とある魔術と超能力者   作:和菓子

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連続投稿ナリ。
タイトルをかっこつければ中身も少しはましになるかと思ったが別にそんなことはなかったぜ!
前の話をクッションに挟んでみたものの、やはりシリアス出すのは急だったかな……?



1-4.無能力者は無力を嘆く “My_name_is_Level0.”

 ――あたしは、無能力者(レベル0)だ。

 

 沈んでいく夕陽に照らされ、錆びついた滑り台が鈍く輝く。

 第七学区にある公園で、佐天涙子が小さくブランコを揺らした。

「落ちついた?」

 俯く彼女に、傍らに立った百合花が気遣わしげに声をかける。それに応え、佐天が顔を上げた。

 頬は紅潮し、泣き続けたせいで目は腫れてしまっている。それでも、何とか表情だけは取り繕って、彼女は答えた。

「はい、何とか……」

 しかし、その声は暗かった。無理もない、女子中学生一人が不良十人に取り囲まれ暴行を受けるところだったのだ。そのすぐ後に立ち直れなど酷なことだろう。

「……どうしてあんなところに?」

 だから、百合花は努めて優しい声を作った。

 百合花の歩いていた場所は第七学区でも比較的人通りの少ない道だ。彼女は移動時間を短縮するためにあの道をよく利用していて、何度か不良に絡まれたこともある(当然撃退したが)。このことを鑑みると、学園都市の治安はお世辞にも良いとは言えなかった。

「近道を通ろうとしたんですけど、途中で男の人が絡まれてるのを見ちゃって……」

「助けようとしたけど、逆に絡まれた上その男の人には見捨てられた、と?」

 沈んでゆく佐天の声を百合花が継いだ。薄汚れた裏路地にいたのは佐天と不良達だけだったから、佐天の言う男は逃げ出したのだろうと当たりをつける。

「はい……」

 一際沈んだ声を出し、迷子になった子供のように、佐天は再び俯いた。

 百合花がため息をつく。彼女は半ば呆れていた。

 自分を助けようとした女の子を置いて逃げた意気地無しな男にでも、たった一人の女の子を十人で取り囲んだ不良達にでもなく、他ならぬ佐天涙子にだが。

「全く、無茶するね……」

 彼女はすぐに逃げて風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に通報するべきだった。佐天の行動は無謀と断じられても文句は言えない。

「……、すみません……」小さく、呟く。

 と、風の音が響いた。冷たい風だ。

 木々が青い葉を揺らし、俯く佐天の長い黒髪が風に靡く。

 誰も乗っていないブランコが、酷く耳障りな音を立てて震えた。

 しばらくして、佐天がポツリと溢す。

「風見さんは、能力者なんですよね」

「そうだけど……」

 突然の問い掛けに、百合花は困惑の表情を浮かべた。俯いた佐天の表情は百合花には窺えない。

「どんな能力なんですか?」

「……、レベル4の空力使い(エアロハンド)

 ただ、佐天の言葉が有無を言わさぬ真剣味を帯びていることは、彼女にも十分感じ取れた。百合花は喉の奧がジクジクと乾いていく感触を味わう。

 俯いた陰の中で、少女が力なく笑った気がした。

「凄い、ですよね……不良を纏めてやっつけちゃって、すんなりと私も助けてくれて……」

 憧憬、諦念、様々な感情が複雑に絡み合いない交ぜになった、重い声。

 

 例え話をしよう。

 佐天涙子はサンタクロースに見放された子供(むのうりょくしゃ)だった。彼女がどれだけ良い子でいようと、どんなに頑張ろうと、彼女の枕元にプレゼントが置かれることは決してなかった。

 幻想(サンタクロース)が確固として存在するこの世界で、それはどれだけ残酷なことなのだろうか。

 クリスマスの朝、プレゼントにはしゃぐ友達を見て、彼女は気丈に笑顔を作る。

 良かったね、と笑うのだ。

 

