幼女戦記 〜旗を高く掲げよ〜   作:猫敷

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第6節 研究の口実

 

 

 

 その部屋は、会議室というより、帳票の整形室に近かった。長机の上に、紙が並ぶ。紙の種類が違う。目的も違う。けれど、同じ場所に置かれた瞬間、すべては同じ重さになる。署名欄があり、期限欄があり、回付先があり、そして最後に「誰が責任を持つか」が残る。

 

 ターニャは椅子の背にもたれず、机の端に近い位置で紙を揃えていた。手を動かしている間は、考えが散らない。散るのは、誰かが余計な言葉を足してくるときだ。

 

 ドクトルが来たのは、遅い時間だった。扉が開き、白衣の裾が揺れる。白衣というより、本人の趣味でしかない。研究者の服装に規程はない。だが、規程がないからこそ、目立つ。

 

「いやぁ、待たせたね。道が混んでいてさ。こういうのはね、遅れた瞬間に負けるんだ。早い方が勝つ。単純だろう?」

 

 ターニャは視線を上げない。紙の端を揃えたまま、短く返した。

 

「要る物を言え。詰まりはどこだ。誰の承認で通す」

 

 ドクトルは肩をすくめた。舞台に立っているつもりの動きだが、言葉は意外と普通だった。難しい言い回しに逃げないのは、相手の性格というより、彼が「通したい」側だからだ。

 

「人だ。まず人が足りない。君のところの人間じゃなくていい。書類を回せる、手を動かせる、夜に倒れない連中だ。それから場所。東の施設だけじゃ狭い。西にも一つ、調整の部屋がほしい。現場じゃなくていい、机と鍵と壁があれば十分」

 

 ターニャは紙を一枚抜き、机の中央に置いた。そこには、施設名の欄と、必要人数の欄がある。数値はまだ空欄だった。

 

「人数と期間を出せ。場所は候補を三つ。予算の名目も三つ。増やすな。増やすほど面倒が増える」

 

「増やさないよ。分かってる。増やすと、かえって疑われる。君は分かりやすいことを言うね」

 

 ドクトルは笑った。褒めているのか、茶化しているのか分からない笑いだった。

 

 ターニャは笑わない。笑う余裕があるなら、紙が減っている。

 

「護衛は要るのか」

 

「もちろん要る。だが、派手にやるな。腕の立つ連中が二人か三人。目立つ装いは不要だ。現場の人間に『守られている』と思わせると、仕事が遅くなる」

 

 ターニャはペンを走らせた。護衛の欄に「最小」とだけ書く。

 

「輸送の扱いは」

 

「機材だ。大げさな装置じゃない。机と棚と、保管箱。あとは紙だよ。紙が一番重い。紙が遅れると全部が止まる」

 

 ドクトルはわざとらしく両手を広げた。

 

「ね? ほら、現実的だろう? 君が好きなやつだ」

 

 ターニャはペンを止めた。顔を上げたのは、その一瞬だけだった。

 

「好き嫌いは関係ない。必要ならやる。必要でないなら切る。それだけだ」

 

 ドクトルは口を尖らせたが、すぐに機嫌を戻した。彼は、自分の話が通ることを確信している。確信の根拠は、成果ではない。状況だ。戦争は、焦っている側が負ける。だから焦りを利用する。

 

 扉がもう一度開いた。音が違う。入室の仕方が違う。足音が短く、迷いがない。国防軍の参謀中佐、レルゲンが現れた。

 

「面白い茶番だな。机を増やせば前線が増えるのか?」

 

 敬語はない。視線はターニャではなく、机の紙に落ちる。彼の世界では、紙は戦場の地図だ。

 

 ドクトルが口を開こうとしたが、レルゲンはそれを許さない。先に叩く。相手が立ち上がる前に、腰を折る。

 

「列車は限られてる。港は混んでる。弾薬と燃料と人員で詰まってる。そこに治安の連中が絡めば遅れる。遅れたら前線が止まる。止まったら死ぬ。簡単だろう?」

 

