守りたいもの   作:行方不明者X

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全てが終わった。


たった二人の人間の手によって。


今までの苦労が一体何だったのか、という程に呆気なく。そして何処までも希望に満ち溢れた、幸せな終焉で。


彼の全てが報われた。


――――――では、彼には一体何が残ったのだろう?




Epilogue of Asgore

【Asgore】

 

 

「………ふぅー………」

 

 

先程淹れた紅茶の入ったティーポットと、お気に入りのマグカップをテーブルに置いて椅子に腰掛けると同時に、疲れがどっと襲ってきて、思わず溜め息を吐いてしまった。そのままテーブルに突っ伏すと、眠気が襲ってくる。

 

 

うとうとしながら、ぼんやりと、花瓶に飾られて咲き誇るユリの鼻を擽る匂いを堪能する。

 

 

二週間程前にToriが買ってきたその花は、Toriの手入れが行き届いているからか、まだ花を開いている。

 

 

ぱさり

 

 

「………あ」

 

 

そんな事を思った矢先、一つだけ枯れてしまっていたユリの花弁が、一枚落ちた。体を起こしてテーブルの上に落ちた茶色がかったそれをそっとつまみ上げて、何となしに眺めて見る。

 

 

あんなにも美しい白い大輪の花を咲かせていたのに。

 

 

少し、残念に思った。

 

 

「パパ?」

 

 

そんな事を考えていると、ふと、扉の開く音ともに、聞き慣れた声がする。その声に顔を上げ、声が聞こえた方を見れば、私の新しい娘であるFriskがそこにいた。

 

 

「やぁ、Frisk。仕事の調子はどうだい?」

 

 

「うーん、まずまずってところかな。パパは頼まれてた庭仕事終わったの?」

 

 

「あぁ、久しぶりだったから自信が無かったけど、上手い具合に仕上がったよ。後で見ておくれ」

 

 

「いいよー」

 

 

私との雑談に応じながら、少し疲れた様子のFriskは私と向かいの席に座る。

 

 

「でもその前に、ちょっと休憩するね」

 

 

「その休憩に、淹れたての紅茶とクッキーはいかがかな?」

 

 

「わぁ、もらおうかな」

 

 

疲れを癒すのにちょっとしたお茶会でも開こうか、と思ってFriskに問えば、Friskは顔を綻ばせ、頷いた。

 

 

「ちょっと待っててね」

 

 

席から立ち上がり、マグカップを取りにキッチンに入る。孤児院の備品の中でもFriskが良く使っているマグカップと、Toriを驚かせようと内緒で焼いたクッキーの余りを皿に移し、手にして戻る。Friskとお茶出来ることに喜びながら戻ると、疲れからか、先程の私のようにFriskは机に突っ伏していた。

 

 

「お疲れだね。また書類仕事だったのかい?」

 

 

「………うん、また会議で使う資料なんだ」

 

 

「そっか………」

 

 

持ってきたクッキーをFriskの前に置き、手元にあった未使用のマグカップの隣にFriskの分を置いて、紅茶を注ぐ。ふわりと、嗅ぎ慣れたいい匂いが広がった。

 

 

「お待たせ。お茶会にしようか」

 

 

マグカップと角砂糖の入った小鉢をFriskの前に置くと、Friskはゆっくりとした動きで体を起こし、マグカップを手にした。

 

 

「………いい匂いだね」

 

 

「だろう? 地下に居たときに作った紅茶なんだ」

 

 

中で湯気をあげる熱々の紅茶を見ながら、Friskが薄く笑う。それに嬉しくなりながら、私は手にした角砂糖をマグカップに落として、スプーンで混ぜた。そのままスプーンを角砂糖を三つほど入れたFriskに手渡し、紅茶を飲む。

 

 

「………ふぅ。うん、美味しい」

 

 

私が一口飲んで息を吐けば、続けてFriskも紅茶を飲んだ。

 

 

「…………うん、やっぱり美味しいね」

 

 

「だろう?」

 

 

緩く笑ったFriskの言葉に頷いて、また一口飲んでから、違和感に気付く。

 

 

「ん? 『やっぱり』? Frisk、この紅茶、飲んだことあるのかい?」

 

 

違和感を感じた部分を口にすれば、Friskはゆっくりと頷く。

 

 

