パチパチと音を立てて、暖炉の中に青白い火が爆ぜた。
あちこちに蛇の彫刻が施された暖炉の中から、突如黒いマントを羽織った男が現れた。
「待ったか?」
セブルスの問いに、シリウスは首を振った。
「いいや、俺も今帰ったところだ」
シリウスは、屋敷しもべ妖精のアンに外出用のローブを手渡し片付けてもらう。そして、杖を一振するとアンティーク調の戸棚が開ける。そこには、シリウスのコレクションである酒が並べられていた。
「上等のウィスキーがあるんだ。久しぶりにやらないか?」
シリウスはセブルスの方を向き、手首をくいっと傾ける仕草をした。
「いや、まだ仕事が残っている。今日は遠慮しよう」
「ちぇっ。じゃあ、アン。コーヒー2人分、頼むよ」
「かしこまりました。旦那様」
アンはキーキー声でそう言い、丁寧なお辞儀をするとバチンと姿くらましをした。
「どうだ、闇祓いの仕事は」
「相変わらず忙しい。 クリスマスはハリーと出かけようと思ったんだが、休みが取れなかった。 休暇中、もし良ければハリーをおまえのとこで預かってもらえないか」
セブルスはふかふかとした銀色と緑のソファに座ると、アンの持ってきてくれたコーヒーを一口飲んだ。
相変わらず、ここの家のコーヒーは美味い。きっといい豆を使っているのだろう。
「もちろんそれは大歓迎だが・・・ロナルド・ウィーズリーが今年ホグワーツに残るらしい。 ハリーも彼と一緒にクリスマスを過ごせると喜んでいた。 無理にプリンス邸に呼ぶことはないと思うが」
「あぁ・・・そういえばアーサーがそんなことを言っていたな。 何でもモリーと2人でルーマニアにいるチャーリーに会いに行くとか」
部署は違くても、魔法省にいると嫌でも色々な人に会う。
同じグリフィンドール出身ということで、シリウスはアーサーとも会えばよく世間話をした。最近は専ら自分たちの息子の話であるが。
「いや、それならいいんだ。 ハリーが寂しい思いをしてないならそれでいい」
シリウスは穏やかな表情でコーヒーに口を付けた。
彼の体から僅かに女物の香水が香ることにセブルスは気付いていたが、何にも言わなかった。異性関係においては息子の悪い見本になっているものの、兎にも角にも彼はいい父親だ。
「用件はそれだけか」
「・・・いや、むしろここからが本題だ」
シリウスはカップをテーブルに置くと、少し居住いを正した。
「セブルス、おまえこないだのクィディッチは観戦に行ったか?」
「グリフィンドールとスリザリンの対戦か。いいや、残念ながら学会があって行っていない。ハリーがドラコとの一騎打ちの末に、スニッチを飲み込んだことは、ミネルバから聞いた」
レイチェルも素晴らしいシーカーだったので、もしやシャルロットにもその才能が遺伝しているかとセブルスは密かに期待していた。しかし、残念ながらセブルスに似たらしく、シャルロットの箒技術は壊滅的らしい。
「あぁ、その時にハリーの箒が調子悪くなったらしいんだ。 とにかくこれを読んでくれ」
シリウスは、1枚の羊皮紙をセブルスに手渡した。
ハリーがシリウスに宛てた手紙だ。
要約するとこんな感じである。
立ち入り禁止の廊下に三頭犬が居たこと。もしかしたら、そこで守られているものがハグリッドが713番金庫から移したものなのではないかということ。職員室でレギュラスが足を三頭犬に噛まれたとフィルチに話していたこと。クィディッチ中に突然ニンバス2000の制御がきかなくなり、ハーマイオニー曰くレギュラスが魔法をかけていたとのこと。ニコラス・フラメルという人物に聞き覚えがないかということ。
なかなかに長文だった。
「ほぅ? ここに書かれたことが本当なら、罰則の数は片手で足りないな」
「・・・それは目を瞑ってくれ。 おい、ホグワーツはどうなってるんだ? ハロウィンにトロールが入り込んだことも、偶然とは思えないな」
「あぁ、間違いなくそれもクィレルの仕業だ」
「クィレル・・・?」
シリウスは不思議そうな顔で言葉を繰り返し、やがて思い至ったのか頷いた。
「・・・あぁ、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師か。そいつが何だって?」
シリウスがすぐに思い出せなかったのも、無理はない。『闇の魔術に対する防衛術』の教師が毎年1年ずつしか続かない。これは、ホグワーツ卒業生なら誰もが知るジンクスだ。
