【Lily】
優しい花の香りに鼻腔をくすぐられて目を覚ます。腕の中にはさっきまでの私と同じように眠るフリスクが居た。
「………いって」
フリスクから離れて体を起こそうとすると、どうやら落ちた際に身体を打ち付けたらしく痛みが走る。………まぁ、花がクッションになってくれてるとはいえ、衝撃を殺しきれる訳がないわな。
なんとか身体を起こし、辺りを見渡す。ゲームが立体化した風景と水の音が此処が現実なのだと教えてくれていた。
「……ねぇ」
「? ……あ、やぁ」
ふと後ろから声をかけられて振り返ってみると、先程対戦したウォシュア君がそこに居た。……あれ、本来此処に居たっけ?
「……結構な高さから落ちてきたみたいだけど、無事だったの?」
その言葉を聞いて、どうやら心配してくれているらしいと判断し、私はウォシュア君に笑顔を向ける。
「私は大丈夫さ。この子が怪我してないか心配だけどね」
「ふぅん……」
フリスクの頭を撫でながらそう言えば、ウォシュア君は興味を無くしたのか、ドラム缶から直接生えたような腕を器用に使って持っていた雑巾で床を拭きはじめる。……そうやってたんだ……
「…………ん…」
「あ、起きた」
ウォシュア君の掃除を見ながらしばらく頭を撫でていると、フリスクが目を覚ました。フリスクは寝惚けた様子で私を見上げて、そのまましばらく私を見上げた後、目を見開いてばっと勢いよく飛び起きて私に抱き付いてくる。
「お姉ちゃんっ!」
「うおっとと」
若干痛む身体で飛び付いてきたフリスクをなんとか受け止める。
「お姉ちゃん大丈夫!?怪我とかしてない!?」
「私は大丈夫だよ。フリスクこそ大丈夫?」
「大丈夫だけど……あれ……?」
フリスクは少し戸惑っているような顔で私を見上げる。
「どしたよ」
「……お姉ちゃん、ちょっと雰囲気変わった……?」
不思議に思って訊いてみれば、そんな返答が返ってくる。
「……あぁ、ちょっと忘れてた事を思い出しただけだよ。気にすんな」
「そうなの?」
「うん」
私がそう答えて頷けば、フリスクはそっか、と言って私から離れ、先程の私と同じように辺りをキョロキョロと見渡した。
「ここって……」
「あの橋の下みたいだよ。……あの高さから落ちて無事だったのが本当に奇跡だけどね」
そこまで言って、私はふと思い出してナイフをしまったポケットを探る。コツンと固いプラスチックの感触が指に触れ、無くしてない事に安堵する。そして先程まで握っていたカッターがない事に気付いた。
「………あー、そうだ……」
「?」
「いや、何でもない」
さっき思わず放り投げちゃったな……と思い出して遠い目になる。……うわ、どうしよ、孤児院の備品無くしたとかヤバいな……
そんな事を考えながら立ち上がり、土汚れを払う。徐に伸ばされたフリスクの手を掴んで立ち上がらせ、掃除中のウォシュア君に声をかける。
「……ごめんウォシュア君、ちょっとお願いしていい?」
「……なに?」
掃除を中断して振り向いてくれたウォシュア君に手を合わせて頼み込む。
「多分だけどここら一体掃除するんだよね?」
「うん、そのつもりだけど」
「じゃあさ、もし掃除しててカッター見つけたら届けてくれないかな?」
「………いいけど、どんなの?」
引き受けてくれたウォシュア君にカッターの特徴を教えておく。
「ごめんね、ありがとう。えっと、持ち手が黄色で、黒い星のマークが描いてあるやつ。……あとは、確かナンバー2って書いてあった筈」
「分かった」
そう言いながらウォシュア君は頷いて、掃除に戻る。私はそれを見てからフリスクに声をかける。
「さてと、行こうか」
「うん」
フリスクが頷いたのを確認し、水の中に足を踏み入れた。