むぎのん超動かしやすいですね。口調よくわかんないけど。
長い、夢を見ていた気がする。
おかしな夢だった。自分が何か大きなものの一部になって、思う存分に能力を使う夢。
何人か、知り合いも出ていた。初春飾利。御坂美琴。白井黒子。それから風見百合花。知らない人間もいた。
夢の中で、佐天涙子は風見百合花を憎んでいた。何故かはわからない。でも、とても不自然で苦い感情だった。
悪夢だった。自分で自分が制御できない気味の悪さと、友達を傷つける罪悪感。おしつぶされそうになった。
けれど、しばらくして、ふと自分を拘束していた力が弛んだ。だから、叫んだ。真っ先に思い浮かんだ言葉を。かつて少女に告げた言葉を。
それで十分だった。夢の最後を飾ったのは、何度か見た橙色の光。
そして、佐天涙子は目を覚ました。
◆◆◆
風が吹いていた。
病院の屋上だ。
夏らしく、陽炎を幻視させる熱い風だった。日が傾き辺りがオレンジ色に染め上げられても、うだるような暑さは全く衰えることはない。
体が熱い。けれど、不快には思わなかった。意識が覚醒した証拠だ。生きている証拠だ。佐天涙子は素直にそう思った。
風にあわせて、干された白いシーツが柔らかにはためいた。風が頬を撫でるのを感じていた。熱を孕んだ風が髪をねぶり、簡素な病衣を揺らし、細胞の一つ一つに熱さを点してゆく。傾いた太陽に目を細めながら、何となく、手のひらに視線を落とす。いっぱいに開いて、また閉じた。
開いて、閉じる。何度か、感触を確かめるように続けた。その佐天の隣を風が駆けていく。
「佐天さん!」
声と同時、背中の感触に目を丸くした。少し湿った、けれど熱い感覚。
「佐天さん、本当に良かった……っ!」
「初春……ありがとね」
伝わる温もりに、溢れそうになる涙を堪えながら、佐天はにっこりと笑みを浮かべた。ゆっくりと、優しく初春の手をほどいて、振り返る。まずはじめに目に入ったのは当然、初春飾利だった。そこから向こうへ視線を伸ばして、佐天はきょとんとした表情になる。屋上の入り口に立っているのは白井黒子だけだった。
「あれ? 御坂さんは?」
ぽかんとした顔のまま聞く。答えたのは黒子だった。
「お姉様は治療中ですの。無理がたたってあちこちボロボロでいらっしゃいましたから」
「御坂さんが!? 大丈夫なんですか!?」
聞いて、思わず詰め寄っていた。
「え、ええ。その内お見舞いに行ってさしあげてくださいまし。……これじゃあべこべですわね」
黒子の苦笑を見つめながら、佐天は体から緊張が抜けていくのを感じた。
「よかったぁ」
緊張がゆるむと、急に眠くなってきた。思わずあくびをすると、場の雰囲気が一気に弛む。くすくすと笑いながら黒子が言った。
「そろそろ病室にお戻りになられては? 風に当たりすぎると毒ですわよ」
そうですよ! と便乗する初春に、佐天はにかっと笑いかけて思いきりスカートをめくった。絹を裂くような悲鳴が屋上に響く。
「な、なにするんですか!!」
「いやー、つい手が伸びて」
「やれやれ、相変わらずですの」
黒子が肩をすくめて二人を見ると、佐天は照れたように笑って言った。
「白井さん。初春のスカートをめくるのはね、あたしにとって日常の象徴みたいなものなんですよ」
「……つまり、私がお姉様に×××するのと同じということですの?」
「そうです」
「ちがいます! 変なこと言わないでくださいっ!」
涙目のまま二人の会話を聞いていた初春だったが、このままだと収拾がつかなくなると踏んだのか、それともツッコミを入れざるを得なかったのか、とにかく叫んでいた。しかし佐天達に悪びれた様子はない。
「ごめんごめん、でも本当だよ?」
「ちがうって言ってください! というかこの前も同じこと言ってませんでしたか!?」
「言ったね」
言いながら、初春を抱きしめる。口を開きかけていた初春が「わっ」と声を漏らして黙った。
「こうするとね、帰ってきたって気がする」
「……まだ、一日も経ってませんよ」
「それでも、だよ。なんか一生分寝た気がするのよね」
強く、抱きしめた。
「おはよ、初春……まだ言ってなかったよね?」
「はい。おはようございます、佐天さん」
佐天の胸に顔をうずめて、初春はとうとう大泣きをはじめた。
「……私、この場にいていいものなのでしょうか」
ぽつりと黒子が呟くと、佐天はにっこりと笑って言った。
