守りたいもの   作:行方不明者X

153 / 158
※二つに分けましたので前話からどうぞ


Epilogue of Frisk 後

かなりキツい山道を何とか登って、あの日皆と夕日を見たところまでやってきた。その直ぐ傍にある地下への入り口に立つ。ぽっかりと口を開いているそこを覗いて、そういえばあの日もこんな夏の終わりだったことを思い出して懐かしい気持ちになりながら、久しぶりに足を踏み入れる。中は、そろそろ秋がやってくるとはいえ夏なのにひんやりとしていた。

此処まで来るのに、あの日ママに手を引かれて通った道を通ってきた。道の端まで探してみたけど、腕輪は見つからなかった。なら、後はこの地下世界にしかないはず。

 

……これで見つからなかったら、すっぱり諦めよう。

 

そう思いながら、腕輪を探し始める。

 

 

まず、New Homeの中を探した。バリアがあった部屋も、地下に残った少数のモンスター達によって未だに金色の花が咲き誇る玉座の間も、今はもう家族の元へ返された子供達の遺体の入った棺があった部屋も、陽光の差し込む廊下も、そしてあの日より家具が少なくなった家の中まで。そこに繋がる道の端々も、隈無く。

 

 

見つからない。

おかしいな、と思いながら立ち上がり、ジーンズについた汚れを払う。失くしたならここにあるだろうと思っていたのに。でも、ここは何回か出入りしているし、あるならその時見つけられた筈だから、此処にはないのかもしれない。

………もう少し、遡って探してみよう。

 

 

次に、COREからHotlandを探した。入り組んだCOREの中も、Mettatonが建てたホテルの中も、番組に巻き込まれた時に使ったセットの中までは流石に探せなかったけど、出来る限りのところまで探した。

 

 

見つからない。途中でCOREの制御を担っているモンスター達と会って、見ていないか訊いてみたけど、知らないと言われてしまった。此処を通るときには着けてたと思うんだけど……仕方ない、次だ。

 

 

今度は、Waterfallを探した。燃え尽きてしまったUndyneの家があった所も、研究所の中も、UndyneとAlphysが結ばれたゴミ捨て場も、Undyneに追い掛けられた橋も、所々にある茂みの中も、願いの間も、探した。

 

 

………見つからなかった。

途中、Shyrenとあの日研究所で会った彼女のお姉さんの発声練習を訊いた。優しい歌声が響いて、久々に心が揺さぶられた。終わった後に二人に訊いてみたけど、また知らないと言われてしまった。手伝おうかと尋ねられたけど、断った。折角のお姉さんとの時間なんだ、邪魔しちゃ悪い。そう言えば、お姉さんと会うのはなんだかんだあの日以来だった。あの時は、Charaが進んで話し掛けていったのにちょっと驚いた。変わりがないようで良かったと言うべきだったんだろうか。

 

 

ないだろうな、と思いながらもSnowdinも探した。Papyrusと戦ったあの道も、住むモンスターが少なくなった街も、Papyrusが用意したパズルの端も、未だに雪が積もる道も、隅々まで。

 

 

案の定、見つからなかった。街でAmalgamatesと住むモンスター達に話し掛けてみたけど、見ていないようだった。此方でも手伝いの申し出があったけど、断った。

ふと、地上にも建てられているSansとPapyrusの家を見上げる。ここでは、Papyrusと戦った後に倒れちゃったCharaを二人で介抱したんだっけ。とんでもない方法で料理を作ろうとするPapyrusを止めるのが大変だった。その後無事に仲直りできて、本当に良かったな。

 

 

「見つからないなぁ……」

 

 

溜め息と一緒にそんな言葉を呟きながら、空いている石の扉を見上げた。

………腕輪を探して、とうとうRuinsまで戻ってきてしまった。

きっと此処にはないと思う。けど、もしかしたらあるかもしれないし………

 

少し悩んだ末、取り敢えず探してみることにした。無かったら無いで、諦めよう。見つからないのなら仕方ないし……

 

