(Fate/Grand Order内のアイテム説明より引用)
>>>> [3/4] エルメロイの義兄妹
──時計塔。
塔という名とは裏腹に、その内側は地下へ地下へと伸びる深淵の穴蔵の様相を呈す。
そこに満ちるのは、暗い地下の廻廊を照らすぼんやりとした灯光と、埃を含んだ黴臭い空気。名状しがたい物音の数々。視界の隅に現れては消える幽鬼じみた幻の影。光届かぬ物陰には、いまだ驚異と神秘が隠れ潜んでいる。
慣れ親しんだつもりは無かったが、しかしやはり、そういうものだという意識はあったらしい。
ライネス・エルメロイ・アーチゾルデは白々としたまばゆい電灯に照らされた廊下を歩く。清掃の行き届いた通路は、魔術大家の所有物件でありながら明るさと清潔さを強く印象づけるものだった。
(なるほど、確かにこんな施設ならば
そんなことを考えながらコツコツと足音を立てる彼女の服装は、先刻までその身体を包んでいた【カルデア戦闘服】ではない。魔術協会礼装。彼女にとってはよほど馴染み深く、しかしこの近未来的な施設にはどこか似つかわしくないような気にさせるコーディネートだ。
両眼の眼帯も外しているため、機能不全の視界は一面砂嵐じみたノイズで覆われていた。魔力感知を併用すれば動けないことはないが、こうして少しずつ慣らしていく必要があるらしい。
先の撤退戦を終えたライネスは、後の事を自称・一番弟子……
(それはそれとして、埋め合わせのひとつくらいは期待してもよかろうよ)
たまには妹らしく可愛らしげにねだってやるのも悪くはないだろう。兄のしかめっ面が目に浮かぶようである。それは、なかなかに甘美な妄想だと言えた。
そうしてしばらく歩けば、義兄に与えられた居室の扉が目に入る。時計塔の居室に据え付けられた瀟洒なそれとはまるで違う、味も素っ気もない無機質な扉。だが、魔術的な防護は十二分に施されている。魔術と科学の融合。先代のアニムスフィアが始めた一大事業の精神が、このカルデアという建物に結実しているのだ。
時計を確認する。目を閉じれば瞼の裏に浮かぶ「メニュー画面」に表示された時刻は、我が義兄との約束の時間をぴたりと指していた。扉をノックし、そのまま引き開けて中に入る。どうせ待っていても、読書や論文に没頭していることの多い兄であるから、返事が戻ってくる方が稀である。
「ああ、今開けッ?!」
「……おや、驚いた」
しかし、扉を引き開けたその瞬間、珍しく義兄の声がライネスの耳に届いた。惜しむらくは、その発声がほんの少しばかり遅かったことか。ワンルームの広い個室に置かれたチェアから腰を浮かせた我が義兄が、慌てた調子で口を半開きにしているのが目に映る。その対面には、やはり入室者に視線を送る銀髪の女の姿。どうやら来客中だったらしい。
来客は、ライネスも知る相手だった。……当代のアニムスフィア。名を、オルガマリー。
「レディ。私の返事を待たずに部屋へ入るのはやめてくれないか?」
体面を気にしてか、珍しくそんなことを義兄が言う。普段は気にもしないくせに、実に心外である。
「失礼。だが、内弟子も付き人も不在の義兄を心配する義妹の気持ちも分かっていただきたいな」
日頃の不摂生が祟って倒れているかもしれないからね。そう言って微笑むと、義兄は顔をしかめた。その表情に、背筋へ走る愉悦を覚える。しかしまあ、じゃれるのもこの辺が頃合いか。
ライネスは怪訝な表情で二人を見る