「ここまで来たら全部話すが・・・黒幕はクィリナス・クィレルだ。 彼は『例のあの人』の手下の可能性があり、私とレギュラスで動向を見張っていた。 まあ、あの様子からすると黒だな」
セブルスは深い溜息をついた。話が長くなりそうなので、賢者の石の話は省いた。シリウスのことはもちろん信頼しているが、あまりこの話は広めたくない。
しかし、シリウスはまだ食い下がる。
「だが・・・ハリーの手紙にはレギュラスが箒に乗った自分に呪いをかけてきたと」
「逆だ、逆。 レギュラスはあの時クィレルのかけた呪文の反対呪文を唱えていた。 つまり、ハリーを助けたということだ」
「レギュラスが俺の息子を助けた!? そんなことありえない!」
シリウスがぶんぶんと首を振った。
「ありえなかろうが何だろうが、それが真実だ。 何度も言っているはずだ。 彼はもう私たちの味方だと」
「味方だと? 口では何とだって言えるだろ。 おまえこそ分かってんのかよ、死喰い人は犯罪者だ」
シリウスは歯をむきだして言った。犬のように威嚇する彼に、セブルスは嘆息する。
この兄弟の溝は深い。このままでは話が堂々巡りになりそうだ。
「・・・どちらにせよ、箒のことは既にダンブルドアに報告済みだ。 二度と同じことはさせない」
「ハリーに真実を話すべきだと思うか?」
セブルスは少し思案して、やがて首を振った。
「いいや。 そもそもハリーたちは首を突っ込みすぎている。 もう手を引くよう、おまえからもよく言ってくれ。 ・・・全くハリーだけならともかく、うちの娘まで巻き込まれたらかなわん」
セブルスは心にもない悪態をぶつぶつ呟くと、コーヒーを飲み干す。そして、来た時と同様に暖炉の中へ去っていった。
時は12月。
すっかり吐く息も白くなり、山や木々も霜を被っている。
ヘドウィグはハリーの前に手紙をぽとりと落とすと、寒そうに体を縮めて小さく鳴いた。ハリーは真っ白なヘドウィグの背を撫でると、羊皮紙の封を切った。
「お父様からの手紙?」
ハーマイオニーが気付いて、訊いてきた。
「あぁ」
「何て書いてあるんだ?」
アップルジャムをふんだんに塗ったトーストを齧りながら、モゴモゴとロンは言った。
「いや、大したこと書いてないよ。もし、ホグワーツで何かあっても教師が何とかしてくれるから、勉強とクィディッチを頑張りなさいだってさ」
不満げにハリーは言った。
教師が何とかしてくれなさそうだから、シリウスに手紙を出したというのに。
「ニコラス・フラメルのことは?」
「聞いたことあるような気がするけど、忘れたってさ」
ハリーはがっくりと肩を落とした。
シリウスが最後の頼みの綱だったのに。もう少しちゃんと調べてくれてもいいじゃないか。
「仕方ないわ。 お父様、魔法省で働いてるんでしょう? きっと忙しいのよ」
ハーマイオニーが慰めた。
「今こうしてる間にも、レギュラス・ブラックは何かを狙っているのに!」
周りに多くの生徒がいるため、小さな声でハリーは憤慨した。
セブルスにも相談することを考えたが、彼はレギュラスと仲が良い。子どもの言うことなんて、真に受けてはくれないだろう。
「それにしても、本当にブラック先生がそんなことを・・・。 ハリー、あなたの叔父さんなのでしょう?」
気遣わしげにハーマイオニーが言う。
「そうだけど、パパはいつもレギュラス・ブラックのこと悪く言ってるよ。昔、『例のあの人』の仲間だったって。 本来はアズカバンに居なきゃいけない奴なんだ」
「まあ、スリザリン出身の奴なんてほとんどが『例のあの人』の仲間さ」
語弊のあるロンの言葉に、ハリーはちょっと眉を吊り上げた。
「取り敢えず、今日も図書館に行きましょう。 ニコラス・フラメルについて調べなきゃ」
「そうだね」
声のボリュームを落としたハーマイオニーが、ハリーとロンに少し寄る。と、ハリーと別れたばかりのパーバティが涙目でハーマイオニーを睨んでいた。
ハーマイオニーは咳払いをして、ハリーから少し離れた。
プレイボーイの友人というのも、楽じゃない。
研究の方が忙しいのか、セブルスはほとんど学校に居なかった。レギュラスが代理役を務める魔法薬の授業が終わると、行く手の廊下でハグリッドがもみの木を運んでいるのが見えた。
