とある魔術と超能力者   作:和菓子

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相変わらず『おりじなりてぃ』の欠片もないタイトルに挫けそうな駄作者です。
うん、そうなんだ。作者はアックアさんの魔法名が大好きなんだ。神裂さんの魔法名も大好きなんだ。
何か、ネットを見てると4巻の評判がいまいち良くないような気もするんですが(気のせいかな?)、神裂さんとミーシャの対決は個人的にかなり好きです。天使VS聖人って字面だけでもなんか燃える。
あ、今回よく分からない例え(のような何か)が登場しますが、よく考えないで雰囲気だけお楽しみください。作者の理屈ってやつはとうに破綻してるんだ……



1-14.流れる涙の理由を変えて “Your_name_is_not_Level0.”

「こちらにいらっしゃったのですか」

 言って、風紀委員(ジャッジメント)の少女――藍原桜はゆっくりと開いた扉を閉めた。

 冷房が効いていて、ひんやりと冷たい空気の部屋だった。

 赤、青、緑、橙。薄闇に様々な色の光点が浮かんでいる。

 食蜂(しょくほう)操祈(みさき)の部屋だ。

 ちぐはぐな部屋だった。高級ホテルのような印象を与える広い空間の半分ほどが機械に埋められ、上品な調度品と不協和音を奏でている。

 この部屋の住人は食蜂のみ。

 派閥の活動に必要な機材を置くスペースを確保するための一人部屋。

 確か、そういう名目だったはずだ。寮にも少し余裕があったのでそれは問題なく受理されたが、多分他人との共同生活が嫌だったのだろうと藍原は推測していた。

 食蜂は常盤台最大派閥を率いる通称『女王』であり、しかも生徒会の副会長でもある。

 この常盤台中学には現在奇妙な役割分担ができている。

 御坂美琴が学園都市及び常盤台の広告塔になり、周囲の注目を集める。

 食蜂操祈が派閥を率いて研究分野で功績を挙げ、外部への影響力を持つ。

 その一方で、風見百合花含む生徒会と風紀委員が、学校内の活動を円滑に回していく。

 食蜂はこの内二つの役割において重要な位置にいる、まさに常盤台の女王だった。

 その彼女が、まさか本当に自室以外に場所を確保できなかったわけではないだろう。というのが藍原の推測を支えている根拠だ。

 まあ、真相が何にせよ、食蜂が部屋を一人で使っている事実に変わりはない。

 しかし、藍原の見つめている先には少女が二人いた。

「あ、おかえり。もうお仕事は終わったの?」

 椅子に座って画面を睨んでいた少女が、艶やかな黒髪を揺らして振り返った。

 風見百合花。

 そこそこ整った、中性的な顔立ちだ。

 女性にしては高めの身長。

 起伏に乏しい体つき(藍原いわく腰回りはそそるらしい)。

 セミショートの黒髪。

 ズボンをはけば、少し髪の長い少年に間違われることもあるのではないだろうか。

 着ているのは皺の寄ったワイシャツ一枚。下は――黒だった。

 さりげなく鼻を押さえながら、藍原が言った。

「いえ、支部から本部に途中経過の報告をするところです」

「鼻血拭きなよ」

 差し出されたティッシュで無表情に顔を拭いながら、藍原はここに来るまでのことを思い出していた。

 暴走する能力者達の対処について支部から本部へと報告を行うために、藍原は一旦常盤台へと戻ることにした。電話で連絡を取って支部に残っている誰かに任せてしまおうとも考えたが、常盤台の風紀委員は最低でも強能力者(レベル3)。現在はほとんどが駆り出されていて、支部には誰もいなかったのを思い出したのだ。

(それだけの非常事態なのですが……少しお粗末でしたね)

 なまじ優れている分常盤台生には協調性が欠けているのではないか、藍原は常々思っていた。

 なら第一七七支部から報告を送ってもらっても良かったのだが、それでは混乱の元になりかねない。そういう区別はできる限りきっちりした方が良いと藍原は考えている。

 何より、藍原はお花畑の少女――初春飾利、と言ったか――が苦手だった。初対面なのにぐいぐい来る。不自然なくらいはしゃいでいたようだし、お嬢様がそんなに珍しいのだろうか。

