守りたいもの   作:行方不明者X

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彼女は天使だ。


地下に囚われていた全てを解放し、人間とも手を取り合わせることが出来る、とんでもない存在だった。


そんな彼女には、どうしようもない欠落がある。


何をしようにも、埋められない穴が。


―――――――その穴を埋めていたのは、一体何だっただろうか?


Epilogue of Frisk 前

【Frisk】

 

 

………いつから、だっただろう。

 

 

幸せで一杯だった筈の心に、ぽっかりと、穴が空いてしまったのは。

 

 

『穴が空いてしまった』と気付いてしまったのは、いつかの朝、目を覚まして、窓から太陽の光が射し込む部屋を見渡した時。

 

 

――――――……寂しい、と感じた。

 

 

一緒のベッドで寝ていた筈のCharaがいるのに、何を考えているのだろうと思った。けど、一度自覚したそれは、どうしても消えてくれなかった。

何が原因で寂しいと感じるのか、原因を探って何度も記憶を思い返してみた。でも、記憶では誰かが欠けるようなことは無いし、寂しいと感じることなんてない筈だった。それなのに何でか、よく分からない感情に後ろ髪を引っ張られてしまって、それに気取られてしまう。

 

初めは小さかった筈のそれは、日に日に大きくなっていくばかり。何をしたって小さくなってくれることはなくて、皆が傍に居て、笑いあえる幸せな日々の筈なのに、空いてしまったその穴から総て零れ落ちてしまう。

 

 

ぼくの心が、空っぽになっていく。

 

 

皆と一緒に何をしたって、『嬉しい』『楽しい』と感じられなくなっていく。

 

 

………それは、嫌だった。

 

 

その為に、穴を埋めようとした。思い浮かんだことを全て試してみた。

 

 

皆と沢山話すようにした。

 

 

…………駄目だった。

 

 

皆と一緒に居る時間を増やしてみた。

 

 

…………駄目だった。

 

 

もっと沢山の人と話すようにしてみた。

 

 

…………駄目だった。

 

 

ぼくが思い付くもの全て、駄目だった。

 

 

そうして悩んで悩んで悩んだ末、ぼくは一番最低で最悪な案に辿り着いた。

 

 

――――………RESETしてしまおう、と。

 

 

つまりは、あの日に戻って、この穴の原因を探ることを思い付いた。多分この時のぼくは、この穴について考え込むあまり、おかしくなってたんだと思う。ここまで生きてきた日々が失くなってしまうけど、こうやってやり直すのは二回目なんだし、また元に戻せるだろう、なんてそんな自分勝手な気持ちで、世界をもう一度やり直そうとした。

 

 

………だけど、それは結局失敗に終わった。

 

 

何故か、出来なかったんだ。一度あの日をやり直した時は出来たのに。

あの日をやり直す方法は分かっていた。ただ、ぼくが強く『やり直したい』って願えばいい。そうすれば、ぼくの前に二つ選択肢が出てくる。そのどちらかを選べば、ぼくはあの日に戻れる。

これを知ったのは、一度目に後悔を残したまま地下世界を去って、半年ぐらい経ったとき。Charaの『あの日の夕日を皆で見たかった』って言葉が、そのときのぼくの心に突き刺さって抜けていなかった。Charaはただでさえあの地下世界に深い思い入れがあるから、皆とあんな形でお別れするのはぼくよりもずっと辛かったんだろうと思う。

そう考えた時、ぼくは………『やり直したい』って、月に強く願った。そうしたら、二つの選択肢が現れた。『LOAD』と、『RESET』の二つが。

最初は動揺した。どうしてこんなものが、って。まるでゲームの選択肢みたいじゃないかって。

……でも、もし本当にゲームみたいにやり直せるなら?

あの日、ぼくは道端や扉の前とかにあった『光』で、セーブみたいな事をした。そのセーブしたところから、やり直せるとしたら……?

 

皆を幸せに出来る未来を目指せるんじゃないか?

