守りたいもの   作:行方不明者X

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何度も何度も世界を繰り返し、その果てに諦めてしまっていた彼は、全てを取り戻した。


喪った家族も、本来持っている筈の身体も、その命も、全て。


これ以上ない奇跡が重なって、彼はそこに居る。



―――――――その場所の礎が、一体何なのかも知らず。





Epilogue of Asriel

【Asriel】

 

 

ぼんやりと、ソファに寄りかかってテレビを見る。こういう日のぼくの課題である情報収集も終えたそれは、ただ喧しく雑音を垂れ流すスピーカーでしかなかった。

 

 

「………つまんない」

 

 

飽きてきたテレビを消し、欠伸をする。長い間見ていて目が疲れたのを感じ、一つ伸びをして、午後の光の射し込む窓越しに庭を覗く。花壇に植えられた金色の花が、大輪の花を咲かせて風で揺れていた。

 

 

―――………ズキン

 

 

何故休日でもないのにこんなにだらけられているかというと、今日はぼくがこの家の留守を任されているからだ。

こうなった切っ掛けは、FriskとCharaが親善大使に成り立ての頃。孤児院にまだ住んでいた時に、Frisk達が居ない間に空き巣が入るという事件があったから。その時たまたま仕事を先に終えたぼくが孤児院に居て、何も盗まれずにソイツを取っ捕まえる事が出来た。後から聞けば、ソイツはFrisk達が使う書類を盗もうとしていたらしい。十中八九外交相手が自分が有利な立場に立とうとして放ったものだろう。そんなことしてまで有利に立ちたいなんてバカな人間だな、と思ったのを覚えている。

それに危機感を覚えた僕らは、今後そんな事がまた起きてしまわないように、誰か一人は仕事を休むか自宅で仕事をするかして家にいる事を皆で話し合って決めた。で、今日はたまたまぼくが休みを取れて家にいる、というわけだ。

 

 

ソファから降りて、クッションを持っていって、それを敷いて窓際に座る。換気も兼ねて庭を一望できる大きな窓を開ける。爽やかな風が、花と同じようにぼくの頬を撫でていった。

パパによって金色の花を中心にガーデニングされた庭の花々は、青空の下でさんさんと降り注ぐ陽光を浴びて、咲き誇っている。

 

―――――……金色の、花。

 

庭で咲き誇るそれらは、ぼくら家族にとっては、たくさんの思い入れのある花だった。

 

 

今も飲んでいる紅茶の花。

 

 

昔から育てていた花。

 

 

パパに作ったパイに、間違えて入れてしまった花。

 

 

Charaがその毒で自殺を図った花。

 

 

死んでしまったぼくの、仮初めの器になった花。

 

 

ママに聞いてみたら、ぼくがなっていた花と昔パパに食べさせてしまった花の種類は違うらしいけど、同じ金色だってことは変わらない。この金色の花には決して良い想い出ばかりがあるわけじゃないけど、ぼくは嫌えずにいる。結局、ぼくはこうして五体満足で生きているわけだしね。

………でも、もし、ぼくが花から戻っていなかったら、こんな風には考えられなかったかもしれない。

 

 

あの日、この世に二度目の生を受けたCharaが、あの日のユメに囚われ続け、嫉妬や狂気で暴走したぼくに手を差し伸べてくれなかったら。

 

 

『もう一度一緒に生きよう』って、傷付いてぼろぼろになってまで言ってくれなかったら。

 

 

こうは、ならなかったかもしれない。

 

 

皆が住んでいる家で、呑気にテレビを見る事なんて出来なかったかもしれない。

 

 

……そう思うと、本当に奇跡が重なった上でこの日常はあるんだと再確認する。きっと、どの要素が欠けても、ぼくもCharaも揃った家族五人で生きることなんて出来なかった筈だから。自分のソウルを半分に叩き割ってまでぼくを生かそうとしたCharaには頭が上がらない。そのお蔭で、ぼくは今日も生きているんだから。

 

 

―――………ズキン

 

 

あの日、Charaの決意にぼくが救われた日。

ぼくはその後は夢の通りに皆のソウルを使ってバリアを破り、地下世界と地上を隔てていた壁を取り払った。そして、バリアの消えた出口の前で、FriskとCharaに引き連れられたモンスター達と顔を合わせた。

 

 

………そこには勿論、パパとママも居た。

 

 

その時のパパとママの顔は忘れられない。ぼくを見ると同時に信じられないものを見るように目を見開いて、ぼろぼろと涙を流し始めた。そして、二人で、ぼくの事を抱き締めてくれた。

