とある魔術と超能力者   作:和菓子

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更新完了!だいたい週一のペースで投稿できたらと思ってます。





1‐23.天使にラブソングを Falling_Down

 

 

 

 テレポートで追手を振りきり、黒子達はなんとか近くの通信施設へと到着した。

「ほらそこどくじゃん! 緊急事態じゃんよ!!」

 黄泉川の怒号が飛ぶ。職員たちが怯んだように後ろへ下がり、人垣が割れた。

「どうやら撒いたようですわね」

 黄泉川の怒鳴り声に紛れて、黒子はぽつりと呟く。思わず背後を窺うも、当然ながら追手の姿はない。ほっと胸をなでおろした。そして、黄泉川が主となって職員達に状況が説明される。警備員(アンチスキル)である黄泉川のおかげだろう、ワクチンソフトはすぐ学園都市中に流されることになった。

 ――その準備が終わるまで、三分。

 黒子はきつく歯を噛み締めた。

 三分。

 たった今戦場で戦っている彼女たちにとっては、あまりに長い。

 美琴と百合花、そして食蜂がいるであろう方角を、じっと見つめた。

「……応援を出すじゃん?」

 見かねた黄泉川の提案に、しかし首を横に振る。警備員があの戦いに介入できるとは思わないし、さしもの黒子も、二人抱えた状態での連続テレポートのおかげで余力はほとんどなかった。

「私達では、足手まといですの」

 唇を噛んで、言った。

 

「大丈夫ですよ。さっき私を止めてくれたのは白井さんじゃないですか」

 

 そこに、初春の声が届く。少し、震えていた。

 不安も何もかも押えつけ、強くあろうとする――声。

 はっとして、黒子は振り向いた。初春は懸命に前を向いていた。

 

「信じましょう。御坂さん達を」

 

 

 ▼

 

 

 煌々と、光翼が神々しく輝く。きれいだと、百合花は素直な感想を持った。だが、歩み寄りこちらに笑いかける天使の顔は、その歪んだ悪意は、どうしようもなく醜い。隣を歩く美琴の横顔をちらりと見た。怖気づいた様子は全くない。背後の二人からも、そんな気配は微塵も伝わってこない。頼もしいなと百合花は笑った。

 光翼を広げ、天使が光弾を撒き散らす。百にも届く光の弾丸が、すさまじい速さで肉薄した。

「おっと」

 気の抜けた声を出して、その場から跳んだ。一つ一つの軌道を完全に把握して、回避する。表情にはまだ余裕があった。

 一方の美琴も負けていない。電撃で光弾を相殺し、隙が出来たところで、反撃に雷撃の槍を放つ。槍はまっすぐ天使の頭部へ飛来し、本体を防御していた光翼のいくつかを吹き飛ばした。

 しかし、再生する。光翼の断面がぶくぶくと膨れ上がり、瞬く間に新たな光翼が生えてくる。先ほどの神々しさが欠片もない、グロテスクな光景だった。美琴が思わず呻く間も、天使は攻撃の手を弛めない。人一人押しつぶせそうなほどに巨大な氷の塊が、わずか数秒で形成される。そして、それが百合花達に向けて発射されようとした時、

 

 幾筋もの白い光が百合花達の頬を掠めて走り、氷塊を粉々に砕いた。

 

 ぞっ、と。振り向けば、右腕を突き出した麦野が、凄惨に笑っていた。笑いながら、再び光球を生み出す。美琴が二度対峙した、極大の原子崩し(メルトダウナー)の予兆だった。

「再生って言ってもさ、まるごと吹き飛ばされたらどうなんのかねぇ!!」

 咆哮と同時、原子崩しが放たれる。横倒しになった光の柱が天使を目指し伸びていった。

 ――が、

 原子崩しに呑みこまれる前に、天使の姿が掻き消えた。

「どこ行きやがった!?」

 周囲を見渡す麦野の背後に、影が差す。

「――っ」

 天使は、真後ろ。咄嗟に振り向くも、遅い。右腕を背に溜め、指を揃え、抜き手を繰り出すような格好で、すでに攻撃態勢に入っていた。これを受ければただでは済まない――そう直感した麦野は、一か八かに賭け、原子崩しの盾を展開しようとする。