「うん。地下から皆と帰る前に、Undyneの家でね。言ってなかったっけ」

 

 

Friskの口から出たその言葉を聞いて、そう言えばUndyneと戦って、その後仲直りに行った時に、お茶をご馳走になったと言っていたのをぼんやりと思い出す。

 

 

「………ごめん。クッキングの方の衝撃が強すぎて、すっかり忘れてたよ」

 

 

「あー………あれは、うん。確かに衝撃的だったしね、忘れるのも仕方ないよ」

 

 

素直にFriskに謝ると、Friskは当時の事を思い出したのか、苦笑いを浮かべた。その苦笑いを飲み込んでしまうように、Friskはクッキーに手を伸ばし、一つ口に放り込み、咀嚼した。ぽりぽり、という乾いた音を耳にしながら、私も一つ手にとって、食べてみる。食べ慣れた味が口に広がった。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

ふと、会話が途切れて、沈黙が流れる。嫌な沈黙では無くて、ゆったりとした穏やかな時間が流れていくような、そんな沈黙。

 

 

…………地下世界で、あの玉座に独りで座っていた時を思い出した。

 

 

「………一つ、夢が叶ったよ」

 

 

「え?」

 

 

私が独り言を溢すと、紅茶を飲んでいたFriskが首を傾げた。

 

 

「………ほら、さ。私は、モンスター達の王だったから。人間達とは、敵対関係にあって……殺し合わなくちゃ、いけなかったじゃないか」

 

 

「……………そう、だね」

 

 

不思議そうに私を見つめていたFriskは、最後の言葉を聞いて、顔を歪めた。

マグカップに目を落とし、残り少なくなった紅茶に映る自分の顔を見る。

 

 

……その顔は、酷く歪だ。

 

 

「………六人。そんな数ものの子供達を殺しておいて、私がこんな事を願うのは筋違いだというのは分かってはいるけど……私は、『人間とモンスターがいつの日かこんな風にお茶をゆっくりと飲めるようになれたなら』と、願っていたんだ」

 

 

「そうだったんだ」

 

 

「あぁ」

 

 

話を始めてしまった私に嫌な顔をせず、Friskはマグカップを置いて、話を聞いてくれる。

 

 

「………きっと、こんな日は来る筈が無いと思っていたから、本当に嬉しいよ」

 

 

Friskが静かに話を聞いてくれることもあってか、話さず自分の中で留めておこうと思っていたものが、口からぼろぼろとこぼれていく。

 

 

「でも……同時に、それを素直に喜べない自分がいるんだ」

 

 

「それは、どうして?」

 

 

口から滑る言葉に反応して、Friskが優しく問いかけてくる。此処まで話しておいてなんだが、流石にFriskにこんな話をしていいのか悩んでしまって口を閉ざせば、

 

 

「………私に遠慮してるなら、大丈夫だよ。少しぐらい背負うものが増えたって、私は潰れたりしないからさ」

 

 

その悩みを見抜いたように、Friskはそう言った。

 

 

………そこまで娘に言わせておいて、話さないわけにもいかない、と腹を括る。温くなったマグカップを置いて、私はずっと抱えていた想いを口にする。

 

 

「………私が、『人殺し』だからだよ」

 

 

沈黙の中に、私の言葉が重く響いた。

 

 

――――ぱさり、と、ユリの花弁が落ちる。

 

 

「私はね、Frisk。本当は………分からないんだ」

 

 

ぼそりと、私は自分の想いを言った。

 

 

「私は『モンスターの王』として……今までに『六人』もの子供を殺してきた。前のCharaも……私が、親としての監督不行き届きで殺してしまったようなもの。それを含めれば『七人』だ。

……ねぇ、Frisk。そんな人殺しの罪を抱えた私が、人間界に……此処に居ても、いいのかなぁ?」

 

 

私の言葉を、Friskは何も言わずにじっと耳を傾けてくれる。

 

 

「………人間界では、私は本来糾弾されて、断罪されるべき大戦犯だ。私の首は、もうとっくにギロチンにかけられている筈だったんだ。事実、この数年の間に何度も私は『罪人だ』、『犯罪者だ』と言われ続けてきたし、その所為で何度も会議が頓挫しかけた。それでも……君達親善大使は、私を見捨てず、生かし続けた。そのこと自体は、感謝してるんだ。でもね……」

 

