守りたいもの   作:行方不明者X

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平和になったこの世界で、自分に友人として出来ることと言えばなんだろうか。


そう考え、何度も考慮した結果、彼女はある案を思い付いた。


誰もが喜んでくれるような、そんな案を。


思い立った瞬間、彼女は忙しなく動き出す。


―――――――頭の片隅にある『それ』から、目を逸らしながら。





Epilogue of Undyne

【Undyne】

 

カチ、カチ、カチ

 

 

静かな部屋の壁にかかっている魚を象った時計の針が、着実に進んでいく。そろそろか、と思って、あたしは中身を飲み終えたカップ片手に部屋から出て、リビングのシンクでそれを洗う。長いこと使っている愛用のカップを綺麗に洗い、水気を拭いて戸棚にしまった。

 

 

トントントン

 

 

丁度戸棚の扉を閉めたその瞬間、元気なノックが聞こえた。来たか、と思って玄関に向かい、ドアを開けてやる。

 

 

「UNDYNE! 来たぞ!」

 

 

「おお、良く来たなPapyrus!」

 

 

縦にドアが開けば、いつも通りに時間ピッタリに来たスケルトン兄弟の弟の方―――――Papyrusが、手提げを持ってそこに居た。

 

 

「まぁ、上がれよ」

 

 

中に入るよう促し、Papyrusを招き入れる。ドアを閉めてロックを掛けたことを確認してからPapyrusに向き直る。

 

 

「なぁ、UNDYNE! 今日は何を作るんだ!? 『当日まで秘密だ』って言われて俺様、楽しみで楽しみで仕方なかったんだ!」

 

 

地下世界に居たときから続けている、今日の訪問の目的である料理教室のメニューを、わくわくした表情(と言っても骨だが)をしながら訊いてくるPapyrusに、あたしは笑って言う。

 

 

「今日はだな、Papyrus………『カルボナーラ』という料理を作る!!」

 

 

「『カルボナーラ』!!? 前にFriskが食べたいって言ってたスパゲッティか!?」

 

 

あたしが言った『カルボナーラ』という単語に反応して、Papyrusはそう言った。何時だったかPapyrusとの話した時、親善大使とマスコットとして仕事をしている時にFriskがぽつりと溢したという話を聞いて、これしかないと思ったからだ。

 

 

「そうだ!! これを今日中に必ず習得し、Frisk、CharaそしてDreemurr一家とのお食事会を開こうとあたしは考えてる。最近、あいつら働きすぎだからな! Asgore達を誘えば流石に断らないだろ!」

 

 

今日の料理教室の第一目標である『カルボナーラをマスターすること』、そして第二目標の『お食事会』の話をすれば、Papyrusは目を輝かせた。

 

 

「お食事会!? オーホー!! そりゃあいい!!! ならば完全にマスターしなくてはな!」

 

 

こいつなら確実に便乗してくれるだろうなと思っていた通り、Papyrusは笑い、あたしの計画を肯定してた。そしてこの話を聞いて、どうやら俄然やる気になったようだった。

 

 

「それじゃあさっそく調理に取り掛かる!! いいな!?」

 

 

「分かったぞ!!!」

 

 

Papyrusが大きく頷いて、エプロンなどの準備を始めたのを見てから、あたしは冷蔵庫を開けた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「…………ほら、Papyrus。味見してみろ」

 

 

「分かったぞ」

 

 

ネットから拾ってきたレシピを試作し、あーだこーだ言いながら根気よく試行錯誤を重ねること数回。くつくつと煮えるとろとろとしたソースをスプーンで一掬いし、Papyrusに渡して味見させる。スプーンを受け取ったPapyrusは、胡椒の粒が浮かぶ淡い黄色のソースが乗ったスプーンを口に運んだ。そしてそれをぱくりと咥えること少し。

 

 

「どうだ?」

 

 

「……………美味しい!!!