それまでのタイムラインで、お花だった『(Flowey)』がぼくがAsrielだってことを告げたときの顔より、良く覚えている。それは何よりも、元の自分の身体で、『お帰りなさい』と涙を流す二人の気持ちが分かることが出来たからだと思う。

 

花を眺めながら昔を思い返していると、不意に、びゅうっ、と一層強い風が吹いた。それと同時に金色の花弁が風に浚われて、空へと舞い上がった。今ので結構散ってしまったんじゃないかな。出来ればもう少し長く楽しんでいたかったけど、仕方がないなと諦める。また来年、楽しめると良いけど。

そろそろ換気もいいでしょと思い、窓を閉めて、クッションを枕代わりにして窓辺に寝そべる。体に当たる日の光が、ぽかぽかで気持ち良かった。

 

ついこの前までは、眠るのが怖かったのに。今じゃ何ともないんだな、と微睡みながらぼんやりと思う。

 

 

………もしかしたら、まだあの日にぼくらは縛られているんじゃないか。

 

目を覚ましたら、またあの日に戻っているんじゃないか。

 

白い毛に覆われたこの身体が―――………感情を感じられないお花に、なっているんじゃないか。

 

 

Charaが地下に帰ってくるまでの長い間、あの夢に囚われ続けた所為かもしれないけど、ふとした時にそんな思考が過ってどうしようも無くて、眠れなかった。

今じゃそんな事は起こらないって確信しているけど、そうやって安心出来るまで、ぼくは殆ど一人で眠れなかった。不安になってCharaに相談してみたら、事情が事情だからか、Charaも昔みたいにバカにしたりせずに、黙って一緒のベッドで眠ってくれた。

 

 

―――………ズキン

 

 

肝心の夢と言えば、あの日以降、ぴたりと見ることは無くなった。これはどうやらSansもそうらしい。

何度も見た所為でソウルに焼き付いてしまったそれが突然消えたことに気味悪く感じるけど、それと同時に安堵している。

 

 

 

だって。

 

 

ぼくはもう二度と、Charaが泣いている所を見ないですむのだから。

 

 

この手が届かないことを、この声が聞こえないことを、嘆かなくてすむのだから。

 

 

何も出来ない虚無感と、親友を救えない絶望感を味わないですむのだから。

 

 

…………()()を除けば、だけど。

 

 

 

そう思えば、その気味悪さだってどうってことはなかった。そんなこと、些細なことだった。

 

 

 

……………この幸せを奪われるぐらいなら、ぼくは………

 

 

―――………ズキン

 

 

…………暗い思考を巡らせていた所為か、気分まで暗くなってくる。寝返りを一つして、窓に背を向ける。

 

 

少し、寝よう。眠れば少しは、気分が明るくなるはずだ。

 

 

目を閉じた。

 

――――――――――――――――

 

 

コンコンコンッ

 

 

家の中に響いた小気味の良い音で飛び起きた。今のは、来客を知らせるノックだ。壁にかかっている時計と窓から射し込むきつくなった西日で、数時間寝ていたことを察する。それを見てから慌てて起き上がり、玄関に向かう。届かない身長を補うために台を使って覗き穴から来客が誰か伺うと、下の方に影があった。その造形が明らかに人間では無いことを確認して、鍵を開けて、扉を開ける。

 

 

「Woshuaじゃないか」

 

 

「ども、王子様」

 

 

そこにいたのは、モンスター1綺麗好きなモンスターであるWoshuaだった。最近Friskの紹介で大手清掃業社に一族総出で雇われたって聞いたけど、何の用だろう?

 

 

「どうかしたの? Friskに相談にでも? 取り次ぐけど」

 

 

「いえ、今日はFriskじゃなくて……あの、Charaはいます?」

 

 

「え? 今仕事でいないけど……何か用事? なんなら言付けておくけど……」

 

 

どうやらぼくやFriskではなく、Charaに用事があったらしい。Friskに用があるならまだしも、Charaに用事があるなんて珍しい。友達を除けば、たまにGersonが尋ねてくるぐらいなのに。

 

 

「なんだ、居ないのか……じゃあ、これ、代わりに届けてください」

 

 

「分かったよ」

 

 

小さな手足を使って器用に渡されたのは、細長い白い箱。

 

 

「『見つけるのが遅くなってごめん』って言っておいてください。それじゃ、失礼します」

 

 

「あ、うん。またね、お仕事頑張って」

 

 

何が入っているのだろう、と思っていると、そう言ってWoshuaは帰っていった。その背中が見えなくなるまで見送って、扉を閉めて鍵をかける。そうしてぼくの手元には、白い箱だけが残される。

リボンや包装紙が一切ない、すぐに開けられるようになっている白い箱。細長い割には厚みがあり、何が入っているのか想像がつかなかった。『見つけるのが遅くなってごめん』って言ってたし、何か昔に失くしたものみたいだけど……

 

 

………ちょっとぐらい覗いても、怒られないかな?