 

 

―――――私は、死んでしまいたい

 

 

 

私の声が、静かな空間にじわりと広がっていく。

 

 

――――もう一枚、ユリの花弁が落ちた。

 

 

「そう考えているようなモンスターが、此処に居ていい訳がないだろう?」

 

 

「…………」

 

 

驚きからか、沈黙したFriskの顔が見られなくなって、机に目線を移す。

 

 

「私は、本当はとんでもない臆病者でね。目の前の事から直ぐに目を逸らして逃げ出してしまうような、そんなモンスターなんだ。今回も、そうだった。私はモンスター達に『人間』という種族そのものを仇として摩り替えて、モンスター達に地下世界で暮らすことを強要させ………自分自身は、『誰も殺したくないからこうするしかない』と現実逃避をして、『もう誰もこの地下に落ちて来ないでくれ』と、身勝手に祈っていることしかしなかった」

 

 

……でも、結局は。

 

 

「そんな祈りは届かず、二人目の人間はやってきた」

 

 

――――目を、閉じる。

 

 

「Ruinsから出て、少し辺り……Snowdinの入り口辺りかな。凍えていた人間を当時の王国騎士団のメンバーが捕らえて、私の前まで連れてきたんだ」

 

 

思い浮かぶのは、玉座の間に恐ろしい顔をして抵抗する子供を無理矢理連れてきたモンスター達。

 

 

「驚いた私はどうすればいいのか、最初どうしたらいいのか分からなかった。分からない振りをして、また逃げようとした。でも、民達に宣言した手前、そんな事が赦されないのは分かっていた。民達の人間への憎悪は、私が造り上げたものだというのは、理解していたしね。どうにかしようと考えた、どうにかならないかと祈った」

 

 

………そして、最後に思い浮かぶのは。

 

 

「…………結局、私は半ば狂乱して……死にたくないと何度も叫んで抵抗するその子を、槍で貫いて、殺した

 

 

………『恐ろしいバケモノ(わたし)』に、殺されようとしている子供のカオ。

 

 

「気が付いた時には、私の槍の先端は真っ赤になっていて………その子の身体は、血で濡れていた。生臭い血の臭いが、思っていたよりずっと早く広がっていったよ」

 

 

目を開いて、組んでいた手を広げる。

 

 

「それを民達に告げた時、民達が歓喜に沸いていたんだけどね………そんな声なんて、聞こえなかった」

 

 

白い毛に包まれたそれが、真っ赤に染まっているような気がする。

 

 

「槍を抜いて抱え上げた体の重さは……死んでしまったCharaを抱え上げた時と同じ重さだったよ。でも、Charaの冷たい身体を抱えた時よりも、中途半端に温かくて……Charaみたいに病気で死んでしまった訳ではなくて、自分の手で殺してしまった事を嫌でも突き付けてきたよ」

 

 

あの時の情景は、表情は、臭いは、感覚は、今でもはっきり思い出せる。

 

 

「その後、自らソウルを出したりしたらしいんだけど、その時の記憶が曖昧なんだ。……頭の中では、殺した時の感覚が、ずっと残っていてね。それ以外の事が、上手く入ってこなかったんだ」

 

 

………そう言えば、全てを終えて自分の部屋に戻った時に、Gersonが何かを言っていたような気がする。その内容も、表情も、私は思い出せない。

 

 

「部屋に入って、日課の日記にその事を書き連ねて……やっと、それが全てどうしようもない『現実』だと受け入れられたんだ。そこでようやく、私は自分が本当に『罪人』なってしまったんだと気付いた」

 

 

それを上書きするように、酷い震えや、感覚が重くのし掛かって、消えてくれない。

 

 

「遅れて、今までないほどにソウルが跳ねて、身体が震えていることに気付いたよ。自分がどうしようもない事も、ね。その後一週間は食事も喉を通らなくて、無理矢理詰め込んでも、味がしなかった。

…………それでも、まだ私は『逃げること』を止められなかった」

 

 

今思えば、今まで逃げて選択をしてこなかったツケだったんだろう。それが、最悪の選択しか自分に残してくれなかった。

 

 

……………それからさえも、私は逃げた。

 

 

『人殺し』になる決意を、抱いていた筈なのに。

 

 

