とある魔術と超能力者   作:和菓子

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エタる云々言ってた直後にエタッてしまい、申し訳ないです。
今さらですが更新再開します。





1‐21.黒幕 A_Wirepuller

 

 

 

 轟音に揺れる高架下で、食蜂は酷薄な笑みを浮かべていた。右手に持ったリモコンは、黒子へと向けられている。

 当の黒子は驚いたように硬直していた。突然の行動に理解が追いついていないらしい。木山は食蜂の能力を知らないため、困惑した表情をしていた。

 一瞬、空白があった。

「あなたは……なに、を……?」

 呆然と呟いたのは、黒子だった。

「何をって、決まっているでしょお?」

 食蜂が言う。赤い唇に、冷たい笑みを貼りつけたまま。

心理掌握(メンタルアウト)

 学園都市最高位の精神系能力であり、その応用の幅は広い。リモコンを突きつけられ黒子が咄嗟に浮かべたのはそのうちの一つ『洗脳』だった。

 裏切り。黒子は酷薄な笑みからそれを読み取った。

 何故?

 どうして?

 食蜂操祈がこの場面で裏切るメリットは何だ? 

 いや、むしろ、この裏切りに意図なんてものがあるのだろうか。空白のあと、湧き出るのは疑問ばかり。

「どういうつもり、ですの?」

 堪えきれず、黒子が問う。食蜂は答えなかった。答えないまま、薄い笑みを浮かべている。リモコンを、凶器か何かのように突きつけて。金の瞳を、美琴へと向けて。

 釣られて、ちらりと、黒子は美琴に視線をやった。

 落ち着いた表情だった。

 美琴は何も言わなかった。

 ただ、強い瞳が、食蜂を揺らがず見返していた。

 数秒、沈黙が流れる。天使と百合花のぶつかる音が、遠くの方から響いてくるだけだ。

 束の間、四人の間には奇妙な静寂が横たわっていた。

 時間にすれば数秒。短い静寂だった。一方で、黒子はそれが永遠に続くのではないかと錯覚した。どうしてかは分からない、とにかく、そう思ったのだ。

「……どういうつもりぃ?」

 鋭い声が、静寂を切り裂いた。

 意外にも、声の主は食蜂だ。薄い笑みを崩し、不審げに眉をひそめる。

 食蜂が黒子を洗脳しようとしている。そんな状況を御坂美琴が見逃すはずなどないと、そう思ったからこその疑問だった。

 彼女の知る御坂美琴なら、絶対に見逃すはずなどないのに。

 そう思ったからこその、苛立ち。

 しかし、美琴はそんな疑問を簡単に飛び越える。

「分かってる」

 簡潔に告げた。

 黒子と木山には理解不能の一言だった。食蜂の顔つきが一気に不機嫌なものになっていく。

「はぁ? あなたに何が――」

「普段のアンタがこんなときにこんなおふざけをするやつじゃないってことも」

 遮って、美琴は続ける。ささやくような声だった。

「能力を使うなら、これ見よがしにリモコンなんか構えずに黙ってやればいいってことも。アンタがやろうとしてるのが単に通信用のテレパスを繋げるだけってことも」

 それが嵐の前の静けさであることに、このとき食蜂は気がついていたのか。

 美琴は、まっすぐに、食蜂の瞳を貫く。

「全部分かってるから、いちいち試すな!」

 食蜂の肩が跳ねた。叱られた子どものような反応だった。

 驚いたのは黒子達もだった。態度も、雰囲気も、一見裏切りに見えた――見せた――食蜂の全てを、美琴は看過していたのだ。ちりっ、と黒子の胸が微かに痛む。本人も自覚していない痛みだった。そんな黒子に構わず、食蜂は拗ねた子供のように、渋々リモコンのボタンを押す。

