クィディッチ・ワールドカップ
冷たく暗い空気の淀んだ墓地。
遥か昔は栄えていたのだろうがすっかり寂れた屋敷。
忘れるわけがないヴォルデモートの声。そして、こないだ取り逃したワームテール。
--2人が自分の存在に気付いた。
何故かマグルの老人の体になっていた自分に、杖が向けられた。
悲鳴をあげる暇もない。
緑色の閃光が、目の前で迸った。
「…ちゃま! ハリー坊っちゃま!」
はっと目を開けると、目の前にテニスボールのような大きな瞳があった。
一瞬ぎょっとしたが、すぐにそれはアンだと分かった。
グリモールド・プレイス12番地。
そしてここは、2階の隅に位置する自分の部屋である。アンが開けてくれたのであろうカーテンから眩い朝日が差し込み、赤と金で統一された部屋をキラキラと染めている。
寝るまでに見ていたアルバムは窓から入る風でページが捲れ、どの写真も両親やその友人たちが手を振っている。
部屋には冷却呪文が常時かけられているのに、起き上がるとパジャマは汗で体に張り付いていた。
「申し訳ありません! 坊っちゃまの眠りを妨げてはいけないとアンは
アンが耳をしおらしく曲げて謝ってきたので、慌ててハリーは否定するよう手をひらひらと振った。
「ううん。 起こしてくれて助かったよ。 すぐに着替えて下に行くね」
ハリーは未だにバクバクと鳴る心臓を抑えるよう、胸に手を当てる。
ズキリと額の傷が疼いた。
何だったんだ、さっきの夢は。
アンが姿を消すと、ハリーはベッドから降りて深呼吸をした。
そこは恐ろしい墓場でも寂れた洋館でもなく、慣れ親しんだ我が家だった。
机の上には魔法史の宿題--『エジプトで栄えた魔法文明について羊皮紙二巻分述べよ』というレポート--が広がっているが、あまり進んではいない。部屋にはあちこちにクィディッチのポスターが貼られ、朝から彼らはポスターの中で何度も宙返りしている。
ハリーは乱雑にパジャマを脱ぐと、籠に投げ込む。そして、自室についてるシャワールームに入り、熱いお湯を頭から浴びた。
階下に降りると、シリウスは既に朝ご飯を終えていた。
コーヒーを片手に日刊予言者新聞を読んでいた彼は、ハリーが来たことに気付くと心配そうに立ち上がった。
「アンから聞いたよ。 魘されていたらしいな」
「あのね、すごく嫌な夢を見た」
「…どんな夢だい?」
シリウスはハリーのただならぬ様子に、新聞を横に押しやった。
「ヴォルデモートと…ペティグリューが出てきた。 夢の中で何故か僕はマグルのお祖父さんだったんだ。 暗いお墓のある屋敷を僕は進んで…あいつらに見つかって…緑色の閃光が」
次第に声を震わすハリーを宥めるよう、シリウスは力強く抱きしめた。いつもの嗅ぎなれた香水が鼻腔をくすぐる。
ハリーは少し落ち着きを取り戻した。
「それで、目が覚めたら傷痕がすこく痛んだんだ。 パパ、これってただの夢かな?」
「いや、俺もよくわからない。 もしかしたら、闇の魔法か…?」
シリウスは真剣な声色でそう言うと、手を伸ばしハリーの額の傷を撫でた。
「パパにも分からないの?」
「ああ。 夢というのは、魔法界でもまだ謎が多いジャンルなんだ。 神秘部の奴らなら分かるのかもしれないが…」
「神秘部?」
初めて聞く言葉にハリーは首を傾げた。
「ああ、魔法省にある不思議な部署だよ。 俺でさえ詳しくは知らない。 …取り敢えずアラスターにでも聞いてみよう。 闇の魔法に関してはあいつの右に出てくる奴はいない」
「アラスター? それってアラスター・ムーディーのこと? 聞いたことあるよ。 パパの前の闇祓い局長でしょ?」
「ああ。 ハリーも小さい頃会ってるんだが、さすがに覚えてねえだろうな」
1度見たら忘れる面じゃないが、とシリウスは小さい声で呟いた。
そして、レモンパイとサラダをたんまりと皿に盛りハリーへと渡すと、この話はこれで終わりとばかりにニコッと笑った。
「心配しなくても大丈夫だ。 ほら!朝ご飯かきこんどけ! 今日は…待ちに待ったクィディッチ・ワールドカップ決勝戦だぜ!」
