例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

6 / 72
セブルス・プリンスと動物もどき

 

しとしとと、誰しもを憂鬱にさせるようなそんな冷たい雨が降っている。

 

セブルスは制服の上に黒のローブを羽織って閑静な田舎道を歩いていた。隣りのマクゴナガルは自身と同じく黒のローブを纏って、レースのベールが付いた黒いトーク帽を被っている。

時折、マクゴナガルが自分を気遣うように視線を寄越した。が、セブルスは気付かないふりをして平静を装った。

 

母の葬儀はプリンス家で、人知れず行われることになっていた。

母は既に勘当されている。表立って葬式をするわけにはいかないのだろう。

それでも、母は母だ。葬式費さえ出してくれなかった父に代わって、ひっそりとでも葬式をしてくれるのは有難いことだ。

 

プリンス家は、ロンドンから遠く離れた田舎に存在していた。

黒を基調とした屋敷は広壮で趣があり、所々蛇の彫刻が成されている。

治安の悪い粗末な小屋で育ったセブルスは、グリフィンドールの寮より部屋数が多いのではないだろうかとぼんやり考えた。

殺風景な庭には申し訳程度に花が植えられていた。

そして、その庭の中央に棺がある。

集まっている人数はたったの4人だった。そのうち2人はアイリーンの学生時代の数少ない友人のようだ。そして、もう2人は--。

 

 

「貴方がセブルス・・・?」

 

 

白髪が目立つ老婦人が、セブルスに近寄ってきた。否、確かに白髪が多いが、まだ顔立ちは若い。どこか疲れたようなその風貌が、彼女を年老いて見せているらしい。

 

「は、はい。 僕がセブルス・スネイプです」

 

初めて会う親以外の親戚に、思わず上擦った声が出てしまった。母の母にあたる人物ということで、勝手に熾烈な女性をイメージしていた。しかし、目の前の女性は上品な老婦人そのものだった。

女性は嗚呼・・・と声を漏らすと、目頭をハンカチで押さえた。

 

「私はダリア・プリンスと申します。貴方の・・・祖母です。」

 

「・・・初めまして、お祖母さん。あの、母の顔を見ても?」

 

プリンス夫人から許可を貰うと、セブルスは母の棺に近付いた。

1年生の時以来、母に会っていないので母の顔を見るのは久しぶりだ。その顔は安らかなようで、どこかやつれているように思えた。

 

 

「きっとこの子、私たちのこと恨んでいるわね」

 

 

プリンス夫人は呟いた。

そんな口元がセブルスと似ていた。セブルスの母譲りの薄い唇は、元々祖母のものらしい。

 

セブルスは何も言葉を返せなかった。

それを言ったら、きっと母は自分のことも恨んでいるだろう。

 

形は多少歪でも愛されていたのだと思う。幸せな思い出もあるから。

だが、父の暴力を見て見ぬ振りをして、スリザリンに入ることを自分に望み果たせなかった自分を否定した彼女を許せるかと言われたら、それは難しい。

 

 

プリンス夫人はそっとセブルスの頬に触れた。

どうしていいか分からず、セブルスは身を竦めてされるがままになる。

--今はもう薄くなっているものの、セブルスの体には多くの傷がある。彼女はその傷を見留めると、許しを乞うように声を絞り出した。

 

「セブルス。今更こんな話、虫が良すぎると思うのだけれども、貴方が良ければ貴方のことを家族として迎えたいの。アイリーンが死んだ時、初めて貴方の存在を知ったわ。ごめんなさい、こんな目にあっていたなんて・・・」

 

予想外の言葉にセブルスは驚きを隠せなかった。てっきり勘当された娘の息子なんて疎まれると思っていたのだ。

まさか社交辞令ではなく、本当に自分を引き取りたがっているなんて。まして、自分は混血なのに。

 

