昨夜ペティグリューを見つけて、さらに逃がしてしまったことを長々と魔法省の役人から尋問されたハリー、ロン、シャルロット、ドラコはぐったりしたまま保健室で分かれた。
リーマスのことが心配だったが、まさかそれをマダム・ポンフリーに話すわけにもいかない。
シリウスとセブルスは何度も狼人間の時のリーマスと過ごしている。きっと大丈夫だろうと、考えるしかなかった。
余談であるが、後にペティグリューを殺そうとしたことでリーマスたちはダンブルドアからこってり叱られたらしい。
そして、リーマスは自身を受け入れた校長の信頼を裏切っていたことを心から悔い、友が動物もどきであることを打ち明けた。しかし、ダンブルドアはとうの昔からそれに気付いてたらしく穏やかに笑って許した。
単身でペティグリューを捕まえ殺そうとしたことで、シリウスはファッジにすごい剣幕で怒鳴られた。シリウス曰く、「クビにならなかったのが奇跡」である。
シャルロットとハリーはペティグリューを自分たちのせいで逃がしたと落ち込んたが、結果的にはこれで正解だったのだろう。
閑話休題。
事件の翌朝、素晴らしい目覚めとは言い難かったがシャルロットは早起きするとレギュラスの部屋へ向かった。
しかし、部屋に彼はいないようで反応はない。逡巡の後、取り敢えず一旦寮に戻ろうと踵をかえしたシャルロットは、1つ目の曲がり角でレギュラスに会った。
「ブラック先生」
「…おはようございます。 プリンス、具合はいかがですか?」
レギュラスは優しく笑いかけた。しかし、それを問うた本人である彼の目の下には大きな隈ができていた。それでも尚、美貌が衰えていないあたり流石ブラック家といった感じであるが。
彼は、ずっとハーマイオニーに付いていたのだろうか。
「私は大丈夫です。 もともと大きな怪我はしていませんから。 あの、スネイプ先生は…?」
「無事です。 ルーピンも人間に戻り、今は眠っています。…ちょうど着替えに戻ってきたところなんです。 部屋に入りますか、プリンス」
シャルロットは頷くと、部屋に入り近くのソファーに腰を下ろした。
レギュラスは廊下を窺って誰もいないのを確認すると、部屋に鍵をかける。
「昨日は辛かったでしょう。 ゆっくり休んでいてよかったのですよ」
レギュラスは気遣わしげに、シャルロットの金髪を指で梳いた。
「この時間まで、ずっとハーマイオニーに付き添っていたのですか?」
レギュラスの髪を撫でる手がぴたりと止まった。その不自然さは、そのまま問いの肯定を表しているようだった。
「もしかして、ブラック先生は…その…ハーマイオニーのことを……」
シャルロットは驚きを隠せなかった。
ハーマイオニーがレギュラスのことを好いてるのは喜ばしいことだし、心から応援していた。
しかし、(詳細は知らないものの)レギュラスが過去に死喰い人であったこと、また彼はブラック家の次男として血筋に誇りを持っていることを、シャルロットはよく知っていたので、彼女の片思いが簡単な道のりではないことも誰より分かっていた。
「それ以上の言葉は、貴方でも許しませんよ」
レギュラスの低い声に、シャルロットは思わずたじろいだ。
「…どうしてですか? 私は、2人のことを思って」
「黙りなさい」
シャルロットの言葉は最後まで続かず、レギュラスの一喝に遮られた。
「私はブラック家の者です。母が生きていた頃には、聖28一族との結婚話だってあった。そもそも私は過去に『穢れた血』を…」
「その言葉を使わないでください!!」
突然シャルロットがヒステリックに怒鳴った。レギュラスがハッとして口を噤む。
「去年のドラコも、ブラック先生も、どうして簡単にそんな言葉を使うの…!? 私だって、パパだって、マグルの血が入ってます!!」
