例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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穢れた血

 

新学期が始まり、ようやく訪れた週末。

夏休みですっかり寝坊癖のついたハリーはゆっくり寝過ごそうと考えていた。しかし夜明け前にウッドに叩き起こされた。

 

「な、なにごと?」

 

完全に寝惚けていたハリーは、頓狂な声を出した。

 

「起きろ、クィディッチの練習だ!」

 

「え、正気? まだ夜が明けたばかりじゃないか、オリバー」

 

ハリーは大きな欠伸をしながら、窓を開けた。薄桃色の空には、まだ星が居座っている。

 

ハリーは真紅色のローブを探すと、ロンにメモを残して談話室を出た。

ウッドの声を聞きつけたのか、ハリーの熱狂的なファン、コリン・クリービーが起きてきて絡まれた。いつもなら上機嫌で構ってやるハリーだが、さすがに寝不足にあのテンションはきつく、つっけんどんにあしらった。

 

更衣室に着くと、張り切っているのはウッドだけで皆似たようななものだった。フレッドとジョージは数分に1回頭がかくんと揺れているし、アリシアの髪には寝癖がついたままだ。

 

ウッドは新しい作戦とやらの説明をくどくどしている。去年の最後のクィディッチ杯は自分がいなかったせいで大敗したため、ハリーはどうにか頑張って起きて聞いていた。

 

「・・・よし、以上だ! 質問は?」

 

ウッドのその言葉で、ハリーはいつのまにか自分が夢の世界に旅立っていたことに気付いた。

 

「なあ、オリバー。 何で今の話、昨夜じゃ駄目だったんだ?」

 

欠伸を噛み殺しながら、フレッドが言った。

 

ウッドはむっとしたように、皆を更衣室から追い出した。

 

競技場に出ると、ロンとハーマイオニーが観客席にいた。既に外は明るくなっていて、2人はマーマレード・サンドイッチを手にしている。

ハリーのメモに気付いて、練習を見に来てくれたのだろう。

2人がこちらに気付いて手を振っていた。ハリーは自分のお腹がぐぅと鳴るのを感じた。

前の方の観客席ではコリンが懸命にシャッターを切っていた。先程雑にあしらってしまったのを思い出してバツが悪くなったので、手を振ってやれば半狂乱に喜んでいた。悪い気持ちはしなかった。

 

「よーし! みんな、さっき説明したポジションに移動してくれ!」

 

オリバーの怒鳴り声に、ハリーは焦った。先程うとうとしていたせいで、説明された自分のポジションをよく覚えていない。だが、周りの皆も似たようなものだった。

仕方ない。ハリーがオリバーに聞こうと思った、その時。

 

競技場に緑と銀のユニフォームを纏った生徒たちが現れた。・・・スリザリンのクィディッチチームだ。後ろの方に小柄なドラコは居た。

 

「やあ、ドラコ」

 

「おはよう、ハリー。 朝は結構寒いな」

 

朗らかに挨拶を交わしたのはシーカー同士だけで、あっという間に両チームは険悪になった。

 

「フリント! 我々の練習時間だ。 出て行ってもらおう!」

 

ウッドが噛み付かんばかりの勢いでそう言うと、フリントと呼ばれた大柄の男はずる賢そうに笑った。

 

「悪いがこちらにはブラック先生がサインしてくれた許可証がある。 出ていくのはおまえたちだよ」

 

ただならぬ雰囲気に、ハリーとドラコは顔を見合わせた。

ハリーは天敵の名前を出されて、ちょっと顔を顰めていた。

 

「それにな、俺たちはドラコのお父様が買ってくださった新しい箒で練習をしないとでね」

 

フリントのその言葉を合図のように、スリザリンチームは皆、箒を掲げた。箒の柄には金色の字で『ニンバス2001』と刻まれている。

 

「おい、ドラコ! 何だよこれ。聞いてないぞ!」

 

ハリーが怒ったように言ったが、ドラコはふんと鼻先で笑った。

 

「悪いな、ハリー。 勝つことに関して僕たちは手段を選ばない。 今年こそ君に絶対勝つよ」

 

とことんスリザリン気質のその言葉に、ハリーは軽く舌打ちをした。

 

「ルシウスおじさんもさ、こんな皆に箒送るなら僕にもくれればいいのに」

 

「…そこかよ。 何で敵の君にプレゼントを送らなきゃいけないんだ」

 

ドラコが呆れて腕を組んだ。

 

「おい、どうしたんだ? 何で練習しないの?」

 

何事かと心配したロンとハーマイオニーが、芝生を横切ってこちらにやってきた。

 

「やあ、ウィーズリー。 僕の父上が買ってくださった箒をみんなで賞賛していたところだよ」

 

「それで、練習が被っちゃってね」

 

挑発するようなドラコの言葉をフォローするように、ハリーは困ったように笑った。

 

