地上に出て、彼は遂に念願のスターへの道を歩み出す。
華々しくも憎念渦巻くその世界の階段を、彼は彗星のように駆け上がっていく。
彼が頂上に上り詰めるのも時間の問題だろう。
―――――――そんな彼が憧れていたのは?
【Mettaton】
……………キチチチ、カチン
………『僕』の意識が浮上する。どうやら、朝になったらしい。充電を終えた機械のボディから伸ばした腕の先の四本指の手を軽く握ったり開いたりして、動作確認を行う。それから腕を伸ばし、背中についていた充電プラグを引き抜き、防水カバーを閉じ、滑車のついた一本足を伸ばして台の上から降りる。そして直ぐに備え付けてある姿見の前に立つ。
「………よっし、僕ってば今日も美しい! 格好よくて可愛い! 全世界から愛されるスーパースター!」
数回姿見の前でポーズを取ったり、色々な角度から完璧なボディを眺めて、そんな言葉が自然と口代わりのスピーカーから出た。人間形態ではないこの時では表情らしい表情はパネルでしか示すことしか出来ないが、人間形態だったら誇らしげな顔になっているんだろう。もしこの言葉を王女のダーリンに聞かれたりしたらまた『ナルシスト』と言われるだろうが………Alphysが拘りに拘って造ってくれたこのボディを誇らずにはいられないのだ。こう言うくらいは許してほしい。
ふと、冷静になって時計を見る。時計の針が出掛ける時間を指し示していた。
行かなくては。
僕はルンルン気分で部屋から出る。
「あ………お、おはよう、Mettaton!」
「おはよう、Alphys! 今日も良い日だね!」
部屋を出て直ぐに、手元のタブレットを弄っていたAlphysが顔を上げ、吃りながらも挨拶をしてくる。挨拶を返し、僕はAlphysの横に並び立つ。
「え、えーと、今日の予定の確認をするわね。今日は……」
それと同時に今日の予定を読み上げ始めたAlphysの声を聞く。
………実は、Alphysには僕のボディの整備士兼マネージャーをしてもらっている。僕も交渉術を心得てはいたりするが、やはりAlphysの方が場数を踏んでいる為、頼った方がいいと判断した為だ。やはり研究者ということもあってか、仕事上のビジネスに関しては慣れているのか、そういう場では彼女は吃ったりしない。
「………そして、最後に、親善大使Friskとの特別コラボレーション番組の撮影よ」
「!」
つらつらと言い重ねられてきた最後に、僕が今日一番楽しみな予定が上げられた。
……―――僕のメモリーが異常を起こしていなければ、確か一年前。突如として拠点である研究所にかかってきた一本の電話。
電話の相手は紛れもないダーリンで、出来る限り近日中に話し合いの場を設けられないかというものだった。急いで予定を確認して、空いている日を見つけた僕は、地上で有名なテレビ局の一室に呼び出された。雑談もそこそこに、売れ始めた大型人気スターに親善大使として持ちかけられた話は、人間とモンスターの和平に関する特別番組を組むから、それに出演してくれないだろうかというもの。王女のダーリンが思い付いたマスメディアを利用する手として、僕が抜擢されたらしい。
僕に話を持ちかけられた時点で、もうある程度ダーリン側で話は纏まっていて、後は僕が一言『はい』か『いいえ』を言うだけでどうなるかが決まる状況だった。
何度も何度も『お願いします』とまた少し背が伸びたダーリンと企画担当者に頭を下げられた僕は少し悩んで………――――愛しいダーリンにそこまでお膳立てさせられておいて、『いいえ』という僕じゃない、ということを伝えた。
後はトントン拍子で話が進み、今日に番組撮影日が決まった、という訳だ。
「撮影は午後だけど………どうか、他の仕事も手を抜かないでね」
心配そうにAlphysが告げた言葉に、ちょっとムッとする。
「ちょっと、この僕がそんな事をする訳ないでしょ」
「わ、分かってるわ! でも、一応……ね?」
僕が不満を隠さずそう言えば、Alphysは慌ててそう取り繕う。ごめん、と小さく言葉を溢して押し黙ってしまったAlphysとの間に、変な沈黙が流れた。
「………まぁ、お陰で気持ちが引き締まったよ。ありがと」
「えっ、い、いや、そんな、お礼を言われることでも……」
内心で一言余計なんだよな、と思いながらもそう言えば、Alphysは目を丸くした後、首を取れんばかりに横に降った。
「兎に角、今日もよろしくね、マネージャー!」
「あ、う、うん! よろしく、Mettaton!」
無理矢理話題を切り上げて、僕はいつも通りマネージャーにそう言って、気分を切り替える。
………さぁ、今日も『
――――――――――――――――――