シャルロットは荒く息を吐き、髪を無造作にかきあげた。レギュラスは肝心のことを何も分かっちゃいない。
「ブラック先生だって、『穢れた血』なんて--その言葉がもはや無意味であることに気付いているのでしょう?」
シャルロットはレギュラスが大好きだ。幼い頃から自分を可愛がってくれる親戚のおじさんのような存在だった。
そんな彼が、昔の思想に囚われたままで自分のことまで否定するのは辛い。
純血とかマグルとかどうでもいいし、心底嫌になる。
「ミス・プリンス、最後まで聞きなさい」
「聞きません」
シャルロットは瞳を涙で濡らしながらも、きっぱりと言う。その態度にレギュラスは困ったように笑った。
「貴方のそういう頑固さは、母親にそっくりですね」
「話を逸らさないでください」
「セブルスが私を助けてくれた時も、レイチェルは反対したのですよ。 『死喰い人』である私を屋敷に入れるなと」
シャルロットは目をぱちくりさせた。
そんな話は初めて聞いた。
「ミス・プリンス。 幼い貴方には、まだ分からないでしょう。 貴方は過去の戦争は知らないのだからね」
レギュラスはそこで一度言葉を切った。あまりにも穏やかで物悲しい口調だった。
「ただ、私はブラック家出身で死喰い人だった過去があります。 …無実な人を、たくさん苦しめた。 私の気持ちがどうあろうと、彼女の気持ちを受け入れるわけにはいかないんですよ」
シャルロットは唇をきつく噛んだ。
確かに過去の戦争のことなんて自分は知らないし、大好きなレギュラスがそんなことをしていたなんて考えたくない。
ただ母親がレギュラスを最初拒絶したことからも戦争が残した遺恨は、シャルロットの想像より遥かに大きいのだろう。
「それに…貴方もそうですが、彼女はまだ若い学生です。 教師に憧れを持つのは一過性のものなんですよ。 助けられた感謝を恋心と勘違いしているだけです」
でも--でも、それなら目の前のレギュラスは、何故こんな辛そうな顔をしているのだろうか。
ハーマイオニーの恋心が生半可なものじゃないことをシャルロットは知っている。そして、レギュラスだって知っているはずだ。
どうして2人とも想い合ってるのに、それを確認することすら出来ないのだろう。
シャルロットは歯痒い気持ちと焦燥感で涙が溢れそうになったが、ぐっと我慢した。一番辛いのは自分ではないのだから。
「わかりました。 でも、これだけは言わせて。 …私は先生としてではなく、大事な家族として、貴方にも幸せになってほしいって思ってるの。 それだけは本当よ、
「…公私の区別はしっかり付けろと言ったはずですよ。スリザリンから1点減点」
「あら、学校でこんな話してる時点で公私混同なんて言われたくないわ」
強気にどこかふてぶてしく笑う彼女は、母親に生き写しだった。
シャルロットは涙を堪えてクスッと笑うと、レギュラスの部屋を後にした。レギュラスも同様に部屋を出て、保健室の方へと向かって行った。
再び、ハーマイオニーの目覚めを待つために。
目を覚まして一番最初に目に入ったのは、真っ白の天井だった。
最早、見慣れた保健室である。
マグルのプライマリースクールに通っていた頃は保健室なんて殆ど使ったことなかったのに、ハリーやロンと友達になってからはすっかり常連である。
「気付いたのですね」
寝起きでぼんやりとした意識は、部屋に響く涼やかな声で覚醒した。
ハーマイオニーはがばりと飛び起きると、慌てて寝癖を手櫛で整えた。
「ブラック先生!?」
保健室の無機質な壁にレギュラスは体を預けていた。端正な顔は乱れ、いつもより顔色が悪い気がする。
レギュラスは細い指を立てて、自身の口元にそっと持っていった。
「…大声を出さないように。 傷口が開きますよ」
素っ気ない言葉の中にも、どこか優しさを感じてしまったハーマイオニーは頬を赤らめた。急に、昨夜自分のとった行動が無様なものに感じてくる。
