※読んでいない方は前々話からどうぞ
※気分を害される可能性がある表現がございますので、不快になった場合はブラウザバックをお願いいたします
【Gaster】
――――…ここか。
私はいつも自分がいるより深淵に潜り、辺りを見渡す。
死の気配が、色濃く辺りに漂っている。
目を凝らして隈無く探せば、遠くに探していた人物の影を見つけた。
その人物の傍に近付くと、不意に人物は振り返って、その瞳に私を写した。
――――――その瞳を見て、ゾッとするような悪寒が走る。
土色だった筈のその人物の目は、まるで硝子を代わりに嵌め込んだような、生気を感じさせない無機質な、赤色の瞳になっていた。
「………あぁ、なんだ、博士か。誰かと思ったよ」
その人物が瞬きを一つすると、赤色は跡形もなく消え、見知った土色の瞳へと変わった。
「……その様子を見るに、計画は上手くいったようだね」
「あ、やっぱり分かる? Asrielにはソウルを渡して延命したし、CharaちゃんにはFriskの姉として成り代わってもらったよ」
私がそう問えば、彼女は一見本当に笑っているような空虚な笑みを浮かべた。
それを見て、本当に彼女は………『人間』という存在であることを、捨ててしまったのだと悟った。
「これで、本当に良かったんだね?」
「うん、勿論だよ博士」
私が尋ねれば、Lilyはそう言って笑って、頷いた。そして、不意に私に向き直ると、口を開く
「協力してくれてありがとうね、博士。博士が協力してくれなかったら、多分私ここまで辿り着けなかったよ」
「そうだろうね。君はまだただの人間だったし、そもそもの話此処へ来る方法さえ見つけられていなかった。
………まぁ、だからと言って、まさか私のFollowerになってまで私に此処まで飛ばさせるとは思わなかったがね」
「あははは」
私が皮肉を込めて言えば、彼女は空笑いを返してくる。
「いやぁ、本当は契約の『代償』を使えば来れたのも事実なんだけど、協力取り付けた時は覚えてなかったから………使えるものは使っとかないとと思ってて。本当にごめんなさい、博士」
笑顔を浮かべたまま、Lilyはそう告げる。その言葉に、引っ掛かりを覚えた。
「………その契約の代償の話だが」
「ん?」
「あまりにも理不尽過ぎはしないかな?」
私がそう問えば、目の前の彼女は目を丸くし、きょとんとした、年相応の顔をした。
「君に埋め込んだ私の欠片を通して君の記憶を少し拝見させてもらったが………第三者である私から言わせてもらえば、あまりに利益と不利益の吊り合いが取れていないように感じた。明らかに君が被る不利益……君の言う『代償』が大きすぎると、私は思うが」
私がそこまで言えば、Lilyはまた笑った。
「うわー、プライバシーの侵害されたー。訴訟ものだよこれ」
「………そこについては謝ろう。だが、私は真面目な話を……」
「分かってるよ」
ふざけてけらけらと笑う彼女を窘めようとすると、その彼女本人に止められた。
「そうだね、客観的に見れば、私があの存在と交わした契約の代償は大きいのかもね」
彼女はそう言って、自分の指を折って、契約とその代償を口にする。
「一つ、全ての言語を理解できるようになる代わりに、人の心理が理解できにくくなること。
二つ、次元を移動する能力を手に入れる代わりに、世界から消滅する際、存在は無かったことになり、全ての人々から忘れられ、私に関する記憶が書き換えられること。ただし、存在を明け渡した場合は、その人物の立ち位置に入れ代わることになる。
三つ………運命を断ち切る異能を手に入れる代わりに、全ての『Undertale』及びそれに準ずる
握った指を開いて、Lilyは腕を降ろす。
「でもまぁ、私が契約を交わした時には、そうするしか選択肢が無かったからね」
「…………どういうことだい?」
そう聞き返せば、彼女はにこりと笑って首を傾げ、此方を見つめる。
「ねぇ、博士。
「勿論知っているが、それが?」
私が彼女の問い掛けに頷くと、彼女は満足そうに頷く。
「丁度いいや、一緒にあの時思い出せなかったこの世界の真実も教えてあげるよ。
―――――この世界はね、言ってしまえば寄せ集めの世界なんだ」
次の瞬間に彼女の口から滑り落ちたその言葉に、思わず目を見開く。
「ほう。………それで?」
驚きよりも先に好奇心が勝り、私が彼女に話を促すと、彼女はからからと笑った。
「流石研究者、これくらいじゃそこまで驚かないかぁ。
