例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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まね妖怪と毒入りクッキー

水に濡れたカラスの羽のように、光を放つ黒髪。すっきりとした二重に、筋の通った鼻。唇には真っ赤な口紅が引かれている。

 

華奢な体はぴっちりとした艶やかなドレスに包まれ、ふんだんにレースのフリルに縁取られていた。

 

それは滑稽というよりは、むしろーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

リーマスの授業は、初回からまね妖怪との実施訓練だった。

 

一昨年は言動がエキセントリックなうえに『例のあの人』の配下、去年は無能な詐欺師と来たもので、みんな今年の先生にも不安な気持ちを抱いていたようだった。しかし、授業が始まって数分で、その不安は覆された。

 

「今日君たちに対峙してもらうのは、まね妖怪だ。 これについて知ってる人はいるかい?」

 

がらんとした部屋に真ん中にある箪笥を指さしながら、リーマスは生徒たちを見回した。

すぐにハーマイオニーが手を上げた。

 

「形態模写妖怪です。 私達が一番怖いと思うのはこれだと判断すると、それに姿を変えることが出来ます」

 

「素晴らしい。私でもそんなに上手くは説明できなかっただろう」

 

リーマスの言葉に、ハーマイオニーの頬がピンクに染まる。

 

リーマスの説明は続いた。

まね妖怪を退治するのに必要なのは、『笑い』らしい。

 

「初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみて・・・リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

全員が一斉に叫んだ。

 

「よし、いいぞ。 ここまでは簡単なんだけどね。 呪文だけでは十分じゃないんだ。 …そうだな。じゃあ、ネビル!君に見本を頼もう!」

 

目立たないよう端っこにいたネビルはひくりと体を震わせた。そして、おずおずと前に一歩出た。

ネビルは先程の魔法薬の授業で材料の分量を間違えレギュラスに怒られたので、少し--いや、かなりナーバスだった。

 

「あの、ルーピン先生。 僕より、ハーマイオニーとかハリーの方が…」

 

「いいや。 君に頼みたいんだ、ネビル」

 

リーマスは明るく、しかしきっぱりとそう言った。

 

「さあ、ネビル。 君が世界で一番怖いものはなんだい?」

 

ネビルの唇が微かに動いた。

 

「ん? ごめん、聞こえなかった」

 

リーマスがネビルに聞き返した。すると、ネビルは再び蚊の鳴くような声で答えた。

 

「ブラック先生」

 

生徒の殆どが笑った。

しかし、リーマスだけは真面目な顔をしていた。

 

「ブラック先生か。 …ネビル、いいかい? この箪笥を開いたら、まね妖怪が出てくる」

 

ネビルは一言一句聞き漏らさないよう必死で聞いている。

 

「そして、まね妖怪はブラック先生に変身する。 君はそれを笑いに変える想像をしなければならない。 わかったかな?」

 

「はい。でも…うーん…」

 

ネビルはレギュラスを『笑い』に変える術が思いつかないのか、難しい顔で腕を組んだ。

 

「何でもいいんだよ。 彼を滑稽な姿に変えるんだ」

 

「ねえ、ネビル。 こういうのはどう? 箪笥からレギュラス・ブラックが出てきたら…女装してるとか。 笑えるんじゃない?」

 

くくっと意地の悪い笑みを浮かべてハリーが言うと、周りのグリフィンドール生はハーマイオニー以外どっと笑った。

 

「こら、ブラック先生だよ。 ハリー」

 

リーマスは苦笑しながら、ハリーをたしなめた。

 

「それ、最高だ!どうせなら、フリル付きのドレスとかどうだ!」

 

ロンがこれまた意地の悪い顔で提案する。

 

「じゃあ、真っ赤なバックも持たせましょうよ!」

「ヒールの高い靴も履かせて、化粧もしちゃう?!」

「どうせなら、髪型もロングにしちゃうのどうだ?」

 

…こういった悪ノリが過ぎるところはグリフィンドールの欠点かもしれない。

皆は口々にそう言うと、新たな提案が出る度に笑った。

 

「ちょっと、あなたたち悪ふざけにも程があるわ!」

 

飛び交う自由な意見に、ハーマイオニーが腕を組んで憤慨した。

どうして皆レギュラスのことを悪く言うのか。彼は--確かにスリザリン贔屓で嫌味な先生だけど--向上心のある者には勉強を教えるし、それに優しい人なのに。

 