「はい。これで繋がったわぁ。白井さん達との連絡はこれを通してするけど、文句はないわよねぇ」

「ないわよ」

 美琴はきっぱりと言った。黒子も頷いている。

「……どういうことだ?」

 ただ一人、食蜂の能力を知らない木山だけが置いてきぼりにされていた。

「まぁ、状況の把握はあとでもできますの」

 言いながら、黒子は空間を跳躍した。

 向かうのは、ここから少し離れた高速道路のすぐ近く。警備員達と初春を避難させた場所だ。

 最後の鍵は、そこにある。そう信じて、黒子は跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 上空十数メートル。戦いの舞台は宙に移っていた。

 

 ――――AIM拡散力場:解析率16%

 

 両腕を広げ、右足を軽く前に出す。状況に応じ、舵をとるように、姿勢を柔軟に変えていく。

 そうやって、百合花は空を飛んでいた。

 大気の流れを操り、人一人の重量を軽々と宙に浮かべてみせる。空中を流れるように移動する。

 ただし、代償もある。

 超能力者の演算回路を借りているとはいえ、百合花の能力は元々ひどく消耗が激しい。この複雑な演算を長時間続けるわけにはいかなかった。

(そもそも、本命は『解析』の方だしね)

 声には出さず、思う。

 その隙をついて、薄く光る触手が何本か、百合花の胸を貫こうと迫ってくる。

「っとと」

 一時的に風を止め、重力に任せて落下。ぼさぼさの黒髪が風に吹かれて逆立つ。

 その頭上を、何本かの光の筋が通り過ぎていった。雷光のような何かを微かに散らし、空を淡く染めていく。

 

 ――――AIM拡散力場:解析率20%

 

(……遅い)

 ワクチンソフトが間に合わなかった場合の保険とはいえ、『解析』の遅れに少し焦る。

 しかし、その焦りをおくびにも出さず、百合花は風を吹かせて落下速度をゆるめ、ふわりと地面に着地した。茶色い革靴が軽やかに大地を捉え、わずか舞い上がった砂埃を浴びる。

 それには目もくれず、百合花はただ一点を見つめていた。

 唇を、真一文字に引き結ぶ。

 見上げる。

 大空に座し、天使が百合花を見下ろしていた。

 胎児のような体は変化し、生まれ立ての赤ん坊程度には発達している。孔雀の羽のように広がる光の翼には、淡い電光が散っていた。

 青白く濁った四肢に、真っ赤な眼球。

 それとは不釣り合いなほど神々しい、光の環。

 

「pjwd殺jtmd」

 

 殺意はいまだ衰えず、むしろ一層強くなっているようにも思える。

 

 ――――AIM拡散力場:解析率23%

 

 天使はその短く太い腕を百合花に向けて突き出した、その手のひらから、光弾が発射される。

 細長い槍の形をしていた。

 それが百合花へ向かって疾駆する。

 発射される直前、百合花はすでに走り出していた、腰、肘、膝、全身のばねを目一杯に使って地面を蹴る。

 それよりすこし遅れ、光の槍が大地に突き立った。全長三メートルほどの光の槍が、大地に深い穴を穿ち、霧散していく。

 眺めている暇はなかった。

 同じものが三つ、すでに天使から放たれていたから。

「おいおい嘘でしょう!?」

 叫びながら全力で走る。その背後、先ほどと同じ光景が三度繰り返された。

 

 ――――AIM拡散力場:解析率25%

 

 天使は手を弛めない。

 殺意を以て、かざした右手のひらから風の槍を出現させた。大気が凄まじい勢いで渦を巻き、見えない芯のまわりで回転している。

「ちょ、パクられた!」

 体を向け直しながら、百合花は思わず叫ぶ。奇しくも、それは百合花の見せた風の槍に酷似していた。あるいは参考にしたのかもしれない。

「gmjatp死pda」

 百合花がしたのと同じように、旋回する風の槍が射出された。

 思いっきり後方に跳び退いて、紙一重 でそれを回避する。目の前の地面が螺旋状に抉れていく。

 着地。そのまま重心を低くする。

 腰を落とし、いつでも走り出せるように脚に力を込めながら、百合花は上空の天使を黒い瞳に映した。

 目を細める。

「槍に、何かこだわりでもあるの?」 

「jmta殺jawm」

 返ってきたのは、無機質なノイズ混じりの殺意だけだった。

 その刹那。

 

 ――――ERROR!!

