霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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少年の初陣

大雨の雨水を保水するために散布された吸水ポリマーのゲルは砂漠の植物を受け止め、通常の砂漠の環境下ではあまり発芽率の高くない植物を沢山発芽させていた。

 

岩山オアシスや小型オアシス周辺は大河の国の様な野原が広がっており、砂漠に潜む魔物の侵入を防いでいた。

だが、不思議と一番草木に覆われてそうな、砂鮫の繁殖地である泥沼の浮島は砂地に囲まれており、泥沼で繁殖した砂鮫が砂漠に散らばって行く様であった。

 

(折角の大雨だけど、沼地の岩盤の地下に貯水させてもらったよ、流石にここまで草で覆われてしまうと砂鮫が砂漠に進出できなくなってしまう。)

 

(一応巨大蠍は砂に潜らなくても地上を歩いて行動できるけど、砂鮫はきめ細かい砂地が無いと潜る事もままならないんだ。)

 

(急に活動範囲が制限されて気が立っているみたいだなぁ、少し可哀そうだから、折角まとまった水量の水を貯水出来たしもう一か所ほど泥沼を作っておこうかな・・・?)

 

(・・・・・いや、どうやら砂漠の男衆のお出ましか、地形を弄るのは彼らの狩りが終わってからにしよう。)

 

 

食料調達を兼ねた鍛錬の為に、剣や大槍などで武装した戦士たちが動植物保護区として運用している泥沼の浮島へと訪れた。

今回は、実戦を経験させるために模擬戦では足りなくなった子供達も連れてきていた。

 

「ジダン、やっぱり緊張するか?」

 

「うん、実は言うとちょっと怖いかも・・・。」

 

「ジダン様ほどの腕の剣士でも怖いんだ。」

 

「僕だって実戦は初めてなんだよ、大人の人達が守ってくれていても最悪死ぬことだってあるんだ。」

 

「ははは、まぁジダンにとっての初陣だし不安なのは仕方ないさ、それに砂鮫には因縁があるんだろう?」

 

「あー・・・うん、僕・・・実はまだ引きずっているの。」

 

「大丈夫だよジダン様、わたしも一緒に戦うから!」

 

「おいジダン、モテるからと言って他の女の子ばかり付き合っているとルルが拗ねるぞ?」

 

「付き合うってなんですか!そもそもなんでルルちゃんが出てくるんです!?」

 

「ジダン様顔真っ赤・・・そっかルルさんと・・・。」

 

「ルルちゃんとは確かによく模擬戦はしますけど、あの子以外にも色んな人と訓練しているんですよ?それぞれ得意な武器があるし、どれにも対応できないといけませんし!」

 

「鈍感な奴だな・・・。」

 

「悪気がなさそうなのが何とも・・・・。」

 

砂と草の混じった場所から、砂漠本来の砂地が見えてくると大人たちが振り返って声をかける。

 

「ついたぞ!ここがお前たちが初の実戦を経験する魔物の繁殖地だ。」

 

「ここに生息する砂鮫は、若い個体が殆どだからお前達でも十分に狩れるだろう。」

 

「滅多にない事だが、縄張り争いに負けて砂地に追いやられた大きな個体が徘徊している事もあるので気を抜かない事だ。」

 

「奴らは群れで動くが、連携せずにそれぞれが好き勝手に襲い掛かってくる、統制が取れていない反面予測が困難な動きをする場合があるので、よく魔物の動きを観察しろ!」

 

「なお、仕留めた分だけ持ち帰る権利があるので、砂鮫狩りは早い者勝ち・・・・ああ早速お出ましか。」

 

無数の砂柱が上がり、中型犬ほどの大きさの大魚が凄まじい勢いで、戦士たちに突進してくる。

成魚になると成人男性よりも大きくなる砂鮫だが、この群れは繁殖地から砂漠へと散らばる前の個体なので、見習いでも相手になった。

 

「行きます!!」

 

ジダンが鉄製の剣で砂鮫の突進をいなして、がら空きになった首筋に一撃振り下ろしを決める。

 

「っ!干しレンガの標的を切りつけるのとはわけが違う・・・骨が硬い!」

 

そう言いつつも、砂鮫を一撃で屠ったジダンは剣を一振りし血糊を払う。

 

「ジダンだけにいい所取られるかよ!おらぁ!!」

 

「動きが単調なんだか、不規則なんだかよく分からないわね。」

 

少し年上の少年と同い年くらいの少女がそれぞれの武器を手に砂鮫を倒してゆく。

 

「中々良い動きだジダン、そろそろ砂神剣を使ってみろ、鉄の剣との違いを確かめてみよ!」

 

「はい!」

 

腰に下げている鞘に鉄剣を収めると、背負っている大きな鞘から象牙色の美しい光沢をした剣を抜き、剣に納められた青白い宝石が光り輝く。

 

「岩山の主様・・・僕に力を分けてください・・・・。」

 

砂神剣を掲げて祈りを捧げると、砂を掻き分けてジダンに突進を仕掛けようとしていた砂鮫を一閃する。

 

チ゛ュイイイイン!!

 

鉄剣で砂鮫を切りつけた時には鳴らなかった独特の音が鳴り、武具にも加工されるほど丈夫な砂鮫の鱗と骨を薄布でも裂く様に切り裂いた。

 

「っ!!」

 

カアアアァァァン!!

 

ジィィイイイン!!!

 

ジダンが砂神剣を振るたびに砂鮫の首や胴体が宙を舞う。

そのあまりの切れ味に子供たちを守るように周りを固めていた男衆がほんの一瞬目を奪われる。

 

「はあああぁっ!!!」

 

ギュイイイイン!!

