「…今日の授業はこれまでにします。 皆さん、今日学習した『笑わせ呪文』をよく復習しておくように!」
フリットウィッグ先生がキーキー声でそう言うと、スリザリン生は皆ほぼ同時に立ち上がった。
夏休み明け最初の授業、まだ久々の勉強に慣れない生徒たちは休息を求め我先にと大広間へランチを食べに向かった。
「はあ。 まだやっとお昼か」
すっかり休日ボケしているドラコは憂鬱げに溜息をついた。
「情けない人ねぇ。 でも、午後の授業は『魔法生物飼育学』よ。 外でやるみたいだし、気分転換になるんじゃないかしら」
伸びてきた髪を鬱陶しげに束ねながら、シャルロットは言った。9月といえど、まだ晴れた日は夏のようだ。
「シャル、正気かい? 確かに、ハグリッドはハリーと仲良いし、悪い人間とまでは言わない。 ただ、あいつにまともな授業が出来るとでも?」
ハグリッドとドラコは何とも微妙な関係である。両親とも親交があり幼い頃から何度も会っていたシャルロットは例外として、ハグリッドは基本的にスリザリンが嫌いだ。
共通の友人がいるおかげで両者とも表立って悪口は言わないが、互いのことを良くは思っていなかった。
ドラコの愚痴は続く。
「そもそも何だよ、あの指定された噛み付く教科書は。 クィレルと言い、ロックハートと言い…ダンブルドアの教師を選ぶセンスは狂ってる」
「あら、リーマスおじ様を選んだのは評価するべきよ」
「それは…まあ、言えてる。 それにしても今年は先生が知り合いばっかりだな」
大広間への近道となる廊下を曲がると、3人組にばったり会った。
「やあ。 ドラコ、シャル。 2人でデートかい?」
「お生憎様。皆が皆あなたみたいなわけじゃないのよ」
ハリーの軽口に、シャルロットはにべもなく言った。
「今年から選択科目ができたからな、ますます君と被る授業が減るな。 ハリー」
「そうだな。 しかし、『占い学』、本当にぶっ飛んだ授業だったよ。 君たち取らなくて正解だぜ。 僕なんて、初回から死相が出てるって言われたんだ。 勘弁してほしいよ」
ハリーは心から迷惑そうに言った。
5人は喋りながら大広間は向かった。
「なんだよそれ! そんな教師、僕が父上に言って…!!」
憤慨したようにドラコがそう言いかけて、そしてはっと口を噤んだ。自分の父親が既に理事会を解雇されていることを思い出したのだ。
少し気まずい空気が流れた。ロンでさえ、ちょっとバツの悪い顔をしている。
シャルロットは話を変えることにした。
「ハグリッドの授業、楽しみね。 どんなことをやるのかしら?」
「危険な生き物じゃないといいけど…まさかまたドラゴン連れてきてたり、大蜘蛛持ってきてたりしないよな…」
ロンがちょっと不安そうに言った。
何せハグリッドには過去の例がある。
「きっとハグリッドならいい授業するわよ。 『占い学』は本当にトロール並の授業だったわ」
ハーマイオニーがここまで辛辣に教師を批判するのは初めてだったので、皆は驚いた。
「そうなの。 取らなくて正解だったわ。 同じ占いって言葉が入った教科でも、『数占い』は素晴らしい授業だったのにね」
「ええ、そうね。 ピタゴラスについてのレポート、何書こうか迷うわ」
ハーマイオニーとシャルロットの会話を聞いて、ハリーは怪訝な顔をした。
「待ってよ、ハーマイオニー。 君はまだ『数占い』の授業は受けてないはずだ。そうだろう? 1時間目は僕たちと『占い学』を受けたじゃないか」
「えっ!? …あ、そうだったわね。 私、先に飲み物取ってくるわね」
ハーマイオニーは何かをはぐらかすように、パタパタと向こうのテーブルにオレンジジュースを取りに行った。
その反応でシャルロットはピンときた。おそらく彼女は逆転時計を使用しているのだろう。
そもそもシャルロットは断ったものの、学年2位の自分にまでオファーが来たのだから、ハーマイオニーにも勿論来ているはずだ。
そんなことを考えながらスリザリンのテーブルで、シャルロットは卵のサンドイッチをかきこんだ。
リーマス・ルーピンは懐かしさに浸りながら校内を彷徨いていた。
目を閉じれば、ジェームズやリリーの笑い声が聞こえてきそうだ。ホグワーツには青春が詰まりすぎている。
幸いにも初授業は明日なので、久々の母校を見て回っていたのだ。
地下の角を曲がると、ちょうど栗色の髪をまとめた少女が部屋から出てきた。ハリーやシャルロットの誕生パーティーで会ったことがあり、見知った顔だったため手を挙げて挨拶をする。
「やあ、ハーマイオニー。 昼休みにこんなところでどうしたの?」
