守りたいもの   作:行方不明者X

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彼にとって、運命の転換点とも言えるあの日からかなりの月日が経った。


時間は滞りなく進み、一度として巻き戻ることなく過ぎ去っていく。


彼はこの日々を何よりも渇望していた。


―――――――そのはず、だったのだ。





Epilogue of Sans

【Sans】

 

 

ふっ、と。自然に目が覚めた。

 

 

薄暗い部屋にカーテンを閉めた窓の隙間から朝日が差し込んでいるのを見て、もう夜が明けたのだと認識し、申し訳程度に被っていたシーツを退け、マットレスに横たえていた身体を起こす。

 

 

壁にかけておいた時計を見て、ほぼいつも通りの時間に起きたんだなと思いながら、一つ伸びをする。近くに用意しておいた黒いパーカーを手繰り寄せて羽織る。そのまま乱雑に脱いであった靴を突っ掛け、寝惚けた頭を軽く振って眠気を払い、立ち上がって部屋から出る。

 

 

のそのそと階段を降り、テーブルについて今日はマスコットとしての仕事があって先に出掛けて行ったPapyrusが用意しておいてくれたパスタを食べる。それを食べたら、皿を魔法を使ってシンクに置いて、自分自身に魔法をかけて浮き上がって洗って、しまう。くぁ、と抜けきらなかった眠気が欠伸になって出ていった。

 

 

「………さて」

 

 

テレビで目的の情報を見てから、家の外に出る。鍵を閉め、Shortcutを発動する。一瞬のうちに、景色が切り替わり、目的の場所………より一本外れた、誰もいない薄暗い路地裏に着いていた。

誰も今の瞬間を目撃していないことを確認してから、素知らぬ顔で目的の大通りに出る。溢れる人間達から未だに向けられる好奇の目線を無視して、辺りを見渡すと、俺よりも少し先に、目的の人物達の背中が見えた。――――FriskとCharaだ。その隣に、俺の弟のPapyrusの姿もある。

三人はいつも通りの服装で、楽しそうに話しながら街の中を抜けていく。周りの人間達は今やすっかり有名人になった三人の姿を見ると、驚いたような顔をしてからさっと道を開ける。中には一言挨拶していく奴もいて、FriskとPapyrusは律儀に挨拶を返し、Charaは面倒なのか挨拶は返さずにひらりと手を振った。

先に進んでいくFrisk達の背後を、周りに目を光らせながら数メートル離れて進んでいく。Frisk達を見送る人間達の姿を確認し、不届きものは居ないか、注意深く観察する。

 

 

――――――………見つけた。

 

 

建物と建物の間の闇から、黒っぽい服装の人間が通りを見ていた。悪意に満ちたその視線を辿ると、Friskの元へと辿り着く。ソイツが移動を開始したのと同時に、俺もソイツの背後を取るように移動する。ソイツが三人をつけはじめて少しすると、Charaが俯き気味だった顔をあげ、Friskと話すフリをして、ちらりと後ろを伺い出す。元々そういう視線に敏感なあいつのことだ、つけてきている奴が居ることに気が付いたんだろう。徐にFriskとPapyrusの腕を取ると、早足で曲がり角を曲がった。それを見て、慌ててソイツは三人を追おうとする。チャンスだ。

 

 

「おい、ちょっと来い」

 

 

フードを目深に被ってそいつの目の前にShortcutし、目を見開いたソイツの腕を掴んで適当な路地裏にShortcutする。そして呆気に取られるソイツをブルーアタックでコンクリートの壁に叩き付け、青い骨で動けないように手足を縫い付ける。人間の張り付け一丁出来上がり、だな。

 

 

「下手に動かない方が良い。その青い骨は動くと実体を持つんだ。下手したらお前さんの身体に風穴が空くぜ?」

 

 

「ひっ……!! な、何だ、お前………!!?」

 

 

さっきまでFrisk達に向けていた悪意に満ちた目線は何処へやら、ソイツは恐怖に染まった目で俺を見る。答えてやる義理はないと判断してその質問は黙殺し、ソイツの服を探る。案の定、直ぐにナイフが見つかった。それの穴に指を引っ掻けて、回しながらソイツに向き直る。

