「それじゃあ、あれが第三の課題なんだ」
クィディッチ競技場に突如増設された巨大迷路。植物がうねうねと複雑に絡み合って出来ている生垣は、中を伺い見ることができなく一層不気味だった。
「そうだよ。 さっきバグマンから説明があったんだ。 迷路の中心に優勝杯があって、それを最初に手にした人が優勝なんだって」
「シンプルでいいね」
ルーナはちょっとだけ笑った。
2人は今、禁じられた森の中にいる。鬱蒼とした茂みは昼間でも冷ややかなものを感じるというのに、夕闇が迫るこの時間になってもルーナはへっちゃららしい。
「君はこの森が怖くないの? 僕、1年生の時ここに罰則で入ったことがあってね。 その時から夜の森は苦手だ」
「どうして森が怖いの? 森は私たちが悪いことをしない限り、攻撃してこないよ。 もちろん守ってもくれないけどね」
ルーナの言葉は時に示唆的で、ハリーはつい返答に時間を要してしまう。
ハリーが口を開く前に、ルーナはふと視線をずらすと何かを見つけたようで、それに駆け寄り撫でるような仕草をとった。しかし、ハリーには何も見えない。
「アー…えっとナーグルかい? それともガルピング・プリンピー?」
「…そっか。 ハリーには見えないんだね。 ここにセストラルがいるんだよ」
ルーナはそう言うと、背伸びをして透明な何かに顔を埋めた。推し計るに、馬のような外見をしているらしい。
「セストラル? 聞いたことあるかも。 なんだっけ?」
「優しい動物なんだよ。 見た目は変わってるけど。 セストラルはね、死を見たことある人にしか見えないんだ」
ここには自分たちしか居ないというのに、ルーナは秘密を打ち明けるように囁いた。
「…誰かの死を見たことがあるの?」
「ママ。 すごい魔女だったけど、ある日実験に失敗して死んじゃった。 あたしは9歳だった。 でも寂しくないよ。パパがいるもん」
「僕も同じだ。
ハリーは恐る恐る近付いて、ルーナが触っているところに手を伸ばしてみた。すると見えないけれどそこに何かしらの生物が居ることはわかった。ゴワゴワとした毛並みの、骨ばった生き物だ。
「でも、どうして僕には見えないんだろう? 父さんと母さんが死んじゃった時、僕もそこに居たはずなのに」
「その時ハリーはまだ幼かったから、きっと死を認識できなかったんじゃないかな。 でもそれって不幸なことじゃないと思うよ」
またしても示唆的なルーナの言葉の意味をハリーが噛み締めていると、撫でていたセストラルがするりと逃げ出した。
そして、背後からガサガサという音がした。
ハリーは咄嗟に杖を抜くと、ルーナを自分の背後に回した。
「誰だ!」
先程ルーナの言った、森は怖くないという言葉はなるほど本当のことだろう。自然は自分たちを襲ってこない。しかし、そこに悪意のある人間が紛れ込んでいたら話は別だ。ハリーの脳裏に、3年前に見たユニコーンの血を啜る恐ろしい姿の人物が浮かぶ。
すると大きな樫の木から突然男がよろよろと現れた。杖を突きつけたものの、その男は弱っていて、とてもじゃないがこちらに敵意はなさそうだった。
しかし、その男をよく見るとハリーは見覚えがあることに気付いた。
「…あれ、クラウチさん?」
ハリーは恐る恐るそう問いかけた。
しかし、クラウチは正気を失っているのか、ボソボソと何かを呟いている。おかしいのは言動だけではない。彼のローブはところどころ破れ、血が滲んでいる。ハリーの記憶の中ではきっちりと整えられていた髪も髭も荒れ放題だ。
「……それが終わったら、ウェーザビー。 ダームストラングの生徒の数を確認して…ああ、そうだな。 ダンブルドアにもふくろう便を送ってくれ」
「クラウチさん?」
ハリーは杖を構えたまま、慎重に声をかけた。
「………なに? まだマダム・マクシームに連絡を取っていないのか? …迅速に頼むよ、ウェーザビー」
「何か変だね、この人」
いつもはのほほんとしたルーナも、木に向かって喋り続けるクラウチを警戒している。
「クラウチさん? 大丈夫ですか?」
ハリーが少し大きい声でそう言うと、初めてクラウチの視点がこちらと合った。
「き…君は……ハリー・ブラック…! シリウスの息子のハリーだったね!?」
