FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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>> [1/2] 邪竜ファヴニール

 

 轟音激震。

 爆炎咆哮。

 

 小山のような巨体を誇る邪竜ファヴニールがその身を動かすたび、地震の如き大地の振動と大気を揺るがす衝撃波がやってくる。俺たち日本人としては多少の地震くらい慣れたもんだが、その中で戦闘しろともなれば随分歯ごたえのある難易度だと言えるだろう。ていうかナマズじゃないんだから、目の前で物理的に地震なんて起こされたら人種国籍関係なくビビるわ。

 

『ヤバイヤバイヤバイヤバイ、ヤバイって!』

 

 だからだろう、雪崩のように魔女ジャンヌ目指して突き進んでいたはずのプレイヤー共が恐れをなしたか元来た道を引き返している。しかし同時にむしろ血の気を増して突っ込んでいく命知らずの姿も多くあり、相反する人の流れが濁流めいて戦場に混沌を生み出していた。

 

「GAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 一方そんな種族人間の混乱など意にも介さぬ邪竜は、怪獣じみた咆哮と同時に前脚で地面を思いっきり強くドガンと叩き、近くでそれを喰らった連中が文字通り空中へと跳ね上げられる。バタバタと手足を振り回し無為に暴れる者が半数。残りの半数は直撃の時点で気を失っているんだろうな。

 

 ──種族人間は空を飛ぶ事ができない。当然の帰結として、プレイヤーも空など飛べはしない。

 

 死刑囚に与えられる最後の食事にも似た一瞬の空中遊泳を楽しんだと思しき受難者たちは、寸秒の後に地面へと叩きつけられて死ぬ。あちこちでべチャリと輪郭が崩れた死骸から魔力の塵が噴き上がった。

 死に戻り……。その本質は錬成陣(リスポーン地点)へのアバター再構築だと予想されている。だからこそ、その前段階として死亡したプレイヤーアバターは塵へと分解され、対価としてのデスペナを課せられるのだと。等価交換、錬金術の基本法則は、フィクション世界においてしばしば真理を示すゆえに。『消して、リライトして』、ハガレンよろしく二つでワンセットって寸法だな。

 

 gyaaas……!

 

 ッ!? 不吉な声がした……上!!

 死して黒煙を吹き上げるプレイヤー共の汚い花火を遥か後ろから鑑賞していた俺に、上空からワイバーンが襲いかかった。アンデッドと違い空飛ぶワイバーンには群れなす(プレイヤー)の盾が意味を為さない。後衛までひとっ飛びだ。そして俺が抜かれれば後ろにはサークル設置中のマシュさんが。

 

 ……仕方ねぇな!

 

 真上から飛び来るワイバーン目掛けて、俺は渾身の力で愛剣を叩きつける。手に馴染む金属質量は過たず飛竜野郎の右脚一本を圧し折った。しかし引き換えに、俺は竜の肉へ喰い込ませた剣諸共に引きずられ数メートルほど吹っ飛ばされる。戦場の彼我ダメージは不等交換。意識が明滅した。

 

 そしてすぐに馴染み深い死の暗転が迫り……へへ、懐かしいドンレミ村の長閑(のどか)な景色がもう見えるようだぜ。せっかちだなァおい。

 復活(リスポーン)地点はマシュさんが創り出さない限り増えることはない。すなわち、現時点における死に戻りとは命と引き換えにレイド戦の戦場から強制離脱させられることを意味する。南西(ボルドー)南東(マルセイユ)から来てる連中なら尚更だ。移動時間を考えれば以降のジャンヌとの再合流すら怪しくなるかもしれないだろう。

 俺たちの命自体は安くとも、背負ったものと過ごした時間は相応にその命へと価値を与えてしまうのだ……。

 

「【応急手当】ッ!」

 

 そう。だから俺がいくら自分の命を大安売りしたところで、それを俺という販売者の意図より高めに査定しちまうお人好しが出るのは仕方ないことなのかもしれなかった。

 

「リツカ!?」

 

「こっちはオレたちで引き受ける! 君はクー・フーリンと前にっ!」

 

 そう言って俺を助け起こすリツカの手には長柄の槍がある。獲物にとどめを刺そうと再来したワイバーンへ振り向いたリツカは、くるりとその手の中で槍を回すと、鋭く穂先を突き上げた。研ぎ澄まされた切っ先が竜の喉元を突き破る。

 

 お前、その技……!

