今回はグラビティ事件の話ですが、上条さんはまだ登場しねえ! ざまあみr――すみません、だからその金属バットはしまってください。ほんとすみませんでした調子乗ってました。
……よく分からない方向に迷走中の本作ですが、それでもかまわんと言い切る変j勇者様の退屈を少しでも紛らわせられればいいなー、と作者は遠い目をしつつ高望みします。
「金貸してくんねぇ?」
薄暗い校舎の裏側、男の粗野な声が響く。柄の悪い男が三人、やせっぽちの少年を取り囲んでいた。
「こ、困るよ。今は持ち合わせが無いんだ。だ、大体、前に貸した分がまだ」
怯えた声は、男の一人が突き出した拳によって遮られた。肺の中から酸素が逆流する感覚に、少年が声にならない叫びを上げる。
「ちゃんと返すっていってんだろ。出世払いでさぁ」
男達がニヤニヤと笑った。
「大体さぁ、無期限無利子無制限ってのがお前の売りだろ?」
薄く笑いながら、
「ぐぅっ」
痛みに呻く少年を見て、男達は腹を抱えて爆笑した。
「オラ、これ以上痛い目見たくなきゃさっさと財布出せよ」
少年は震える手でポケットをまさぐり、取り出した財布を男に差し出す。
男はそれを引ったくると、強かに少年の頭を蹴り上げた。
「最初っから素直に出せよ、テメェなんざこのくらいの価値しかねぇんだからよ!!」
「たったのこれっぽっちかよ。しけてやがるなぁオイ!」
口々に勝手なことを言いながら男達は去っていく。少年に対する関心などもはや微塵も残っていない。
投げ捨てられた財布が、乾いた音を立てて砂埃を上げた。
「ち、くしょう」
地べたに這いつくばった少年の口から、言葉が漏れる。体は怒りで震えていた。
「何でだよっ! 何で……」
言いかけた言葉は、断ち切られたようにブツリと宙に消えていく。
分かっていたから。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。零れ落ちた疑問とは裏腹に、少年はその答えを知っていた。
彼に、力が無いからだ。
力が無いから、強者に容易く蹂躙される。
力が無いから、それに抗うことも出来ない。
力が無いから、彼はこんなにも惨めだった。
「ちくしょうっ、ちくしょぉぉぉっ!」
自分は力無き弱者、守られるべき存在。そんな幻想はとうの昔に砕かれた。
強者は、彼を守ってはくれない。
絶望し、悲嘆に暮れ、憎悪して、力無き者は慟哭した。
『
見かねて、佐天が空になった美琴のアイスティーの代わりに自分のオレンジジュースを差し出す。飲みかけだが、今から注文した物を待つ気力は美琴には残っていないだろう。
「御坂さん、お疲れ様です。……初春がすみません」
そう言って、佐天は歯軋りして悔しがる親友を横目に見た。いつもは佐天の暴走に涙を流す常識人の面影はどこにもない。
「悔しいです。あと、あと少しだったのに!」
頭に咲いた大きな花飾りを上下に揺らして初春が悔しげに言った。美琴が思わず苦笑する。
「あ、はは。良いわよ別に。いい経験になったから……」
結局、美琴と初春が力を合わせても、謎のクラッカーを捕まえることはできなかった。相当の痛手を与えることは出来ただろうが、それだけだ。美琴達が負けたという事実は変わらない。疲労が無ければ美琴も初春と同じように地団駄を踏みたい気分だった。
美琴は差し出されたコップを受け取り、注がれたオレンジ色の液体を勢いよく飲み始める。生き返る心地だった。
「ところで御坂さん、これから買い物でもどうですか?」
美琴が飲み終わる頃を見計らって佐天が尋ねる。
「買い物? えらく急ね……」
「あはは、始めに言うつもりだったんですけど、初春がスイッチ入っちゃったから……」
佐天が苦笑する。美琴もつられて乾いた笑みを零した。
「いいわ、行きましょうか。場所はどうする?」
「セブンスミストとかどうでしょう!」
話しながら、美琴と佐天が立ち上がってレジへと向かう。初春が慌てて二人を追いかけた。