 

 その時だった。強烈な風が、天使の体を横殴りに吹き飛ばしたのは。

 

「大丈夫ですか!?」

 百合花が叫ぶ。その横で、美琴がついでとばかり、吹き飛んでいく天使に電撃をお見舞いした。その余波で、もうもうと砂埃がたちこめた。

「あのくらい、なんとかなった」

「アンタねぇ……」

 憮然として言う麦野に、気が立った様子の美琴が食ってかかる。百合花は思わず苦笑して、

「あはは……すみません、余計なことして。操祈をお願いします」

 ちらりと食蜂を見ながら、言った。実のところ、ほとんど充電切れの百合花達がここまでやれるのは食蜂の演算補助によるところが大きい。だから、ここで食蜂に危険が及ぶのは避けたかった。幸い、敵が主に狙っているのは百合花だ。麦野への攻撃も、おそらくはやられたからやりかえしたに過ぎないだろう。

(つまり、私次第ってことか)

 百合花が倒れた後、天使がどのような行動に出るのか予想できない。別の対象を見つけて殺戮を繰り返すのかもしれないし、目標を見失って消えていくのかもしれない。どうなるかわからない以上、楽観はできなかった。

 ――と。

 埋れた瓦礫の下から、幾筋もの光翼が迸る。全て百合花を狙っていた。

 跳躍し、避ける。初めは右へ。次は左へ。それからバックステップ。能力で動きを補助して、俊敏に回避していく。

 右。

 後ろ。

 左。

 左。

 後ろ。

 風で光翼の軌道を逸らしながら、危なげに避ける。美琴や麦野の援護もあるが、捌ききるには少し厳しい。しかたなく、百合花は能力を行使した。

 百合花達から二十メートルほど距離をとった天使の、さらに後方。光翼の付け根近くで、風が揺らめいた。

「dgvhynッッ!?」

 それに気がついた天使が咄嗟に左へ飛ぶが――わずかに遅い。宙に現れた風の刃が、右の光翼を綺麗に切り落とした。

「――――――――ッッッ!!」

 痛みとも怒りともつかない、絶叫。今が好機とばかり、百合花はもう半分の光翼を切り落とすことで時間を稼ごうとする。だが、背筋を這い回る悪寒が、それを許さなかった。うじゅる、と奇怪な音を立てながら、右の光翼が瞬く間に再生していく。ただし、数は以前の倍。

 ――増えた。

 と、百合花は呆気に取られながら思った。

「何やってんのよ百合花!!」

 焦った美琴がそう叫ぶのと、ほとんど同時だった。

「sfrv苦snb嬲pkjy殺vfblッッ!!」

 肥大化した光の翼が全て、百合花を目がけて飛んできた。

 そしてなにより、物理的な圧力を感じるほどの、殺意。ひゅっと、一瞬息が止まった。これほどの殺気を、百合花はかつて体験したことがなかった。今百合花が膝をつかないでいられるのは、まがりなりにも今まで積み重ねてきた経験と、佐天涙子によるところが大きい。

 しかし、それでも脚はすくんだ。体は震えた。

 なけなしの力を振り絞って、後ろへ飛んだ。けれど、ほとんど無駄だった。数瞬経って、能力の行使という選択肢をかろうじて思い出し、実行しようとした。

 

 その前に、美琴はもう百合花の前に立っていた。

 

(美琴っ!?)