まったく、猫を被るのが上手いのはお互い様だろうに。ライネスも片眉を上げつつそんなことを考える。TPOの遵守とは、神秘の秘匿を心掛ける魔術師にとっても重要な行動規範なのである。
「足労に感謝するわ、エルメロイの姫」
アニムスフィアの当主が言う。
「構わないとも。他ならぬ義兄の頼みとあれば、喜んで飛んで来ようというものだ」
「……仲が良いのね」
「同じエルメロイの一員だからな」
そう答えると、オルガマリーの表情が少し陰った。まあ、家族仲の良い魔術師など聞いたこともない。「家」の結束と「家族」の仲の良さは全く別のものであるからして。ともあれ、先代のアニムスフィアが世を去り表舞台へと引きずり出されたオルガマリーは、どうも魔術師としてはナイーブなところがあるように見受けられた。
そう言うライネス自身も、かつて先代当主にして伯父でもあるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが早すぎる死を迎えた後のゴタゴタを思えば、他人をどうこう言える立場でもないのだが。
まあ、昔は昔、今は今である。
それに、警戒を要さないという意味では仲が良いというのも一面の事実ではあった。少なくともライネスは、義兄以外の人物の部屋に無断で入ろうなどとは思わない。それが魔術師ならば尚更だ。
「さて。用件を聞きたいところだが」
切り出すと、オルガマリーは義兄に視線を送る。そちらから説明しろという意思表示だろう。どうやら我が兄が、アニムスフィアに厄介事を押し付けられた形であるようだった。
「まずは座ってくれないか、レディ。紅茶を淹れよう」
そう言って、ライネスと入れ替わりに義兄が席を立つ。あのものぐさの義兄が手ずから茶の準備をするなど、極めて珍しい光景だ。そもそもこの一人用の個室にチェアが三脚用意されていたことからして、義兄は最初からアニムスフィアが持ち込んだ用事をライネスに丸投げする気だったらしい。
なるほど、と苦笑が漏れる。埋め合わせのランクを一つ上げねばならないだろう。
「……それで、君にわざわざ来てもらった理由だが」
しばし紅茶を楽しんだ後、義兄がそう切り出した。
弛緩した空気が再び元の状態を取り戻していく。
「君に、今日これから英霊召喚をしてほしい」
「……はあ?」
義兄の頼みは、実に意外なものだった。
◆◇◆
「……話の内容は理解した。つまり、私に魔術師代表として英霊召喚の実験台になれと言うのだな?」
事情を聞いたライネスの中で、埋め合わせの要求ランクが3段階ほど引き上げられた。これはもう、容易なことでは済まされないと義兄にも覚悟をしてほしいレベルである。
「そうだ。我々の会談にも一通りの決着が付き、あとは情報公開の段階を残すだけとなった。だからこそ、それに先立ってカルデアが持つ最大戦力である『英霊召喚』をデモンストレーションする必要がある」
「魔術師たちへ向けて、かね」
「いや。全プレイヤーに向けてだとも」
義兄は言う。聞けば、その召喚儀式の様子を動画として撮影し全プレイヤーに向けて配信するつもりだというのだから、神秘の秘匿が聞いて呆れるというものだ。
「あくまで『ゲームの演出』よ。真相がバレなければ何も問題はないわ」
そう言い切るのはアニムスフィアである。世間知らずだった気難しい娘が、しばらく見ないうちに随分と肝を太くしたらしい。
「しかし、なぜ私が? 我が義兄よ。君が自分で召喚すればいいではないか」
英霊召喚には思うところがあるのだろう?