 

「ッ!!」

 びくりと、百合花の眉が跳ね上がる。

 解析に、不具合が起きた。

 ――AIM拡散力場。

 能力者が無自覚に発する微弱な力のフィールドであり、極めて微弱かつ機械を使わなければ人間には観測できない。その性質は『電撃使い』ならば電波、『発火能力者』ならば熱量と、能力の種類により多岐に渡るが、いずれも物理の範疇を出ない科学の領域にあるエネルギーであることに変わりはない。

 しかし、目の前の天使を構成しているものは、もはやただの科学で推し量れるものではない。『AIM拡散力場がより集まった結果生じた何か』としか表現できない物質。比喩でもなんでもなく、本来この世界に存在しないはずの物質。

 それが、目の前の天使を形作っていた。

 だが、本来それは障害にはならない筈だった。

 天使が輝く翼を大きく広げる。触手のように蠢いて、数十本の光の翼が迫ってくる。

「ちっ」

 舌打ちして、身体を左に流す。右腕を大きく横に振った。

 生み出された暴風に合わせて、左に跳ぶ。

 一瞬遅れて、光の翼が、槍のように、百合花のいた場所を穿った。そのまま横に薙ぎはらう。さながら鞭のように、光の翼が宙を切り裂いた。

 その前、百合花はすでに飛び上がっていた。風を吹かせて体を浮かす。

 上空十数メートルに浮かびながら、百合花は訝しげな視線を天使に送った。

 不自然だった。

 確かに、天使の体を構成している物質は、本来この世界には存在しない。けれど、それは障害にはならない。

『どんな能力なんですか?』

 そう問われたいつかの公園で、あのやさしい少女に、百合花は一つ嘘をついた。

『……レベル4の空力使い』

 本質は、まるでちがう。

 風を操る力は、あくまで百合花の能力の副産物の副産物、おまけに過ぎない。

 あらゆる理解不能を解析し、制御する。それが彼女の能力の本質だ。だから、この世界に存在しない物質だろうとなんだろうと解析し、制御下に置くことができる。食蜂操祈の演算領域を借りた今なら、なおのこと。

 ――ただ、異物があった。

 この世界に存在しない物質の中に、それ以上の異物が。正真正銘、科学では説明できない何かがそこに紛れていた。

「mgjp殺mpgj」

 天使が、無機質な殺意を発する。

 百合花は大きく目を見開いた。

 違和感の正体が、やっと分かったからだ。

 天使が百合花を執拗に狙うのは何故なのか。

 ――ウイルス。

 科学的な言葉で説明するならばそうとしか表現できない、科学の域を越えた何か。百合花の知らない、正体不明の法則。解析を邪魔したのはそれだったのだ。

 理解して、表情を歪めた。

 その瞬間だった。

 肉を潰してかき混ぜたような、グロテスクな音が辺りに響く。滑った水音に加え、枯れ枝が折れるような乾いた音も聞こえてくる。

 総じて、異様だった。

 天使が、変貌した。あるいは、成長といって差し支えない現象かもしれない。

 数メートルあった巨体は、二メートル強の細い体躯に。

 太く短い手足は、長くしなやかな四肢に。

 赤い眼球は青白い肉に埋もれ、天使の顔にはもう何も浮かんでいない。眼や鼻、口。それぞれを表すのは無感情な凹凸のみ。

 孔雀のように、光輝く翼が大空を埋め尽くした。

 光の環が、一際強く、輝く。

 紫電が青空に散った。

 それを、百合花は、目を見開いて見守ることしかできなかった。

 呆然と、考える。

(このウイルスが科学じゃない『別の法則』に基づいているなら、こんなことをしでかせる人間は一人しかいない)

