例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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人狼と少女

「ペティグリューが僕の両親を殺した…?」

 

ハリーはシリウスが言ったことをそのまま繰り返した。それくらい突飛なことで、ハリーは頭で理解するまでに数秒を要した。

そして、首を振った。

 

「そんなはずないよ。 僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ」

 

「ああ、直接手を下したのはヴォルデモートだ」

 

ハリーの顔がぐっと険しくなる。

 

「…どういうこと?」

 

「ジェームズとリリーの隠れ家の場所を、あいつに売ったのはペティグリューだ」

 

シリウスははっきりとそう言い、端正な顔を苦しそうに歪めた。

 

「君の両親はね、『例のあの人』に狙われていた。 だから、君を連れて隠れたんだよ。 シリウスを秘密の守り人にしてね」

 

話すのが辛そうなシリウスに代わって、続きはリーマスが引き継いだ。

 

「秘密の守り人?」

 

「そういう魔法だよ。 守り人が秘密を漏らさない限り、ジェームズとリリーは死なないはずだった」

 

「…俺なんだ。 俺のせいなんだ」

 

ハリーはぎょっとした。

いつだって尊大で、強気で、明るいシリウスがこんな声を出すなんて。

これは本当に自分の父親なのだろうか。

 

「ハリー、俺はこの話をおまえにするのが怖くて仕方なかった」

 

驚くことにシリウスは--泣いていた。

ハリーは、彼の涙を見たのは初めてだった。

 

「俺が、ピーターに秘密の守り人を代えることを提案した。 ジェームズとリリーを間接的に殺したのは…俺だ」

 

「そんなことない!!」

 

ハリーは弾かれたように声を張り上げた。

未だに頭は混乱している。秘密の守り人というのが、どんな魔法制約なのかも分からない。ただ、シリウスの言葉が間違っていることだけは分かった。

 

「そんなことあるさ。 きっと死の間際ジェームズとリリーは、俺が裏切ったと思っただろう」

 

「違うってば!!」

 

ハリーは自分を抑えるドラコとロンの手を振り切って、シリウスにズカズカ近付くと胸倉を掴んだ。

 

「じゃあさ! パパが同じ目に遭ったら、ジェームズ父さんのこと疑う!?」

 

シリウスは驚き、瞠目した。

そんなこと考えたことなかったと、言わんばかりに。

 

「どうなのさ! ジェームズ父さんが自分の保身のためにパパを裏切ったって、そう考えるの?」

 

「い、いや…きっとジェームズに何かあったんだと、むしろ彼を心配する」

 

「ジェームズ父さんだって同じだよ! パパを疑うなんてあるわけない!」

 

ハリーが息を切らせてそう叫んだ。シリウスは何も言わない。しかし、見開いた灰色の瞳からはボロボロと涙が零れた。

 

セブルスは目の前の少年を、まじまじと見つめた。少し背が高くなり骨ばってきた体は、幼さが抜けてきた。

今までハリーはジェームズに生き写しだと思っていた。容姿も、悪戯好きのその性格も。

しかし、この意志の強さと頑固さ、そして優しさは…間違いなく母親(リリー)のものだった。

 

そんなハリーの言葉に、水を刺すような笑い声が聞こえた。

先程まで怯えていたのに、ペティグリューはくつくつと笑っていた。

 

「…何だ、ペティグリュー」

 

セブルスが脅すように杖を近付けながら、気怠げに訊いた。

 

「いや、何とも素晴らしき友情だと思ってね」

 

「君に私らの友情を語る資格はもうないと思うが?」

 

リーマスがきつい口調でそう言った。

しかし、ペティグリューは皮肉げに口を歪めて再び笑った。

 

「そうかい? むしろ私にこそ、あると思うね」

 

「何が言いたい?」

 

 

「君たちは本当に私を友だと思っていたのか?」

 

 

ペティグリューの言葉に、シリウスが再び激昴した。

 

「てめぇっ! 言わせておけば…!」

 

「そうだろう? シリウス、君の一番の友はジェームズだった」

 

「それは否定しねえよ! ただ、俺はリーマスもセブルスもおまえのことも大切に思ってた!」

 

「じゃあ、今度はリーマスに訊くよ。 君の一番の親友は誰だい?」

 

ペティグリューの言葉に、リーマスは唇を噛んだ。ペティグリューの言わんとしていることが理解出来たからだ。

それはセブルスやシリウス、また話を聞いていただけの子どもたちにも何となく理解できた。

 

