気に入らないことは、今までもたくさんあった。
例えば、そんなにかっこいいわけじゃないのに皆がチヤホヤするのも気に入らなかったし、自分が周りからハリーのおまけのように思われてるのも気に入らない。
自分が中古のドレスローブで我慢しなければいけないのだって、絶対にハリーにこの気持ちは分かりっこない。兄弟に霞んで劣等感に悩まされたことだって絶対分からない。
でも…。
同じように、自分だって彼の痛みを分かっていなかった。
ロンにとって母親の存在は当たり前だったし、『生き残った男の子』故に曝される好奇の視線の苦しみだって今も想像つかない。
「…そのくせ、応援にだけはしっかり来るわけか」
第一の課題が行われる競技場。
この言葉を発したのは、憐憫と軽蔑の視線をロンに向けるドラコである。
言わずもがなスリザリンの大多数はハリーのことをこれっぽっちも応援していない。そんな席でハリーに声援を送るのは憚られるということで、ドラコとシャルロットはハーマイオニーの勧めによりグリフィンドールの観客席に来ていた。
「うるさいな。 とっとと自分の住処に帰れよ。 マルフォイ」
他に空いてる席がなかったのか仕方なさそうにロンの隣りに腰を下ろしたドラコは、はあと深い溜息をつく。
「君だって、ハリーが自分で名前入れてないって分かっているんだろう? ハリーは確かにあんな性格だけど…友達は大切にする奴だ。 嘘はつかない」
自分のことは棚に上げ、ドラコは偉そうに説教を垂れた。
「わかってるよ! だけどな、おまえにも僕の気持ちが分かるわけない!」
同じく一人っ子であり実家が裕福で恵まれている彼に、ロンが噛み付く。
どうしてこいつに自分の惨めな気持ちが分かるだろうか。劣等感なんてこいつに分かるわけがないと。
喧嘩になるかとロンは思ったが、驚くことにドラコは唇をちょっと噛み切なそうな顔をした。
「それを言ったら、君にだって僕の気持ちはわからないだろう。 親のしがらみがなく堂々とハリーと仲良くできて…何が不満なんだ。 1年生のときチェスで大活躍したのも、2年生のときハリーとバジリスクと戦ったのも、君じゃないか。 僕がそれをどんなに羨ましく思ったか考えたことあるか?」
ロンは驚いて、ドラコの顔をまじまじと見つめる。ドラコのそんな本音を聞いたのは初めてだった。
ドラコは言葉を続ける。
「僕はスリザリン生だ。 スリザリンに選ばれたことに誇りをもっているし、この寮が大好きだ。 でも、僕だって…ハリーと同じ寮になりたかったに決まってるだろ。 君より付き合いはずっと長いんだ。 …ハリーは確かにすぐ調子に乗るし軽薄だよ。 ただ、僕の見た限り、ハリーが一度でもウィーズリーのことを軽んじたことはないと思うが?」
ロンは言葉を失った。
その時。
「さあ!皆様お集まりですかな?ふむ、ふむ!よくぞ集まってくれた!」
魔法により拡声したバグマンが口火を切った。観客席のテンションは今や最高潮である。
「第一の課題のお相手は…ドラゴン!! 無論、簡単な相手ではありません。 さあ、4人の選ばれし者たちはどんな戦いを見せてくれるのか! 最後まで目を離さず、とくとご覧あれ!! さあ、最初に挑戦するのはホグワーツ校から!! セドリック・ディゴリー!!」
ハッフルパフから一際大きな歓声が上がり、顔を青白くさせたセドリックを迎えた。
次にフラー、そしてクラム。
獲得しなければならない金の卵が一部潰れて減点されたり、ドラゴンの炎によって怪我をした者も出たが、課題は概ねつつがなく進んだ。
次はとうとう、ハリーの番。
彼と親しい友人たちは、固唾を飲んで彼の登場を待った。
「さて、最後はお待ちかね! 皆さんご存知『生き残った男の子』、ハリー・ブラックゥゥ!!」
今までで一番小さな歓声だった。それも殆どがグリフィンドールからと他の寮にいるハリーファンの女の子だけだ。
さすがのハリーもいつもの軽い調子はどこへやら、今にも緊張で押し潰されそうな顔で現れた。
目の前には凶暴なハンガリー・ホーンテールが待ち構えている。
「課題、開始!!」
バグマンの言葉が先だったか、ドラゴンの口から炎が放たれたのが先だったか。
ハーマイオニーとシャルロットが悲鳴を上げ、手で顔を覆う。