今日の休みのために何日も残業続きの日々を過ごしていたシリウスは、パリッとした新品のローブに身を包み子どものようにはしゃいでいた。
そんなシリウスを見て、ハリーも自然に口元が綻んだ。ハリーもまた今日この日を指折り数えて楽しみにしていたのだ。
…しかし、それはそれとして。
「パパ。 楽しみなのは分かるけど、家からそれはやりすぎじゃない?」
「えっ」
両頬にでかでかとブルガリアとアイルランドの国旗を描いたシリウスが、間抜けな声を上げて固まった。
会場まではシリウスの姿あらわしで向かった。
シリウスによると、姿あらわしの習得が済んでない人は移動キーで来るらしい。
ハーマイオニーを連れたウィーズリー一家は恐らく移動キーを使うのだろう。
未だ慣れない吐き気を堪えて、会場の入口に降り立つと、たまたまそこにはシリウスの部下が多くいた。
「やあ、シリウス! すっかり準備万端じゃないか」
亜麻色の髪の男は、シリウスの両頬を見てククッと笑った。隣りには彼とこれまたそっくりの亜麻色の髪の小さな男の子かいる。多分息子だろう。
「おや、ブラック局長! 早めに会えてよかった。 チケットを取れたのは君のおかげだからな。 挨拶に行こうと思ってたのさ」
「まあ、主人がいつもお世話になっておりますわ。 こちら息子のリックです。 息子も今日のワールドカップをすごく楽しみにしていましたの」
「お! こちらが噂のハリーかい? 局長に似て利発そうな息子さんですな!」
シリウスとハリーはわらわらと大勢の人に囲まれた。
バグマン氏から伝で今回のチケットを手に入れたシリウスは自分たちだけでなく、部下たちにも惜しげなくチケットを振りまいたので、それはそれは感謝されていた。
「知り合いがいっぱいいるね」
屋台と人混みの中で、遠くにセドリックの姿を見つけたハリーは手を振った。彼とは同じシーカー同士。会えば話をする間柄だ。
「ああ。 全く、セブルスたちも来ればよかったのにな」
シリウスとしてはもちろんプリンス一家とリーマスも誘ったのだが、セブルスとシャルロットは口を揃えて「あまり興味がない」、リーマスは残念ながら用事があるらしかった。しかしハリーは、リーマスは本当は予定なんかなく未だに去年のことを引きずっているのではないかと思っていた。
あちらこちらで花火が鳴ったり、宣伝のビラを撒く箒が飛んでいる。馬鹿騒ぎをする人混みを縫うように歩く。すると、目立つ赤毛の集団がチラチラと見えた。
「ロン! ハーマイオニー!」
ハリーは人混みを掻き分け、2人に飛びついた。
「ハリー! 久しぶり!」
「きっと会えると思っていたわよ!」
ロンとハーマイオニー、そしてウィーズリー家のみんなは久々のハリーとの再会を喜んだ。
「師匠! これ見てくれよ!」
ハリーとの挨拶もそこそこにフレッドとジョージは、シリウスに駆け寄った。そして何やらガサガサと杖やお菓子のようなものを取り出すとヒソヒソと話している。
シリウスが愉快そうな笑い声を上げた。
「何あれ?」
「ああ、フレッドとジョージが作った悪戯グッズ。 中でも『だまし杖』なんてすごいぜ。 ママはおかんむりだけど」
「私のおすすめはトン・タン・トフィー。 なかなかイケてるわよ」
ロンとジニーがそう教えてくれた。
赤毛の集団に加え、ハリーやシリウスも居るといくら人混みでも目立つ。
露店の店主がこちらにまで歩いてきてセールスを始めた。
「どうだい? 万眼鏡さ。アクション再生ができる…スローモーションで。 必要なら1コマずつ静止させることもできるぞ」
「わあ!」
ハリーは歓声を上げて、真鍮製の双眼鏡のようなそれを手に取る。そして、目をキラキラとさせシリウスを振り返った。
「パパ、これ欲しい! 買って!」
「ん。 これで足りるか?」
シリウスは二つ返事で、ずしりと金貨の詰まった袋を投げた。
ハリーはそこから10枚ガリオン金貨を取り出すと、店主に渡す。店主はホクホク顔でハリーに商品を渡した。
ロンは物欲しそうにそれを見つめた。
「こんなもの買うんじゃなかった」
