守りたいもの   作:行方不明者X

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――――――…………これで、すべて救われた
 
 
未来は全て、在るべきように行き届いた
 
 
他ならない彼女の手によって
 
 
彼女には酷な事を頼んでしまった
 
 
でも、こうでもしなければ、救えなかった
 
 
『僕』には救えなかった
 
 
『俺』にも救えなかった
 
 
『あたし』も救えなかった
 
 
『わたし』も救えなかった
 
 
『ぼく』も『オレ』も『アタシ』も『私』も………みんな、救えなかった
 
 
それを、彼女は成し遂げてくれた
 
 
…………―――だから。
 
 
それ相応の報酬くらい、あって然るべきだよね?


After The BAD ENDING
その決意の果ては


「う、ううぅ………ひぐ、ぅ………おねえ、ちゃん………」

 

 

誰も居ない花畑に、啜り泣く声が響く。赤く腫れた両目から未だに零れ落ちる涙を、金色の花が受け止めている。

泣いて、泣いて、泣いて………駄々を捏ねる子供のように何度も泣き喚いて、泣く体力すらも使い果たして、それでもFriskは手の中の腕輪を握り締め、愛していた姉を呼ぶ。

 

 

二度と手が届かなくなってしまったことを否定したくて、呼び掛ける。

 

 

その人が返事を返してくれる事を願って、何度も、何度も。

 

 

だが、何度も彼女を呼ぼうとも………当然、返事はない。それに気付く度、また打ちのめされ、絶望する。

 

 

―――――………せめて、あの力さえあれば

 

 

そんな思考が、Friskの頭を過る。

確かに、あの日モンスター達を『SAVE』した力さえあれば、彼女を『SAVE』できたのかもしれない。だが………彼女はその力を、決意を、無理矢理自分のモノにして、奪っていってしまった。その力を奪われたFriskは、あの日の彼女が願った通りの、ただの、普通の人間。そんな奇跡を、起こせる筈もない。

 

 

皮肉な話だ。彼女の『普通の人であってほしい』という姉として当然の願いが、願われた側を苦しめることになるとは。

 

 

………だがこれは、きっと当然の結果だったのだろう。

 

 

――――………地下世界に、彼女が落ちてきたあの日。初め、彼女はFriskをハッピーエンドに導いた後は、自分が持つ力を使ってFriskから決意の力を奪い、自身が『RESET』を行使して地下世界の全てのモンスターを殺し、自分が神になる算段を立てていた。そうして自分の偽物のソウルを満たし、モンスターの王であるAsgoreを殺し、七つのソウルを奪って……その力を以て文字通り世界を作り替える覚悟もしていた。

 

 

愛しい妹を守りたいという、ただ、それだけで。

 

 

あの日彼女が闇に溶ける前に協力者に言った言葉は、そういう意味だ。

 

 

だが、彼女はそんな事をすればその妹自身はどんな顔をするのか、分かっていなかった。

 

 

『やめて』と泣きながら縋りつくだろうという事を、解っていなかった。

 

 

此処だけの話、彼女は他人の心を仕草などから予測することでしか理解出来ずにいた。それ故に、自分が愛されていることを知ってはいても実感できていなかったのだ。

Undyneの攻撃によって橋から落ち、その際の衝撃で契約の記憶を取り戻し、自分が旅の終わりには居なくなることを悟っても、一種の刷り込みのようなもので、記憶が塗り替えられれば忘れるだろうとしか考えられなかった。

 

 

それが、彼女の失敗。この結末を導いた最大の誤算だった。

 

 

Friskにとって、彼女は『自慢の姉だ』と胸を張って言える憧れの存在だった。

死んだ両親の代わりにいつでも傍に居て、時に怒り、背中を押し、支え、自分に惜しみ無い愛情を注いでくれた、かけがえのない存在。

 

 

彼女の温もりも心からの優しさも、その誰よりも強いソウルに深く刻み込まれていた。

 

 

選択によっては世界を変えかねないそのソウルに刻まれたそれが、『上位の存在(かみさま)』の介入だけで、埋められる筈がなかった。

 

 

ようは、認識の齟齬によって訪れた当然の破滅だった訳だ。

 

 

どちらかがその齟齬に気付いてさえいれば、きっとこんな結末にはならなかっただろう。

 

 

………全ては後の祭りだが。

 

 

「おねえちゃん、おねえちゃん………」

 

 

譫言のように、Friskは呼び掛けを繰り返す。

 

 

振り返って笑顔を向けてくれる彼女は、もうこの世界にはいない。

 

 

……これで、Friskは肉親を三人喪ったことになる。そのショックの大きさは計り知れない。そしてこのショックによるFriskへの影響も。

 

 

今までのFriskの精神状態は、明確に言って良いとは呼べないものだった。誰も喪っていない筈なのに感じる喪失感から逃げる為に親善大使の仕事にこなし続け、自分を追い込んでいった。言い表すならば、『子供が無理矢理大人になろうとしている』ような状態だった。一人称が『私』になっていたのは、その表れだろう。

そんな無理矢理命を繋いでいるようなボロボロな状態で、大事な誰かを喪うなどという大きいショックを受ければどうなるかなど、想像に難くない。

 

 

 

誰かを喪う、というのは、時として人格さえ壊してしまうのだから。

 

 

 