 俺は思わず、後ろで巨大な魔法陣の中心に立つマシュさんを見た。彼女は俺に苦笑を返す。

 

「大丈夫です。わたしと先輩は負けません……!」

 

「マシュさん」

 

 戦場での彼女は苦しげな表情ばかり見せている印象がある。それは、俺たちみたいなプレイヤーを庇う盾役だからなんだろうけれど、運営の一員だって言うならもう少し加減ってもんをと常々さぁ……ああ、いや、そうじゃない。

 

『これは全てゲームだ。だが、制作と運営が違う』

 

 クー・フーリンの言葉を思い返す。彼女の余裕の無さは、すなわち運営の余裕の無さなのかもしれないのだ。

 

「アレに勝てますか」

 

 だから、それだけを尋ねる。

 

「勝ちます」

 

 マシュさんもそれだけを答えた。

 俺は二人をおいて前線へと走り出した。俺たちに合わせて後ろで戦っていたリーダーとセオさんをまとめて追い抜いていく。呼び止められた気もするが、後ろは見ない。声をかけずともクー・フーリンはついてきていた。やはり俺にはもったいない野郎だ。

 

 ……これまでずっと剣オンリーで戦ってきた俺とは違い、β版時代のリツカは色々装備を変えるタイプだった。魔術礼装にしても、普段カルデア戦闘服ばかり使う俺とカルデア制服を中心に様々使い分けるリツカは対称的なプレイスタイルと言えるだろう。だが、【クラス】機能が導入されたことでリツカはメイン武器の選択を迫られた。

 

 俺は、槍を薦めたんだ。

 盾と槍は相性が良い。スパルタで有名なファランクスの重装歩兵然り、盾の影から槍で敵を突く戦闘スタイルは、大盾一辺倒のマシュさんと契約したリツカに適していると思ったからだ。だが、マシュさんはそれに反対した。前衛職はどうしたって敵の正面に立たなきゃならない瞬間がある。彼女は自分の盾より前にマスターが出ていくことを嫌ったらしい。できれば後衛、つまりアーチャーやキャスターにしてほしいと。

 だが、今のリツカが見せた槍の取り回し……あれはランサークラスの槍に対する技量補正だ。

 有耶無耶になっていた問題を、あいつらは今このときに解決したんだ。それはつまり、解決せざるを得ないくらいには差し迫った状況ってこと……!

 

 

 ……逃げ戻ってくる敵前逃亡者どもが邪魔なので適宜蹴り倒し、あるいは張り倒しながら進んでいく。どけやオラッ! しかし人間はでかい。2m弱ある哺乳動物は無駄に大きくて重かった。あまりのグダグダっぷりに業を煮やしたクー・フーリンは、素早く俺を抱っこすると軽やかに戦場を跳躍し、俺はその光景を呆然と見上げるプレイヤーたちを尻目にキャッキャと喜んだ。

 

 わぁい、高い高ーい。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ。勝算はあるのか?」

 

「どうだろ。でも、マシュさんは勝つって言ったんだよな」

 

 正直、勝算なんて無い。

 見ろよ。魔女ジャンヌの号令でファヴニールが前脚を払っただけで数十人単位が吹っ飛ばされやがった。最強議論スレを参照するまでもなく大きさってのはイコール強さだ。人間が小山に剣を突き刺したところで何も変わりやしないだろ。あんなバケモンどうやって勝てっていうんだ。

 

 この手のゲームには負けイベってもんがある。

 特に今回みたいな、エリアラスボスの顔見せシーンなら珍しくもないイベントだ。圧倒的なパワーでぶっ倒された主人公たちが知恵を絞って対策を打つ。ファヴニールの無茶苦茶っぷりを見る限り、ドラゴン特攻の武器や援軍サーヴァントでも出てこなきゃ勝ち目がないように思われる。以降の探索イベントに繋がる負けバトル……いつもの俺なら、そうメタ読みするはずだった。

 

 ……でもなあ。勝ちますって言われたんだよ。そもそもこれって【討伐ミッション】だし。

 

 マシュさんの後ろにはロマニがいるはずだ。俺はあの男のことを考えるだけでも怖気がさすが、大した野郎であることまでは否定しない……あいつがマシュさんを止めていないなら、きっとどこかに勝ち目はあるんだろう。あのアルトリア戦だって最初は無理ゲー極まってたんだからな。

 ……そして何より。俺はロマニ・アーキマンという男に借りがあって、多少は()馬の労を取ってやらねば精神的利息が増えていくばかりだという感覚がある。

 

