例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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継承者は誰?

コリンが襲われたことで、校内では皆固まって移動するようになった。今やマグル生まれ生徒は目に見えて怯えている。

 

学校中がパニック状態のある日の放課後、ハリー、ロン、ハーマイオニーが玄関ホールを歩いてると、掲示板の前に人集りが出来ていた。

何やら羊皮紙が張り出されている。

 

どうやら『決闘クラブ』なるものが開催されるらしい。

 

「へぇ、楽しそうじゃないか。 役に立つかもしれないし」

 

ロンは乗り気のようだ。

 

「そうだね。 まあ、教えるのがあいつじゃなければいいけど・・・」

 

ハリーはまだロックハートのことを根に持っている。

 

3人はその晩8時に大広間に向かった。

いつもある食事をするための長テーブルは退かされて、金色の細長い舞台が置かれている。何千もの蝋燭が宙を浮かんで、舞台を照らしていた。

天井には夜空で星が煌めいている。

ほとんどの生徒が集まっているようで、皆はぺちゃくちゃとお喋りに興じている。

スリザリン生徒の塊の中に、ドラコも見えた。しかし、珍しくシャルロットは居なかった。

 

時間になり、現れたのは…ロックハートだった。

 

未だファンである何人かの女生徒は黄色い悲鳴を上げて、対照的にハリーは呻き声を上げた。

 

「君の嫌な予感が当たったな」

 

ロンが、ハリーの耳元で囁いた。

 

「…今回勇敢にもアシスタントをセブルス・スネイプ教授が引き受けてくれました。 彼は全魔法薬研究会に所属しているということで、ちょっと(・・・・)ばかり有名なようです! さて、普段デスクワークの彼の決闘の実力はどの程度か! 皆さん、ご注目ください!」

 

もったいぶった話し方をしたロックハートに続いて、セブルスも舞台に上がった。

いつも顰め面のセブルスだが、今や眉間は一層深まり、口の端がピクピクしている。

 

「アー…完全にセブルスおじさんキレてるね」

 

その表情に、ハリーは幼い頃セブルスに怒られた時を思い出し身震いした。怒った時のセブルスは、尋常でなく怖い。

 

ロックハートとセブルスはお互い向き合って一礼をした。まるで舞台俳優のように大仰な礼をしたロックハートに対して、セブルスはほんの僅かに首を動かした程度だった。

 

観客はしーんとしている。

 

「3つ数えて最初の呪文をかけます。 もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありませんからご心配なく!」

 

ロックハートは場違いなほど茶目っ気たっぷりにウインクをした。

 

「いち、に、さん--」

 

ロックハートとセブルスは杖を高く掲げた、

 

エクスペリアームス(武器よ、去れ)!」

 

セブルスの呪文はまったく無駄のない動きで、華麗にロックハートに直撃した。彼の手から杖はもぎ取られ、舞台の端まで飛んで無様に倒れた。

 

一部の女子生徒を除いて、殆どの者が大歓声を上げた。珍しいことに、グリフィンドール出身であるセブルスに向かってスリザリン生徒も拍手を送っている。

ハリーも胸がすく心地で、大きな拍手をセブルスに送った。

 

ロックハートはよろよろと立ち上がった。

 

「良い戦術でした! しかし、言わせてもらえれば見え透いた戦術でもありましたね」

 

ロックハートはどうにかいつも通りの笑みを浮かべた。しかし、セブルスの殺気立った表情を見て、慌てて生徒の方に向き直った。

 

「さあ、では実際に生徒諸君にもやってもらいましょう。 次にやってみたい人は?」

 

誰も手を挙げなかった。

 

「・・・ふむ。それではこちらから指名しよう。 ブラックとマルフォイ、舞台の上へ」

 

セブルスは生徒たちの顔を見回して、その中に自分の娘がいなかったので少し気落ちした。

 

そして、ハリーとドラコを指名した。

ドラコは学年9位に食い込むほどの好成績であるし、ハリーは成績は中の上ながら実技への勘は光るものがある。皆も納得の人選であった。しかし、それは表向きの理由で、セブルスには自分の娘の幼馴染たちの実力を見てみたいという好奇心もあった。

 