 

 

結局、中身が気になってしまったぼくは、その蓋を取ってしまう。

 

 

「……えっ」

 

 

そして中身を見て、驚いてしまった。

 

 

―――………ズキン

 

 

「………カッター、ナイフ……?」

 

 

そこには、持ち手に『No.2』と星のマークが薄く書いてあるカッターナイフが、静かに鎮座していた。

 

―――――――――――――――

 

「ただいまー!」

 

 

「………ただいま」

 

 

夜。パパもママも帰ってきて、夕食の匂いが鼻を擽り始めた頃に、そっくりな声が玄関から聞こえた。直ぐにリビングにやってきた二人を視線を向けて出迎える。

 

 

「二人とも、お帰りなさい! 夕飯、出来てるわよ」

 

 

「わぁ、ちょうど良いタイミングで帰ってこれたなぁ」

 

 

姿を表したFriskとCharaに、ママが真っ先に声をかける。それにFriskは笑顔で返し、Charaは手を洗いに行ってしまった。

 

 

「お帰り! 今日は早かったね?」

 

 

「うん、今日は早く仕事が終わったんだ」

 

 

「へぇ、良かったね! 今日はゆっくり寝られるんじゃない?」

 

 

「そうだね」

 

 

Friskに言葉を投げ掛ける。少し会話をしていると、そこに手を洗い終えたらしいCharaが帰って来た。

 

 

「Frisk、手、洗ってきなよ」

 

 

「あ、うん!」

 

 

洗面所を指しながらそう言ったCharaの言葉に従い、Friskはパタパタと駆けていく。少ししてFriskが帰って来るか来ないか、パパがリビングへとやってきた。

 

 

「お帰り、Frisk、Chara。良い匂いだね」

 

 

「ただいま、パパ! そうだねー、楽しみ!」

 

 

「……ただいま」

 

 

二人ともパパに返事を返し、ママの手伝いをし始める。二人の手伝いもあってか、テーブルの上には直ぐに料理が並んだ。

 

 

「あ、そうだChara。Woshuaから届け物があるんだけど」

 

 

「? Woshuaから?」

 

 

「うん。ちょっといい?」

 

 

Charaがお皿をテーブルに置いたのを見計らって、手招きして廊下に連れていく。そのまま階段を使って二階に上がって、部屋の電気をつけて、自分の机の上に置いておいた白い箱を差し出す。

 

 

「これなんだけど、『見つけるのが遅くなってごめん』って言ってたよ」

 

 

「………僕、Woshuaになんか見つけてもらうよう頼んだっけ………」

 

 

部屋までついてきたCharaは怪訝そうな顔をしながら箱を受け取り、中身を確かめる為にその蓋を取った。そして、その中身を見て目を剥いた。

 

 

「これ、は……」

 

 

「……やっぱりこれ、Charaがあの日持っていったやつ、だよね?」

 

 

その所々錆びてしまったカッターナイフに、ぼくらは覚えがあった。一番よく覚えているのは持ち出したChara本人だろう。ぼくはどちらかと言えば、それを振っているのを見ていただけだし。

このカッターナイフは、元々孤児院にあったものだ………と、孤児院に居るときに聞いた。失くしたと、勝手にEbot山に登って怒られたCharaが罰が悪そうに言って、院長に更に雷を落とされたのを覚えている。あの時の剣幕は怖かった。パパに毒入りパイを食べさせちゃった時のママの怒り方にそっくりだった。まぁ、その顔をしていたのは、Ebot山に登ってしまったことを怒っていた時だったけど。

それが数年経った今更見つかるなんて、驚きだ。

 

 

「やっと見つかったんだし、返しに行けば? 今度Chara休みでしょ? Woshuaがそこまで錆も取り除いてくれたみたいだし、あとは刃さえ変えれば、また使えるでしょ」

 

 

じっと、カッターナイフを見つめるCharaに、そう提案する。

 

 

…………返事が、無い。

 

 

「………Chara?」

 

 

あまりに長い沈黙に、思わずぼくがCharaに呼び掛けると、Charaはゆるゆると首を横に振った。

 

 