そして、踊るクローバー帽子と大きな緑のロゼットを指差してそう呟いたが、興奮しているハリーには聞こえなかったようだ。
「何言ってるの、それも素敵じゃない」
ハーマイオニーは努めて明るくそうフォローしたその時。
「大臣だ! 父さん、大臣ですよ!」
角縁の眼鏡をかけたパーシーが興奮したようにそう叫んだ。思わず、皆そちらを振り返る。
「やあやあ、シリウスじゃないか。 ハリー、ちょっと見ない間にさらに逞しくなったな。 …おお、アーサーたちも来ていたのかね」
コーネリウス・ファッジが親しげにハリーと挨拶をするのを、パーシーは心底羨ましそうに見つめた。
「ご存知、ハリー・ポッターですよ! …いや、今はハリー・ブラックだが」
ファッジは、隣りにいる金の縁取りがされた豪華な黒ローブを纏ったブルガリアの大臣にハリーを紹介した。
ブルガリア大臣は言葉が伝わってないようだが、ハリーの稲妻の傷を指差すとワアワアと騒いだ。
「ブルガリア語が分かるものを呼んだ方がいいのでは? 例えば、バーティとか」
シリウスの言葉に、何故かパーシーが誇らしげな顔をした。
後からハリーは聞いたのだが、バーティ・クラウチは今年魔法省に入省したパーシーの上司にあたるらしく彼にお熱らしい。ロン曰く、「そのうちあいつら婚姻届出すぜ」とのこと。
「バーティには会ってないが、席取りをする彼の屋敷しもべ妖精を見たな。 …ああ、これはこれは、ルシウスの到着だ!」
皆が振り返ると、マルフォイ一家がきちりとしたローブに身を包み歩いてくるところだった。 ウィーズリー一家の顔が強ばる。
しかし、父親そっくりの冷たい顔立ちのドラコは、ハリーの姿を見留めた瞬間にパッと明るくなった。
「お元気ですかな、ファッジ。 息子のドラコと、妻のナルシッサとは初めてでしたな?」
ルシウスはピカピカのステッキを仕舞うと、気取った仕草でファッジに手を差し出した。
ファッジも過剰なくらいの笑顔でそれに応じる。2年前ホグワーツからハグリッドを追い出そうとした時、シリウスの意見を優先した負い目があるのだろう。
「シリウス、アーサー。 ここにいるルシウスは先日聖マンゴ魔法疾患総合病院に多額の寄付をしてくださってね。 今日は私の客として招待なんだ。 …ああ、確かシリウスはマルフォイ夫人と従兄妹同士でしたな」
その言葉に、ナルシッサは嫌悪感を隠そうともせず顔を顰めた。
「ええ、血縁上はそうなりますね」
シリウスは素っ気なくそう言ったが、魔法大臣に招待され得意げな顔をしたドラコにだけは優しい顔をしていた。
いくら息子の親友とはいえどこかでドラコのことを斜に構えていたシリウスだが、去年の一件で彼の印象を改めたらしい。
「それは、それは結構なことですな。 …さあ、そろそろ試合の時間だ」
アーサーは無理矢理笑みを取り繕ってそれだけ言った。そして、息子やハーマイオニーを連れてその場を後にしようとした。
「ハリー、君たちの席はどこなんだ? 近くだといいけど」
ロンはマルフォイ一家から遠ざけようと、ハリーの腕を引っ張った。
しかし、ハリーはちょっと困ったような顔をした。
「アー…ごめん。 僕とパパもドラコたちと同じ貴賓席なんだ。 その…また後で絶対会おう」
ロンはショックを受けたように固まった。が、すぐに引き攣った笑顔を作った。
「な、なんだよ。 気使うなよ。 兄貴とハーマイオニーたちと楽しむから大丈夫だよ」
「そういうことだ、ウィーズリー。 早く一般席に行った方がいいんじゃないか? 混むと思うぞ」
ドラコはいつも通りロンを煽った。
「やめろよ、ドラコ!」
すぐにハリーは窘めた。
ドラコにとってこれは(いくらか)関係が好転したロンへのコミュニケーションだったわけだが、さすがにロンもいつもの軽口を返せていなかった。
「なんだ、本当のことじゃないか」
ドラコはそう言いながらも言い返さないロンにちょっと不満げだった。
ハリーは気まずい顔でロンたちに口パクで「ごめん」と伝えると、ドラコを引っ張った。
お互いの親とファッジと共に貴賓席へ上がる。貴賓席は両サイドのゴールポストのちょうど中間にあり、金箔の椅子が並んでいた。