ハリーは転がって、炎を避けると杖を掲げた。
「アクシオ、ニンバス2001!」
間一髪、ドラゴンが次の炎を吐く前にハリーは大空へと飛び立った。
現役クィディッチメンバー、それもシーカーの飛翔に、ハリーの応援をしていない観衆すら沸き立つ。
「ナイス、ハリー!!」
ドラコが一際大きな声を上げた。
ニンバスに跨ったハリーは、まさに水を得た魚のようでドラゴンの周りを飛び回る。たまらず、ドラゴンは威嚇するように咆哮し、大きた翼をはためかせ飛び上がった。
舞台は空中戦に切り替わった。とはいえ、ドラゴンは警戒したように卵のすぐ上を低く飛んでいる。
ハリーはドラゴンを挑発するように、ちょこまかと飛び回る。ドラゴンは五月蝿そうに、長い首を振って払い除けようとした。
いくらハリーが腕のあるシーカーとはいえ、空中戦ではドラゴンの方が格上である。
「うわッ!?」
再びドラゴンの放った炎が、ニンバス2001を掠める。一部が燃えた箒は、制御を失い一瞬傾いた。
観客が短い悲鳴を上げ、そして静まり返る。
「しっかりしろ! 君の実力はそんなもんじゃないだろ!!」
その声は、まるで呪文の閃光のように一直線にハリーに届いた。
声を発した主は、ロナルド・ウィーズリー。
「ロン…?」
「ハリー! ドラゴンなんかに負けるな!!」
ロンは耳まで真っ赤になりながら、拳を天に突き上げた。
ハリーは空中で一瞬呆気に取られたかと思うと、頷いて唇を噛み締める。
そして、ハリーは再び箒を握り直すと、ドラゴンの炎を掻い潜り突然急上昇した。ドラゴンは唸り声を上げて、ハリーに追いついてくる。
壊れかけた箒がミシミシと嫌な音を立てる。
高度がぐんぐん上がり、ハリーはドラゴンは連れて真っ青な空に飛んでいく。
そして、次の瞬間。ハリーは突然急降下した。
再びハリーが墜ちると思った観衆たちは悲鳴を上げ、顔を背ける。しかし、対照的にグリフィンドールの観衆たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
いきなり急上昇、そして急降下して追っ手を切り離す。これはクィディッチでハリーの得意とする戦法だ。
我を失っていたドラゴンは一瞬反応が遅れた。そして、金の卵が奪われることを悟ったのだろう。次の瞬間ドラゴンも凄まじい勢いで下降しハリーを追いかける。
ドラゴンが怒りに任せて炎を吐き出す。しかし、そんなことではハリーは止まらない。追いつけない。
やがて、ハリーは地上すれすれで地面と平行に方向を変えると--金の卵を掴み、そのまま箒から飛び降り、転がった。
爆発のような、歓声。
ハンガリー・ホーンテールは瞬く間にドラゴン使いたちに押さえられる。ハリーは弱々しく立ち上がると金の卵を掲げ、ふにゃりと笑った。
「やった! やったぞ!!」
ドラコは彼にして珍しく、感情を剥き出しにしてその場で飛び上がる。そして同じく、興奮して訳の分からないことを喚いているロンと固く抱き合い、背中や肩をバシバシ叩いた。
「よかった…本当によかった!」
ハーマイオニーはハリーを応援する横断幕で涙を拭き、シャルロットは脱力してその場にへたり込む。
ハリーに対して良くない感情を抱いていたものでさえ、感動したように祝福の言葉を送っている。
「さあ、ハリーの元に行きましょう!」
ハーマイオニーは横断幕を放り投げ、人混みを掻き分ける。シャルロットも慌ててそれに続いた。
「「ぎゃあああああああああ!!」」
二人の背後で、我に返ったドラコとロンが、悲鳴を上げ互いに互いを突き飛ばした。
「あーあ…見てよ、パパ。僕のニンバス2001がぁ……」
大した怪我はないもののマダム・ポンフリーに手当てを受けていたハリーはがっくりと項垂れる。
有給を取りセブルスと共に観戦をしていたシリウスは、苦笑してハリーの肩を叩いた。
「仕方ないだろ。また新しい箒買ってやるよ」
その言葉にハリーは救われはしたものの、やはり長年使ってきた箒は愛着がある。未だにちょっと落ち込み顔だ。
「ハリー!」
選手控えのテントが開き、ドラコ、シャルロット…そしてハーマイオニーに腕を掴まれたロンが気まずそうに顔を出した。