てくてくと三人が道を歩く。目指すのはセブンスミスト、第七学区に店舗を構える服屋である。
雲一つ無い青空の下、初春と美琴、佐天は雑談に興じていた。今は佐天の話す荒唐無稽な都市伝説が話題の中心になっているようだ。
「都市伝説は実に多種多様、あたし達の好奇心を存分に満たしてくれるんです!」
身振り手振りを交え、佐天が声高に話す。この手の話が大好物な彼女にとってこの状況は同志を増やすまたとない機会だった。自然、言葉にも熱が入る。
「ふーん、例えば?」
そんな佐天に、しかし美琴は胡散臭げに尋ねた。隣を歩く初春もこの手の話は冗談半分で聞き流すことにしたようだ。そんな二人の調子に頬を膨らませながら、佐天が矢継ぎ早に都市伝説を並べていく。
曰く、「いきなり脱ぎ出す脱ぎ女」
曰く、「夕方四時四四分に学区を跨いではいけない、幻の虚数学区に迷いこむ」
曰く、「使うだけで能力が上がる道具レベルアッパー」
曰く、「学園都市に突如として出現した巨大建造物」
曰く、「学園都市の技術を数十年分押し上げた天才科学者」エトセトラエトセトラ……
あまりに荒唐無稽な噂話に美琴の表情が引き攣る。唯一ありえそうなのは脱ぎ女だが、それではただの痴女だ。
「佐天さん、あんまり都市伝説に夢中になっちゃ駄目ですよ」
硬直した美琴に代わり、初春が佐天を
「えー、まだまだあるんだよ? どんな能力も効かない男、とかさー」
ピクリと、美琴の眉が跳ねた。
美琴には心当たりがある。黒髪のツンツン頭が特徴的な、冴えない男子高校生だ。美琴の放つ電撃は、悉く彼の右手に防がれ、消滅した。昨日の夜もそうだ、あいつの右手に触れたまま能力を使うことは出来なかった。おそらく、あの右手に何か――
「――御坂さん? どうかしましたか?」
怪訝そうな初春の声で、ぐるぐると回転していた美琴の思考は止まった。ハッとして二人を見れば、初春も佐天も心配そうな顔をしている。どうやら先ほどの大捕り物が響いたのではないかと考えているようだった。
美琴が慌てて首を振る。
「いや、ごめん! ちょっと考え事を――」
と、そこで腰辺りに軽い衝撃。疑問符を浮かべ、美琴が視線を下ろす。
見れば、幼い少女が涙目で尻餅をついていた。
人混みの中、少年が一人歩く。眼鏡の奥をギョロリとギラつかせ、一心不乱に辺りを見回していた。
そして、見つける。頭に大きな花飾りを乗せた少女。何の変哲も無いセーラー服の右袖には、『守る』ための道具である盾をモチーフとした腕章が付けられている。
それは、その少女が
少年の耳に楽しげな声が響く。思わず彼は歯軋りしていた。少女三人と連れ立って歩き、にこにこと笑顔を浮かべる彼女が、少年にはひどく憎らしいものに思えたのだ。弱者たる自分が地面に這いつくばってもがいている一方で、それを守るべき立場にあるはずに彼女は呑気に笑っている。
少年はそれが許せなかった。
(ぶっ壊してやる)
やつれた顔を狂喜に歪めて、やせっぽちの少年は醜く笑んだ。
セブンスミストの寝間着売り場で、美琴は
彼女の名前は
彼女の目的地は美琴達と同じセブンスミストだったようで、ぶつかったお詫びも兼ねて、美琴達は少女をセブンスミストまで案内していた。
「むぅ……」
目を細めて美琴が唸る。繋いだ手に微かに力が入っていく。視線の向かう先では、一見何もおかしなところはなさそうなパジャマがマネキンに着せられていた。
桃色を基調として、その上に黄色、水色、紫、オレンジなど、様々な色の花柄が散りばめられている。裾にはフリルがあしらわれていた。
「むむむ……」
それを手に取り、美琴は唸る。佐天と初春、友人の二人から子供っぽいと散々な酷評をくらったこのパジャマ。自分が気に入っていただけに、美琴は大いに悩んでいた。
買うべきか、買わざるべきか。ぐるぐると、それだけが頭の中を回っている。
「うーん……ん?」