 

 

「………なぁ、聞きたいんだが。お前さん、こんな物騒なもんで何するつもりだったんだ?」

 

 

「そ、そんなもん知らねぇ………!!! だ、誰かに入れられたんだ!!」

 

 

くるくると回すと同時に差し込む光に反射して鈍い銀色を放つこれの光にビビったのか、俺がソイツに質問すると、ソイツは顔を真っ青にしてそう言った。

………この反応からして、こいつは人を殺したこともない人間なんだろう。精々チンピラがいいところか。

 

 

「へぇ………どうも俺にはお前さんが前にいる親善大使様をつけてるように見えたんだがなぁ?」

 

 

回していたナイフを握り、全体を良く観察してみる。……一般的に売られている果物ナイフだな。まだ真新しい。買って間もないのだろう。

 

 

「こんな物騒なもんまで持ち歩いて………まさか、お前、親善大使様を殺す気でもあったのか? それでこんな目にあってるのか。heh heh heh、ざまぁないな。まぁ、俺に見つかったのが運の尽きだな」

 

 

そう言って嘲笑いながらナイフの切っ先をソイツに向ける。

 

 

「………さて。人間には確か、心臓なんていう赤い血潮を全身に巡らせる臓器があるんだったか。俺達モンスターにはそんなもんないからな、どんな仕組みになってるかずぅっと気になってたんだ。このナイフもメス代わりにしちゃ申し分ないだろ。麻酔がないからちっと痛いだろうが、実験台になってくれるよな?」

 

 

そういつも通りに言って首に当ててやると、裏路地でナイフの刃を向けられて、殺人予告にも聞こえるそれを呟やいているという状況で嫌な想像をしたか、ソイツの顔色がみるみるうちに白くなって、額から冷や汗が流れていく。

 

 

「ひっ、い、いやだ、やめてくれ、やめてくれ、死にたくない………!!!」

 

 

「ん? なんだお前、死ぬ覚悟も無かったのか? へぇ、随分軟弱な殺人未遂犯だな? ………まぁ、殺しはしないから安心しなさんな。その代わり、幾つか質問をさせてもらうぜ。

………ただし答えなかったり、嘘を吐いたりしたら、その度にお前に深い深い傷をつけてやる。跡が残るくらいのな。俺は嘘が大嫌いでね、直ぐに見抜けるんだ。だから嘘はつかない方が良いぜ?」

 

 

俺がそう言えば、ソイツは首を千切れんばかりに縦に振った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

コンコンコン、と目の前の家の扉を三回ノックをすると、少しの間の後に中から解錠する音が聞こえた。

 

 

ガチャ

 

 

という音を立てて、目の前の扉が開く。開いた隙間から、ひょっこりと白い毛で包まれた顔が覗き、俺を見た。ソイツは俺の顔を見ると、苦々しげな顔をする。

 

 

「………やぁ、Sans」

 

 

「よぉ、久しぶりだな、坊主」

 

 

それでも礼儀は弁えて挨拶はしたソイツ……Asrielに、俺は左手をあげた。そして後ろを伺って、いつもならすぐ後ろにいる筈のTorielの姿が無いことに疑問を抱く。

 

 

「なんだ、今日はtorielは留守か?」

 

 

「パパと一緒に偉い人と会議だって。ぼくは留守番。……取り敢えず、あがってよ。お茶でも出すから」

 

 

「おう、邪魔するぜ」

 

 

迎え入れるように開かれた扉の間に身を滑らせ、後ろ手で扉を閉める。

 

 

「こっち」

 

 

Asrielに手招きされるまま、部屋に入る。部屋に入ると、ごく普通の家庭にあるようなリビングが広がっていた。

 

 

「座っててよ。確かここに……」

 

 

五つ席がある大きなテーブルを指差すと、Asrielはキッチンの棚を漁り出した。

 

 

「あ、これ。papyrusから。遅くなったけど、引っ越し祝いだってよ」

 

 

「え? あぁ、ありがとう」

 

 

「ここに置いとくぜ」

 

 