ちょうどよくマダム・ポンフリーの治療も終わったので、ハリーはシリウスと分かれ皆と合流する。
「…ほら、二人で話してこいよ。 全く世話が焼けるな」
ドラコはぶっきらぼうに言うとハリーの肩をロンの方に押し出す。シャルロットとハーマイオニーも空気を読んで、彼らから距離を取った。
「おい! 余計なことを…」
ハリーが何か言う前に、三人は目配せしてどこかへ行ってしまった。
ハリーとロンの二人だけがポツンと残されている。
「あー…少し、歩く?」
ロンは目を合わせずそれだけ言った。ハリーは頷いて、ロンの隣りを間をあけて歩く。ぎこちない距離感だ。
陽は落ちてきて、禁じられた森の上には橙色の夕焼けが広がっている。
「チョウと別れたんだって?」
唐突に、ロンは言った。
影になっているため、彼の表情は見えない。
「…うん」
「馬鹿なことをしたもんだなー。 もう少しでダンスパーティーだぜ?」
ロンは軽い口調でそう言った。ようやく彼の顔を正面から見た。彼は笑っている。
「ううん。 正しい決断だったよ。 チョウは君のことを悪く言ったんだ」
ロンは驚いたようにハリーの顔をまじまじと見た。
「ふ、ふーん…」
またしても沈黙が訪れた。次に沈黙を破ったのはまたしてもロンだった。
「ハリーさ、こないだ何であんなに怒ってたの?」
「だって君、第一の課題がドラゴンってこと僕に黙ってたじゃないか。 そのくせセドリックには伝えたくせに」
もう許そうと思っていたはずなのに、ハリーの言葉にはチクリとした嫌味を孕んでいた。
すると、ロンは合点が言ったように、あー…と声を漏らした。
「なるほどね。 僕、本当は君に一番に伝えようとしたんだけど、何か気まずくてさ。 チャーリー兄さんに頼んで、ハリーのパパに伝わるようにしてもらったんだ」
ハリーは吃驚して思わず立ち止まった。
「なんだよそれ…。 全然気付かなかった」
ロンは、本当にハリーが嫌いになったわけではなかったのだ。
「…あのさ、パパが昔着たドレスローブが家にあるんだ。 その、もし君が良かったらだけど、あのヒラヒラしたやつよりマシかなって」
ロンの表情がさっと曇った。
「でも…」
「勘違いするなよ」
ハリーはロンの言葉を遮ると、さらに続ける。
「僕は君を可哀想と思ってそうするんじゃない。 大事な親友にダンスパーティーを楽しんでほしいから、そうするんだ」
ハリーはきっぱり言い切った。
ロンは暫く何かを逡巡するように、口を開いて閉じてを繰り返していたが、ついにハリーの方に向き直った。
「僕、君の言葉を信じるよ。 そりゃ君は
「僕こそごめん。 殴ったとこ傷になってなくて良かった」
ハリーもロンの顔を穴があくほどまじまじと見つめた。そして、クスッと笑う。
「じゃあ、仲直りってことでいいかな?」
「ああ、もちろん。 ごめんな、ハリー」
ロンも緊張の糸が解けたように、緩みきった笑顔を見せる。
「もう謝るなって。 僕だって悪かった。…だけど、忘れんなよ。 一年生の時君がいなければマクゴナガルのチェスに勝てなかったし、二年生の時だって君がいなかったら僕は今頃バジリスクの栄養分さ。まあ、三年生の時は君のネズミに迷惑かけられたけど」
「ああ、もうネズミは一生飼わないよ」
ロンがげんなりしてそう言うと、二人は顔を見合わせて同時に吹き出した。ここ最近の空白を埋めるように、ゲラゲラと声を上げてずっと笑った。
第一の課題も終わり、一息ついたかと思いきや、校内はダンスパーティーに向けさらに色めきたった。
授業にはダンスの練習も組み込まれ、青春真っ盛りの生徒たちにこれで浮き足たつなと言う方が無理である。
ハリーはシリウスからダンスを教えてもらった経験があるとはいえ、代表選手は皆の前でダンスをしなければならないので練習に勤しんだ。もちろんこれは皆一緒で、休み時間になればあちこちでステップの練習をする生徒を目にした。
今週に入ってハリーは、既に女の子の方から三人ほど声を掛けられたが殆どが話したこともない生徒だったので断った。
「もったいない。 今の子、結構美人だったぜ」
ロンは玉砕してトボトボ歩くハッフルパフの上級生の女の子を眺め、そう言った。
「そんなこと言っても…パーティーは夜中まであるんだ。 大して知らない子と行く方が苦痛だよ」