「もちろんですよ! おはようございます、白井さん!」
黒子も笑い返して、言う。
「ええ。おはようございます、佐天さん」
それから、佐天は初春を抱いたまま腕を上に突き出し、「よしっ」と叫んだ。
「御坂さんのお見舞いに行きましょう! 今から!」
「今から、ですの? すこし大事を取られたほうがいいのでは?」
「大丈夫ですよ。ほら、この通り!」
そう言って、佐天はまた初春のスカートをめくった。
「きゃああああああああっ!! 何するんですか!」
「ほらほら、初春もさっさと行くよー!」
叫ぶ初春にも構わず、佐天はさっさと逃げ出した。その佐天を真っ赤になりながら追いかける初春。黒子はまたやれやれと肩をすくめた。
「……ま、夢は夢だよね」
足早に駆けながら、ぽつりとこぼす。スカートがめくられた時、小さな小さな風が吹いていたことに、誰も気がつかなかった。
◆◆◆
窓もない。廊下もない。ドアもない。
ただ暗闇に星のような明かりが浮かぶだけのその部屋に、二つの影が対峙していた。
「――どうした? やけに不機嫌だな」
太い管が数えきれないほど取り付けられたガラスの円筒の中、身長をゆうに越えそうな銀髪を逆さに揺らし、アレイスター=クロウリーは問いかけた。そんな彼を、黒づくめの少女は憎々しげに睨みつける。
「怒ってるんだよ。見て分からない?」
まだ十代の少女のものとは思えない怒気に、しかしアレイスターは動じる様子もない。
「怒る? 何に対してだ?」
くつくつと笑いながら、こんな問いかけをする。少女は眉を動かしはしたものの、あくまで冷静を装って言った。
「今回のことだよ。この間の意趣返し? それとも何かの警告のつもり?」
「さて、ね」
だが、アレイスターは笑うばかり。
「茶化さないで」
とうとう我慢の限界が来たのか、少女は苛立たしげに言った。
「一体何人の生徒が巻きこまれたのか、分かってるの?」
「分かっているとも。確か一万二百八十六人だったと記憶している」
「分かっていて、どうしてあんなことをしたの」
ふむ、とアレイスターは思案する様子を見せた。少女の責めに良心の呵責を感じているわけではなく、ただ次にいう言葉を探しているような、その言葉を言うべきか言わざるべきか迷っているような、短い沈黙だった。
「まあ、一言でいえば実験だな。AIM拡散力場を現段階でどの程度制御できるか、把握しておく必要があった」
「実験のためなら、今回の被害も仕方がないって?」
「そうは言わない。ただ、どうしても必要なことだった」
「……何のために」
「私の目的のために」
そう言って、アレイスターは薄く笑った。
彼の答えに少女は盛大にため息をつき、呆れた目で見つめた。もう睨む気力も萎えていた。自分が何を言っても目の前の怪人には決して通じないだろうという確信があった。こうなったときの彼は誰の言葉にも耳を貸すことはない。
「結局、自分のためじゃないか」
負け惜しみのように言葉を吐き出して、少女はアレイスターに背を向けた。
「用はもう済んだのか?」
「疲れた。帰って寝る」
あまりにも投げやりな答えに、アレイスターはまたくつくつと笑った。
「そう言うな。君自身のことについて何も話してはいないだろう?」
そう言うと、少女は立ち止まり、わずかな沈黙の後、訊ねた。
「じゃあ聞くけど、あれがやたら私を狙ってきたのはあなたの差し金でしょ?」
「そうだ」アレイスターはあっさり頷いた。
「何のために?」
「『
「私を?」
「今回の件で、君の能力はさらなる高みに到達した。別次の界を観測することがよい刺激になったのだろう。一時的にとはいえ、超能力者三人分の演算能力を体験したことも大きい。もちろん、君の友人を想う心とやらも成長には一役買ったようだが」
「最後の、取ってつけたみたいに言わないでほしいんだけど。それじゃ、今回のあれは大規模な実験で、実験の目的はAIM拡散力場の制御と私の成長だったと?」
「その通りだ」と、アレイスターはかすかに笑って言った。少女は眉を顰める。
「私は別に、レベル6になりたいわけじゃない」
「私のために、なってもらわねば」
ため息を一つ、その言葉を無視して、少女は歩き出した。その細い背中に言葉が投げつけられた。