絶望に心を苛まれたこの少女は、きっともう、誰にも心を許さないだろう。

 

 

最悪、少女を心の底から案じる友人達にすら心を開くことももう失くなってしまうかもしれない。

 

 

誰かを愛せば、喪うときに哀しくて、悲しくて、辛いものだから。

 

 

その相手を深く愛していればいるほど、その別れが急なものであればあるほど、それらは深く鋭利になって、心を抉っていく。

 

 

それを一度どころか二度思い知った少女は、心を閉ざしてしまうだろう。

 

 

 

そうしなければ、ショックで抉れてしまった心が守れないから。

 

 

 

誰かから注がれる愛に怯え、誰かを愛することに怯え……だが、モンスターと人間を繋ぐ親善大使として、笑顔を振り撒いていなくてはいなければならないから、笑う。

 

 

愛のない、空っぽな笑みで。

 

 

『誰かからの愛』が、トラウマとして刻まれることになるなど、彼女は望んではいなかった筈だったのに。

 

 

 

…………これこそが、完全な、完璧と言える程の【BADEND】。

 

 

 

『これが最善だ』と信じきってしまった独り善がりの一方的な愛が招いた破滅。

 

 

 

幸せを願う祈りが誰にも気付かれずに狂い、停められなかった滅び。

 

 

 

破綻した愛の果て。

 

 

 

それこそが、この物語の終焉……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………――――――そうであった、筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

絶望に目を閉じ、耳を塞ぎ、蹲って現実を拒む少女は気付かない。

 

 

 

 

他に誰も居ない筈なのに、()()()()()()()()()ことに。

 

 

 

 

「………………Frisk………?」

 

 

 

 

―――――――………塞いだ耳を突いた優しい声に、少女は耳を疑った。

 

 

 

 

 

何故ならば、その声は。

 

 

 

 

 

もう二度と、聞こえない筈だったから。

 

 

 

 

 

先程、そう気付いたものだから。

 

 

 

 

 

だが、そんな筈はない、と少女は自嘲する。きっと現実を受け入れたくない自分が聞かせる幻聴だろう、と断じ、耳を塞ぎ続ける。

 

 

 

 

 

こんな優しい幻聴が聞こえるならば聞いていたい、浸っていたい。そんな思いが、尚一層そうさせる。

 

 

 

 

 

だが、それは、簡単に打ち砕かれることになる。

 

 

 

 

 

するり、と。

 

 

 

 

 

伏せてしまった未だに涙が伝う頬を、何か暖かいものが撫でる。

 

 

 

 

 

「泣いてる、の………?」

 

 

 

 

 

風などではなく、明らかに質量を持ったものが。

 

 

 

 

 

「は」

 

 

 

 

明らかに意思を持って自分の涙を拭ったそれに、思わず仰け反って、顔を上げてしまう。

 

 

 

 

 

そうして、少女は漸く、そこに誰がいるのかを、認識した。

 

 

 

 

「えぇ………嘘でしょ、これ、本当に戻されちゃったの……?」

 

 

 

 

困惑からか、そんな意味不明なことを呟いて頬を掻くその人物を、少女は………目を見開いて、見つめることしか出来ない。

 

 

 

 

「というか、何で此処に………しかもFriskまでいるし………何なのもう」

 

 

 

 

というよりも、その人物を認識したときに溢れた感情に、身体が着いていかなかった………と言った方がいいのだろう。

 

 

 

驚愕。

 

 

 

困惑。

 

 

 

悲哀。

 

 

 

憤怒。

 

 

 

 

それらを優に上回る…………『歓喜』。

 

 

 

 

一度に一斉にそんな感情達が沸き上がり、氾濫し、どんな反応を取ればいいのか、身体が判断できなかった。

 

 

 

 

ただ、出来たのは。

 

 

 

 

泣いて泣いて、泣いて………泣き疲れて、掠れてしまったその声で。

 

 

 

 

 

困ったような顔で辺りを見渡す目の前の人物を、呼ぶことぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………おねえちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

何とかそう言葉にされた文字を聞いて、その人物は、少女の目を真っ直ぐに見る。

 

 

 

 

 

大地の色を模したような茶色の瞳に、酷い顔をした自分が映っている。

 

 

 

 

それを認識するのが速かったか、それとも、その人物が、誰よりも大好きだった笑みを浮かべたのが先だったか。

 

 

 

 

少女は、覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、Frisk」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故ならば。

 

 

 

 

 

そんな事よりも、その笑顔がまた目の前から消えてしまわないように、世界一優しい檻の中に閉じ込めておく必要があったからだ。

 

 

 

 

 

…………―――――これが、この物語の本当の結末。

 

 

 

 

 

歪んだ愛の終着点。

 

 

 

 

 

きっとこれは、誰もが一度は目にした在り来たりなEndingなのだろう。

 

 

 

 

 

だが、このEndingこそが、この物語の中で唯一の【HAPPYEND】。

 

 

 

 

 

この世界の誰もが望んだ幸せな終焉。

 

 

 

 

 

金色の花が咲き乱れる花畑の中で抱き合う姉妹が、互いに強く望んでいた――――……変えようのない、輝かしい、優しい未来は。

 

 

 

 

 

 

今此処から、漸く―――――スタートを切るのだろう。

 

 

 

 

 

 

Fin.

 

 

 

 

Epilogue of Lily 『START』

 

 

 




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