「ぶっつけになるけど勝算を探す。駄目ならせいぜい良い感じに負ける方法を考える」

 

「ハッ、そいつはオレ好みだな。いいか。今のアンタじゃ、カルデアの支援含めたってオレの宝具発動は一発までだ。上手く使えよ、マスター」

 

 そう言うと、ズシャァァァッと音を立ててクー・フーリンは着地した。その両腕は完全に衝撃を殺してか弱い俺を保護したが、次の瞬間には御役御免とばかりにポイッと放り出されたので俺は地面をコロコロと転がった。そんな俺たち主従の姿を見て、前線で踏ん張っていたらしきプレイヤーたちがざわめき出す。……ああ、そういや結局こいつの存在公表してなかったな。

 

 後始末の面倒さを考えると、少し胃が痛む気がした。まあアバターの錯覚だけどね。

 

 

>> [2/2] 武器は「剣」なのか?

 

 

 最前線へと颯爽登場してしまったクー・フーリンへ、早速とばかりに護衛の剣士が襲いかかる。サーヴァント・セイバー。男とも女ともつかぬ美貌の持ち主。俺は多大な精神力を犠牲に、辛うじてその美形へと惹き付けられる己の視線を引っ剥がすことに成功した。へっ、顔だけじゃあ足りねぇぜ! 俺を魅了したいなら胸部装甲を山盛り持ってくることだな!

 

 とは言え、サーヴァント二人の超人バトルに介入できるわけもないので、戦場を見渡して俺でも参戦できそうなところを探す。

 

 激しく互いの旗槍を交わす白黒のジャンヌ・ダルク。

 なんかキモい触手生物を生み出しまくっているジル・ド・レェ。

 その怪生物へ歌(!?)で対抗しているお姫様&指揮者ペア。

 そして、暴れ倒すファヴニールと防戦一方のプレイヤーたち。

 

「いやあ、助かったよ」

 

 ……と、俺の肩がぽんと軽く叩かれた。振り向くと、そこには線の細い黒髪黒目の男。カナメだ。

 まあ、そうか。こんな地獄みたいな状況でまだ生き残っていられるのは、プレイヤーでありながら一般プレイヤーの枠から逸脱しつつある上位層の連中なんだろう。

 

「味方の【SERVANT】は補助タイプみたいでね。どうも敵の【SERVANT】と一対一だと分が悪かったんだ」

 

 そうかよ。じゃあ、今までアンタは何してたんだ?

 

邪魔者(ワイバーン)狩りさ。だけど、君のおかげで少し手が空いた……」

 

 その手に下げる抜き身の剣が陽光を照り返して物騒に光る。セイバークラス。刀剣を扱わせれば相当な技量を持つと言われる男だ。掲示板に動画がアップされていたが、かなり常人離れした動きをしていた記憶がある。

 

「私たちはこれから魔女ジャンヌに攻撃をかけようと思う。正直あの剣士が邪魔で仕方なかったんだけど、君のクー・フーリンがこのまま抑えてくれるなら可能だろう」

 

「……サーヴァントに勝てるのか?」

 

「どうかな? 私はとにかく、あのジャンヌ・ダルクに私の剣が届くか試してみたい。それだけなのさ」

 

 求道者じみた男だ。廃人。『FGO』におけるその語の意味は、普通のゲームで語られる()()とは必ずしも一致しない。ときに文字通りの異常者を指すことさえあるのだから。

 

 だが……【陰陽】のカナメ。はるばるボルドーからここまで来たんだよな。今アンタに死に戻りされると困るんだよ。

 清姫changの被害が無視できなくなってきてる。それに、だんだん北上してきてるんだ。あの女の炎からただ一人生き残った、それはどうやってだ? 嘘をつくと焼き殺されるというのは正しい情報か? サーヴァントの【契約】についても清姫から聞いているんだろ? 聞きたいことはいくらでもあるんだ。マシュさんのサークルが出来るかアンタが情報をくれるまでは死にに行かせるわけにゃいかないぜ。

 カナメは困ったように笑った。

 

「……参ったな。君と君の使い魔が承諾してくれないと、私たちはまたあの剣士(セイバー)の邪魔をしながらワイバーン狩りに戻らなければならなくなる。負けるのは避けたいからね」

 

「後ろのマシュさんを信じてちょっぴり待つか、ここで俺に話すかだ。そしたらアンタが死んでも俺たちで清姫changを迎えに行くさ」

 

「そんなに難しい話でもないんだけどねえ」

 

 カナメは言う。俺は続きを促した。

 

