ようやく湖の氷が全て溶け、暖かくなってきた頃。
ハリー・ブラックは湖のほとりでドラコとシャルロット、2人の幼馴染と待ち合わせた。こうして3人で会うのは久しぶりだ。
ノーバート事件のせいでグリフィンドールに居場所があまりないハリーは、羽を伸ばせてウキウキとしていた。
ドラコとシャルロットも同様に楽しそうだったが、ノーバート事件のことを酷く心配していた。グリフィンドールが大幅に減点されてたのは知っていたが、ドラコとシャルロットがこうして詳細を聞いたのは初めてだった。
ハリーとハーマイオニー、ロン、さらに3人を止めようとしたネビルまでも減点され、罰則になったらしい。
「へぇ、ロングボトム? あいつにそんな度胸があるとは意外だな」
「そんな言い方はやめろって」
馬鹿にしきったドラコの言葉を、ハリーは苦笑して窘めた。
そんなドラコも罰則で禁じられた森に入ったと聞くと、表情を変えた。
「禁じられた森に入った!? 生徒にそんなことをさせるなんて・・・父上に言って訴えてやる!」
「危険すぎるわ。 夜の森に入るなんて」
自分のために怒り狂ったドラコと、心配してくれたシャルロットを見て、ハリーは嬉しくなった。
「もういいよ、過ぎたことだし。 それに規則を破ったのは僕たちだから」
それでもドラコはぶつぶつと何やら悪態をついていた。
スリザリンはその特性から誤解されがちだが、身内や心を許した者にはとことん優しい。自分がドラコとシャルロット以外のスリザリン生からよく思われてないのは知っていたが、ハリーはそれをわかっていた。
「それでさ、その禁じられた森で起こったことが大変だったんだ」
周りに人はいないものの、ハリーは少し声を潜めた。
ハリーの話が終わると、2人はさらに顔を青くした。
「その森で会った人が・・・『例のあの人』だと言うの?」
「まさか! 『例のあの人』は消滅したはずだ。 だって、他でもない君がそうしたんだろう?」
「消滅はしてない。 力が弱まっただけだよ。 それに僕の手柄じゃない、母さんのおかげだ」
少しだけ、ハリーの声が掠れた。
『みぞの鏡』の中で自分に笑いかけるリリーの姿が浮かんだが、頭から無理やり追い出した。あの鏡のことはもう考えちゃだめだ。
「だとしても、何故『例のあの人』が禁じられた森にいるのかしら? ホグワーツにはダンブルドアがいるのよ?」
「『賢者の石』を狙ってるんだ。 ドラコには少しだけ話したよな? 立ち入り禁止の廊下で三頭犬が何かを守ってること。 それが『賢者の石』だったんだ」
それから、ハリーはドラコと何も知らないシャルロットのためにも全てを話した。
ドラコとシャルロットは黙って聞いてくれた。レギュラスとクィレルの密会の話を終えると、ようやくシャルロットが口を開いた。
「・・・それじゃあ、あなたはレギュラスおじ様を疑っているのね?」
ハリーは頷いた。
「ありえないわ。 あなたはレギュラスおじ様のことよく知らないでしょうけど・・・そんなことする人じゃないもの」
「君が昔からあいつと仲いいのは知ってるよ。 ただ今言ったことは本当なんだ」
「馬鹿馬鹿しいわね」
シャルロットは冷静な声で一蹴した。ハリーの眉がピクリと動く。
「君は僕の言うことよりレギュラス・ブラックを信じるの?」
「まあまあ、やめろよ」
2人の険悪な雰囲気を感じ取ったドラコは、間に入った。
「でも、ハリー。 僕はシャルほどレギュラスおじ様と親しいわけじゃないけど・・・やっぱりそんなことする人に見えないな」
「ドラコまで、そんなこと言うのかよ」
「まあいいわ。 仮にレギュラスおじ様が石を狙ってるとしましょう。 あなたでも気付いたことを、私のパパや校長が気づかないとでも?」
「だから・・・みんな騙されてるんだって」
湖の中では大イカがゆったりと泳いでいる。
暖かさのおかげで、中庭や湖の周りをうろつく生徒は多い。
ちょうど近くを生徒が通ったので、ハリーは声を潜めて言った。
