汽車がホグズミード駅に停車する。
イギリス唯一の魔法族だけの村は、いつだって絵本から飛び出してきたかのようだ。
魔法使いらしく気まぐれにデコボコとした茅葺きの家々は、生徒の帰還を祝うように暖かな光に満ちていた。
たんまりと荷物が入った重たいトランクを引き摺りホームに降りたシャルロットは、いつも聞いていたハグリッドの声がないことに寂しさを感じた。
ハグリッドがどこに行って何をしているのかは知らない。今後はこうして、騎士団の使命により親しい大人と、物理的にも精神的にも距離が離れてしまうのかと思うと少し寂しい。
シャルロットは引手のいない馬車に向かいながら、キョロキョロと周囲を見渡してハリーを探す。
ハリーは恋人であるルーナと汽車の旅を過ごしていたようだった。
ハリーは、引き手がいないはずの馬車で--まるでそこに動物がいるかのように、ルーナと共に撫でるような素振りをしていた。一体何をしているのか気になったが、彼の顔が穏やかであることに一先ずは安心した。
何故ハリーがあんなに辛い目に合わなければいけないのだろうか?
未だに傷が癒えていない幼馴染に心を痛めながらシャルロットは自身の居場所である緑色のネクタイをした蛇の集団に紛れ込んだ。
組み分けの儀式は過去最低だった。
帽子は世の危機に迫る歌詞を歌ったのも愉快なものではなかったが、なんと言っても特筆すべきはガマガエル女の登場である。
ずんぐりむっくりとしたお世辞にも綺麗と言えないその女は、ピンクのスーツに身を包み、不気味なほどの笑顔を浮かべていた。
魔法省がホグワーツに介入する。
あの女はふてぶてしくもダンブルドアの言葉を遮ってまでそう宣った。
自分の父親を無実の罪で解雇させた魔法省のクソ役人が、新任の先生とは何の冗談だろうか。
「ご機嫌いかが? シャルロット・
ニタリと嫌な笑みを携えたパンジーとミリセントに両脇に挟まれた。
「あら、監督生おめでとうの言葉が先じゃなくて? 週刊誌ばっかり読んでるから私に監督生取られたのよ、パンジー」
彼女が監督生を狙っていたことを知っていたシャルロットは、仕返しに言い返す。
すると、パンジーは顔を顰めて舌打ちをした。
「今に見てなさい。 貴方に穢れた血が入ってるってことは、私がドラコと結婚する可能性はうんと高まったわ」
「パンジーはポジティブでいいねぇ。 ふむ、やっぱりホグワーツのマッシュポテトが一番だ」
呑気にそう晩餐を楽しむのは、シャルロットの真正面に座るダフネである。口の端にポテトを付けているその様子はとてもじゃないが、良家のお嬢様に見えない。
「で、本当はいつからみんな気付いてたの?」
あちらこちらで生徒たちは久々の再会話に花を咲かし、新入生の食事の面倒を見ている。しかし今年はそれほど活気がないように感じた。
「んー、まあ3年生の頃くらい薄々?」
ダフネがのんびりと笑った。
従姉妹であるミリセントがナプキンをダフネに渡すと、ふんと鼻で鳴らした。
「あれで隠してるつもりだったの? あんなにグリフィンドールの寮監の部屋に入り浸って」
「なによ、ミリー。 気付いてたなら訊けばよかったじゃない」
シャルロットが口をちょっと尖らす。
「あんた、馬鹿じゃないの? 訊くわけないでしょ」
そう言ったのはパンジーだった。
またひと夏を超え、身体的にも精神的にも大人びた少女たちの頬を煌めく蝋燭が照らしている。
大広間の空は、今日は曇っているのか星空が見えない。
「相手のことを何でもかんでも詮索するのが友情ではないでしょ。 …特にスリザリンの私たちはね。 言いたくないことなんて沢山あるわ」
「あんたそれ遠回しにシャルと友達だって言ってるようなものじゃん」
ダフネの言葉に、パンジーは凄い形相でハァ?と金切り声を上げた。
「違うわよ! 今年はO.W.Lの年だから成績の良いシャルを利用するだけ! 穢れた血が入ってるあんたなんて卒業したらポイよ、ポイ」
「何を大騒ぎしてるんだ?」
姦しい会話に、疑問符を浮かべた声で入ってきたのはドラコである。
パンジーをやや押しのけてシャルロットの隣りに座ると、お皿にローストビーフを取り分ける。
「あら、私のこと避けてるんじゃなかったの?」
「…そのつもりだったんだが、あの女の演説を聞いて気が変わった。 何を企んでいるのか知らないが、セブルスおじ様をクビにした女だろう。 君も目付けられてる」
要するに、マルフォイ家である自分がシャルロットの傍にいればアンブリッジが危害を加えることも出来ないだろうと。
自身も辛い渦中にいるはずなのにドラコの優しさが変わっていなくて、シャルロットは安心する。
「つまり、パンジーの目論見は早くも消え去ったわけだ」