朝、昼、そして午後にある一つの仕事をこなし、気付けば午後。
「よーし皆、今日も撮影お疲れ様!」
「お疲れ様、Mettaton」
撮影を終えて舞台を降り、関係者の人間全てに挨拶をする。それからようやく外に出てから、私のビジネスパートナーでもありかけがえのない友人のShyrenを労る。
そして……
「お疲れ様、
「あぁ………そっちこそお疲れ様、
もう一人のビジネスパートナーであり……大切な従兄弟であるBlookyも、労る。
………まだ、地上を出て直ぐの頃。ダーリン達と戦って充電切れになった僕は、充電を終えて目が覚めて直ぐに、Alphysに一つ、物を手渡された。
見間違う筈もないそれは、『
何故これをAlphysが持っているのか問い質したいのを後にして、僕はまず、『彼に会いたい』という思いに従って行動した。
自分の家の前で佇んでいた彼と、最初はなんて話せばいいのか、分からなかった。……でも、どうしても僕は、彼と話して、また昔みたいに、笑いあいたかった。
何とか口から捻り出したぎこちない挨拶から会話を始めて……あとは、この通りだ。
「あぁ、そうだ……この後、Friskと撮影なんでしょ……? 急いだ方が良いんじゃない……?」
少しBlookyと話していると、不意におずおずと、Blookyがそう僕に言った。内蔵されている時計機能を起動してみれば、確かにFriskとの約束の時間が迫っていた。
「それもそうだね!」
Blookyの言葉に頷き、私は手足を閉まって飛行形態を取る。
このボディが精密機械である以上、重量がとんでもない私は、公共機関やタクシーが使えない為、長距離の移動は飛んで行くしかないからだ。
「それじゃあ二人とも、行ってくるよ!」
二人に別れを告げ、私は空に向かって飛び立つ。機械のボディはぐんぐん上昇し、ある程度の高度まで上昇すると、自動ナビゲーション機能を起動して予め登録しておいた座標―――約束のスタジオにまで飛ぶ。途中飛行機と擦れ違い、驚いた顔で此方を見ていた人間達に向かってファンサービスをたっぷり送っておく。その後は何事も無く、約束のスタジオに着いた。
スタジオの前に降り立ち、背中のスイッチを切り替える。ボン、という音と派手な煙を立てて人間形態に変身し、私の自慢の美しい二本足を動かして入り口で待機していたスタッフに案内してもらう。かつかつ、と響く床に当たるヒールの軽やかな音が心地好かった。
途中擦れ違う人々に挨拶を交わし、出演者の楽屋に挨拶に周り、スターとして欠かせない処世術をこなしていく。
そして、最後にスタジオの前に立ち、深呼吸してから、足を踏み入れる。
「皆さん、おはようございまーす!」
押し開きのドアを潜り抜ければ、此方に当然の如くほぼ全ての視線が私に集まる。その視線の主達に笑顔で挨拶しながら、私は目当ての人物を探す。
「! ダーリンー!」
ふと、話し込んでいる様子の人垣の中に探していた背中を見つける。私が直ぐに声を掛ければ、その声が届いたのか、ダーリンは振り向き、私を見た。
一瞬、違和感を覚えた。
「やぁ、Mettaton。どうしたの、声掛けてきたと思ったら立ち止まって」
「え? あ、いや……何でもない。久しぶり、だね」
その違和感が理解できず、思わず動かしていた足を止めてしまうと、笑顔を浮かべていた筈のダーリンの顔が怪訝そうな物になる。それを曖昧に誤魔化し、手を振りながら彼女に近付くと、違和感は尚更強くなった。
「うん、久しぶり。Mettaton、凄い人気になったね」
そう言って、ダーリンは笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、漸く私はダーリンの違和感の正体に気付く。
「……まぁ、僕だからね! 地上でも人気になることは分かってたよ」
話を続けながら、僕はAlphysに取り付けて貰った右目のスーパーカメラを密かに起動し、ダーリンの身体や様子を良くスキャンする。
「あはは、変わってないみたいで安心したよ」
「変わる? この僕が? そんな事しないよー! 僕は僕であってこそなんだからね!」
高性能なこのカメラのお陰で、直ぐにスキャンは終了し、僕の中の知識に基づいてそれを考察した結果、ダーリンは………疲労している事が判明した。
ファンデーションで隠してはいるけど、目元に隈がある。髪の毛の艶も無くなっているし、肌の調子もあまり良くない。何より、全体的に少し痩せてしまっている。総合的に考えて……あまり睡眠が取れていないのかな? ……ダーリンの事だから、もう一人のダーリンの仕事もしてそうだし……かなり、無理をしてる?