Ruinsに入り、ママと戦った部屋を見渡して、懐かしい気持ちになる。此処でママと戦った時は、本当に怖かった。怖い顔をしていたママもそうだけど、何よりも、私を庇って、ママの攻撃でCharaが傷付いていくのが。戦った後、火傷だらけのCharaにママのパイを押し付けたのが懐かしい。

そんな風に懐かしみながら、Homeまでやってきた。此方も家具が少なくなって、多少埃が溜まってしまっているが、あの日に感じたほっとする暖かさはまだ残っていた。

Homeの中を歩き回って、腕輪を探す。台所もリビングにもない。あの日泊めてもらった部屋も探したけど、ない。無いとは思いながらもママの部屋も見る。家具の無い空っぽな部屋は、探すまでもなく、腕輪は見つからなかった。

此処にもないのか、と不安になる。 もしかしたら本当に何処かにいってしまったのかもしれない。一体何処に……

 

そこでふと、どうしてこんなに腕輪に固執しているんだろう、と思った。

自分のものでもないのに、どうしても見つけないといけない気がするのは何でだろう。まるで、昔お母さんの形見のネックレスを失くしてしまった時みたいな焦燥感がある。あの時は絶対見つけなくちゃ、って思ってたけど、それと似たような気持ちがある。()()()()()って訳じゃないのに、どうしてこんなに……?

 

 

 

『Frisk』

 

 

 

「えっ? いっ……」

 

 

また、頭痛がした。

………今、誰かに名前を呼ばれた……? いや、此処には私以外には誰も居ない。そんなことは絶対にない。でも、何だか聞いたことのある声がしたような………

もう一度呼ばれるだろうかと思って暫く耳を済ましてみても、声は聞こえない。空耳か何かだったんだろう、と思いながら、Homeを出て、腕輪探しを続行する。結局何でこんなに腕輪に固執しているのかは分からないまま、もやもやしながら腕輪を探す。腕輪が見つかれば分かるだろう、と無理矢理自分を納得させて、あっちこっちに動き回る。

 

 

枯れた木の落ち葉の山の中にはなかった。

 

 

あの日玩具のナイフを拾った所にはなかった。

 

 

茸のような形のスイッチを押して進む廊下にはなかった。

 

 

リボンを拾った廊下にもなかった。

 

 

Froggit達がいた部屋にもなかった。

 

 

Napstablookと友達になった部屋にも無かった。

 

 

蜘蛛達からドーナッツを買った部屋にも無かった。

 

 

チーズが置いてあった部屋にも無かった。

 

 

喋る岩がいた部屋にも無かった。

 

 

下の落ち葉が地図になっていた部屋にも無かった。

 

 

岩を押して進む部屋にも無かった。

 

 

落とし穴になっていた部屋にも無かった。

 

 

落ち葉の山が所々ある部屋にも無かった。

 

 

モンスターキャンディーが置いてあった部屋にも無かった。

 

 

長い長い廊下にも無かった。

 

 

見つからないまま、ママに手を引かれて進んだ針山の迷路まで戻ってきた。今でも鋭く聳え立つ針山の中を、この間来たときはどうやって進んだのか思い出しながら慎重に進む。何とか抜けた所で、ほっと息を吐いた。

………そう言えば、Ruinsを出てからは、専らCharaと手を繋いでいた気がする。私が寂しくないように、怖がらないように配慮してくれたんだろうか。私の手を握る()()()()に、酷く安心していたことを思い出した。

 

 

「………え?」

 

 

………()()()()……?

 

 

 

『Frisk』

 

 

 

ズキン

 

 

「うっ、ぐ………」

 

 

自分が何を考えているのか驚いて足を止めた途端に、また頭痛がした。さっきから時々頭痛がする。風邪を引いている訳でもないのに、崩れ落ちそうになる程の痛みが襲ってくる。

……『大きな』って……何を考えているの、私は。あの日のCharaの手は私と同じぐらいだったでしょう。何で大きな手なんて思ったの?

