 

 

【しんじゃえ】

 

 

【死んでくれ】

 

 

【存在ごと消えてしまえ】

 

 

 

――――……こんなモノを、まだ十歳にしかなってないあんな子に、聞かせる訳にはいかないから。

 

 

耳を塞いで、踞る。

 

 

それでも、私の存在を否定するその声は私の頭の中で響き続ける。

 

 

誰かが周りにいる気配がする。

 

 

きっと目を開ければ、私が殺して塵にした彼ら彼女らがそこにいて、(罪人)を囲んで見ているんだろう。

 

 

何時からか見え始めて聞こえ始めたこの現象の正体はさっぱり分からないが、きっとこれは私に対する罰なんだろう。

 

 

モンスターを殺して、世界を壊した、私の。

 

 

そんな場所に、あの子は落とせない。落としたくない。

 

 

こんな闇を知ってしまったら、きっとあの眩しい太陽みたいな笑顔が曇ってしまう。それはいやだ。

 

 

だから、私の()()を、こんな所に落とせない。

 

 

私の唯一無二の光を、汚したりだなんてしたくない。

 

 

罰を受けるのは、私だけで充分だ。

 

 

もう、私は充分泣いたんだから、あとは償いをしないと。

 

 

Friskを、相棒を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――なにしてるの、こんな所で」

 

 

不意に、私の周りにいた気配が消えて、声が聞こえなくなる。

 

 

そして、聞き覚えのあるような、声が聞こえた。

 

 

「おーい、寝てるのー?」

 

 

それに気付いて思わず固まっていると、肩に何かが触れる感覚がする。ぎょっとして後退れば、その感覚は消えていった。

 

 

「あ、なんだ、起きてるじゃん」

 

 

だが、その声だけは消えてくれなかった。本来ここにいるべきではない、その声だけは。

 

 

恐る恐る、顔を上げる。

 

 

そこには、先程までFriskの傍にいた筈の――――Lilyが、立っていた。

 

 

「はっ………? なんで、君がここに………」

 

 

理解が出来なくて、思わずそう声を溢す。するとLilyは、私が遠い昔に鏡を覗き込んだ時の顔で、微笑んだ。

 

 

「あ、やっぱり私のことは知ってるのね。じゃあやっぱりアナウンスしてくれてたのは君か」

 

 

アナウンス、と言われてなんのことか一瞬理解が遅れたが、Friskに向けてモンスター達の解説をしてやったことを思い出し、それかと結び付ける。

 

 

………だが、一つ疑問が浮かんだ。

 

 

「…………何で、君にも解説が聞こえてるんだ……?」

 

 

私はFrisk――そしてそれを見ている『Partner』にしか解説をしていない筈。それが何故、Lilyにも……?

 

 

「………まぁ、それは今はいいじゃん。取り敢えず自己紹介しないとね」

 

 

Lilyはそう言って誤魔化すと、私との距離を詰めてしゃがみ、右手を差し出してきた。

 

 

Greetings(ごきげんよう)。初めまして、私はLily。君は………えぇっと、Chara、で良いんだよね」

 

 

差し出しされた右手を見つめていると、自分の名前を久方ぶりに呼ばれて驚く。

 

 

「AsrielやAsgore王とか色んなモンスターに間違われたからどんな顔なのかと思ったら、マジで鏡写しみたいにそっくりなんだね。この世には三人そっくりさんがいるとか昔聞いたけど、それがマジだったとはなぁ」

 

 

まぁそのそっくりさんが年下とは思わなかったけど、と、そう締め括ってLilyは手を差し出したまま笑う。どうやら、私と自分の顔を照らし合わせて、私がCharaであると判断したらしい。

そこには納得したが、右手を握るかどうか悩んでいると、強引に右手を取られて握手させられた。

 

 

その手は、酷く冷たい。

 

 

―――――私と同じ、死んでしまった人間(ソウルレス)の体温だ。

 

 

「!!!」

 

 

それに気付いて、直ぐ様手を離す。

 

 

「ありゃ、握手すんのそんなに嫌だった?」

 

 

笑いながら首を捻るLilyを睨み、私は口を開く。

 

 