 斜陽が佐天を照らし、少女の顔にかかった暗い陰がいっそう濃くなる。

 夜に沈みゆく街の中、風が吹く。初夏に似合わない、やけに冷たい風だった。

「私、風紀委員(ジャッジメント)に連絡したほうがいいって、分かってたんです」

 震える体を必死に押さえ付け、佐天は努めて平坦な声を出す。俯いた表情を悔しさに歪め、彼女は唇を噛んだ。

「でも、男の人が傷付けられてるのを見たら、無能力者ってなじられてるのを聞いたら、目の前が真っ赤になって……」

 百合花は何も言えなかった。何をしていいのかも分からず、ただただ拳を握り締める。言葉はまだ、見つからない。

 風が一層強くなる。ブランコが悲鳴を上げて軋んだ。

無能力者(レベル0)って……何なんですかね」

 絞り出すような声だった。

「目の前で誰かが傷付けられても、自分が危ない目に遭っても!」

 絞り出す。涌き出る衝動を、助けたいと願う気持ちを、踏みにじられる悔しさを。

 それでも、佐天涙子はどこにでもいる無能力者だった。

 無能力者(レベル0)

 学園都市の全学生のおよそ六割を占める彼等を取り巻く環境は、厳しいの一言で済ませられる程度のものではない。学園都市は能力の強度(レベル)を極端に重視する。無能力者というだけで、彼等は能力者たちからは蔑まれ、研究者たちには疎まれる。

 先ほどのように遊び半分で痛めつけられることもあるし、劣等感に苛まれ道を踏み外す者だっていた。

 彼らには、力が無かった。

 泣きながら、大きく、本当に大きく、息を吸って、

 

「何もできない!!」

 

 佐天が、叫ぶ。それは慟哭だった。

 悔しさや悲しみ、怒りを押し固めて煮詰めたような、咆哮。彼女の瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちていく。

「何も……できないんですよ……」

 力尽きたように、彼女は言った。

 ブランコが、揺れた。

「……そんなこと、ないよ」

「え?」

 押し黙り、佐天の言葉を聞いていただけの百合花が唐突に言葉を発する。驚いたように佐天が顔を上げた。彼女の瞳に映る百合花が、纏まらない考えをとにかく吐き出すように、必死に言葉を紡ぐ。

 慰めではきっと、この少女には届かない、だから、百合花の思ったそのままを、余すことなく佐天に伝えるために。

「私は、物心ついた時からこの力を持っていた。だから、無能力者の、佐天さんの気持ちは全然分からない」

 佐天は百合花の言葉に表情を歪めた。

 しかし、彼女の話を遮ろうとは思わなかった。突き放すような言葉とは裏腹に、彼女の瞳はとても真摯な色をしていたから。精一杯、自分に何かを伝えようとしていることが分かったから、佐天涙子は風見百合花の言葉に耳を傾けた。

「でも、一つだけ、確かなことがある」

「何ですか、それ……」

 訝しげな佐天の視線の先、誇らしげに百合花は笑んだ。

「佐天さんは、誰かのために立ち上がったじゃないか。多少は考えなしだったけど、それでも、貴女は勇気を持って行動した」

 佐天の頭に百合花の手が置かれた。「うぇ?」佐天が呆けたような吐息を吐き出す。そのまま、佐天の艶やかな黒髪をクシャクシャと撫でる。

「貴女は優しくて強い、勇気のある人間だよ。たとえ他の全てが駄目だとしても、それだけは誇るべきだ」

 子供を褒める母親のように、彼女はにこりと笑った。

「ありがとう……ございます」

 子供のように扱われても、何故か佐天に怒る気は起きなかった。

 それは佐天自身迷子になった子供のような心細さを感じていたからかもしれないし、彼女の頭を撫でる百合花の手付きがやけに堂に入っていたからかもしれない。あるいはその両方だってあり得た。彼女が、こんなちっぽけな、まだ出会って間もない自分の小さな勇気を誇らしく思ってくれているなら、それはとても嬉しいことだった。しかし、

「……でも」

「ん?」

「それでも、あたしは能力者になりたい」

 やはり、能力への憧れは捨てられない。今までずっと、それだけのために努力を重ねてきた。

 反対する母親を説得して学園都市に来たのもそうだ。

 頭の中が弄くり回されるのを必死に堪えたのもそうだ。

 使うかどうかも怪しい複雑な知識をひたすらに頭に詰め込んだのもそうだ。

 空っぽな靴下を手に持って、周りの人間が笑いながらプレゼントを取り出すのを見せつけられる。どれだけ努力しても、どれだけ良い子でいても、彼女の元にサンタクロースはやって来ない。