シーカー同士との対決ということも相まって、観衆たちは興奮していた。

 

しかし、当の本人たちは少々顔を曇らせて渋々舞台に上がった。この2人の間に起こったことを知らないセブルスは怪訝な顔をした。

 

早速、ロックハートが開始の合図をした。

 

ハリーとドラコは、お互い礼をする。

そして、ハリーは素早く杖を構えた。

 

リクタスセンプラ(笑い続けよ)!」

 

ハリーの放った銀色の閃光がドラコのお腹に命中した。ドラコは笑い転げて体をくの字に曲げた。

 

タレントアレグラ(踊れ)!」

 

ドラコは声を詰まらせたまま、ハリーの足に杖を向けた。まさか笑っている状態で彼が呪文をかけられると思わなかったので、ハリーの反応は遅れてしまった。

ハリーの足が、ピクピクと動き始める。

 

ドラコはヒーヒー笑い続け、ハリーはタップダンスを踊っている。…なかなかカオスだった。

 

このままじゃ勝負がつかないと思ったのか、セブルスが杖を上げた。

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ 終われ)!」

 

2人のかけ合った呪文が落ち着いたのも束の間、すぐにドラコは杖を構えた。

 

サーペンソーティア(蛇よ いでよ)!」

 

ドラコの杖の先が炸裂して、長い黒蛇がにょろりと鎌首をもたげた。

近くにいた生徒が数名悲鳴を上げた。

 

セブルスは、ドラコの呪文が完璧なことに驚いた。生き物を出す呪文はそこそこに高度である。

しかし、出した蛇を消す術をドラコは知らない。勢いに任せて蛇を出したものの、ドラコはこの後どうするべきか困っているようだった。

 

ハリーもまた威嚇する蛇から一歩後ずさり、辟易していた。

 

「動くな、ブラック。 私が消そう」

 

「私にお任せあれ!」

 

助け舟を出してくれたセブルスの言葉を、ロックハートが遮った。

 

ロックハートが杖を振り回すと、バーンと大きな音がして・・・蛇は消えるどころか宙を飛び、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーのすぐ近くに落ちた。

 

ハリーは危険を感じて無意識に、蛇の前に進んだ。

 

「手を出すな。 去れ!」

 

ハリーはそう言ったつもりだったが、何故か自分の口から出た声はシューシューとした奇妙な音だった。

 

「一体、何をふざけているんだ!?」

 

ジャスティンは恐怖の表情の中に怒りを見せた。

 

セブルスは杖をひと振りして、蛇を消した。蛇は呆気なく黒い煙を出して消え去った。

 

周り中がヒソヒソと噂話をし始めた。そして、ロンがハリーの袖を引いて大広間を出ると、皆はぱっくりと道を開けた。

まるでハリーが何か病気を持っていて、それを移されるのを嫌がるかのように。

 

 

 

 

 

「どうして君、パーセルマウスであることを僕たちに教えてくれなかったの?」

 

グリフィンドールの談話室につくと、ロンが漸く口を開いた。

 

「…いや、僕も知らなかった。 さっき初めて蛇と話せたんだ」

 

「少なくとも、私たちには貴方が蛇をそそのかしてるように見えたわ」

 

ハーマイオニーは言葉を選ぶように言った。

 

「違う! 僕はジャスティンを助けようとしたんだ」

 

「ねえ。こないだ汽車に乗り遅れた時、僕君の家に上がっただろう? あの家、蛇の装飾がたくさんあったよな。 もしかして、ブラック家はスリザリンの末裔なんじゃないか?」

 

「…知らない。 もし、そうだとしても関係ないよ。 僕は養子だもの」

 

ハリーはがっくりと肘掛け椅子にもたれかかった。

 

ハリーは知っていた。サラザール・スリザリンがパーセルマウスであったことを。

そして、明日から自分がどんな目で見られるかということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決闘クラブ!面白そうですね。 どうしてシャルは行かなかったのですか?』

 

『だって、トム。 あなたと話してる方が楽しいもの。 それに、私最近変なのよ。何だか体中が怠くて』

 

『・・・風邪じゃないですか? 早く寝ることをおすすめします』

 

『記憶が飛んだり、知らないうちに体に血がついてる風邪なんて聞いたことある? やっぱり、私おかしいんだわ』

 

