例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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兄弟、来訪

 

また凍てついた冬が近付いてきた。

 

風の感触が厳しくなり、陽射しはどこか物足りない。

しかし、そんな季節でもプリンス家の屋敷は、レイチェルによって手が加えられ色とりどりの花が庭を埋めつくしていた。最近では、ダリアもレイチェルと花壇を触るのを楽しみにしているらしい。

 

屋敷内は蛇のモチーフや銀と緑を使ったスリザリンの装飾が目立つが、何処か控えめで嫌な印象はない。

 

ブラック家に比べたら何百倍も上品、とはシリウス・ブラックの言葉である。

 

シリウスやリーマス、それに幼いハリーを連れたポッター夫妻は、騎士団での活動に隙間が出来るとちょくちょくプリンス家に訪れた。

ピーターとは結婚式以来、あまり話をしていない。騎士団で見かけて話しかけようとしても、セブルスたちのことを避けていた。

 

最初は気にしていた。しかし、いくら裏方とはいえ騎士団の仕事は忙しく、いつのまにかピーターのことは頭の片隅に追いやっていた。

もちろん忙しかったのは、騎士団の仕事だけではない。

 

初めての子育てに、セブルスとレイチェルは幸せながらも四苦八苦だった。

 

その日も、漸く赤ん坊が寝息をたてた頃、無遠慮に扉が音を立てて開かれた。

赤ん坊が、再び火がついたように泣き始める。

 

「よぉ、シャル。 今日もよく泣いてるな」

 

「…おまえが泣かせたんだ。 馬鹿者」

 

軽口を叩いたシリウスに、げっそりとした顔でセブルスは赤ん坊を抱く。なかなか慣れた手つきだった。

父親の手に抱かれ、シャルロット・プリンスは一瞬だけきょとんとした顔をした・・・が、また泣き始めた。

 

「何の騒ぎよ、もう」

 

隣りの部屋で作業をしていたレイチェルも、顔を出す。そして、シリウスの姿を見ると全てを悟ったようにため息をついた。

学生時代は短かった金髪が少し伸び、出産を経て丸みを帯びた体は健康的だ。今や、すっかり母の顔をしている。

 

「メアリー、いるか? 出来るだけ一番安い紅茶をこいつにくれてやれ」

 

セブルスが言うと、バチンと音を立ててプリンス家の屋敷しもべ妖精メアリーが現れて頷いた。

 

「親友が訪ねてきたっていうのに、随分な扱いじゃねぇか」

 

「…ほぼ毎日来てるだろうが、おまえは。 騎士団だって、人員が少ないんだ。 表立って戦いに出れない私が言えることではないが、遊び歩いてるような立場なのか。 大体だな、パッドフッド…」

 

「あー、もう! 頼むから止めてくれ! あいにく今日は遊びに来たわけじゃねぇんだよ! 真面目な話なんだ!」

 

シリウスはセブルスの言葉を掻き消すように、目の前で手を振った。

イラついて何処か焦ったような顔のシリウスに、セブルスは少し違和感をおぼえる。

 

「何かあったのか」

 

セブルスの問いに、シリウスは神妙に頷いた。

無性に嫌な予感がした。

 

「あたし、シャルとダリアお祖母様の部屋に行ってようか?」

 

レイチェルが気を利かせてそう言ったが、シリウスは首を振った。

 

「いや、レイチェルも一緒に聞いてくれ。 大切な話なんだ。 まあ、あと俺の個人的な相談なわけだが。」

 

「わかった。レイ、隣りに座れ。…メアリー。済まないが、紅茶をあと2つ追加で頼む。」

 

「はい、ご主人様」

 

メアリーは嗄れた声でそう言い、恭しく一礼をすると再び厨房に姿くらましをした。そして、すぐ紅茶のカップを2つ抱えて現れる。

セブルスはカップに口をつけた。味が薄い。自分も飲むのなら美味しい紅茶を入れさせればよかったな、と親友を目の前に失礼なことを考えた。

 