 それでも、憧れは捨てられない。

 何度目かの無能力者判定を受けた時は一晩中泣き続けて枕を濡らした。

 何度も挫折した。

 今度こそ、と何度意気込んでも、今までそれが実現することはなかった。

 悔しかった、悲しかった、妬みもした。今もそうだ。

 それでも、努力は止められなかった。

 もしかしたら、と思ってしまう。

 憧れは、佐天を捉えて放さなかった。

 冷たい風に吹かれながらも、焦がれるような頬の熱さを彼女は感じていた。体に残る熱のありったけを、たった一つに込めたように、

 

「勇気を無謀で終わらせない、そんな力が欲しいんです」

 

 強い言葉だった。

 彼女の強い言葉に、初め百合花は面喰らっていたが、

「うん、それでいいと思うよ」

 佐天の瞳を見て、彼女は優しく微笑んだ。

「……いいんですか?」今度は佐天が目を丸くする番だった。

「私が言いたいのは自分を卑下しないで欲しいってことだったから。それさえ守れば、後は何も言わないさ」

 でも、動き出す前に少し深呼吸しようね。言って、百合花は左目を瞑った。

 それを見て、佐天がクスリと笑った。

 

 夕陽が沈み、夜が訪れる。

 誰もいなくなった公園で、ブランコが風も無く揺れた。

 

 かくして、優しい無能力者(さてんるいこ)は己の無力を嘆く。誰かを助ける『力』を求める。

 ちっぽけな、しかし大切なソレに気づくこともなく。

 

 

 

 暗くなり、人通りの少なくなった大通りを佐天と百合花が歩く。

 学園都市の夜は早い。完全下校時刻をとうに過ぎ、一部の学校の門限も過ぎたこの時間帯、人影は疎らだった。

「送っていただいて、ホントに良かったんですか?」

 恐る恐るといった風に佐天が尋ねる。彼女としてはあれだけの醜態を見せてしまった相手にこれ以上迷惑をかけるのも気が引けたし、何より気まずい。

「ん、寮にはもう連絡入れたし、事情が事情だから見逃してもらえたよ」

 百合花が佐天に笑いかける。ぎこちなさなど感じさせない笑顔だった。

 佐天が気まずそうに顔を逸らす。

「すみません……」

「……気にしなくていいよ、先輩に世話を焼かせるのは後輩の特権だからね」

 そう言って、もう一度笑う。佐天の口元が少しだけ持ち上がる。

 それから、しばらく沈黙が続いた。

 コツコツと、靴と地面のぶつかる音だけが二人の間に響く。

 風が二人の間を通り過ぎて、大きく髪を散らした。

「……曇ってきましたね」

 ふと夜空を見上げ、佐天が溢す。

 彼女の言葉通り、空は分厚い雲に覆われ、本来そこにあるはずの輝きを見て取ることは出来なかった。

「暗いね」

 釣られて、百合花が空を仰ぐ。

「嫌な風だな、雨が降るかもしれない」

 厚い暗雲に手を伸ばし、彼女はポツリと呟いた。

「分かるんですか?」

 同じように、佐天が夜空に手を伸ばす。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の天気予言を思い出し、小さく瞳が揺れた。

「あたしにはさっぱりですよ!」

 彼女は破顔して言った。

 不安になるくらいに明るい声だった。

「私は空力使いだから。何となくね」

「へぇー、凄いんですね」

 感心したように佐天が息を漏らす。

 百合花は曖昧な笑顔を返した。

「佐天さんの声が届いたのも、これのおかげだよ」

 これが無ければどうなっていたことやら。そんな意味を込めて、百合花が目を細め佐天を見つめる。

 佐天がばつの悪そうな表情を浮かべて笑った。

「アハハ、すみませ――」

 慣れない温もりで、言いかけた佐天の表情が驚きに染まる。

「無事で、本当に良かった……」

 彼女を抱き締め、百合花が安堵した表情で笑った。

「え、と……」

 抱き締められた体が熱い。

 気恥ずかしくて赤くなった顔を誤魔化すように、佐天はもう一度空を見た。

 相変わらずの、曇天だった。

「……助けていただいて、ありがとうございます」

 抱き締められたまま佐天が言った。

「ん、次は無いから、しっかり気を付けるよーに」

 冗談めかした声で、からかうように百合花が(うそぶ)く。

「アハハ……」

 誤魔化して、佐天が曖昧に苦笑した。

 百合花から体を離し、彼女は暗い夜道を歩き出す。百合花もそれに続いた。

 冷たい風が吹く。

 再び、二人は沈黙した。

 ざわざわと、風が木の葉を揺さぶった。

 しばらく歩くと、佐天の住む柵川中学の学生寮が見えてきた。ほとんどの学生が寮で暮らす学園都市の例に漏れず、よく手入れの行き届いた小綺麗な印象。そんな、どこにでもあるありきたりな風体だった。