「どうだい? ネビル、できそう?」

 

「は、はい。 頑張ります」

 

蒼白な顔のまま、ネビルは上擦った声でそれだけ言った。

 

「ネビルが首尾よく追い払えたら、まね妖怪は次々と君たちに襲いかかるだろう。みんな、一番怖いものをちょっと考えてくれるかい? そして、大切なのはそれをどうやって滑稽な姿に変えるかだ!」

 

ざわついていた部屋が静かになった。

隣りでロンが「足をもぎ取って…」と呟いていた。

 

ハーマイオニーは考える。

自分にとって一番怖いものは何かと。

 

忘れてしまったレポート?0点の答案?

 

『穢れた血め』

 

否。

不意に、去年ドラコに放たれたあの言葉が頭の中にまざまざと蘇った。

ドラコのことはもう恨んでいない。彼は謝ってくれたし、今では友人と呼べないこともないだろう。

 

しかし、純血思想。それが存在することをハーマイオニーは知ってしまった。

 

『穢れた血め』

 

涙が溢れそうになる。

 

もし、もし。レギュラスにそんなことを言われたら。

分かっている。自分はただの生徒だし、相手は教師だ。

 

それでも怖い。

レギュラスに嫌われるのがとてつもなく怖い。

 

「さあ、それじゃあ行くよ。 いち、にの、さん!」

 

リーマスの言葉で、ハーマイオニーは物思いから抜け出した。

 

いけない。何か他で怖いものを考えないと。

 

ネビルが杖を構える。

リーマスの合図で箪笥の扉が開き、まね妖怪が飛び出してきた。

 

 

 

--こうして、まるで中世の貴族階級から抜け出してきたような麗しいブラック夫人が生まれてしまった。

 

まね妖怪は退治できたものの実際笑ったのは数人で、その他の生徒は想像と違う目の前のレギュラスに何とも気まずい思いを抱え…ハーマイオニーに至っては先程の葛藤もコロリと忘れあまりの衝撃に金魚のように口をパクパクとさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それじゃあ、またね。 ハリー」

 

チョウ・チャンは、年不相応なほど妖艶に笑うとハリーの頬にキスを落とした。

 

ハリーも満更ではなさそうに、彼女に向かって手を振った。

 

現在付き合っているチョウは黒髪のアジア系美人であり、ハリーの2個上のレイブンクロー生だ。

 

チョウはクィディッチではハリーと同じシーカーのポジションであり、前からハリーのことを好意的に思っていたようで、今年に入って猛アタックを始められ…今に至る。

 

才色兼備であり何よりクィディッチの話で盛り上がれるチョウのことを、ハリーもかなり気に入っていた。

女特有の嫉妬深さやしつこさがたまに気に障ることもあるが--シリウスの言葉を借りるなら「欠点のない女なんてつまらない」。

 

寮とは反対方向の階段を降りたところで、バッタリとシャルロットに会った。

こんなところで会うということは、彼女もまた自分と同じ目的だろう。

 

「あら、あなたもドラコのお見舞いね?」

 

ハリーは頷くと、シャルロットの隣りを歩いた。

 

「今度のガールフレンドは珍しく長く続いてるじゃない。 私、ダフネと賭けをしているの。 私は今週中に別れるに1ガリオン賭けてるんだけど…どう? そろそろ別れてくれない?」

 

幼馴染の幸せよりガリオン金貨を優先する薄情なシャルロットに、ハリーはクスッと笑った。

 

「人の恋愛をつつく暇あるなら自分のこと考えろよ。 で、ドラコとはどうなのさ?」

 

「さあ? 彼とはただの幼馴染だし、何かあっても貴方だけには言わないわ」

 

シャルロットはさらりと質問をかわした。

そして、ハリーが持っているクシャクシャの包み紙に目を止めた。

 

「あら、それなに?」

 

「あー…これね。 ハグリッドから預かってきたケナガイタチのミートパイ」

 

大事な一人息子が大怪我させられ激怒したルシウスは、当初魔法省に訴えようとした。

 

しかし、ドラコが父親に訴えるのは辞めるよう頼んだおかげで大事にはならなく済んだ。

ドラコとしては、ハリーとシャルロットが傷つくことを避けたかっただけだのだが結果的にハグリッドからも深く感謝されることになった。

 

