次の日から学校は、秘密の部屋への噂話で持ちきりだった。
ハーマイオニーによれば図書館の『ホグワーツの歴史』が全巻貸し出し中になったというのだから、余程のことなのだろう。
それでもハーマイオニーがビンズ先生に秘密の部屋について質問してくれたため、彼から大体のことは聞けた。
ロンは、ドラコをスリザリンの継承者だと思っているらしかった。
「君だって、こないだあいつがハーマイオニーに酷いこと言ったの見ただろう?」
「…それについてはドラコを庇う気はないよ」
ドラコがスリザリンの継承者だとは信じられないものの、ハリーは苦い顔をした。
「マルフォイは有名な純血だ。 スリザリンの末裔でもおかしくないぜ」
ロンは興奮したように言った。
「ハーマイオニーはどう思う?」
ロンが質問を振ると、ハーマイオニーは渋い顔でそれまで読んでいた『古今東西魔法薬大図鑑』をパタンと閉じる。
「うーん…マルフォイを継承者と決めつけるのは早い気もするけど、『秘密の部屋』について何か知っているかもしれないわね」
ハーマイオニーは口を引き結んで腕組みをした。
「…聞いてみる価値はあると思うわ」
「正気か、ハーマイオニー。 マルフォイに直接聞くわけ? 『やあ、マルフォイ。君がスリザリンの継承者かい?』って?」
皮肉のこもったロンの言葉に、ハーマイオニーは未だ悩んでるような曖昧な笑みを浮かべた。
「1つだけいい方法があるの。 校則を50個ほど破ることになるけれど」
--こうして3人のポリジュース薬作りが幕を開けた。
凍てつく冬が気配を現しはじめたとある休日。
シャルロットはダフネやパンジーと共に、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦を見に来た。
犬猿の仲である二寮の対決ということに加え、両チーム全員ニンバス2001というプロ顔負けの財力のかけ方だったため、ホグワーツ中の人の興味を惹いたようだ。ほぼ全校の生徒が見に来ていた。
フリントとウッドがお互いを射殺さんばかりに睨み合いながら、きつく握手を交わした。
マダム・フーチのホイッスルを合図に、赤と緑の選手たちが曇天に舞い上がった。
最初に異変に気付いたのは、ダフネだった。
「ねえ、ブラッジャーがさっきからブラックばかり狙っているのだけど…気のせいかな?」
ダフネは双眼鏡を手にしたまま、きょとんと首を傾げた。
それまで自寮のチームばかりを見ていたシャルロットは、ハリーを目で追った。ウィーズリー家の双子のどちらかがドラコに向けて打ったブラッジャーは、まるで意志を持っているかのように途中で方向を変えてハリーの頭ギリギリを飛んでいった。
「…本当だわ」
教員席を見ると、セブルスとレギュラスが渋い顔をしていた。何かしらブラッジャーに手が加えられているようだが原因が分からない、大方そんなところだろうか。
たまらず、グリフィンドールはタイムアウトを要求した。
チーム同士が何か話していたようだが、特に何も打開策が見つからないまま再び競技場に飛び上がった。
天候は悪化し、雨が降ってきた。
90対20。未だスリザリンがリードだ。とはいえ、この点数差ならハリーがスニッチを取ったら逆転されてしまうため、油断はできない。
グリフィンドールの女選手がゴールを決めた。赤色の客席が沸き立つ。
これで90対30だ。ニンバス2001同士の戦いはあまりにも圧巻すぎて、観客はみんな魅入っていた。
ハリーはスニッチを探して、競技場内を縦横無尽に飛び回っていた。
その時。再び、ハリーを狙ってブラッジャーが突っ込んできた。
「…危ないっ!」
突然放たれた半ば悲鳴のような言葉に、間一髪ハリーはブラッジャーの魔の手を避けられた。
声を上げてくれたのはドラコだった。
咄嗟に口から言葉が突いて出てしまったものの、彼はちょっと気まずそうに目を逸らし、箒を握り直した。
ハリーはドラコに何か言いたそうな顔をしたが、今は競技中であることを思い出してとどまった。
ハリーは改めて競技場をぐるりと見渡す。
その瞬間、ハリーの目はドラコのすぐ近くで、金色に光りながら飛ぶものを捉えた。
ドラコもすぐに気付き手を伸ばしたが、すんでのところで届かない。
同時にドラコとハリーは加速した。ぐんぐんと放たれた矢のように、2人はまっすぐ飛んでいく。
箒の性能は同じだ。だからその分、スニッチに近いところにいたドラコが有利だった。
ドラコが再び手を伸ばす。
勝負を制したのは、ドラコだった。
頬を紅潮させたまま、スニッチを頭上に高く掲げる。
スリザリンの観客席から爆発的な歓声が起こった。
シャルロットもひとまずダフネやパンジーとハイタッチを交わす。
スリザリンのチームがドラコの周りに集まる。大柄な選手たちにドラコは揉みくちゃにされてすぐ見えなくなった。
一方、グリフィンドールは悔しそうな顔を隠そうともせず地に降りたった。
キャプテンのウッドなんて今にも男泣きしそうだ。ハリーもしょんぼりして、箒を握りしめている。スニッチの獲得が大きな役割を持つクィディッチでは、どうしてもシーカーに責任が行きがちだ。
フレッドがハリーを慰めようと背中を叩こうとした、その時。
試合が終わり既に役目を終えたはずの、ブラッジャーが飛んできた。
ガツン!