しかし、自分を案じてくれる肉親がまだ居たかと思うと、手足の先まで満たされるような温かな気分になったのも事実だった。

 

ちなみにこの時のセブルスには知る由もないことであるが、ダリア・プリンスの旧姓はプルウェットだ。彼女もまた紛うことなく純血であり自身の血筋に誇りを持っている。しかし、マグルに対する差別意識は強くなかった。

 

 

その一方で、ダリアの旦那でありプリンス家の現当主エルヴィス・プリンスは、複雑な表情を隠そうともしなかった。

漆黒と形容すべき黒髪はセブルスにそっくりで、四角い眼鏡が厳格な雰囲気に拍車をかけている。

目の前の少年は、後に怒りに任せ勘当したとはいえ、溺愛していた一人娘の息子なのである。それと同時に、自身が忌み嫌っているマグルの血が入っているわけでもある。

その瞳は、セブルスの羽織るローブの下の赤と金のネクタイを見てさらに厳しく細まった。

 

「初めまして。貴方がプリンス家の当主でしょうか?私、ホグワーツで副校長を務めているミネルバ・マクゴナガルと申します」

 

冷たい雰囲気を悟ったのか、空気を変えようとマクゴナガルは穏やかに一礼をした。

 

「・・・エルヴィス・プリンスだ。本日は遠いところを孫の引率、誠に感謝する。」

 

「えぇ。現在は引退されたとのことですが、魔法薬研究の第一人者として、お噂はかねがね聞いております。特に、ハナハッカ・エキスの発明。あれは魔法界に新たな革命を起こしたと言っても過言ではないでしょう」

 

マクゴナガルの言葉には媚びるような色は一切なく、勉学に携わる者としての本心に聞こえた。それがエルヴィスにも伝わったのか、彼は少しだけ機嫌を良くしたらしい。

 

「ふむ。あの薬の発明にはだいぶ手間をかけさせられたからね。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「えぇ。ここにいるセブルスも成績は大変よろしいのですよ。特に魔法薬の成績は学年トップです」

 

マクゴナガルのこの言葉に、エルヴィスは驚いたように目を見開いた。そして、自分の才能が孫に遺伝しているのが嬉しいのか、不器用ながらも顔を綻ばせた。

 

 

例え、複雑な事情がそこにあろうとも孫は孫。

世間の老夫婦が孫が可愛くて仕方ないように、プリンス夫婦も例外ではなかった。それだけの話なのである。

 

 

こうして、あれよあれよという間に手続きは進み、セブルス・スネイプはセブルス・プリンス(・・・・)となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。じゃあ、プリンス家ってそんなに純血主義ではなかったのか」

 

ジェームズが暴れ柳のツボであるコブを触りながら言った。悪戯仕掛人は当たり前のようにしていることだが、暴れ柳のこの弱点を知るものは意外と少ない。

 

「いや、純血主義ではあると思う。 2人とも自分の血筋を大切に思っているようだから。 ただ、マグルを排除しようとかそういう過激な考えはないらしい」

 

「ふぅん。 スリザリン出身でもそんな奴いるんだな」

 

ジェームズのその反応に、セブルスは溜息をついた。

 

「前から言ってるが、スリザリンだからといって皆が皆悪者というわけではないだろう。 くだらないスリザリンいじめはもうよせ」

 

「人聞き悪いこと言うな。 あれはいじめじゃなくて復讐! 2年のコーナーがロジエールの野郎にクラゲ呪い掛けられたんだよ」

 

「だからと言って、年下の生徒をシリウスと2人がかりで襲うのが本当に正しいことか? 騎士道が聞いて呆れる」

 

順番に、木の根元から隠し通路に入る。

背後からウワッと悲鳴が聞こえた。セブルスは、転んでしまったピーターを助け起こしてあげた。

 

「はいはい! 我らが王子様(プリンス)がそう仰せなら、気をつけますよっと」

 