「…多分、絶対ドラコは手つけないわね」

 

「同感」

 

ドラコの具合はだいぶ良くなってきたようで、マダム・ポンフリーは割とあっさり面会を許してくれた。

 

やはりドラコは、ケナガイタチのパイを匂いを嗅いで顔を顰めると、その後一切手を付けなかった。

 

「取り敢えず、お茶入れましょうか。 ドラコ、このクッキー好きだったでしょう?」

 

シャルロットはダリアお手製のジンジャークッキーを持ってきていた。

久しぶりに幼馴染3人、水入らずのティーパーティーだ。

 

「退院はまだなのか?」

 

「ああ、明後日には出来るはずだ。 全くリーマスおじ様の最初の授業も受けれなかったし…えらい目にあったよ」

 

ドラコはたっぷり恨みのこもった目で、ミートパイを見つめた。

 

「リーマスおじ様は今までで一番の教師だわ! まね妖怪、ハリーは何に変身したの?」

 

シャルロットの前ではレギュラスを女装させたことを言わないでおこうと、ハリーは思った。そんな悪事がバレたら、確実にシャルロットは呪いを飛ばしてくるだろう。それもうんときついやつを。

 

「ヒッポグリフ。 あんな距離で親友が襲われるの見たんだぜ? 立派なトラウマだよ」

 

本当は一番怖いのは『例のあの人』だが、それを想像するのは辞めた。他の皆を怖がらせてしまうと思ったからだ。

 

「シャルロットは何に変身されたの? 怒った時のセブルスおじさん?」

 

ハリーが揶揄うと、シャルロットは少し頬を赤くした。

 

「失礼ね! 私はトロールよ。 それもムキムキに強化されたやつ」

 

シャルロットの中では、1年生の時に戦ったトロールが未だに根強い恐怖を残しているらしい。

 

「へえ。 僕だったら何に変身したのかな」

 

ドラコは紅茶を1口飲むと、ジンジャークッキーに手を伸ばした。そして、さくりと音を立てて満足そうな顔で咀嚼する。

 

ハリーもドラコに倣い、手を伸ばした。

基本的に全ての家事は屋敷しもべ妖精に任せるダリアだが、お菓子作りは昔から趣味なようで得意だ。その中でも、彼女の作るクッキーは絶品なのである。

 

「うっ」

 

突然ドラコが噎せた。

慌てて食べるからだとハリーは笑い、彼の背中をさすってあげようとして…動きを止めた。

 

何か様子がおかしい。

 

「ぐぅぅうええっ…うがっ……」

 

ドラコの口端から泡がぶわっと溢れる。ドラコは目をカッと見開き、ベットの上で藻掻く。

その拍子に紅茶の入ったカップが弾かれ、床に落ちて割れた。

 

「どうしたのです!?」

 

音を聞きつけたマダム・ポンフリーが、カーテンを勢いよく開き、飛び込んできた。

 

「ミスター・マルフォイ!? どうしたのですか!?」

 

「ぁ…がっ…ぐっ……!!」

 

突然シャルロットは、隣りで呆然としているハリーの腕を掴んだ。

 

「このクッキーだわ!!」

 

シャルロットはそれだけ叫んで、ハリーの手からクッキーを叩き落とす。そして、自分のバックを引っ掴み、中から大きめのピルケースのようなものを取り出した。

 

「退いてちょうだい!!」

 

そして、その中にある小さな何かを掴むと、マダム・ポンフリーを突き飛ばし、ドラコの口の中に突っ込んだ。

 

ドラコの息が少し落ち着いた。

 

「ハリー! パパを呼んできて!!」

 

ハリーはシャルロットの声で我に返ると、一目散に保健室から出ていった。

 

「ドラコ! しっかりしてよ、ドラコ!!」

 

間違いない。ドラコは毒を飲んだんだ。

 

シャルロットが、彼の口に突っ込んだのはベゾアール石の欠片だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く、ベゾアール石を持ち歩いてたことも、咄嗟の判断でそれをドラコの口に突っ込んだのも大したものだよ」

 

リーマスは落ち着いた寝息を立てるドラコを尻目に、しみじみそう言った。

 

「たまたまよ。 今日ちょうど魔法薬の授業があったから。 パパの授業がある時は、魔法薬の材料を一通り持ち歩いているの」

 