「やぁ、ハグリッド。 手伝おうか」
ロンが枝の間から頭を突き出して尋ねた。
「いんや、大丈夫だ。 ありがとな、ロン」
そのまま大広間までもみの木を運ぶハグリッドに着いて行った。
大広間ではフリットウィックやマクゴナガルが、せっせとクリスマスツリーの飾り付けをしている。繊細に編み込まれた柊やヤドリギが壁に飾られ、数えてみるとクリスマスツリーは12本もある。氷柱で出来たツリー、色とりどりに点滅するツリー、ハグリッドほどの大きさのツリー。思わず、見とれる美しさだ。
近くの教室でスリザリンの授業が終わったらしく、銀と緑のネクタイの生徒が廊下にたくさん出てきた。
「おーい、ドラコ! シャル!」
「あら、ハリー。・・・わぁ! 大広間すごく綺麗!」
シャルロットは、ダフネやパンジーなど他のスリザリン生に先行っててと伝えると、ドラコと共にこちらに近付いてきた。
「ハリー、シリウスおじ様がクリスマス休暇取れなかったんだって? わざわざホグワーツに残らなくても僕の家に来ればよかったのに」
「ありがとう、ドラコ。でもホグワーツのクリスマスも楽しそうだ。ロンも残るしね」
「・・・ふーん、まあいいけど」
ドラコは、自分よりロンを優先されたと思ったのかちょっと拗ね気味だ。
そして、ハリーの隣りのロンは何故か自慢げな顔をしている。
シャルロットは、思わずクスッと笑った。この2人の間にある対抗意識みたいものは、喧嘩にさえ発展しなければ可愛らしい。
「ハーマイオニーは家に帰るのでしょう? 明日、汽車いっしょに乗りましょうよ」
シャルロットの言葉に、ドラコは露骨に嫌な顔をした。
「何言ってるんだ。 クラッブとゴイル、パンジーたちも一緒なんだぞ。 君は僕たちと同じコンパートメントに乗るべきだ」
「あら。 そんなに大勢いるなら、尚更私1人くらい居なくても平気よ」
「そ、それはそうだが・・・僕は・・・」
シャルロットと一緒のコンパートメントに座りたいんだ。
しどろもどろになってしまい、その言葉が言えなかったドラコは顔を赤くしてシャルロットの腕を引っ張った。
ハリーがニヤニヤしながら、見物しているのにも腹が立った。
「ほら、早く行くぞ!」
「そんな急がなくても、もう授業は終わったわよ? ・・・あぁ、ロン。暇なら今度チェスやりましょうよ。 あなた、すごく強いんですって?」
シャルロットの呑気な声に、ドラコはさらに彼女の腕を強く引っ張る。
「アー・・・ごめん。今日僕たち図書館行かなきゃなんだ」
「おまえさんたち、休暇が始まるのに図書館かい? ちょっと勉強し過ぎじゃないか」
もみの木を運び終わったハグリッドが、会話に加わってきた。
「まあね。 ニコラス・フラメルについて調べなきゃだからさ」
ハリーが言うと、ハグリッドはだいぶ慌てた。
「ま、まだそんなことを調べてたのか」
「あっ、シャル。 マルフォイ。 ちょっと待って。 ニコラス・フラメルって知ってる?」
「知るか!」
ハーマイオニーの言葉にシャルロットが何か返す前に、ドラコは彼女の腕を引っ張って廊下をずんずん歩いて行った。
クリスマス当日の朝、ハリーは落ちてきたプレゼントに起こされた。
目を開けてみると、ハリーへのプレゼントの山は積み重なり、天井までのタワーになっている。
「メリークリスマス。 うわぁ、君が人気者なのは知ってたけど・・・こりゃ、おったまげ」
「メリークリスマス、ロン。 君のが終わったら、こっちも手伝ってよ」
ハリーはまず親交のある友達からのプレゼントと、そうでない人からの物で分ける。後者のプレゼントは「話したことない女からの手作りお菓子はだいたい怪しい薬が入っている」とのシリウスの教えを守り、丁重に避けた。ほとんどが顔さえ知らない女生徒からだった。市販のお菓子はディーンやシェーマスが帰ってきたら、有難く皆で山分けしよう。
ハーマイオニーからは蛙チョコレートの大きな箱、ドラコからは無駄に高そうなクッキーのセットが届いていた。
シャルロットとロンとシリウスからは、クィディッチの本だ。
他にもセブルスからは魔法薬の参考書(正直あまり嬉しくない)、リーマスやダリアからもお菓子が届いていた。
ハグリッドからは、木で出来た笛だった。吹いてみると、フクロウのような優しい音がした。
次のプレゼントはとても軽かった。