ハリーの言葉に、それもそうかとロンは頷いた。
「ところで、あの噂聞いた? ビクトール・クラムがハーマイオニーをダンスパーティーに誘って断られたってやつ」
「聞いたよ。 タチの悪い噂だよな」
ロンは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い、一蹴する。
「いやそれが、本当らしい。 本人に聞いてみた」
「はっ!?」
ロンは廊下の真ん中で、教科書をバラバラと落とした。
「何であんなガリ勉をクラムが誘うんだ? それに、断っただって?」
ロンは信じられないとばかりに言った。恐らくハーマイオニーは今頃、校内中の女の子から目の敵にされているだろう。
「そんなことない。 ハーマイオニーは魅力的な女の子だよ。 …まあ良かったな、ロン。 君にもチャンスがあるってわけだ」
「…何のことか分からないな」
ロンはそう言い、誤魔化した。が、寮に戻り図書館から帰ってきたハーマイオニーと合流すると、早速そのことを聞いていた。
「ねえ。 まさかと思うけど、あのビクトール・クラムの誘いを断ったって本当なの?」
「ええ、そうよ」
大量の魔法薬の本を手にしたハーマイオニーは、今日一日で散々同じことを聞かれたのか、ちょっとうんざりしたように答えた。
「もったいない! 彼は今世紀最高のシーカーだ」
「そりゃ知ってるけど…」
ハーマイオニーの言葉が濁った拍子に、ロンは畳み掛ける。
「女の一人は惨めだぜ。 もし僕でよければ一緒に行っても…」
「お生憎様!」
ハーマイオニーはぴしゃりと言うと、本をまとめた。
「クラムだけじゃないわ。 他の人からも声くらい掛けられてるわよ! 私がダンスパーティーに行く気がないだけ!」
ハーマイオニーはすごい勢いでそう捲し立てると、ツンとした顔のまま談話室を出ていってしまった。
ロンは呆気に取られ、ハーマイオニーの背中を見送る。
ハリーは可哀想なものを見る目付きで、ロンに視線を投げかけた。
「うーん…今のはあまりにも紳士的じゃないぜ、ロン」
ハーマイオニーは怒りに任せて、談話室を出ていったあと空き教室に足を踏み入れた。
そこで漸く冷静になり、先ほどロンには言い過ぎたかなと反省する。
ハーマイオニーはレギュラスが好きだった。誰に何を言われようと、例え本人から拒絶されたって、その気持ちは変わらない。
だから、とてもじゃないが他の男の子とダンスをするなんて考えられなかった。
「ハーマイオニー…?」
恐る恐る扉が開けられる。そこにはバツの悪そうな顔をしたロン。
おおかた女の子の扱いができてないとかハリーに怒られて、慌てて追いかけてきたのだろう。
「さっきはごめんなさいね。 私が言い過ぎたわ」
「…あのさ、ハーマイオニー。 僕とダンスパーティーに行ってくれない?」
再び告げられたその言葉にハーマイオニーは吃驚して、ロンの顔を見たが彼の顔は至って真剣だ。
「ロン…。 女の子を誘うのが面倒くさいからって、手近で済まそうとするのは良くないわ」
ハーマイオニーは困ったように言った。
「違うよ! そうじゃない。 さっきはついあんな言い方をしたけど、僕は君とダンスパーティーに行きたいんだ」
空き教室に広がる、一瞬の静寂。
「えっと…あの、ロン。 それってどういう意味かしら?」
ハーマイオニーが思わずそう言うと、ロンは言葉に詰まり目を泳がせた。
「ほ、ほら。 だから、あれだよ。 ハリーも言ってたけど、大して知らない人とダンスなんかしても楽しくないだろ? どうせなら仲良い人と行った方が楽しいじゃないか」
一度、ロンは言葉を切り、そして続ける。
「だから、僕とダンスパーティーに行かないか? …その、友達として」
友達として。
成程。そんなダンスパーティーの楽しみ方もあるかもしれない。
ハーマイオニーは心の中で呟いた。
ロンなら気心も知れてる友人だから、きっと楽しめるだろう。
ハーマイオニーはそう結論付けた。
「ええ。 それなら、いいわよ」
「やった!!」
ハーマイオニーが言い終わる前に、ロンは心底嬉しそうにガッツポーズした。
ダンスパーティーでロンとハーマイオニーが踊る二次創作レアかもしれない。