ハリーはロンと喧嘩して初めて、彼が自分の中で占めていた大きさをひしひしと感じることになった。
ドラコもシャルロットもハーマイオニーも、親友だ。
それでもハリーにとってロンは初めてホグワーツで出来た友達だし、他の誰よりも悪戯や冒険を楽しめる相棒だった。
だからこそ、ショックだった。まさか自分といて、彼が劣等感を感じていたなんて。
「…集中しろ、ハリー」
セブルスの声で、ハリーは物思いから抜け出した。目の前にあるニンバス2001はちっとも動いていない。
コポコポと火にかかった魔法薬の煮立つ音だけが、部屋を支配していた。
「おまえの悩んでることは分かる。 だが、今は目の前のことに集中しなさい。 いくらおまえが『呼び寄せ呪文』を習得していると言っても、軽いものしか成功したことがないだろう。 一度に全てを解決しようとしてもそれは無理な話だ」
セブルスの穏やかな説教はいつだってこれ以上ないくらい正論で、ハリーの耳にすっと入ってくる。魔法薬の研究者と教師という二足のわらじをはいて多忙なセブルスは、無理矢理時間を作って自分のために個人授業をしてくれているのだ。
「ごめんなさい、セブルスおじさん」
ハリーが項垂れると、セブルスはフッと苦笑する。
「なんだ。 今日は随分しおらしいな。 …少し休憩をしようか」
セブルスはそう言うと、ポットに茶葉と水を入れ魔法薬の鍋の隣りのコンロに火にかけた。
そして、研究者の知り合いからもらったという高そうなチョコレートの缶を開ける。
「ねえ、セブルスおじさん」
「なんだ」
ホグワーツ入学当時は口を酸っぱくしてスネイプ先生と呼びなさいと言い続けたセブルスだが、ハリーは少なくとも人前ではそのルールを守っているので、他の生徒がいない場ではうるさいことは言わなくなった。
「セブルスおじさんは、パパとかジェームズ父さんと喧嘩したことある?」
驚いてハリーの顔をまじまじと見ると、その瞳は真剣そのものでセブルスは思わず可笑しくなった。
「笑わないでよ、真面目な話!」
「ああ、悪い悪い。 …喧嘩か。 それはもう沢山したよ。 そうだな、殴り合いの喧嘩をしたこともあったし、何日も口をきかないこともあった」
「そうなの!?」
ただ1人こそ道を違えたものの、ホグワーツ史上最高の悪戯仕掛人と呼ばれ、今のハリーから見ても絆が固い彼らが喧嘩をしていたなんて想像もつかなかった。
「当たり前だ。 特にシリウスとは最初馬が合わなくてな。 仲良くなってからも動物もどきの練習中、何回も大喧嘩したよ」
「何か、すごく意外」
ハリーは感慨深げにそう言うと、チョコレートを齧った。甘ったるい味が口いっぱいに広がる。
自分から見てセブルスとシリウスは信頼し合った親友に見えたし、馬が合わない時があったなんて信じられない。
「私は最初スリザリンに入りたがっていたんだよ。 …母の影響が強くてね。 しかし、シリウスは最近軟化したとはいえ…大のスリザリン嫌いだったろう?」
「そうだね。 でもシリウスの気持ちもわかるよ」
養子とはいえ長くブラック家にいると、その辺は首肯できる。金切り声で『穢れた血』だと罵るシリウスの母親の肖像は、軽いトラウマものだ。
「ハリー、喧嘩するのは悪いことではない。 むしろ、きちんと本音でぶつかり合える友人なんてそう何人も出来ないぞ」
セブルスはそう締めくくると、再びハリーの特訓をするべく立ち上がる。
ハリーも少し元気が出たのか、先ほどよりすっきりした顔でティーカップを置いた。
心のもやつきが少し晴れたせいか、そのあとの練習はスムーズだった。
「…うむ。 これなら、課題の日までに間に合うだろう」
セブルスが額の汗を拭い、満足げに言った。
「セブルスおじさん。 セドリックに第一の課題のこと伝えようと思うんだけど、いい?」
「そうだな…ハグリッドの話ぶりからして、おそらくカルカロフもマダム・マクシームも知っているのだろう。 早く教えてあげなさい」