「あ、リーマスさん…じゃなくて、ルーピン先生。 ブラック先生の個人授業を受けていたんです」
リーマスは、思わず不意をつかれた顔をした。
シリウスからレギュラスの悪い噂はそれこそ耳にたこができるほど聞いていたからだ。熱烈な純血主義者、『例のあの人』の狂信的な信者、そのくせに闇の勢力が傾い途端あろうことか
もちろんダンブルドアの下で悪事を働くとは思っていないし、レギュラスはシャルロットを可愛がっているので、彼が情を全く持っていない人間だとは思ってない。
しかし、ハリーからレギュラスはグリフィンドールを堂々と嫌ってスリザリンを贔屓すると聞いていたので、マグル生まれのハーマイオニーにそこまで熱心に向き合ってるのが意外だったのだ。
「…そう。勤勉家なんだね。 でも、君は『逆転時計』も使っているはずだ。無理は良くないよ」
彼女が『逆転時計』を使っていることは教師は皆知っている。
「はい、ルーピン先生の授業も楽しみにしてます」
ハーマイオニーは笑顔でそう言うと、次の授業に走って行った。
『魔法生物飼育学』の初回の授業は禁じられた森のすぐ近くで行われた。
昨日の雨もすっかり上がり、雫が乗る草を踏みしめて一行は向かった。
今年始まって、初めてのスリザリンとの合同授業だ。
ハリーたちを待ち受けていたのは、ヒッポグリフという不可思議な生き物だった。
ワシの頭で馬の脚と尾をもつその生き物は、オレンジ色の目を持っていた。嘴は鈍い光を放ち、鉤爪は恐ろしいほど尖っていた。
「ほーれ、美しい生き物だろう?」
ハグリッドは自慢げに言い、ヒッポグリフの好物であるイタチの死骸を目の前に放った。
確かにハグリッドの言う通り、初めて見た時は驚いたが慣れてみるとその翼や体毛はつやつやと美しく惚れ惚れしてしまう。
「綺麗・・・! ヒッポグリフを生で見るのは初めてだわ!」
シャルロットは、ほうとため息をつきながらしみじみと言った。
「ヒッポグリフは誇り高い。 触る前には必ずお辞儀をしないといかんぞ! これ、バックビーク!」
バックビークと呼ばれたそのヒッポグリフは、イタチを食べず何かを嫌がるように頭をふるると振った。
「なんだ、緊張しているのか?」
ハグリッドは怪訝な顔をした。
「よし! じゃあ、誰か最初にバックビークを触ってみたいやつは? 運が良ければ、背中に乗せてもらえるぞ!」
ハグリッドはぐるりと皆を見回した。
しかし、ヒッポグリフへの興味はあるものの皆二の足を踏んでいた。
「おい、ハリー。 手を挙げないのかい? 英雄の君が目立ちたがらないとは珍しいね」
ドラコがくっくっと笑って、ハリーをからかった。
「飛ぶのは箒だけで充分さ。 君こそビビってんのか? そういえば君って昔、犬に追いかけられて泣いたことあったよね」
ハリーも負けじと言い返した。
ドラコは後ろでクスッと笑ったシャルロットを横目で見て、顔を赤くした。
「ずるいぞ、それは言わない約束だろ。 ハリー、君が何歳までおねしょしてたかバラしてやろうか」
「おまえさんたち、何コソコソ喋っとる。 そしたらハリー…と、マルフォイ。2人でやってみるか?」
今にも小競り合いが始まりそうになったところで、ハグリッドにそう言われた。
ハリーとドラコは渋々前に出る。
「こりゃ、どうどう! 落ち着け、バックビーク!」
バックビークは未だ言うことを聞かず、手網から逃れようとしているかのように暴れている。
「ハグリッド、本当に大丈夫なんだろうね?」
ハリーは皆に聞こえないよう、小さく確認した。
「もちろんだ。 いつもはそりゃもう、いい子なんだぞ。 ちぃーっと緊張しているだけだ。 なあ、バックビーク」
バックビークはグゥゥと威嚇するかのように低く鳴いた。オレンジ色の瞳はギラギラと光り、見るもの全てを嫌っているようだ。
取り敢えず言われた通りにハリーとドラコはお辞儀した、次の瞬間。
バックビークは翼をはためかせてドラコに飛びかかり、獰猛な鉤爪でドラコの腕を引き裂いた。
「ぅぐっ…!」
ドラコが腕を押さえて、よろめいた。
「ドラコ!?」
ハリーが咄嗟にドラコの体を抱く。ドラコのローブがみるみるうちに血に染まった。
生徒たちの中からも悲鳴が上がる。その中で一際パンジーが甲高い悲鳴を上げた。
シャルロットは2人の元に駆け寄った。
ハグリッドは蒼白な顔で、藻掻くバックビークを慌てて取り押さえた。
「何しちょる、バックビーク!」
バックビークは尚も興奮状態で、ハグリッドの巨体の下で翼をはためかせている。目は爛々と輝いており、まるで正気を失っているように見えた。
「ハグリッド、早く保健室に!」