 頭の中だけで首を傾げながら、藍原は問いを発した。

「そちらはどうですか」

「解析はもうそろそろ、といったところねえ。そっちはどうなのかしらあ、犯人分かった?」

 短い問いに答えたのは食蜂だった。常盤台の制服を着て、暑いのか窮屈なのか、藍原と同じくサマーセーターは脱いでいた。

 座っていた椅子ごと体をクルリと回し、その拍子に長い金髪が宙に舞った。

「いえ、残念ながらまだですね。ダウンロードサイトから探そうとしたのですが、足取りは消されていたそうです」

「その方法はこっちも試したしねえ」

「と、なると。やっぱり解析結果からアプローチした方がいいか」

 百合花は顎に手をやって呟いた。

 その雰囲気に、藍原は微かな違和感を感じた。食蜂に視線を投げる。

(食蜂様、百合花様に何吹き込んだんですか)

『心外ねえ。私が何を言おうと、それを受けてどう変わるかは百合花さん次第なんだしぃ』

 頭に直接響くような声が返ってきた。テレパスだ。

(私が思っていたのとは逆方向の吹っ切れ方のような気がしてなりません)

『いいじゃない。部外者が口を出すことではないしねぇ』

(ですが、)

「二人とも」

 声が遮った。

「内緒話なら私のいないところでしてね。内容が気になって仕方ないから。……あと、桜は鼻を何とかしないと。ティッシュがもう真っ赤じゃない」

 苦笑しながら百合花が言った。

 真っ白なティッシュを鼻に詰め直しながら、藍原はほんの少し無表情を崩した。

 やはり、違和感。

「ごめんなさいねえ。ちょっとパンツの色について話してたのよ」

「はぁ?」

「百合花さんったら。いつからそんな大人な色をはくようになったのかしらあ? 前は真っ白だったのにい」

「え、ちょ! 桜! ズボン、じゃなかった、スカート持ってきて!」

 でも、何となく口は出せなかった。

 藍原は、百合花のことをあまり、知らない。

 百合花と初めて会ったとき、彼女の下着はもう黒だった。

 零れる何かを留めるように、藍原は天井を見上げて、

「早く持ってきてってば!!」

 激突した枕で眼鏡がずり落ちた。

 

 

 

 風紀委員第一七七支部。三人の少女が椅子に座って何事かを話している。

 白井黒子、御坂美琴、初春飾利の三人だった。

「佐天さんにお会いになられたんですの?」

「うん、ついさっきばったりとね」

 黒子と美琴が話しているのを、初春は押し黙って聞いていた。

「すごく、思い詰めてるみたいだった」

 そう言った美琴も、目の下に隈ができていた。この三日間、あるいはその前から、あまり眠れていなかったのかもしれない。

「そう、ですか」

 初春は小さく呟いた。予感はすでに、確信へと変わりつつあった。

 佐天の握っていた音楽プレーヤーが、佐天の行動が、初春達に確信を抱かせる。

 嫌な予感ほど、目を背けたい現実ほど、往々にして実現し得るものだ。

 もしも、佐天涙子が、初春飾利の描く最悪の想像通りの状況に陥っているとしたら、

「一刻も早く、この幻想御手事件を終わらせないといけません」

 呟いた。

「何か私に手伝えること、ある?」

「しかし、これ以上お姉様に負担をかけるわけにはいきませんの」 

 美琴が言葉に答えたのは黒子だった。

 現在、美琴は治療を受けなければならない状態だ。

 カエル顔の医者の治療は完璧だった。美琴はすぐに退院したし、本来なら現在入院する必要もなかった。

 しかし、それはしばらくの間安静にしていることが絶対条件だ。

 上条当麻との私闘、佐天に絡んでいた不良の撃退。

 それに、この三日間。御坂美琴が指をくわえて見ているだけのはずはなかった。幻想御手による能力者達の暴走を、黙って見逃すことなんてありえない。

 全部見透かした上での、黒子の言葉だった。

「ありがとね、黒子」

 そんな黒子の気遣いに、美琴は唇をほころばせて、

「でも、私にとっても他人事じゃないから」

 真剣な表情でそう言った。

 