鈍い音を立てて、ハリーの腕に直撃した。
「…あああっ!?」
ハリーが痛みと驚愕で目を見開き、その場に膝をつく。
同時に、観客席から悲鳴が上がった。
ブラッジャーは尚も獲物を捕らえようと飛んできたが、先生方によって魔法で取り押さえられた。
シャルロットは、思わず体が勝手に動いていた。観客席の階段を一気に駆け下りる。そして観客席と競技場の仕切りを超えると、ハリーの元に走り寄った。ほぼ同じタイミングでロンとハーマイオニーもハリーの元に着いた。
「ハリー、大丈夫!?」
ハーマイオニーは顔が真っ青だ。
「うーん…多分今ので骨折れた」
ハリーは弱々しくそう言った。
「おやおや、骨折ですか。 それなら私にお任せください!」
ハリーとハーマイオニーの会話に割って入るかのように、ロックハートは人垣を掻き分けて ニコッと笑った。
「ロックハート先生。 まずはマダム・ポンフリーの元に連れていった方が良いのでは?」
嫌な予感がしたシャルロットはやんわりロックハートを止めたが、彼にはその気持ちは伝わらなかったらしい。
「心配はご無用ですよ、プリンス! 私に任せなさい。 さあ、みんな下がって!」
「ちょっと待っ…」
ハリーの制止の声も聞かず、ロックハートは翡翠色のローブの袖をたくし上げた。そして、ハリーの腕に杖を向ける。
彼は何やら聞いたこともない呪文を唱えた。
周りはハラハラしながら、成行きを見守り…息を呑んだ。
「あっ」
ロックハートが間抜けな声を出した。
ハリーの腕はまるでゴムの手袋のように芯がなく、ぐにゃりとしていた。
「そう、まあね。 時にはこんなことも起こるでしょう。 考えてみなさい。これでもう骨は折れていない。それが肝心でしょう」
あまりの事態に皆は言葉を失っていた。
「ねえ、ハリー? あー…えっと、プリンスにグレンジャー、ウィーズリー。彼に付き添ってあげてください。マダム・ポンフリーが、その君を…あー…きちんとしてくれるでしょう」
ロックハートは何か誤魔化すように、ハハハと笑った。彼はハリーの骨を抜き取ってしまったのだ。
思わずシャルロットがロックハートに文句を言い募ろうとしたその時。
シャルロットより先に口を開いたのは、真っ赤な顔で怒り狂ったハリーだった。
「よくもこんなことしてくれたな! いいか、僕のパパは魔法省の闇祓いの局長だ! このことは、パパに言うからな!」
ロックハートの口元がひくりと歪んだ。しかし、辛うじてまだ何とか笑みを保っている。
「ロックハート先生、あなたは誰に向かってこんなことしたのか分かっているのかしら? ハリーは『生き残った男の子』であると同時に、養子とは言えかの高名なブラック家の一人息子なのよ。 早く荷造りを始めた方がいいんじゃなくって?」
シャルロットは冷えきった声で、ロックハートを一瞥した。
普段の快活に笑っている時はともかく、シャルロットは冷たい顔をすると目元がセブルスにそっくりだった。
今度こそ、ロックハートの顔から笑みが完全に消えた。
結論から言えば、非常に残念なことにロックハートは退職にならなかった。
大事な息子が骨を抜き取られたことに怒り狂ったシリウスは、自身の闇祓い局長の立場とブラック家の名前をフル活用して、すぐさま魔法省に訴えた。
しかし、意外なことにそれを止めたのはダンブルドアだった。
「シリウス。 気持ちはわかるが、どうか退職だけは勘弁してやってくれんかのぅ」
ダンブルドアにそう頭を下げられたら、シリウスも強くは出れない。
まして『闇の魔術に対する防衛術』の教師は全然見つからず、ギリギリになってようやく捕まったのがあのロックハートであったという事情をシリウスは知っていたので、渋々彼はダンブルドアの言葉を受け入れた。
その代わり、シリウスは法外な価格の損害賠償をロックハートに請求した。
しかしこれにより、ロックハートはハリーを避けるようになった。自身の著書のお気に入りのシーンを生徒に舞台の如く繰り広げさせていたロックハートの授業では、それから一度もハリーは指名されなかった。
再びのドビーの襲来と、骨を生やす激痛に苛まされろくに眠れなかったクィディッチ戦の次の日の朝。
ハリーは左手でぎこちなくオートミールを掬い、口元へ運んだ。
頭の中は秘密の部屋のことでいっぱいだった。