『大丈夫ですよ、シャル。 きっと、すぐ治ります。 …さて、今夜は何の話をしましょうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーはシリウスに手紙を書いた。

もしかしたら、ジェームズがパーセルマウスだったのではないかと聞きたかったからだ。

 

しかし、シリウスからの返事の手紙はハリーを落ち込ませるものだった。

ジェームズはパーセルマウスではなかったし、ポッター家にパーセルマウスがいた話も聞いたことないらしい。

 

ブラック家がスリザリンの末裔では?との質問もしたが、シリウス曰く「その可能性も捨てきれないが、残念ながらわからない」との正直な答えか返ってきた。そもそもサラザール・スリザリンは何千年も前に存在した人だ。いくらブラック家に代々の家系図が描かれたタペストリーがあろうとも、そんな昔のことまで分からなかった。

 

生徒の殆どは、ハリーこそスリザリンの継承者と考えているらしかった。

 

そのせいでハッフルパフのガールフレンドにも避けられて振られたし、自寮の中にもハリーを疑っている人はいて談話室には居づらく、最悪だった。

 

かと言って図書館に行けば、友人だと思っていたアーニーやハンナが自分のことを話しているのを聞いてしまった。

 

「だからさ、僕はジャスティンに言ったんだ。 自分の部屋にいろって。 あいつ、ハリー・ブラックに自分がマグル出身だって話してしまったらしい」

 

「じゃあ、あなたはハリーが犯人だとそう思ってるの? あの人軽いところあるけど、そんなに悪い人には見えないわ」

 

「僕、ブラック家について調べたんだよ。 やばいぜ、あの家。 昔から熱狂的な純血主義なんだ。 ハリーも隠してるだけで、マグルなんて皆殺しにした方がいいって考えてるぜ」

 

「そんな…」

 

ハンナの恐怖に慄く声で、ハリーはまたしても落ち込んだ。授業の時は、アーニーともハンナとも仲良しだったのに。

 

 

しかし、悪夢は終わらなかった。

 

図書館の帰りに、ハリーはジャスティンと首なしニックが石にされているのを発見した。そして、ちょうどその現場を、ピーブスに見つかった。

 

その場でハリーはマクゴナガルにダンブルドアのいる校長室へ連れていかれた。しかし、ダンブルドアはハリーが犯人だとは思っていないようなので、ハリーは少し安心した。

 

初めて入ったダンブルドアの部屋は、面白そうなものに溢れていて、もっと他の時に入りたかったなとハリーは思った。

 

もちろんハリーには味方もいた。

ロンとハーマイオニー、シリウスやハグリッドはもちろんのこと、フレッドとジョージもハリーが継承者だとは露ほど信じていないらしい。

 

「パーシー、そこをどけ。 ハリー様は秘密の部屋へお急ぎなのだ」

 

「そうとも。 ハリー様はこれから身の毛もよだつ怪物とティータイムなのだ」

 

フレッドとジョージの軽口にパーシーは冷たい反応をしたが、ジニーはくっくと笑った。

彼女もまたハリーのことを心から信頼し、相変わらず子犬のように懐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの日、漸くポリジュース薬が完成した。

ホグワーツ城の外は一面の銀世界が広がり、校内にはクリスマスツリーが並んでいた。しかし、人の姿は見かけない。

秘密の部屋を恐れたせいか、例年に比べて殆どの生徒は帰宅していた。その中で、ドラコやクラッブ、ゴイルがホグワーツに残っているのは有難かった。

 

「今夜、決行しましょう」

 

3人は未だグツグツと泡立つ大鍋を、3杯に分けた。

ハリーはゴイルに、ロンはクラッブに変身することになっている。ハーマイオニーは、ミリセントの髪に加えて、シャルロットの髪も用意していたが・・・さすがにシャルロットに悪いので、ミリセントに変身することにした。そもそも、シャルロットに変身したなら、いくら何でも幼馴染であるドラコの目は誤魔化せないだろう。

 

髪を入れた薬を、ハリーは2口で飲んだ。不味い。煮込みすぎたキャベツのような味がした。

体が熱くなり、ぐんぐん縦横に伸びる。

視界がぼやけた。眼鏡を外すと、景色が良く見えた。どうやら、ゴイルは視力はいいらしい。

 