そういう問いかけを言葉の裏に滲ませて、ライネスは尋ねる。
義兄は、何とも言えない渋い顔で茶をすすった。
「無論、いずれはそうすることになるだろう。だが……」
「万全の準備を整えて召喚に臨みたいと?」
「……すまない。レディ」
本当に申し訳無さそうな顔でそんなことを言う。
我が義兄、ロード・エルメロイII世が
……征服王イスカンダル。
かつて『
カルデアの召喚式がどのようなものかは知らないが、少なくとも使い魔の召喚に際して、相手との縁を紡ぐための努力が全くの無駄になるということはないだろう。特に、かつて『彼の王』を呼んだ時に用いた触媒が2015年の世界とともに燃え尽きてしまっている現状では。
「まあ、そういうことなら分からないでもないがね」
ライネスとしても、利のある話ではあるのだ。
早逝した先代ケイネスが残したエルメロイの秘術を引き継ぐための教育を施された結果、ライネスが有するおおよその魔術は研究用に調整されているのである。戦闘用の魔術など持ち合わせは少なく、サーヴァントという最上級の使い魔で身を守ることができるならば、それは願ってもない幸運だと言えた。
「では、引き受けてもらえるということでいいのね?」
「ああ。召喚はどのような手順で?」
「場所を移しましょう。職員の紹介も兼ねて、そちらで説明するわ」
オルガマリーがそう言って席を立つ。
率先して部屋を出て行くオルガマリーの後に続いてライネスも席を立った。
◆◇◆
道中、ふと思いついた疑問を傍らの義兄へと投げてみる。
「……そういえば。動画の撮影と言ったが、被写体としての性能を期待されても困るぞ」
義兄は苦笑した。
「スピネッラが協力してくれている。彼とミスタ・エジソンに任せておけば上手くやるだろう」
「……スピネッラ?」
聞き覚えのある名前だ。だが、一体それは誰だったか。
「ジャンマリオ・スピネッラ。
「知らん」
ゾンビとクッキング……考えるだけでも相性の悪そうな組み合わせである。そんな悪趣味なものを企画する人間の動画に出演しなければならないのだろうか。ライネスは、元来た道を引き返したくなる衝動に襲われた。
「だが、その番組も少し前の番組改編で終わってしまったからな。新たな資金源として、『FGO』の正式版リリースに合わせて動画共有サイトへ自分の実況プレイ動画チャンネルを開設するつもりだったらしい」
「……実況プレイ?」
「ゲーム文化のひとつだ。レディが気にする必要はないだろうがね」
そういうことを飯のタネにする者を『ユーチューバー』と呼ぶのだと義兄は言う。
ユーチューバーの魔術師。
……なぜだか、義兄の言葉はとても残念な響きを伴ってライネスの耳に届いたのだった。
>>>> [4/4] L・I・O・N!
『ライオーン! チャンネルーッ!』
……それは、唐突に始まった。
カルデアからのインタビューに備えて、担当だというスピネッラ氏と打ち合わせを終えた俺がしめやかに牢獄で正座待機していると、突然その映像が俺の網膜へブチ込まれたのである。
ニューススタジオじみた撮影セットを背景に仁王立ちするのは、我らが『FGO』の統括ディレクターことライオンマン氏の姿であった。
『モニターの前の皆さん、グッモーニン! Fate/Grand ONLINEにおいてチャンネル登録数一位を誇る超人気コンテンツ、
低く渋い声がテンション高めに鼓膜を揺らす。いや朝じゃねぇし。むしろ今の深夜帯と言っていい時間にふさわしい企画モノ臭がスタジオから漂ってるよ。
ああ、でも芸能界ってそういうとこだったか? 挨拶は常に「おはよう」を使うって話を聞いたことがあるようなないような。
だが、チャンネル登録などしたことがないという事実は見過ごせない。勝手に視界へ映像が直送されている現状からして、全プレイヤーが自動で登録されているのではないか。
運営の横暴を察した俺は義憤に駆られた。だが遠く離れたスタジオのライオンマンに届くことはない。ガオーッと一声高く咆哮を上げ、自己紹介をした。
『司会は、偉大なる天才にして発明王【トーマス・アルバ・エジソン】!! 視聴者はプレイヤーの諸君でお送りする!』
……ん? 待って。今エジソンって言った? エジソンってあの某踊るポンポコリンな偉い人? え、マジで?