と、不意に、美琴の腕が引っ張られる。あの少女であった。無邪気な笑顔を美琴に向け、
「お姉ちゃん、それすっごく可愛いね! 私も欲しい、お揃いがいいな!」
よし、決めた。買おう、と美琴はあっさり決断した。少女の無垢な笑顔の前では美琴の葛藤など些細なものである。マネキンの側に畳んであるパジャマを二着、美琴は手に取った。子供向けのそれは、まだ幼い少女に合うサイズのものもしっかり完備していたようだ。
少女と手を繋いでそのまま会計を済ませる。寝間着売り場に戻ると、先ほど水着を見に行って別行動だった佐天と初春がいた。
「あ、御坂さーん!」
「佐天さん、他の人の迷惑ですよ」
美琴を見つけ、佐天が大きく手を振った。駆けよる佐天に美琴が苦笑する。後ろの初春もやや呆れ顔だ。
「その袋、何買ったんですか?」
初春のため息を他所に、興味津々といった様子で佐天が尋ねる。
「あ、いや、うん……」言葉を濁す。まさか散々子供っぽいと言われたあのパジャマだと言うわけにもいかない。自分のお子様趣味を躊躇なく晒け出す度胸は美琴にはなかった。
しかし、目線をさ迷わせる美琴の隣、少女が嬉しそうに笑って、
「ピンクのお花のパジャマだよ! お姉ちゃんと私でお揃いなの」
爆弾を投下した。
美琴と佐天、初春が固まる。少女は変わらずにこにこと頬を弛めていたが。
(あ、終わった)
羞恥で顔を熱くしながらも、美琴はどこか他人事のように思った。今ごろ二人の中の頼れる先輩像は壊れていることだろう、泣きたい。
「や、優しいですね御坂さんは。わざわざお揃いで買ってあげるなんて!」
頬を引き攣らせ、困ったように笑いながら初春が言った。
「そ、そうだね初春。いやー、御坂さんのこと尊敬しちゃうなー」
続く佐天。頬に一筋、冷や汗が流れている。二人がそう思っていないことは明白だった。
ダバー、と滝のような涙を流して黙りこくる美琴。沈黙が微かに響く。全身からダラダラと嫌な汗が噴き出す。喉がゴクリと鳴った。
意を決して、美琴が口を開き、
初春の携帯が、何とも言えない間抜けな悲鳴を上げた。
「……、ほえ?」呆けた様子で美琴が声を漏らす。
「あ、すみません!」
初春が慌てた様子で携帯を耳に押し当てた。直後、鈴を鳴らしたような声がそこから吐き出される。
『初春! たった今重力子の加速が観測されました。
焦燥を滲ませた声で、白井黒子はそう言った。弛んだ空気が張り詰め、美琴達の表情が引き締まる。
「ば、場所は」
『初春、至急支部に戻って』
「ですから! 場所はどこですか!?」
痺れを切らした初春が怒鳴る。電話の向こうで黒子が微かに息を呑む気配がした。
『第七学区、セブンスミストですの!』
今度は美琴達が息を呑む番だった。
彼女達はちょうどセブンスミストに買い物に来ていた。
『今すぐ』
「ちょうどセブンスミストです! 今すぐ避難誘導を開始します!」
黒子の言葉を遮り、初春が力強く告げる。
『初春!? 犯人の狙いは風紀――』
慌てて携帯を懐に放り込み、初春が美琴に向き直って、
「御坂さん、避難誘導の手助けをお願いできますか?」
「ええ、任せて」
言って、美琴は力強く拳を握った。
美琴の答えを聞いて初春が安堵したように頷く。
「初春、私も何か……」
佐天がおずおずと申し出る。自分にも何かできる事はあるはずだと、そう思っての言葉だった。だが、
「佐天さんは佳茄ちゃんと一緒に今すぐ避難を!」
それに答えて、風紀委員の腕章を身に付けた初春が指示を飛ばした。
「……、」
佐天が初春を見つめる。その目は葛藤に揺れていた。沈黙は数秒続いたが、
「……分かった。気を付けて」
葛藤を押し殺して、少女の手を取り歩き出す。ほぞを噛む佐天の顔は、美琴達の位置からでは見て取る事ができなかった。
誰もいない店内を、その少年は独りで歩いていた。痩せた体の動きは壊れかけたロボットのようにぎこちなく、それでいて、眼球だけは忙しなく辺りを睨んでいた。彼が探しているのは