 

 

味の加減を訊いてみれば、Papyrusは頬に手を当て、目(無いけど)を輝かせながらそう叫んだ。

 

 

「これなら二人もほっぺたが落ちちゃうと思うぞ!!」

 

 

「そうか!! なら、これで決定だな!」

 

 

そして、漸くあいつらに食べさせる美味しいカルボナーラが出来上がった。

元のレシピからどれをどれだけ増減したかを正確にメモし、当日もちゃんとしたものを作れるようにしておく。

あとは当日のサラダなどのサイドメニューも考えたり、使ってぼこぼこになってしまった調理器具なんかを片付けたりキッチンをキレイにしたりして、一度休憩を挟む。

 

 

「ふー! これでもう料理はばっちりだな!!」

 

 

「そうだな」

 

 

Papyrusにお茶とお茶請けとしてクッキーを出してやり、自分も席に着いて、熱い内にお茶を一口含む。熱いものが喉を通り過ぎていった。

 

 

「クッキー、美味しいな!」

 

 

「そうか、なら良かった」

 

 

ニコニコと笑いながら美味しそうに食べるPapyrusを見ながら、あたしも一つクッキーを食べる。歯で噛み砕けば、甘い味が口に広がった。

 

 

………そう言えば、あの日も二人にクッキーを出したっけ。

 

 

「…………」

 

 

不意にそんなことを考えてしまったからだろうか、気を逸らして考えないようにしていた、先日のAlphysとの会話を思い出した。

あたしの頭の中ではどうにもあの話が二人と関連付けられてしまったようで、あの二人のことを考えるとそれに引き摺られるようにして思い出してしまうようだ。

 

 

………思い出の中では、FriskとCharaが仲良く並んで座って、あたしとAsgoreが作ったクッキーを頬張ったり、お茶を飲んだりしながら、あたしに視線を向けている。

 

 

Friskはまぁいい、だが……―――――あの日のCharaの顔が、どうしても思い出せないままでいる。

 

 

そんなこと、今まで無かったのに。

 

 

この間Alphysにも言った通り、酷く不気味だった。

 

 

しかも、思い出せないのはそれだけで、他の日にあったCharaは、普通に思い出せる。

 

 

それが尚更、恐ろしかった。

 

 

Alphysの前では何て事ないように振る舞ったけど……本当は、『気付かなきゃ良かった』なんてらしくも無いことをずっと考えている。

 

 

ちらり、と夢中になってクッキーを頬張るPapyrusを見る。

 

 

………でも、こんな事、あたしが言うのも何だがバカ正直なPapyrusには話せないし……もしかしたら、ソウルを半分渡してしまったことも関係しているのかもしれない。

 

 

そんな現実逃避を何時までも続けて、どうしようもないままでいる。

 

 

「………ニェ? UNDYNE? 紅茶飲まないのか? 冷めちゃうぞ?」

 

 

不意に、クッキーを食べる手を止めて、Papyrusに声をかけられる。それにハッと我に返った。

 

 

「あ、あぁ、それでいいんだ。流石に熱すぎたからな、ちょっとお茶が冷めるのを待ってたんだ」

 

 

「なんだ、そうだったのか!」

 

 

咄嗟に言った言い訳に納得したらしいPapyrusは大きく頷いて、またクッキーを一つ食べ、咀嚼し、飲み込むような動作をした。

 

 

「それにしても、久しぶりだな! CHARAに俺様特製のスパゲッティを振る舞うのは!」

 

 

「ん? そうなのか?」

 

 

話題提供のつもりか、そんな事を言ったPapyrusに思わず聞き返せば、Papyrusはきょとんとした顔をする。

 

 

「ニェ? 俺様、UNDYNEにその話してなかったか?」

 

 

「初耳だぞ」

 

 

「あー、そうだっかー………」

 

 

初耳である事を素直に言えば、Papyrusは頬を掻いて、前に振る舞った時の事を話し出した。

 

 

「ほら、FRISKとCHARAが落ちてきて、俺様達が地下から解放されたあの日にな、俺様も二人と戦ったのは知ってるよな?」

 

 

「あぁ、勿論だが」

 

 

私のテリトリーでもあったWaterfallの一つ前のSnowdinで、あたしに弟子入りらしきものをしてからロイヤルガードの真似事をしていたPapyrusに、『人間を見掛けたら捕まえて連れてこい、そしたら正式に採用してやる』と言ったのを覚えている。

 

 

…………流石に『殺してソウルを奪ってこい』、とは言えなかった。

 

 

だがそれを律儀に守って巡回していたPapyrusが、あの日人間がやってきたと言って報告してきた。どうしようどうしようと嬉しそうに騒ぐPapyrusにあたしは捕まえて連れてこいという命令を再度下し、Waterfallで報告を待っていた。暫くしてやってきたPapyrusは、酷くビクビクしていた。いつも自信満々なPapyrusがそんな風になっているのを見て、驚いた。