「Toriが言っていた通り、手に入れたソウルを持ってバリアを通り抜けて地上に出れば良かったんだ。それなのに、私はこれ以上誰かの命を奪いたくない、罪を重ねたくないと……自分の我が儘を押し通そうとした。民達には『また人間が落ちてくる。そのソウルを奪って七つ集めれば、人間が歯向かうことの出来ない神の力を手に入れられる』なんてそれらしい言い訳を重ねて、地上には行かなかった。全てを殺す決意をしておいて、また人間が落ちてこない事を祈った。

………その結果、私はまた民達を絶望の淵に立たせ、罪を重ねていった」

 

 

次々に思い浮かぶ、最後まで抵抗しようとしたり、諦めてしまったようだったり、何かを覚悟したように安らかだったりした、六つの顔。

 

 

「そんな事を繰り返して、やっとあの日君たちがやってきて……地下世界は解放された」

 

 

私の我が儘で閉じ込めていた皆をやっと地上に出すことが出来たのは喜ばしいことだし、別に後悔はない。

……だが。

 

 

「それと同時に私の(わたし)としての責務は終わって、最後には重ねてきた人殺しの罪だけがそこに残った」

 

 

再び組んでいた手に、力が入る。

 

 

「……君のお蔭で罪は断罪されることなく、こうして息をして生きていられる。だけど、それが私にはどうしても耐えられない苦痛なんだ」

 

 

背中に重くのし掛かる罪は、何度やり直したいと願っても消えてくれない。

 

 

「眠る度に殺してしまった子供達が見えるんだ。蔑んだ瞳で此方を見ていて、『死んでしまえ』と責め立てる声が聞こえる。子供達の傷から流れる生臭い血の臭いがする。

この孤児院の子供達と触れ合った日なんか、特にはっきりとね」

 

 

きっと、殺人者である私に幸せになる権利はないと、彼ら彼女らは伝えたいんだろう。そんな事、分かっているのに。

私は顔を上げて、Friskの溢れ落ちんばかりに見開かれた目を見る。

 

 

「告白すると、この数年間、私はほぼ惰性で生きてきたようなものなんだ。まだ少しだけ残っていた王としての責務を果たして、その後は、この孤児院のスタッフとして、ただ仕事をこなしてきただけなんだ。

 

………ずっと、『死にたい』と願ったままで」

 

 

娘でありながら命の恩人でもある彼女にこんな事を思っていたということに申し訳なくなって、また目線を逸らし、机に目を向ける。

 

 

「……ねぇ、Frisk。やっぱり私は、此処に居ていいモンスターじゃないよ。今すぐにでも、首を落として塵になるべきなんだ」

 

 

口に出して、改めて自分は救いようのない罪人であることを認識する。

 

 

「こんな私は、生きている意味がない。それだけじゃない。私はもう、これ以上生きていたくない。一噌のこと死んでしまいたい」

 

 

だから、と私は、ずっと心の中で渦巻いていた言葉を口にする。

 

 

 

「――――――……どうか、今すぐ私を殺してはくれないか」

 

 

 

ひゅっ、と息を飲む音が聞こえた。

 

 

――――それと同時に、また、ぱさり、という音がした。

 

 

 

「絞首や斬首……この世の中には色々な殺し方がある。その中のどんな殺し方でも構わない、惨たらしく、見せしめになるように私を殺してくれ」

 

 

 

それこそが。

 

 

 

「私の総ての過ちの、償いになるだろうから」

 

 

 

――――その直後。

 

 

 

パァンッ

 

 

 

乾いた音が、耳元で響いた。

 

 

 

ズキ、と。遅れて頬が痛む。

 

 

 

鋭い痛みではない、じんと染み込んでくるような、そんな痛みが。

 

 

「………え?」

 

 

一瞬、何が起こったのか分からず、机から身を乗り出して近くなったFriskの顔を意味も無く眺めてしまう。

 

 

――――ユリの花弁が落ちるのが、視界の端で見えた。

 

 

「……………なんてことを、言うの」

 

 

Friskは私のシャツの襟を掴んで、私を睨み付ける。

 

 

「『生きていたくないから殺して欲しい』……?」

 

 

Friskの土色の瞳は、今まで見たことがないほどに憤怒に染まっていた。

 

 

「ふざけないでよ」

 

 

 

――――――――『ふざけるなよ、お前』

 

 

 