窓に視線を上げると、朝日が差し込んでいる。
自分は一晩グッスリ寝ていたらしい。
頭の中を様々な疑問が渦巻いたが、口から出た言葉はあの人の安否だった。
「あの、ルーピン先生は?」
「彼なら無事ですよ。 プリンスもマルフォイも…ブラックもウィーズリーも、みんな無事です」
「よかった…!」
ハーマイオニーはほっとして、再びベッドに寄り掛かった。
「人のことより自分を心配しなさい」
「ごめんなさい」
レギュラスが酷く不機嫌そうに言ったので、ハーマイオニーは慌てて謝罪の言葉を口にした。しかし、それでも尚レギュラスの表情は変わらなかった。
「貴方は…彼のことを恨まないのですか。 ルーピンが狼人間だということを初めて知ったうえに、貴方は怪我をした」
「恨みません。 ルーピン先生は素晴らしい先生ですし、それに………いえ、やはり何でもありません」
ハーマイオニーは頭に浮かんだ言葉を口に出すことを、途中でやめた。
2人の間にちょっとだけ気まずい沈黙が流れる。
「傷は残らないそうです。 しかし、呆れて言葉も出ません。 2年前から貴方は全く変わっていませんね。 杖も抜かず、敵の前に飛び出るなんて……貴方はそれでも魔女ですか?」
「ルーピン先生は敵ではありません」
「屁理屈を言えとは言ってません」
レギュラスは咎めるようにぴしゃりと言った。思わず、ハーマイオニーは口を噤んだ。
「どうして、私を庇うようなことをしたのですか? それから…どうして私の元に助けを求めに来たのですか? 職員室の方が近いはずでしょう」
レギュラスの口から放たれたその言葉からは、彼の真意は窺えなかった。
しかし、怒ってるような気配はなかったのでハーマイオニーは正直に言うことにした。
「両方とも分かりません。 気付いたら勝手に体が動いていたし、助けを求めようとしたらブラック先生のことが一番に浮かんだんです」
「分からない…ですか? 学年一の秀才のあなたが?」
レギュラスの口ぶりからは僅かに皮肉さが伺えた。
「強いて言うなら」
ハーマイオニーはそこで一端言葉を切った。
レギュラスに拒絶されるのは、怖い。でも、このまま宙にぶら下がったような状態はもっと嫌だった。
「ブラック先生のことを信頼し、大切に思っているからだと思います」
ハーマイオニーは、彼の瞳を真っ直ぐ見つめて言い切った。
レギュラスの灰色の瞳が、ぐらりと不安定に揺れた。
「本気で…言っているのですか」
「嘘でこんなこと言いません」
ハーマイオニーはちょっと笑った。
純血主義である彼に、自分が受け入れてもらえるわけなどない。
それでも彼にこんな顔をさせたののは、一矢報いたというか、少しだけ優越感を感じてしまった。自分だけしか知らない、彼の顔。叶わぬ恋なのだからそのくらいの反撃は許されるだろう。
「ブラック先生、私はこれ以上何も望んでいないんです。 先生にご迷惑はかけません。 ただ気持ちだけ、伝えたかったんです」
どこまでも彼女らしい芯の強いその言葉に、レギュラスは思わず腕を伸ばした。無性に彼女を抱きしめたかった。
しかし、その手は途中で行き場を失って、宙に浮いた。
「先生…?」
「貴方の気持ちに応えることはできません。 今も、これから先もずっと」
覚悟していたはずの痛みは、想像を遥かに超えて彼女の心に突き刺さる。
この凛とした声の裏側に狂いそうな苦悩が込められていることを、彼女は知らない。
「ええ。 わかっています」
どこまでも強いその少女は、涙を零さないで笑った。
「…それでも、貴方との魔法薬の個人授業は私も学ぶことが多い。 来年も遠慮せずに来なさい。 次こそは、プリンスを超えられることを祈っています」
「じゃあ、今年も…」
レギュラスは今日初めてフッと口元を和らげた。
2人の間にあった緊張感が解ける。