クラウチは喘ぐようにそう言うと、ハリーのローブをぎゅっと掴んだ。
「頼む! 今すぐシリウスを呼んでくれ! 話さなければ…私の過ちを…!」
「落ち着いてください! クラウチさん! パパはここにはいません。 魔法省に居るはずです。 ここホグワーツですよ?」
「ホグワーツ……そうだ! ホグワーツだ! ダンブルドア! ダンブルドアに会わせてくれ! バーサが…死んだ! 全て…私のせいだ…! 例のあの人の力が…強くなった…!」
「ダンブルドアですか? 分かりました、一緒に行きましょう!」
ハリーがそう言うと、またしてもクラウチの様子が一変した。
「ありがとう。 ウェーザビー、紅茶を1杯くれ。 今夜はファッジご夫妻とコンサートに行くのだ」
またしてもクラウチは流暢に木に向かって喋り始めた。
「…そうなんだよ。 息子はO.W.L試験で十二科目もパスしてね。 …ああ、自慢の息子だ。 本当に満足だよ。 私も鼻が高い。 将来が楽しみなんだ」
「ハリー、あたしがこの人のこと見てるからダンブルドアを連れてきて。 そっちの方が早いよ」
ルーナは落ち着いた口調でそう言った。
「でも…」
ルーナの言い分は分かる。
しかし、女の子を…それも自分のガールフレンドを狂人と2人で真っ暗な森に残していくのは気が引けた。
「早く! あたしは大丈夫だから!」
珍しく強い口調でルーナにそう押し切られ、ハリーは仕方なく頷くと全力疾走で森を抜け、城に入り廊下を駆けた。
「レモンキャンディー!」
ガーゴイル像の前に行くと、そう叫んだ。
しかし、像はビクともしない。それもそのはず、合言葉がレモンキャンディーだったのはハリーが2年生の時だ。
仕方なくハリーはセブルスの部屋へ向かうことにした。時間のロスだが、仕方ない。走り始めたちょうどその時。
「何をしているのです、ブラック」
レギュラスがガーゴイル像の裏から現れた。
「レギュラス・ブラック…先生! ダンブルドア先生に会いたいんです! 合言葉を教えてください!」
普段なら絶対に頼み事なんてしたくない相手だが、そんなことは言っていられない。ハリーは半ば叫ぶようにそう言った。
「…何故貴方が校長に会う必要があるんです? 貴方と違って校長は忙しい」
「クラウチが! クラウチが禁じられた森に現れたんです! 何故かボロボロで、それでダンブルドア先生に会いたいって! だから、早く!!」
「クラウチ…?」
レギュラスは思ってもいなかった人名に驚きつつも、ハリーを胡散臭そうに眺めた。大方、ハリーの言葉が嘘かどうか吟味しているのだろう。
やきもきしたハリーがついに怒鳴りそうになったその時。
「何事じゃ?」
再びガーゴイル像がするすると動き、ダンブルドアが現れた。
「校長先生! 大変なんです! クラウチさんが突然禁じられた森に現れて…」
レギュラスが何か言う前に、ハリーはダンブルドアに駆け寄るとそう訴えた。ダンブルドアは何も質問をせず、すぐに案内するようハリーに命じると、その老体からは想像できないほどのスピードで走り出した。
「クラウチ氏は何と言ったのかね、ハリー?」
大理石の階段を下りながら、ダンブルドアが訊いた。
「先生に話したいことがあると…何か大変なことをしてしまったと言っていました。 あとはバーサ・ジョーキンズが死んだと…それにヴォルデモートが…強くなっているって」
「なるほど」
ダンブルドアは短くそう言うと、ハリーと共に既に日が落ちて真っ暗になった禁じられた森に急いだ。
ハリーは急にルーナのことが心配になり、さらに走る速度を上げた。
しかし、いざ禁じられた森に着いてみるとそこに待ち受けていたのは倒れたルーナだけだった。
「ルーナ!?」
ハリーは慌てて駆け寄り彼女の体を抱いた。一瞬ヒヤリとしたが、彼女は規則的に息をしているし体も温かい。
ダンブルドアは杖から半透明な鳥のゴーストのようなものを出すと、その鳥はハグリッドの家の方へ滑るように飛んで行った。そして、次に杖をルーナに向けた。
「
「こ、これは一体…」
ルーナが呻き声を上げて目をぱちぱちし始めた頃、ハグリッドとそしてムーディが辿り着いた。
ムーディは相当急いで来たようで、息がぜいぜいと切れている。