「今日は本当にありがとうございました!」

 学生寮の前に辿り着くと、そう言って佐天は頭を下げた。

「どういたしまして、次からは気をつけなよ?」

 百合花が柔らかく笑う。

「はい。それじゃあ風見さん、さようなら!」

「うん、また今度」

 佐天を見送り、百合花はまた歩き出す。

 

 暗い雲はいまだ、輝く星々を厚く覆い隠していた。

 滴が落ちる。初夏に似合わない、冷たい雨がポツポツと。

 どこかの公園で、くすんだブランコが小さく、哀しげに揺れた。

 

 

 

 

「ただいま」

 百合花は自室の扉を開けた。

 学園都市第七学区、その南西端に存在する『学舎の園』。五つのお嬢様学校が共同で経営する極めて小さな町だった。

 百合花が在籍する常盤台中学は、その『学舎の園』の内と外にそれぞれ一つ、合わせて二つの学生寮を所有している。その片方、『学舎の園』内部にある学生寮で百合花は暮らしていた。

「お帰りなさいませ、百合花様」

 百合花の姿を認め、ルームメイトの少女が恭しく一礼する。

「……相変わらずだね」居心地悪そうに百合花が身じろぎした。

「本日二度目の解答ですが、性分なので」

 少女が素っ気なく答える。

 銀色に縁取られた薄いレンズの奥で、碧い光が静かに瞬いた。

「寮監様からお話は伺っております。お疲れでしょう、入浴の用意が整っておりますがいかがいたしましょうか」

 そう言って彼女は小さく首を傾げた。切り揃えられたダークブラウンの前髪が微かに揺れる。

「お食事を先にとられるのでしたら、ここまでお持ちいたしますが」

「いや、いいよ。食堂で食べる」

 鞄をベッドに放り投げ、百合花は食堂へと向かう。

「お供させていただきます」

 それに少女が続き、滑らかな所作で部屋の扉を閉める。百合花は焦ったように言った。

「いや、わざわざ着いてこなくてもいいんだよ?」

「いえ、私もまだ夕食をとっていません」

 言うや否や、少女のお腹が鳴る。存外可愛らしい音だった。

「ですので、ご一緒させていただければ嬉しいです」

 少女が微かに頬を染める。事も無げに彼女は言い放ったが、夕食の時間はとうに過ぎていた。

「……もしかして、待っててくれたの?」

「端的に言えば、そうなります」

 少女は真顔で言う。

 素っ気ないともとれる声を聞いて、百合花は嬉しそうに微笑んだ。

 無愛想な少女の手を取り歩き出す。質のいい真っ赤な絨毯が柔らかく沈んだ。

「ありがとね、今度何かお礼するから」

「では、口移……いえ、アーンで食べさせてください」

 少女は真顔で言った。

「……、え?」

 思わず百合花が聞き返す。

「アーン、です」

 小さく口を開けて、少女は真顔で繰り返した。

「………………、分かった」

 葛藤は数秒に及ぶ。顔を赤らめながら百合花が答えた。

 それを聞いて、二つに纏めた少女の後ろ髪が左右に大きく揺れる。まるで犬の尻尾だ。

 その日の夕食は何故だか、いつもより味が薄かった。 

 




連続投稿で書くことがナッシング。
しょうがないから最後にちょこっと登場したオリキャラのことでも書いてみる。
彼女は生徒会の書記兼会計兼庶務兼百合花の世話係兼エトセトラなお人です。人物像としては、黒子が一番近いかも。というより、オリ主と美琴、黒子と彼女という感じで誕生。オリ主ラブな子です。
作者としては素直クールな変態というキャラを想定して書いているのですが、いまいち素直クールが理解できていないせいで何だかヘンな感じに。
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