ドビーの襲来
今年1年を恐怖のどん底に陥れる事件も、始まりは些細なことだった。
「え? 僕に手紙を出しただって?」
ハリーは素っ頓狂な声を上げた。
時は8月3日。夏休みの真っ最中。
7月31日に誕生日を迎えたハリーと、8月6日に誕生日を迎えるシャルロットの合同の誕生日パーティーが、プリンス邸で行われていた。広いリビングルームには、装飾豊かなテーブルや椅子がたくさん置かれ、ご馳走の真ん中には大きなバースデーケーキが2つ並んでいる。
「ええ、そうよ。 プレゼントは今日渡そうと思ってたけど、せめて誕生日カードでも当日にと思って」
プリンス邸に訪れたハーマイオニーは初めての魔法使いの家に興奮してキョロキョロしながら、ハリーにそう言った。
広々とした豪邸に、ちょこまかと給仕に動く屋敷しもべ妖精のメアリー。その様子にロンは羨ましいという言葉を何回も連発していて、ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精が給金を貰ってないことを知り驚愕していたが、屋敷しもべ妖精とはそういうものなのだとシャルロットに先程諭されていた。
「えー…おかしいなぁ。 ねえ、パパ。 届いてなかったよね?」
ハリーがシリウスにそう尋ねると、シリウスはそういえばと首を捻った。
「ハーマイオニーに限らず、この夏休みハリー宛の手紙が届いてないな。 誕生日当日にも手紙は1通も来なかったし。 人気者の我が息子に限っておかしいなと思ったんだ」
「え、どうしてだろう…」
ハリーが不安そうな顔をする。
シリウスは慌ててハリーを安心させるように、頭に手をぽんと置いた。
誕生日パーティーの主役の1人であるハリーに、今日はそんな顔をさせたくなかった。
「心配するな。 魔法省の魔法運輸部には知り合いがいる。 後で聞いてみるよ」
ハリーは安心したのか頷くと、ニコニコしながらハーマイオニーからのプレゼントを開け始めた。
「今日は来てくれてありがとうね。 ハーマイオニー」
同じくこちらも主役の1人、深緑色のワンピースを着たシャルロットがふんわりと微笑んだ。胸あたりまで伸びている長い金髪を、まるで貴族のように結い上げている。いや、まるでという言い方には語弊があるかもしれない。
聖28一族ではないとしても、プリンス家もまた歴史のある名家であり、貴族に他ならないのだから。
「その…私、本当に来ても大丈夫だったのかしら?」
ハーマイオニーは困ったように小さな声でシャルロットに訊いた。
視界の端では、ドラコがダリアに挨拶をしている。純血でない自分がここに呼ばれたことに負い目を感じているのかもしれない。
そんなハーマイオニーに、シャルロットはブンブンと首を振った。
「大丈夫に決まってるじゃない! それに、ダリア
シャルロットがそう言うと、漸くハーマイオニーは安心したらしく、ハリーやロンと共にご馳走を取りに行った。
パーティーは夜更けまで続いた。
仕事終わりのセブルスとレギュラスが現れると、事情を知らないロンとハーマイオニーはかなり驚いた。レギュラスという宿敵の登場にハリーとロンは気分悪そうな顔をして、シリウスはワイングラスを割りそうになっていた。
そして、しっかりと口止めしたものの、シャルロットの父親がセブルスであることに2人は相当驚いていた。ロンは「僕、絶対スネイプ先生って独身だと思ってた」と失礼な発言をして、ダリア・プリンスに睨まれた。
ハーマイオニーがパタパタとシャルロットの元に走ってくる。
「ね、ねぇ、シャル。 ブラック先生と貴方ってどういう関係なのかしら?」
ハーマイオニーがボサボサの自身の髪を何とか手櫛で整えながら、シャルに耳打ちした。
「あぁ、レギュラスおじ様はね、訳あってプリンス家の別邸に住んでるのよ。ほら、シリウスおじさんとの兄弟仲が悪いのはハリーから聞いてるでしょう?」
ハーマイオニーは未だ頬を赤くしたまま、なるほどと頷いた。何せ去年は、賢者の石をレギュラスが狙っていると疑っていた程だ。ハリーから、シリウスとレギュラスの確執を聞いているのだろう。
ちなみにどうにか整えようとしたのだろうが、ハーマイオニーの髪の毛はあまり変わってなかった。
よく効く縮毛剤を今度プレゼントしようかしら、とシャルロットは思った。
「ねえ、シャル。 それじゃあ、ブラック先生もその…純血主義なのかしら?」
「変な質問をするわね。うーん…そうね。レギュラスおじ様は純血主義よ。 でも、貴方がマグル生まれだからって魔法薬の点数下げたりはしないわよ!」
シャルロットは冗談っぽく笑った。
「…そうなのね」
