休暇が終わる時は、誰しも心が塞ぎ込むものだ。
それでも長い寮生活を続けている学校には愛着があるもので、友人や教師と再会しいつもの寮のベッドに着くとそれなりに落ち着いた気持ちになったりする。
しかし今年は今までで一番ホグワーツに戻りたくなかった。
暗澹たる気持ちも、レギュラスとの個人授業の時間が近付くとさらに拍車がかかった。
「おい、嫌なのは分かるけどさ…頑張れよ」
気の毒に思ったのか、ロンは何度もそう発破をかけてくれた。
それに慰めを見出したものの、憂鬱な心持ちは変わらないまま地下牢の魔法薬室の扉をノックした。
「そこに座りなさい」
暗がりの中から、レギュラスは素っ気ない声をかけた。
用意された丸い木椅子に腰掛けると、レギュラスは再び口を開いた。
「良いですか? 『閉心術』とはその言葉の通り、記憶を盗み見る『開心術』の対抗技術です。 心を閉ざし、鍵をして、心と記憶を守ることを貴方には学んでもらいます」
ハリーが黙ったまま聞いてると、レギュラスは冷たい瞳で「返事は?」と促した。
「はい、ブラック先生」
ハリーは出来る限り皮肉っぽく聞こえるよう返事をした。
「闇の帝王は優れた開心術師です。 あの方の前では嘘をつくことは通用しない。 貴方が魔法薬の授業より、まともな結果を出すことを祈るばかりですね」
嘲るようにレギュラスは笑った。
そして、自分のこめかみに杖を当てる。そこから銀色の蜘蛛のような銀白色の糸を引き抜くと、背後の棚に置いていた『憂いの篩』へふわりと投げ入れた。
ハリーは、ダンブルドアの持ち物であるはずのそれが何故この男の手元にあるのか気になったが、レギュラスはそれを説明する気は一切ないようだった。
「さあ、立ちなさい。 ハリー・ブラック」
唐突にレギュラスが杖を構えた。
「え? 僕は何をすれば…?」
驚いて、思わずそんな間抜けな声が出た。
「どんな手段を使っても構いません。 抵抗しなさい。 これから私がかける呪文から!」
レギュラスは、ハリーの目を見据えたまま『レジリメンス!』と唱えた。
その瞬間、ハリーの中に奇妙な感覚が押し寄せた。
自分の心と気持ちがコマ送りのように流れ、そこに無理矢理に押し入れられていく。
5歳くらいの頃、家の中を箒で飛び回りシャンデリアを壊してしまった。アンがおろおろと困り果て、その横でシリウスがプリンス邸の庭を貸してくれないかとセブルスに頼んでいる。
7歳の頃、遊園地でシャルロットが泣いている。ハリーがちょっかいをかけ、そのせいで彼女はアイスクリームを落としてしまったのだ。
11歳の頃、ホグワーツからの手紙が届いた。ドラコとお揃いの箒を買ってもらい、プリンス邸で勝負をしている。
ハリーの意識は突然遮断された。
「全く出来ていません。 集中しなさい。 もう一度」
「待ってください! ブラック先生、防ぎ方を教えてもらっていません」
ハリーは膝をつき、息を切らしながら抗議した。
しかし、レギュラスはそれを一蹴した。
「貴方に理論を事細かに説明しても、理解できないでしょう。 感覚で掴みなさい。 --レジリメンス!」
12歳の時、ハーマイオニーの顔が猫の毛で覆われている。シャルロットが秘密の部屋でぐったりと横たわっていた。
13歳の時、シリウスとセブルスとリーマスが見た事のないほど恐ろしい顔でピーターに杖を向けている。
14歳の時、初めてルーナとキスをした。ドラゴンと戦った。墓場でガラスのビー玉のようなセドリックの瞳が--。
「あああああああああああああ!!!」
頭蓋骨の内部から押し出されるような頭痛で、ハリーは地面に転がった。
暴れ回る心臓を抑えながら、レギュラスを見ると手が赤く腫れていた。
「針刺しの呪い、ですか。 しかし、まだまだです。 私の侵入を許していますね」
レギュラスは淡々とそう言ったが、さっきよりも動揺しているように見える気もした。
こんなにも記憶を無理矢理暴かれるのがストレスだとは思わなかった。
打ちのめされた気持ちのまま、ハリーはどうにかふらふらと立ち上がった。
「さあ、もう一度」
死刑宣告のように思える言葉だった。
「ハーマイオニー、君ってやっぱイカれてるよ。 何であんなやつに好きこのんで質問に行けるんだ」
ハリーはぐったりと図書室の長机に倒れ込みながらそう言った。
「あら、失礼ね」
ハーマイオニーはつんと顔を逸らす。
「あいつ僕に教える気なんてないんだ」