「アラスター、クラウチが現れたらしい。 すぐに探し出さなくては」
「承知した」
ムーディは唸るようにそう言うと、義足を引き摺りながら禁じられた森の奥へと消えて行った。
「ハグリッド、ハリーとラブグッド嬢を校内まで送り届けてくれるかの?」
ハグリッドは重大な使命を申し付けられたような顔で神妙に頷くと、未だそこに残りたそうな顔をしていたハリーの手を掴み、半ば引き摺るように歩いた。
「全くおまえさんたち、こんな時間まで森の中で何をしとった?」
「何って…ただのデートだよ」
ハリーはちょっとバツが悪そうにそう答えた。
「おまえさんの名前をゴブレットに入れた犯人も分かってねえのに、あんな所をウロウロするべきじゃねえ! …それにルーナ。動物が好きなのは分かるが、今年ばかりは外部の人たちが来とるんだ! 2人とも危険なことばかりしおって」
珍しくハグリッドの言ってることは正しかったので、ハリーとルーナは黙って頷いた。
「ハグリッド、僕セブルスおじさんの部屋に行くからここまでで大丈夫。 ルーナのことは談話室の前まで送ってあげて」
玄関ホールに差し掛かると、ハリーはそう言って2人と分かれた。
グリフィンドール塔の近くにあるセブルスの部屋へ続く階段を駆け昇る。
この時間なら煙突飛行ネットワークを使って、仕事終わりのシリウスも呼べるだろう。
今起きたことを全て、話さなければ。
魔法省は主に、魔法法執行部、魔法事故惨事部、魔法生物規制管理部、国際魔法協力部、魔法運輸部、魔法ゲーム・スポーツ部、神秘部の7つから成り立っている。
闇祓い局は、魔法法執行部の中にある管轄である。
近年までその魔法法執行部の部長こそがバーテミウス・クラウチだったわけだが、とある不祥事をきっかけに彼は国際魔法協力部に異動となった。俗に言う、左遷である。
その不祥事というのが、他でもないクラウチの息子が死喰い人だったという事件である。…とはいえ、息子が死喰い人だったことが問題で左遷になったというよりは、家族を顧みず息子の教育を怠ったからと世間からバッシングされたことが原因だったりする。 (そもそもシリウス自身、無実だと一応認められてはいるものの死喰い人だった弟を持っているのだ)
クラウチの政策の中には、闇祓い局に闇の魔法使いを殺害することを認めるものもあった。支持する者がもちろん多かったが、中には過激すぎる彼の政策を非難する者も少なからず居た。出る杭は打たれると言ったところだったのだろう。
…とまあ、シリウスの知るクラウチの知識はこんなものである。そもそもシリウスが闇祓いになった頃は既に部長はアメリア・ボーンズだったため、事件のことは詳しくは知らない。
しかし、クラウチと面識があるシリウスにはどうしても彼が病欠を続けたり、先日ハリーから聞いたように支離滅裂なことを口走った挙句に失踪する人物には思えないのだった。
シリウスはその日の仕事を終え、キングズリーに引き継ぎを終えると、闇祓い局の本部の部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。
「あ、待って待って! 閉めないで! 私も乗る!」
扉が閉まる寸前に、ニンファドーラ・トンクスが息せき切って乗り込んできた。ショッキングピンクの髪色がパチパチと鮮やかに色を変えた。
「お疲れ様です、ブラック局長!」
トンクスは大仰な身振りでピシッと敬礼をして見せた。
彼女の着ている闇祓い局の制服である黒いローブはは未だ真新しく、それが何とも初々しい。それもそのはず、彼女は非常に困難と言われている闇祓いの訓練を終え、漸く念願の闇祓いになったばかりだ。
「あー、よかった間に合って! この時間てさ、エレベーターすごい混むんだもん」
エレベーターが今度こそ閉まると、トンクスは砕けた口調でそう言った。
シリウスとトンクスは仕事中こそ上司と部下という関係だが--。
「お疲れ。 ドロメダは元気か?」
一歩職場を出れば、親戚同士という関係である。トンクスの母親のアンドロメダは、シリウスとは従兄妹に当たる。
闇祓いの訓練に入ってから忙しくなったトンクスはめっきり遊びに来なくなったものの、それ以前はよくシリウスの家に遊びに訪れ幼いハリーの遊び相手になってくれていた。