「………何でこんな所にいるんだ。どうやって来たかは知らないがお前は此処にいるべき人間じゃない。手遅れになる前にとっとと元の世界に帰れ」

 

 

出来るだけ冷たい声を意識して、私はそう言い切った。そんな私に対し、Lilyは首を元の位置に戻して笑い続ける。

 

 

「うーん、そんな事言われてもなぁ……私は君に用があって此処に来たわけだし。それを達成するまではなぁ」

 

 

あはは、とソウルレス特有の上っ面の笑みを顔に貼り付けたまま、Lilyは笑い続ける。

 

 

「………何の用で此処まで落ちてきたんだい? 言ってさっさと帰りな」

 

 

「うわぁ、歓迎されてないなぁ、私」

 

 

早く帰ってほしいと願って語気を強める私に、Lilyはへらへらと笑いながらポケットを漁る。

 

 

「………お、あったあった」

 

 

そして、ポケットから包装に包まれた何かを出す。その包装に、見覚えがあった。

 

 

「はい、お近づきの印にこれでもどうぞ」

 

 

「………それ、って」

 

 

思わず、目を見開く。それは、私がまだ生きていた時に食べた、チョコレートだったから。

 

 

「本当は二個既に回収して持ってたんだけどねー、そのリュックがどっかに消えちゃったもんだからさ。Homeから新しくもらってきたんだ。好きなんでしょ、これ」

 

 

食べなよ、と言いながら差し出してくるチョコレートを思わず引ったくるようにもらって、見つめる。

 

 

――――……温かい日々を、思い出した。

 

 

急いで包装を破くと、懐かしい匂いが鼻を擽る。中から出てきたチョコレートにかぶり付けば、まったりとした甘さが広がった。

 

 

――――もう、二度と食べられることなんてないと思っていたのに。

 

 

あの日食べたチョコレートと変わらない味に、懐かしくなる。

 

 

…………親友と、夜にママに内緒で食べたことを思い出して、視界がぼやけてきた。

 

 

「そんな泣きながら一心不乱に食べなくても……ゆっくり食べな、誰も邪魔しないから」

 

 

構わずチョコレートにかぶり付いていると、Lilyが頭を撫でてくる。その手付きに、ママやパパが撫でてくれた時のことを思い出してしまった。

 

 

―――――……私にはもう、あのモンスター達を『ママ』、『パパ』と呼ぶ資格はないのに、まだあの温もりを自分が求めていることに気付いて、自分が嫌になる。

 

 

それでも言われた通り、食べる速度を落としてゆっくり食べる。最後の一欠片まで食べきって、口の中に残る甘さを惜しみながら、私は口を拭ってLilyに向き直る。

 

 

「どうだったよ、久しぶりに食べるチョコレートは」

 

 

食べ終わるまで待っていてくれたLilyは、空っぽな笑顔で笑う。

 

 

「………変わらない味だった。それだけだけど」

 

 

「ふぅん、そう」

 

 

私の返答にLilyはその笑顔のまま頷く。

 

 

「それじゃあ一息つけたことだし、本題に入りましょうかね」

 

 

彼女はそう言って、私を見つめる。

 

 

「まず、Chara……えぇっと、女の子か男の子か分かんないから一応呼び捨てさせてもらうけど、許してね? 君は、何時までこんな所で踞ってるつもりだい?」

 

 

「………は? どういうことだ?」

 

 

挑発とも取れる言葉が突然投げ掛けられ、思わず聞き返す。

 

 

「どういうことも何も、言葉の通りだよ。こんな所に何時まで居るつもりなのさ、君は」

 

 

「何時まで、って……」

 

 

意味が分からない質問が変わらず投げられて、混乱する。そして少し質問の意味を吟味して、私は言葉を返す。

 

 

「……さぁね。『何時までも』じゃないか?」

 

 

「何故?」

 

 

「なぜ……」

 

 

直ぐ様笑顔のまま『何故』と切り返されて、一瞬言葉に詰まる。

 

 

「………今の私には、もう何もないからね。君が何かした所為で、君の妹のFriskとの繋がりが切れて、私が復活することは無くなった。それは、私と『Partner』とも繋がりが切れたことになる」

 

 