五分も歩いた頃だろうか。ギョロギョロと回っていた視線が不意に動きを止めた。立ち止まった拍子に持っていたカエルの人形が虚空に揺れる。
視線の先にはあどけない少女が一人。呑気に歩みを進めつつ、視線を周りにさ迷わせる。誰かを探しているようだった。
少年の口元が弧を描く。薄い笑みを隠しながら、少年は
「君、どうしたんだい?」
少女が振り返る。自分の現状を理解していない、無邪気な瞳だった。
「あのね、黒髪のお姉ちゃんとはぐれちゃったの! だから、目立つお花のお姉ちゃん探してるの!」
それを聞いて少年は内心ほくそ笑んだ。黒髪は分からないが、お花はまず間違いなくあの風紀委員だろう。余計な手間が省けた。
醜悪な笑顔の上に愛想のよい(と、本人は思っている)笑みを貼りつけ、猫なで声で言って、
「そうなのかい。じゃあ、お花のお姉ちゃんが見つかったらこれを渡しておいてくれるかな?」
少年は左手に持つカエルの人形を少女に差し出した。
「うん!」
少女は笑顔で頷く。何の疑いもなくそれを受け取り、駆け出した。
見送って、少年は踵を返す。
たった今、幾度目かの弱者の復讐劇は幕を開けた。役者は四人、観客は一人。
佐天涙子はひたすらに駆けていた。階段を一段飛ばしで跳ね上がり、きれいに並べられた陳列棚の間を縫うように走り続ける。
(あたし、ダメダメだっ……!)
必死の形相で周りを見渡す。それでも、自分が任されたあの少女は見つからない。佐天の心に焦りが募る。
佐天が少女とはぐれたのはセブンスミストの三階。人ごみに流されて少女は佐天の手を離してしまった。自分の責任だった。自分が任された少女の幼い手を、佐天は握りなおす事ができなかったから。
歯痒さに表情を歪め、しかし佐天は走り続けた。清掃された床を蹴飛ばし、少女を探して誰もいないフロアを駆け続ける。
「佐天さん!」
ふと、声が聞こえた。振り返った拍子、黒髪が宙に流れ、雫が散った。視線の先には少女が二人、御坂美琴と初春飾利だ。二人が佐天に駆け寄る。
「佳茄ちゃんが外にいなかったから探しに来たんだけど……はぐれちゃったの?」
焦った声で美琴が言う。佐天は荒い息を吐きながら、
「……は、い。すみ、ません」
悔しげに、唇を噛んだ。足が震えているのは、疲労のせいだけではない。どうしようもない自分への、紛れもない怒りだった。
しかし、息も絶え絶えな彼女の様子を見て、美琴はこれ以上無理をさせる訳にはいかないと判断した。
「佐天さん、あとは私達が探すわ」
だから貴女は戻りなさい。言外に美琴はそう告げた。
「そうです。佐天さんは無理し過ぎです!」
心配そうな表情で、初春が言葉を継ぐ。頬が紅潮していた、余程感情が昂っているのだろう。2人の言葉を聞いて、しかし佐天は頷くわけにはいかなかった。
「でもっ!」
大きく首を振る。
聞いて、美琴が大きく息を吸おうとしたとき、
「お姉ちゃーん!!」
能天気とさえとれる件の少女の声に、美琴達は思わず体を弛緩させた。これで、あとはこの建物から少女を連れて脱出するだけだ。ほっと胸を撫で下ろす。
だが、それを目にした瞬間、美琴達の体は凍ったように動きを停止した。
声のした方へ顔を向けた三人の目を捕らえたのは、少女の輝く笑顔ではなかった。彼女の両手に抱えられた、カエルの人形。
それが、ごく僅か、しかし胎動しているかのように伸縮を繰り返し、不気味に歪んでいく様子だった。
あたかも氷の柱を首筋に突き刺されたかのような、凄まじい悪寒が美琴達を襲う。悪寒に突き動かされ、初春が少女のもとへと走り出す。乱暴に人形を引ったくり、力一杯放り投げる。
(ッ! さっきの疲労が……、
それは、人形が急激に収縮して膨張し始めたこと、絶望的に短い刹那の間、躊躇いなく美琴が初春達の前に出たことと、ほとんど同時の出来事だった。
(間に、合え!!)