「………ところでダーリン。話は変わるんだけど……ちょっといい?」
「ん? なぁに?」
スキャン中続けていた世間話を切り上げて、僕はダーリンを手招きする。警戒する事無く近付いてきたダーリンを連れて少し皆から離れ、ダーリンの肩を抱いて耳に顔を寄せ、声の音量を小さくして、内緒話をするようにダーリンに訊ねてみる。
「………ねぇ、Frisk。大丈夫?」
「えっ」
僕の口から出た言葉に驚いたのか、素直に耳を貸したダーリンの口から、そんな言葉が溢れた。
「僕の見間違いじゃなければ、ちょっと痩せたよね? 無理とか、してないよね?」
僕が続けてそう問えば、ダーリンは更に目を丸くし、そして……
「…………うん、大丈夫。無理なんて、してないよ」
『笑顔』を、浮かべた。
誰よりも明るくて、それでいて……誰も、その笑顔の裏に気付かせないような笑顔を。
僕が『私』の時に良く使っている笑顔だったし、何より―――――
「………へぇ、そう。ならいいんだけどね」
ダーリンはあまり自分が疲れている事を周りに知られたくないらしいと察し、僕は直ぐに引き下がり、肩を抱いていた手を離した。
「………あーぁ、折角なら王女のダーリンにも会いたかったなぁ。元気にしてる?」
「え、Chara?」
『スキャンダルだ』とか言われないようにダーリンから一歩分離れ、テレビには滅多に出ない王女のダーリンの話題を振れば、ダーリンの目が泳ぐ。
「………あれ、もしかしてそこまで元気じゃないの?」
その反応に思わずそう問えば、ダーリンは少し迷うように目線を彷徨わせ、小さく頷いた。
「うん。……実の事を言うと、最近、あんまり元気ないんだ」
そして、ぽつりと、言葉を溢す。
「何か思い詰めてるみたいで、何だか返事は上の空な時があるし、ふらっと何処かに出掛けたら帰ってくるのは遅いし………どうしたんだろうと思って訊いてみても、答えてくれないし………仕事はきちんとしてくれるから、尚更心配でね。昔から秘密主義な所はあったけど、何だか最近のCharaは、目を離したら直ぐにどっかに行っちゃいそうな感じがする」
そこまで言い切ると、ダーリンは、ママの言う通り思春期なのかな、と溜め息混じりにそう締めくくった。
「ふーん……あのダーリンが、ね」
その話を聞きながら、私は王女のダーリンは思春期ではないような気がした。
………あのダーリンが思春期になるわけないというかなり勝手な決めつけと、本当に何となく思っただけだから、根拠はないけどね。
「………じゃあ、王女のダーリンを元気づける為にも、今日の撮影頑張らなくちゃね! という訳で、今日はよろしくね、ダーリンッ!」
手を差し出し、最後にウインクをつけながらそう言えば、ダーリンは目を丸くしてから、笑って頷いた。
「うん、そうだね。よろしく、Mettaton」
そして差し出した僕の手を握り、僕を含めた地下モンスター皆が大好きな、あの決意に満ちた笑顔を見せた。やはりダーリンにはこの笑顔の方が似合うな、と思いながら、僕はダーリンの手をひいて、スタッフ達のもとに戻ろうとする。
「………あ、そうだ。この際だから言っちゃおう」
ふと、ずっとタイミングを逃して言えなかったことを言ってしまおうと思い立ち、立ち止まって、ダーリンに振り返った。
「あの闘いが終わったあと、Alphysに僕の家の鍵を返してくれてありがとうね。………お陰で僕は、またBlookyとやり直す事が出来たよ」
にっこりと、笑ってそう言えば。
「―――――――………え?」
―――――――――――――――――
「…………はぁ………疲れたぁ」
三時間にもなる撮影を終え、ダーリンとの別れを惜しみながらも別れ、野暮用を済ませてから地下へと戻ってくる。スターとしての仮面を脱ぎ、切り替えていたスイッチを戻す。ボン、という音を立てて、身体が箱形へとまた変わっていく。地下で僕が負けた戦いから改良されて、人間形態でも電力を抑えられるようにはなったけど……やっぱりキツい。
……だけど、今はそれもどうだっていい。