何とか頭痛に耐えながら、歩みを進める。

 

 

ぽつんと継ぎ接ぎのマネキンが立っている部屋にも無かった。

 

 

やけにスイッチに印が付けられている部屋にも無かった。

 

 

ママに最初にパズルについて教わった部屋にも無かった。

 

 

一番最初に、あの『光』を見つけた部屋にも無かった。

 

 

「ここにもない、か」

 

 

結局此処まで探したのに、何処にも腕輪は見つからなかった。あるとしたら、此処までだろうって予想が大きく外れてしまった。本当に何処かに行ってしまったのか……?

そう考えていると、不意に風に頬を撫でられる。風が吹いてきた方を見ると、私が一番最初にママに助けてもらった部屋の方からだった。そう言えば何時か『光』を探しに来たときは、あっちには行かなかったなと思い出す。別にその時この先に用事は無かったし、何より焦っていたから、見ずに引き返しちゃったんだっけ。

 

 

………もしかして、この先に………?

 

 

いや、そんなわけないでしょ、と自分の考えを否定する。『あの日も着けてた』って言ってたのに、なんで私達が落ちてきた部屋にあるって考えたんだ。

でも、あと探してないのはあっちの部屋だけだし………もしあったらどうするのか。

そんな二つの考えがせめぎあって、結局、一応見に行くことにした。もしあったら、嫌だったから。

一つ部屋を通り抜けて、一番最初に落ちてきた部屋にまで進む。すると、入った途端に花の良い香りが鼻を擽った。嗅いだことのある、優しい匂いだ。

その匂いに吊られるようにして、光の差し込む花畑の前に立つ。まだ日はそれなりに高いところにあるらしく、私が落ちた穴から差し込む光は、花畑全面を照らしていた。蔦に覆われた古ぼけた柱が、神聖な雰囲気を醸し出していた。

しゃがみこんで、花畑の中を無いとは思いつつ花を掻き分けて腕輪を探す。まるで四つ葉のクローバーを探しているみたいだと思いながら、花を傷付けないようにしつつ一心不乱に手を動かしていると、

 

 

ちゃり

 

 

「あ」

 

 

左手に、明らかに植物とは違う感触があった。

その感触を頼りに左手を動かし、当たった物を掴む。そうして、持ち上げた。

 

 

「……あった………」

 

 

左手に掴んだのは、私が探していたもの。七色のハートが光る、腕輪だった。長い間土の上にあったからか、金属の部分が少し鈍い色になっていた。

漸く見つけたそれを、両手で持って光に翳す。ああ、やっと見つけた。これこそ、あの人があの日着けていた腕輪だ。

込み上げる達成感からそれを眺めていると、ずきり、と心が何でか痛んだ。

 

 

「えっ」

 

 

ずきずきと痛みを発する心に困惑する。気の所為だろう、と腕輪から目を逸らした所で、ある疑問に行き着く。

………どうしてこんな所にあるのだろう、という、至極真っ当な疑問に。

だって、可笑しい。Charaは『着けていた』って言っているのに、私の記憶の中でもちゃんと着けているのに、どうしてこんな所に? あの日は落ちてきた時だけしか来てないし、それ以来だって入った事はなかった。なのに、何で……?

この疑問に対して浮かぶ答えは少ししかない。『Charaが以前此処に来た事を忘れている』か、『嘘を吐いている』か。嘘を吐いている、って事はCharaに限ってないと思うし、可能性は低いけど………忘れている、ってこともないと思う。なら………

 

 

何で、これは此処にあるの?

 

 

長い間、誰も失くしたことに気付かずに此処に落ちていたの?

 

 

これじゃ……あの日此処にCharaが来ていたようじゃないか。

でも、あの日Charaは、私と一緒にママに手を引かれて山を降りたはず。此処に用なんて無かった筈なのに、何でこの花畑に?