 ターニャは椅子から立たない。代わりに、机の端に置いていた一枚の紙を指で押し出した。署名欄のある紙だ。レルゲンの言い方を受け、言い返さず、形に落とす。

 

「ご懸念は理解しました。影響範囲を文書で確定します。あなたが優先順位を主張するなら、どこを削るか、案を一枚にしてください。責任者欄も付けます」

 

 レルゲンは眉を動かした。納得ではない。だが、話が「責任」に落ちたことは分かる。彼はその形が嫌いではない。嫌いなのは、責任のない介入だ。

 

「監視する。利用する。以上だ。余計な飾りをつけるな。数字と期限だけでいい」

 

「承りました。期限を設定します」

 

 ターニャはそれ以上を言わない。一往復で終わる。会話を続ければ、感情と縄張りの話になる。そこに利益はない。利益がない会話は、単なる消耗だ。

 

 レルゲンは踵を返した。ドクトルは肩をすくめ、楽しそうに笑った。

 

「ほら、彼は分かりやすい。嫌いだ嫌いだと言いながら、実は形が好きなんだよ。軍人ってそういう生き物だ」

 

 ターニャはペンを置き、紙を三つに分けた。机の上に、別々の束ができる。ひとつは人。ひとつは施設。ひとつは予算の名目。

 

 言葉はここからだ。言葉を増やすな。増やすほど疑われる。だが、少なすぎれば通らない。三つで十分。三つなら整えられる。三つなら管理できる。

 

「ドクトル。名目は三つに限定する。余計に増やすな」

 

 ドクトルは指を鳴らした。

 

「分かった。三つだ。君の好きな数だね」

 

「好きではない。管理できる数だ」

 

 ターニャは紙束の一つに、仮の見出しを書いた。直接的な言葉は避ける。だが曖昧に逃げない。曖昧は、現場が勝手に動く余地になる。

 

 扉の外に人の気配があった。静かすぎる気配だ。歩幅が小さく、音が減っている。

 

 EVAが入ってきた。書類を一枚だけ持っている。説明しない。目線も長くは合わせない。

 

 ターニャは差し出された紙を受け取り、目を落とした。そこには、番号が並ぶ。並び方は整っている。だが、一定の間隔で欠けている。欠け方が同じだ。偶然の欠け方ではない。

 

 EVAは短く言った。

 

「同じ型」

 

 ターニャは息を吐かない。吐けば、苛立ちが漏れる。漏れれば、判断が遅れる。

 

 紙を一枚めくる。西方の計画の束に混ぜられている。別の束にも同じ欠けがある。場所が違う。担当が違う。回付経路も違う。それでも欠け方が揃うなら、偶然ではない。

 

 ターニャはペンを握り直した。

 

 (偶然の顔をした欠落が増えた。あれは意思だ。存在X。こちらの手順を汚すな)

 

 ドクトルが、楽しそうに覗き込む。

 

「どうした? 紙が欠けているのかい? それなら足せばいい。紙なんていくらでも――」

 

「足すな。今は足すな」

 

 ターニャの言葉が短くなる。危機の側だ。余計な善意は、制度を壊す。

 

 ドクトルは肩をすくめたが、すぐに笑った。

 

「怖いねえ。君は本当に、紙を信じている」

 

「信じてはいない。だが、紙がないと責任を縛れない。責任が縛れないと、現場が暴れる」

 

 ターニャは視線を上げずに言った。これは説明ではない。処理の宣言だ。

 

 机の上で、三つの束がさらに分解される。担当者の欄を作る。期限欄を作る。照合の手順を作る。作った瞬間に、現場は「自由」を失う。その自由が失われることが、ターニャにとっての統制だ。

 

 ドクトルは口の端を上げた。

 

「いいね。君は軍人より軍人らしい。見えないところで支配する。ああ、最高だ」

 

 ターニャは笑わない。嫌悪はある。だが否定できない。必要だからだ。必要であることが、苛立ちの種になる。

 

 そして、苛立ちを処理するのもまた、紙の上だった。

 