ハリーはセブルスとの練習を終えると、研究室を後にした。セドリックは割とすぐに見つかった。ハリーはセドリックに控えめに、手を振る。
ハリーの姿を見つけると、セドリックの取り巻きたちは敵意の篭もった目を向けてくる。
セドリックはそれを宥め、一人でハリーに近付いてきた。
「嫌な思いさせてすまないな」
セドリックは、目の前のハリーに心底申し訳なさそうに言った。
ハリーは緩く首を振った。
自分の態度のせいで大多数の生徒がハリーが不正をして選ばれたと思ってる中、セドリックの自分への接し方はむしろかなり紳士的だと言える。
「それで何の用事かな、ハリー?」
「うん。 あのね、第一の課題のことについてなんだけど、課題の内容は…ドラゴンだ」
ハリーは殊更声を潜めて囁いた。
セドリックはポカンとした顔でハリーを見つめた。もちろんその顔は驚いているように見えたのだが、何となくハリーは違和感を抱いた。
「セドリック?」
「あ…いや、実はそれ僕もう知っていたんだ」
セドリックは気まずそうに、ハリーから目線を逸らした。
「双子の弟の…名前はロナルドだったかな。 彼から聞いた。 てっきり君と仲いい子だと思ってたから、ハリーも知ってるんだとばかり」
ハリーの胸がすっと冷える。
どういうことだ?課題のことをロンが知っていた?
いや、知っていたことはこの際問題ではない。問題はそれを--。
「す、すまない! 君が知らないと分かっていたら、僕だってすぐ教えた!」
--自分に教えてくれなかったこと。
ハリーの暗い顔に違う解釈をしたセドリックは、がばりと頭を下げた。
ハリーは適当にセドリックとの会話を切り上げると、ぼんやりとしたままグリフィンドールの寮に向かった。
寮を見渡すと、ハーマイオニーはいない。コリンが手を振り、双子がハリーに軽口を叩く。
ディーンとシェーマスが曖昧な笑みで挨拶をしてきた。最近ロンはハーマイオニーと居ないときは彼らと行動を共にしている。彼らとしては、まるでロンの味方をしているようで気まずいものがあるのだろう。
ハリーはつかつかと男子寮の階段を上がった。ディーンが止めようと口を開きかけたが、無視をした。
寝室に、やはり彼はいた。
妙なレースがひらひらついたドレスローブを憂鬱な顔で眺めている。
扉の開く音で、ロンはハッとしたようにトランクにドレスローブを押し込んだ。
「親友だと思ってたのに。 …最低。 二度と僕に関わるな」
ハリーははっきりと言い放った。
これまで冷戦状態が続いていたため、唐突な暴言にロンは一瞬呆気に取られた。しかし、何故そんなことを言われたかという疑問より、怒りの感情が勝ったらしい。
まるで自身の髪の色のように顔を紅潮させた。
「それはこっちのセリフだよ。 この自分勝手の、目立ちたがり屋」
「目立ちたがり屋?」
ハリーは鼻で笑うと、トランクから覗くレースを一瞥した。
「そんなに君も目立ちたいなら、ダンスパーティーでその素敵なローブを着ればいい。 皆が君を注目するだろうさ!」
「おまえっーー」
ロンがドレスローブを投げつけた。それは避けきれずハリーの顔に当たった。
「何するんだよっ!」
ハリーはロンの胸ぐらを掴んだ。
「おまえにっ…僕の気持ちが分かってたまるかよ! そうだろ、ブラック坊っちゃん? 裕福で何も困ったことないような顔してさっ!…いッてえな!この!」
ハリーは思わず、途中でロンの頬を殴った。が、同様にすぐにロンに殴られ返す。口の中で鉄の味がした。
「ずっとそれが言いたかったのか!? 僕と仲良くしてる振りをして、心の中ではそう思っていたのか? じゃあ、君に僕の気持ちも分かるのかよ!! 優しいママが居てさ! 『生き残った男の子だから』、そんな理由で誰かに嫌がらせを受けたことあるか?」
その時ドアが勢いよく開いて、ディーンとシェーマスが入ってきた。そして、それぞれに引き離される。ロンの目は血走っていた。多分自分もそうなっていたんだろう。
「おいっ!!」
ディーンがそう叫ぶ。