「その名でおちょくるな! やり返すことは構わん。 だが、手当り次第スリザリン生に攻撃するのはやり過ぎだ」

 

ジェームズは納得出来ないようで憎まれ口を叩いてるが、意外にもシリウスは確かになぁとボヤいた。

 

「俺の従姉のアンドロメダはスリザリンだけど優しかった。 マグルと駆け落ちしてるし。 まあ、昔からあのクソ女に比べたら天使のような人だったけど」

 

世間では着実に闇の勢力が広がっている。

シリウスが同じく従姉であり、あの人の一番の側近とも言われているベラトリックスのことを言っているのはすぐ分かった。

自分でも暗いことを言ってしまったと気付いたのか、シリウスは明るい調子で言葉を続けた。

 

「アルファード叔父さんがな、俺がもし本当に家出したら援助をしてくれるって言ってたんだ。 そしたら、あんな家おさらばだぜ! どうせ跡継ぎはレギュラスが居るしな!」

 

シリウスはウキウキと心底満足気に言った。

プリンス家という新しい居場所を持てた今、自分と同じく複雑な家庭事情だったシリウスが突破口を見つけているのは、自分のことのように嬉しい。

 

ちなみにプリンス家の長男となってすぐ、今までポッター家から借りていたお金は全て返していた。

 

 

「もう学生時代も折り返しかぁ・・・。」

 

不意にピーターが感慨深そうにしんみりと言う。

 

「実はさ、卒業するまでに作りたいものがあるんだ。僕たち『悪戯仕掛け人』にしか出来ないこと。」

 

ジェームズは何かを企んでいるようで、楽しそうに口角を上げた。

 

「え、それって何!?」

 

ピーターが目をキラキラと輝かせる。

 

「名付けて・・・『忍びの地図』!僕らだけしか知らない秘密の道とか、フィルチの野郎の居場所が分かる最高の地図さ!」

 

「最高のアイデアだな。俺たちにぴったりじゃねぇか!」

 

ジェームズの提案に、シリウスが同調した。

 

「だろ?まあ、この話の続きは後だ。何せ、このドアの向こうには我らのふわふわ(・・・・)した友人が待っているからな。・・・お先にどうぞ、パッドフット。」

 

ジェームズのその言葉を合図に、シリウスは瞬く間に大型犬に変身する。そして、身を翻してドアを開けた。

目の前の狼人間は、突然の気配に襲う素振りを見せたが、犬になったシリウスだと分かると嬉しそうにじゃれ付いた。

 

次に、未だ変身に少し時間がかかるピーターが姿を変えた。小さなネズミとなったピーターは、既に変身を終えたシリウスの背中に飛び乗った。

ネズミという小柄な動物になるピーターは、変身すると置いてかれないよう誰かの背中に乗るのが常だった。

そんなピーターを見て、ジェームズは苦笑を浮かべた。

 

「全く・・・ワームテールももう少し大きい動物になればよかったのに。よし、最後は僕たちだな。行くぞ、シュリル(・・・・)。」

 

「もちろんだ、プロングズ。」

 

その会話を最後に、ジェームズは美しい牡鹿に変身した。と、同時にセブルスも毛並みのフサフサしたキツネに変身する。

少し赤味がかかった金色の体躯が、しなやかに部屋に滑り込む。

 

狼人間、改めリーマスは友人の訪れに嬉しそうに遠吠えをした。

 

今夜も『叫びの屋敷』では騒がしい夜が始まる。

 

セブルスは、前足を器用に使って入ってきたドアを閉めた。

 

ここから先は誰も窺い見ることの出来ない、『悪戯仕掛け人』達だけの時間だった。

 




UA1万超え・・・だと・・・!?
あまりの驚きにお茶を吹きそうになりました。
これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。

プリンス家のジジババはオリジナルです。

shrill(シュリル)は英語で「甲高い」という意味です。キツネがケンケンと甲高い声で鳴くことからとりました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。