「惜しかったですね。 彼女との差は、たったの4点です」
学年一の秀才ハーマイオニー・グレンジャーは今年も魔法薬だけ、
ハーマイオニーは残りの学校生活を保健室で過ごした。ちょうど試験も終わっているし、学校中にはのんびりとした空気が漂っている。彼女のお見舞いには、ハリーとロンやシャルロットは毎日訪れ--驚くことにドラコも数回顔を出した。
ぺティグリューに殺されかけるという共通の危機を体験したことで、ロンとドラコの関係は幾分軟化したようだ。それでも病室で顔を合わせる度に、結局彼らは小競り合いになり、マダム・ポンフリーにつまみ出されることになった。
ハリーとシャルロットは自分たちのせいでペティグリューを逃がしたと後悔していたし、ロンは未だにスキャバーズのことを引きずっている。
さらに魔法省が介入したことで、ルーピンは学校を辞めさせられることになった。彼はハーマイオニーを襲ったことを酷く悔いているようで、彼女へ一方的な謝罪の手紙を残すと事件の次の日にホグワーツを後にしてしまった。
そんなわけでハリー達からしたら今回のことは大団円とは言い難く、苦い気持ちで学期末を過ごすことになった。
学期末のパーティーのほんの10分前、漸く退院の許可が出たハーマイオニーが準備をしていると、来訪客があった。
ダンブルドア校長だ。
「こんばんは、グレンジャー嬢。 すこーしだけ話をしてもよいかの?」
床を引きずるほどの長い濃紺のローブを羽織ったダンブルドアは、彼女が頷くのを見るとニッコリ笑って手近の椅子に腰掛けた。
「怪我は良くなったかね?」
「ええ。 マダム・ポンフリーに治せない傷はありませんから」
ハーマイオニーもニッコリと笑顔を返した。
「おお! これはこれは、シビルに続いてポモーナの給料も上げるべきかのぅ」
ハーマイオニーとしては何故あのインチキ占い師まで絡んでくるのか分からなかったが、ダンブルドアが楽しそうなので気にしないことにした。
「さて」
いくつか世間話をしてから、ダンブルドアは本題に入った。
思わず、ハーマイオニーも居住まいを正す。
「ミス・グレンジャー、いくら怪我が治ったとはいえ君にはルーピン教授とそれを雇用した儂を訴える資格がある。 もし、訴えたいと言うなら儂はそれを受け入れよう。 …どうするかね?」
ハーマイオニーは予想してなかったその質問に面食らった。が、すぐにきっぱりと首を振った。
「いいえ。 そんなつもりは全くありません」
「彼を許すと言うのかね?」
ダンブルドアが静かに問うた。
「…いいえ。 許すも何も恨んでいません。 彼が人狼であったのは全くもって
「あいわかった」
ダンブルドアはまたしてもニッコリと笑った。
自分を見る目つきはどこまでも優しく、ハーマイオニーは思わずフランスに住む自分の祖父を思い出した。
この人が、『例のあの人』ですら恐れる魔法使いだなんて。
「それに」
「ん?」
ハーマイオニーは一旦言い澱んで、そして言葉を続けた。
「人狼だとか…マグル生まれだとか、そんな自分の持つ素質に何の価値があるんだろうって思うんです。 私は自分の目で見て、その人がどんな人なのか決めたいんです」
こないだレギュラスに言いかけて、やはり言うことが出来なかった言葉だ。
ダンブルドアは雷に打たれたかのように一瞬固まった。そして、感極まったようにゆるゆると首を振る。
「ほんに、魔法が使えることや血筋を誇ることの何と愚かしいことか。 君くらいの年でそれに気付けるのは、素晴らしいことじゃ。 レギュラスのことを好いてくれたのが、君のような少女で本当によかった」
何で自分の気持ちを知っているのかと思わずハーマイオニーは叫びそうになったが、何とか押しとどめた。
きっと、この偉大なる魔法使いには何でもお見通しなのだろう。