ファッジとは話すくせに互いに見えてない振りをするシリウスとルシウスとは対照的に、ハリーとドラコはお喋りに興じた。
「最高の席だ」
「ああ、ここならクラムが良く見えるぞ!」
ハリーはあまりの興奮に先程のロンのことも吹っ飛び、無邪気に椅子を揺らした。
階段上になっているスタンドや大きなピッチから目を離し、振り返ると後ろの席にちんちくりんな格好をした屋敷しもべ妖精が居た。
多分、先ほど話に出たクラウチ氏の屋敷しもべ妖精だろう。
唐突に、金色の文字が輝いては消えていた広告が黒板消しに消されたかのようにサッと見えなくなった。
そして、「ブルガリア0 アイルランド0」と表記された。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
ルード・バグマン氏の声が鳴り響く。観衆が待ってましたと言わんばかりに沸いた。
ハリーはドラコと顔を見合わせニヤッと笑った。
クィディッチ・ワールドカップの、始まりだ。
「パパ、見てた? あの最後のクラムのスニッチを獲るところ! こうやってさ!」
「全く…ハリー。 同じ話するの何回目だ?」
身振りを交えて話すハリーに、シリウスは苦笑しながらも上機嫌でファイアー・ウィスキーの入ったグラスを傾けた。
「最高の試合だったな。 これ以上アイルランドには追い付けないとクラムは判断したんだろう」
シリウスはほろ酔いのまま、最もらしく何度も頷いた。
「パパ、僕もそれ飲みたい」
「おまえには早いだろう? まあ、特別な夜だし、1杯だけだぞ」
甘えるように言ったハリーに、シリウスは悪戯っぽく笑った。
外では先程からずっとアイルランドのお祭り騒ぎが続いている。あちらこちらでレプラコーンが飛び交い、花火がバンバン鳴っている。
しかし、シリウスの買った大きなテントの中では殆ど音が聞こえず、快適だった。
「さあ、そのウィスキーを飲んだら寝なさい」
シリウスも欠伸混じりで言ったので、ハリーは素直に従いパジャマに着替えるとベッドに入った。
未だ興奮冷めならぬハリーだったが、体はすっかり疲れていたらしい。あっという間に意識は飛んだ。
--どれくらい寝ただろう。
夢の中で、ワールドカップで飛び交っていたハリーはクラムと一騎打ちの末スニッチに手を伸ばした。
もうすぐ手が届く、その時。
「起きろ、ハリー!!」
シリウスに叩き起されたハリーは、ベッドから転がり落ちた。
「な、なに?」
「…死喰い人だ。 着替えてる時間はない! 逃げるぞ!」
ハリーは上着だけ引っ掴むと、シリウスに引き摺られるようにして外に出た。
外は相変わらず大騒ぎだった…が、先程のお祝いの雰囲気とは全く違う。
あちこちで怒声と悲鳴が飛び交っている。
少し離れたところに、のっぺりとした髑髏の仮面をつけた真っ黒な集団が見えた。空中にマグルの人間をぶら下げて、狂ったように笑っている。
ハリーはぞくりとして思わず、シリウスにしがみつく。
シリウスは真剣な顔で、ハリーの肩を両手で掴んだ。
「いいか? 俺は奴らを止めに行かなきゃならない。 真っ直ぐ森に向かって走れ! いいな!」
やだ、一緒に逃げようとハリーが言おうとしたその時。
「ハリー!!」
ドラコが駆けてきた。
貴賓席こそ隣りだったものも、不仲な親同士がまさか隣り同士にテントを張るわけはなく、マルフォイ家はこちらから反対側にテントを貼っていたはずだ。
それなのに、わざわざこちらに走ってきてくれたようだ。
後ろには複雑な顔をしたナルシッサが渋々着いてきている。
「ドラコ! ハリーを頼むぞ!」
シリウスはナルシッサを見て一瞬だけ迷う素振りを見せたが、結局そう言うと仮面の集団の方に脱兎のごとく駆けて行った。
ハリーはドラコ(とナルシッサ)に連れられて、死喰い人に燃やされたテントの合間を縫うように走った。
何度か躓いて転んだ。しかし、痛みも気にならないほどがむしゃらに走った。
「うわっ!」
森の中を走っていると、前にいたドラコが誰かにぶつかった。
「いたたた…。 って、マルフォイ!?」