「さすがセブルスの娘だね」

 

リーマスはシャルロットの髪をクシャクシャと撫でた。シャルロットはちょっと擽ったそうな顔をする。

 

「半狂乱でハリーが私の部屋に来た時は、さすがに驚いたぞ。 大事に至らなくて本当によかった」

 

病気や怪我ならまだしも、毒となるとセブルスの方が専門家だ。彼はすぐに駆けつけて迅速な対応をしてくれた。

 

先程、癒師を呼び検査をしてもらったが彼の体内に毒は残らなかった。聖マンゴに入院する必要もないらしい。

 

マダム・ポンフリーはせっせとドラコの看病をしている。

そのベッドの周りに、リーマスとセブルス、ハリーとシャルロットが立っていた。

 

普段ならマダム・ポンフリーに追い出される状況だろうが、今回に限ってはセブルスの処置のおかげなので何も口出しはしなかった。

 

しかし、マダム・ポンフリーの名誉のために付け加えると、決して彼女が無能なわけではない。むしろ、苦しんでる人間を目の前に、原因の毒を当てて適切な薬をすぐに調合したセブルスの方がレアケースだ。

 

「さあ、ハリーとシャルはそろそろ戻りなさい。 もうすぐ晩ご飯の時間だろう?」

 

リーマスが諭すように言うと、シャルロットはハリーと顔を見合わせた。

 

「でも…」

 

「私たちも部屋に戻る。 ドラコはもう大丈夫だが、彼には静かな休息が必要だ」

 

セブルスの言葉に、マダム・ポンフリーは大袈裟なほど頷いた。

 

シャルロットも納得したのか4人は連れ立って保健室を出た。そして、ハリーとシャルロットは夕飯のため大広間の方へ歩いて行った。

 

 

「今回のことどう思う、リーマス」

 

 

子どもたちが遠ざかると、セブルスが低い声で隣りの友人に問うた。

 

「…こないだの一件と犯人は同じだろうね。 それから、ダリアさんのクッキーに毒を仕込むのが出来るのはスリザリン生だけだと思う」

 

「ああ。 それか犯人が私の祖母であるか、どっちかだな」

 

「君にしては冴えたジョークだね」

 

セブルスは余計なお世話だと言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らした。

 

「前回のヒッポグリフの件に関しては、悪戯と捉えることもできる。 だが、今回のことはれっきとした殺人未遂だぞ」

 

大広間へ向かう生徒たちの楽しそうな笑い声が、風に乗って聞こえてきた。

その中にシャルロットやハリーの声も混じっているだろう。

 

子どもが危険な目にあって、平気な顔で居られる親が居るものか。

セブルスは無意識のうちに拳を握りしめていた。

 

「でも、現状だと犯人の特定は難しいよ。…それに君より教師歴の短い私が言うのもアレだけど…生徒の中に犯人が居るなんて考えたくないな」

 

リーマスの言うことも尤もだったので、セブルスが苦々しい顔で頷いた。

 

ホグワーツでは教科ごとに教師が全学年を受け持っている。レギュラスの代理授業が多いとはいえ、長年教壇に立っているセブルスは全校の生徒の顔も名前も殆ど覚えている。

その中に犯人が居る可能性を考えるのは、出来ればやりたくない。

 

「…取り敢えず、校長に報告しよう。 これ以上事件が起こるようなら魔法省も介入することになるだろう」

 

セブルスがくるりとマントを翻すと、リーマスもその後を追った。

 

だいぶ離れているというのに大広間から美味しそうなシェパードパイの匂いが漂ってきた。

セブルスは突然自分のお腹が猛烈に減っているのを自覚した。

 

今日は久しぶりのホグワーツの授業なうえに、自身の研究も落ち着いていたので、久しぶりにゆっくり食事を楽しめると思っていた。しかしこの分だと食べ損ねることになるだろう。

 

「ところで、リーマス」

 

やり場のない些細な苛立ちに襲われたので、隣りを歩く友人に八つ当たりをすることにした。

 

「なんだい?」

 

「レギュラスに女装させたらしいじゃないか。おまえにそっちの趣味(・・・・・・)があるとは知らなかった」

 

「…反省してるよ」

 




もっしゅ様からの頂き物です。


【挿絵表示】


美しすぎるシャルロット!目の色がセブルスと同じなのがまた素敵です(*´-`*)♡

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