昨日夜中にコリンが襲われ、保健室に運ばれてきた。そして、ドビーの言ったことを信じるなら秘密の部屋が開かれたのは今回で2度目らしい。
「順調に治っていますね。朝食を食べたら退院してよろしい」
マダム・ポンフリーは満足げに言った。
ハリーはパジャマから制服のローブに着替えると、保健室をとっとと後にした。
しかし、グリフィンドールの談話室にハーマイオニーとロンは居なかった。
それならと思い、3階の女子トイレに向かうとやはり2人はそこに居た。
「ごめんなさい。 あなたのお見舞いに行くべきだったんでしょうけど、コリンが襲われたって聞いて、早く薬を完成させた方がいいと思って」
ハーマイオニーは鍋を掻き回しながら、申し訳なさそうに謝った。
「…あのさ、僕やっぱりドラコはスリザリンの継承者じゃないと思うよ」
「おいおい、今さら何言ってんだ」
ロンは相変わらずドラコがスリザリンの継承者だと信じている。
「ハリー、こう考えたらどう? マルフォイがスリザリンの継承者じゃないって確かめるために、ポリジュース薬を使うって」
ハーマイオニーのその提案にロンは納得いかなそうだったが、ハリーは頷いた。
「そうだね。 確かに、ドラコは何か知ってるかもしれない」
「でも、まだこの薬これで半分なのよ」
ハーマイオニー曰く、この薬の完成のためには二角獣の角と毒ヘビツルの皮を手に入れなくてはならないらしい。しかし、そんな珍しいものは魔法薬教授の研究室の棚にしかない。
ちなみに余談だが、セブルスの本業は教師ではなく研究者であるので、プリンス家に大きな研究室を持っている。
そのため、ホグワーツ城には研究室はない。最低限の薬棚と寝室があるだけだ。
「じゃあ、ブラック先生の部屋から盗むしかないな」
スリザリンの寮監よりグリフィンドール出身の教師の部屋に忍び込む方が見つかったときの罰が軽いと思ったのか、ロンはちょっと残念そうに言った。
しかし、ハーマイオニーが慌てて反論した。
「だめよ! ブラック先生の部屋に侵入するなんて!」
言ってから、ハーマイオニーはしまったという顔をした。しかし幸いにもハリーとロンは特に疑問に思わなかったらしい。
「優等生の君がそう思う気持ちはわかるよ。 でも、そうじゃないと手に入れる当てがないだろう?」
「…当てならあるかも」
ハリーの言葉に、ロンとハーマイオニーはちょっと驚いたようにこっちを見た。
「僕、シャルの家でその2つ見たことある気がする。 シャルに頼んだら取ってきてくれるかも」
スリザリンの談話室に忍び込むためにスリザリン生徒に協力を仰ぐのは気が引けたが、これが一番良い方法に思えた。
数日後。
授業の終わった放課後に、ハーマイオニーはシャルロットに呼び止められ、小さな紙袋を渡された。
「はい、頼まれたものよ!」
「ありがとう、シャル! 助かったわ」
「感謝してよね。 曾祖母様にばれたら面倒だから、わざわざメアリーに頼んで送ってもらったのよ」
シャルロットはふふっと笑った。
「ねぇ…シャル。 私たちが何をしようとしているのか聞かないの?」
夕食を食べに多くの生徒が大広間に向かう中、ハーマイオニーを声を落として言った。
二角獣の角と毒ヘビツルの皮を手に入れたい、とのハーマイオニーの怪しい申し出をシャルロットは二つ返事で了承したうえに、何も訊いてこないのでハーマイオニーは不思議だった。
シャルロットはきょとんとした。
「訊くも何も…恐らく貴方が作っているのってポリジュース薬でしょ?」
「え!」
言い当てられ、ハーマイオニーはドキッとした。
「材料見れば分かるわよ。 まあ、半信半疑だったけど、その反応じゃ正解みたいね」
さすがセブルスの娘だ。ハーマイオニーは、今年の期末テストこそシャルロットに魔法薬で勝つつもりだが、少し自信がなくなった。
「今度は何を企んでいるのか知らないけど…気をつけてよ、ハーマイオニー」
シャルロットは気遣わしげにハーマイオニーの手を握った。
彼女が秘密の部屋の怪物のことを言っているのが、ハーマイオニーにはすぐに分かった。
「ありがとう、大丈夫よ」
ハーマイオニーはにっこり笑った。
原作でこの試合スリザリンが負けたのって、ドラコがハリーを馬鹿にしてて頭上を飛ぶスニッチに気付かなかったからなんですよね。
もちろんこの小説のドラコはそんなことしないので!スリザリンの勝利です!やったねドラコ!