ダフネがデザートをつつきながら言うと、パンジーは顔をくしゃっと顰めて舌打ちした。
シャルロットはその顔が何かに似てると感じ、やや考え思い当たった。
「パンジー、あなた普通にしてたら可愛いんだからそんな顔しちゃダメよ。それじゃあ、まるでパグみたい」
「本当にあんたって嫌な女ね!!」
ハリー・ブラックにとって、新学期は最悪だった。
日刊予言者新聞のせいで遠巻きに生徒から距離を置かれるだけならいざ知らず、同室のシェーマスまでもがそれを信じているのはショックだった。ジニーもやはりハリーと目を合わせようとしない。寮の中でも、ハリーは気持ちが安らがなかった。
セブルスもハグリッドもいないホグワーツはあまりにも寂しく、寒々としていた。
もうあの部屋でドラコやシャルロットと、セブルスの入れた熱々のココアを飲むことは出来ないのだ。
シリウスと手紙をやり取りするにしても、アンブリッジの--もっと言うなら魔法省の検閲を恐れ、大事なことは書くなと釘を刺された。
ヘドウィグとセレスを使った、校内のシャルロットとの手紙も同じく。
本来なら他愛のないやり取りを楽しむための手紙も、書く内容をいちいち吟味し考え巡らし、恐る恐るフクロウに託すのでは楽しめたものではない。
そんなわけで、フラストレーションが溜まりまくったハリーが『闇の魔術に対する防衛術』でブチ切れたのは当然と言えば当然のことかもしれなかった。
「--今、何と言ったのかしら? ブラック」
教室中が水を打ったように静まり返る。
その静けさはむしろハリーの激情をさらに熾烈に駆り立てた。
「ヴォルデモートが戻ってきたと、そう言ったんです。パパも闇祓いのみんなも見たはずだ! なんで魔法省はそれを隠すんですか」
そう怒鳴るハリーを心配そうに見つめる生徒もいたが、大多数の生徒の目には恐れと好奇心が満ちている。
「罰則です。 ブラック。 あなたもあなたのお父様も、そんなくだらない嘘をつくことは品格に欠けますよ」
ガマガエルのようなその女は耳に触る声色でそう言った。
挑発されていると分かっていたが、ハリーの感情は既に唸りを上げていて止まれなかった。
「嘘じゃない! セドリックはあいつに殺された!」
その人物の名前に、クラス中に緊張が走るのを感じた。
「馬鹿馬鹿しい。 あれは単なる事故です」
「事故!? 違う! 僕は見たんだ! あの時--」
「もう結構」
アンブリッジはニタリと嫌な笑いを浮かべて、言葉を遮った。
「もう結構。 罰則です、ブラック」
「遅かれ早かれこうなると思っていました」
職員室でのマクゴナガルのその反応は、思春期真っ盛りのハリーのプライドを大いに刺激した。
「でも、マクゴナガル先生だって知ってるはずです! 僕は嘘を言ってないし、あの時あいつが復活するのを見た!!!」
「ええ。 もちろん知っていますよ。 …ブラック、そこにお座りなさい」
マクゴナガルがあっさりと認めたことで、少しだけハリーの溜飲は下がった。
彼女が杖を一振りすると、小ぶりのやかんとクッキー缶が飛んできた。
そのやかんには見覚えがあった。
ハリーがじっと見つめていると、それに気付いたのかマクゴナガルは少しだけ口角を緩めた。
「セブルスがここを去るとき譲り受けたんですよ」
マクゴナガルは熱々のココアをハリーに出した。
不思議なもので、同じはずなのに何故かセブルスが作るものと味は違った。
「ブラック、今の魔法省の実情はわかっているはずでしょう。 少しは自分を抑えることを学びなさい」
マクゴナガルの言葉はこれ以上なく正論だった。
同じ甘ったるいココアを飲んでいるはずなのに、マクゴナガルは微塵もそれを感じさせずキビキビと言葉を続けた。
「これから貴方への魔法省の風当たりはさらに強いものとなるでしょう。 自分を律しなさい。 相手にしてはいけません。 …そうでなくては、貴方を退学から守ったシリウスとセブルスに顔向けできますか」
好きで守ってもらったわけではない--。
あまりにも幼いそんな言葉が、喉から出かかったがどうにか抑えた。その言葉が良識のボーダーラインを超えてると理解していた。
ドラコとの友情に亀裂がはいり、シェーマスや他の友人たちも自分を嘘つき扱いし、あんな最低な教師に目の敵にされる。こんなホグワーツに戻りたかったわけじゃない。
黙ったままのハリーに、マクゴナガルは深い溜息をついた。
事が事ではあるが、この歳の男の子はこの状態になると何も響かない。それは彼女が長い教師人生で知り得たことである。
「寮に戻りなさい、ブラック。 やるべきはずの課題が貴方にはたくさんあるはずです」
真っ当な説教を終えたマクゴナガルはそう締めくくる。
ハリーは彼女に背を向け、職員室から出ようとした。