「それで? 話してみろ、パッドフッド」

 

セブルスに促され、漸くシリウスは口を開いた。

 

「あぁ。 プロングズとリリーの『秘密の守り人』のことなんだが…」

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、話はわかった。 しかし、ワームテールを『秘密の守り人』にするのは・・・」

 

既に、カップの中身は空になった。

 

「シュリルは反対か?」

 

「反対とまでは言わん。 確かに、おまえが『秘密の守り人』というのは分かりやすすぎるからな。 …何なら、私が引き受けるが?」

 

セブルスの申し出に、シリウスは首を振った。

 

「いや。何かあった時、おまえだと立場がやばいだろ。 それにもうおまえはプリンス家の『秘密の守り人』だ。 ・・・赤ん坊もいるしな。これ以上任せられねえよ」

 

「それなら、ムーニーは?」

 

「もちろん、それも考えた。 だけど、あいつはシャルの後見人で、俺はハリーの後見人だろ? 消去法で行くと、ワームテールが適任だと思うんだ」

 

シリウスの言葉に、セブルスは唸った。

確かにシリウスの言う事も、もっともである。

 

ただ、最近のピーターの様子が気になった。このご時世だ。彼は、何か思いつめてるのかもしれない。そんな彼に、更なる責任を押し付けていいのだろうか。

 

「レイ、おまえはどう思う?」

 

セブルスは、隣りに座る妻に意見を求めた。

レイチェルは少し考え込んでいた。が、やがて言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

 

「あたしはピーターに頼んでいいと思う。 確かに最近様子がおかしいけど・・・逆に『秘密の守り人』に頼んだら、迷いとか吹っ切れるんじゃないかな? 少し荒療治かもしれないけど」

 

レイチェルの言葉に背中を押されたのか、シリウスは決心したように強く頷いた。

 

「よしっ!じゃあ、ワームテールに頼むことにしよう。 善は急げ、だな。 今すぐ話をつけてくる」

 

シリウスはシャルロットをあやすと立ち上がった。そして、付け足すように言葉を続けた。

 

「あぁ、そうそう。 この話は俺たちだけに留めてくれ。 騎士団のメンバーは信頼してるけど・・・一応な」

 

「無論だ。広まってしまったら、何の意味もないからな。・・・外まで送ろう」

 

セブルスは頷くと、シリウスと共に部屋を出た。

プリンス家はセブルスが『秘密の守り人』になることによって守られているため、姿くらましが出来ない。よって、シリウスが姿くらましをするためには屋敷から出る必要があった。

 

「いやー、しかしシュリルに相談できて良かった。 おまえが居なかったら多分ひとりで決めて実行してたかもしれねえよ」

 

「せっかちな奴だな、おまえも。しかし、ムーニーも当の本人のポッター夫妻も確かに忙しそうだからな」

 

外に出ると、風が肌寒かった。

そういえば、もうすぐハロウィンだなとセブルスは思った。

 

「プロングズの両親が亡くなったのは知ってるか」

 

庭の石畳を歩いてると、その冷たさに呼応されたのかシリウスが硬い声色で言った。

 

「・・・あぁ。辛いものだな。 友人の両親の葬式にも行けないとは」

 

「おまえの立場を考えたら、仕方のないことだ。 むしろ、おまえがプロングズの両親を騎士団に保護させたおかげで殺されずに済んだ。 病気で死んだのは気の毒だったけどな」

 

『例のあの人』に関する予言のせいで、もうジェームズとリリーにも暫く会っていない。

元気にしているか、心配だった。

 

「ここらへんで姿くらましするよ。 じゃあな!」

 

敷地内を出ると、すぐにシリウスはバチンと音を立てて、姿くらましをした。

あんなに厄介者扱いしたというのに、いざ友人が帰ってしまうと寂しかった。

 