「そうだね。 私の一番の親友は…セブルスだ」

 

リーマスは静かにそう答えた。

はぐらかさず答えたリーマスに、ペティグリューも僅かに溜飲が下がったらしい。

ぽつぽつと皆に語りかけた。

 

「余り者だった私の気持ちがわかるか? 君たちには唯一無二の存在がいた。 私はいつだって劣等感と疎外感を抱えていたよ」

 

「馬鹿馬鹿しいッ!」

 

シリウスはそう吐き捨てた。

 

しかし、ハリーやドラコ、ロン、シャルロットには彼の気持ちは少しだけ共感できた。思春期真っ盛りの4人にはその友情の機微は理解できるとこがあった。

 

「決定的だったのは、騎士団に入ることを話している時だった。 あの日、私は本当は騎士団なんかに入りたくなかった。 家族が狙われるかもしれない。それが怖かった。 しかし、君たちは私も当然騎士団に入るだろうとそう決めつけた! 私の悩みになんて一度も気付かなかった!いや、気付こうともしなかった!」

 

ペティグリューは血走った目で吠えた。

 

「何が悪い!? 君たちには唯一無二の存在がいたように! 私にとってのそれは親だった! それだけだ!」

 

リーマスも、シリウスも、セブルスも、あの日のことがまざまざと瞼に蘇った。

晴れた湖のほとりで、将来のことを語った。

あの時、その中の友人1人と袂を分かつていたなんて誰が気付いただろう。

 

「それなら俺たちに言えば良かったんだ! んなこと言われなきゃわかんねえよ!」

 

「言ったら君たちは私のことを、弱虫扱いしただろう! 君たちに私の気持ちなんてわからない!」

 

「ああ、そうだな! 弱虫の気持ちなんて全くわかんねえよ! 俺だったら、友を裏切るくらいなら死を選ぶ!!」

 

シリウスがそう怒鳴ると、ペティグリューは静かになった。

燃えるような瞳で自身に杖を突きつけるシリウスを見て、ぐっと唇を噛み締めた。そして、悲痛な掠れた声がその唇から漏れた。

 

「私は、昔も今も死が怖い。 両親の死も怖かった。 それだけなんだ。 それがそんなに悪いことなのか?

 

リーマスは静かに首を振り、下ろしていた杖を再び上げた。

 

「気持ちは分からなくはない。 だが、それとジェームズとリリーを裏切ったのは別の話だ。 君を許すことはやはり出来ない」

 

改めて、3人から杖を向けられペティグリューの顔は絶望に染まった。

 

「助けてくれ、ロナルド! 私はいいペットだった! そうだろう?」

 

ペティグリューはロンの方を向いて這い蹲った。

 

「ハリーとシャルの敵をベッドに住まわせていたなんて!」

 

ロンはだいぶ離れているに関わらず、さらにペティグリューから距離を取ろうとした。

 

「ああ、ルシウスの息子よ。 私を助けてくれ。 ルシウスなら私の気待ちを分かってくれる」

 

「父上を侮辱するな! それに僕はハリーの味方だ!」

 

ドラコがそう怒鳴った。

それは何かしらシリウスの心の琴線に触れたようで、彼はドラコをじっと見つめた。

 

「シャルロット…ハリー…」

 

「よもや私たちの子どもに命乞いをするわけではなかろうな? 一体どんな神経をしているのだ?」

 

ペティグリューが最後の足掻きとばかりにハリーとシャルロットを見つめたので、セブルスは子どもたちが見えないよう立ちはだかった。

 

「話はこれ以上ないくらい聞いた。 もう、いいだろう?」

 

シリウスはぶっきらぼうにそう言った。

 

「君たちには…子どもがいる。本当にいいのかい? 私1人でやった方が…」

 

リーマスはここに来て少し躊躇した。が、セブルスとシリウスの気持ちは変わらなかった。

 

「愚問だな」

 

「ああ、共に蹴りをつけよう」

 

ロンとドラコは思わず目を瞑った。

そして、3人が同時に杖を振ろうとした、その時。

 

 

「やめろ!!」

「やめて!!」

 

 

ハリーとシャルロットがぴったり同じタイミングで、ペティグリューの前に飛び出した。

 

「一体何をしている、退け!」

 

シリウスが怒鳴ったが、2人は退かない。

 

「やっぱり駄目だ! パパに人殺しなんてしてほしくない!」

 

「俺たちがやらなきゃいけない! 退くんだ、ハリー!」

 