「あの年頃の女の子、今で言うと中学生くらいかな? ああいう子はね、自分の愛情と殺意がごちゃ混ぜになってしまうことが時々あるのさ。他ならぬ私の妹がそうだった」

 

 ……ねーよ。お前の妹怖すぎだろ。

 

「愛しているけれど、いや、愛しているからこそ許せないと言うべきか。そういう手合とどう付き合えばいいか……少なくとも君みたいなタイプは相性が悪いと思うな。『普通』に振る舞ってあげることが大事なのさ。まあ、これは見事私の妹のハートを射止めた義弟の受け売りだけど。なにせ私はヒキニートだからね」

 

 【陰陽】のカナメ。一日の大半をゲームに費やすゲーマーっぷりと卓越した剣技、それに加えて筋金入りのシスターコンプレックスとしても名の知れた男……。

 

「そうだな、誠実な交渉役を探しなさい。彼女はそういう人間ならば邪険にはしないはずだ。例えば聖女ジャンヌなんかを連れて行くのがいいんじゃないかな。ああ……! しかし、魔女と聖女、殺していい方のジャンヌと仲良くしていい方のジャンヌが両方いるなんて素晴らしいことだと思わないかい? 彼女たちは私の妹に似ていると思うんだよ。性質もそうだが、何よりあの声がよく似ている……!」

 

 カナメはどこか陶然としてそう言った。

 分かった。お前の妹の話は十分よく分かったよ。俺は空虚な頷きで奴に応える。同じ言語フォーマットで話しているはずなのに理解しがたい隔たりを感じていた。言葉の端々から漏れる愛情と殺意……ただのシスコンではない。原義(神話)に近い方のコンプレックスってやつなんだろう。草も生えねぇわ。

 ……だがまあ、聖女サマを交渉役に立てればイケるってのは確かに素晴らしい情報だと思うね。現地サーヴァントの引き込みは当座の課題だが、それ以上に彼女が撒き散らす嘘つき粛清の炎を止めることはわりと急を要する問題だ。最近、ゲーム内掲示板へ美少女に焼かれることに快感を見出す逸脱者(ヘンタイ)どもが出始めてるんだよな……。

 

「情報はこんなところでいいかな? そろそろ私も待ちきれなくなってしまう。ふふ、相手はカミサマの声を聞いた戦乙女だ。私ごときの剣が届くとは思わないが……それでもね。血が騒ぐのさ」

 

 俺が頷きを返すと、カナメは笑みを浮かべて立ち去った。その後ろに数人のクラン員らしきプレイヤーが追随する。見送る俺の前で奴ら目掛けて突っ込んできた一匹のワイバーンが、次の瞬間には首から血を吹き出しながら地面を滑っていった。歩みを止めぬカナメの剣には、いつの間にか血がベッタリとついている……。

 

(こわっ)

 

 近寄らんとこ……。

 あ、フレンド申請届いてるじゃん。無視だ無視。

 

 カナメ氏が想像以上に面倒臭そうだったので俺はジャンヌの方に行くのを諦めて、まずはキモい触手生物の元凶をぶっ殺すことに決めた。なぜってジル・ド・レェは召喚士タイプのキャスターだ。なんとか死角に入って奇襲を決めればワンチャンあるかもしれないと思ったからである。

 サーヴァント戦力の拮抗。まずはそれを崩すことが勝利への一歩だと思われた。

 

 激戦中のプレイヤーと魔物たちの隙間を縫うようにしてジル・ド・レェの後方に向かって動いていく。ファヴニールはコバエめいてチョロチョロしながら遠距離攻撃を仕掛けてくるプレイヤー達にご執心のようだ。そのまま地震なんか起こさず大人しく暴れていてくれよ……!

 

「な、」

 

 しかし次の瞬間、一本の触手が俺の足に絡みついた。剣を突き立て切断しようとした途端に、凄まじい勢いでぐいと引っ張られて体勢を崩す。

 

「【全体強化】!」

 

 バフって底上げした筋力で無理やり触手を引きちぎる。ごほっ、ごほ……引きずられる間に口の中へと砂が入り、俺はむせ返った。するとそこへ、すわ好機とばかりに追加で触手の群れがやってくるじゃあないか。あっ剣取られた! 畜生、エッチなアニメみたいにニュルニュル纏わり付きやがって! だが俺にはまだこの拳が……

 

 

 

 しかし、華麗な逆転を狙うには少しばかり遅すぎたらしい。

 