 

 

「なるほどねえ」

 そう食蜂が言ったのは、藍原が風紀委員の仕事に戻った十数分後だった。

 百合花が息を漏らす。仕事の速さに感心半分、どうして普段から真面目にやれないのかと呆れ半分の様子だ。

「何か分かったの?」

「ええ」

 食蜂は薄く微笑を浮かべた。

「百合花さんが下着の色を変えた理由、ズバリ、思春期ねえ?」

「ああ、まだその話続いてたんだ」

 忙しなくキーボードを叩きながら、百合花は興味なさげに言った。視線は、食蜂の部屋に備え付けられたコンピュータの液晶を睨んでいる。服はもう着替えて、今は常盤台の制服を着ていた。

 食蜂が手に持ったリモコンでスカートをつついても、彼女は特に動揺を見せることもなかった。

「む、つまらない反応力ねえ」

「お生憎様。今は冗談に反応する余裕はないんだ」

「ちぇ」

 食蜂が唇を尖らせた。百合花の方を覗き込んで言う。

「いまいち進んでないわねぇ。やっぱり悩みごとがあると効率力ダウンなのかしらぁ」

「単純な技術の問題だと思うけどね」

 嘆くようにため息をついたあと。で、何が分かった? と百合花が続けた。

 幻想御手(レベルアッパー)

 にんまりと、食蜂の紅い唇に笑みの色が浮かんだ。

「大まかな仕組みくらいは、ねぇ」

 彼女達が幻想御手の解析に求める情報は、大きく分けて三つ。

 仕組みと、犯人と、動機。しかし、今まで彼女達はその仕組みにも手間取っていた。

 音楽プレーヤーにダウンロードされた幻想御手のソフトからロックされた電子情報を取り出すこと。それ自体は、百合花にも不可能ではない。

 問題はその先にあった。

 幻想御手の電子情報は、いわば精巧に組み上げられた楽譜と言っていい。巧みに錠を開け、守られていた楽譜を手にいれた百合花だったが、その方面に疎い彼女には楽譜が何を示しているのか朧気にしか分からない。辛うじて脳に干渉するシステムだと予測をすることぐらいしかできなかった。

 例えば、ここに一枚の楽譜と、何の知識も持たない素人が一人いたとする。

 音楽について何の専門知識も持たない素人がいくら睨んだところで、頭の中にその曲が再生されるなんてことがあり得るだろうか?

 理解もできない楽譜を視界に入れただけで、その曲に込められた技術や技巧や想いなんてものが頭に浮かんでくるのか?

 答えは当然『NO』だ。

 楽譜を見ただけで曲を思い浮かべ、なおかつその曲に使われているあらゆる技術や技巧、それらの役割、曲の全体としての纏まりなどを即座にスラスラと説明する。百合花はそんなことができるほどの専門家(さっきょくか)ではなかった。知識の不足が原因で、彼女の解析能力は電子系統にはいまいち対応していない。

 故に、その楽譜を自分の言語で読めるように書き直す必要がある。楽譜を音楽に変える『演奏』のステップを踏む必要がある。

 実際に幻想御手を流せば手っ取り早いのだが、そんな危険な賭けはできる限り避けたいところだった。

 そう考えて、百合花は情報技術関連ならこの町でもかなりの上位に食い込むだろう食蜂を頼り、解析を依頼したのだが、

(脅しても脅してもサボるんだもんなぁ……)

 この数日、目の前の金髪腹黒超能力者が真面目に働いたのはここ二日だけだ。

 げんなりした様子で百合花は大きく息を吸って、

 二度目、呆れたようなため息を零す。

 それに首を傾げながら、食蜂が言った。

「ええと、脳に干渉して使用者の間でネットワークを構築、能力を向上させてるのは知ってるわよねぇ?」

「うん」

 百合花が頷く。確かに、今までの時点で辛うじて解読した電子情報はそんなことを書いていた。

 しかし、幻想御手は音楽ソフトであって洗脳装置(テスタメント)ではない。

「けれど、どうやって脳に干渉しているのか。どうやってネットワークを構築しているのか、それが分からなかった」

 百合花が言う。食蜂は薄く笑った。

 薄く笑って、言った。

「その答えが――」

 