「アズカバンにもう一度引き渡せばいい! パパがこんなことしたら、ジェームズ父さんも母さんも悲しむ! …どうしてそれがわからないの、パパ!」

 

ハリーは最早半泣きで、シリウスに抱きついた。

シリウスは何かに気付いたように、体を震わせた。

 

「ねえ、パパ。 もしここでペティグリューを殺してしまったら、ママが目覚めた時に…ママに胸張って会える?」

 

シャルロットは静かに父親と同じ闇色の瞳から、涙を流した。

セブルスの胸に、言葉にならない何かが迫った。

 

「お願い、パパ…。 こんなことしないで」

 

「もう辞めようよ、パパ」

 

2人の子どもにそう言われ、セブルスとシリウスはぐっと言葉に詰まった。

 

暫く、誰も何も言わなかった。

ペティグリューのゼェゼェした声だけが部屋を支配していた。

 

「ハリー、シャル。 そこ退いてくれるかな?」

 

傍目で見ていたリーマスは、暫く逡巡した後に口を開いた。そして、全く退こうとしない2人に困ったように僅かに微笑む。

 

「ペティグリューを縛るだけだよ。 本当だ」

 

「リーマス、それでいいのか?」

 

セブルスは杖を下げるかどうか未だ迷っているようだ。

 

「…この子たちは間違ったこと言ってないよ。 私はシャルとハリーの意見を尊重したい」

 

リーマスの杖から縄が飛び出し、ペティグリューの体に巻き付いた。

 

「…わかった。それなら、とりあえずホグワーツに戻ろう」

 

シリウスはハリーと目を合わせないように、彼の頭をグシャグシャ撫でた。そして、ドラコとロンの元に近付いた。

 

「…2人とも巻き込んで悪かったな。 ドラコ、俺の背中に乗れよ。 どれ、怪我の具合を見せてみな」

 

ドラコは、昔から自分がハリーの友達でいることをシリウスが快く思っていないのを気付いていた。そのため、その意外な提案に目をぱちくりとさせて…おずおずと彼の背中に甘えた。

 

無言のまま、一行はトンネルを通った。

先頭にセブルス、ドラコを背負ったシリウス、そしてペティグリューの縄を持ったリーマス、ハリー、ロン、シャルロットの順番だ。

 

気まずい行進の中で最初に口を開いたのは、リーマスだった。

 

「そういえば、ハーマイオニーはどうしたんだい? このメンバーなら彼女も居そうなものだけど」

 

「えっ? ハーマイオニーには、先生への助けをお願いしたんだけど…途中で会わなかったの?」

 

シャルロットの言葉に、リーマスは首を振った。

 

「会わなかったね。 もしかしたら、レギュラスの部屋の方に行ったのかな?」

 

トンネルはちょうど終わりに差し掛かった。

 

「レギュラス・ブラックの部屋!? ハーマイオニーがそんなとこ行くわけない!」

 

「そうだよ! あいつこないだレギュラスに怪我させられて、それで行くの辞めたんだぜ!」

 

ハリーとロンが口々にそう捲し立てたので、シャルロットは若干冷たい視線を2人に向けた。

 

「ブラック先生だろう、2人とも。 ふむ…レギュラスなら今日部屋に居るはずだ。 何せ、リーマスの薬の調合を頼んでるし」

 

「はあっ!? おまえ、あいつにリーマスの薬頼んでるのか! やめろよ、いつ毒を盛られるか分かったもんじゃない!」

 

漸く終わったトンネルを出ると、子どもと同じ次元の悪口をいうシリウスに、今度はセブルスが冷めた視線を送った。

 

その時、セブルスはあることに気付いて、はたと立ち止まった。

 

「ちょっと待て。…ということは、リーマス、今夜の分の脱狼薬は飲んだのか?」

 

セブルスがそう言ったのと、雲の隙間から満月が除いたのはほぼ同時だった。

リーマスは雷に打たれたかのようにその場に立ち止まり、その手からペティグリューの縄を取り落とした。

 

瞬時に事を理解したシリウスは、ドラコを降ろしハリーとロンに託す。そして、子どもたちをリーマスから遠ざける。

 

子どもたちはシャルロットを除いて、リーマスの病気のことを知らない。しかし、ただならないその様子に怖々と距離をとった。

 

「ペティグリューが!!」

 

ハリーが叫んだのと、ペティグリューがリーマスの杖を握ったのは同時だった。

ペティグリューはネズミに変身する寸前に、ハリーにニヤリと薄汚い笑みを見せた。そして、ネズミに変身すると夜の闇の中へと走って消えた。

 