「もっと言うなら、ハリーの言ってることが全て真実だとしましょう。 あなた、自分がレギュラスおじ様に勝てるとでも思ってるの? 魔法覚えたての1年生のあなたが? そんなことより期末試験の勉強はしているのかしら。 それをパスしないと2年生になれないのよ?」
シャルロットにそう捲し立てられ、ハリーはぐっと言葉に詰まった。
幼い頃から口喧嘩でシャルロットに勝てたことは1度もない。
「・・・君はどうなんだよ、ドラコ。 勉強してるわけ?」
咄嗟に言い返す言葉が見つからなかったハリーは、ドラコに話を振った。彼はふふんと偉そうに含み笑った。
「当然だろ。 僕はマルフォイ家の跡取りだからな」
「ほら、勉強してないのあなただけよ。 あのシリウスおじ様でさえ、テストの成績はそこそこ良かったらしいわよ」
「試験なんてまだだいぶ先だよ。君、何かハーマイオニーに似てきたぜ」
「おい、シャルをあんなマグル生まれと比べるのやめろよな」
シャルロットが何か言う前に、ドラコが不満げな顔でそう言った。
シャルロットの言ったことは大げさではなく、やがて始まる期末試験にハリーも『賢者の石』のことは一旦頭の隅に追いやった。
学者肌だった祖父エルヴィスはもちろん、セブルスの血を引いてるからか、シャルロットは勉強をすることは好きだった。殆どの時間を彼女は図書館で過ごし、ハーマイオニーにもよく会った。
そもそもスリザリンは、名家の子どもが多数を占めている。そのせいか成績に関しては皆親が厳しく、談話室も日々勉強会が開かれ誰も彼ももくもくと勉強していた。
うだるような暑さの中、試験は行われた。
試験は筆記だけでなく、実技も行われた。シャルロットは、フリットウィック先生のパイナップルにタップダンスをさせる試験はもちろん、マクゴナガルのねずみを嗅ぎタバコ入れに変える試験も上手く行った。
終わった後ドラコは、嗅ぎタバコ入れにねずみの髭が1本残っていて減点されたかもと嘆いていた。
魔法薬の試験は、忘れ薬を作るというシャルロットにとってかなり簡単なものだった。間違いなく、百点満点の出来だという自信がシャルロットにはあった。
それでもやはり連日の試験はかなり過酷だった。最後の魔法史のテストが終わった時は、シャルロットも皆と一緒に歓声を上げた。
「あー・・・魔法史自信ないなぁ。『鍋が勝手に中身をかき混ぜる大鍋』発明した人の名前、シャル書けた?」
スリザリンの談話室に帰ってきてシャルロットとチェスを指しながら、ダフネは言った。
「えぇ、何とかね。 ナイト、もらうわよ」
「あ、ちょっと待ってシャル! やっぱ今のなし!」
シャルロットはクスクス笑った。
皆、開放感を味わうために中庭や校庭に出ているようで、談話室は閑散としていた。
背後で扉が開く音がする。誰か談話室に入ってきたようだ。振り返って確認すると、パンジーだった。
「シャル、あなたに会いに来たらしくて、ブラックが廊下をウロウロしてるの。 迷惑だわ。どうにかして」
パンジーは心底迷惑そうに言った。
「え、ハリーが? ちょっと行ってくるわ。ごめんなさいね、ダフネ」
廊下に出てみると、本当にハリーはそこに居た。
どうやらスリザリン生の後を付けて、何となく談話室の場所はわかったものの、合言葉も分からず彷徨いていたらしい。
「シャル! よかった、君に会いたかったんだよ」
「えぇ、パンジーに聞いたわ。 一体どうしたの?」
「今夜だ。 レギュラス・ブラックが石を狙うのは今夜なんだよ。シャル」
ハリーは辺りを見回して、誰もいないのを確認すると言った。
「その話なら、もう私から話すことは何もないわ」
「今日、ダンブルドアはいない。 マクゴナガルにも話したけど取り合ってもらえなかった。 頼むよ、シャル。 もう頼れるのは君しかいない。 君からセブルスおじさんに話してくれ。 娘の君の言うことなら、真剣に聞いてくれるかもしれない」
「無理よ、ハリー。 今日はパパ夜から学会あるって言ってたもの。もう多分出発してるわよ」
シャルロットの言葉に、ハリーは絶望的な顔をした。