セブルスは暫くぼんやりと物思いに耽っていた。

風の冷たさに思わず、身震いする。

自分らしくない、とセブルスは頭を振って屋敷に戻ろうとした。

 

その時だった。

突如、バチンと音がした。

その音ですぐに姿くらましだと分かったが、セブルスは咄嗟に杖を構える。

しかし、それが先程まで会っていた見慣れた親友だと分かると力を抜いた。

 

「どうした、忘れ物でもしたのか…」

 

セブルスの言葉は、最後まで続かなかった。

違う、目の前の男はシリウスではない。

男が、ゆらりと顔を上げた。さらりとした黒髪、灰色の瞳。

その風貌はシリウス・ブラックにそっくりだが、彼ほどハンサムではなく、背も少し低い。

その隣りには、ボロボロの布きれを纏った屋敷しもべ妖精がいた。

どうやら、屋敷しもべ妖精がこの男に連れ添って姿くらましをしたらしい。

 

 

「貴様は…もしやレギュラス・ブラックか!?」

 

 

セブルスの驚愕の言葉と同時に、レギュラスの体はぐらりと傾き、そして倒れた。

苦しそうに口から息が漏れ出る。

 

かちゃり、と音がして彼の手から、大きくSと刻まれたロケットが落ちた。

 

 

 

 

 

「ねぇ! セブ、あなた自分のやっていることを理解しているの?」

 

ぐったりとした男を抱えて廊下を歩き進むセブルスを、レイチェルは慌てて追いかけた。

セブルスの歩幅は大きく、レイチェルは小走りで着いていく。

シャルロットは、リビングでメアリーに面倒を見させていた。

 

「あなただって知っているはずよ! こいつは、シリウスの弟は・・・死喰い人だわ! セブ、あなたはプリンス家の『秘密の守り人』なのよ! そのあなたが、プリンス家の敷地に入れてしまったら・・・」

 

「分かっている! そうは言っても、目の前で倒れた人間を放置するわけにはいかんだろう!」

 

後ろから、レギュラスを連れてきた屋敷しもべ妖精がおどおどと着いてくる。

 

客間のベッドにレギュラスを寝かせると、セブルスはすぐ毒の症状を調べた。

 

「レイ、今からメモする薬を持ってきてくれ。 くれぐれもお祖母様とお祖父様に見つかるな」

 

「・・・わかったわ」

 

レイチェルは一瞬だけ躊躇う素振りを見せたが、すぐに指示に従って部屋を出た。

 

レギュラスは真っ白な顔で、浅い呼吸を繰り返している。

相当、毒を飲んだらしい。

だが、共にいた屋敷しもべ妖精がすぐに連れてきてくれたおかげで、毒はまだ全身に回っていなかった。

 

やがてセブルスの適切な処置のおかげで、レギュラスの容態は落ち着き、呼吸も穏やかなものとなった。

 

「・・・さて、貴様の主人の命を救ってやったんだ。 無論、話を聞かせてくれるな?」

 

セブルスは年老いた屋敷しもべ妖精に向き直る。彼は、一瞬肩をびくりと引くつかせたが口を開いた。

 

「・・・はい。 私めはクリーチャーと申します。 偉大なるブラック家の屋敷しもべ妖精にございます」

 

それから、クリーチャーは、闇の帝王たってのご指名で自身が献上されたこと。しかし、何やら毒の入った水を飲まされて、その扱いがあまりにも酷くレギュラスが闇の帝王に失望したこと。そして、彼が闇の帝王に一矢報いようとこのロケットを、偽物と入れ替えようとしたことを説明した。

 

「レギュラス坊ちゃんはこのことを家族の誰にも言わないようにと仰せになられました。 坊ちゃんは家族を守るために誰にも言わず、死んでしまおうとなさっていたのです!」

 

クリーチャーはその時のことを思い出したのか、啜り泣くように言った。

 