「何事ですか!?」

 

考えうる限り、最悪のタイミングでレギュラスとハーマイオニーも到着した。

 

リーマスは一瞬満月を見て呆然としたかと思うと、その体からみるみる濃い茶色の毛が生えてきた。そして、苦しげに満月を見て遠吠えをする。

 

「狼人間…!」

 

思わず、ハーマイオニーはそう叫んだ。狼人間は声のする方に興味を引かれたのか、ハーマイオニーの方へと突っ込んできた。

 

レギュラスは咄嗟に前に出ると、狼人間に杖を向けた。

 

「攻撃するな!!」

 

レギュラスがリーマスを殺してしまうとでも思ったのか、シリウスは鬼気迫った様子で怒鳴った。

そのせいでレギュラスは一瞬だけ攻撃を躊躇った。しかし、その僅かな躊躇いが仇となった。

 

狼人間はレギュラスに襲いかかった--その瞬間、ハーマイオニーが彼を庇うように前に躍り出た。

 

鋭い爪先がハーマイオニーの腹部を諸に直撃し、鮮血が迸った。

怪我はそんなに深くないようだが、恐怖からか彼女は気を失った。

 

「グレンジャー!?」

 

レギュラスはハーマイオニーの体に、狼人間の手が伸びるのが見えた。

 

セブルスの顔がみるみるうちに真っ青になる。

 

「まずいな。 私たちが気を逸らすしかない」

 

「ちっ! 鈍っててくれるなよ・・・行くぞ、シュリル(・・・・)

 

セブルスとシリウスは、同時に変身した。

何十年ぶりかの動物もどきだが、2人は難なく変身を終える。

 

間一髪。狼人間がハーマイオニーの喉元に食らいつこうとした刹那、黒い大型犬が狼人間に体当たりした。

狼人間はギャンッと悲鳴を上げて転がる。

金色の毛並みをしたキツネが、狼人間の関心を引くように周りをくるくる走り回る。

 

狼人間はセブルスとシリウスを仲間と見なしたようで、2人の後ろを追って森の方へと走っていった。

 

ハリーはドラコを背負ったまま、ロンと共に腰を抜かしていた。

リーマスの病気が人狼であったのに驚いたのはもちろん、身近の大好きな人が理性のない恐ろしい獣に変わるのを見るなんて、まだまだ13歳の子どもには過ぎたショックだ。

 

「ハーマイオニー!!」

 

その中でリーマスが狼人間であることを前から知っていたシャルロットは、一番ショックが薄かったのだろう。ハーマイオニーの元に駆けつけようとした。

 

しかし、こんな状況だというのに思わず途中で足を止めた。

 

「グレンジャー! どうして……グレンジャー! グレンジャー!」

 

レギュラスは、我を失ったように何度も何度もハーマイオニーの名を呼んでいた。

 

ブラック家の特徴とも言えるその灰色の瞳は彼女だけを映し、透明な雫がぼたりぼたりと流れ落ちた。

 

似てない似てないと言われるブラック兄弟であるが、シャルロットはレギュラスの泣いている横顔が兄にそっくりであることに気付いた。

 

そして、シャルロットはレギュラスがどんなに冷たく人に当たっていても、本当は兄と同じく愛情深い人間であることも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いなんて、死喰い人の時代に数えきれないほどした。

幾多の『穢れた血』をこの手で殺した。

 

だから呪文を躊躇ってしまった一瞬で、狼人間に襲われることを直感した。そして、咄嗟に目を瞑った。

 

しかし、庇うように顔の前に突き出した腕に跳ねた血は、自分のものではなかった。

『穢れている』と蔑んでいたはずの血は、自分を守るために流された。

 

 

--自分は彼女のことをどう思っているというのか。

 

 

あの時浮かんだ問いが、再び頭に浮かんだ。

 

そんなの最初から分かっていたじゃないか。

 

心を掻き乱された理由。

それは、この少女に惹かれたからだ。

 

純血主義に染まりきり死喰い人として多くの人間を殺した自分に、素直な愛情をぶつけてくれたこの少女に。

 

一切の打算なく、誰かを身を挺して守ることができるこの少女に。

 

血まみれになった少女の名を擦り切れる声で叫び、体躯を震える手で抱きしめた。

 

 

ああ、もう誤魔化せない。心に嘘なんてつけない。

 

 

この子が、愛しい。




この展開に色々思うところはあるかもしれませんが、ついてきてくれたら嬉しいです

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