「何があったかは大体予想つくけどさ。 いい加減にしろよ、おまえら」
「ごめん」
落ち着いたシェーマスの声にハリーはそう返した。そして、さらに言葉を続ける。
「もう離して。 1人になれる場所に行きたい」
シェーマスは何か言いたげな顔を一瞬したが、結局は離してくれた。
ハリーは目頭がつんと熱くなるのを感じて、慌てて瞬きを繰り返す。ハリーは振り返ることもせず、寝室を出た。
先程の喧騒は談話室にも聞こえていたようで、ハリーが降りてくると皆目を逸らした。
あまりの居心地の悪さに談話室を飛び出す。
ハリーが向かったのは、レイブンクローの談話室の入口。
ブロンズ色のワシの形をしたドアノッカーに手をかける。ワシの目がぐるりと回ってハリーを見据えた。
「白と黒、貴方にとってどちらが真実?」
「あー…僕はレイブンクロー生じゃない。 会いたい人が居るから入れてくれる?」
「フクロウとネコ、生き物なのはどっち?」
「僕がクイズがしたいんじゃなくて! 会いたい人がいるから入れてって言ってるの!」
「人は死ぬとどうなるか?」
「だから!!」
ドアノッカーにとって幸運なことに、ハリーがドアを壊すより先にチョウが通りかかった。
「あら、ハリー。 何してるの?」
「チョウ! 君を探してたんだよ」
取り巻きの女の子たちは2人を見てクスクス笑いをしながら、チョウを置いて談話室に戻った。
「私に会いに来てくれたの? 嬉しいわ」
甘えた声で、チョウはハリーの腕をとった。
たまにうんざりすることもある彼女のベタベタ癖も、今だけは心が安らいだ。
「どこか静かなとこにでも行く?」
「そうねぇ。 今なら玄関ホールのラウンジが空いてると思うわ」
チョウの言葉通り、ご飯の時間が近いからかラウンジの人は少なくハリーとしては居心地がよかった。
「何かあったの?」
落ち着いて座ると、チョウは首をこてんと傾げた。
「…うん。ロンと喧嘩したんだ」
ハリーそう切り出すと、経緯をかいつまんで話した。
彼女も、ロンが課題の内容を知っていたにも関わらずハリーに伝えなかったことには流石に驚いたようで、長い睫毛を瞬かせた。最後まで黙って聞いたチョウは、ふーんと声を漏らす。
「そう。別にいいんじゃないかしら?」
「ん?」
チョウの言いたいことが分からなくて、ハリーは聞き返す。
「前から思ってたのよね。 あなたとロンって、周りからは何で仲いいのかしらって見られてるのよ」
「何それ」
ハリーの言葉が尖ったことを、チョウは気付いていない。
チョウはうーんと思案するように、口元に指をあてがう。
「ハリーはどこに居ても目立つけど、ロンってあまりパッとしないのよね。 私はあまり好きじゃないけどマルフォイといる方が華やかに見えるし…あなたはそういう人と一緒にいる方が似合うわよ」
「…もういい」
「ちょっと何怒ってるのよ、ハリー」
今まで可愛くて仕方なかったはずのチョウのきょとんとした顔が腹ただしく見える。
ハリーはその言葉に何も返さず、その場を後にした。
チョウの言いたいことは理解できるし、そういった見方をされていることを視野に入れてなかったわけではない。
それでも、せめて恋人にだけは気持ちを分かってほしかった。
誰に何を言われようと、ハリーにとってロンは親友なのに。そう思っていたのに。
結果的にはシリウスが課題の内容を知っていたから、問題はなかった。
ロンが何故課題を知っていたかは分からない。しかし、親友ならたとえ喧嘩をしていても、ピンチには力になってくれるものではないのか。
ロンにとって、自分はそんな程度の友達だったのだろうか。
ハリーの足取りは、重かった。
時を同じくして、こちらはレギュラスの自室。
こちらの教師と生徒はティータイムの最中だった。
そもそもの始まりは、今学期に入って初めてレギュラスの元を訪れた日のこと。質問と個人授業を終えて、帰ろうとしたハーマイオニーをレギュラスは呼び止め、お茶に誘った。ハーマイオニーは驚いたものの、意中の彼に誘われて断る理由はない。もちろん快諾した。