まず、この世界には貴方もご存知の通り『Player』という神様みたいな存在が居て、それがあの子を操っているんだ。最初に話したけど、私も元々はそっち側の人間だったんだよ」
少し俯いて説明をする彼女から出てきた『Player』という言葉に、いつも壁を隔てて此方を見ているあの存在のことかと見当をつける。
「で、その次元ではこの世界は『Undertale』といパソコンのゲームになっていて、私が死ぬ少し前ぐらいには、日本語版が出たり、色んな二次創作ゲームが出るくらい人気だったんだ」
「ほう、それはそれは」
『ゲームだった』という言葉を聞いて、少ないが衝撃を覚えたが相槌を打つだけに留めておく。
「そのゲームでは、一度起きてしまったことはあの子が使っていた決意を使って何度やり直そうとも、完全なやり直し……世界の全てを白紙に戻してやり直すことが出来ない仕様になっていてね。そこがまた更に人気を呼んだんだけど………」
そこで、不意に彼女は言葉を切った。
「………でも、そのパソコンの『Undertale』では、とあるデータをいじることによって本来弄れないモノを弄って、世界を全て完全に白紙にしてしまうことが出来たんだ。まぁ、所謂裏技、チートだね」
そこで一旦言葉を切り、彼女は私と再度目を合わす。
「さて、ここで問題です。データとして消された『世界』は、一体どうなるでしょうか?」
「…………完全に消えてしまうのではないのか?」
「残念、ちょっと違います」
私が少し考えて答えると、彼女は首を横に振る。
「正解はね、消えるには消えるけど、『残骸』が出るんだよ」
「『残骸』?」
「うん、『残骸』」
私が聞き返せば、彼女は頷く。
「だって、『Player』から見れば0と1で組まれたただのデータかもしれないけど、一度はその『
「…………成る程。それで?」
かなり支離滅裂だが筋は通っている逆接論を少し遅れて理解し、先を促す。
「では第二問です。その『残骸』は、どうなると思う?」
「さて、わからないな」
私がそう答えれば、彼女は笑みを深めた。
「正解は、
でも、と彼女は言葉を続ける。
「それには明らかにパーツが足りなさすぎる。『残骸』とは言っても、一つの世界から出る残骸の数はほんの少しだけ。あとはまたデータとして組み直されるからね。………でも、その次元には沢山の『Player』が存在した」
そこで、私は彼女の言葉を引き継ぐ。
「その沢山の『Player』の中の一部がそのチートを使って出た際の『残骸』が共鳴し、混ざりあって、一つの世界になった…………ということかな?」
「うん、まぁそんな感じ」
「………? 違うのかい?」
煮え切らない返事に尋ねれば、彼女は説明の続きをする。
「それだけじゃないんだよ。共鳴しあって混ざり合うまでは合ってるんだ。でもね、それだけじゃ『残骸』は『世界』にはなり得ないんだよ。だって、それを受け止める《器》がないもの」
そう言うと彼女は、手で皿を作る。
「『残骸』は何処まで行っても『残骸』だ。『中身』になることはあっても『器』になることは無い。外郭というか、『世界』を形作る部分は『Player』のデータに全て持っていかれているからね」
だから、と言葉を続けて、彼女は言う。
「その沢山の残骸は世界になれないまま次元の間を彷徨って……創られてすぐの、まだ『中身』の無い『器』……新しく『Undertale』を始めようとした『Player』のデータに、入り込んだ」
言い終わると彼女は肩を竦めた。
「簡単な話だよ。無いのなら、創れないのなら奪えばいい。それを実行して、残骸は器を満たし、『世界』になった。――――それが、この世界さ」
とんとん、と、彼女は足で空間を叩く。
「ついでに言うと、器を満たすってことは、まだ造られて間もない貴方達にも、その残骸が入り込むってことだ。その結果が………博士やSans、AsrielにCharaちゃんの記憶や夢だろうね。貴方達はゲームでもかなり特殊な立ち位置に居たし、比較的思い出しやすかったんでしょうよ」
「成る程。………それがどうして君の契約の代償に繋がるんだい?」
私がそう尋ねると、Lilyは良い質問だね、と笑う。
「博士、あなたなら多分分かるでしょ? どんな『器』にも、許容上限があるってこと」
彼女は笑った。
「あの世界には何千人もの『Player』が居た。その一部がチートを使ってたと言っても、出た残骸の量は、多過ぎたんだ。――――一つの器から、零れ落ちてしまうぐらいにはね」
彼女は、手の皿を割り、腕を降ろす。