朝、慌てて車に飛び乗って出ていったPapyrusから渡されて持ってきていた紙袋――中身は無難に菓子だ――を隣の椅子に置く。そのまま少しすると、紅茶の良い匂いが漂ってくる。キッチンから出てきたAsrielは、可愛らしいティーポットを両手で抱えてやってきた。それをテーブルに置くと、次にトレイにティーカップを二つと白い容器を乗せてやってくる。ソーサーに乗せられたカップを俺の前とその真向かいの席に置き、容器をその真ん中に置いて、二つのカップに紅茶を注ぐと、Asrielは席についた。

 

 

「ありがとよ」

 

 

礼を言い、容器を手繰り寄せて、中に入っていた角砂糖を二つ紅茶に落とす。そうして真ん中に容器を戻すと、今度はAsrielがその中から三つ角砂糖を取って紅茶に入れた。ソーサーについていたティースプーンで中身を二、三回かき混ぜて出し、紅茶を一口飲む。出された紅茶は、何時だったかは忘れてしまったがAsgore王に出してもらった時の紅茶と同じ味がした。

 

 

「この家の住み心地はどうだ?」

 

 

俺がカップをソーサーに置いて、家を見渡してそう言えば、Asrielも紅茶を一口啜ってから口を開く。

 

 

「うん、かなりいいよ。まるで地下で三人で暮らしてた頃に戻ったみたいだ。……まぁ、相変わらずママはパパのこと毛嫌いしてるけど」

 

 

「そんな状態で良く同居してくれたよな……」

 

 

「そこはまぁ、ほら、ぼくたちがね。結構骨が折れたよ」

 

 

「それは笑うところか?」

 

 

「……まさか。言葉のあやだよ」

 

 

そんな風に雑談していると、不意に沈黙が訪れる。暫くお互いにカップの紅茶を意味もなく飲んでいると、Asrielの方から沈黙が破られた。

 

 

「……ねぇ、君でしょ」

 

 

「ん? 何がだ?」

 

 

話の脈絡も無いままそう言われ、何の事を指しているのか分からず聞き返すと、Asrielは溜め息を吐いた。

 

 

「今朝の新聞に載ってたよ、『またもや傷だらけでボロボロの男が警察に出頭してきた』って」

 

 

「………あぁ、その事か」

 

 

「否定しないんだ……」

 

 

Asrielは紅茶を一口啜り、此方を見る。

 

 

「最早怪事件扱いになってるよ? 明らかに誰かに傷つけられたって分かる出で立ちでやってきて、『自分は親善大使及びモンスターに害をなそうとしたので牢獄に容れて下さい』って延々と繰り返して、何があったのか聞き出そうとすると錯乱して『牢屋の中しか安全な場所はない』って言い出して……まぁ、下手したらモンスター達との外交問題になるから願い通り牢屋にぶちこんでるらしいけど。ある番組じゃあ犯人は一体誰なのか、モンスターと親善大使を守ろうとするヒーローなんじゃないのか、なんて言われてるよ」

 

 

「ヒーロー………ねぇ」

 

 

こんな俺が『ヒーロー』なんてな。笑えない冗談だ。

 

 

「………正体はこんな怠け骨な訳だけどさ。ちょっと、やり過ぎなんじゃない?」

 

 

「……そうか?」

 

 

紅茶を啜りながらそういえば、Asrielは咎めるような目付きをする。

 

 

「うん。……延々とあの日を繰り返して、やっと皆が皆()()()()未来を歩きだした所を邪魔されたくないのは分かるけどさ、少し傷をつけすぎじゃない?」

 

 

「………お前さんがそれを言うか」

 

 

「『ぼく』だから言うんだよ」

 

 

元々残虐なソウルレスだったこいつにそんな事を言われる筋合いはねぇだろ、と思い言い返すと、そんな返事が返ってきた。

 

 

「……まぁ、ぼくは家族みんなに迷惑が掛からなければ別にどうでもいいけどね」

 

 

すっ、と。そう吐き捨てたAsrielの目が、感情を感じさせない、酷く冷たいものとなる。

心の底から『どうでもいい』と思っている、そんな目にだ。

 

 