「しかし、クリーチャーはレギュラス坊ちゃんを死なせたくありませんでした・・・。 だから、毒を飲み終わったレギュラス坊ちゃんを連れてクリーチャーは姿くらましをしました。 クリーチャーはレギュラス様があそこに来たという痕跡を残さないように、ブラック家の偽物のロケットも持ってここに来たのです」

 

クリーチャーは、セブルスに偽物のロケットを渡した。

中にはR.A.Bという署名と共に、例のあの人に宛てた内容であろうメモが入っていた。

 

レギュラスがクリーチャーに与えた命令は、大まかに『ロケットを破壊すること』と『家族にこのことを黙っていること』だ。

つまり、クリーチャーは『レギュラスを助けること』も『家族以外(・・・・)の誰かに助けを求めること』も禁止されていなかったのである。

 

この屋敷しもべ妖精は、命令を上手くすり抜けて主人を助けたということだ。さすがブラック家に長年勤めるだけあって、なかなか賢い。

 

「話は分かった。しかし、何故私の元に来た?」

 

「クリーチャーめは、ブラック家以外の方をあまり存じ上げません。 しかし、ブラック家縁の方を頼っては『家族』に含まれてしまいます。 その時、クリーチャーめはレギュラス坊ちゃんが仰っていた・・・シリウス様のご友人の話を思い出したのです」

 

家系図から消された長男の名前を、クリーチャーは少し口ごもりながら言った。

 

「レギュラス坊ちゃんは、シリウス様のご友人を良く仰っていませんでした。 あの方は、穢れた血が多くいるグリフィンドールに入ったうえに素行の悪い生徒と行動を共にしていると。 しかし、そんなシリウス様のご学友の中でセブルス・スネイプ様という方だけは、成績も首席で本当はスリザリンに入りたがっていたと褒めていたのです」

 

成程とセブルスは頷き、そして苦笑した。

久々に、最初自分がスリザリンに行きたがっていたことを思い出した。

 

「それで、ここに来たわけね。 でも、どうして屋敷の場所がわかったの?」

 

それまで黙っていたレイチェルが、漸く口を開いた。

 

「クリーチャーめは、ブラック家の屋敷しもべ妖精でございます。シリウス様の気配を追いましたら、よくこの付近で姿くらましをしているのが分かったのです。 だから、一か八か姿くらましをしたのでございます。しかし、セブルス様がプリンス家の方だとは存じませんでした」

 

「・・・悪いが、クリーチャー。私がプリンス家の者だというのは、あまり知られていない。出来れば、広めないでくれ」

 

セブルスの言葉に、クリーチャーは不思議そうな顔をしたが従順に頷く。

ブラック家の屋敷しもべ妖精なだけあって、純血思想が強く根付いているらしい。

 

「とにかく、このままレギュラスをここに置いておくわけにはいかないな。 お祖母様とお祖父様にばれたら面倒だ」

 

「それなら、こないだ結婚式をやった別邸はどう? 小さいけど、あそこなら誰も来ないし安全よ」

 

「いい案だな。任せてもいいか、レイ?私はこのロケットを確認したい」

 

セブルスの人使いの荒さにため息をついたレイチェルだったが、ここまで来たら乗りかかった船というやつだ。クリーチャーと共にレギュラスを運び別邸に向かった。

 

セブルスは改めて、レギュラスの持っていたロケットを確認する。

高度な闇の魔術がかけられていることは、明らかだった。

 

ホグワーツに入りたての頃は、闇の魔術に興味があったセブルスだったが、グリフィンドールに入り騒がしい毎日を過ごすうちに、すっかり興味は薄れてしまっていた。

 

つまり、自分にはお手上げだった。

 

仕方ない、とセブルスはため息をつくとダンブルドアに宛てて手紙を書き始めた。

 

 




お気に入り1000件超えていました。
いつも読んでくださってありがとうございます。

作者はハリポタ読了済ですが、手元にありません。これ買わなかったら原作ルート書くのきつくない???

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