「一つ思い出して欲しいのは、壊された世界にも人やモンスターの営みがあったってこと。つまり、その残骸の中には、世界の破滅に巻き込まれたモンスターや人間も混ざってたって事なんだ。そういう訳で、残骸の中には勿論、微細ながらソウルの欠片や、決意が含まれていたんだ」
笑いながら説明を続ける彼女の言葉を、私は遮らずに聞き続ける。
「その零れ落ちた残骸は混ざりあって、一つの意思を作り出した。後は消え行くだけだった自分を、何とか押し止めたんだよ。――――それが、私の契約主。人間とモンスターが混ざり合った、
「………Amalgamateの神格化、か……」
「その通りでーす」
頷くLilyに、そんな事が出来る筈無いと言いたくなったが………だが、筋は通っている。
「………で、その神様はこの世界との繋がりが酷く強くてね。この世界の異常やら何やらを、遠い場所……この闇の中でずっと見てたんだよ。貴方と同じくね」
――――そこに、私が堕ちてきた。
そう言葉を続けて、彼女は笑う。
「どうにかして世界を救いたかった神様は、消えかけている私を引っ張り上げて、私に無償で力を授けて、この世界を救ってもらおうとしたんだ。………でも、そうする為には、力が足りなかったんだ」
「そこであの契約と繋がるのか」
私がそう言えば、彼女は頷く。
「ただでさえ自分を保つのに力を使っているのに、そんな事をすれば、今度こそ自分が消えてしまう。泣きながら謝られたよ。――――でも、私はそれを受け入れた」
「…………何故だ?」
思わず、私は彼女に尋ねていた。
………それは、『世界を救うために生け贄になってくれ』と言われているのと同義だった筈だ。それを何故受け入れたのか、研究者としても、私個人としても、理解しがたいものだったからだろう。
「さぁ?」
「さぁ? って……」
そう思った私が彼女に問えば、彼女は首を捻り、酷く軽い返事を返す。
「Asrielにソウルを渡す前には、分かってたような気がするんだけどね。どうせ感情にでも突き動かされたんじゃない?」
そして、他人事のように彼女はそう言った。
「………まぁ、でも、私は結果的には契約を結んで良かったと思ってるよ。命を投げ出してでも守りたいと思える人に、出逢えたからね」
不意に彼女は、まるで心の底から喜んでいるような笑みを浮かべ、そう言った。その笑顔が、まだ人間らしい温もりを残したものであることに気付いてしまう。
……………心が、痛かった。
「――――っていうのが私と世界の
――――不意に続けられた言葉に、思わず衝撃を受けた。
「………君、まさか気付いて………?」
ただ楽しむように此方を見つめる彼女の言葉を信じられずに問うと、彼女は笑って、頷く。
「うん、そうだよ博士」
そして彼女は、此方に向かって歩き出す。
「
コツリ、コツリと、彼女の足音が響く。
「気付いていたよ、自分が誰かに創られた『
彼女はそう言いながらそこまで開いていなかった私との距離を詰めて、私を見上げた。
「だからこそ私は計画や私に決意が見える訳とかこの世界の真実とか何やらを気取られないように、考えないようにしたり、他にも荒唐無稽な事を考えて隠してきたんだから」
そして、私の顔に手を伸ばして、触れる。
「私に決意が見えて、コマンドに少し介入出来たりしたのは、実験で切った糸を私に巻き付けていたから。結果、私も『Player』の傀儡として少しだけ介入出来た。他人のしたいことが自分の意思として刷り込まれた感覚は、凄く怖かったなぁ」
蠱惑的にも感じられる手付きのその手の温度は、酷く冷たい。
「…………さて」
不意にその手に、顔を逸らせないように固定される。
そして、彼女は目を閉じて――――――
狂気の瞳を、見開いた。
「いや、こんな手の込んだ神様転生なんて芸当出来るのは二次小説ぐらいだから、Readerか。まぁ、どっちでもいいけれど」
身体中に悪寒が走る。
少しも、身体が動かせなくなる。
それでも、私は目の前の極彩色から目を逸らせなかった。
「お前らが私の事をどう思ってるかなんて知らないけど、私は正直に言えばお前らの事なんて
目の前の彼女は、無感動な、平坦な声で、私の瞳を通して『誰カ』に語りかける。
「お前らは口を揃えて言うんだろうね。『そんなの身勝手だ』、『どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだ』って。でもね、そんなこと知ったことじゃない。だってこれは私の身勝手なエゴだもの」