 

(普段の鉄剣を使った訓練ではこんな感触手に伝わって来なかった・・・あぁ、なんて・・・なんて・・・・。)

 

「ジダン様かっこいい!」

 

「すげえ・・・。」

 

(なんて恐ろしい威力なんだ・・・・・。)

 

ジダンは砂神剣の万物を切り裂くその切れ味に驚きつつも恐怖を感じていた。

 

(どんなものも切り裂く力、これが悪い人に渡ったらとんでもない事に・・・。)

 

ジダンはまだ幼き見習い戦士であるが故に、想像力も限られていたが、それでもこの剣の持つ異様な力に畏怖を感じていた。

 

「くっ・・・・数が多い・・・あれ?逃げて行く?」

 

「ジダン様すごい!一人でこんな数の砂鮫を倒しちゃうなんて!」

 

「砂神剣も凄いが、それを見事に使いこなしているお前も大したもんだよ。」

 

「えへへ、そ・・そうかな?・・・・ん?」

 

男衆の戦士たちが、何かを感じたのか砂鮫繁殖地の泥沼に振り返って武器を構え始めた。

ジダンも頭で何が起きたのか理解する前に、体が勝手に砂神剣を握りしめ気が付けば構えを取っていた。

 

「沼鮫が突っ込んで来るぞおおおぉ!!」

 

水中生活を送るうちに体が巨大化して砂鮫は沼鮫へと形態変化する事があるが、縄張り争いに敗れた個体が砂地に追いやられ、大型化した状態で砂鮫化する事があるので、度々目撃される砂鮫の大型個体が砂漠の新たな脅威となっていた。

 

「っ!・・こいつ真下から!? ぐおおおおおおっ!!?」

 

「な!前衛が崩された!?お前たち!早く逃げるんだ!」

 

「ひぃぃぃ!!」

 

「不味いぞ!早く逃げるんだ・・・ジダ・・・はっ?」

 

(男衆のおじさん達が・・・許せない!)

 

「突っ込んでくる・・・おい馬鹿やめ・・。」

 

(此処から先は通さない!僕が・・ぼく・・私が!!みんなを守るんだ!)

 

突如砂神剣が、青白く光り輝くと周囲の砂を集めながら光る粒子を纏った刀身が伸びて、大型の砂鮫をすれ違いざまに一刀両断する。

 

大型の砂鮫は悲鳴を上げる間もなく魚の開きの様に真っ二つにされ砂煙を上げて左右別々に倒れた。

 

「ジダン・・・さま・・・?」

 

琥珀色のジダンの瞳が、砂神剣に呼応するように青白く光っていた。

普段何処か抜けたような雰囲気のジダンは、この時ばかりは異質な雰囲気を纏っていた。

握りしめていた砂神剣は、延長された刀身が砂に戻り崩れてゆき元の長さに戻ると、剣の核たる宝石の光が収まる。

 

ジダンがスッと目を閉じると、再び目を開く頃には元の琥珀色の瞳に戻っていた。

 

「みんな、大丈夫?」

 

「すげぇ・・・すげぇな砂神剣!流石は砂漠の神に選ばれし者!大した奴だよ!」

 

「あれ?・・・ジダン・さま・・・その目の色が・・・あれ?」

 

(何だろう、ほんの一瞬だけ僕が僕じゃなかった気がする。岩山の主様が僕に手を貸してくれたのかな?)

 

はしゃぐ子供たちを近くで見守っていた男衆は、両断された大型の砂鮫を見て険しい表情をしていた。

 

 

「やはりあの子は砂漠の神様に・・・。」

 

「ほんの一瞬だけ見せたあの異質な雰囲気、選ばれし者であることが確実になったな。」

 

「・・・・何故あの様な幼子に過酷な運命を?」

 

「砂漠の民を導く者と言うのは、あらゆる試練の中でも最も過酷なものだ、今は兎も角将来は彼に砂漠の民の未来がかかっている。」

 

「砂漠の神様が認めるほどの資質を持っていたのか、いや今まさに証明されたばかりだが・・・残酷なものよ。」

 

大型個体の砂鮫の乱入と言う不慮の出来事はあったが、砂神剣と男衆の警戒態勢によって対処は出来た。

しかし、不意打ち気味の強襲で守りを崩されたにも拘らず重傷者が出なかったのは不幸中の幸いであった。

 

(・・・・砂鯨でも感じた事だが、少しずつあの子の感情が・・・心が読めるようになっていた。)

 

(でも、あんな力は・・・完全に予想外だった。)

 

(ほんの一瞬、そう、ほんの一瞬だけ剣形態となっていた私の分身体の制御を奪われていた。)

 

(いやそれどころか、一時的に精神的に融合すらしていた気がする。)

 

(私は無数の人間の魂の集合体、死んだ魂が私と一体化する事はあっても生きた人間が私の魂と混ざる事なんて、今まで全くなかった筈なのに・・・。)

 

(もしこのまま私の力を引き出し続けたらあの子は、ジダンは果たして人間のままでいられるのか?分からない、分からないが・・・今は唯どうしようもなく・・・。)

 

(いや、考えるのはやめておこう、どの道その時が来なければ分からない事だ。)

 

迷宮核は、砂鯨と同じように従属核を埋め込んだり常に身に着けさせることで繋がりを強化しようとした試みは、予想とは全く違った方向性で効果が表れた。

 

だが、それによって齎されるものが一体何であるか、どのような結果を生み出すのか分からない。

 

しかし、迷宮核は言い知れぬ不安を感じるのであった。


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