話を聞いてみれば、取り逃がしたという話が出て来て、『やっぱりか』と思ったのと同時に、酷く苛立ったのを覚えている。

 

 

「………その時、俺様、CHARAを傷付けちゃったんだ」

 

 

お茶を一口飲み、Papyrusは悲しそうな顔をしてそう言った。まぁ、戦えば傷が出来るのは当たり前だ。

 

 

「………それで?」

 

 

あたしも一口お茶を飲み、やっぱりお茶は熱い方が良いな、冷ますと渋くなると思いながら先を促す。

 

 

「………FRISKを俺様の攻撃から庇ったCHARAは、その場で血を流しながら倒れちゃって。それで、慌てて俺様はCHARAを家に運び込んで、手当てしたんだ」

 

 

そんなことしてたのか、と内心目を見開く。

もし当時のあたしがそれを見たらどうなっていたことやら、という思考が過った。

 

 

「……FRISKと一緒にCHARAに包帯を巻いて、ベッドに寝かせて………暫く、CHARAは目を覚まさなくて。その暫くの間に、俺様はFRISKと仲直りして、友達になったんだ。それで、FRISKの案で、CHARAに仲直りのスパゲッティを作ろうってことになって………」

 

 

「スパゲッティを作った、と?」

 

 

「あぁ! FRISKと一緒に、な!」

 

 

当時の事を思い出して何か思うことがあったらしいPapyrusの顔が、時折暗くなる。これは一悶着あったな、と思いながら、最後の言葉を引き継げば、Papyrusは大きく頷いた。

 

 

「それでな、スパゲッティが完成したぐらいでFRISKが様子を見に行って、戻ってきて俺様にCHARAが起きてるって伝えてから、道に置いてきちゃった忘れ物を取りに行ってくる、って言って出てっちゃったんだ」

 

 

別にそこから先の話をして欲しいと言った訳でもないのに、仲直りの話をしたいらしいPapyrusは、饒舌に話を続けていく。

 

 

「この間に仲直りしに行こう、って思って、スパゲッティを盛り付けて、部屋の前にまで立ったのは良かったんだけどな………顔を合わせていいのか、怖かった」

 

 

………まぁ、こいつならそうなるよな。

話を聞いて、当然の結果だよな、と何となく思う。

只でさえPapyrusは誰に対しても優しすぎる。直ぐに言われたことを信じるし、誰かを信頼する。良いところでもあるが、弱点でもある。今のところあたしや兄貴のSansが防いでいるが、いつか悪い奴に引っ掛かりそうで恐い。

―――そんなこいつが、あたしに命令されていたとはいえ、自分の意思で誰かを傷付けたりしたら当然、罪悪感で一杯になってしまうだろう。

 

 

「ずーっと、許してくれないだろうなって考えながらスパゲッティを持って部屋に入って……CHARAは俺様が思ってたよりずっとあっさり俺様を許してくれて、その上、スパゲッティを『美味しい』って言ってくれたんだ」

 

 

「は……?」

 

 

まだあたしの教え方が若干間違ってたあの頃のPapyrusのスパゲッティを、『美味しい』……あの割かし物事をはっきり言うCharaが、か?

……いや、まだソウルが完全だった時だから、そんな事があってもおかしくはない、か。

 

 

また違和感が鎌首を持上げそうになり、無理矢理理由をこじつけて、押さえ付ける。

 

 

「それっきりCHARAにスパゲッティを作ってなくてな………いつかまた作りたいなって思ってたんだ!!」

 

 

「……そうか。なら良かった、な」

 

 

ニコニコと笑いながら、話をそう締め括ったPapyrusに………あたしは上手く笑っていられただろうか。

 

 

「………。………? あ、あれ」

 

 

「? おい、どうしたPapyrus?」

 

 

自分の顔の表情筋の素直さを自覚した上で大丈夫だっただろうかと思っていると、突如、Papyrusの様子がおかしくなる。

 

 

「…………なぁ、UNDYNE、CHARAの身長って、今何れぐらいだったっけ?」

 

 

「身長? なんなんだ、突然」

 

 

そして突然そんな事を言い出して、思わず驚いて聞き返してしまう。

 

 

「いや………何だかな? 気のせいかもしれないんだがな? CHARAの身長、あの日に()()()()()ような気がして………」

 