「そんなことないわよ」
「いいや、絶対そうだよ」
「少なくとも、ブラック先生はこちらが真面目な態度で接すれば、それに応えてくれるわよ」
「何それ、僕が真面目に取り組んでないって言いたいわけ?」
ハリーがムッとして顔を上げると、ハーマイオニーは困ったように眉根を寄せた。
「そんなこと言ってないわよ。 …ハリー貴方すごく顔色が悪いわ。それだけ辛かったんでしょう」
「今日は早めに休んだらどうだ?」
ロンが心配そうな顔でそう提案する。
近付くO.W.Lにピリピリとしているハーマイオニーなら普段は目くじらを立てるところだが、今日ばかりは同調するように頷いた。
「うん、そうしようかな」
ハリーは未だ勉強を続ける2人と別れ、寮へと向かった。途中何度も足がもつれて転びそうになるほど疲れきっていた。
夏休みにシリウスからスパルタで守護霊の呪文を習得させられた時も、このくらい満身創痍だった。それでも精神的な負荷は今日の方が桁違いに酷い。
『太った婦人』を超え自室への階段をのろのろと登りながら、ハリーはレギュラスの感覚的な物事の教え方が、シリウスとかなり似ていることに気付いた。
どんなに仲が悪かろうと、彼らは家族だった時が確実にあるわけで、魔法族である彼らはホグワーツに上がるまで両親や一流の家庭教師から同じ教育を受けたはずだ。
それに血縁者であるからには、元来持って生まれた魔法の質も似通っているのだろう。
あの兄弟が似ているだなんて言葉をハリーの口から聞いたら、シリウスは文字通りショックで卒倒してしまうだろう。ふと頭に過ぎったその考えに、ハリーは苦笑しながらベッドに潜り込んだ。
疲れている体は睡眠を欲していたようで、瞬く間に意識は遠のいた。
しかし、ハリーはあの人が歓喜で震える夢を見て飛び起きた。
朝になり、ハリーたちはベラトリックスを筆頭とした死喰い人が大量脱獄したことを知ったのだった。
勉強漬けの日々が続き、クィディッチも奪われたハリーにとって、DAが唯一の楽しみと言っても過言では無かった。
年が明け、盾の呪文に入ったダンブルドア軍団はより一層練習に励んだ。
特にネビルの快進撃は凄まじく、ハーマイオニーの次に盾の呪文をものにして見せた。恐らくこれが彼の本当の実力なのだろう。
ハリーたちはあの一件以降、ネビルの両親に触れることはなかったが、ベラトリックス・レストレンジの脱獄がさらに彼を奮い立たせてるのは間違いなかった。
ネビルがそれほど頑張っていると言うのに、一方でハリーの閉心術は全くと言っていいほど上達しなかった。
むしろ毎回だんだん下手になるような気さえした。それに伴うように、傷跡の痛みは酷くなっていった。
毎晩、真っ暗な扉の前で何かを渇望しながら立ち尽くす夢はハリーの精神を摩耗させていった。
「ハリー、ちょっといいかしら?」
ハリーが、未だコツが掴めない様子のテリーやパドマたちにアドバイスをしていた時だった。
振り返ると、ペアを組んでいたハーマイオニーとルーナが居る。ちなみに少し離れたところではロンとラベンダーが盾の呪文の練習にしてはくっつき過ぎなほど近い距離で練習している。
「なんだい?」
ハリーはハッフルパフの友人と別れ、何やら緊張したような顔のハーマイオニーに問いかける。
ただならぬ話だと思ったハリーは、あちこちで盾の呪文が迸る必要の部屋の端っこへと体を寄せた。
「ルーナと話したんだけどね、ハリー…貴方はやはり真実を語るべきだと思うの。 ほら、例の脱獄事件があったでしょう。 きっと魔法省に不信感を持つ人が増えた今なら、貴方の話に耳を傾ける人はいるわ」
ハーマイオニーは慎重にそう切り出した。
ルーナは相変わらず夢見るような顔で、ハリーとハーマイオニーの顔を交互に見比べている。
「気持ちは分かるけど、日刊預言者新聞が僕の話を聞いてくれると思う? パパなんて未だにバッシングされてるんだよ」
ハリーは深々と溜息をついた。
去年の三代魔法学校対抗試合の時、あんなにへりくだった態度で「お父様によろしく」と言ってきたリータ・スキーターは、シリウスがクビになった途端けちょんけちょんに記事で扱き下ろした。
尤も、それは氷山の一角だ。
魔法省時代にシリウスにお世話になった人たちも、彼を今や腫れ物扱いしている。ハリーはなんて恩知らずなんだと許せないが、当のシリウス本人は「そんなもんだろ」と苦笑していた。
気付かないうちに、今までハリーはシリウスの立場にかなり護られていたことを実感する。