…………その瞳に、見覚えがあるよう気がした。

 

 

「貴方が今までどんな気持ちでその罪を背負ってきたのかはちゃんとは分からないけど、それは、そのやり方は、違うでしょう。私を怒らせたいの?」

 

 

「え、いや、そんなつもりじゃ………」

 

 

はっとしてFriskの問いに思わず首を横に振れば、Friskは腹立たしそうに一呼吸置いて言葉を続ける。

 

 

「………確かにね。罪には罰が必要だとは思うよ。その考えは間違ってないと思うよ。でもね、『命をもって償う』っていうのは、罰としては軽すぎる。そんなの、罪を償うとは言わない。ただ罪から逃げようとしてるだけで、罰なんかじゃない」

 

 

Friskは一言一言力強く、私に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

『逃げようとしてる』という言葉にドキリとソウルが跳ねて、真っ直ぐに此方を射抜く瞳から目を逸らしたくなる。

 

 

「ねぇ、()()。貴方は罪から逃げたいの? それとも罪を償いたいの?」

 

 

もう一度、Friskは私に問いかけてくる。

 

 

その問いに、私は言葉を返せない。

 

 

Friskはただじっと私の瞳を覗き込んで、私の返答を待つ。

 

 

「答えて」

 

 

Friskは先程の憤怒の表情を消し、ただ答えを急かしてくる。

 

 

「…………私、は」

 

 

私は……一体、どうしたいのか。

Friskに問い掛けられて、もう一度自分はどうしたいのかを考える。

……死んでしまいたい、殺して欲しいという思いは変わらない。それ以外、無いんじゃないのだろうか。

 

 

「……分からない。分からないよ……」

 

 

考えた末、私はFriskにそう返答する。

 

 

「Frisk………『死ぬ』ことが罰にならないのなら、私は、もう」

 

 

「だったら!」

 

 

どうしようもないよ、と言葉を続けようとした途端、紛れもないFriskに遮られる。

 

 

「だったら、私が罰をあげるよ、王様」

 

 

「えっ……?」

 

 

突如として告げられたFriskの言葉に、ぎょっとする。そんな私に配慮なんてせず、Friskはまた口を開いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()、王様」

 

 

――――一瞬、Friskが何を言ったのか、理解が出来なかった。

………罪を、償う為に『生きる』? どういうことだ?

 

 

「………意味が分からないの? なら教えてあげる。これは受け売りだけどね、人もモンスターも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。今の貴方も、それにピッタリ当てはまる。だから、貴方は六人分の残りの命を生きなくちゃいけないと、私は思うよ」

 

 

じっと私の瞳を見つめたまま、Friskは言う。

 

 

その言葉に、聞き覚えがあるような気がするのは何故だろう?

 

 

「だから、ねぇ、王様。どうか生きて。どんなことがあっても生きて。抱えた命の分を生ききるまで、死ぬことは絶対に赦さない。それが、私が貴方に示す(MERCY)です」

 

 

彼女の口から、私に対する判決が下される。

 

 

これ以上に無い重い罰が、言い渡された。

 

 

――――――私は、この子に死なせてもらえなかった(生かされてしまった)のだと、直ぐに理解した。

 

 

Friskはそこで一度口を閉ざし、掴んでいた手を離して、席にすとんと座り直した。そして退けてあったマグカップを掴み、一気に中身を飲み干した。

 

 

「…………私が思ったことは以上。どうするかはパパ次第だよ。まぁ、まだ死ぬって言う気なら、ママやCharaやAsに言い付けて家族会議も辞さないけど……どうする?」

 

 

そして中身を空にしてマグカップを置くと、続けてそう言った。言いたいことは言い切ったのか、私を見つめて答えをただじっとを待つ。

 

 

此方を見つめるその瞳から、目を逸らしたくなる。

 

 

 

――――……でも。

 

 

 

「………私は。わたし、は……」

 

 

 

此処まで娘にお膳立てさせておいて、逃げるのは……嫌だ!