人間の血潮よりもずっと紅い、その瞳で、『誰カ』を見ている。
「虐殺をしたか、皆を地上に導いたかなんてどっちだっていい。そこにあの子がいるなら、私は全ての繋がりを絶ち切るだけ」
だから、と彼女は最後に言葉を続け、嗤う。
*『止めろ』と言われても止まる気はないから、覚悟しておいてね? =)
―――――そこまで言い切ると、彼女は目を閉じて、私の顔から手を離し、距離を取った。
そして目を開くと、あの悍しくも美しい赤は消え去り、土色の瞳がそこにあった。
「………ごめんなさい、博士。暴走しちゃった」
そして彼女は、私に向かって頭を下げる。それを見て、やっと私は身体中を支配していた金縛りから解放された。
「………いや……気にすることはないよ、Lily。君にとってこれは、必要なことだったんだろう?」
「うん、まぁね」
私が何とか言葉を口にすると、彼女は悪びれもせずに頷いた。
「………さて、そろそろ時間みたいだ」
そう呟いた彼女が足元を見る。それに吊られて私も彼女の足元を見ると、彼女の足先が、ゆっくりと輪郭が薄くなり、消えていっているのに気付いた。
――――別れの時だ、と直ぐに悟った。
「何か他に聞きたいこととかあったりしない? 答えられる限りは答えるよ」
そんな最中でも、彼女は笑って、私に問い掛けてくる。
………それならば。
「一つだけ、いいかい?」
「ん? どうぞどうぞ」
私がそう尋ねると、Lilyは笑って促してくる。
「………君は、何故、そこまでしてまでFriskを守りたいんだい?」
その問いを口にした途端、彼女の目が丸くなった。
「君がFriskに向けていた愛は……はっきり言って異常すぎる。そこまでする理由が、君にはきっとあるんだろうが………私には分からなくてね。教えてくれないかい?」
私がそう言うと、彼女は少し目を瞬いて、噴き出した。
「ふ、ははは、あぁ、そうだね。そう言えば、貴方には言ってなかったっけ」
そして――――……語り出す。
「…………私が『Player』であったことは、もう知ってるよね」
「あぁ。それが?」
私が聞き返せば、彼女は説明を続ける。
「ゲームだった時のこの世界の行く末は、大まかに分けて三つあってね。一週目やとある一定のモンスターを殺したりすることによって発生する『Neutral』、全てのモンスターを殺さないことによって発生する『True Pacifist』、そして全てのモンスターを皆殺しにする、『Genocide』。そのルート全てを、私はこなしたんだ。……こなしてしまったんだ」
そこで、彼女は顔を伏せる。
「前に説明した通り、この世界の本来の主人公はあの子だ。だから、『Player』が選んだ選択は、全てあの子がやったことになるんだ。………私は、あの子の手を、一度汚させてしまったんだよ」
彼女は片手で顔を覆い、自嘲的に嗤う。
「それだけじゃない、私はただでさえゲームが下手だったから、何度もあの子を死なせてしまったんだよ。
………そんな私が、あの子の『姉』である資格なんて、無かったんだ」
「………成る程。それで?」
私が先を促し、話は続く。
「………それに気付いた最初は、これから罪滅ぼしとして目一杯愛してあげればいいと思って、何とか胸に残る罪悪感とかを抑えつけようとしたよ。でも………」
彼女はもう片方の手で、人間でいう心臓がある辺りに手を起き、服をぐしゃりと皺がよるほど握る。
「……あの子の体温に触れる度、無垢な笑顔に触れる度、その想いは大きくなっていって……あの子から思わず目を背けて、逃げ出してしまいたくなるほどに肥大化したんだ。―――そんな時だった」
彼女は顔を上げて、此方を見る。
「ある日、あの子とお飯事をしてたんだよ。子供の遊びによくある、お医者さんごっこさ。その時はあの子が医者役で、私が患者役で遊んでたんだ」
その視線から逸らさず、話を聞き続ける。
「遊んでいるときに、不意にあの子が、玩具の聴診器で心臓の所を探り出してね。何をしてるのか訊いてみたんだ。そしたら、あの子は………『おねえちゃんは心の病気にかかってるみたいだから、治してあげる』って言ったんだ」
その言葉を聞いて、私は目を見開いた。
「子供の勘って恐ろしいね。気づいてたんだよ、あの子は。私があの子に対して罪悪感を抱いてることを。それに遅れて気付いた時は、見透かされてるみたいで思わずゾッとしたよ」
ははは、と、彼女は空笑いを溢す。