 今さらになって、やっと気づいた。

 この事件の、真の黒幕。

「あなたか。アレイスター=クロウリー……!」

 どこかのビルで、とある『人間』が楽しげに笑った気がした。

 そして。

「――――っ!」

 一瞬だった。

 空を埋め尽くしていた光の翼が、百合花へと殺到する。

 致命的な、反応の遅れ。

 刹那、紫電が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 警備員の女性が黒子に声をかける。

「何が起こっているじゃん?」

 黒い長髪を後ろで束ねた、美しい女性だった。

「申し訳ありません。あとで説明しますの」

 言いながら、視線を周囲に巡らせる。もちろん、初春飾利を探して。

 彼女をここまで運んだのは黒子だ。だからすぐに見つかった。高架下と通常の道路を隔てる金網にもたれて、初春は警備員の介抱を受けていた。

 小走りで近づく。

「初春っ!」

 大きな声で、呼びかけた。

「白井、さん……?」

 薄く目を開きながら、朦朧とした様子で初春は答える。

「幻想御手のワクチンソフトは持ってますの!?」

 勢いよく黒子が詰め寄ると、初春は一転して驚いた表情になった。

「え、あ……はい、持ってます、けど」

 木山はどうなったのか、と初春が言おうとした瞬間だった。

 光の翼が、大空を埋め尽くした。

 凄まじい、雷光のような何かが、青空を席巻し、学園都市を侵食する。

「あれ、は」

 誰ともなく、呟いた。あるいは、その場にいた全員が、思わず漏らしたものだったのかもしれない。

 それほどの、思考を停止させるには十二分な光景だった。

「あれを止めるのに、皆様の協力が必要ですの!」

 押し潰すような威圧に抗おうと、黒子は声を張り上げる。その言葉は初春以外にも向けられていた。

 事情を聞き、その場にいた全員が、強く頷く。

 押し潰されないために。

 挫けてしまわないように。

 何をするべきかなんて、すでに分かりきったことだった。

『ワクチンソフトは確保いたしましたの』

 繋がった精神感応で食蜂へと連絡を取る。

『それは上々。できる限り急いでねぇ』

 言葉と同時、イメージが送られてきた。あの天使を止めるのに必要な、幻想御手のワクチンソフト。その媒介をしているものは、幻想御手と同じく音楽だ。ならば、それを流す手段が必要になる。

 その手段の一つとして、食蜂は警備員の装甲車を提案した。木山との戦闘で破損しているものも多いだろうが、無事なものがあれば、そこから警備員本部へと連絡を取り、ワクチンソフトを学園都市中に流すことができる。

 理解して、黒子はくるりと振り向いた。

「お願いがございますの」

 警備員の女性を見ながら、はっきりと告げる。

 遠くで、光の翼が瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 そこは、美琴と木山がぶつかった高架から少し離れた場所だった。そのおかげか、崩落の影響は比較的少ない。

 光の翼を視界に収めながら、麦野沈利は退屈そうに言う。

「おーおー、ヤってるわねえ」

 気軽な調子にも関わらず、低い声。

 傍らに従えた三人の少女達が、怯えたように体を震わせた。

 麦野はそれに気づいていたが、わざと無視する。黒い清掃車から降りて、高架の脇、階段の前に足を下ろす。退屈そうに、栗色の長い髪をかきあげた。

「暴走寸前? 制御できない? 統括理事長も面白い冗談を言うもんだね、あれのどこが制御できてないんだか」

 目の前に、金網で扉が設けられていた。

「ちっ」

 気だるげな顔から一転、舌打ちを放つ。右足を、勢いよく蹴り出した。蹴り出した脚が、扉にぶつかり、金網がひしゃげる音がした。中心部分から凹んだ金網の扉が呆気なく後ろに倒れる。

「さて、第三位はどこかにゃー?」

「麦野、先にワクチンソフトを超壊しましょう」

「結局、それがお仕事ってわけよ」

「……」

 美琴を探す麦野を、絹旗とフレンダが宥める。滝壺は無言だった。

「ワクチンソフトはあんた達に任せるわ」

「「ええっ!?」」

 驚く二人をよそに、麦野はつかつかと階段を上がり、高架の上に上がる。そこからは戦況がよく見えた。殺到する光の翼を、小さな影が必死にしのいでいる。あれが第三位だろうと目星をつけ、麦野はフレンダから双眼鏡をぶんどった。