そこでふと、目の前の人物は『Partner』の存在を知らないことを思い出した。

 

 

「あぁ、君は知らないだろうけど、この世界の外には『Partner』という第三者が居てね。ソイツが君の妹を操ってたんだ。まぁ、とにかく、ソイツとの繋がりも切れて、晴れてFriskと私は解放された訳だけど……でも、私が犯した罪は消えない」

 

 

私はそこまで言って、Lilyに分かりやすいよう、立ち上がって少し距離を取り、周りにある塵の山の方を両腕を広げて指す。

 

 

「ここにある塵の山の数だけ、私は罪を重ねてきた。その結果、本来のルートなら存在しない筈の私の意識がここにある。これはとんでもない異質なバグだ。それでも私の存在は世界には気付かれてないときた。つまり、私は誰かに消されることもない。………だから、私はきっと何時までもここに居るんだと推測するが、どうだ? 満足か?」

 

 

そこまで言い切って目の前で笑い続けるLilyに聞き返す。すると彼女は少し首を捻り、

 

 

「………うーん、若干言ってることが滅茶苦茶だけど………成る程、確かにそうかもね」

 

 

と言って、でも、と立ち上がりながら続ける。

 

 

「本当にそれでいいの?」

 

 

首を捻り、彼女は変わらない笑顔のままでそう尋ねてきた。

 

 

………何を言っているんだろうか、この人は。

 

 

「……当たり前だろ。これ以外どうしようもないんだから」

 

 

何も分かっていない彼女に、そう答える。

 

 

至極当然な事を言わせないでほしい。もうどうにもならないのを再確認させられてしまうから。

 

 

「そう。じゃあ………」

 

 

 

―――――――私が君を此処から連れ出せると言ったら、君は乗る?

 

 

 

「…………は」

 

 

笑う彼女の口から滑り出た言葉に、思わず身が凍った。

 

 

なんの冗談だ。そう返したかったけど、言葉が出てこない。

 

 

「………そう言えば、私の用事を言ってなかったね」

 

 

私が混乱して固まっていると、彼女は続けて口を開く。

 

 

「私はね、Chara。君を此処から連れ出しに来たんだ」

 

 

「………………何を、言ってる……?」

 

 

今度こそ本当に目の前で笑う人間の言っている意味が理解出来ず、問い返す。するとLilyは、空っぽな笑顔をさらに深めた。

 

 

「先程君が言った通り、私がちょっとした事をして、あの子が持っていた君と、その、『Partner』だっけ? との繋がりを叩き切った。私が戻そうと思わない限り、二度とそれが元に戻ることはないだろうよ。そもそもの話、ここに来れたのもそれを辿ってきたからだし。まぁ、別の協力者の力もあったからだけどね。

それの応用で、君とここの関係を切ってしまえば、君は晴れてこの牢獄みたいな場所から脱出出来る、っていう寸法さ」

 

 

どう?、と首を傾げるLilyの言葉が、理解できない。

 

 

『ここから出られる』?

 

 

何の悪い冗談だ。

 

 

そんなこと、出来る筈無い。

 

 

―――――……それでも、少しだけ期待している自分がいる。

 

 

彼女が言ってることが本当なら、Friskと私との繋がりを切ったんだ、もしかしたら、もしかしたら…………本当に………?

 

 

そう思っている、自分がいる。

 

 

 

 

 

…………でも、私には………

 

 

 

 

 

「あ、君に限って無いとは思うけど『自分は此処で罪を償い続けなくちゃ』とか思ってるなら、それ()()だから気にしなくていいからね?」

 

 

まるで私の思考を読んだような言葉に、思わず目を見開く。

 

 

その言葉の中に混ざる、信じられない言葉を私は聞き逃さなかった。

 

 

「………()()?」

 

 

「うん、冤罪」

 

 

言われた言葉が信じられなくて聞き返せば、Lilyは頷いた。

 

 

「それ、元々君の罪じゃないよ」

 

 

唖然とする私の心情を余所に、彼女は続けて口を開く。

 

 

「君、さっき塵の山がどうとか言ったけど、そんなもの此処に無いよ。少なくても私の視界に見える範囲にそんなものはない。君が見ている『塵の山』は存在しない」

 