「……………ちがう」

 

 

「へっ?」

 

 

そして、ぽつりと呟かれた言葉に思わず聞き返す。

 

 

「……ぼくは……わたしは、カッターナイフなんて………」

 

 

「……Chara………?」

 

 

酷く緩慢な動きで、Charaはカッターナイフを手に取る。そして、震える手で少々錆びてしまった刃を押し上げて出した。それをそのまま、部屋の光に翳す。反射した鈍い銀色が、時折煌めいた。

 

 

「ねぇ、どうしたの? 大丈夫……?」

 

 

…………なんだか様子が可笑しい。

そう思ったぼくがとん、と、肩に手を置いて軽く揺すってみると、はっとしたようにCharaはこっちを見た。

 

 

「え、あ、ごめん………今度の休みの時、返しに行くよ」

 

 

「いや、いいけど……大丈夫? 何か、様子が変だったけど……」

 

 

「………平気。ちょっと、今更返ってきたのかって、驚いただけだ」

 

 

「ふぅん………」

 

 

Charaは僕の言葉に、はは、と力なく笑って見せ、またカッターナイフを見つめた。

 

 

 

 

 

………………ズキン

 

 

 

 

その様子に、ソウルが痛んだ。

 

 

「…………話は、変わるんだけどさ。もうすぐCharaとFriskの誕生日だよね」

 

 

「えっ? ………あぁ、うん。そうだったな」

 

 

咄嗟に話題を振り、部屋の空気を変える。カッターナイフをぼんやりと見つめていたCharaは、突然変わった話題に驚きながらも頷いてくれた。

 

 

「今年も、二人の誕生日パーティーやるからね。これは本当は言っちゃいけないんだけど、今年のケーキはCharaも大好きなチョコレート味のやつをスポンジから手作りしようって話になってるんだ。パパとママと、ぼくで。絶対に美味しく作れるよう頑張るからさ、楽しみにしててね?」

 

 

「…………うん。ありがとう、As。楽しみにしてる」

 

 

始めはきょとんとしていたCharaだったけど、ケーキの件を話し始めた辺りから目が輝いた。そして、照れくさそうに、はにかんだ。

 

 

「取り敢えずこれ部屋に置いてくる。先に下行ってて」

 

 

「うん、分かったよ」

 

 

そう言って、カッターナイフ片手にCharaは部屋から出ていった。その背中を見送って、ぼくも部屋から出た。

 

 

………良かった、あんな顔じゃなくなった。

 

 

先程別れたCharaのあの苦しそうな、今にも泣き出しそうな顔でカッターナイフを見つめる様子を思い浮かべて、ぼくは安堵する。

 

 

何故、Charaがあんな顔をしたのかは分からない。咄嗟に別の話題を振って、誕生日の話をしてしまった。ケーキのネタバレしちゃったのはちょっとやり過ぎたけど、その結果Charaが笑ってくれたなら、別にいい。

 

 

………だって。

 

 

Charaが笑ってくれないと。

 

 

 

―――………ズキン

 

 

 

 

ズキンズキン

 

 

 

……ぼくの半分しかないソウルが、疼いて、痛くて、仕方ないから。あの顔のままだと、ぼくが苦しかったから。

折角気付かないように蓋をしているこれが、出て来てしまうから。

 

 

ふとした時にやってくるこれは、虚無感と絶望感を伴ってやってくる。

 

 

 

 

―――――――『ごめんねAsriel、私のエゴの為にいきてくれ』

 

 

 

 

そんな、聞いたこともないはずの言葉も一緒に。

皆忙しくて、相談できずに引き摺ってきたこれは、年々その苦しみを増していく。

 

 

……まるで何の苦しみもなく、のうのうと生きているぼくを責めるように。

 

 

呪いにでもかかったんだろうか、と最初は思ったけど、多分、それは違う。

 

 

今のところ、これは一度なってしまったらどうしようもない。

 

 

最悪な時は涙さえ出てくる始末だ。本当に、これは何を訴えているんだか。

 

 

でも、そんな時、Charaが笑ってさえくれれば、ぼくはこれを気の所為にしてしまえるから。

 

 

だから、笑っていてほしい。

 

 

皆の為にも、ぼくの、為にも。

 

 

ズキン

 

 

ズキン

 

 

……………疼きは、まだ止まらない。今回は長いな、一緒にご飯を食べてくれれば治まるはず、なんて考えながら、ぼくは重い足を引き摺って階段を降りた。







彼の心だけが、礎の正体を知っている



Epilogue of Asriel 『奇跡の犠牲者』



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