「そういうわけで、絶対に失敗しないでね」

 

 

「言われなくてもそのつもりだ。………ごちそうさん。茶、上手かったぜ」

 

 

「どーも」

 

 

念押ししてくるAsrielに頷いて返し、残っていた紅茶を一気に飲み干して廊下に行き、Shortcutを発動する。直ぐに視界が切り替わり、あっという間に俺の家の玄関に着いた。

 

 

「あっ、SANS! おかえりなさい! 王様は元気だったか?」

 

 

そのまま歩を進めると、朝から出掛けていた筈のPapyrusがキッチンからひょっこりと顔を出して出迎えてくれる。

 

 

「……すまん、今日はasriel王子にしか会わなかった」

 

 

「そっか……元気だったか?」

 

 

「おう」

 

 

一瞬居たのかと驚いたが、いつものことだと思い直し会話を続ける。

 

 

「papyrus、お前、用事はもう終わったのか?」

 

 

「いや、これからもう一回出るぞ! ちょっと汚れると嫌なものがあったから置きにきたのだ!」

 

 

何故居るのか訊いてみると、どうやら用事の途中で立ち寄っただけらしく、そんな返事が返ってきた。

 

 

「へぇ。何を置きに来たんだ?」

 

 

「これだ!」

 

 

何を置きに来たのか訊いてみると、Papyrusは写真を取り出して見せる。そこにはPapyrusとUndyne、今しがた会ったAsrielを含むDreemur一家が映っていた。

 

 

「へぇ、良い写真じゃないか。この間のお食事会の時にでも撮ったのか?」

 

 

「そうだ!」

 

 

確かに汚れたらまずいな、と内心で納得する。ただでさえこういう思い出を大切にするPapyrusのことだし、余計にな。

 

 

「………なぁ、これ、アルバムに挟んでおこうか? そろそろ行かないと時間まずいだろ」

 

 

「ハッ! そうだな、頼む!」

 

 

もう少し眺めていたくて、適当な事を口にすれば、マジで時間が迫っていたらしく、Papyrusは俺に写真を手渡して慌てて玄関へと走っていく。背後から派手に扉が開く音といってきますという大きな声が聞こえ、その後に車の立ち去る音が聞こえた。

取り敢えず魔法を使って鍵を閉め直し、写真片手に部屋へと戻る。そうして靴を脱いでマットの上に横になり枕に頭を預け、ぼんやりと写真を眺めた。

 

 

「………大きくなったもんだ」

 

 

ぽつりと呟いた、俺の独り言が空気に溶けていく。

そんな事を思わず呟いてしまう程には、写真に映るFriskとCharaは、あの日よりずっと大きくなっていた。

 

 

写真を踏んだりしてしまわないように、魔法で操作して棚の上に置いて、目を閉じる。

 

 

――――……あの日から、もう数年が立つ。

 

 

俺を蝕んでいたあの悪夢はピタリと収まり、今まで思い返した中では見たことは無い。タイムラインはまるで元々そうであったように、何事もなかったように動き出して、時計の針を進めていく。俺の身長よりも小さかった筈の二人はすくすくと育ち、俺が見上げる側になってしまった。まずかった筈のPapyrusの料理の腕は予想よりずっと速く上達していく。

 

 

この何気無く過ぎていく日々が、ただの幸福な夢ではない、紛れもない現実なのだと確信するのに………一年の時間を要した。

 

 

その時、やっと俺達はあの閉じた世界から抜け出せたのだと歓喜した。

 

 

………それと同時に。

 

 

 

『あいつ』は本当に総てを持っていったのかと、他人事のように思った。

 

 

 

我ながら薄情なもんだなと自嘲する。あの日に捕らわれる前の俺だったら、まだもう少し思うところがあるだろうに。

 

 

あの日、この何てことない日常を誰よりも望んであいつ。

 

 

あいつは確か………

 

 

――――――『きっと、私がやろうとしていることは間違ってるんだと思うよ』

 

 

自分の正体、そしてそれを利用した計画を洗いざらい吐いたあいつは、そう言った。

 

 