「もはや賽は投げられた。陳腐な言い方ではあるが、運命が君を放ってはおかないだろう。君は運命に引き寄せられ、苦難を乗り越え成長し、やがて高みへと至る。――君を導く運命の名を、知っているかね?」
「知らないよ、そんなもの」
そう言って、アレイスターが最後まで言い切るのを待たず、少女は部屋を出て行った。
「その運命の名は、上条当麻という」
暗い部屋の中で、アレイスター=クロウリーは一人笑った。
◆◆◆
ゆったりとしたベッドが四つ置かれた、広々とした病室だった。傾いた日差しが射しこむのと一緒になって、暑気を含んだ風が窓から入ってくる。
その部屋で、二人の少女が向き合っていた。一方は起こしたベッドを背もたれに腰かけて、もう一人は所在なさ気に立ちつくしている。
御坂美琴と佐天涙子。
隣には、初春と黒子もいた。
佐天は涙をいっぱいに溜めた瞳で美琴を見ていた。美琴は少したじろいだ様子だった。
内心慌てているだろうに、できるだけ佐天を安心させるような明るい笑顔を浮かべて、
「二三日で退院できるって」
その言葉をきっかけに、佐天はぽろぽろと涙をこぼしはじめる。え、と固まる美琴に控えめに抱きついた。その後ろで修羅と化す黒子を、まあまあと初春が宥める。美琴は初めこそ戸惑っていたが、すぐに表情を和らげ、佐天の小さな背をゆっくりと撫でてくれた。
「助けてくれて、ありがとうございますっ……あたしっ、馬鹿なことしちゃいました」
合間合間でしゃくり上げながらも、佐天は必死に言葉を紡いでいく。
ずっと能力者に嫉妬していたこと。
力のない自分が嫌で嫌でたまらなかったこと。
その力で、誰かを助けるヒーローになりたかったこと。
百合花と交わした言葉。能力を持たない自分を、それでも彼女は認めてくれたこと。
佐天の言葉を、美琴は黙って聞いていた。そして、
「でも、私、やっぱり能力者にあこがれてて。そのせいかなあ、さっきまで変な夢見てたんです」
「夢?」
美琴が首を傾げた。佐天は少し間を置いてから、ぽつりぽつりと話しはじめる。
天使のような怪物になった夢。
友達を傷つけた夢。
最後には友達の手助けができた夢。
それで、やっぱり友達に助けられた夢。
話が終わると、美琴は言った。
「それ、夢じゃないわよ」
「え?」
それを聞いて、佐天は信じられない気持ちになった。あの夢が、本当にあったこと? だとすれば、美琴や初春、黒子だけではない。百合花まで、自分を助けるためあんなに傷ついていたというのだろうか。会って間もない佐天のために。
そうよ。美琴はそう言って笑った。
「もちろんあの子はあの子の立場とか都合とかあるけど、でもきっと、百合花は佐天さんのためにあそこにいた」
胸のあたりが、ぼうっと熱くなった。この温かな気持ちだけで生きていけるとすら思った。友人達は、誰も自分のことを軽蔑なんてしなかった。それどころか助けてくれさえした。
そして、信じがたいことに、そんな彼女たちを自分もまた助けたのだ。
「あ、そうだ。百合花からの伝言と、あと私から」と、美琴が思い出したように言うのを、佐天は上の空で聞いていた。しかし、次の瞬間には現実に引き戻されていた。
「『助けてくれて、ありがとう』」
「かっこよかったわよ」と、美琴はとびきりの笑顔で言った。
「見たかったです」「ええ、そうですわね」と、初春と黒子が笑いあう。
それから一拍置いて、
「どう、いたしまして……?」
恐る恐ると言った様子で、佐天は言った。この気持ちをどう表現していいか、全然分からなかった。ただ、お礼を言われた時はそういうものだという習慣で返事をしていた。でも、戸惑いの中に少しずつ、温かいもの、誇らしいものが生まれた。
「「もっと堂々と!」」
異口同音に、少女たちが言う。
だから、佐天はつい笑ってしまった。やけくそ気味に、叫ぶ。
「どういたしまして!」
とびっきりの笑顔を、佐天涙子は浮かべていた。
◆◆◆
天使との戦いで、麦野の協力を取りつける対価として『極秘候補』の能力と正体を教える約束をした。それを、百合花は猛烈に後悔していた。
話は数分前にさかのぼる。
「よお、クソガキニ号」
『窓のないビル』から現れた二つの人影に向かって、麦野沈利がぞんざいに声を投げた。
「クソガキじゃないですよ」
クソガキ呼ばわりに、黒づくめの少女――風見百合花が不満げに唇を尖らせる。その隣、赤い髪の案内人は二人に小さく会釈をした後、テレポートでどこかへ去っていった。小さく手を振ってそれを見送りながら、百合花は麦野に訊いた。