 

最初は、何を考えているんだって踏みとどまった。そんなこと出来るはずないし、皆が生きてきた時間を否定する気なのか、って自分に言い聞かせて。でも、日に日に暗くなっていくCharaの姿を見るのが凄く辛かった。痛々しくて、見ていられなかった。

結局ぼくは一年間悩んだ末、『LOAD』することを選んだ。ぼくの目にしか映らないそれを、割ってしまいそうなぐらいに強く叩いた。そうしたら、次の瞬間、ぼくは………あの日最後にセーブをした、王様と戦う前に戻ってきていた。

そこからは、Charaの手を引っ張って、地下世界を駆けずり回って、皆と一緒に地上に出て………ここまできた。

 

 

そんな奇跡を起こしたそれが、現れなかった。

 

 

いくら強く願っても、念じても、二度と、暗闇の中でぼんやりと光っていたそれは、現れなかった。

 

 

ショックだった。散々悩んだ末に見つけた頼みの綱でもあったそれが、使えなかったんだから。諦めずに何度も何度も願っても、出てこなかった。

まさかと思って、休みの日に地下に行って、ぼくに見えていた光を見に行ってみた。そうしたら案の定、あの日見えた筈の光は元々無かったように消えてしまっていた。お城からRuinsで最初に見つけたところまで見に行ったけど、一つも見つからなかった。

 

 

まるで、ぼくにはもう、それを使う資格はないとでも言われたようだった。

 

 

奇跡の力さえ失くして、とうとうこの胸に空いた穴をどうしたらいいか分からなくなったぼくは、親善大使の仕事に没頭することにした。何かに熱中していれば、その間だけはその穴の事を忘れられることに気付いたからだ。本当は趣味なんかを作れば良かったんだろうけど、そんなのを作っている暇は無かったし、親善大使としての仕事が山程あったから、ちょうどいいや、と思った。

我ながら最低だと思う。心の穴を埋めるために、皆を口実にしているんだから。でも、こうでもしないと、何時かこの穴に呑み込まれてしまいそうだった。

そうしているうちに、仕事を続けて休憩時間や睡眠時間を削ってしまうようになって、あんまり疲れが取れなくなってしまった。皆に心配される始末だ。そうやって心配されると、『皆を利用している』という罪悪感で一杯になって、それを誤魔化す為にまた仕事に熱中してしまうようになった。

悪循環だ、と我ながら思う。でも、休憩を取ると、あの穴の空っぽになっていく感覚が襲ってきて、立てなくなってしまうから、こうするしかないのだ。

 

 

せめて、この穴の原因さえ分かれば。

 

 

何度もそう思っても、どうしようもない。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

不意に目が覚める。寝過ぎか寝不足か、重たい身体を動かして起き上がる。ぼんやりと物があまりない静かな部屋を見渡し、時計を見て、その針が指す時間を見て一瞬寝過ごしたかと焦る。そこで、そう言えば今日は()は休みだったな、と思い出す。

いらない焦りで眠気が覚めてしまい、二度寝する気にもなれずにベッドから出た。一応用意しておいた私服に着替え、一階に下りると、誰も居ないリビングのテーブルに簡単な朝食が用意してあった。添えてあった置き手紙の『良く噛んで食べてね』という内容をさらっと読んで、トーストを口に放り込む。少し冷めてしまっていたが、朝食は美味しかった。

食べ終わった皿を洗って拭いて、片付けてしまう。その後は部屋に戻った。空気の入れ換えをしようと部屋の窓を開けて、椅子に腰かけて机に向かう。仕事の邪魔にならないように整頓されたその机の上に、持ち帰ってあった書類を引き出しから出して広げる。

………休みの日はどうしても暇になってしまうし、一人になってしまうことが多い。だから、家でもやれるような簡単な書類を前日に持ち帰ってきてやることにしている。そうすれば、あの穴を思い出さずに済むから。

ペンを持って、いつものように書類を進める。ここはこうしなくては、あれはああしなくては、と考えながら進めていくうちに、不意に、ぷつん、と、集中の糸が切れてしまった。

いつもならその場合は気合いを入れ直すけど、今日は何でだか上手く気合いが入らず、机に突っ伏してしまう。きっといつもより寝過ぎてしまったのが駄目だったんだろう。どうにも気持ちが切り替わらなかった。

でも、このままだとまたあの感情がやってきてしまう。どうしたものか、と考えながら、備え付けの引き出しを開け閉めする。そして一番最後の段を開けた所で、その手が止まった。

 

 

「………あ」

 

 

そのまま、その段に入れてあった白い箱に釘付けになる。赤いリボンが掛けられたそれは、長い間放置してあった所為で埃を被って灰色がかっていた。ついこの間誕生日を迎えて、色々貰ったからか、妙にそれが気になった。

この箱は、まだ私達が孤児院にいた頃にCharaに貰ったもの………だった筈。

懐かしくなって箱を取り出して、ゴミ箱を手繰り寄せて埃を落とす。掛かっていたリボンを解いて、蓋を開けた。大事にしまわれていたそれが、久しぶりに陽の目を浴びた。

 

きらりと、並べられた水色、橙色、紫色、赤色、青色、緑色、黄色が、それぞれ太陽の光に反射した。

 