 

彼女は無遠慮に、私の周りにある塵の山()を否定する。

 

 

「じゃあ今この目の前にあるのは!!? 私が殺したモンスター達の声は、一体なんだ!!?」

 

 

「君の中に残ってるかもしれない良心の阿責、もしくは思い込みからくる幻聴ないし幻覚じゃない? 人間なんて思い込みで死ねるぐらいだし、それぐらいわけないと思うよ」

 

 

堪らず叫べば、Lilyは平然とした様子でそう返した。

 

 

「……………そんな…………」

 

 

私の持つ此処に残る理由全てを叩き切られ、最後にはそんな言葉しか出てこなかった。

 

 

――――――………全て、冤罪?

 

 

じゃあ、私は一体今まで何のためにここに………?

 

 

冤罪だって言うなら、これは、一体だれの……?

 

 

「…………さてと、君がここから出ない(生きることから逃げ出す)理由は全部無くなった?」

 

 

と言って、Lilyは私との開いた距離を詰める。

 

 

「君がこんな場所に留まる利益なんて一つもない。それどころか、有りもしない罪を被らされて、ただ悔やむことしか出来ない。不利益だらけだ。No more hassle than it is worth(百害あっても一理なし)とはこの事だね。利益不利益に置き換えても、『ここを出る』ことの方が懸命な判断だと思うけどな?」

 

 

それに、とLilyは言葉を続ける。

 

 

「まぁ、私が今言うと今一説得力が無いけど………君がどんな生を歩んできたかは知らないけど、今度こそは楽しめると思うよ。君が泣くほど殺してしまったのを悔やむレベルで愛している皆も居るし、何より、私の妹がいる。きっと前に見た時よりずっと世界が明るく見えると思うよ」

 

 

だから、と言葉を続けて、Lilyは右手を差し出した。

 

 

 

「――――ここから出ようよ、Charaちゃん。地上はきっと、楽しいよ」

 

 

 

じいっと、優しげに細められた土色の空っぽな目が、私を見つめている。

 

 

その瞳に映る私は、酷く間抜けな顔をしている。

 

 

 

それが見たくなくて、私は顔を伏せた。

 

 

 

―――――……………本当に。

 

 

 

本当に私は…………

 

 

 

「………………本当に、私は………出ていいの……?」

 

 

 

気付けば、疑念が私の口から出ていた。

 

 

 

「本当に、この罪を……………背負わなくていいの………?」

 

 

 

言ってはいけないとずっと封印して、圧し殺していた私の願望が、口から滑り出る。

 

 

 

視界が、ぼやけていく。

 

 

 

「………『(咎人)』は………『ぼく(人間)』でいていいの…………?」

 

 

 

そんな蚊の鳴くような声で呟かれたそれを、目の前の彼女は聞き取って。

 

 

 

「勿論だよ、Chara。君は、『LOVE』の傀儡である必要は無い」

 

 

 

力強く、頷いてくれた。

 

 

 

それを聞いて、何とか保っていた何かが、決壊した。

 

 

 

ぼろぼろと、頬を何かが溢れていく。

 

 

 

「…………こら、泣かないの。それはこんな所で流す涙じゃないでしょー」

 

 

「……う、るさいっ………」

 

 

 

空っぽな笑顔のままのLilyに何かの正体を突き付けられ、更に涙が出てくる。

 

 

 

…………最後に涙を流したのなんて、何時だっけ。

 

 

 

遠い昔に泣いたっきり、渇いてしまったと思っていた涙が、停まってくれない。

 

 

 

――――――……それほど、ぼくは嬉しいらしい。

 

 

 

そんなぼくを見かねてか、Lilyは差し出した手を伸ばしてぼくの手を引き、強く抱き締めてくれる。ぼくの服より少しだけ大人しめな黄緑色に視界が覆われて、何も見えなくなる。

 

 

 

―――――………誰かに抱き締められる感触なんて、もう忘れてしまっていたから、酷く嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

ブツン

 

 

 

「………えっ」

 

 

 

不意に、何かが切れる音がする。

 

 

 

それと同時に、身体が酷く重くなる。

 

 

 

回された腕が消え、緑色が、遠ざかっていく。

 