 覗きこむ。

「……ん?」

「麦野? 超どうしました?」

「……第三位じゃない。くそがっ」

 言い捨て、双眼鏡をコンクリートに叩きつける。フレンダは泣いた。

「滝壺、体晶使いなさい。なんか超能力者っぽいのを探せば見つかるでしょ」

「ちょ、麦野!? 今回体晶は使わないって――」

「黙ってなさい」

 割り込むフレンダに、一喝。にこりと笑う麦野に対して、滝壺はふるふると首を横にふった。麦野の顔が憤怒に染まる前に、言う。

「使わなくても、わかる」

「わかる、ですって?」

 驚きを露わにする麦野の問いかけに、滝壺はこくりと頷いた。

「超能力者クラスの力場は、あそこにふたつと、むこうにふたつ」

 そう言って、戦っている天使と百合花を指さし、それから食蜂と美琴のいる高架下のほうを指さした。

「私を入れたら、超能力者クラスが五人いるってことか。楽しそうじゃない」

 嘯く麦野をよそに、滝壺は自分の体を抱えこむように抱きしめ、呟く。

「……怖いよ、むぎの、きぬはた、ふれんだ」

「……」

 麦野は黙って、滝壺の頭に手を置いた。ぽん、ぽん、と何度か不器用に叩いて、それから放す。

「麦野って実は超やさしいですよね」

「ツンデレってわけよ」

「うるさい」

 一喝し、歩き出す。

 邪魔な装甲車を『原子崩し』で消し飛ばし、崩れた道路に文句を言いながら、少しずつ。

 

 

 

 

 

 

 初春飾利は高架の上に立っていた。視線を辺りに巡らせ、警備員(アンチスキル)の装甲車を探す。食蜂の指示で、初春が持つ幻想御手のワクチンソフトを流すのなら、そこから本部に連絡を取ってデータを転送するのが最も手っ取り早いということになったのだ。しかし、辺りを見渡せど、目に入るのはひしゃげた鉄の塊のみ。これでは通信機能が生きているかも定かではなかった。

「木山先生、派手に壊しましたね」

「幻想御手の暴走に引きずられていたのではありませんの? いくら何でも今まで能力者ですらなかった彼女に多重能力が完全制御できるとは思いませんし」

 ノイズの混じった風切り音に初春が振り返ると、白井黒子に、もう一人、警備員の女性が立っていた。不安げな初春に向かい適当に嘯いて、黒子は横倒しになっている潰れたパトカーを足で小突く。

「見事にまあボロボロですわね。爆発しないのが不思議なくらいですの」

「この調子だと警備員権限で近くの施設から流すほうが早いじゃんよ」

 眉を寄せる黒子に、警備員の女性ーー黄泉川愛穂が提案した。彼女は先ほど黒子によってテレポートさせられた警備員の一人なのだが、風紀委員の権限だけではワクチンソフトを流すのに手間取るだろうということで、事情を説明して協力を仰ぐことになったのだ。幸い、彼女は黒子の説得に快く応じてくれた。「他に解決法が見つからない以上は信じるしかないじゃんよ」と、大人の貫禄を見せつけられたときは少し感激してしまったほどだ。その黄泉川はどうやら、まず黒子の空間移動で最寄りの通信施設に行き、そこからワクチンソフトを流した方が早いと判断したらしい。

「いえ、念のため一応確認しておきますの」

 だが、それでは遅すぎる。

 少しだけ焦りを見せた黒子が、手始めにそばにあった装甲車の成れの果てを覗き込もうとしたところ、初春が言う。

「あ、それはさっき確認しました。壊れた破片が内部を傷つけてしまっているみたいなんです」

「あら、そうですの?」

 初春の言葉に踵を返し、次を確認しようと空間移動の演算式を組み立てた。その瞬間だった。

 

 不気味な、白い、閃光。

 

 すぐ目の前に叩きつけられるそれを見て、黒子は組み立てた演算を反射的に実行した。結果、初春や黄泉川よりも遠く、光の全体像を見ることができた。

 突如として上空から伸ばされた白光の柱は、横たわった装甲車を余すところなく呑み込み、今にも崩れ落ちそうな高架に大穴を作る。ぽっかりと口を開けた穴の縁は赤熱し、粘質の紅い流体を溢している。