 

 

「共感覚性!」

 天啓を得たとばかりに弾んだ声で、美琴と黒子が口を揃える。初春が怪訝な表情で尋ねた。

「何ですか?」

「共感覚性ですの。一つの刺激で複数の感覚を得ることですわ」

「本来なら特殊体質みたいなものなんだろうけど、ここは学園都市。『開発』の副作用が裏目に出たみたいね」

 初春は少し考える素振りを見せて、

「つまり、音で五感を刺激してテスタメントと同じような効果を出しているということですか?」

 懐から赤い携帯電話を取り出した。選んだ番号は――木山春生。

 呼び出し音のあとに、ぶつりと短く音が鳴って、木山の声が聞こえてくる。

 事情を説明した初春に、

『その可能性はあるな。なるほど、見落としていた』

 電波の向こう、木山が平坦な声を出した。

 初春は複雑な表情だった。美琴達は黙って二人の会話を聞いていた。

「その線で調査をお願いしたいのですが」

『あぁ、……そういうことなら、『樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』の許可も下りるだろう』

「……学園都市一のスーパーコンピューターならすぐ、ですね」

『ああ、結果が出たら知らせよう』

「あの」

『ん?』

「そちらに行ってもいいですか? 一刻も早く、結果が知りたいんです」

『……構わんよ』

「……ありがとう、ございます」

 赤い携帯電話を懐にしまい、初春は歩き出した。

「白井さん。結果が出たらこちらから連絡しますね」

「分かりましたの」

「初春さん!」

 美琴の声に振り返った。

「私は佐天さんのところに行ってみる!」

「……お願いします」

 支部の扉をくぐり、木山の待つAIM解析研究所へと向かう。

 足取りは、重かった。

 

 

 

 閉め切ったカーテンが太陽を遮る。暗い部屋の中、布団にくるまった佐天涙子は、握ったスマートフォンのある番号をひたすらに凝視していた。

「やっぱり、言わなくちゃ……」

 自嘲する。この三日間、初春から逃げていたくせに。臆病者。彼女に嫌われるのが、軽蔑されるのが怖かったのか? だから、何も話さなかったんだろう? 