 百合花の動揺を他所に、地面に両手を乗せて、電子の蛇を纏う。瞬間、地面に黒が滲む。膨大な量の砂鉄が防壁を作り、光翼を阻んだ。阻まれたと知るや、天使が怨嗟の咆哮を上げる。その咆哮を気にも留めず、美琴はくるりと振り向いて、言った。

「このバカ! あんくらいいつもみたいにチャチャっとやり過ごしなさいよ!!」

「……ごめんごめん、ちょっと油断しちゃった」

 不覚を取りかけた羞恥を誤魔化すように、曖昧な笑みを貼りつけた。しかしその笑みは、美琴の次の一言で完全に凍りつくことになる。

「アンタ、佐天さんを助けようとしてここにいるんじゃないの!?」

「――」

 そうだ。その通りだ。

 自分は、あの勇気ある少女を助けるために、ここにいる。それがあの程度で気圧されてどうすると、百合花は自分を叱咤した。同時に、少し怒りが湧いた。

「それだけじゃ、ないよ」

「え?」

 美琴の虚を突かれた表情に噴き出しそうになって、やめた。ここは戦場。だから、言葉は短かかった。

「私は、美琴だって助けたかったよ」

 逆に助けられてばかりだけどね。それだけ言って、百合花は飛んだ。宙に舞い上がり、砂鉄の壁を乗り越える。その先にある天使の姿を、強く見つめた。佇む天使を烈風で吹き飛ばそうとして、

 

 天使の顔がニタリと嗤っていることに、気がついた。

 

 ――そうか。

 

 直感した。最大級の悪意を。天使の声まで、聞こえた気がした。

 

 ――そうか。他を殺した方が、お前は苦しむのか。

 

 悪寒が、走る。

「美琴!!」

 叫んでいた。百合花の下方、美琴がその声に反応し、解除しかけていた砂鉄の防壁で、自分の周囲を覆った。直後、金属と金属がぶつかるような、硬質の高い音がした。上空で、百合花は安堵の息を吐く。しかし、初撃を防いで反撃に転じようとした美琴が、叫ぶ。

「私だけじゃない――食蜂!!」

 もう一度、悪寒が走った。百合花達から、さらに十メートル後方。祈るようにしゃがみこむ食蜂の前に、天使が立っていた。食蜂操祈の喉元に、死神の手が届こうとしていた。

(あいつ、操祈が私達の要だってわかってたんだ……!)

 一瞬の動揺が、反応を遅らせた。そして、天使は右腕を振り上げ――

 

 原子崩しのアームによって、上半身を腕ごと薙ぎ払われた。

 

 アームを振り抜いた格好のまま、麦野が鼻を鳴らす。

「第四位!」「オバサン!」

「ま、やられっぱなしも癪だしね。あと誰がオバサンだコラ」

 二人の声に、麦野は獰猛に笑って言った。

 中心を失った光翼が、溶けるように消えた。残されたのは、奇妙な文字が刻まれた紫紺の三角柱と、天使の下半身。

「終わっ、た……?」

 そう呟いたのは、美琴だったか。

 ――紫紺の三角柱が、輝いた。まず光翼が生え、その次に胴が、顔が、腕が、再生し、下半身と結合した。光の翼は、すでに五十を越えていた。

「――yirp殺qw」

 復活した天使が、ぽつりと呟く。

 

 同時に、五感に訴えるようなメロディが、かすかに響いた。

 

 

 ▼

 

 

 爆ぜた。あまりに急激な力の高まりのせいで、それを認識した時、百合花は一瞬そう思った。

 耳をくすぐる不可思議なメロディ――おそらくは幻想御手のワクチンソフト――が流れ出した途端、天使はもがきはじめ、喉を震わせ、絶叫した。それが、単に自分が消えていく恐怖によるものなのか、もっと感覚的な苦痛なのか、それとも今まで散々撒き散らしてきた殺意の一層の発露だったのか、百合花にはよくわからなかった。ただ、あれだけ強大だった天使が、端からほんの少しずつ、ぐずぐずになって崩れ落ちていくのだけがわかった。

 それで、戦いが終わったと思った。

 その時だった。

 爆ぜた。

 燃え尽きる前の蝋燭が放つ一瞬の輝きにも似た、大きな力。それがめちゃくちゃに行使された。まるで、燃え尽きる前に一人でも多く道連れにしようとするかのように。炎、氷、風、雷、光弾、念動力。あらゆる力がただ百合花達を殺すために撒き散らされた。

多才能力(マルチスキル)!? ワクチンソフトが効いてないの?)