そして、これは彼を訪ねた日の日課となった。
「4年生の授業はどうです? 貴女なら何の問題もないとは思いますが」
「いいえ、そんなこともありません。 特に変身術はネズミを他の生き物に変える授業に入ったのですが、なかなか難しいです」
変身術において動物を無機物に変えることはまだしも、動物を他の動物に変身させるのはかなり困難だ。つまり、だいたいの人はここで躓く。
「ああ、そのコツはイメージですね。 変える動物の細部まで記憶することが大切なのです」
そして、他愛のない世間話に興じる。
去年この部屋に足を踏み入れ、お茶をご馳走になった時は酷く緊張したのに、今となってはハーマイオニーもすっかりリラックスムードだ。
とはいえ、ハーマイオニーは彼の真意が読み取れなかった。
レギュラスはいつでも気軽に質問に来るよう言ってくれたものの、自分は去年彼に想いを伝えそしてきっぱりと断られている。
それなのに、こうして自室に招き入れお茶を振舞ってくれるのはどうしてなのだろう。
言わずもがな、レギュラスはスリザリンの寮監。こんな所を寮生に見られたら、良い視線は向けられないだろう。
要するに、彼にとってのメリットが思いつかなかった。
どうして自分をお茶に誘ってくれるのですか。
それに--貴方は昔悪い魔法使いだったのですか。
「グレンジャー、クッキーはいかがですか」
「…ええ。 いただきます」
とはいえ、彼のことが未だに好きなハーマイオニーはこの時間を壊したくなくて、そんな質問を口にする勇気はない。
「あの、ブラック先生は--友人と喧嘩をしたことはありますか?」
代わりに口をついて出てきたのは、子どもっぽい質問だった。
レギュラスはこの質問がハリーとロンのことを指してのものとすぐに分かったようで、少し不快気な顔をした。
「ありませんね」
「そ、そうですか」
レギュラスの言葉があまりにもにべがなかったので、ハーマイオニーはちょっと戸惑った。
レギュラスは物憂げに、ティーカップに手をかけ視線を遠くに投げる。その姿があまりにも様になっていて、ハーマイオニーは目を奪われる。
「羨ましいとは感じますね。そこまで本音を曝け出せる友達というのが」
レギュラスの口からするりと零れ出たその言葉は、誰かに向けたものというよりは独白めいていた。
ハーマイオニーには、言葉の真意がわからない。
「ブラック先生…?」
レギュラスははっと我に返って、ちょっとバツが悪そうに咳払いをした。
「…何でもありませんよ。 忘れてください」
そう言って紅茶を含むレギュラスはやはりどこまでもかっこよくて、そして優しげに見えて。
ハーマイオニーには、どうしてもこの人が悪人であるとは思えないのだった。
乱される。彼女といるととてつもなく、ペースが乱される。
レギュラスは最早すっかり彼女専用となってしまったティーカップを片付けた。
こうして彼女と過ごす時間を無理矢理作っているのは、エゴでしかない。
卑怯なことをしているのは分かっている。きっちり気持ちを伝えてくれて、それでいて今のままで充分だと言ってくれた彼女に対して、中途半端な優しさは残酷だと言うことも。
「気でも狂ってしまったのでしょうか、私は」
歳が二回りも違うマグル生まれの少女に、ここまで心を掻き乱されるなんて。
どんなに自制しても、視線は彼女を追ってしまう。あまつさえ触れたいとすら願ってしまう。
自分にそんな権利などないと言うのに。
相反する気持ちを振り切るかのように、レギュラスは腕を捲り生徒のレポートの採点に差し掛かろうとしたその時。
レギュラスは雷に打たれたかのように、固まった。
視線の先にあるのは、左腕の黒々とした印。嫌でも自分の過ちを思い出させるその印。
--明らかに濃くなっている。
レギュラスは、肌がぞわりと粟立つのを感じた。
地味にファイアボルトを手に入れてないハリー。
更新遅れてすんません!!!