【Lily】
ガシャリガシャリと金属が擦れる音を立てながら私を追ってくるアンダインに絶対に追い付かれないように全速力で走る。逃げるんだよォーッ!
「待てっ、人間!!」
嫌に決まってんじゃん。
アンダインに心の中でそう返し、走るのに集中する。私が言える言霊はもうない。此処で捕まったら生き残れる保証はない。そう考えてのことだ。
「……あっつ」
道を駆け抜ける毎に次第に気温が高くなっていくのを感じ、ホットランドに近付いている事を確信する。……もうちょっとの筈。それまで耐えてくれよ、私の足。
また速度をあげ、ラストスパートだと突っ走る。私が加速したのを見てアンダインもスピードをあげたのか、金属が擦れる音の回数が増えた。そのまま振り返らずに走り抜けると、左手に『ようこそ ホットランドへ』というネオンサインが見え始める。此所までくればあと少しだと確信し、ラストスパートだと気合いを入れてもう一度速度を上げる。洞窟の出口が見え、その光の中に飛び込む。
「……! サンズ……」
ゲーム通り設置されていた小屋の中にいたサンズは居眠りをしていた。それを横目で見て通り過ぎ、橋の上を渡る。
「!! お姉ちゃん!!」
「フリスク!」
橋の向こうにフリスクの姿が見え、駆け抜けた。
「ハァッ、ハァッ……ふ、フリスクッ、ぶじ……?」
「うん、無事だけど取り敢えずお姉ちゃん、深呼吸して、深呼吸」
フリスクに抱き付きながら突然走ったせいで早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。
二つ深呼吸をして、はっと自分が追われている事を思い出してフリスクから離れ、振り返ってアンダインを見る。
「……はぁっ……はぁ……」
息を切らせながら、アンダインはふらふらと橋の上を歩いてくる。若干顔の肌の色が褪せている事に気付いて、ゲーム通り、脱水症状が出ていると判断する。
「鎧が………あ……熱い……だが……諦めるわけには……」
そう言いながら此方に一歩踏み出すアンダイン。また一歩と踏み出そうとした瞬間、我慢の限界が来たのか、ぐらりと体が重力に従って此方に倒れ、ガシャンという派手な音を立ててアンダインは橋の上で倒れてしまった。
後ろにいたフリスクはアンダインに駆け寄り、ペタペタと顔を触る。そして、ぎょっとして私を見る。
「……お姉ちゃん、アンダイン、干からびてる!!」
フリスクは涙目になりながらそう言って、どうしようと言いながら考え出す。
考え始めたフリスクに私は声をかけた。
「……助けるんだね?」
「……? うん。約束もあるし」
「分かった。私も死なせたくないし、手伝うよ」
一応念を押すように訊けば、フリスクは今更何を言ってるのと言わんばかりに不思議そうな顔をして、迷う事なく頷いた。それを見ながら私が手伝いを申し出れば、フリスクは嬉しそうな顔をする。可愛い。
「そこだと落ちちゃうかもしれないから移動させるよ。ちょっと退いて」
「うん!」
フリスクに一旦退いてもらい、熱くなっているであろう鎧の金属の部分を避け、アンダインの脇の下に手を引っ掛ける。そしてずるずると引き摺る様にして橋の上から比較的安全な地面の上に移動させる。干からびてしまっているからか、金属を纏っている筈なのに、軽かった。
「おし、移動完了。フリスク、スノーディンで私が渡したハンカチ、ある?」
「うん、あるよ」
アンダインを仰向けにしながらフリスクに訊けば、フリスクは頷いてハンカチを取り出す。
「濡らしちゃうけどいい? あと、リュックももらうよ」
「もちろん!」
フリスクからハンカチとリュックを受け取り、リュックを開けて中から水入り瓶を取り出す。そして手に水を少し出し、温度を確認する。……うん、冷たい。
水の温度が冷たいことを確認し、地面に正座をしてアンダインの頭を太股の上に乗せる。要は膝枕である。
ハンカチを一度広げて四つ折りに畳み直し、そこに水入り瓶の中身をかける。空っぽになった瓶を取り出して、私はフリスクに手伝いを頼む。
「ごめん、フリスク。彼処のウォーターサーバーでこの瓶のここまで水入れてきてくれない? あと、出来ればコップもお願い」