閃光が、爆ぜる。天が落ちてきたのではないか、そう錯覚する程の轟音がセブンスミストを揺らした。
「くく、あは、あーはっはっはっ!!」
狂ったように、少年は笑う。瞳を狂喜に染め上げ、ひたすらに。黒煙を満足げに眺め、悲鳴に目を細める。愉快で愉快で堪らない。
繰り返される
「見つけた」
突然、薄暗い路地にそぐわぬ柔らかな声が響いた。
「っ!?」
跳ねるように首を向ける。狭いビルとビルの間に、二人の少女が佇んでいた。
「あの爆発を起こしたのは貴方で間違いないよね?」
確信めいた響きを含ませ、黒髪の少女は少年にそう問いかけた。
「な、何の事かな……?」
少年の答えを聞いて、少女はつまらなさげにため息をつき、隣に立つ金髪の少女へと目配せした。
視線を受けて金髪の少女は頷き、
「ええ、真っ黒よお」
蜘蛛のように、哀れな少年の瞳を絡めとる。
「なるほど、その音楽ソフトが
「なぁっ!?」
少女の言葉に少年の瞳が分かりやすく揺れた。口からは驚愕の声が漏れている。
「そう。じゃあ回収して警備員に突き出そっか」
軽い調子で紡がれた言葉に、何故だか少年は恐怖した。あるいは、少年を捕らえる事など容易い、そういった少女の無意識を察知したのかもしれなかった。足を縺れさせながらも必死で走り出す。瞬間、
少年の体は奇妙に硬直した。
驚愕で頭が真っ白に染まる。
「な……、え……?」
小さく漏れた疑問は、哀れになるくらい滑稽に、少女達の鼓膜を弱々しく叩いた。少年の呆けた顔を見て、金髪の少女がクスクスと愉しげに笑う。
「悪いけどお、逃げちゃダメなんだゾ☆」
何かされた。得体の知れない物への怯えと共に、少年は改めて二人の少女をまじまじと見つめた。
白い半袖のブラウス、サマーセーターとプリーツスカート。学園都市で知らない者はいないだろう常盤台中学の制服だった。それを認識した途端、少年の思考が真っ赤に染まる。
「……しょう」
「ん?」
少年が零した呟きに、二人の片割れ、黒髪の少女が首を傾げる。
そして、怒号は爆発した。
「ちくしょう!!」
悔しさを叩き付けるような激しい声。周囲を囲むビルの壁がほんの少し、震えた。堰を切ったように、感情は決壊した理性の隙間から流れ出してゆく。
「いつもそうだ! お前らみたいなのがいるから、僕達弱者は虐げられる!」
溜まりに溜まり、限界まで濁った濁流が、少年の口から際限無く溢れてくる。
「何なんだよお前らは! 力で僕を押さえ付けやがって!」
憎悪怒り嫌悪憤怒軽蔑悪意敵意、ありとあらゆる負の感情を向け、少年は少女達を糾弾した。
「殺してやる! お前達に僕を踏みつける権利なんてない!!」
それは、少年の魂の叫びだったのだろう。人を動かすための『熱』が、確かにそこには含まれていた。少女はそんな彼の慟哭を聞いて、
「……、そうだね」
何かに堪えるような、押し殺した無表情だった。傍らに立つもう一人の少女に見咎められる前に、少女はそれを消し、諭すように、責めるように、
「でもさ、貴方にも、そんな権利は無いよね?」
誰にともなく、言い聞かせるようにそう言った。
「自分が何をしてしまったのか、頭を冷やしてゆっくり考えるといい」
まぁ、私も人の事は言えないけど。微かに零して、少女は少年から視線を外す。その表情は影で窺えない。
「じゃあ、
「了解よお☆」
金髪の少女が馬鹿に明るい声を出し、リモコンを取り出して少年の頭に向ける。
間抜けな電子音が鳴り、少年の意識は闇に沈んだ。
意識が浮上する。何かが焦げたような異臭を感じながら、佐天涙子は目を覚ました。
(何が……?)