一番最初に冷静さを取り戻したハーマイオニーはそう言った。
「ドラコ、僕の背中に乗れる? …一緒に来てくれ、ロン」
ハリーは自身のローブが血に汚れるのも気にせず、呻き声を上げるドラコを背負った。
ロンも珍しく文句も言わず、付き添って行った。
「最低! ドラコが死んだらどうするのよ!」
パンジーが悲鳴に近いような声でハグリッドを糾弾した。それに伴ってスリザリン生からの野次が上がる。
「ち、ちがう! バックビークは普段こんなことしねえ!」
ハグリッドはしどろもどろになりながら、尚も暴れるバックビークをどうにか宥めようとした。
おかしい。
シャルロットは不意に思った。
ハグリッドほど動物の扱いに慣れてる人はいない。
それに生で見たのは初めてとはいえ、誇り高いと言われるヒッポグリフはあんなに気性の荒いものだろうか。
シャルロットの目から見て、ドラコは特にヒッポグリフを刺激させるようなことをしていない。
ふと、シャルロットは放り捨てられたイタチを目に留めた。
シャルロットはバックビークが口をつけなかったイタチの死骸に近付いた。そして、恐る恐る鼻を近付ける。
そして、はっとした。
「ハグリッド! このイタチからスナーガラフの匂いがするわ!」
「な、なんだと!?」
ハグリッドが血相を変えてこちらに駆け寄り、シャルロットに倣ってイタチへ顔を近付けた。
スナーガラフ草。
茨のような棘をもつ魔法植物であり、その実は独特の匂いをした毒を持つ。
ヒッポグリフのような肉食獣の駆除剤にも用いられる植物だ。この草の香りは、肉食獣が嫌うものなんだとか。
シャルロットは『魔法薬全図鑑』に書いてあった記憶を辿った。
この匂いを嗅いだせいでバックビークがあそこまで興奮状態になったのだろう。
「何でそんなもんの匂いがこのイタチから…?」
ハグリッドは心底不思議そうに首を傾げた。
「このイタチはどこで手に入れたもの?」
「ノクターン横丁で安く買ったもんだ。 だが、俺が買った時はもちろん、昨日の時点でもスナーガラフ草の匂いなんてしなかったぞ」
微妙な空気のまま、授業は流れ解散になった。
ハグリッドの悪口を捲し立てるパンジーを諌めながら校舎に戻ると、シャルロットはなるべく人目を忍んでグリフィンドール寮に位置するセブルスの部屋を訪れた。
コンコンとノックをすると、ぶっきらぼうな声で「どうぞ」と聞こえた。
セブルスは相変わらず何やら研究のレポートに精を出していたようで、シャルロットの顔を見ると少し驚いた顔をした。
そして、杖をひと振りしてテーブルの上を片付けるとココアがなみなみ注がれたマグカップを出した。
「何かあったのか?」
シャルロットは頷くと、事の顛末をセブルスに話して聞かせた。
ヒッポグリフがあまりにも落ち着かなく凶暴だったこと、ドラコが怪我をしたこと、そしてイタチの死骸からスナーガラフの香りがしたのでそのせいでヒッポグリフの様子がおかしかったのではないかということ。
「なるほど。 それは…おかしいな。『禁じられた森』を含め、ホグワーツ校内にはスナーガラフは生えていないはずだ。 もちろんレギュラスの管理する魔法薬室の棚にはあるだろうが」
セブルスは不謹慎ながらも、自分の娘が香りだけで薬草の名を当てたことを少し誇らしく思いながら、そう言った。
「じゃあ、誰かがそれを盗んでわざとイタチにあの匂いをつけたってこと!?」
セブルスはココアを片手に、顔を顰めて頷いた。
「その可能性が高いかもしれない」
「そんな、誰がそんな恐ろしいことを。 何の目的で?」
「まだ分からないが…ハグリッドをクビにしようとしたのか…それとも…」
セブルスはぶつぶつ呟きながら考えを巡らしていたが、目の前の娘が不安そうな顔をしていることに気付くと表情を和らげた。
「大丈夫だ、シャル。 心配することは何もない」
「でも…」
「教えてくれて助かった。 ココアを飲んだら寮に戻りなさい」
セブルスはそう言って、シャルロットの頭をぽんぽんと撫でた。
それ以上何か聞いても教えてくれなそうだと思ったので、シャルロットは大人しくそれに従った。
スリザリンの寮までの帰り道、シャルロットは思案した。
一体誰があんなことをしたのだろう。悪戯にしてはタチが悪すぎる。
ハグリッドを好まない連中。スリザリンに多そうだが、わざわざあそこまで手の込んだことをしてまでハグリッドのクビを願う人物には心当たりがない。
シャルロットの背筋をぞくぞくとした悪寒が走った。
これ以上何も悪いことが起きないことを願いながら、シャルロットはドラコのお見舞いのために保健室へ向かった。
イタチの死骸をクンクンする系オリ主。