今回のペティグリューの事件について、彼に立ち向かったということでハリー、ロン、ハーマイオニー、シャルロット、それにドラコにはそれぞれ50点が追加された。
今年のクィディッチ対抗杯も勝ち取ったということで、スリザリンと僅差ながらもグリフィンドールの優勝だった。
赤と金の旗の下で、この時ばかりはハリーたちも逃したペティグリューのことを忘れ、大いに飲み、食べ、騒いだ。
次の日、生徒たちはホグワーツ特急に乗り込んだ。ハリーはチョウの誘いを断って、ロンやハーマイオニー、シャルロット、ドラコと共に過ごした。何となく今はこのメンバーで居たかったし、チョウのお喋りな友人たちに今回のことを詮索されたくなかった。
話題は、専ら夏に行われるクィディッチワールドカップのことである。おそらくロンとドラコがこんなに話が弾むのは、最初で最後だろう。
クィディッチに興味のないシャルロットとハーマイオニーは時折話して、本を捲りゆっくり過ごした。ハーマイオニーは、来年から逆転時計を使うのを辞めるらしい。ハリーとロンは、逆転時計のことを彼女が打ち明けてくれなかったことに憤慨していた。
そして、ハーマイオニーは今は静かに過ごしていたいようだが、ロンは時折構ってもらいたそうにチラチラと視線を投げては大きな声でクィディッチの話をした。
これはまた、来年一波乱起こりそうだ。
シャルロットは本で顔を隠しながら、クスッと笑った。
キングス・クロス駅ではシリウスが何故かフクロウの入った籠を持って、待っていた。
灰色の豆フクロウが狭い籠の中を、ブンブンと飛び回っている。
「よお、ハリー! おかえり!」
シリウスはハリーをしっかり抱きしめた。
またしてもペティグリューを逃がしたことにより魔法省はてんてこ舞いだったが、漸く落ち着きを取り戻してきたらしい。
シリウスの美貌もすっかり元通りだ。
「ただいま。 どうしたの? このフクロウ」
「ああ、ロンにお詫びとしてプレゼントしようと思ってな。 ほら、スキャバーズの件で辛い思いをさせただろう?」
「えっ、僕に!?」
ロンは目をキラキラとさせ、籠を持ち上げた。そして、しげしげと豆フクロウを眺め、近くに居たクルックシャンクスに差し出す。
「どうだい? 今度こそ、ちゃんとしたペットかい?」
ハーマイオニーに抱かれたクルックシャンクスが機嫌良さげにゴロゴロと鳴いたので、ロンは満足そうにフクロウの籠を持ち上げた。
「よかったじゃないか、君の家じゃフクロウ1匹買うのも大変だろ?」
ペコペコと何度もシリウスにお礼を言っているモリーを横目に、ドラコは皮肉る。
ロンが何か言い返す前に、彼は颯爽と家族の元に向かって行った。同時にシャルロットも駅から離れた場所にいるセブルスと合流するらしいので、そこで分かれる。
「またな、シャル! ドラコ!」
ハリーが手を振ると、ドラコとシャルロットも笑顔で手を振った。この幼馴染たちとは、どうせまたすぐ会うだろう。
「よかったな、ロニー坊や」
「こいつぁ、エロールの数倍働いてくれそうだ」
フレッドとジョージが両脇から、ロンの肩を小突く。ロンはちょっと照れくさそうに笑った。
「君たちがフレッドとジョージだろ? 『忍びの地図』をフィルチから盗み出したっていう」
シリウスが双子にそう話しかけると、2人は思いっきり顔を顰めてハリーを見た。
「おいおい、父親に話すのは卑怯じゃないか?」
「そうとも! 信頼できるハリー様だから俺たちは譲ったんだぜ?」
そんな2人の様子にシリウスは大声で笑うと、目の前で手をヒラヒラと振った。
「いや、君たちを責めたんじゃない。 それにハリーから聞かなくてもその地図のことは知っていたよ。 …何を隠そう、俺はパッドフットだからね」
「「なんだって!?」」
これ見よがしにシリウスがニヤリと笑うと、双子の驚きの声がシンクロした。そして、フクロウを貰ったロン以上に目を輝かせる。