 

 

沸き上がる矛盾に、急に怖くなる。どうすればいいのか分からなくなる。立ち去ってしまえばいいんだろうが、足が竦んで動けない。

 

 

もう一度手の中の腕輪を見て、自分の手首に嵌まるそれと見比べる。

……間違いなく、私とお揃いの腕輪だ。だって、あの人があの日まで毎日着けていたんだから、見間違う筈がない。

よく見ると、アジャスターの部分が壊れている。これを見る限り、着けていたけど、壊れているのに気付かないまま此処に来て、それで落としてしまったんだろうか。あの日に拾った、他の子供達の()()のようだ、とぼんやりと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――………もし本当に誰かの遺品なのだとしたら?

 

 

 

ズキン

 

 

「あ、ぃっ」

 

 

ズキン

 

 

また頭痛がして、その場に座り込んでしまう。

さっきから頭痛が酷くなっている。気の所為じゃなければ、私の考えを邪魔するように頭痛がするような気がする。そんな事はないとは思うが、さっきからそうとしか思えないタイミングで頭痛がする。

まるで私に、これ以上考えさせないようにする為に。

 

 

もしそうなら、この頭痛は何を阻もうとしているの?

 

 

私に何を気付かせないようにしているの……?

 

 

 

まさか……私の、穴について………?

 

 

 

ズキンと、一層頭痛が強くなる。どうやら正解みたいだ。私に『考えるな』と訴えてくる頭痛に耐え、思考を回す。

 

 

長年蓋をしてきたそれに、こんな形で向き合うことになるなんて。

 

 

そう、頭の片隅で自嘲した。

穴が空いたことなんて、今まで経験したことが無かったからどうすればいいのか分からなくって、見ないように蓋をしていたのに。

 

 

 

…………いや。

 

 

まて。

 

 

私は本当に、この穴を知らないの?

 

 

 

痛む頭を回し、よく思い出す。そんな事はない、ある筈だ。私は、知っている筈だ………!

 

 

そこで、小さい時に、真っ黒な服を着てある式に参列した事を思い出す。

 

 

そうだ、この穴は……お母さんとお父さんを亡くした時にも、あった……!

 

 

この穴は………『大事な誰かを喪った喪失感』だ。

 

 

長い間目を逸らしていた穴の正体に、その時やっと気付けた。

どうして今まで分からなかったんだろう。あの時だって悲しくて苦しい思いをしたのに、何で思い出せなかった………?

暫く、当時の事を思い出しながら考える。

色々な事があったから、いつの間にか忘れてしまっていたんだろうか。いや、そんな筈がない。それなら今頃私の穴は埋まっている。あの時は確かに忙しかったけど、今ほどじゃないし。なら何故………

 

そこまで考えて、ふと見覚えのある人影が過る。

………もしかして、Charaが傍に居てくれたから……? いつも私の傍に居てくれたから、穴が自然と塞がったの……? いやでも、それじゃ今穴が空いているのは何で? そもそも皆傍に居てくれているのに、何で『喪失感』なんて私は感じているの?

頭痛も相俟って、だんだん頭が混乱してきた。それでも無理矢理頭を回し続けて、とある考えに行き着く。

 

 

私は、『誰か』を忘れていて、その『誰か』が居ないことが、悲しくて寂しいの……?

 

 

そんなわけない、と即座に否定する。私は誰も忘れてなんかいない。皆私の傍に居るのに、何でそんな事を思った!?

思考がぐちゃぐちゃになって、泣きそうになる。でも、この胸の『喪失感』について説明が出来てしまう。妙に納得できてしまう。

 

それならさっき、『大きな手』と考えたのは、その『誰か』だったからなの? Charaじゃなくて、誰か別の人が、あの日私の手を引いてくれたの……?