 襲いくるそれらを、雷で消し飛ばし、風で吹き飛ばし、原子崩しで呑みこんだ。百合花は融け落ちる天使の指先を確認する。ワクチンソフトが効いていないわけではない、おそらくはあの特異因子の影響で効きが遅いのだろう。そう結論づけた。

「皆、もう少し頑張って! このまま行けば――」

 襲いくる未曾有の多才能力を凌ぎつつ、百合花がそう叫んだ。それを遮るように、天使は次の攻撃を始めていた。有象無象の能力が無意味だと悟るや否や、五十を越える長大な光の翼を、勢いよく薙ぎ払った。風で威力を殺し、砂鉄で壁を作り、原子崩しを盾として、死に物狂いでそれを防ぐ。直後、耳をつんざくような轟音が響いた。

「くっそ、あと少しのはずなのに……!」

「あと少しって、どれくらいなのよ!?」

 苦しげに呻く百合花に向かって、思わずといった風に美琴が叫んだ。

「おい!! こっちももうもたねえぞ!!」

 それに合わせて、やや遠方から、食蜂を抱えた麦野の怒号が響く。見れば、(非戦闘員である食蜂を除いて)四人の中で最もスタミナを温存していたはずの麦野ですら、満身創痍に近い状態だった。ワクチンソフトは流されたが敵を即無力化するにはいたらず、こちらはもう限界が近い。限界が近いのは敵も同様だろうが、現在の攻勢の激しさを考えると、どちらに分があるかは明白だった。絶望的な状況に百合花は唇を噛み締め――食蜂と目が合った。いつも通り、悪戯っぽい金の瞳でこっちを見ていた。

 ――まだやれるでしょう?

 口で言わずともわかるだろうと言わんばかりに、目で語られた。演算領域の節約か、テレパスを使いもしない。挑発しているのか信頼しているのか、どちらとも取れる視線だった。

 その視線を受けて、百合花は決断した。

『――まだやれる』

 迫り来る光翼の一本を斬り飛ばしながら、食蜂のテレパスを借りて、言った。あえてそうした意味を、それがただの鼓舞ではなく戦局をひっくり返す一手になりうることを、全員が理解していた。しかしそれでも、麦野と美琴にとって、続く言葉は予想だにしないものだった。

『美琴、演算領域全部借りるよ。あと第四位、私達を守ってください』

 美琴が息を呑む気配と、麦野が眉をひそめる気配が、同時に伝わってきた。百合花は有無を言わさず、近くにいた美琴の手を取り、光の翼を掻い潜って走り出した。

「ちょっと百合花、どういうことよ!」

 眦を吊り上げる美琴に、百合花は、

「考えがある。信じて」

 と短く言った。美琴は苛立ちからぶんぶんと頭を振って言った。

「いや信じてないとかじゃなくて……あーもう! わかったわよ。好きにすれば!?」

 百合花は小さく頷いた。麦野と食蜂のところにたどり着き、能力を行使した。『超電磁砲(レールガン)』と『心理掌握(メンタルアウト)』、二人の超能力者(レベル5)の力を借りた今ならば、例の特異因子を解析できるかもしれない。いや、きっと解析してみせる。ワクチンソフトだけでは不十分だというなら、囚われた佐天涙子を救い出すには自分の能力が必要なのだ。

 だから。

 捕捉した。

 天使の背面。光翼の付け根。紫紺の三角柱。

 

 ――――解析開始

 ――――ERROR!

 ――――再開

 ――――ERROR!

 ――――再開

 

 脳内で鳴り響く警鐘(アラート)を無視し、限界を越えた演算能力を以て無理やり抉じ開けようとした。拒絶され、すぐさま再開、また拒絶。それが何度か繰り返された。

 そして、

 

 ――――解析率、7.8%

 

 自身の体を労わるように体を丸めていた天使の本体が、びくりと跳ねた。

 察知された。そう思う間もなく、虚ろな眼窩と目が合った。

「kjnu殺knylf」

 光翼が百合花達へと殺到した。

「やば!」

 それを確認した美琴は光翼を退けるべく砂鉄を動かそうとした。が、何の反応もない。美琴は一瞬動揺した後、百合花に演算領域を全て貸し出したのだと思い出して、さらに焦った。自分の後ろには無防備な百合花と食蜂がいるのに。美琴は歯を喰いしばり、己の無力に怒りを感じた。