 

 

それに従って、私の身体は倒れ付した。

 

 

 

「……………な、にが………」

 

 

 

倒れた時の衝撃を受ける。

 

 

 

声にするのもやっとな状態であることを察し、突然の出来事に対応できず混乱していると。

 

 

 

「………良かった、上手くいって」

 

 

 

そんな声が、上から降ってきた。

 

 

 

重い頭を動かすと、何か紐のようなものを掴んでいるような手をしてぼくを見ているLilyと目が合う。

 

 

 

その右手には………ぼくが本来使う筈だった、ナイフが握られていた。

 

 

 

「何をされたのか分からないって顔だね、Charaちゃん。まぁ、そりゃあそうだよね。こんな急展開についてこれる方が異常だもん」

 

 

 

Lilyはそう言うと、左手に持つ何かを右腕に巻き付けて結ぶ動作をした。

 

 

 

「これでこっちはよし。あとは………」

 

 

 

プツン

 

 

 

Lilyは今度は自分の小指にナイフの刃を沿わせる。それと同時に何かが切れたような音がする。Lilyは直ぐ様何かを掴むような動作をすると、右手のナイフをしまってしゃがみ、ぼくの左手を掴んだ。

 

 

 

ひどく、嫌な予感がした。

 

 

 

「動かないでね」

 

 

 

そう言いながら、彼女は手早くぼくの左手の小指に何かを巻き付けて結び付けるような動作をする。

 

 

 

「これでよし、もう動いていいよ………って、今身体が動かないか」

 

 

 

何かしらの作業を終えたLilyは頬杖をつきながら、空っぽな笑顔で笑う。

 

 

 

「………何を、した………」

 

 

 

何故だか沸き上がるあの罪が這い上ってくる感覚に似た嫌な予感をそのまま口にして聞けば、彼女は一層笑みを深めた。

 

 

 

「ん? 何をしたって、君を此処から出して生かす儀式だけど?」

 

 

 

そして、酷くあっけらかんと、彼女は答える。

 

 

 

「それとも儀式の内容が聞きたいの? あんまり聞かない方がいいと思うけどなぁ、多分いい子な君にはショックがデカいと思うよ」

 

 

「……………いいから、はなせ………!」

 

 

「えー……まぁ、いいか。二度と会うことはないんだし」

 

 

 

言うのを渋る彼女を睨めば、どうでもよくなったのか彼女は口を開く。

 

 

 

「取り敢えず前提条件を説明すると、君もご存知の通り、私は本来居ない存在だからね。ソウルが他の人間とは違って急造品で、私に馴染まなかったしここに来るためには要らないしで君の親友にあげてきたんだ。だから君の親友はFloweyじゃなくてAsrielのままだよ」

 

 

 

それは出たら分かるか、と言いながら笑う彼女の言葉が理解できなくて、絶句する。

 

 

 

…………どういう、ことだ。

 

 

 

彼女は、目の前のコイツは、自分が異質な存在だって分かってたような口振りじゃないか。

 

 

 

 

「話を戻すと、それでもソウルっていう『この世界の存在』である証が与えられているから、私の『存在』は世界に認知されてるわけね。で、世界から存在が消えるってなると、すなわち私があっちの世界で死ぬことなんだけど、私は此処に来るためにちょっと裏道使ったから、その存在は世界に消された訳じゃないんだよ。で、今私がいた所には人一人分の空きがある訳なのよね。

 

――――………それを世界が、見過ごすと思う? 見過ごすわけないよね」

 

 

 

「何を言って………」

 

 

 

訳の分からない理論を並べ立てる彼女の言葉の真意が、理解したく無くても理解できてしまいそうな気がする。

 

 

 

「ただでさえこの世界は壊れかけてるのに、その穴を放っておいたら更に加速してしまう。それを防ぐために世界がすることはたった一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と、私は推測した」

 

 

 

ようは成り代わりだよ、と、彼女は続ける。

 

 

 

「…………ねぇ、Charaちゃん。ここまで言えばわかるでしょ?」

 

 

 

にっこりと笑いながら、彼女は問いかけてくる。

 

 

 