次々と浮かぶ不信と疑問。だが、そんなものには一切斟酌しないまま番組は無慈悲に進行する。
『ああ! それからそこの……そう、YOU! 質問は後にしたまえ! 今回は時間に対してコンテンツが多いからな、コメントに答える時間がない。押していかねばならんのだ』
おっと、ライオンが俺に目線を向けてそんなことを言った……気がした。いや、ただのカメラ目線だが。
『ちなみにこの番組は、
ライオンマン……自称エジソン氏はそのままカメラに背を向け、背景セットのスクリーンの傍らへと歩き出す。「それでは最初の目玉情報だッ!」声と同時に、スクリーンへ『英霊召喚システム』という文字がでかでかと表れた。
『今回最初に諸君へお知らせするのは、FGOの新規コンテンツ……【英霊召喚】である!』
すかさず、おおー! というどこか耳馴染みのあるざわめきSEが差し込まれた。すさまじくアメリカンな雰囲気だ。
『諸君らは既に【使い魔】システムを活用してくれているだろうか? この【英霊召喚】は、使い魔の中でも特別な存在……人類史における英雄たちを呼び出し使い魔として力を借りるシステムだ! 我々は、彼らをサーヴァントと呼称している!』
おおー。
『特異点F、そしてこのフランスで、諸君らも既に【SERVANT】と表記される強大な存在に出会ってきたことだろう。そう、彼ら彼女らこそが正にサーヴァントなのだ! 彼らはその戦力としての強力さゆえ、敵勢力に呼ばれて我らの前へ立ちふさがることもある。容易には突破できぬ、非常に厄介な敵といえるだろう! ……だが! これからは、彼らが我らの味方にもなるというわけだ!』
おおおー!
『……とはいえ、誰もがサーヴァントを召喚できるわけではない。彼らは特別な存在であるゆえに、召喚には特別なアイテムが必要になる……。それが、この【聖晶石】だ!』
エジソン氏はそう言って、ムキムキマッチョのボディスーツから例の金平糖じみた宝石を取り出した。
『聖晶石。この奇妙な鉱石は、我々にも未知の部分が多いものの……未来を確定させる概念が結晶化したものであるらしいことが分かっている。つまり……』
そこで、一度彼は息を呑んで言葉を溜めた。場に落ちる一瞬の沈黙が、観衆の緊張感を増幅する。スピーチテクニック。
『つまり! この1431年フランスのように、過去の世界を歪み捻れさせた元凶を倒し、元の歴史を修復することで、この聖晶石が生成され入手可能となるのであァる!』
おおおー! おおおー!
……いい加減うるさくなってきたな、このSE。
ライオンマンは歓声が鳴り止むのを少し待ち、言葉を続ける。
『……というわけで、諸君には頑張って攻略を進めていただきたい。皆が皆サーヴァント召喚を出来るとは限らないが、特異点攻略はプレイヤーだけの力では決して成し遂げられないものである。サーヴァントたちの力を借り、皆でこの戦いを勝ち抜こうではないか!』
【ONE FOR ALL, ALL FOR ONE】。
そんな言葉がスクリーンに映し出される。一人は皆のために、皆は一つの目的のために。ラグビーの言葉だったか。立派な言葉だ。だが……。
俺はスポーツマンじゃないから分からんが、そんな言葉通りに上手くいくもんか? 人間様ってのは、足を引っ張ることにかけちゃ中々の性能を発揮する動物だぜ。サーヴァント召喚したプレイヤーだけ周りから嫉妬とかされたりしない?
……まあでも、ぶっちゃけ俺もトッププレイヤーには嫉妬より軽く引く気持ちのほうが強いから、案外大丈夫だったりするのカナ……?
『そして! 今日は、我らがFGOプレイヤーの中で初のサーヴァント召喚を果たした【クー・フーリン】のマスターにインタビューの約束を取り付けてあるぞ! 早速呼んでみようではないか! もしもーし!』
【Call:音声チャット】【発信者:トーマス・アルバ・エジソン】
一瞬後、そんなシステムアナウンスが俺の視界を真っ赤に染めた。ええ~……、インタビューって生放送の中でかよ。しかもサーヴァントの良さを煽った直後のこのタイミング。みんなからの嫉妬の嵐が待ったなしじゃんね。こんな無計画に素人を生放送に出すのって、放送事故とか大丈夫? 俺ァ知らねぇぞ……!
『はいはーい! 皆さんこんにちわー! クー・フーリンのマスターでーす!』
俺は元気に挨拶の声を張り上げた。
こうなったらヤケだ。どうせ身元は割れる。だったら、全てのプレイヤーにつながっている今この瞬間に、可能な限りの好感度を稼いでやるとしようじゃないか。いわば『勝ちまくりモテまくり』の精神だ。
声バレ? 知らねぇな。今はそういう保身を投げ捨てるべき時だろう。
どうせここにいるのはワイバーン達だけである。いずれ騒ぎを聞きつけたサーヴァント共もやってくるだろうが、まあそれまでに片付けちまえば問題ねぇ。
さあ、生放送──。加減はナシだ、絶望に挑もうか!