 

「……………は?」

 

 

……一瞬、Papyrusが言ってることが上手く理解できなかった。

 

 

「………いやいやいやいや、逆だろ? 近付いてるってなんだよ? 遠退いてるだろ、どう見ても」

 

 

何を言ってるんだこいつは、と思いながら、そう言えば、

 

 

「だよな? あれ………? 何で、そんな事考えたんだ俺様………」

 

 

自分でも自分が言ってることのおかしさに気付いているのか、首を傾げながらPapyrusは言う。

 

 

「でも………何か、そんな気がしてな……? いやでも、抱き締めてもらった時、CHARAの身長はもっと………あれ………」

 

 

頻りに首を傾げながら、Papyrusは歯切れの悪い言葉を並べていく。ぶつぶつと呟く言葉の中にちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたような気もしたが、目の前で何かを訝しむPapyrusが少し気味悪かった。

 

 

………そこで、Papyrusに起きていることが何なのか気付く。

 

 

「………おい、Papyrus。お前、まさか………」

 

 

―――――違和感を覚えてるのか?

 

 

「………抱き締めてもらったのか!?」

 

 

続けようとした言葉を、咄嗟に言い換える。

 

 

この先を言ったら、『違和感』があることを肯定してしまうような気がして。

 

 

言いたくなかった。

 

 

「ニェッ?」

 

 

「どういうわけでそうなったんだ?」

 

 

強引に話題を逸らすと、Papyrusはあぁ、と呟いた。

 

 

「仲直りのハグだ!! CHARAがどうしようって気持ちで一杯になっちゃって泣いちゃった俺様を慰めてくれてな、仲直りしようって言って抱き締めてくれたんだ! あの時は俺様にお姉ちゃんが出来たみたいだったぞ!」

 

 

「へぇ」

 

 

ニェヘヘ、と幸せそうに笑ってから自分が『泣いちゃった』と言ったことに気付いたのか、慌てて言い訳を話し出すPapyrusの言葉を聞き流し、あたしはまた一口お茶を飲み、立ち上がる。

 

 

「………まぁ、ともかく! 今日はこれまでだ。当日失敗したりしたらヤバいから何回か練習しとくように! いいな!?」

 

 

「あぁ、了解だ!」

 

 

「よし! これがレシピだ。では、解散!」

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

そしてPapyrusにレシピを押し付け、お開きであることを宣言すると、レシピを受け取ったPapyrusは荷物を持って、玄関のドアから出ていった。

 

 

「……………はぁ」

 

 

それを見送ってドアを閉めたあと、あたしはもう一度椅子に座って、テーブルに頬をつける。手探りで傍にあるカップを引き寄せ、冷めて渋くなった中身を一気に飲み干し、机に叩き付けた。叩き付けた時に出た、だん、という音と共に、ばき、という音がしたのは気のせいだと思いたい。

………しん、と。先程まで騒がしかったリビングが、酷く静かだ。

外で鳴く鳥の声が聞こえるほどには。

 

こうも静かだと、物思いに耽ってしまいそうになる。

 

ぐるりと家の中を意味もなく見渡してみる。

二年前。まだPapyrusの家に居候していて、そろそろ家を建て直さなきゃなと考えてたあたしに、Friskが『あの日燃えてしまった家を建て直すついでに、地上に住まないか』、と提案してきた。地上にモンスターの家を建設したいと言ってくれる会社と契約が出来て、その一号になって欲しいんだ、と言っていた。

あたしは二つ返事でその誘いに乗っかり、燃えてしまったあの家を無理言って再現してもらった。そこに、引っ越してきたわけだ。

引っ越してきた時の周りの人間達の奇異の目は忘れられないが、近場の子供達と仲良くなってから、それも緩和した……と思う。

 

 

……………でも。

 

 

この家に居ると、またあの違和感が出てきてしまう。

 

 

あたしは目線だけで、テーブルの向こう側を見る。

 

 

あたしの家が燃えたあの日。向こう側に座っていたのは、CharaとFriskだ。その筈なんだ。

 

 

なのに何故、あたしは……自分が信じられないんだろう。Alphysの言うとおり、頭がおかしくなりそうだった。

 

 

 

…………違和感を感じた切っ掛けは、Alphysとデートする数日前に、二人と一緒に映画鑑賞会をするから来ないか、と誘ってくれたからだった。

 