 

 

 

「………私は、罪を償いたい」

 

 

 

少し間を開けて、たった一言、その言葉が自然と口から溢れ出た。

 

 

 

「だから………君のその罰を、甘んじて受け入れよう」

 

 

 

続けて、その返答が口から出る。

 

 

 

今まで流されて、逃げてきた私が……やっと世界と向き合うことを選んだ瞬間だった。

 

 

 

その返答を聞いたFriskは、ただにっこりと笑って、満足そうに頷いた。そしてマグカップを掴んで、紅茶を飲もうと少し傾けて、ピタリと止まった。

 

 

「………あぁ、そっか。さっき飲んじゃったんだ」

 

 

「淹れ直してくるよ。少し待っててくれるかい?」

 

 

空のマグカップを残念そうに見つめるFriskにそう申し出ると、Friskは顔を上げる。

 

 

「……いいの?」

 

 

「あぁ、勿論。少し待っててね」

 

 

「うん」

 

 

嬉しそうに顔を綻ばせて頷くFrisk。その表情を見てから、私は冷めてしまったティーポットを持ち上げ、席を立つ。

 

 

「あ、待ってる間テレビ見ててもいいかな。Mettatonが出てる番組が始まるらしいの」

 

 

「おや、そうなのかい? 勿論構わないよ」

 

 

Friskの口から出た名前に、以前Alphys博士が造ったロボットのことかと思い至る。此方を伺うFriskにOKを出して、キッチンに向かう。

 

 

ピッ

 

 

《……まぁ、というようなことがあったんですよ!》

 

 

先程やかんに沸かしておいたお湯の余りに水を足し、火にかけたところでテレビから聞き覚えのあるキンキンした声が聞こえる。

 

 

「あちゃー、始まっちゃってたか」

 

 

録画しておけば良かった、と小さく溢すFriskの声とテレビから流れる音声を聞きながらお茶の準備を続ける。

 

 

《そんな事が………こうやって聞くと、やはりFrisk親善大使とChara親善大使は凄いんですね》

 

 

《そうなんです、凄いんですよ、私達のダーリン達は!》

 

 

テレビの向こうの声が、いつもより明るく聞こえる気がする。逃げないと決めたからだろうか………?

 

 

《あ、そうそう。ダーリン達の事で思い出したんですけどね……》

 

 

ピーッ、とやかんの先から勢い良く吹き出す湯気に、お湯が沸いたことを察して火を止める。そして、一度ティーポットにお湯を注ぎ、一回しして暖める。

 

 

《………私、地下でダーリン達と戦ったあとに、実は言いたかった言葉があったんです》

 

 

《おお、それはどんなお言葉で?》

 

 

一度お湯を捨て、茶葉を茶漉しに入れてお湯を注ぐ。

 

 

《『私の友達になってほしい』……そう言うつもりで口を開こうとしたら、さっき言った通り電源切れになっちゃいまして。改めて後でちゃんと菓子折持って謝罪したうえでもう一度言いましたよ。……まぁ、結局Charaさんにはフラれちゃいましたけど》

 

 

ははは、とテレビ越しに笑い声が起こる。

ティーポットを蒸らしながら戻る。

 

 

「はい、淹れてきたよ。ちょっと蒸らすから、もうちょっと待っててね」

 

 

「はーい」

 

 

Friskの前にティーポットを置き、一緒にテレビを眺める。

 

 

《………それで、そこで少し、不思議な事があって》

 

 

《不思議なこと、ですか》

 

 

人間の司会者と、Mettatonと……確か、NapstablookとShyrenだったか。そのモンスター達を代表して、Mettatonが答えているらしい。そう言えば確かにMettatonがやってきたことがあった事を思い出す。子供達に遊んでくれとせがまれていたっけ。

 

 

《私は……しっかり、ダーリン達『二人』に、本当に確かに、『友達になってよ』って言った筈なんですよ。

 

 

 

―――――でも、何でか、もう一人……そう言わなきゃいけない()()が居たような気がして……》

 

 

「……えっ」

 

 

突如として告げられた彼の言葉に驚いたのか、Friskが小さく言葉を溢した。私もその発言に違和感を覚え、思わずテレビの中で首を捻る彼を見つめる。

 

 

――――私の()は、『二人』だけのはずだ。なのに、彼は何を言っているのだろうか。

 

 

いや、気のせいだとは思うんですけどね、と間を開けてから続けるテレビの中の彼から目を逸らして、私はティーポットの蓋を開ける。ふわりと、優しい匂いが鼻を擽る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――『おとうさん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………えっ」

 

 

 

ふと、知らない声が私を呼んだような気がして顔を上げる。

 

 