僕は研究所への道を急ぎ足で辿る。やっと研究所に戻ってくると、明かりは着いておらず、Alphysがまだ帰宅していない事が直ぐに分かった。
少しイライラしながら、Alphysの帰宅を待つ。………やはり、こうしてどうしても急いで訊きたいことがある時には、別のルートで帰宅すると、訊きたいことが直ぐに聞けないのが腹立たしい。それでも僕より先に彼女は帰らせたはずだし、そこまで遅くはならないだろうけど。
研究所の明かりをつけ、逸る気持ちを抑えつけて、Alphysを待つ。少しすると、研究所の扉が作動し、待ちわびた彼女の姿が見えた。
「おかえりなさい、そしてお疲れ様、Mettaton。今日もあなた、輝いてたわ」
やっと帰宅してきたAlphysが、まず微笑んで労いの言葉をかけてくれる。その笑顔に、正直何度励まされてきたか。いつもなら一言二言僕も言葉を返すのだが、今はその笑顔に返している余裕さえなかった。
「僕が輝いてるのは当然だとして。ねぇ、Alphys。訊きたいことがあるんだけど」
「? なに、かしら……?」
その労いに対する返事もそこそこに、僕は振り返って、Alphysに掌の物を見せる。
「これのことなんだけど」
「………? それ、あなたの鍵よね? それがどうかしたのかしら」
僕が指に引っ掻けた物―――ハートのモチーフが可愛らしい、僕の家の鍵を見て、Alphysは目を丸くし、首を傾げた。
「………この鍵さぁ、誰から返してもらったんだっけ」
僕はこれが自分の物であることを肯定し、撮影中にずぅっと気になって仕方がなかった質問を彼女にした。
「えっ、あれ? 私、前にFriskだって言わなかったかしら……? それがどうかしたの?」
僕の質問に、Alphysは此方へと進んでいた足を止め、手を頬に当てながらそう答えた。
「うん、確かに言われたんだけどね。
―――――――それ、本当にダーリンだったの?」
僕は言われた事を肯定し、肯定した上で、質問を重ねる。
「…………えーと………それは、どういうことかしら」
僕の質問を聞き、Alphysは質問の意図が掴めなかったのか、怪訝そうな顔をしてそう尋ね返してくる。
「そのままの意味だよ、返してくれたのは本当にダーリンだったのかって話」
「………Friskのはず、だけれど………もしかして、違ったの?」
僕が意味を説明すると、少しAlphysは考えてから、顔を青くしてそう言った。
「うん、違った。そんな事した覚えがない、ってさ」
「え、や、やだ………ま、まさか私、王女様と彼女を間違えちゃった……?」
どうしよう、と顔を真っ青にして呟くAlphysに、僕は
「
否定の言葉を返す。
「…………………えっ?」
その言葉を聞いたAlphysは、更に目を丸くし、僕を見る。
「………Mettaton、あなた今、『違う』って言ったの?」
「うん」
そして信じられないと言わんばかりの顔で、僕に確認をしてくる。肯定を返し、鍵を指で回しながら見る。
「僕も、じゃあ王女のダーリンの方かなって思って、王女のダーリンに確認の電話しにいったんだよ。スタジオから帰る前に『野暮用があるから先帰って』って言ったのはそういうことね。…………そうしたら、」
―――――私はそんな事をした覚えはない
「………って、言われちゃったんだよね」
僕が言葉を紡ぐ毎に、Alphysの顔がみるみる内に驚愕で染まっていく。
「…………えっ、いや、そんな筈がないわ! だって、私は彼女が私に鍵を投げて寄越したのを、ちゃんと覚えているもの!」
そして、信じられないのか、首を横に振りながら、そう少し声を大きくしてそう言った。
「………Alphysの記憶だと、
「………そ、そんな………嘘よ、きっと彼女が照れてるだけだわ!」
「うん、正直僕も嘘だと思いたいよ。うっかり二人を間違えたとかならまだしも、Alphysがそんなつまんない嘘を吐く筈が無いのにそんな答えが返ってきたんだから。でもさ、電話越しのダーリンは、嘘を吐いてるような動揺の仕方じゃなくて、本当に知らないような、初めて聞いたような様子だったんだ」