ハリーにとってトンクスは、クィディッチの話で盛り上がれる楽しい親戚のお姉さんである。
「元気よ。 最初は私が闇祓いになることに猛反対してたけど、やっと最近認めてくれたみたい」
「そうか。 …ったく、変な気分だよ。 ついこないだベビーだったおまえが俺の部下なんてな」
チンと音がしてエレベーターがエントランスのある階に着く。再び扉が開きトンクスは降りると、きょとんとこちらを振り返る。
「あれ? シリウスは帰らないの?」
「ああ。 ちょっと野暮用があってな」
「また他の部署の女の子引っ掛けるの? いい加減にしないと、そろそろ刺されるよ」
呆れたように腕組みをするトンクスの姿が妙にアンドロメダに似ていたので、余計なお世話だと苦笑するとシリウスはとある階へエレベーターを動かした。
向かった先は、魔法法律評議会など裁判所があるフロア。
エレベーターを降りて間もなくに、シリウスは目当ての人物に会えた。
「よぉ、チャールズ」
彼はシリウスに気付くと、手を上げた。
チャールズは闇祓いの訓練を同時期に終えた同僚である。しかし、彼は結婚と妻の出産を機に、戦闘の最前線に立たなければいけない闇祓い局からウィゼンガモット法廷の仕事に異動をしていた。
「久しぶりだな。 飲みの誘いか? すまないが答えはNOだ。 今日は残業で帰れそうにない」
「いや、そうじゃない。 頼みがあって来たんだ。 …10年くらい前の裁判の記録を見せてほしい」
敢えてクラウチの名前は出さず、ぼかした言い方をした。
「部長の許可証は?」
「もちろんない」
シリウスはニヤッと笑った。
チャールズはすっと目を細め、周囲に誰もいないことを確認した。
「おい。つまり…不正の頼み事かい?」
「こないだ飲んだ時に貸した金、チャラにしてやるよ」
「…仕方ねえな。 なるべく早く済ませろよ」
「よし。 交渉成立だな」
シリウスは満足げに頷くと、裁判の記録が所狭しと並ぶ資料室へと入った。
クラウチの事件があった頃はちょうど多くの死喰い人が逮捕された時期であり、膨大なデータの中から探し出すのはなかなか骨が折れる作業だった。
「お、これか」
分厚い記録書とにらめっこを始めて2時間を回った頃、漸くシリウスは目当ての裁判記録を見つけた。
「…ん? 被告人の名前もバーテミウス・クラウチだったのか」
シリウスは初めてクラウチの息子の名前を知った。
記録書の中では、識別のためか魔法法執行部の部長が「バーテミウス・クラウチ・シニア」、被告人の名前には「バーテミウス・クラウチ・ジュニア」と示されている。
息子の方のバーテミウスはアズカバンに収監され随分前に亡くなっているらしい。しかし、亡くなる少し前に母親と面会した記録がある。そして、息子が亡くなってすぐに母親は後を追うように亡くなっている。
「…なるほどな」
傍聴人席にムーディやダンブルドアの名前がある。ダンブルドアに聞けば、もっと詳しく分かるだろうか。
それにムーディへの違和感だ。
最初は服従の呪文にかかっているのかと思ったが、セブルスにレギュラスの薬品室からポリジュース薬の材料が盗まれたことを聞いた。 (腹立つことにレギュラスはハリーの仕業だと思ったらしい)
ムーディが敵の手に落ちたことは考えたくないが、逆にポリジュース薬を使っているということは本物の彼は生存していることを意味する。
ホグワーツでいきなり偽物を襲撃するわけにもいかない。周りの生徒に被害が出たら大変だ。慎重に行動に移さなければ。
ムーディが偽物である可能性。
クラウチ・ジュニアの死。
クラウチ・シニアの不可解な言動と失踪。
そして、クィディッチ・ワールドカップの時に何故か空席だったクラウチの貴賓席。
そのすぐ後に無くなっていたハリーの杖と無実のウィンキー。
点と点が繋がってきた。
「…とりあえず明日ダンブルドアに会いに行くか」
今回はハリーとルーナ夜のデートと、名探偵シリウス回でお送りしました。
そういえば12月にファンタビ2見たんですけど、あれファンタビから見始めた人は口ポカーンですね(゜д゜)
ハリポタ好きにはたまらないファンサービスのあめあられでした。