しかし、ハーマイオニーはちっとも笑わず何やら物憂げな顔でシャルロットの言葉を聞いていた。
その様子に、シャルロットは少し不安になった。もしかしてダリアやドラコが、彼女に嫌なことを言ったのだろうか。
「ハーマイオニー。 確かに純血とか…そうじゃないとか気にする人もいるけど、今は減ってるのよ? あまり気にしないで」
シャルロットが心配してそう言うと、ハーマイオニーはちょっと寂しそうな顔で、ありがとねと言った。
純血か、マグル生まれか。
確かに魔法界の名家では未だに、純血思想が根強い。だが、それは限られた一部のことであり、殆どの魔法族は血筋のことなんて気にしていないのだ。
しかし、これから始まる1年で--魔法使いの血筋--それに大きく関わる事件が起きることを、この時知る者は誰も居なかった。
真夜中頃、ようやくパーティーはお開きとなった。
ロンやハリー、ドラコは煙突飛行粉で帰ることができるものの、ハーマイオニーの家はマグルのため暖炉などない。彼女がマグル生まれであるせいかダリアは少々渋ったが、セブルスの強い勧めもありハーマイオニーはプリンス家にお泊まりすることになったので、シャルロットはとても喜んだ。
きゃっきゃと騒ぐ2人を見て、「僕も一緒に泊まろうかな」などと軽口を叩いたハリーは、女子会の邪魔とシャルロットにさっさと追い出されて少しむくれていた。
おやすみの挨拶をすると、シリウスとハリーはプリンス家の暖炉の炎に足を踏み入れる。そして「グリモールド・プレイス12番地!」と叫ぶ…と、次の瞬間には見慣れた我が家だった。
「おかえりなさいませ、旦那様。 坊っちゃま」
屋敷しもべ妖精のアンが駆け寄り、シリウスとハリーのローブを預かる。
「アン。 悪いが、何かハーブティーを入れてくれ。 ちょっと飲みすぎたな」
セブルスと共にかなりのワインを空けたシリウスは、唸りながらソファーに寝転んだ。
「そういえば、今日リーマスおじさんは来なかったね」
「…あぁ、声はかけたんだが忙しいらしい。ドーラにも声を掛けたんだがあいつも闇祓いの試験真っ最中だしな。 でも、プレゼントは届いててるだろ?」
ハーブティーを一口飲みながらシリウスは言うと、ハリーはしゅんとして首を振った。
「うぅん、届いてないよ。 リーマスおじさんもトンクスも毎年誕生日プレゼントくれてたのに」
シリウスは眉を吊り上げた。少し酔いが冷めたらしい。
「それは…おかしいな。 そそっかしいドーラは置いといて、リーマスらしくない」
「やっぱり僕の手紙とか荷物、届いてないんじゃないかな?」
「いや、早速さっき魔法運輸部に問い合わせたが異常はないらしい」
シリウスは思案する。
そもそも自分の荷物や手紙は普通に届いているのである。
ということは、ハリーだけ誰かに妨害を受けている?一体、何のために?
ハリーは魔法界では有名人だ。妨害の理由を考えても、あまりに色々な可能性がありすぎる。
「…何だか、きな臭い話になってきたな。 明日の朝一番に魔法省に行って、ちゃんと調べてもらうか。 取り敢えず、今日はもう寝ろよ」
ハリーは素直に頷くと、2階にある自身の部屋に向かった。
扉を開くと、屋敷しもべ妖精のコウモリのような耳がベッドに見えた。
「あれ、アン。 掃除してくれてたの? 悪いけど、明日にしてくれない? 僕もう眠くて…」
欠伸を噛み殺しながらハリーが言うと、屋敷しもべ妖精はこちらを振り向いた。その瞬間、ハリーの眠気が吹き飛んだ。
違う、アンじゃない。
「君は…だれ?」
屋敷しもべ妖精は、ぴょこんとベッドから飛び跳ねた。
「お会いできて光栄でございます! ハリー・ポッター様!」
キーキー声で、目の前の屋敷しもべ妖精は言った。
「今はポッターじゃない、ブラックだよ。 君はだれ? 何の用? 悪いけど…ブラック家では屋敷しもべ妖精は足りてるんだ」
申し訳なさそうに言うと、屋敷しもべ妖精はふるふると首を振った。
「ドビーめには、既にお仕えしてるご主人様がいらっしゃいます! 私はあなた様に危険をお伝えようとやってきたのです!」
どうやらこの屋敷しもべ妖精はドビーという名前らしい。
「あー…ドビー、危険って何?」
「いいですか、ハリー・ポッター様! あなた様は今年ホグワーツに行ってはなりません!」
痛いほどの沈黙が訪れた。
ハリーには、ドビーの言いたいことが分からなかった。
「だから、ブラックだって。 それに何言ってるんだ? ホグワーツに戻るなだって?」
「そうでございます! 今年ホグワーツでは恐ろしいことが起こります! 罠が仕掛けられているのです! ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました!」