「慌てて私はそんなことはないよって否定しようとしたんだけど、あの子は本質を見抜いてたらしくて、絶対に治すんだって言って聞かなかった。そして、ちっちゃい手で、私の手を握って、こう言ったんだよ。
『お姉ちゃん、大丈夫だよ。Friskは、どんなお姉ちゃんでも、お姉ちゃんが大好きだよ』って。
………それに、私は………自分の中にある罪を全部赦されたような気がして、
それで、と、彼女は話を続ける。
「ならば、私も………どんなあの子も愛して、この命に代えてでも守りきろうと、自分に誓ったんだ」
そう言って、彼女は既に腰まで消えた自分の身体を見る。
「これが、私の全てだよ。……酷く、歪でしょう?」
そう呟いて、彼女は顔を上げた。
「………まぁ、これも所詮は創られた記憶で、この想いも偽物なのかもしれないけど………私にとっては、代えようのない『本物』だったんだ。否定はしないでくれると嬉しいな」
彼女はそう言って、にっこりと笑う。
その笑顔が、酷く眩しい。
「………それじゃあ、もう答えたし、後は大人しく消えるとしますかね」
彼女はそう言って、自分の消え始めた手を見る。
「短い人生だったけど、楽しかったなぁ」
「…………待ってくれ」
自身が生きてきた想い出を振り返ろうとする彼女に、私は待ったをかけた。
「ん? どうしたの、博士。まだ聞きたいことでもあるの? それなら早く言った方がいいよ」
Lilyは私に目線を向け、促してくる。それに甘えて、私は口を開いた。
「先程Friskに『必ず帰る』と約束していたが……本当に帰れるのかい?」
「あぁ、それか」
私がそう問うと、彼女は納得したように頷いた。
「………正直言って、その可能性は薄いよ。ソウルを渡すだけならまだしも、存在も明け渡しちゃったからねぇ。それこそ奇跡でも起きなきゃ無理だと思うよ。あ、でもCharaちゃんがあの子の姉になるわけだし……そもそも記憶が書き換えられるしノーカンか」
「そうかい。………では、言い残したりすることは無いのかい?」
「………え?」
彼女の返事を聞いた私が質問を続ければ、予想外だったのか、笑っていた彼女の目が丸くなる。
「…………いや、いやいや、私が言っていいわけないでしょ、そんな綺麗で重いもの」
そして、ほんの少しの諦めを声に滲ませて、そう言った。
「ただでさえは私は皆に忘れられた存在だし、そもそも一度は『あの子の為に』とか言って地下世界の皆を皆殺しにしようとした姉失格な奴だし………そんな奴が、今更……」
「その言い方をするってことは、あるにはあるんだね?」
否定の言葉を並べ立てる彼女に私が問うと、彼女は口を閉ざす。どうやら図星らしい。
「ならば、私が背負ってあげるから、言っていきなさい」
私がそう彼女に言うと、彼女は目を見開いた。
「Lily。………君は少し、大人に甘えなさすぎだ。自分一人でどうにかしようとしすぎだ。自分一人で、抱え込もうとしすぎだ。少しは大人に甘えていきなさい」
私らしくない言葉が、口から滑り落ちていく。
………これは、私のエゴだ。彼女を憐れに思ってしまった、私の。彼女のことだから、それを知ればきっとはね除けようとするだろうが……だが、それでも言わずにはいられなかった。
彼女は戸惑うように目を揺らし、顔を伏せる。
―――そして。
「………言っても、いいの?」
ぽつり、と。
彼女は小さな声で私に問う。
「『心残り』だなんて重いものを背負わせてしまっても、いいの?」
まるで怒られるのを恐れる子供のように、此方の機嫌を窺いながら、彼女は私を見て、言う。
「あぁ、勿論だ」
………応えてくれた彼女を不安にさせないように、私は頷く。
「そもそも私は既に死んだ存在だ。ほら………
「…………うわー、随分と笑えないブラックジョークだなぁ」
私がそう冗談めかして言えば、彼女はきょとんとした顔をして、クスリと笑ってそう言った。
そして。
「――――それじゃあ、お言葉に甘えて、言わせてもらうね」
先程まで浮かべていた空虚な笑みの仮面を捨てて、彼女は笑う。
「本当は、あの子に直接伝えたかったんだけど」
心を無くして、消え行く間も尚、彼女は笑う。
「ありがとう、Frisk。こんなエゴイストでしかない私を、愛してくれて」
その笑顔は―――この瞬間だけは、世界の誰よりも美しく、優しい笑顔で。
「どうかあなたの未来が、明るい光に満ち溢れたものでありますように―――」
たった一つ、そんな願いを残して。
―――――――………彼女は一人……闇へと、消えていった。
Next→Epilogue