 絶句した。黒子も初春も、黄泉川でさえ、現状に理解が追い付かなかった。もはや機能しないとはいえ、木山の多重能力に晒されてなお、あれはその原型を保っていたはずなのだ。それがただの一撃で、存在の痕跡すら残さずに消えた。

 ーーと。

「あー、やっぱりあの大きさで射つとイマイチ制御が甘くなるわね。もーちょいずれてたら一般人殺すとこだった、危ない、危ない」

 出し抜けに、場違いに落ち着いた声が黒子達の耳に届いた。

「あんなものを一応でも制御できている時点で、麦野の規格外がどれ程か超分かりますけど」

「結局、あんなの食らったら真っ二つじゃすまないってわけよ」

「……」

 続いて、少女達の青ざめた声。声のした方を見ると、四人の少女が立っていた。麦野沈利、絹旗最愛、フレンダ=セイヴェルン、滝壺理后。彼女達は『アイテム』、学園都市の非公式組織だ。

「何者じゃん!?」

「さてね」

 そんな彼女達が、表の人間ーー特に警備員ーーにそう簡単に素性を明らかにするはずがない。『アイテム』のリーダー、麦野は短く誤魔化した。黒子が強い声で詰問する。

「先ほどの攻撃はあなたの仕業ですの?」

「そうよ」

「目的は何ですの?」

「探し物があってね」

 詰問の裏で、現在の状況を食蜂に報告し、指示を仰ごうとする。

 しかし、麦野の発した一言で、黒子達は凍りついた。

 疑問符を浮かべる黒子達に、麦野はゆったりとした動作で手のひらを差し出した。

「幻想御手のワクチンソフト、誰が持ってるのかにゃーん?」

 栗色の髪が、風に合わせてゆらゆらと揺れる。後ろの少女達の気配も明らかに変わった。黒子達の間に緊張が走る。

 強ばった面持ちの初春が右手を握り締めるのを見て、麦野は微笑を浮かべた。

「どうやら後ろの娘が持ってるみたいだね。良かった、間違ってたら恥かくとこだった。……さて、さっさと壊そっか」

 気楽な声を出しながら、麦野は指をくいくいと動かす。寄越せと、そういうことなのだろう。意外にも叫んだのは黄泉川だった。

「アンタ、自分が何言ってるか分かってるじゃん!? これを壊せば大変なことになるじゃんよ!!」

 黄泉川の叫びに表情を歪めたのは麦野ーーではなく、その隣に立っている滝壺理后だった。彼女は先ほどから一言も喋っていないが、時折苦しげに頭を押さえている。そんな滝壺を横目でちらりと見ながら、麦野は言う。

「そうね、だから何?」

 先ほどとは違う意味で、もう一度絶句した。涼しげにそう言いはなった少女は、差し出した手のひらの上に小さな光の球を造っていた。ビー玉ほどのそれに警戒を隠さない黒子達に向かって、つまらない雑談でもするかのような調子で言葉を紡いでいく。

「私の能力、『原子崩し』って言うんだけどさ」

 不審を浮かべる黒子達を気にすることなく、麦野は続けた。

「簡単に言っちゃうと、波と粒子両方の性質を持つ電子に干渉して、その性質をがらりと変えちゃうーーみたいな能力なのよ」

 小さな光球の中を、おびただしい数の電子が循環している。

「変質した電子は今までの姿を失い、他の物理的干渉を無視してその場に留まろうとする性質を獲得するわけ。そして、私の能力はそれを無理矢理動かす力も備えている」

 ここで問題です、と勿体ぶったように前置きしてから、麦野は笑って言った。

「無理やり動かされたこの電子が高速で物にぶつかると、何が起きると思う?」

 光球が一際大きく瞬いて、黒子達は思わず目を瞑っていた。同時に、どうしようもない死の予感が首筋をはい回るのも感じていた。始めに対峙していたときからあった、肉食獣の巣に何の装備もなしで放り込まれたような本能の警鐘は、『原子崩し』の名を聞いてよりいっそうけたたましく脳内に響いた。確か、『原子崩し』とは、学園都市第四位の怪物の持つ能力の名ではなかったか。黒子がそれを確信したとき、事態は既にどうしようもないほど進んでしまっていた。

 最後に思うのは、最愛の御坂美琴のこと。

(お姉さまっ!!)