当時の私は、こんなに綺麗で素敵な物を貰ってしまったのが凄く嬉しくて、使うのが凄く勿体無くて、どうしようか迷って、結局こうして大事にしまっておくことにした。確か、何時かこれが似合う素敵な人になれた日に着けようってことにしたんだっけ。結局、こんな隅っこに追い込まれて、忘れてしまっていたけど。

………私も、これを贈ってくれたCharaも、もうすぐ大人になる。あとほんの二、三年ぐらいで。その時、私はこれが似合う『大人』になっているんだろうか。成れている未来が想像できない。これじゃあ、ずっと着けられないままだ。

どうせ着けられないのなら、と思って、左腕にその腕輪を着ける。小さい頃はまだブカブカで直ぐに取れてしまったそれは、私の手首に違和感なくはまった。Charaは私が成長してから着けることを見越していたんだろうか、ちょうどいい、ピッタリなサイズだった。

着けた腕輪を、窓から指す光に翳す。そのままそれを眺める。

 

 

……やっぱり、いくら私達が似てるからといって、私にはまだ()()()みたいには似合わない―――

 

 

眺めながら、そんな事を思って、はたと気付く。

 

 

………―――()()()って、だれ?

 

 

「うっ」

 

 

ズキン、と、思わず頭を抱える程強烈な頭痛がした。

………誰って、Charaでしょ。何を考えてるんだ、私は。

そういえば、最近Charaがこれをつけている所を見たところがない。お揃いの腕輪を、彼女も持っている筈なのに。どんな時も、それこそ()()()()()()()()()のに。何処へやってしまったのだろう?

どうしても腕輪の行方が気になった私は、時計を見る。今の時間なら電話しても大丈夫だろうか、と思って、サイドテーブルに置いておいた携帯を手に取り、Charaに電話をかける。数回の呼び出し音の後に、プツッと電話が繋がった。

 

 

『………おそようFrisk。どうかした?』

 

 

「あ、おはよう、Chara。今大丈夫?」

 

 

『平気だけど』

 

 

電話越しに、Charaの声が聞こえた。一応時間の有無を訊ねてから、本題に入る。

 

 

「あのね、今、前の誕生日にCharaがくれた腕輪を引っ張り出してきて着けてるんだけど……Charaもお揃いのやつ、持ってたよね? それって今何処にあるの?」

 

 

『えっ、腕輪?』

 

 

「うん」

 

 

突然電話をかけてきたかと思えばそんな話で驚いたんだろう、困惑した声が聞こえた。そして、少しの沈黙が流れる。

 

 

『………何処にやっちゃったかな』

 

 

「えっ」

 

 

そして、その沈黙の後のCharaの返事に、今度は私が驚く番だった。

 

 

『覚えてない………っていうか、何処にやっちゃったか記憶にない。お揃いのやつをあげて、あの日も着けてたのは覚えてるんだけど……その後、何処にやっちゃったか分かんない。でも部屋で見かけた記憶がないから、最悪失くしたかも』

 

 

「そんな………」

 

 

あんなに大事にしていたのに、Charaはそう言い切った。本人からのまさかの返答に、愕然とする。

 

 

『……話はそれだけ?』

 

 

「え、あ、うん………」

 

 

『そう。ならもう切るけど』

 

 

「うん、いいよ。休憩、ちゃんと取ってね」

 

 

『Friskにだけは言われたくないよそれ』

 

 

最後に軽口の応酬をして、電話を切る。耳に当てていた携帯を下ろして、ぼんやりと考える。

『記憶にない』って、『失くした』って、何でそんな平然として言っちゃえるんだろう。あんなに大事にしていたのに。つけてない日がないくらいつけていたのに。割りと整頓されたCharaの部屋で見かけてないってことは、本当に失くしちゃったのだろう。しかも、あの日から見てないみたいな事言ってたけど………もしかして、地下世界の何処かに転がってるの?

そう考えると、何だか嫌な気分になる。私はこんなに大事にしていたのに、まさか杜撰な扱いを受けていたのがそんなにショックだったのか、と自分の事なのに思う。

 

 

……―――探しに、行かないと。

 

 

そんな考えが、自然と頭に浮かんだ。

幸い此処からEbot山まで、そこまで距離があるわけじゃない。どっちかと言えば頑張れば歩いていけるぐらいの距離だ。それにまだ日の入りまで時間は充分あるし、たまには身体も動かさないと鈍ってしまう。運動にはちょうどいい。

誰に言い訳するでもないのにそう考えながら、さっさと必要最低限の用意をする。出掛けてくるというメモを残して、家を出る。そうして、まだ暑さが残る空気の中を歩きだした。


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