 

 

Alphysがまだ自分のことを好きになれてなかったあの日、Hotlandの道中で、AlphysはFriskにあの美少女アニメを見ようという話をしていたらしい。それが転じて、映画鑑賞会になったんだとか。勿論あたしはOKして、詳しい予定を聞いて電話を切った。

 

 

そこまでは良かった。

 

 

何となくあの日の事が懐かしくなって、どんなことがあったのか思い返していたら、ふと、引っ掛かったことがあった。

 

 

 

あたしの親友でもあるCharaは、こんなに感情的な奴だっただろうか、と。

 

 

 

別に、Friskみたいに長い間付き合ってきたわけじゃない。だが……あたしが考えるあいつなら、あの場面でなら挑発して、囮に徹するならまだしも、感情に従ってあたしに怒鳴るような真似はしない。怒るなら、あたしの家に来た時が一番最適な場面だったはずなんだ。

 

 

……なのに、あたしの記憶では、確かにあいつが怒鳴ってる。憎悪に濡れた目で、あたしを見てる。そこで、『おかしいな』って思った瞬間……

 

 

 

――記憶の中のCharaが、一気に霞んでいった。

 

 

 

言われた言葉は覚えてるのに、どんな調子だったか、どんな顔だったか、どんな背格好だったか。それがどんどん曖昧になって……思い出せなくなった。

 

 

 

まるで、そこに最初から『Chara』なんて居なかったみたいに。

 

 

 

…………なら。

 

 

 

あの日、

 

 

 

 

――――――――『お前らの都合で、あの子の命の価値を、測るんじゃねぇ―――――ッ!!!』

 

 

 

 

あたしに思いの丈をぶつけて、真正面から立ち向かってきたのは。

 

 

 

あたし自身の行動を一度立ち止まって考えるようにする切っ掛けをくれたのは。

 

 

 

……――――あたしを親友と認めてくれたのは、誰だったんだ?

 

 

 

あの言葉があったからこそ、あたしは何をするにしてもまずちゃんと考えたりするようになったのに。

 

 

ネットとか本とかでちゃんと料理のやり方を知って、Papyrusにもっと美味い料理を作らせられるようになったのに。

 

 

 

何故、思い出せない。

 

 

 

分からない。

 

 

 

あの日のCharaだけが霞んでいく。

 

 

 

それと同時に―――――………期待していた『何か』を、裏切られたような気がしてならない。

 

 

 

例えるなら、ずっと楽しみにしていた約束を無かった事にされたような、そんな気持ちが胸の中を占めている。

 

 

 

誰にもぶつけようのない苛立ちだけが募って、Charaを嫌いになってしまいそうだった。

 

 

 

どうしてだ?

 

 

 

…………どうして、みんなを、あたしを裏切った?

 

 

 

いや、それ以前に。

 

 

 

何故、これを未然に防げなかった?

 

 

 

………まだあの日のうちに、こうなるのを防げたんじゃないのか?

 

 

 

だって、あの日確かに、そいつはそこに居た筈なんだ。

 

 

 

あたしと言葉を交わして、槍を交えて、冗談を言い合って。………『親友』に、なった筈なんだ。

 

 

 

防げた、筈だったんじゃ………?

 

 

 

そんな空虚な考えが、後悔が。あたしの頭の中を占めている。

 

 

 

「………あぁぁ、くそっ………ヒーロー失格じゃないか………」

 

 

 

思わず誰にもそんな言葉を吐くぐらいには、哀しくて、虚しくて、悔しかった。

 

 

 

―――――ふと、瞼が落ちかける。

 

 

 

最近こんな事ばかり考える所為か、あまり眠れていない。前までは無かったことだから、今、体が休息を欲しているのが良く分かった。

 

 

 

…………もう、考えるのはやめだ、止め。今は、この睡魔に身を任せよう。

 

 

 

あたしにはもう、どうしようもないんだから。

 

 

 

 

そしてそのまま、あたしは目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――『君のような誰かの為に戦える優しい人を、亡くすのは惜しいと思ったからさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が途切れる、その刹那。

 

 

灼熱の中で、あたしに水を飲ませてくれたあいつの声が、聞こえたような気がした。







無力感に苛まれたまま、彼女は逃げ出した



Epilogue of Undyne 『間に合わなかったヒーロー』



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