「何だよ、それ! 先に来たのはグリフィンドールだ!」

 

ロンがドラコに食ってかかった。

 

「いや、こちらにはブラック先生のサインがある」

 

ドラコも一歩も引かずに言い返す。

 

「そんなの関係ないね! 早いもの順だ!」

 

「第一、君はクィディッチチームじゃないだろ。 尤も君の家じゃ箒を買う金は、双子の兄の分で精一杯だろうけどね」

 

ドラコはフレッドとジョージを一瞥して嘲笑った。ロンの顔がかぁっと紅潮する。

 

何となくここまで来たら、両者引けないようなそんな雰囲気だった。

周りのチームメイトたちも殺気立っている。

 

「あの…それなら、時間を分けて練習すればいいんじゃないかしら?」

 

ピリついた空気を打破しようと、ハーマイオニーはおずおずと口を開いた。

すると、ドラコは苛ついたようにハーマイオニーに視線を向けた。

 

「君に意見は求めてないね、この…『穢れた血』め」

 

冷たい声でドラコが言い放った。

途端に、空気が変わった。

 

グリフィンドールから轟々と非難の声が上がる。フレッドとジョージはドラコに飛びかかろうとして、アリシアは金切り声を上げた。

 

ハーマイオニーは大きく目を見開いて、涙をたくさん溜めると…どこかに走り去ってしまった。

 

「…ドラコ、今の言葉は撤回しろ」

 

杖を取り出したロンを制止して、ハリーが1歩前に出た。ハリーの顔は険しい。

幼馴染のその厳しい顔にドラコはちょっと怯んだが、顔色は変えずに口を開いた。

 

「真実を言っただけだろう。 何か問題でも?」

 

「…君のこと見損なったぜ。 行くぞ、ロン。 ハーマイオニーを探す方が先だ」

 

尚も呪いをかけようしたロンも、その言葉に納得したのかドラコをひと睨みするとハリーの後を着いて行った。

ハリーは1度も、ドラコの方を振り向かなかった。

すっかり日は登り絶好の練習日和になっていたが、ハリーは構うことなくハーマイオニーを探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリザリンの談話室。

暗い湖の下に位置するこの談話室は、常時暖かな色のランプが灯っている。週末で授業もないせいか、外に出ている生徒も多いのだろう。談話室は閑散としていた。

漸くクィディッチの練習が終わったチームたちが帰ってきた。

シャルロットがランプの下で本を読んでいるのを見つけると、ドラコは近寄って行った。

 

「シャル、本読んでたのか? 練習見に来ればよかったのに」

 

「…おかえりなさい」

 

シャルロットが顔も上げず素っ気なく言ったので、ドラコは彼女が先程起きたことを全て知っているのだと悟った。

 

「何だよ。 誰から聞いたんだ?」

 

「本人から。 さっき泣きながら私のもとに来たのよ」

 

事情を知っているシャルロットからすれば、当然のことだった。

ただでさえ、こないだからハーマイオニーは自分の血筋を気にしていた。憧れのレギュラスが狂信的な純血主義の家の生まれなのだから仕方ない。

 

「何で…あいつがシャルのとこに来るんだよ。 僕への当てつけか?」

 

ドラコは少しバツが悪そうな顔で、シャルロットの隣りのソファーに腰掛けた。

 

「さあね。 ところでドラコ、あなた私と話していていいの?」

 

「は?」

 

訳のわからないシャルロットの言葉に、ドラコはおよそ彼らしくない間抜けな声を上げた。

シャルロットが漸く顔をこちらに上げた。しかし、普段の快活さが抜け落ちたその表情はまるで能面のようだった。

初めて見る幼馴染の表情に、ドラコは呆然とした。

 

「だって、そうでしょう?『穢れた血』とは話したくないのよね?」

 

「いや、君は違うよ。 だってスリザリンだし。 それにハリーだって…」

 

しどろもどろと言い訳をするドラコに、シャルロットはきっぱりと首を振った。

 

「何も違わないわ。 私は祖父がマグルだし、ハリーだって母親はマグル生まれの魔女よ。あなたが言った言葉はそういう意味なのよ」

 

ドラコは何か考え込むように俯き、暫く2人の間に沈黙が訪れた。

 

「…ごめん」

 

小さな声で、やがてドラコは謝った。

 

「謝るべき相手は私じゃないわ。 ハーマイオニーでしょ」

 

シャルロットは未だ苦い顔で、そう訂正した。

 

それからドラコは、ハリーたち3人組を見つける度に何か言いたげな顔をしていた。だが、ハーマイオニーに謝ることは結局できなかった。

彼のプライドがそれを許さないのだろう。ただ、ドラコが反省していることは、シャルロットもよく分かっていたのでそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