その後、何故か個室から出てこなかったハーマイオニーを置いて、ハリーとロンは2人でスリザリンの談話室に向かった。

 

ハリーは去年『賢者の石』についてシャルロットに話があった時、1度スリザリンの談話室に行ったことがあったので道筋には困らなかった。

しかし、合言葉は分からない。

 

ハリー(ゴイル)とロン(クラッブ)が廊下でもたついていると、背後から気取った声がした。

 

「おまえたち、こんなところにいたのか」

 

ドラコだった。

ハリーの胸の中に、騙している罪悪感が漣のように広がる。

 

「2人とも今まで広間で馬鹿食いしてたのか? こんなとこに立ち止まってどうしたんだ」

 

「アー・・・合言葉を忘れちゃって」

 

ロンは、クラッブの愚鈍な調子を真似て言った。

ドラコは呆れたように溜息をついたが、よくあることなのだろう。何も追求はしなかった。

 

「今週の合言葉は『純血』だ。覚えておくんだな」

 

ドラコの言葉に、壁に隠された石の扉はスルスルと開いた。

 

談話室に入るとドラコは彫刻入りの椅子にどっかりと座った。ハリーとロンもそれに倣って、ドラコの前のソファに重たい体を落とす。

 

「なあ、ドラコ。 秘密の部屋について君の考えを何か教えてくれよ」

 

ロンが早速訊いた。何せ時間は限られている。

 

「またその話か、クラッブ。 言っただろう、僕は何も知らない」

 

ドラコはうんざりしたように言った。

 

「君が知らなくても・・・父親(ルシウス)は何か知ってるんじゃないか?」

 

「何度も言わせるな。 父上は全てご存知だと思うが、僕に何も教えてくれない。 前回、秘密の部屋が開かれた時は『マグル生まれ』が1人死んだらしいが」

 

ハリーは、ドラコがもうマグル出身の生徒を『穢れた血』と呼んでないので安心した。

やはり、ドラコがスリザリンの継承者なわけない。ハリーは今すぐにでも自分の正体を明かしたい気持ちに駆られたが、我慢した。

 

「じゃあ、ハリー・ブラックについてはどう思ってる?」

 

今度はハリーが訊いてみた。

すると、ドラコは痛いところを突かれたように顔を顰めた。

 

「ハリーには…悪いことをしたよ。 あんなことになるって分かってたら、蛇なんて出さなかった。 まさかハリーがパーセルマウスだったなんて…」

 

「じゃあ、君はブラックが継承者だって思ってないんだね?」

 

ハリーが急いでそう言うと、ドラコはむっとしたような顔をした。

 

「当たり前だ。 ゴイル、それ以上言ったら怒るぞ。 大方ハリーがブラック家だから、君や他の皆はそう思ってるのかもしれないが、彼は養子だ。…何より、ハリーがあんなことするわけない」

 

ドラコの最後の言葉に、ハリーの胸はじんわりと温かくなった。

 

「…そっか。ありがとう」

 

「…何でおまえがお礼を言うんだ?」

 

ドラコが怪訝な顔をした。ロンは、ドラコに見えないようにハリーを小突いた。

 

「じゃあ、何か最近変わったことはなかった?」

 

ロンが訊いた。

ドラコは少し考え込み、やがて何か思い当たったようだ。

 

「そういえば…シャルの様子がちょっとおかしいな。 何だか、いつもぼんやりしているような」

 

「シャルが!?」

 

予想外のドラコの言葉に、ハリーが聞き返したその時。

ロンの髪が赤くなってきた。鼻も少し高くなっている。

ハリーは自身の体が縮もうとしてるのを感じた。

・・・タイムリミットだ。

 

「ちょっと医務室行ってくる」

 

どうにかハリーはそれだけ言うと、一目散に談話室を突っ切り、廊下へ飛び出した。そして、3階の女子トイレへ急ぐ。

 

すっかり元の姿になりダボダボのローブを引きずったハリーとロンを迎えたのは、猫に変身したハーマイオニーだった。

 




ぐぬぬ・・・次話が難産。

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