「ええ。 日刊預言者新聞はクソよ」
ハーマイオニーが汚い言葉を吐き捨てたので、ハリーは笑った。
DAを企画したり、らしくない悪態をついたり、最近彼女は反抗期なようだ。
「つまりね、新聞に拘る必要はないと思うの。 例えば、魔法省の息がかかってない雑誌。 真実を載せてくれるならそれで十分だと、そうは思わない?」
ハリーは、彼女の言わんとすることを理解した。
「まさか」
「そう! クィブラーよ!」
ハーマイオニーは、悪戯を思いついた子どものようにキラキラと瞳を輝かせた。
話はトントン拍子で進んだ。
まさか恋人の父親への挨拶の機会が、記事の相談になるとは思わなかった。
ハリーは何度もルーナに確認した。
もしかしたら父親も謂われのない誹謗中傷に曝されるかもしれないこと、それがルーナにも及ぶかもしれないこと。
しかし、予想外にルーナは頑固だった。
「パパは大衆が知る必要があると思う重要な記事を出版しているモン。私もパパも悪口なんて気にしないよ」
父親のジャーナリズムはしっかり娘に受け継がれているらしかった。
果たしてしわしわ角スノーカックが、大衆が知る必要のある重要な記事かは不明なため、例によってハーマイオニーは何か言いたげに口をモゾモゾとさせたので、ハリーが小突いて黙らせた。
ハーマイオニーの行動はびっくりするほど素早くテキパキとしていた。
かくして彼女は、ルーナの父であるゼノフィリウス・ラブグッドと連絡を取り、次のホグズミード行きで会う約束を取りつけた。
「ちょっと待ってよ! その日バレンタインデーじゃん!」
ハリーから非難が上がったが、どちらにせよルーナも同行するのだから我慢しなさいとハーマイオニーに押し切られた。
「最近の君、何か革命家みたいだぜ」
こう評したのはロンである。
ハーマイオニー本人は満更でも無さそうだった。
ロンにも出来れば同行して欲しかったが、残念ながら彼はクィディッチの練習がありホグズミードには行けなかった。ちなみにハリーの代打のシーカーはジニーに決まり、今やグリフィンドールのチームは半数がウィーズリーである。それをスリザリンが嘲笑の格好の的にしているのは言うまでもない。
ゼノフィリウス・ラブグッドとは『三本の箒』で落ち合う予定だったが、ハリーとハーマイオニーはルーナに紹介されるより前におそらくあれが彼だろうなと分かった。
テーブルの奥に座っていたのは、いかにも変わり者といった風体の男だった。奇抜なスーツに、ルーナとお揃いのメラメラ眼鏡を首からさげている。
ハリーは正直、ヴォルデモートが復活した夜のことは思い出したくなかったし話したくなった。
レギュラスとの閉心術で何度もセドリックの死を追憶していたのも、その気持ちに拍車をかけていた。
それでも大量脱獄のニュースを目にしたあの時から何かをしたいという燃えるような思いに駆られていたハリーは、懸命にあの夜のことを思い出し、そして話した。
脂汗をかき言葉を詰まらせながら話すハリーの様子は、ゼノフィリウスの琴線に何かしら触れたようだった。
彼も真剣な面持ちで一言一句逃さず訊き、自動速記羽根ペンが彼の持つメモ帳を激しく埋めつくした。
どうやら記事の作成にはハーマイオニーも関わるつもりらしく、そのメモ帳を読んでは何かを書き足したり消したりして文章を作り上げていた。
取材を終えたあと、ゼノフィリウスはこれからもルーナをよろしくと、その見た目からは想像つかないほど真面目な顔でハリーと握手をしたのだった。
数日後の月曜日の朝、大量の手紙がハリーの前に落とされた。
その量は凄まじく、ハリーの飲みかけの紅茶が吹っ飛んだほどだ。
「君の話が大っぴらになったってわけだ」
ディーンが感服したようにそう言った。
向かいの椅子でシェーマスは興味無さそうにチキンパイをかき込んでいたが、耳はこちらに傾けているのはバレバレだった。
「いい事したね、ハリー。 その…話すの辛かっただろう?」
ネビルは気遣わしげにそう言った。
「うん。 でも、みんな知らなきゃいけないんだ。 あいつが何をしたか」
「そうだよ。 それに死喰い人がしたことも…知るべきなんだ」
ネビルは言葉を途切らせながら、どこか遠い目でそう言った。
ロンとハーマイオニーが包みを開けると、夥しい量の手紙がグリフィンドールの食事テーブルに広がった。
「駄目だ、これは君のこと精神病扱いしてやがる」