 

違う、あの日私の手を引いてくれたのはCharaだと否定して、あの日の記憶の中のCharaを良く思い出そうとする。

 

 

なのに、

 

 

「…………嘘、でしょ」

 

 

あの日のCharaが、突然思い出せなくなった。

 

 

それだけじゃない。あの日まで生きてきた中でのCharaの姿まで、霞んでしまった。

 

 

そこに居たのが本当にCharaだったか、分からなくなってしまった。

 

 

その事実を信じたくなくて、酷くなってきた頭痛の中で一生懸命思い出そうとする。だけど一度そう認識してしまったからか、そこに居た誰かの輪郭がぼやけて、思い出せない。

 

 

生きてきた全てを、否定されたような気がして、眩暈がする。

 

 

………なんで。

 

 

何で、思い出せないの。

 

 

これじゃあまるで、本当に今まで傍に居たのは、別の人みたいじゃないか。

 

 

それじゃあ、

 

 

 

ずっと私の傍に居てくれたのは、

 

 

 

私の手を引いてくれたのは、

 

 

 

私の名前を呼び続けてくれたのは、

 

 

 

支えてくれたのは、

 

 

 

私の………()()の、姉だったのは………

 

 

 

 

………………一体、誰……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______………さあ、思い出すんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Frisk』

 

 

 

……………不意に、声がした。

 

 

 

「………あ」

 

 

 

誰よりも優しく、ぼくの名前を呼ぶ声が。

 

 

 

―――――その声を、ぼくは知っている。

 

 

 

「ああ、あ………」

 

 

 

脳裏に、誰かの姿が浮かぶ。

 

 

 

――――――その姿を、ぼくは………知っている。

 

 

 

「あああああ…………」

 

 

 

 

その人は、誰よりも優しい、ぼくの見知った微笑みを浮かべて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愛しているよ、Frisk』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、告げた。

 

 

 

 

 

何回も()()()()()()、その言葉を。

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ…………!!!!!!」

 

 

 

 

思い出してしまった。

 

 

何時だって、一緒に居てくれた人を。

 

 

何時だって、ぼくの手を引いてくれた人を。

 

 

何時だって、優しい声でぼくの名前を呼んでくれた人を。

 

 

何度もぼくを庇って、ぼろぼろになってまで、あの日、ぼくを守り続けてくれた人。

 

 

ぼくの憧れた、優しくて、誰よりも素敵な――――……

 

 

 

「おねぇ、ちゃん…………ッ!!!!」

 

 

 

霞む視界の中で、手の中の腕輪を痛いほど握り締めて、あの人を呼ぶ。

 

 

そうだ、思い出した。あの人こそ、私の、ぼくの大事な家族だったじゃないか。

 

 

なのに何で、あの人の事を何年も忘れていたのか。

 

 

なんで、あの人が居ないことに気付かなかったのか。

 

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ………!!!」

 

 

 

何度呼んだって、返ってくる声はない。

 

 

『なぁに?』と、優しく笑ってくれる、あの人は、此処にはいない。

 

 

…………なら、あの人は、

 

 

一体、何処に…………

 

 

――――………そうだ、あの日、最後に『さよなら』と聞こえた。

 

 

それが………もし、空耳じゃないとするなら

 

 

 

きっと、あの人は………―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、どこにもいない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 

 

ちゃり、と両手に握った腕輪が小さく鳴る。

 

 

 

頬を、何かが伝って落ちていく。腕輪に、水滴が落ちる。

 

 

 

もう、何年も流していなかった、涙だ。

 

 

 

今まで抑えつけていた感情が、涙と一緒に噴き出してしまう。

 

 

 

寂しい。

 

 

 

淋しい。

 

 

 

さみしい。

 

 

 

サミシイ。

 

 

 

悲しい。

 

 

 

哀しい。

 

 

 

かなしい。

 

 

 

カナシイ。

 

 

 

苦しい。

 

 

 

くるしい

 

 

 

クルシイ………

 

 

 

そう何度思ったって、あの人はいない。

 

 

 

何時だって、まるで童話の魔法使いのようにぼくの苦しみや悲しみを消してくれたあの人は、どこにも。

 

 

 

「………何処に、いっちゃったの………!!」

 

 

 

気付けば、嗚咽と一緒に、口に出ていた。

 

 

 

「さみしいよ………ねぇ、なんで、おいていっちゃったの………?