 

 ――――解析率16.4%

 

 そして、栗色の長髪が一歩彼女の前に出たことで、美琴は今は自分も守られるべき対象だったことをようやく思い出し、さらなる怒りを募らせた。そんな美琴の心はつゆ知らず、麦野沈利は原子崩しを行使した。壁や盾と呼ぶには余りに巨大なそれは、もはや城壁だった。それは殺到する光の翼を触れた端から消し飛ばしていった。光の翼は数秒怯み、それからその数を倍に増やして、再び襲いくる。

 

 ――――解析率23.7%

 

「なあ、私はどれくらいお前らのお守りをすりゃいいんだ?」

 ぽつりと、麦野が言った。天使から目を離さず、百合花は短く答えた。

「あと一五秒ください。――できますよね?」

 あからさまに、挑発するような響きが込められていた。ぶちぶちと引き裂くように、麦野が笑う。

「楽勝だ」

 笑いながら、言った。

 

 

 ▼

 

 

 ――――解析率30.6%、38.9%、48.1%……

 右肩上がりに上昇する解析率。天使の攻撃は激しかったが、麦野がそれを全て防いでいた。原子崩しは元々攻撃力に秀でているが、それだけではなく、百合花達の中でも随一の防御力を持っている。百合花達が一箇所に集まったことで、その防御力が遺憾なく発揮された形だった。

 もうすぐ解析が終わる。そうすればもうこちらのものだ。解析さえ済ませてしませば『制御』が効く。多くの人を傷つけたこの騒動も、もうすこしで終わる。佐天涙子だって、きっと助かる。

 そう思った時だった。

 ――――ERROR!

 再び解析が止まる。思わず舌打ちしていた。

(プロテクト……!)

 ただ特異であるというだけでなく、明らかにこちらの解析を妨害する何か。それが因子の中に組みこまれている。こうなってしまっては、当初提示した時間内に解析を終わらせるどころか、生きて帰れるかどうかも怪しかった。あまりにふざけきった悪条件に、ここにいない誰かに向かって心中であらんかぎりの悪態をつく。

(でも、諦めるわけにはいかない)

 このふざけた化物を倒し、一万人を目覚めさせることができるのは自分達しかいない。そう考えると、先程のように安易に膝をつくわけにはいかなかった。再び解析を試みる。

 ――――ERROR!

 ――――再開

 ――――ERROR!

 ――――再開

 ――――ERROR!

 先程と同じような状況と、しかし決定的に違う決定的に違う手応え。伸ばせど伸ばせど、この手が届く気がしない。百合花の頬を汗が伝った。

 そして、ついに。

「ちっ」

 麦野の舌打ちと共に、原子崩しの盾が消滅した。

「おい、まだか!?」

 光り輝く五十の翼が、百合花達を貫かんと迫った。

「百合花!!」「百合花さん!!」

 美琴と食蜂の叫びが、重なる。

 一本の光翼が、百合花の喉元に迫っていた。

 最後の瞬間まで、百合花は前を見ていた。何があっても諦めないと誓ったから。自分に。佐天涙子に。食蜂操祈に。そしてなにより、御坂美琴に。

 だから、前を見た。

 そこで。

 

『――勇気を無ry謀で終わらせなpjい、そんな力がmvy欲しかったんです』

 

 天使の声が、聞こえた。ノイズ交じりだったけれど、確かに。

「「まさか、佐天、さん?」」

 今度は百合花と美琴の声が重なった。その声に応えるように、天使は続けた。

『あたし、ずっとcyd誰かを助けjhfたかった。それって、きっとkyw今』

 百合花は反射的に、この状況に至った原因を考えようとした。天使にとりこまれた佐天の意識が百合花のAIM拡散力場に触れて表面化した可能性、黒幕(アレイスター)の差し金である可能性、単純に偶然である可能性。