早速ロンが紙をぐちゃぐちゃにして投げ捨てた。
「こっちもよ。 聖マンゴで一度見てもらいなさいだって」
「見て! これは僕のこと信じてくれるって!」
幸運なことにハリーが手に取った一通目の手紙は当たりだった。
面白そうなことに目がない双子たちも、手紙を開き始める。
「こいつはどっちつかずだな。 『君が狂ってるとは思わないが、例のあの人が戻ってきたと信じたくない。 だから今はどう考えていいのか分からない』」
「なんともはや、羊皮紙の無駄遣いだな」
ジョージは苦笑した。
「こっちにもう一人説得された人がいるわ! ハリー、貴方の記事を読んで辻褄が合ってると思ったって! 無駄じゃなかったのよ!」
ハーマイオニーが興奮したように言った。その時。
「何事なの?」
少女のような甘ったるい作り声がした。
ハリーは封書を両手一杯に抱えたまま、アンブリッジを見上げた。
「どうしてこんなに手紙が届いたの? ミスター・ブラック」
「手紙をもらうことが罪になるのか!?」
フレッドが大声を上げた。
そんな彼を、ハリーはアンブリッジから見えないように手で制した。
遅かれ早かれ、取材を受けた時からこうなるのは覚悟の上だった。
「僕がヴォルデモート卿が復活した夜のことについて、インタビューを受けたからです。 それで皆が手紙をくれたみたいなんです」
アンブリッジは、近くの下級生が読んでいたクィブラーをひったくると表紙を凝視した。
表紙には『ハリー・ブラック ついに語る! 名前を呼んではいけないあの人の真相』と大々的かつセンセーショナルに書かれている。
アンブリッジの青白いたるんだ顔が、醜い紫のまだら色になった。
ハリーは怒りでここまで顔の色が変わる人を初めて見た。トンクスの七変化みたいだなぁと、そんな呑気なことを考えていた。
「ミスター・ポッター、貴方にはもうホグズミード行きはないものと思いなさい」
アンブリッジは怒りに手をぶるぶる震わせながら、言葉を続けた。
「私は貴方に嘘をつかないよう何度も何度も教え込もうとしました。 どうやら浸透しなかったようですね。 グリフィンドール50点減点、それと今夜から1週間罰則です」
罰則は予想していたことだった。
ハリーは挑戦的に、アンブリッジを睨みつけた。
しかし、想定外のことが起きた。
「アンブリッジ先生、ハリーにインタビューを受けさせて記事に関わったのは私です」
ハラハラと事の成り行きを見ていたグリフィンドール生は声の出処を振り返り、あんぐりと口を開けた。
燃えるような瞳をしたハーマイオニーが、立ち上がり真っ向からアンブリッジを睨みつけていた。
アンブリッジは口元をひくりと歪ませ、さらに恐ろしいほど甘ったるい声を出した。
「そうですか。それなら貴方も私の部屋に来るように。 仲良く罰則です」
アンブリッジは肩をいからせながら、その場を去った。
「馬鹿! 君まで罰則を受けることないだろう!」
ハリーが怒鳴ったが、ハーマイオニーはふんと鼻を鳴らし、冷めきったカップの中身をを魔法で消し去ると、紅茶を新しく淹れ始めた。
罰則はその日の夜、ピンクまみれの部屋で並んで行われた。
少し治りかけていたハリーの手の甲は、再び鮮血が滲んだ。
ようやく部屋から出されたハリーは、自分の傷の確認より先にハーマイオニーの手を掴んだ。
「この罰則が自分のせいだと思ったのか? 君までこんな目に遭う必要はなかっただろ。 女の子の手になんてことを…!!」
ハリーは険しい顔でそう言った。
確かに発案者は彼女だった。記事に携わったのも間違いない。ただその話に乗った時点でそれはハリーの責任だ。ハリーは、ハーマイオニーを責めるつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。
しかし、ハーマイオニーは驚くことにこんな状況で笑った。強がりではない、どう見ても本当の笑顔に見えた。
「意外と古風なのね、ハリーって。 大丈夫よ、こんな傷気にしてないわ」
「馬鹿言うな! 残ったらどうするんだ!?」
「いいの。 だって今の私は革命家なのよ? この傷はむしろ、勲章よ」
口角を上げて力強い瞳でそう言い切る彼女は、ハリーから見てもかっこよかった。
リータが制裁を受けていない…だと…!?
のびのびやりやがって!コガネムシ!
レギュラスのこともあり原作よりアンブリッジに嫌悪マシマシのハー子が記事に携わりました。