既に答えに辿り着いているぼくは、耳を塞いでしまおうと咄嗟に手を動かそうとしたが、動かなかった。

 

 

 

「私と顔が似ている代わりは、この世界でたった一人だけ。

 

 

―――――――あなた一人だけなんだよ、Charaちゃん」

 

 

 

―――――――――………絶望を、叩きつけられたような気がした。

 

 

 

目の前が、真っ暗になる感覚がする。

 

 

 

「それをするには、世界にあなたがここに居るのを知らしめる必要があった。で、その為に私はちょっと裏技を使って、ここに居るあなたとあの子の………Friskとの繋がりを結んだ。これであなたとあの子は、晴れて血の繋がった家族だよ」

 

 

 

良かったね、なんて嘯く彼女の笑顔を、殴りたくなる。

 

 

 

何故、そんなことをしたんだと、叫びたくても叫べない。

 

 

 

「あぁ、そろそろこうやって話すのも終わりかな? ほら、足の感覚が無いだろう? 消えていっているしね。きっと元の世界に強制送還させられるからだろうけど」

 

 

 

不意に彼女が視線を逸らして、ぼくの足の方を見る。そんな筈がない、と否定しようと足を動かそうとしても………少しも、動かなかった。

 

 

 

「あぁ、そうそう。さっき抱き締めた時に切ったんだけど、君のLOVEとか全部私が持っていくから、気にしないでね」

 

 

 

思い出したように言う彼女の口から出た更なる絶望に、思わず彼女を見る。

 

 

 

そして、固まる。

 

 

 

先程まで土色だったはずの目が、

 

 

 

ちのようなあかいろに、なっているのだから。

 

 

 

反論は許さないと言わんばかりのその瞳に映るぼくは、酷く脅えたような、人間らしい顔をしている。

 

 

 

だが、それ以上にぼくの中では、『何故この選択肢を選んでしまったんだ』という後悔が波紋のように広がって、それだけで思考が埋め尽くされていく。

 

 

 

この選択肢を選びさえしなければ良かったのに。何故、選んでしまったの?

 

 

 

…………もう、手の感覚すらない。

 

 

 

「…………なん、で…………こんなことを…………」

 

 

 

それでも口を動かして、ぼくは最後の抵抗で彼女に問いかける。

 

 

Friskを通して見た、あの世界が何故あんなにも美しく見えたのかを思い出して、問う。

 

 

 

「………おまえこそが………いきたほうが、よかったのに…………」

 

 

 

――――Friskは。私の相棒は………彼女の存在があったからこそ、あんな世界を美しいと感じていられたのに。

 

 

 

明るい世界のままで、生きていけていたのに。

 

 

 

それを聞くと、彼女は目を丸くした。

 

 

 

「あはは、君、親友と同じようなこと言ってるよ」

 

 

 

そして笑って、ひらひらと右手を振る。

 

 

 

「………いいや、私なんかより、君が生きた方がよっぽどいいんだよ」

 

 

 

あぁ、そうだ、と彼女は続けてポケットに手を突っ込み、金色のハートのペンダントを取り出した。

 

 

 

それは、私が生きていた時にもっていた筈のもので。

 

 

 

「これ、返すよ。君のだろ? ナイフはいらないだろうからもらってくけど」

 

 

 

手慣れた手付きでそれをぼくの首にかけ、嵌めた。

 

 

 

そして、その右手を頭に乗せて、撫でてくる。

 

 

 

「突然のことだし一杯言いたいことはあるんだろうけど………ごめんね、悪いけど私のエゴの犠牲になってくれ」

 

 

 

その撫でられているという感覚さえ、不鮮明になってくる。

 

 

 

「……………君はもう充分、苦しんだ。君はもう生きていいんだ」

 

 

 

ぽつりと、声が耳に届く。

 

 

 

「君のGold()も、HP()も、EXP()も、LOVE()も………私が全部、持っていくから」

 

 

 

だから、という空っぽで優しい声が、闇に閉ざされていく視界の中で聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、どうかあの子の……Friskの傍にいてあげてね。ずっとFriskの傍にいてくれた、相棒さん」

 

 

 

 

 

 

 

その声を最後に、ぼくの意識は途切れて、消えた。


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