愕然とした様子のAlphysに、心の底からの同意を送る。
………今だって、信じられない。
電話越しに聞こえた、本気で知らないと訴える声が告げた言葉が。
Alphysも研究者という職業柄な為に記憶力はとても良い方だし、ダーリン達だって、まだ子供だったとはいえ記憶が薄れることはあるだろうけど、忘れることはない筈だ。例え忘れていたとしても、『あぁ、あれか』と彼女なら直ぐに思い出す筈。
――――なのに。
どうして、
「………こんなの、可笑しいよね? だから、Alphys。失礼を承知でもう一回聞かせて。
僕に鍵を返してくれたのは、本当に『ダーリン達』? それとも―――別の、『誰か』だったの?」
目の前で顔を真っ青にして固まっていたAlphysが、僕に視線を寄越す。
そうして口を何を言うでも無くぱくぱくと動かし、何とか言葉を紡ごうとする。
………衝撃が大きいのか、その口から言葉らしい意味を持つ言葉は出て来ない。
暫くの間待ってみたが、Alphysの口から何かが語られることは無かった。「あ」だとか「う」だとか、そんな単語にすらならない音を発して、彼女は俯いて口を閉ざしてしまう。
「………ねぇ、Alphys。お願いだよ、答えてよ」
何時もの僕なら、彼女が話すか、『話したくない』と言うまで待つのだが、自分が思うより余程焦っているのか、自然とそんな言葉がスピーカーから溢れた。
「君が答えてくれないと、僕は………『お礼を言うべき人』が誰だか、永遠に分からないままなんだ」
続けて、自分でも信じられない程弱々しい言葉がAlphysに向けられる。その言葉を聞いてか、Alphysはぎょっとしたような顔で、僕を見た。
「この鍵を返してくれたから、僕はBlookyと従兄弟でいられるんだ。二度と、彼とは従兄弟としての道を歩めないと諦めていた僕に切欠を与えて、『彼と別れたくない』って嘆く僕の中で燻ってた
………それなのに、その人にお礼の一言も言えないだなんて、絶対に嫌だ……!」
ぎゃり、と。
金属同士が擦れる、嫌な音が僕の固く結んだ手から聞こえる。
いつの間にか、鍵を握り潰してしまいそうな位握り締めていたらしい。
「鍵を返してくれたのが彼女達じゃないのなら、僕は一体、誰に『ありがとう』って伝えればいいんだよ……!」
Alphysが、何か言いたげに口を動かそうとして、閉ざすを繰り返しているのが分かる。
「あぁ……あの時言いそびれたあの言葉だってそうだ。本当は、僕はずっと前から王女のダーリンに言いたかったんだと思っていた。だけど
「Mettaton、あなた、何を言っているの……?」
気が付けば、自分の中に閉じ込めておこうと思っていた想いが飛び出ていた。
そう。
僕は、ダーリンに友達になってほしかった。
でも、僕があの時、本当に友達になってほしかったのは。
「――――あの子じゃない。絶対に違う、違うんだよ……」
僕のこの身体のメモリーは、彼女だったと完璧に記録してある。なんなら、映像記録だってある。
―――だけど。
僕自身は、『違う』と否定していた。
記録されたそれを、信じられなかった。
「僕がほんの一瞬だけ垣間見たあの人はあんなに幼い子供じゃない、あんなに高い声じゃない、あんなに小さくない! 全部全部、何もかもが違う!!」
気付けば、叫びだしていた。
僕が感じていた全てを。
「僕が唯一誰よりも憧れて、誰よりも友達になりたいって焦がれて、誰よりも一心に愛し合える存在がいるのを妬んだあの人は、あの子じゃない!!!」
誰に何と言われても認めない。絶対に認めてやるものか。
あの子はあの人じゃない。
僕達敵対するモンスターに冷たくしておきながら、僕達を赦したあの人じゃない。
どんなに辛くても痛くても、無理矢理笑顔を作って立ち向かってきたあの人じゃない。
―――涙を流してまで大事な存在が傷付くのを恐れたあの人じゃない。
そうじゃなきゃ、
――――――――『どうして、あの子ばっかりが、殺されかけなきゃならないんだ』
この貼り付いて消えてくれない声は、一体誰のものなんだ!?