 ついさっきもそうだ。お前は逃げたんだ。また逃げた。情けない。情けない。情けな――

「やめてよっ……!」

 歯切れの悪い言葉と違って、佐天の思考はそんなことばかりくるくると浮かべている。

 振り払うように言葉を吐き出して、初春飾利の番号に掛けた。

 すがるような思いで、やけに長い呼び出し音を聞いていた。

 けれど。

 まだ、繋がらない。

 まだ、初春の声は聞こえてこない。

 聞こえない。繋がらない。

 まだ。まだ。まだ。

 もう、我慢できなかった。

 握った携帯電話がやけに冷たくて、泣いてしまいそうだった。

 くしゃりと表情を歪めたところで、

 断ち切るような音と共に呼び出し音が途切れて、

『佐天さん?』

 息を呑んだ。

 永遠にも思えた時間のあと、少女の声はまるで隣にいるかのように近く響いた。

『心配してたんですよ! 電話しても着信拒否だし……部屋に行っても、出て、くれないし』

 どこか沈んだ彼女の声。それでも、佐天には救いのように暖かかった。

 今度は、暖かくて泣いてしまいそうになった。

 自分を責める声はまだ、佐天の中でドロドロに溶けながら回っている。そんな声に顔を曇らせつつも、佐天は勇気を振り絞って、言った。

「……、ごめん」

『え?』

 戸惑った声が聞こえた。

「初春、ごめん」

『さ、てんさん?』

 握りしめた薄い筐体の向こうで、声が揺れた。その先は聞きたくないと、そんな風に揺れていた。

 揺れた声を聞いて、佐天は、

「あたし、幻想御手使っちゃった」

『ぇ?』

 息を呑む音が、聞こえた。罪悪感が胸を締め付けるのとほとんど同時だった。

「……、いやー、佐天さんも能力者になりたかったと言いますか、」

 思考が空回りを始めた。

 誤魔化そうと、始めとは違う軽い調子で、できる限り明るく、佐天は言う。

『……佐天さん』

「所有者を捕まえるって言うから、ビビって言い出せなくてさー」

 嫌われたくない。空回りする思考はそれだけを佐天に刻んでいた。

『佐天さん!』

「あ、でも、やむにやまれない事情があったんだよ? 運悪く不良と出くわしてさ、まぁ全部白井さんが持って――」

『佐天さん!!』

 佐天の体がびくりと跳ねる。

 やっぱり、嫌われた。そんな思考は、次に初春の言った言葉で真っ白になった。

『幻想御手を使ったら、昏睡状態になっちゃうんですよ!?』

「……ぇ?」

 思考の空白。

 そこから帰って、まず始めに感じたのは戸惑い。

 次に感じたのは、納得だった。

 乾いた笑いが出ていった。

「はは、そうか、やっぱり、そうなんだ」

『……、佐天、さん?』

 電話の向こうで初春が戸惑った気配がしている。それに構わず、佐天は独白した。

「あたしみたいなのがズルして力を手にしようとしたから、バチが当たったんだよ」

 諦めた声で、諦めた表情で、諦めた少女は言った。電話の向こうからは何も聞こえない。

「バカだねあたし! 脇役がどう頑張っても主役になんかなれるわけないじゃない! 本物に潰されるのが落ちだよね!」

 誤魔化すように明るい声で、そう言った。

 返事はない。

「ねえ、初春」

 やっぱり、嫌われたのかな。俯きながらそう思う。いつの間にか、頬を涙が伝っていた。

「……無能力者(レベル0)って、……欠陥品なのかな」

 くしゃくしゃに濡れた顔を隠すように、手をかざした。涙が溢れて止まらない。

「ごめ、ん、初春。こんなあたし、嫌われて、当然だよね」

 歪めた顔を必死で取り繕って、泣きながら言った。

 それでも、返事はない。

 やっぱり、駄目か。

 最後くらい笑って別れを告げよう。そう思って、無理やり口の端を持ち上げたところで、

 

『嫌いになんかなりません!!』

 

 佐天の表情が、呆けたように弛んだ。

 初春の声が続く。

 

『嫌いになんかなりませんし、佐天さんが倒れちゃってもすぐに起こしてあげますから、私にどーんと任せちゃって下さい。佐天さんきっと、あと五分だけー、とか言っちゃいますよ。……あ! 今度紅茶の淹れ方を教わる約束をしたんです! 上手くできるようになったら佐天さんに飲んでもらいたいなー、なんて』

 

 信じられないと、思った。

 呆然としたまま、思わず尋ねていた。

「……何を、言ってるの?」

 堰を切ったような感情の波が、自分の頭を蹂躙していくのを感じた。

「嘘、だよ。あたしは無能力者なのよ!? 何の取り柄もないの! そんなあたしをどうして! 御坂さんも初春も皆も! どうしてそんなに優しいのよ!? 見下してよ! そうすればきっと諦められるから! あたしみたいな欠陥品が皆の友達面してたのがおかしかったんだって、きれいに諦められるから!!」

 ぐちゃぐちゃだった。

 何を言っているのかと、自分でも思う。

 嫌われたくなかったのではなかったか。てんで支離滅裂だった。

 でも、初春は、

 

『ふざけないでください!!』

 

 体が跳ね上がった。

 

『佐天さんは私達の友達です! 今までも、これからも、ずっと友達です!』

 

 初春飾利は、絶対にぶれない。

 どんなに感情をぶつけても、みっともなく八つ当たりをしても、何も変わることなく、初春は佐天の友達だった。

 激しく波立った頭の中を、無理やり平らにされたような気分だった。

 ふにゃふにゃとした心の真ん中に、硬い芯を差し込まれたような感じだった。

 

『ともだぢなんでずから!!』

 

 声に混じって、嗚咽が聞こえた。それが自分のものなのか、電話の向こうの彼女のものなのか、佐天にはよく分からない。

「……うい、はる」

 分からないけど、きっと。

 初春飾利は泣いていた。

 佐天のために、涙を流して泣いていた。

 