「ところで、ブラック」
そう呼び止められ、ハリーは首だけくるりと振り返った。
「貴方、シリウスが今何をしているかについて知っていますか」
「パパが何をしているか…ですか?」
予想だにしなかった質問に、ハリーはそのまま言葉をオウム返しした。
マクゴナガルは軽く頷き、肯定の意を示す。その様子は何かを探るようだった。
「いえ、知りません。 魔法省をやめて自宅にいるとは思いますが」
ハリーは少し考えた挙句、正直にそう答えた。
マクゴナガルはハリーが嘘をついてるか見極めるかのように、瞳をまじまじと見つめた。
暫く逡巡していたマクゴナガルだったが、やがてその言葉を信じたようで素っ気なく「そうですか」と言った。
そして、言葉を続けた。
「いいですか、ブラック。 貴方は今年O.W.Lを控えた大事な時です。 くれぐれも父親のやってることに巻き込まれないように」
マクゴナガルはきっぱりそう言うと、事情が飲み込めずポカンとするハリーを職員室から追い出した。
「どうしたんだ? 随分と浮かない顔をしてるじゃないか」
スリザリンの談話室。
目の前の湖には魚の大群が渦をつくっている。
緑のビロードで形作られたソファーで、本を片手に頬杖をついていたシャルロットにドラコは声を掛けた。
読んでいるのは、魔法薬における治療薬の本。
普段はウキウキとページを捲る手が止まらないシャルロットだが、その手つきは鈍い。
「なんでもないわ」
「そうか?」
ドラコは当たり前のように、彼女の隣りに腰を下ろす。
宿題をこなそうと羊皮紙を並べるドラコを見つめ、シャルロットは何度か口を開きかけ、そして閉じた。
それが数度繰り返されたのち、とうとうドラコは眉をひそめてこちらを向く。
「おい、言いたいことがあるなら言えよ。 そんな素振りされたら逆に気になるだろ」
シャルロットは観念したように、息を吐いた。
幼馴染の前では嘘はつけない。
「あまり聞きたくないかもしれないと思って。 ハリーの話なの」
ドラコの唇が不自然にひくついた。そして、ゆっくりとした仕草で周囲を確認する。
濁ったエメラルドグリーンに照らされた談話室は、下級生が数人談笑している程度で人は少ない。
「…いいよ。 話してくれ」
「ハリーがアンブリッジの初回の授業で楯突いたのは知ってる?」
ドラコは頷いた。
死喰い人の親を持つ生徒が多いスリザリン寮では表立ってわざわざその話題をする者はいない。しかし、ホグワーツという狭いコミュニティの中で、ハリーのその話を知らない者もまたいないだろう。
「それで……ハリーが罰則を受けているんだけど、内容がね……」
アンブリッジの悪辣な罰則の内容を話すと、彼の顔色はみるみる変わった。
「人間の血をインクにする羽根ペンだって!? そんなの完全に闇の道具じゃないか!」
憤るドラコを見て、シャルロットは未だ彼がハリーを大切に想っていることに切なくなる。
「魔法省はおかしいわ。
「間違いなくそうだろうな。 シャル、君が混血だということは知れ渡っている。 出来れば…ハリーに関わるな」
心底、苦しそうにドラコはそう言った。
シャルロットは驚いて、ドラコの顔を見つめた。
子供の時から見慣れていたはずだったその顔からは幼さが消え、精悍な顔つきはルシウスによく似てきていた。
「らしくないこと言うのはやめて」
「何て思われてもいい。 これは…まだ殆どの生徒が知らない情報なんだが、アンブリッジはスリザリンの生徒を選りすぐって自分のための配下を作るつもりらしい。 要するに親衛隊だな」
「馬鹿馬鹿しい」
シャルロットは一蹴した。
「ああ、全くの同意見だよ。 だが僕はそれが本当に作られるなら一番に立候補するだろうし、リーダーを目指すつもりだ」
「それが私を守るためだって言うの? 望んでないわ」
「君が望むか望んでないかなんて心底どうでもいい。 グリフィンドールへの適性もあった君と違って、僕は根っからのスリザリンだ。 手段は選ばない」
その言葉を受け止め、シャルロットは本を閉じると嘆息した。これ以上の言葉を続けさせたくなかった。
やんわりと話題を元に戻した。
「ハリーの手の治療薬を作ろうと思うの。 ハーマイオニーにもロンにも内緒にしてるみたいだし……そもそもハーマイオニーより私の方が作るの上手だしね」
最後ちょっとだけおどけてそう言うと、ドラコも僅かに笑った。
「ハリーと会う時はなるべく人目につかないようにするわ、安心して」
ドラコの細い手に、自分の手を重ねた。
「ちょっとあんたたち! イチャつくなら他所でやってよね!」
寮に戻ってきたパンジーが、キャンキャンとパグ犬のように喚き立てた。
多分ですけど、1週間以内には次話あげられると思います。