『Player達にとっては、とんでもないことだろうね。ただのゲームの登場人物、いやそれどころか、二次創作でのキャラクターでしかない私が、Player達から楽しみを奪おうとしてるんだから』

 

 

しかもこんな杜撰な計画で、と、あいつは付け加えた。

 

 

『原作者に見つかりでもしたら、怒られる所じゃすまないだろうね。だって、エンディングを変えようとしてるんだから。もしかしたら、私がこうやって喋ったり生きていた痕跡さえ消されるかもしれない。コアなファンには、何て事をするんだって非難されるかもしれない』

 

 

涙ながらでもなく、怒りを籠めながらでもなく、ただ何事もないように、淡々と語るあいつの独白とも取れる話を、俺はただ聞いていた。

 

 

『………でも、私は……』

 

 

あの時感情らしいものが宿ったと記憶しているのは、たった一瞬だけだった。

 

 

『喩えどんなに貶されても、それこそ地獄の業火に焼かれて身体が灰になってでも、あの子の未来が欲しいんだ』

 

 

それまで伏せていた顔を上げて語るあいつに、宿っていたそれは、

 

 

『友達と美味しいものを食べ歩いて、馬鹿みたいな下らない話で笑いあって、一緒に泣いて、素敵な恋をして』

 

 

俺達モンスターにはきっと出来ない、

 

 

『Friskに……《Undertaleというゲームの主人公》として、じゃなくて、《ただの一人の人間》として……生きてほしいんだよ』

 

 

誰よりも強い、決意が宿っていた。

 

 

その目的の為なら何でもしてしまうような、そんな決意が。

 

 

あいつがその決意のまま行動した結果が……この日々だ。

 

 

………俺じゃあ到底真似できない。ソウルどころか存在丸ごと全て捧げる事なんて、全て諦めてしまった俺にはきっと無理だ。

 

 

そんな俺に、あいつは………厄介な呪いを一つ、かけていった。

 

 

 

―――――『あの子を守って、Sans。寂しくないように、支えてあげて。あの子が一人でも立って歩けるようになるまででいいから、ね?』

 

 

 

「………何が、『ね?』だ。とんでもない呪いをかけていきやがって………」

 

 

くそが、という悪態は寸での所で飲み込んだ。

 

 

……昨日脅したチンピラも、それまでの奴等も、何処まで探っても、『精神性に問題がある』と判断された履歴なんかが見つかるだけで、何処かの大企業と繋がっていたりなんてことは無かった。それは、あいつの言うハッピーエンドを壊させない為の『修正力』というものが働いているからなんだろう。

 

 

全部、あいつが消える前に言っていたことだ。正直、気味が悪くて仕方がない。

 

 

だが、俺は………ずっと、約束を守っている。

 

 

逃げ出したくて仕方がないのに、ずっと。

 

 

……それはきっと、これは、相応の罰だという意識があるからだ。

 

 

全てを聞いていながら、止められる立場であった筈の俺が、あいつがそもそも身を捧げるつもりであることを利用して見殺しにして、渇望していたこのぬるま湯のような日々を生きることへの。

 

 

あいつがいたらきっと、きょとんとしながら『何でお前がそこまで気に病むんだ』とでも言いそうだな、と思いながら、目を開ける。

 

 

………もう、こうなれば自棄だ。

 

 

身体を起こしてポケットを探り、あの日から手放せずにいる携帯を取り出す。それを弄り、とある連絡先に電話をかけた。

 

 

プルルル………プルルルル…………

 

 

聞き慣れた呼び出し音が部屋に響く。暫く待ってみたが繋がらず、電話に出れない状況なのだなと察する。留守電を入れるのもなんだと思い、通話終了ボタンを押した。暫くすれば折り返しが来るだろうと思い、携帯を閉じてもう一度寝転がって目を閉じる。そのまま眠気に身を任せてうとうとと微睡んでいると、

 

ピリリリ………ピリリリ………

 

 

携帯の着信音が鳴った。

飛び起きて携帯を引っ掴み、着信相手の名前も良く見ずに電話に出る。

 

 

『………あ、Sans?』

 

 

「おう、そうだぜ」

 

 