『おお! 繋がったようだな、元気のいい挨拶をありがとう! 彼は今、オルレアンの牢獄に監禁されているそうで心配していたのだが、この調子なら早速インタビューに入っても大丈夫だな!』
『ハハハハハ。どんと来なされハッハッハッ』
……それからの時間は、俺にとっても実に長いものだと感じられた。
突然虚空へ向かってテンション
そんな鳴き声をBGMにして、サーヴァントの使用感に始まり、人格を持つ使い魔との関係、宝具運用のコツ、うちのサーヴァントのここが凄い!、サーヴァント召喚のすゝめなど、様々な疑問質問意見相談に答えていった俺だったが、そろそろ時間切れのようである。
「……なに。君は、狂ったの?」
牢番ワイバーンの異常を察知し真っ先に地下牢へと駆けつけたのは、我が尋問担当官の一人ことセイバーのデオンさんだった。
だが、彼(彼女?)はまだ状況を十分に把握できていないらしい。つまり決着にはまだ早い。
そうだ、まだ俺の生放送コンテンツは終了してないぜ……まだだ、まだ押せる!
ニコ生概念を未だ獲得していないだろうデオンさんに向かって、俺はにこやかに微笑んだ。地下牢の闇の中に浮かび上がる満点のスマイルに相手の雰囲気が硬くなる。
狂ってなんかいねぇよ。アンタにも見せてやろうと思ってな。
これが21世紀流、これが人類の辿り着いた最先端のコミュニケーションっていうやつさ。今、俺の言葉が
「……何を言っているのかわからないな」
特に言いたいことはない? じゃあ自己紹介。自己紹介はどうだろう。
「……察するに。つまり、君は今、他のプレイヤーたちと接触し会話を行っている?」
会話と言うには一方通行過ぎるがね。流石にコメントチェックを並行して行うのは俺の処理能力が追いつかねぇ。
「……ふぅん。この場で普通に喋ればいいのかい?」
そうデオンさんが尋ねた。その通りだよ。ささ、どうぞ。
するとデオンさんは、すぅ、と息を吸い込み──
「──白百合の旗のもとに集う
……そんな、堂々たる宣戦布告を行ったのだった。
俺が言うのもなんだけど。これ、何のコーナーだったっけ。
◆◇◆
とまあ、軽いサプライズコンテンツを挟みつつも俺のインタビュー時間はなんとか無事に終わりを告げて。明日が楽しみだ等と言って去っていったデオンさんはさておき、ここからが本番の英霊召喚実演ショーである。
実演を担当してくれるのは、なんと先の撤退戦で知り合ったばかりのライネス姫だ。プレイヤー代表として『厳正な抽選のもと』選ばれたそうだが、まあ、まず間違いなくエルの絡みだろう。きっと抽選ボックスに一枚しか紙が入ってなかったみたいな話だよ。でなきゃ炎のゴブレット。そういう系の仕込みだろうさ。
「────素に銀と鉄。」
見覚えのある召喚ルームへとカメラは移動し、その部屋の中心にライネス姫が立っている。その周囲を取り巻くのは、例のマシュさんの大盾を模した魔法陣だ。そのあちこちへ以前の俺と同様に聖晶石をセットしていくライネス姫。
「
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する──」
だが、そこからが違った。あろうことか、そこでアドリブの呪文詠唱を加え始めたのである。クールな外見に反して、さっきの俺みたいに内心テンション上がっちゃってる感じだろうか。妙にカッコよく決まっているからか周りも止める気配がないし、その勇姿はきっと皆の記憶に刻み込まれるだろうと思われた。……ヤバイぞ生放送。
「───汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」
やがて長い長い詠唱が終わり、魔法陣を包む光の帯がバチバチと眩しい輝きを放ちだす。
……そして、俺が召喚に臨んだときとまるで同じように、部屋の中が白い光で埋め尽くされた。
「──召喚に応じ推参いたしました」
徐々に薄れゆく光の中から、凛々しい男の声が響く。
魔法陣の中央に片膝を立てて跪いた男の傍らには、布でぐるぐる巻きにされた
……ランサーか。
どこかカルデア戦闘服にも似た深緑の衣装に身を包んだ黒髪の男は、しかしその顔をあげることなくこう告げた。
「人理修復という大業の担い手に我が槍をお選びいただいたことは光栄の至り。しかし……
「……ふむ? 訳ありと見たが」
「然り。この顔は呪いの魔貌。ゆえに、過ちを繰り返さぬためにも……どうか」
そこで、二人のやり取りから何かを察したらしきライオンマンがカメラをライネス姫たちから自身へと向ける。
『──さて、如何だっただろうか! かの槍兵もまた、きっと我らの心強い味方になってくれることだろう! しかしここから先は、主従二人だけのプライベートな時間とさせていただきたい! 使い魔との信頼、絆、それこそが最大の力であるのだからな!