聞き覚えのある声に、ハリーはハッとした。
「ハーマイオニー、無事だったんだね!」
「え、ええ! でも私たち…皆と逃げてきて、何が何やら…」
珍しくハーマイオニーが狼狽えた声を出した。
ロンたちとはぐれたのか、とハリーが聞こうとした時すぐ近くからロンや双子たちがハーマイオニーを呼ぶ声が聞こえた。
「グレンジャー。 君は…マグル生まれだ。 ウィーズリーとなるべく遠くに逃げろ!」
ドラコが素早くそう言うと、ハーマイオニーの手を取りロンたちの声のする方へ走った。
ナルシッサがそれを見て、小さな悲鳴を上げた。
ハーマイオニーがロンたちと合流できた声を聞きほっとしながら、さらにハリーたちは別の方向へ走った。
ドラコが漸く足を止めたのは、森を抜けた先の小高い丘の上だった。
ハリーたちはハアハアと息を整える。
「母上、大丈夫ですか?」
温室育ちで運動など殆どしたことがないナルシッサは苦しそうに膝をついた。
わざわざハリーを迎えに来なければ、ナルシッサとドラコはもっと早く短い距離でここまで来れただろう。
今更ハリーは申し訳ない気持ちになった。
「ナルシッサおばさん、すみません」
ハリーは謝ったが、ナルシッサの反応はこちらを見向きもせず冷たいものだった。
丘の上からは、火の手が上がって滅茶苦茶になっているキャンプ場が見渡せた。
未だ死喰い人たちはマグルを宙に浮かせている。それが人質になっているらしく、魔法省の職員たちはジリジリと死喰い人に近付こうとしているが、攻撃に至れていない。
「パパ…」
流石にこの距離では顔の判断はつかないが、あそこにシリウスはいる。
急に心細くなったハリーは無意識にそう呟いていた。
「僕の父上も…あそこにいる」
気付けば、隣りに固い表情をしたドラコが立っていた。
「ドラコ!」
ナルシッサが咎めるような声を上げた。
「母上、少しの間ハリーと2人だけで話させてください」
彼女はさらに何か言いたそうだったが、ドラコの有無を言わさない口調に圧されたようで渋々黙った。
ハリーとドラコは丘の上を歩いた。
火の手が上がっているせいか、辺りは明るい。ついさっき2人でクィディッチ観戦をしたのが信じられないほど、ドラコの表情は暗かった。
そしてハリーも、ドラコの顔がどうしてこんなに暗いのか、今まで息子の親友として最低限の付き合いはしてくれたナルシッサがどうしてこんなに突然冷たくなったのか、理解した。
自分たちの親は、敵同士なのだ。
今まで何となくしか分かっていなかったそれが、重たくのしかかった。
大好きな親友の父親があそこで髑髏の仮面を被り、マグルを嬲っている。ハリーは先程飲んだファイアー・ウィスキーがせり上がってくるのを感じた。
「…どうした、ハリー? 具合悪いのか」
吐き気を堪えて体をくの字に曲げたハリーの背中を、ドラコが心配そうにさすった。
「い、いや…大丈夫」
ハリーはさらに数回咳き込んだ。
頭がくらくらした。ドラコはハリーが落ち着くまで暫く黙っていた。
「ハリー、僕たち距離をとった方がいいんだろうか」
出し抜けに、ドラコは緊張した面持ちでそう言った。
ハリーはきゅっと唇を噛み締めた。
このままドラコと仲良くし続けたら、もしかしたらシリウスに迷惑がかかるのかもしれない。
ーーでも。
「馬鹿言うなよ。 父親のことなんて関係ない。 僕たちはこれからも、ずっと親友だ」
ハリーは迷うことなく、はっきりとそう言い切った。
きっとシリウスも…同じことを友人に言われたら、こう答えるだろう。そう思ったから。
そして、何より自分にとってドラコは大切な親友だから。
失うことなど考えられるわけがなかった。
すると、ドラコは安堵したように息を深く吐いた。
「ああ、そうだよな」
ハリーは、馬鹿だなともう一度笑うとドラコに手を出した。ドラコは気が抜けたようにふにゃりと笑うと、ちょっと照れたように改めてハリーの手を握った。
お待たせしました。今日から炎のゴブレット開幕です。
シリウスのチケット占拠のせいで、ウィーズリー家が一般席に追いやられる悲劇!!