体のあちこちが痛む。まるで、爆発に吹き飛ばされたかのよう――
「っ!!」
跳ねるように立ち上がって辺りを見回す。
――惨状だった。人形の放り投げられた場所を中心に、本来そこにあったものは全て消し飛ばされ、代わりといわんばかりに真っ黒に焼け爛れていた。ところどころに広がった赤熱が大気を焦がし煙を立てる。
そんな光景を前にして、先ほどまでの混濁した思考が残っているはずもない。佐天涙子の頭はたった1つで埋めつくされていた。
(御坂さん、初春、佳茄ちゃん!)
泣きそうな顔で辺りを見回して、すぐそばに倒れている初春達を見つけた。
無事でいてほしい。そんな願いが天に届いたのか、初春と少女に目立った傷は無い。衝撃で気絶して、所々服が煤けてしまっているが、それだけだ。佐天はホッとして息を吐き、
「……さ、てん、さん?」
凍りついたように、ある一点だけを凝視した。
崩れた壁のように陳列棚が積み重なり、巨大な山を作っていた。黒い煙を上げたそれは爆心地に近いところなど軽く溶けてしまっている。ゆっくりと、赤熱した粘液が重力に従い流れていく。床に滴り落ちて、焼け焦げるような異音を大気に叩きつける。
――そんな地獄の直ぐ側で、御坂美琴は血を流して倒れていた。
佐天の頭が真っ白になる。目の前の現実に処理が追い付かない。
崩れて積み重なった陳列棚の成れの果て、その下で倒れている御坂美琴。
額から血を流し、弱々しく自分の名を呼ぶ御坂美琴。
学園都市第三位。
絶対無敵の
現実離れした光景に、佐天の顔が青ざめた。
「御坂さんっ!」
美琴の名前を叫び駆け寄る。文字にすれば、いつも通り佐天が美琴へ呼びかけただけだろう。佐天が大声で美琴を呼び、初春が苦笑いして、黒子が呆れたように肩を竦める。そんな、日常のありふれた一ページ。
だが、佐天達の今いるここは非日常。
どうしようもないくらい、非日常だった。
「さ、てん、さん。ういはるさんたちは……、ぶじ?」
掠れた、弱々しい声で、絞り出すように美琴は言った。
「無事です! 御坂さんのおかげです!」
瞳に涙を浮かべ、佐天が大きく声を出す。思い出した。爆発の瞬間、美琴が磁力を操り壁を作って自分達を守ったのだ。
身を守る力を持たない、自分達を。
美琴が力無く笑む。この程度何ともないと、佐天を安心させるように。
「そう、よかっ、た。……、ごめん、ね? もう、すこし、はやかった、ら」
「御坂さん! もう喋っちゃ駄目です!!」でも、それは逆効果だった。
確かに、もう少し早く気づいていれば
だから。と、佐天は思う。
(御坂さんは悪くない。悪いのは、あたしだ)
佐天の瞳から涙が溢れた。目の前の少女は自分達を守って傷ついた。彼女は自分達を助けたために血を流して倒れている。佐天は堪らなく情けなかった。
少女の手を離してしまったこと。
爆発のとき動けなかったこと。
そして今、涙を流すしかできないこと。
その全てが、堪らなく情けなかった。
体から力が抜け、佐天はその場にへたりこむ。それを見て、美琴が辛そうに表情を歪めた。
ゆっくりと、手を、伸ばす。
泣かないで。ぼやけた瞳は弱々しく、それでも確かにそう語っていた。だが、
「さてん、さ――」
伸ばされた右腕は、しかし佐天の涙を拭う事はできず、糸が切れた人形のように床を叩く。ペタン、とあまりにも軽い、軽すぎる音がした。
「みさか、さん……?」
御坂美琴は答えない。
「御坂さん、御坂さんっ!?」
駄々を捏ねる子供のように、佐天が美琴の体を揺すった。
しかし、御坂美琴は動かない。
「御坂さん、起きて、起きてくださいよぉ!!」
佐天涙子が叫びを上げる。
動きを止めた世界で、彼女の慟哭だけが、やけに空しく、酷く悲しげに、響く。
それでも、御坂美琴は目覚めなかった。
作者の未熟のせいでちっとも鬱な雰囲気が伝わらない……!
鬱だ。死のう……
なーんて気分にちょっぴりなってる駄作者です。一晩寝れば元通りだがなッ!
英語の副題が気に入ったので懲りずにまたつけてみたり。原作のタイトルはほんとセンス光ってますよね!