「それで、どうします? 場所を変えますか」
「必要ないだろ。どこ行っても監視されるのは変わらないんだし」
麦野は目の前のビルを無感動に仰ぎながら言った。
「じゃ、さっさと
麦野の言葉に百合花はこてりと首を傾げた。何のことだか分からないといった表情を作る。
「……私の能力、ですか?」
「とぼけんな」
そんな百合花に、麦野は面倒そうな顔をして
「ちょ」
百合花は目をまるくして、迫る白い光線を慌てて逸らした。
「なんですか、いきなり」
そう言うも、麦野はそれを無視して何事かぶつぶつ呟いている。
「逸らしたってことは第三位並みの電気使い? いや、強い磁力なら飛べるかもだけど、あれは風だった」
もう一度、原子崩しが放たれた。逸らして、また言う。
「だから、いきなり何するんですか」
「お前だろ、『極秘候補』は」
言われた途端、百合花は少し肩をすくめた。それからつまらなさげに言う。
「ありゃ、もっともったいぶるつもりだったのに」
「やめろ。イライラするから」
麦野は長い髪をがしがしと掻きながらため息をついて、
次の瞬間、ぶちぶちと引き裂くように笑っていた。
不審な要素はいくつかあった。滝壺による超能力者判定、カモフラージュはしていても不可解な能力、やや強引だが、あの化物につけ狙われていたこと、そしてなにより、統括理事長との直接の接触。それらを見逃す麦野ではない。そして、今の百合花の言葉を聞いて、麦野の中で半ばの確信が完全なものへと変わった。
だから、笑った。
そして。
「ところでさ、本当にこんな条件でいいのか? 暗部が必死こいてお前のこと調べてんのは知ってんだろ?」
出し抜けに言われた言葉に、百合花は今度こそ本気で首を傾げた。意外だった。他ならない気遣いの言葉が麦野の口から出たこともそうだったが、あまりにも今さらな質問で、少し面食らった。
「はい、知ってます」
それがどうかしたかと言外に言うが、麦野は気にした様子もなく続ける。
「じゃあ、あのクソ第二位様が統括理事長との直接交渉権を欲しがってその材料を集めてまわってることも?」
「その材料の一つに私が入ってることも、知ってます」
ふーん、と麦野はつまらなさげに鼻を鳴らした。
「じゃ、その第二位様への嫌がらせに次私が何をするかも、分かるな?」
ぞくり、と。唐突な殺気に、百合花の体が震えた。
「……まさか」
鳴り響く最大限の警鐘に、百合花は自然と腰を下ろし、臨戦態勢に入っていた。唾を呑みこむ。『窓のないビル』を見やるも、その壁面に変化はない。この程度自力でなんとかしろということなのだろう。
視線の先で、人の頭ほどもある光球が、いくつも瞬いた。各々が必殺の威力を秘めた光球達を従え、麦野沈利は薄く笑う。
「――もう一度言うぞ。本当によかったのか? あんな安い条件で命を売って、さ」
刹那、十を越す数の原子崩しが百合花へと叩きこまれていた。
「っ!」
反射的に能力を行使し、白い光線の軌道を変え、意趣返しとばかり『窓のないビル』にぶつける。地面が揺れた。しかし、ビルの壁面には傷一つすら見られない。百合花のため息と麦野の舌打ちが、重なった。
「そういえば、お前の能力をまだ聞いてなかったわね」
「私の能力は――」
一拍。答えを遅らせ、百合花は能力を行使した。宙を流れる風を操り、自分の身体に纏わせていく。逃げる準備を万端に整えてから、気怠そうに言った。
「『
言い捨てて、飛ぶ。飛びながら、思う。
(なんでこんなことにっ)
命がけの逃走劇は、日が暮れるまで続いた。
◆◆◆
そしてその夜、風見百合花は出会うこととなる。
禁書目録の少女と、幻想殺しの少年に。
閲覧ありがとうございます。ひとまず第一章終了です。いきあたりばったりで書いたために大分無茶苦茶になりましたが、手直しはそのうちにして、まずは話を進めたいと思います。
第二章は禁書本編の第一巻に沿っていこうと考えています。といっても、時期的に途中参加なので多分話は短めになります。やったね、楽ができるよ!
……こほん。とりあえずこれから一巻を読み直して、まだ空気じゃなかったことのインなんとかさんに会いに行きます。
第二章突入ということで次の更新は少し遅くなりますが、決してサボりたいわけではありません。