 ターニャは束の一つをドクトルの前に滑らせた。

 

「人と施設と予算。ここに数字を書け。期限も。曖昧な言い方は不要だ。短く」

 

 ドクトルは指先で紙を叩き、わざとらしくため息をついた。

 

「はいはい。君の勝ちだ。だがね、勝っているのは私でもある。だって、これで私は西に足を伸ばせる」

 

「足は伸ばすな。手順だけ伸ばせ」

 

「冷たいね」

 

「冷たい方が早い」

 

 ターニャはそう言い切り、紙の端を揃えた。そこから先は、書式の戦いだ。戦場は現場ではない。会議室でもない。署名欄と期限欄、そして欠けた番号の並び方だ。

 

 次に必要なのは、紙を見せずに動かす手順だった。誰かに「制服」を見せる必要はない。見せれば抵抗が増える。抵抗は遅延になる。遅延は、他部署の口実になる。

 

 ターニャは、遅延が嫌いだった。遅延は、存在Xが入り込む余地になるからだ。

 

 その余地を、今夜のうちに塞ぐ。

 

 

 

 

 ターニャは、机上の紙束を「見せない」順に並べ替えた。見せて動かすと、反発が起きる。反発が起きれば、誰かが声を上げる。声が上がれば、余計な署名が増える。署名が増えれば、期限が伸びる。

 

 伸びた分だけ、現場が荒れる。

 

 荒れた現場は、どの部署にとっても便利な言い訳になる。便利な言い訳は、制度を濁らせる。濁った制度は、誰の責任でもなくなる。

 

 ターニャはそれが嫌いだった。嫌いというより、見たくない。見たくないものは、先に潰す。

 

 紙の端を揃え、指先で机を軽く叩く。音は小さい。だが、部屋の空気がそれで切り替わる。セレブリャコーフが入ってきたのは、その直後だった。呼んでいないのに来る。そういう人間は使いやすい。

 

「資料、追加分が届いています。回付先の候補も整理しました」

 

 ターニャは顔を上げずに頷いた。視線は紙に落ちたまま、言葉だけを投げる。

 

「三つに分けろ。人。場所。金。余計な飾りは切る」

 

「はい。語彙を揃えます。反証されやすい箇所も先に拾います」

 

 ドクトルは椅子に腰を下ろしていた。背もたれに寄りかかり、まるで観劇のつもりで二人のやり取りを眺めている。

 

「いいねえ。君のところの少尉は優秀だ。返事が早い。愛想がいい。君とは真逆だ」

 

 ターニャはペンを持ち直し、紙の余白に線を引いた。縦に三本。そこから先は迷わない。

 

「少尉は要件を減らさない。整えるだけだ。私は減らす」

 

「怖い怖い。削る人間は嫌われるよ」

 

「嫌われる方がいい。好かれると、頼まれる」

 

 ドクトルが声を上げて笑った。愉快そうな笑いだ。だが、ターニャはその笑いに釣られない。笑いで何も処理は進まない。

 

 ターニャは、紙の束から一枚抜いた。人員の欄がある。名前は空欄。肩書も空欄。代わりに、必要な技能だけが並ぶ。

 

 書類作成、鍵の管理、夜間対応、受領と引渡し。

 

 目立つ言葉は一つも書かない。けれど、重さは逃げない。こういう紙は、読んだ人間の背中を固くする。

 

 セレブリャコーフがその紙を覗き込み、短く息を吸った。

 

「この技能の並びだと、誰が来ても似た形になります。担当者が変わっても継続できます」

 

「それを狙う」

 

 ターニャは別の紙を差し出した。今度は場所の候補だ。地名はあえて広い。具体を出しすぎると、誰かがそこを縄張りにしたがる。縄張り争いは遅い。

 

「候補は三つ。決めるのは上だ。こちらは準備だけする」

 

 ドクトルが指で紙を弾いた。

 

「上って誰だい? 君の上は多いだろう」

 

「上は上だ。私は署名欄を用意する」

 

 言い切ると、セレブリャコーフが頷いた。言外の意味を理解している。誰の欄を作るか。そこが重要だ。

 