それから3日後。

朝食時、5匹ほどのふくろうがそれはそれは大きな包みを携えて大広間に入ってきた。

ふくろうは緩やかに下降すると、荷物をハリーの前に置いた。

周りが何事かとざわつく。

 

ハリーは皆に見えるよう、包みを紐解いた。

するとそこには--『ニンバス2001』が朝日を浴びてキラキラ輝きながら、チームの人数分入っていた。

 

その時のチームメイトの顔は、暫くハリーは忘れないと思う。

特にウッドは、雷に打たれたかのように立ち尽くしかぼちゃジュースの入ったゴブレットを落とした。そして、言葉にならない声で何か喚きながらハリーの体を折れるくらい抱きしめた。

 

アリシアやケイティたち女性陣も大喜びし、フレッドとジョージは朝食の乗ったテーブルの上でタップダンスをしてマクゴナガルに減点された。しかし、そのマクゴナガルでさえもいつもは真一文字に引き締められた唇を僅かに緩ませ、頑張りなさいと声をかけた。

 

「よーし! これでスリザリンチームと条件は同じだ! ハリーのお父さんに感謝しろ!!」

 

オリバーが叫ぶように言った。

 

しかしシリウスも甘い父親だな、とハリーは自分のことながら思う。

尤もマルフォイ家とブラック家は家柄でいえば同等(むしろブラック家の方が上)であるし、シリウスは闇祓いなので給料も良い。

こんな甘やかされて贅沢をさせてもらってることが日常になっているハリーは、改めて胸の中でシリウスに感謝した。

 

「ハーマイオニー、あとでニンバス2001乗せてあげよっか?」

 

ハリーが馴れ馴れしく、ハーマイオニーの肩を抱く。しかし、ハーマイオニーはあっさりとその手を払い除けた。

 

「嫌よ。 あなたのガールフレンドたちにまだ殺されたくないもの」

 

ハリーはクスッと笑いながらも、ハーマイオニーがもうあのことを気にしていないようで安心した。

しかし博識とはいえ、マグル生まれのハーマイオニーが『穢れた血』という言葉を知っていたのは驚いた。何か純血思想に関わる本でも読んだのだろうか?しかし、そんなものを何故?

 

まさか本人に聞くこともできないので、そんなことをハリーがぼんやりと考えていると、大広間の反対側のテーブルに位置しているドラコと一瞬目が合った。だが、思わずハリーはすぐに逸らしてしまった。

 

幼馴染なのだ。ドラコの性格はよく分かっている。

おそらく勢いで言ってしまっただけで、今は反省しているのだろうということも。

 

しかし、ハーマイオニーのことを考えるとまだもう少しドラコとは距離を起きたかったし、何よりまだドラコを許しきれていない自分がいた。

 

「ねえ、ハリー。 それじゃあ、私をニンバス2001に乗せてよ」

 

考え事をしていると、箒を眺めてうっとりとしているジニーに話しかけられた。ジニーも兄たちの影響を受けてクィディッチの大ファンであることを知っていたハリーは、快くそれを了承した。

 

「いいか、ジニー! お兄ちゃんはハリーとのお付き合いは認めないからな! こいつは女からしたら悪魔みたいなやつなんだからな!」

 

「おいおい、親友を悪魔呼ばわりかよ」

 

本人を目の前に失礼なことを言うロンに、ハリーはそう呑気に返した。

 

当のジニーは先に朝食を終えたらしく適当な返事をすると、大広間を出ていった。

すると、出た瞬間に生徒とぶつかった。

 

「きゃっ!」

 

お互いの荷物が床に飛び散る。

前を見ると、緑と銀のネクタイが目に入った。宿敵の寮の生徒ということで、一瞬身構えたジニーだったが、その生徒には見覚えがあった。

美しく伸びた金髪、闇夜を想像する真っ黒で切れ長の瞳。よくハリーやハーマイオニーと共に居るスリザリン生だ。

 

「・・・あら、ごめんなさいね」

 

そして、彼女もまた床に散らばった教科書を掻き集めると、ジニーの顔をまじまじと見つめた。

 

「あぁ、あなたロンの妹でしょう? 髪の色がとてもそっくりだわ」

 

スリザリン生はそう言って微笑むと、落ちた『基礎呪文集』をジニーに手渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、1日の授業を終えたシャルロットは談話室で授業の復習をしようとバッグを開けて…そして首を傾げた。

 

見知らぬノートがバッグに入っていた。

確か今日ロンの妹とぶつかって教科書を落としたが、どうにも彼女の持ち物には見えなかった。

 

日記帳だろうか?

ページをパラパラと捲ってみたが、特に何も書いていない。白紙だった。

裏表紙を見てみた。そこには細長い丁寧な字で、こう記されていた。

 

 

「T.M.RIDDLE」

 

 




オリキャラのイラストを読者に書いていただくのが夢だったりする。

追記.夢叶いました。素敵なイラストありがとうございました。

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