 考えて――そんなことはどうでもよかった。

 叫んでいた。体中の勇気を集めようと叫んだ。佐天の力を借りて、すさまじい速度で解析を進めた。

 

 ――――掌握。『制御』可能

 

 天使を構成する物質を制御し、ダメ押しとばかりその周囲に真空を発生させた。

(よしっ。このまま)

 消滅させる。そう考えたところで、強い抵抗が起こった。どこまでもイレギュラーな存在に、表情を歪める。再生能力は封じた。動きもかろうじて止めた。ただ、止めをさすには一歩足りない。

 

 百合花が一人だったなら。

 

「美琴!!」

 それだけで、通じた。言うまでもなく通じていた。なぜなら、本来の演算能力を取り戻した学園都市第三位はその時すでにコインを跳ね上げていたから。

「――今、助けるから」

 そして、超電磁砲は放たれた。橙色の閃光が天使を貫き、その核を跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 ▼

 

 

「あの……どうするの? 子供達のこと」

 わずかにオレンジの混じりかけた青空の下、少しずつ傾きはじめた太陽を背景に、警備員に連行される木山に美琴が尋ねた。微妙な後ろめたさが混じった声だった。

 木山の行為が正しいとは言えないが、それを阻止したことによって結果的に『置き去り』の子供達の回復を邪魔することになったのもまた事実だった。このまま木山が逮捕されれば、子供達が目覚めるのはその分遅くなる。そう考え、美琴はやるせなさに俯いた。

 しかし。

「そんなことか……」

 軽く笑みすら浮かべ、振り向いた木山が言った。

「もちろん、諦めるつもりはない。やりなおすさ、もう一度」

 弾かれたように、美琴が顔を上げた。

「刑務所だろうと、世界の果てだろうと、私の頭脳はここにあるのだから」

 ――たとえどんな苦境に立とうとも、必ず子供たちを目覚めさせてみせる、何が起ころうと、絶対に子供達を諦めることはしない。木山はそう宣言した。それを聞いて美琴はため息をつく。

「あんたも懲りないわね」

「……当然だ」

 短く、決意にあふれた言葉だった。

「まあ、また変なことしたらブッ飛ばすから――」

 そこまで言ったところで、しゅんと空気を裂く音がして、黒子と初春が現れた。

「お姉様ぁ!」

 苦笑する初春を他所に、黒子は叫びながら美琴を押し倒す。しかし、黒子に押し倒されながらも、美琴は冷静だった。

「ああ、黒子か」

「ええそうですとも! 黒子は心配しましたのよ。心痛めておりましたのよ。あ、お髪に乱れが! お肌に無数の擦り傷が! ……ぐふ、ぐふふふふふふ、げへへへへへへ。どうやら電撃を放つ体力も残ってないご様子! ここは黒子が隅々まで拝見して、さすって、癒して差し上げますの!」

 白井黒子、相変わらずである。

 そんな黒子はひとまず置いて、初春はまっすぐ木山を見つめた。

「先程も言ったが、諦めるつもりはない。何度でもやり直すさ」

 その視線の意味を正しく受け止めて、木山は薄く笑った。そして初春もまた、その言葉の意味を正しく受け止めた。

「はいっ」

 そして、木山は護送車の中に入っていった。

「ありがとう」

 と最後に言って。小さく耳に届いたその言葉の意味を、初春は尋ね返そうとした。

 と、そこでバチリと青白い火花が散った。

「どこ触ってんだ黒子ぉぉぉぉっっ!」

「お、お姉様!? 私の見立てではもう力は残っていないはず……!」

「残念だったわね。別に一人で戦ってたわけじゃないの、よ!」

 バチリ。電撃が黒子を襲った。

「あはははは……」

 初春はいつも通りの苦笑いを浮かべようとして、

「あれ? そういえば御坂さん一人だけですか?」

「え? って食蜂もオバサンもいない!? 百合花まで!?」

「お姉様、オバサンって誰のことですの?」

 傾きはじめた太陽の下で、少女達の疑問符が飛んだ。

 

 

 





次にエピローグ的なものを入れてとりあえずレベルアッパー編は終了です。長かった。


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