 

 

かなしいよ………まだ、あなたといたかったのに、

 

 

くるしいよ………なみだがでて、いきがくるしくて、しかたないよ………

 

 

もっと、あなたと、みたいものがあったのに、

 

 

あなたに、みせたいものがあったのに、

 

 

いっぱい、はなしたいことがあったのに、

 

 

もっと、もっ、と、あなたにいっしょにいたかったのに、」

 

 

 

どうして。

 

 

 

なんで。

 

 

 

どこにいったの。

 

 

 

かえってきてよ。

 

 

 

約束したのに。

 

 

 

おまんじゅうつくってくれるって言ったじゃん

 

 

 

『必ず帰るよ』って、言ったじゃん

 

 

 

なのに、何で、

 

 

 

かえってきて、くれないの。

 

 

 

……………――――うそつき。

 

 

 

うそつき、うそつき、うそつき………!!

 

 

 

「お姉ちゃんの、うそつきぃ…………!!! う、あああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

声が嗄れる程叫ぶ。

 

 

 

あの人に伸ばした手は、もう届かない。

 

 

 

もう、あの声は聞こえない。

 

 

 

あの背中は、もうどこにもない。

 

 

 

この世界の、どこにも。

 

 

 

あの人は、いない。

 

 

 

あのえがおは、もうどこにない。

 

 

 

それを認識すればするほど、涙が止まらない。ばきり、と、ぼくの中の制御装置が、壊れてしまったような気がした。

 

 

あなたがいたから、今まで頑張ってこれたのに。

 

 

あなたが支えてくれたから、あの日、ぼくは皆をたすけられたのに。

 

 

 

いやだ、いやだいやだいやだいやだ。

 

 

 

いやだ。

 

 

 

こんなお別れ、いやだ。

 

 

 

あなたをわすれたくない。

 

 

 

あなたの声を、わすれたくない。

 

 

 

またあなたに、だきしめてほしい。

 

 

 

あたまをなでてほしい。

 

 

 

てをひいてほしい。

 

 

 

ぼくのなまえをよんでほしい。

 

 

 

わらっていてほしい。

 

 

 

おねがい、かみさま。

 

 

 

それいがい、もう何もいらないから。

 

 

 

もう、なにものぞまないから。

 

 

 

 

 

「かえして、かえしてよっ、おねがいだから、おねえちゃんを、かえしてぇぇぇぇぇええええ!!!!!!」

 

 

 

 

 

だって、ぼくは、まだ………

 

 

 

 

まだ、あなた、に…………『あいしてる』っていってなかったのに。

 

 

 

 

こんなことになるなら、いっておけばよかった。

 

 

 

はずかしがらずに、『ぼくも愛してるよ』、って、言えばよかったのに。後悔しても、もう、遅い。

 

 

消えない後悔だけが募っていく。

 

 

もう二度と、あのひとにこの手が届くことはない。

 

 

二度と、わらいかけてもらうことない。

 

 

名前をよんでくれることはない。

 

 

てをつなぐことは、ない。

 

 

あのひとのあたたかさも、こえも、もう、おもいだせない。

 

 

おかあさんとおとうさんのように、わからなくなって、きえてしまう。

 

 

「あ、あ…………」

 

 

…………――――ねぇ、おねえちゃん

 

 

おいていかないで

 

 

ひとりにしないで

 

 

おねえちゃんがいなきゃ、ぼくひとりじゃ、なんにもできないんだよ

 

 

おねがいだから、かえってきてよ………

 

 

 

 

………――――そんな願いも、届かない。

 

 

 

 

 

あの人の背中には、もう………届かない。

 

 

 

 

だれもいない花畑に、ぼくの泣き叫ぶ声だけが、何時までも木霊していた。




とっくに消えてしまったその背に、伸ばした手が届くことは………もう、ない。

Epilogue of Frisk 『届かない願い』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。