ドビーは全身をわなわな震わせて言った。
「世にも恐ろしいこと? 誰がそんな罠を?」
ハリーが訊くと、ドビーは喉を絞められたような奇妙な声を上げて・・・ハリーの贔屓のクィディッチチーム、ファルマス・ファルコンズのポスターが貼ってある壁に頭を打ち付けた。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」
「うわああああ! 頼むからやめてくれ! そのポスター、限定品なんだ!!」
ハリーは妖精の腕を掴んで、引き戻しながら叫んだ。
「わかったよ! 言えないんだな?」
「はい、そうでございます。 とにかくハリー・ポッターはホグワーツへ行ってはいけません!」
「そんなこと言ったって・・・無理だよ。 ホグワーツに行かないなんてパパが許すわけないし、僕は学校が好きだもの」
「ドビーめは色々考えました! もしかしたら、友人からのお手紙が来なければハリー・ポッターはホグワーツに行かないのではとも!」
ドビーはゼェゼェと息を切らせながら言った。
途端に、ハリーの顔が険しくなる。
「・・・僕の手紙と荷物を止めたのは君なんだね?」
今まで冷静に話を聞いていたハリーだったが、頭に血が上るのを感じた。
しかし、ぐったりと項垂れているドビーを見て少し可哀想にも思った。
「はい…しかし、あまり効果がなかったと思い知りましたでございます・・・」
「もういいよ…。僕の考えが変わらないのは分かっただろ?手紙と荷物を返してくれ」
友達からの手紙が来なかったらホグワーツに戻りたくなくなるのではないかなんて・・・何とも浅い考えだ。
うんざりしたようなハリーの言葉に、ドビーはしょんぼりしながら指をパチンと鳴らした。
すると、空中から何重にも積み重なった手紙とプレゼントがどっさりと落ちてきた。
「痛っ!!」
ハリーの頭にもろに手紙の束が直下する。
階下を震わす衝撃に、シリウスがどうした!と心配して階段をかけ上がる音が聞こえた。
「ハリー・ポッター、ドビーめは諦めません。 貴方様はホグワーツに戻ってはならないのです!」
ドビーはそれだけ言うと、まるで空気に溶けるように姿を消した。
シリウスが勢いよく扉を開けると、そこには大量の手紙と荷物にまみれたハリーが居た。
取り敢えず、彼は明日の朝一番で魔法省に行かなくても良くなったわけだ。
「えーっと、これはラベンダーからで、これはディーンからか。・・・うえっ、パーバティからネックレス来てる。 別れたのに、重すぎるよ」
やれやれと首を振るハリーに、シリウスは自分そっくりに育ってしまったなと苦笑いした。
ハリーは明日1日を手紙の返事に費やすことになりそうだ。
「リーマスおじさんからのプレゼントあったよ! 見てよパパ! 新しいチェスだ!」
ハリーは目を輝かせて、包装紙を開けていた。
赤と黒の小洒落たチェスセット。相変わらずリーマスはセンスがいい。
「それで、どんな屋敷しもべ妖精だったんだ?」
嬉しそうなハリーに水を差すのは気が引けたが、シリウスは訊いた。
「うん、ドビーって名前だった。 僕にホグワーツに行くなって。 魔法省に調べてもらえば何か分かるの?」
ハリーの問いに、シリウスはいやと首を振った。
「妨害してるのが魔法使いならともかく、屋敷しもべ妖精になると特定は難しいだろうな・・・」
ハリーにはまだ難しい話だが、シリウス曰く魔法族と屋敷しもべ妖精では魔法の種類が違うらしい。
そもそも屋敷しもべ妖精は魔法界に膨大に居るし、個体の識別なんて魔法省に問い合わせてもわからない。ましてドビーなんてありふれた名前である。
「うーん…確かにホグワーツに戻るなって言うのは気になるが、その屋敷しもべ妖精に敵意はなさそうだったんだろう?」
「うん。 どっちかって言うと、主人に背いてわざわざ僕に教えに来てくれたみたいだった」
「そうか。 大丈夫だと思うが…もし、ホグワーツで何かあったらすぐ俺に知らせるんだぞ」
シリウスはぽんぽんと息子の頭を撫でると、今度こそ寝るように促した。
そして、リビングに戻ると冷めきったハーブティーを口に含んだ。
シリウスは何となく嫌な予感がした。今年も何かが起きる、そんな予感が。
願わくば、息子たちが何の問題もなく学生生活を謳歌できますように。
シリウスは嫌な考えを振り切るかのように、カップの残りを飲み干した。
秘密の部屋編、始動!
そして、ハー子!まさかの初恋の予感!
そりゃイケメンに颯爽と助けられたらね、年頃の女の子だしね。そういうこともあるでしょう。