 ――そして、雷の迸る音が聞こえた。

 絶対的な死の確信は、しかし、実現されることはなかった。

「あれ、来ちゃったか。こっちから行く手間が省けたわよ、第三位」

 目を閉じた暗闇の向こうで、怪物の楽しげな声が聞こえてくる。

(……第、三位?)

 疑問を感じた黒子が恐る恐る目を開く。

 耳慣れた声が聞こえた。

「人の可愛い後輩に、手ぇ出してんじゃないわよ」

「手はまだ出してないわよ。話の途中だったしね」

 見慣れた茶色の髪に、質のよいサマーセーターが見えた。けれど、上品な茶色のあちこちに赤が滲んでいた。

「お、姉、様……?」

 御坂美琴の背中だと分かるのに、そう時間はかからなかった。

「食蜂が早く行けって急かすから何事かと思えば……ごめん、待たせた」

 背中越しの声は、黒子達を力強く鼓舞する激励のようにも聞こえた。

「御坂さん……怪我は、怪我は大丈夫なんですか!?」

「大丈夫大丈夫。だからここは任せといて!」

「子供を置いてくわけにはいかないじゃんよ!!」

「そうですよ! 御坂さん一人を置いていくなんてできるわけありません!」

 黄泉川と初春の言葉に、しかし美琴は首を横に振って、

「いいから! ここでーー」

 言い切る前に、白い光線が美琴めがけて放たれていた。美琴は咄嗟に腕をつき出し、眩い光を押さえ込む。

「話の途中だったんだけど?」

「おあいこでしょう、このクソガキ」

 麦野は冗談めいた声でそう言ってから、白い光球を弄ぶ美琴へ憎々しげな視線を投げつけた。

「それにしても、逸らされるくらいならともかく、乗っ取られるなんてね」

 『原子崩し』は電子を操る能力だ。『超電磁砲』や『心理掌握』と違い、同系統の能力が存在しない、オンリーワンの異質とは言っても、この根本は変わらない。だから他の有象無象ならともかく、超能力者の『超電磁砲』なら原子崩しへの干渉も難しくはないと、麦野はそう踏んでいたのだが、

「じゃあ返すわよ、オバサン」

 事実は予測を超えていたらしい。

 原子崩しが麦野の方へと放たれた。威嚇のつもりなのか、狙いはやや上空だった。ーー狙いを付けられるほど、御坂美琴は原子崩しを掌握していた。純白の光の筋が宙を進み、溶けるように消えていく。

「黒子!」

 それを眺めながら、美琴は黒子のことを呼んだ。

 たったそれだけで全部通じるといわんばかりに。

「……分かりましたの」

 しゅん、と。姿を消したのは黄泉川だった。初春が狼狽した声を出す。

「白井さん!? 御坂さんを一人残してなんて――」

「私達では足手まといですの!!」

 言って、黒子は強引に初春の腕を掴む。初めて向けられた、容赦の欠片もない超能力者の全力、最も御坂美琴の近くにいたからこそ、黒子はその脅威を正しく把握することができた。これから始まる戦いは正真正銘、怪物同士の一騎討ちだ。その証拠に、麦野も三人の少女達を後ろに下がらせている。

「お姉さま、ご武運を」

「あんたこそ、それちゃんと守りなさいよ?」

 初春の持つワクチンソフトを指さして、美琴が言う。

 そうだ。自分は自分で、やるべきことがある。

 奥歯を噛む音を聞きながら、黒子は自身と初春をテレポートさせた。

 

 

 





久しぶりにハーメルンをのぞいたら面白そうな小説がいっぱい増えていて浦島状態。
自分の小説のメモをどっかにやってしまって浦島状態。
時間って怖いですね……


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