繋がった電話の先から、先程連絡を入れた人物………Friskの声が聞こえた。

 

 

『どうしたの? 着信がきてたけど………何かあった? 相談に乗ろうか?』

 

 

時計を見てどうも二時間ほど眠っていたらしいと確認していると、此方を気遣う声が聞こえてきて、思わず肩を竦める。

 

 

「いや、別に何か悩みがあるわけじゃなくてな、ただ単にちょっと話がしたくてな。今時間大丈夫か?」

 

 

『うん、大丈夫。さっき仕事終わったところだから。それで、なぁに?』

 

 

Frisk側の時間の都合は問題ないらしく、直ぐにそう返ってきた。

 

 

「………いやな? 最近papyrusやtorielがお前さんとcharaが休憩を取らなすぎて心配だって言うんでね。あまり心配をかけないでやってくれないか、と」

 

 

『うぐ、耳が痛いな……』

 

 

自分から電話をかけておいてなんだがまず何を話すべきか迷ったあげく、いきなり本題に入るのもなんだと思い、Papyrusの話題を口にすると、そう言葉が返ってくる。

 

 

「小言になるけどな、お前さんの仕事はただでさえお前さん本人が大事なんだからな? お前さん自身が倒れちまったりしたら、元も子もないんじゃないのか?」

 

 

『うーん………仰る通りなんだけども、本音を言うと、何か、これが皆の為になるんだ、って思うと、何か休憩できないというか、やめられなくてね……皆の所為にしたいわけじゃないんだけど』

 

 

俺が少し語気を強めて言えば、申し訳なさそうに、そして疲れを滲ませた声でFriskはそう白状した。

 

 

「……お前さんが頑張ってくれてるのは分かるが、それで心配かけてどうするんだ」

 

 

『本当にその通りでございます……』

 

 

はは、と誤魔化すような空笑いが電話越しに聞こえた。

 

 

「それじゃあ、そんな休憩ベタなお前さんにアドバイスだ。休憩時間の間だけは音楽でも聴いたらどうだ? クラシックやジャズなんかのお前さんの好きな音楽とか、最近興味を持った曲を聴けば良い。優しい曲調の曲なら尚良いな。休憩時間の間は、耳を済ませて、それだけに集中しろ。そうすれば、少しは身体も心も休まると思うぜ」

 

 

『………流石Sans。物知りだね。ありがとう、実践してみる』

 

 

「そうしろ。charaにも言っとけよ」

 

 

此方が真剣にアドバイスしていることを悟ったのか、Friskは真面目な声音でそう言った。

 

………ここでふと、ジョークを思い付いた。

 

 

「そうだ、スケルトンの骨を叩くとどんな音が鳴るか知ってるか?」

 

 

『え? うーん………知らない。なんて鳴るの?』

 

 

「『ボーン』って鳴るのさ……骨だけに」

 

 

『ふっ……! あははは……!』

 

 

俺が割かし無理矢理捩じ込んだジョークがお気に召したらしく、電話越しのFriskは笑いだした。笑いのツボにこのジョークが入りでもしたのか、暫くの間Friskは笑い続けた。

 

 

『ふふふ………あー、笑った。今の、Papyrusが聞いたら怒るだろうね』

 

 

「あぁ、だろうな」

 

 

笑った余韻を引き摺りながら、Friskは俺にそう言った。それに適当に相槌を返し、Friskの状態を分析する。

………休憩できない、ということはワーカホリックになってる可能性がかなり高い、それどころかマジでそうなりつつある。でも此方の休憩のアドバイスを素直に聞いたりする辺り、まだFriskは良い方みたいだな。問題はCharaか………

そこまで分析して、俺は内心溜め息を吐いた。そして、先程まであいつの言葉を思い出していた所為か、あいつへの苛立ちが募る。

 

 

あぁ、腹が立つ。

 

 

お前を止めなかった俺に言われる筋合いは無いかもしれんが、腹が立って仕方がない。

 

 

………そこまで思って、ふと冷静になる。

 

 

何を言ってるんだ、俺は。何も出来なかった癖に、何もしなかった癖に、あいつに意見する資格なんて、俺にはないだろ。

 