開けてみると、銀ねずみ色のスルスルとしたした手触りのマントだった。
「え、まさかこれ・・・」
ハリーは幼い頃読んだ「吟遊詩人ビードルの物語」に出てくる死の秘宝を思い出した。
半信半疑で体に巻いてみると・・・驚くことにそこが消えた。
「おい、ハリー! まさかそれ透明マントじゃないか!?」
「僕も今同じこと考えてた。・・・待って、手紙が入ってる」
『君のお父さんが亡くなる前に私に預けた。 君に返す時が来たようだ。 上手に使いなさい。 メリークリスマス』
細長い丁寧な字だが見覚えはなかった。名前も書いてない。
「いいなあ。 こういうマントを手に入れるためだったら、僕なんでもあげちゃう。 本当になんでもだよ」
ロンはうっとりと眺めた。
「うーん。 心当たりないか、パパに手紙出して聞いてみようかな。 でも、それで名前がないなんて危ないって取り上げられたら嫌だなぁ」
色々気になることは多いが、取り敢えず一旦置いて次のプレゼントに取り掛かった。これで最後だ。
少し歪な形の大きな包みだった。
「えっと、これは誰からだろう?」
「この包み、誰からか分かるよ。・・・僕のママだ。 よりによって『ウィーズリー家特製セーター』を君に贈るなんて」
ハリーが包みを開けると、厚い手編みのエメラルドグリーンのセーターと手作りのファッジが入っていた。
それを見てロンがさらに呻いた。
ハリーはじっとセーターを見つめている。そして、無言でパジャマを脱ぐとそのセーターを着始めた。
「ハリー、僕に気を使うなよ! 無理に着なくていいぜ。 君のガールフレンドたちにも笑われるだろうし・・・」
ロンは自身の赤毛と同じくらい真っ赤な顔で、焦ってそう言った。
「ううん。 僕、こんな素敵なプレゼント初めてだよ。 ほら、僕たち並ぶと兄弟みたいだ」
ハリーはにっこりと笑った。
母親のいないハリーにとって、手編みの服をもらうのは初めての経験だった。
その言葉に、ロンはさらに赤くなった。
ホグワーツのクリスマスは人が少ないものの、盛大だった。
山のようなご馳走はもちろんのこと、今日ばかりは教師たちも羽目を外していた。
ハグリッドは何杯もワインをお代わりして、しまいにマクゴナガルの頬にキスをした。三角帽子が横にずれるのも気にせずにクスクスとマクゴナガルが笑ったのを見て、ハグリッドもなかなかやるなとハリーは口笛をヒュウッと吹いた。
教員テーブルには珍しくセブルスが居た。何やらレポートに目を通しながら、ローストポテトを口に運んでいる。隣りには、いかにもこういうパーティーを好まなそうなレギュラスがいた。
ハリーとロンはお腹いっぱいご馳走を平らげると、クラッカーのおまけをたくさん抱えて、食事のテーブルを離れた。
昼過ぎには、ウィーズリー兄弟たちと猛烈な雪合戦を楽しんだ。
お揃いのセーターを着たハリーは、まるで本当に兄弟のように雪の中を駆け回った。
ウィーズリー夫人が編んでくれたセーターは、本当に暖かかった。
びっちょりになったハリーたちは、グリフィンドールの談話室に戻り暖炉の前に居座った。いつもの人気席も今日はガラガラだ。
ロンにチェスをやらないかと誘われたが、昨夜はプレゼントが楽しみであまり眠れず寝不足だったハリーは、肘掛椅子で昼寝をしてしまった。
ロンは、フレッドとジョージはもちろんパーシーにも大差をつけて勝ったと夕食時に聞いた。
夕食を終えてベットに入ると、1日よく遊び疲れたのかすぐにロンのいびきが聞こえた。
ハリーは昼寝をしてしまったせいか、何となく寝付けなかった。ベットの下から透明マントを取り出して、首の下に巻いてみた。足元を見ると、月の光と影だけだ。何だか、とても奇妙な気持ちだった。
『上手に使いなさい』
急に、ハリーの頭の中に手紙のそのフレーズが浮かんだ。
この透明マントを使ってみる時。それはまさしく今じゃないのか。
ロンを起こそうか迷ったが、よく寝ているのでやめた。それに、もしこれが本当に父親のマントなら最初は1人で使ってみたかった。
ハリーはこっそりベッドを抜け出すと、真っ暗な廊下にそっと足を踏み出した。
ハリポタの訳には色々思うところあるけど、割と「おったまげ」は好き。
最近は平野○ラボイスで脳内再生されてしまうけど(›´ω`‹ )
たくさんの高評価と感想、おったまげー!