「…………ねぇ、教えてよ、Alphys。僕とは違って、カメラでダーリン達の旅路をずっと見ていた君なら、分かるでしょ……?」
一度、感情の全部をしまい込んで、僕は再度Alphysに尋ねる。
「ダーリン達の選択に喜んで、叫んで、傍で支えた君なら、答えられるでしょ……!?
僕と命懸けで闘って、何度も傷付いてでもダーリンを守ろうとしたあのヒトが誰だったのか、分かるでしょ!? 答えられる筈でしょ、ねぇ!?」
Alphysとの距離を詰め、縋りつく。
「お願いだから答えてよ!! 答えてくれれば、僕も『きっと気の所為だ、僕の勘違いだった』って笑って忘れられる筈だからさぁ!!」
僕がもし人間だったのなら、きっと今頃泣き出している。
それぐらい、僕の感情は今暴走していた。
「あの子があの人じゃないなら、僕は一体誰に謝ればいいの!? 『何度も傷付けてごめん』って、言いたかったのに!! 何度も何度も許してもらえるまで、謝りたかったのに!! その後に『友達になってよ』って続ける筈の言葉を、誰に言えばいいの!? どうしようもないくらい話したいことがいっぱいあるのに、誰にそれを話せばいいの!? それにきっと鍵を返してくれたのはあの人なのに、お礼さえ言えないだなんて……!! 可笑しいじゃないか!!!」
色んな感情がごちゃごちゃと混ざり合って、自分でも何が言いたいのかが解らなくなってくる。
僕が友達になってほしかったのは誰か。
僕が嫉妬したのは誰か。
抱いていたものをただ言葉に当て嵌めて口に出しているだけの喚きを、僕は続ける。
それでも、ずっと微かに抱いて、消えかけていたこれを吐き出してしまわなければ………もう二度と、あの人の存在を、感じられなくなってしまうような気がしたから。
口に出す。吐き出して、この想いを無かった事に出来ないように、記録する。
一字一句、自分の本当の感情を忘れてしまわないように。
「………頼むよ、Alphys…………」
一頻りどうしようも無かった全てを吐き出して、僕はもう一度Alphysに懇願し、聞き出そうとする。
「…………僕を、救ってくれたのは………いったい、だれ?」
逃げられないように彼女の片手を両手で包み込み、握る。
信じられないものを見るような目で僕を見ていたAlphysは、手を握られたことで逃げられないことを悟ったのか、顔に冷や汗らしきものを浮かべて思案する素振りを見せる。
「…………違う、って……そんな筈が無いわよ。だって、あの人は……私の嘘を見透かして、その上で行動していた、あの人は………」
ぽつぽつと、冷や汗をかきながらAlphysは、僕の我ながら支離滅裂な言葉を否定しようと、口を動かす。
「……………あ、れ。」
その口が、不意に止まった。
「…………いや、そんな、嘘よ、そんな筈が無いわよ………」
何かを否定しようと、首を横に緩く振る。
「だって、あの人は………私と、Undyneの恋を助けてくれたのよ。そうよ………あの、人は…………」
そして。
最後には。
ただただ茫然とした様子で、たった一言。
「……………………『誰』、だったかしら」
そう、呟いた。
そんな呟きを聞く僕の耳には。
――――――『いいえ、姫。あなたがそう言って涙を流してくれるだけで、私は勇気が出るのです』
たった一度だけの共演の時にかけられた、あの台詞が聞こえたような気がした。
歯車が狂っていることに今更気が付いたって、もう遅い
Epilogue of Mettaton 『狂っていた歯車』