 

『Sans?』

 

 

不意に、電話越しの声で現実に引き戻される。

 

 

『どうかした?』

 

 

「あぁ、悪い。次に何を話そうか悩んでな」

 

 

湧き出してきた黒い感情を溢れてこないよう蓋をして、俺はFriskとの通話に戻る。

 

 

『大丈夫? 私よりもSansの方が無理してない……?』

 

 

「いや、んな事はしてないぜ?」

 

 

……まさか、Friskに逆に心配されるとは。思っても居なかった。

 

 

「…………あぁ、そうだ。なぁ、Frisk」

 

 

これ以上話してるとボロが出そうだ、と感じ、幾つか挟もうと考えていた会話をカットし、俺は訊きたかったことを口にする。

 

 

『んー?』

 

 

「………お前さん、今、幸せか……?」

 

 

俺がそれを口にしたその瞬間。

 

 

ひゅっ、と。

 

 

息を飲む音が微かに電話越しに聞こえた。

 

 

『………いきなり、どうしたの?』

 

 

当たり前だが、突然の質問に困惑したような声が返ってくる。

 

 

「いや、お前さんが地上にモンスター達を解放して暫く経つだろ? お前さんの心境は一体どんなものかなと思ってな。まぁ、何か意味があるわけじゃないんだが………実際の所、どうなんだ?」

 

 

………ずっと、俺が訊きたかったこと。

それは、本当にFriskが幸せなのか、ということだった。

 

 

あの日、あいつをFriskが失ったことは俺しか知らないが。

 

 

その穴に気付いてるFriskは、本当に幸せなのか……約束した俺は、知っておくべきだと思い至った。

 

 

本当はもっと前に訊いておくべきだったんだろうが、『幸せじゃない』なんて返事が返ってきたりしたらと考えると、とても言い出せなかった。

 

 

だって俺は、Friskの家族を、見殺しにしたのだから。

 

 

 

「お前さんは、幸せなのか?」

 

 

 

その問いに、Friskは。

 

 

『―――――――………うん、勿論だよ』

 

 

そう、答えた。

 

 

それじゃあお休み、という声を最後に、プツンという音を立てて通話が切れた。ツー、という音が、通話が切れたのを告げる。

 

 

「………あぁ、そうかよ」

 

 

俺はマットレスから立ち上がって、先程棚に置いた写真を、もう一度手に取った。

 

 

その写真には、微笑むFriskが映っている。

 

 

先程のFriskは、俺が安心する答えを、模範解答のような答えを寄越した。

 

 

………だが。

 

 

「本当に幸せな奴は、こんな風には笑ったりしないんじゃないのか」

 

 

その笑顔は、ただ顔に貼り付けただけの、薄っぺらい笑顔だった。

 

 

――――……なぁ、名前も思い出せない誰かさんよ。

 

 

お前が思い描いた未来は、身を捧げてまで望んだ未来はこんなものだったのか?

 

 

お前の命に変えてでも守りたかった大切な妹が、自分の青春を投げ棄ててワーカホリックになりかけるような未来だったのか?

 

 

お前は何でも見透かしてたように話してたが、一つ、大事なところで思い違いをしてたんだぜ?

 

 

お前は『自分の存在は全て置き換わる』って言ってたが、ソウルに刻まれた存在を、しかも長年一緒にいた誰かを、契約の代償なんかで本当に置き換えれるとでも思ったのか?

 

 

………皆、誰かが居なくなってることに、その存在の穴に、気付いてるぞ。

 

 

その混乱が広まったりしないから『修正力』とやらが働いているかもしれないがな、皆、気付いてるんだぜ?

 

 

………その違和感を埋めるために、FriskとCharaはこんなになっちまってるんだぞ……?

 

 

お前はこれが………本当に、『ハッピーエンド』だって、言うのかよ……?

 

 

「………heh heh。居ない奴に言ったって、仕方がないか」

 

 

地上に出てから新たに部屋に設置した本棚に挟まっていたアルバムに写真を挟み、本を閉じた。







約束に囚われた彼は、未だに前に進めずにいる



Epilogue of Sans 『生け贄との約束』



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