「そうだよ。 ちなみに、ハリーの父親ジェームズがプロングズさ」
「マーリンの髭だ! 会えて嬉しいぜ、俺たちの師匠よ!」
「ああ! それじゃあ、ハリーに渡したのは正解だったな。 彼こそが、正統な後継者だ!」
双子は最もらしく何度も頷き、ロンを引っ張って鼻歌を歌いながら帰って行った。
「さあ、俺たちも帰ろうか」
「…うん」
ハリーは頷くと、シリウスの腕を掴む。
体中が狭いパイプに押し込まれたかのような閉塞感。そして、次の瞬間そこはグリモールド・プレイス12番地だった。
屋敷しもべ妖精アンからの熱い帰宅の歓迎を受けたハリーは、好物だらけの夕食に舌鼓を打った。
「ハリー坊っちゃま、ココアでもいかがかな?」
夕食後ハリーがソファーでクィディッチの雑誌をパラパラ捲っていると、ココアの入ったマグカップを2つ持ったシリウスがふわりと微笑んだ。
彼はカップを1つハリーに渡すと、自身も隣りに腰掛けた。どこで引っ掛けたのか、女物の香水の香りが鼻腔を擽った。
「パパ、女くさい」
「それは失敬」
シリウスは悪びれもせず、ニヤッと笑った。思わず、ハリーも悪戯っぽく笑う。
「今の彼女とはどうなんだ? チョウ…だったか?」
「そこそこ。もうちょっと嫉妬深くなければ尚いいんだけど」
ハリーは顔を顰めて、ココアを1口飲んだ。温かな甘さが、何かを解きほぐすよう体に広がる。
ハリーはふうと息を吐いた。
「まだペティグリューのことを後悔しているのか?」
シリウスは静かにそう訊いた。
「…うん。 だって、あの時僕たちが止めなかったらペティグリューを逃がさなかったでしょ」
「そうだな。 そして、俺たちは殺人犯になっていただろう。 あの時の俺たちは完全に平静さを失っていたよ。 ジェームズやリリーに顔向け出来なくなるところだった」
シリウスはそう言うと、マグカップに口を付けた。
ハリーは何かを言おうと口を開きかけ、そしてまた閉じ、何度も逡巡してから結局口を開いた。
「ダンブルドア校長がね、きっといつかペティグリューを助けたことを心から良かったと思う日が来るって言ったんだ」
「そうか」
その言葉からは彼の明確な感情は窺えなかったが、温かな優しさが込められているのだけはハリーには分かった。
「…本当に、おまえは俺の自慢の息子だよ」
シリウスはそう言うと、ハリーの父親そっくりの髪をわしゃわしゃと掻き回した。ハリーがフフッと笑い声を上げる。
「どうした?」
「きっと、今頃シャルもセブルスおじさんと同じような会話してるんだろうなって」
シリウスは友人を想って、穏やかに口角を上げた。
「明日あたりリーマスの家に行かないとな。 そりゃもう落ち込んでるらしい」
「ハーマイオニーは全然気にしてないのにね」
ハリーは落ち込んで寝込んでるリーマスを想像して、苦笑にも似た表情を浮かべた。
「ねえ、パパ。 我儘言ってもいい?」
ハリーは両手でマグカップを持ちながら、こてんと首だけシリウスの肩に乗せた。
「何でも言ってみなさい、我が愛する息子よ」
「あのね、ペティグリューが出てきてもいいから、ジェームズ父さんの写真を見せてほしい。 それから父さんの話をたくさんして」
シリウスは一瞬だけ戸惑った顔をした。が、何かを堪えるよう唇を噛み、ハリーをきつく抱きしめた。
「…もちろんさ」
シリウスは掠れた声で、それだけ言った。
アズカバンの囚人編、これにて終了です。お付き合いありがとうございました。
今回は、ストーリーより登場人物たちの心の動きをメインにした章だった気がします。何度も消しては書き直してを繰り返した章でした。
過去にグリンデルバルドと共にマグルを支配しようとしたことがあるダンブルドアだからこそ、ハーマイオニーの言葉は響いたのかもしれない。