「わかった!」
瓶の八分目位を指しながら頼めば、フリスクは笑顔で私から瓶を受け取ってウォーターサーバーに走っていく。それを
横目に見ながら私はハンカチを軽く絞り、アンダインの顔にペタペタと当てる。
「持ってきたよ!」
「ん、ありがとう」
ちゃんと瓶に水を入れて、コップも持って戻ってきてくれたフリスクにお礼を言い、ハンカチをアンダインの額に乗せて二つを受け取る。瓶からコップに水を注ぎ、並々と水が入ったコップをアンダインの唇に持っていって、口の中にゆっくりと流し込む。
「飲め、飲まんと死ぬぞ」
『死ぬ』という言葉が効いたのか、アンダインは微かに小さく喉を動かし、水を飲み込む。そのままゆっくりと水を全て流し込み、少し様子を見る。
「…………う、ぁ………?」
干からびた肌に潤いが戻り始めたなと顔を見ながら思っていると、薄らとアンダインが目を開いた。
「おはよう、気が付いたかな?まだ、水飲むだろう?」
「………」
まだ熱が冷え切っていないらしく、アンダインは虚ろな目で私をぼーっと見つめる。それを無視してコップに二杯目を注ぎ、もう一度アンダインの唇に持っていく。すると、アンダインはコップを一瞥して口を付け、右手を動かして添える。手を貸しながら水を飲ませきると、見ていたフリスクが安心したように笑顔を作った。
「………ど……して……」
まだ若干ぼうっとした顔のまま、アンダインは私に何かを問う。十中八九どうして自分を介抱しているのかが気になっているんだろうと見当を付ける。………まぁ、さっきまで追われてた奴が追ってた奴を看病してたら普通は正気を疑うわな。
「……三つ理由がある。一つ目はこの子が助けたいと言ったから」
コップを地面に置いて額に乗せたハンカチを取り、また水で濡らしてアンダインの顔に当てながら私は答える。
「二つ目はガーソンさんと君を殺さない約束をしたから」
肌の色が良くなってきたことに安心しながら、私は三つ目の理由を答える。
「……三つ目。君のような誰かの為に戦える優しい人を、亡くすのは惜しいと思ったからさ」
……これは本心だ。ゲームだった時もそうだったけど、この人は本当に優しい人だ。そんな良い人の命を奪っていい訳がない。
微笑みながらそう言えば、アンダインは小さく目を見開いた。黙ったアンダインにそのまま介抱を続けてハンカチの水分を吸い取らせると、アンダインの肌の色は元の美しい青色へと戻っていた。
「よし、これで大丈夫でしょ」
ハンカチに残った余分な水分を固く絞って出し、アンダインの頭をそっと地面に下ろす。すると、アンダインは静かに立ち上がった。立ち上がる時の動作がしっかりしていたのを見て全快とは行かずとも大丈夫そうだと判断する。
「………」
何か物言いたげに此方を向くアンダインをじっと見つめ返すと、アンダインは踵を返して去っていった。………やっと終わったかと安堵し、思わず一つ息を吐いてしまう。
「………ふぅ………つっかれたぁ」
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「! ………ふふ、ありがとう、フリスク」
正座をして頭に手が届くからか、フリスクが私の頭を撫でてくれる。突然の事に少し驚いてしまうが、すぐに頬が緩んだ。あぁ、心が浄化される……
「でも、ごめん。またアンダインと会わないといけないんだ。逃げてる時にね、パピルスから電話があって、アンダインと友達になりに行こうって言われたんだ」
「………そっか」
……そう言えばデートイベントあったな、と思いだし、若干遠い目になる。仕方がないと正座から立ち上がり、ズボンについた汚れを払い、水入り瓶をしまってリュックを背負い直す。
「それなら行かなくちゃね。パピルスとは何処で待ち合わせしてるの?」
「! あのね、アンダインの家の前だって!」
「オッケー。じゃ、行こうか」
「うん!」
私の返答に嬉しそうな顔をしたフリスクに行き先を訊けば、そう答えた。それに頷き、二人で手摺がない橋の上を渡り、アンダインの後を追いかけるようにしてウォーターフォールまで歩き出した。