「ぐっ……痛……ああッ! 一体どこの誰だ、この僕に戦いをやらせようなんて考えついたのは! ネコにピアノを弾かせるようなものだぞ!」

 

「もう……! あなた、音楽以外のことになると堪え性がなさすぎるわよ」

 

「そういう人間だから仕方ないね! 軍人たちとは違……ぐぅ、本気でヤバイぞこれ!?」

 

 俺が触手に首を絞められる系リョナエロの被害者にされかけていたその瞬間、触手の大群を捌き続けていた指揮者の調子が崩れた。お姫様がカバーに入った分だけ討ち漏らされた触手たちが周囲へと溢れ出す。プレイヤーが巻き込まれる。プレイヤーに何とか抑え込まれていたワイバーンや魔物たちが動き始める。

 そうして、その連鎖が聖女と拮抗していたはずの魔女ジャンヌに行き着いて──

 

「アハハハハハ! 無駄な抵抗だったわね! 魔力解放……ファヴニール! 【大竜炎】!!!」

 

 邪竜の(あぎと)から地獄じみた炎の嵐が吹きすさび──

 

「最ッ高のCooooooolをお見せしましょうゥ!」

 

 触手の中心に立つジル・ド・レェの元からひときわ巨大な触手の波が膨れ上がって──

 

『サークル、確立しました!』

 

【MISSION CLEAR!】

【緊急ミッション『マシュ・キリエライトを護衛せよ』を達成しました】

【ミッション達成により 召喚サークルの確立に成功しました ──魔力蒐集が開始されます】

 

 ──後方から届いた反撃の嚆矢は、間に合ったとは言いがたかった。

 

 

 

 俺を含め、その場にいたプレイヤーのほぼ全てが敵の攻撃を喰らって一瞬で消し飛び、後方できたてホヤホヤの召喚サークルへと死に戻る。

 

 俺はたった今まで立っていたはずの遥か前方を見やった。

 そこには味方のサーヴァント達が残っているはずだった。……まだ死んでいなければの話だが。令呪が疼く。少なくともクー・フーリンは死んでいない。

 

(勝機は……あったのか?)

 

 ジル・ド・レェを上手く襲撃することができていれば。

 もしくはどこかのタイミングで、クー・フーリンの宝具を上手く使えていれば。

 

 ……それで戦況は変わったか? あの邪竜をどうにか出来たのか? 本当に?

 

 自問したが、答えなどありはしなかった。

 

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【緊急ミッション『味方サーヴァントと合流し、無事に撤退せよ』が開始されました】

【成功条件:味方サーヴァントの生存とプレイヤーの撤退】

【失敗条件:味方サーヴァントの死亡】

 

 急かすように視界をよぎっていくアナウンス。プレイヤーたちは再び前線へと走り出す。

 

 ……しかし、戦いの意味は既に変質している。ファヴニールは圧倒的すぎた。結局、俺たちはあの邪竜にまともな傷の一つも付けられやしなかったのだ。

 勝利という結果は失われた。運営は俺たちに勝ち目がないと判断し、新たなミッションを提示した。だから後に残るのは、どう上手く負けるかというだけの戦いだ。

 

 

 使いそびれた令呪の残る右手の甲を、剣を失い空になったもう一つの手で握りしめる。

 ……上等だぜ、魔女サマ。こちとら負けるのには慣れてんだ。無駄に死ぬことにもな。だが負けっぱなしってのは性に合わねぇ。だったらせいぜい、素敵な撤退戦(パーティー)やってやろうじゃねぇか……!

 




【陰陽】のカナメ:
 『空の境界』より両儀要。両儀式(FGOだとアサシンの方)の兄にして、旧名家「両儀家」の離れに押し込められている男。両儀家当主としての素質を示せなかったので当主の座は妹・式のものになり、自身の自由も奪われたが、万が一の際の予備としてそれなりの扱いを受けてはいる。
 ……という設定で一瞬だけ本編に登場するキャラクター。セリフとか無いので半分くらいオリキャラです。

 旧名家でニートやってるという立場、(たぶん)当主予備として仕込まれているだろう剣術、退魔の血筋、そして何より自由に外へ出られないという環境からくる外界への渇望が『FGO』に出会った彼をプレイヤーとして磨き上げ、やがてVR世界の頂点へと導いた。原作の登場人物でゲーム廃人系強キャラを張れそうなのがこの人くらいしかいなかったとも言う。ゲーマーはいるんですけどね、琥珀さんとか。
 異常者への理解度がわりと高い。まだ前線で生き残ってます。

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