『佐天さんは欠陥品なんかじゃありませんっ!!』

 

 救われた、気がした。

 

『能力なんか使えなくたって、いつも、いつも私を引っ張ってくれるじゃないですか!』

 

 嗚咽の音は、とても近かった。まるで隣にいるように、佐天の心に深く染みてくる。

 

『力があってもなくても佐天さんは佐天さんです! 私の親友なんだから! だからっ……』

 

 親友。

 初春飾利は確かに、佐天涙子へそう言った。

 佐天の頬を何か得体の知れない、しかしとても温かいものが伝っていく。

 さっきまで佐天が諦めていた何かが、優しく頬を流れていった。

 温かい。

 

『だからっ……そんな悲しいこと言わないで……』

 

 だから、佐天涙子は救われた気がした。

 涙を拭って、言う。

「ねぇ、初春」

『な、何でずか?』

 初春の方が泣いてるな、と。曖昧になった意識の中で佐天はそんなことを考える。

「私が倒れちゃったら、ほんとに助けてくれるの?」

『あ、当たり前じゃないですか! 御坂さんも白井さんも風見さんも、それに私だっています!! 今だって、そっちに御坂さんが向かってるんですから!!』

「御坂さんが……?」

『はい!』

「……そう」

 強ばった顔が僅か、弛んだ。

 佐天が友達を裏切っても、友達は佐天のことを助けてくれる。いや、彼女達はそんなこと始めから気にもしていなかった。裏切られたなんて、欠片も思っていない。

 本当に、呆れるくらいのお人好し。

 分かっている。

 だから、もう怖くない。

 暗くなっていく視界を自覚して、こんなにも安らかでいることができる。

「ありがとね、初春」

 少しだけ、笑みを浮かべた。

 そのとき。

「佐天さん!!」

 薄暗い部屋に踏み込んできたのは美琴だった。

 荒い息で肩を上下させ、玉のような汗が浮かんでいる。

「御坂さん」

 呼びかけた。

「あたし、幻想御手使っちゃったんです」

「……そっか」

「昏睡状態になるって、初春から聞きました」

「うん」

「この間は、すみません」

「こっちこそ、ごめんね」

 短い、しかし穏やかで強い言葉のやり取りだった。

 会話が途切れて、沈黙が流れようとしたところで、

 ずびー!!

「……ふふっ」

「初春、女を捨てちゃってるわよ」

 初春の鼻をすする音が聞こえて、佐天と美琴は思わず笑みを零した。

 佐天は思う。

 どうやら自分は主人公じゃなくて囚われのお姫様ポジションらしい。

 悔しいな、と思う。嬉しいな、とも思う。風見百合花も白井黒子も初春飾利も御坂美琴も、自分を助けてくれる。こんな自分を受け入れてくれる。

 そう思うだけで、止まったはずの温かいものがまた流れ始める。

「初春、御坂さん……お願いが、あるんです」

 悔しいけど、嬉しかった。

「ん?」

『何ですか?』

 ヒロインはヒーローに助けを求めるものだ。

 いつか弟と見た勧善懲悪物のヒーロー劇を思い出しながら、佐天はそんなお気楽なことを考えていた。

 とりあえず、様式美かな。泣きながらそんなことを考えられる自分に内心驚く。

 自覚した。初春の声は、美琴の視線は、こんなにも自分に希望をくれている。

 だから、

 

「助けて」

『はい! 必ず!』

「任せときなさい!!」

 

 だから、囚われのお姫様(ヒロイン)はもう絶対に諦めない。この手の中の希望を二度と離したくない。

 眠るように目を瞑った佐天を、美琴が優しく抱きしめた。

 佐天の口元は微笑みすら浮かべている。

 涙はもう流れなかった。

 薄暗い部屋の中、床に転がった携帯電話から声が聞こえてくる。

『御坂さん、佐天さんのこと、お願いします』

「ええ」

 短く、力強い答えだった。

 開け放たれた扉から、眩しい光が影を照らしていた。

 

 

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