 ターニャはここで、紙の「見せ方」を切り替える。目の前のドクトルに全てを見せる必要はない。見せれば、彼は余計に広げる。広げたがる人間に、余白は毒だ。

 

「ドクトル。あなたに渡すのは、この三枚だけだ。人の必要数。場所の候補。予算の枠。余計な説明は付けない」

 

「ずいぶん冷たいね」

 

「温かい紙は燃える。燃えると消える」

 

 ドクトルは肩をすくめながらも、紙を受け取った。受け取った時点で、彼も責任の端に触れる。触れさせるのが狙いだ。口が達者な人間ほど、責任に触れると急に静かになる。

 

 少なくとも、紙の上では。

 

 ターニャは手元に残した束をさらに細かく分けた。回付の順を決める。最初に行くのは、現場ではない。現場に行けば、現場の言い分が増える。増えた言い分は、紙を増やす。

 

 紙を増やすと、欠ける。

 

 欠けが増えたことを、ターニャは忘れていない。さっき渡された番号の並びが、まだ目の奥に残っている。

 

 目立たない欠け。整った欠け。偶然の顔をした欠け。

 

 ターニャはペンを止め、机の端に置いていた別の束を引き寄せた。欠けの型が混ざっていた束だ。そこから一枚だけ抜き、セレブリャコーフに渡す。

 

「この並びを見ろ。欠け方が揃っている。偶然ではない」

 

「……はい。こちらも同じです。回付経路が違うのに、同じ位置で欠けています」

 

「なら、入口は紙ではない」

 

 ターニャは言葉を切り、指先で紙の角を揃えた。揃えると、判断が戻る。

 

 ターニャが今やるべきことは、欠けの犯人探しではない。欠けても動く仕組みにすることだ。欠けを前提に組む。嫌悪すべきだが、嫌悪しても現実は動かない。

 

 ターニャは紙の欄を増やした。ただし、説明欄ではない。責任の欄だ。

 

 署名欄を増やすのではない。責任者の欄を明確にする。署名は最後でいい。途中に署名が増えると、その場で止まる。

 

「少尉。回付の入口を三つに固定する。書類がどこから来たか、必ずこの三つに収まる形にしろ。例外は作るな」

 

「はい。入口の名称も揃えます。書き方も統一します」

 

「統一した上で、欠けるなら欠ける。欠けるなら、その欠けが目立つ」

 

 ドクトルが紙束をひらひらと振った。

 

「君は本当に、目立たせるのが上手い。普通は隠すのに」

 

「隠すと増える。増えたものは、いずれ爆発する」

 

「爆発、ね。君の口からその言葉が出るのは珍しい」

 

 ターニャは返事をしない。余計な感情は出さない。出すと、相手はそこに楔を打つ。楔を打たれると、会話が延びる。

 

 延びた会話は、紙を減らさない。

 

 ターニャは、次の束を開いた。現場に出す指示書だ。ここが重要だった。現場に渡す紙は、短く、具体で、逃げ道がない形にする。詩的な言葉は不要。抽象も不要。読む人間は忙しい。忙しい人間は、空白を自分の都合で埋める。

 

 だから空白を作らない。

 

 ターニャは、指示書の冒頭にこう書いた。

 

 対象範囲。担当者。期限。報告形式。

 

 それだけだ。理由は書かない。理由を書くと、誰かが理由で議論する。議論は止まる。止まったものは、再開する時に形が崩れる。

 

 セレブリャコーフが控えめに口を開いた。

 

「一点だけ確認します。現場に出す文書の差出人は、どこに置きますか。こちらの部署名が出ると、警戒が強まります」

 

「出さない。出すのは管理の形だけだ。部署名は上の枠で包む」

 

「はい。では、文面は中立にします。現場の負担が増えるような言い回しも避けます」

 

「増えるのは確実だ。だから、増える分を別のところで減らす」

 

 ターニャはそう言って、別の紙を取り出した。現場への支援手順だ。支援は派手にやらない。必要なところだけ、静かに差し込む。目立つ支援は、余計な要求を呼ぶ。

 