シャルロットとしては、レギュラスがそんなことをするとは微塵も思っていない。しかし、幼馴染がここまで言っていると、無視はできなかった。
レギュラスとハリー、シャルロットにとってどちらも大切な人で天秤にはかけられない。
「そんな…セブルスおじさんもいないなんて…。 シャル、セブルスおじさんに手紙を書いてくれ。 僕は今夜寮を抜け出して、石を先に手に入れる」
「何言ってるの!? あなた既に罰則受けてるのよ。 これ以上規則を破ったら退学になるわ!」
「君こそわからないのか!? 石を手に入れたら『例のあの人』は復活するんだ! 退学なんて問題じゃない! いいか、僕の両親は『例のあの人』に殺されたんだ」
ハリーは廊下で声を荒らげた。固く握った拳を震わせ、エメラルドグリーンの綺麗な瞳に似つかわしくない怒りを灯すハリーの剣幕に、偶然通りかかったスリザリン生はぎょっとしていた。
シャルロットは暫く黙っていたが、やがて決心したように頷いた。
「わかったわ、レギュラスおじ様のことは置いといて誰かが『賢者の石』を狙ってることをパパに手紙で知らせるわ」
「ごめん。 大きい声出したりして。…ありがとう、恩に着るよ」
「それに私も今夜着いていくわ」
シャルロットの言葉に、ハリーは目を大きく見開いた。
「正気かい? 危険だ、駄目だよ」
「あら、どうせハーマイオニーとロンも行くんでしょ? それに私、あなたより呪文知ってるわよ。 役に立つと思うわ」
「・・・わかった。 ドラコには知らせる?」
シャルロットは少し考え込んだ。が、すぐに首を振った。
「いいえ、知らせたら絶対怒って止めるもの」
多分知らせなくても怒るだろうとハリーは思ったが、言わなかった。
どちらにしろドラコの両親は厳しい。彼に規則を破らせるのは申し訳ないとも、ハリーは思った。
「オッケー。それじゃ、今夜君のこと迎えに行くよ。透明マントの中に4人も入らないよなあ。僕たちが君とハーマイオニーをおんぶすれば行けるかな?」
「・・・あなたのガールフレンドにばれたら殺されそうね」
夜が更けた頃、ハリーとロンとハーマイオニーはシャルロットを迎えに来た。
「・・・遅かったじゃないの」
「あぁ、ちょっとね。 ネビルと揉めたんだ」
ハリーがシャルロットを、ロンはハーマイオニーを背負った。(ロンがシャルロットを背負ったことがドラコに知られたら面倒だと、ハリーは思ったからだ)
これなら透明マントにも何とか4人すっぽり入った。
途中ピーブスに会うというアクシデントは起きたもののハリーの機転で切り抜け、4人は4階の廊下に辿り着いた。ドアは少し開いていた。
「ほら、見ろよ。シャル。 もうレギュラス・ブラックは三頭犬を突破したってことだぜ」
ほら見たことかと言わんばかりのハリーに、シャルロットは信じられないという顔をした。
「まさか・・・でも、そんなことを・・・」
「まあ、いいさ。 進めば分かることだよ。 君たち、本当にいいの?戻りたかったら恨んだりしないから戻ってくれ。 マントも持って行っていい」
「バカ言うな」
「一緒に行くわ」
「最後まで付き合うわよ」
ロンとハーマイオニー、それにシャルロットが同時に言った。
ハリーは扉を押した。低いグルルという唸り声が聞こえた。3つの鼻が、4人を求め狂ったように嗅ぎ回っているのだ。
「犬の足元にあるのは、ハープかしら」
「きっと、ブラック先生が持ってきたんだ」
シャルロットの言葉に、ロンはそう言った。
「さあ、始めよう」
ハリーはハグリッドからもらった横笛を唇に当てた。フクロウの鳴き声がするその笛は演奏とは言い難かったが、三頭犬はトロンとしていた。
ハリーが吹き続けると、やがて三頭犬はぐうぐうといびきをかきながら寝てしまった。
4人はそうっと、仕掛け扉の方に移動した。扉は引っ張れば開いた。
「で、誰から行く?」
「何言ってんだ、ロン。こういうのは男から行くもんだぜ」
空気を和ませようとしたのか、ハリーはロンにウインクすると真っ暗な穴の中へ飛び込んだ。
三連休で書き溜めようと思ってはいた。