 

「ん? パパ、どうしたの?」

 

 

 

視線の先に当然居たFriskが、驚いたように目を丸くし、首を傾げて此方を見る。

 

 

 

その姿が、一瞬誰かと重なって見えた。

 

 

 

「……………パパ?」

 

 

 

「………あ。いや、何でもないよ」

 

 

 

Friskが怪訝そうな声を出すと同時に、その誰かは直ぐに思い出せなくなった。

 

 

 

………きっと、気のせいだ。

 

 

 

そう思い直して、私はもう一度ティーポットの中を覗き込む。………あと、もう少しだろうか。

 

 

「Frisk。もし死ななかったらこうしようと、ずっと考えていたことがあるんだ」

 

 

「うん?」

 

 

蓋を閉めて、私は時間潰しにFriskに話を切り出す。

 

 

「………学校を、作ろうと思うんだ」

 

 

テレビから視線を移し、此方を見てくれたFriskにそう言うと、Friskは目を丸くした。

 

 

「人間は勿論、モンスターの子供達が一緒に学べる学校を。人間の先生を雇って、それ以外にもモンスターの先生も雇って、勿論Toriも誘って、ね。………どうかな」

 

 

私がそうFriskに尋ねる声は、酷く不安そうだった。

 

 

「………うん、そうだね」

 

 

目を丸くしていたFriskは、にっこりと微笑んでゆっくりと頷き、

 

 

「とても素敵な、償い()だと思うよ」

 

 

そう、言ってくれた。

 

 

「…………うーん、そうなると色々な手続きとかしなくちゃなぁ」

 

 

「あっ! そ、そうか、すまない………」

 

 

「んー? いいんだよ、苦でも何でもないからさ」

 

 

考えるような仕草をして呟かれた一言に、今でさえ疲れているFriskに親善大使としての仕事を増やしてしまうことに気付いた。慌てて私が謝ると、Friskは微笑んだまま首を緩く横に振った。

 

 

「Charaにも打診して………パパにはまた色んな方面で矢面に立ってもらうことになるかもしれないけど、大丈夫?」

 

 

そのままぶつぶつと呟きながら考えていたFriskが、不意に私にそう訊ねてくる。

 

 

………そんなの、決まっている。

 

 

「あぁ、覚悟は出来ているよ」

 

 

Friskに、私はしっかりと頷き返す。

 

 

――――嘗てない糾弾や罵倒が、私を待っているかもしれない。

 

 

何度も、心が折れてしまうような事があるかもしれない。

 

 

それでも。

 

 

私はどんな糾弾も何もかも受け入れて生きていくと決めたんだ。そんなもの、言われるまでもない。

 

 

……そう思っていたのが伝わったんだろう、Friskはそっか、と満足そうに頷いた。

 

 

「………まぁ、その話は今は置いておいて。まずは……お茶にしようか」

 

 

「うん。お願いしていい?」

 

 

そろそろお茶がしっかり蒸れた頃だろうとあたりをつけ、Friskにそう提案すると、Friskは笑顔でマグカップを差し出してきた。そのマグカップを借り、中に紅茶を注ぐ。それを渡してから、自分のマグカップの中に残っていた紅茶を飲みきる。冷めたお茶は、渋くなってしまっていた。

 

 

「う、渋い……」

 

 

「あはは、冷めちゃったお茶って結構渋いよね」

 

 

Friskの相槌を受けながら、私も自分の分のお茶を入れて、角砂糖を放り込む。そして先に紅茶を混ぜ終わったFriskからスプーンを借りて、砂糖を溶かして、スプーンを置く。

 

 

「………それじゃあ、新しく生きる道を見つけた王様を祝って、乾杯!」

 

 

「ふふ、大袈裟だなぁ。乾杯」

 

 

悪戯っぽく微笑んでそう言ってマグカップを掲げた彼女に倣い、自分のマグカップをそっと掲げ、一口飲む。

 

 

「………美味しい」

 

 

自然と頬が緩むのを感じながら、そう口にした。

 

 

―――――幸せだ、と感じた。

 

 

 

その途端。

 

 

 

 

 

 

――――――ばさ、と。

 

 

 

 

 

 

最後のユリの花弁が、落ちるのが見えた。







枯れた花だけが、静かに揺れた



Epilogue of Asgore 『散り逝く花』



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