 呼ばれた要求は、断ると揉める。揉めれば遅れる。

 

 ドクトルは嬉しそうに笑った。

 

「君は支配が上手いよ。姿を見せずに縄を掛ける」

 

「縄は掛けない。枠を作るだけだ。枠から外れたら、戻す。それだけ」

 

「言い方が怖い。だが、嫌いじゃない」

 

 ターニャは一瞬だけ、ペン先を止めた。嫌いじゃない、という言葉が好きではない。好き嫌いで動く人間は、規則が変わるとすぐ裏切る。

 

 だが、ドクトルは裏切りというより、遊ぶ。遊ぶ人間は危険だ。危険だが、状況によっては使える。

 

 使える危険物は、もっと厄介だ。

 

 ターニャはそれを認めたくない。認めたくないが、認めないと手が遅れる。

 

 手が遅れるのはもっと嫌だ。

 

 紙を揃え直し、淡々と続ける。

 

「あなたの要望は、この形で出す。現場には余計な言葉を渡さない。必要事項だけ渡す。あなたも余計な口出しはするな」

 

「私は口出しが仕事なんだがね」

 

「仕事なら、紙でやれ。口でやると残らない」

 

 ドクトルは不服そうに眉を上げたが、すぐに笑った。

 

「残るのが怖いのかい?」

 

「残らない方が怖い。残らないものは、責任を持てない」

 

 言い切ると、セレブリャコーフが静かに頷いた。返事はしない。返事をしないのが、彼女の良いところだ。余計な同意は、場を柔らかくする。柔らかくなると、ドクトルが調子に乗る。

 

 調子に乗ると、紙が増える。

 

 ターニャは最後に、回付箱用の封筒を取り出した。封はしない。封は最後だ。封を先にすると、中身が欠けても気づくのが遅れる。

 

 封筒の表に、短く書く。

 

 期限。提出先。責任者欄。

 

 その欄の空白が、いちばん効く。空白は、埋めないと気持ち悪い。気持ち悪さが、仕事を動かす。善意ではない。習性だ。習性は制度で使える。

 

 ターニャは封筒を机の端に置いた。視線を上げると、ドクトルはまだ笑っていた。楽しそうに、軽く、無責任に。

 

 その笑いに、ターニャは苛立つ。だが、苛立ちを言葉にしない。言葉にすれば、ドクトルはそこを玩具にする。

 

 玩具にされるくらいなら、紙で縛る。

 

 ターニャは最後の指示だけを出した。

 

「少尉。今夜中に文面を整えろ。入口の固定も同時にやる。欠けが出たら、欠けた箇所を報告書に残す。埋めるな」

 

「はい。埋めません。欠けは欠けとして残します。報告の型も揃えます」

 

 ドクトルが両手を上げた。

 

「君たち、怖いよ。欠けを残すなんて普通はしない」

 

「普通は間に合わない」

 

 ターニャは椅子から立ち上がった。机の上に残った紙束を、回付の順に揃えていく。紙はただの物体だ。だが、並べると命令になる。命令になれば、人が動く。

 

 人が動けば、現実が動く。

 

 ターニャはその現実にだけ興味があった。笑いも、演技も、飾りも、現実が動かないなら無意味だ。

 

 そして今、欠けが混ざっている。欠けが混ざっても、動かす。動かしながら、欠けを目立たせる。目立たせた欠けは、いずれ誰かの責任になる。

 

 責任になった瞬間、ようやく手が届く。

 

 ターニャは封筒を持ち、回付箱の方へ向かった。廊下の空気は冷たい。冷たい方が、頭は冴える。冴えた頭で、余計なことを考えない。

 

 考えるべきは、明日の紙だ。

 

 欠けが増えても、明日の紙は減らさない。

 

 それが、この夜に作った枠だった。

次に読みたい展開はどちらですか?(※構成上、前後する可能性あり)

  • イギリス戦方面
  • 帝国内政(モレル関連)
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