……それでは諸君、また次の生放送まで、ごきげんよう!』
──ブツン。
そして唐突に映像が途切れ、牢獄の闇が戻ってきた。
こうして、『FGO』初めての生放送は何とも尻切れトンボな感じで終わったのである。
◆◇◆
「過ちを繰り返さぬためにも……どうか」
召喚を終えたライネスの目の前で、深緑の槍兵が跪いている。
「……」
見られたくないというのであれば仕方がない。だがまあ、これもまた巡り合わせというものか。ライネスは外していた眼帯を取り出して、再び自らの両目を覆う。召喚の残滓じみて漂う光の粒子が完全に遮断され、ライネスの視界は闇に包まれた。
コツ、と背後で硬い音がする。
後ろで控えていた義兄が、ライネスの傍らへと歩み寄っていたらしい。
「──魔貌。顔とは、視覚を介して人の印象に最も強く働きかける要因であり……それゆえに、顔そのものが魔性を帯びる例も世界中に多くある。魔眼もまた、その一例と言えるだろうか。その本質が『視る』ことではあれど、眼それ自体もまた他者から『視られる』対象であるのだから」
義兄はなぜか、こういう話をさせると途端に講義風の語り口になる。講師の職業病だろうか。
「……英霊よ。お前の呪いは、男が相手であれば効果を発揮しないのか?」
尋ねかける義兄に、槍兵はそうだと答えた。兄はライネスの肩を叩く。ライネスは告げた。
「ならば──何も問題はない。我が使い魔よ、気兼ねなく顔を上げるがいい」
そして、槍兵は顔を上げた……らしかった。軽く息を呑む音が、その様子を目に出来ぬライネスの耳にまで伝わってくる。
「……
「いささか両目の調子が悪くてね。これでは戦いに心許ないから、君の槍が私を守ってくれると助かるのだが」
「はっ!」
勢い良く、槍兵は再び頭を下げたのだろう。風の唸りが聞こえるほどの勢いだった。
(……やれやれ。ならばしばらくは眼帯生活に逆戻りというわけか)
「……我が望みを聞き届けていただいたことに心からの感謝を。我が名は、フィオナ騎士団が一番槍、【ディルムッド・オディナ】。これより貴女に仕えるサーヴァントとなりましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」
そう言って……そこで、順序が整っていないことを認識する。
名乗りには名乗りを。当然のことのはずなのに、ディルムッドからの突然の頼みもあって場が混乱していた。一歩前に踏み出し、手を差し伸べてディルムッドを立ち上がらせる。……握り返す手の仕草は意外なほどに柔らかいものだった。騎士。なるほど、女性への振る舞いも資質の内か。
握手のように手を握りあったまま、顔の見えぬ槍兵へとライネスは己の名を告げる。
「では、ディルムッドよ。私も名乗るとしよう。我が名はライネス・
「はじめまして。お会い出来て光栄だ、【輝く貌】のディルムッド・オディナ。エルメロイII世だ。私を呼ぶときはII世を付けてくれると助かる…………どうかしたか?」
ライネスにつづいて自己紹介をした義兄の声が疑問を孕む。
「……エルメロイ…………いや。エルメロイ、II世?」
ディルムッドは、小さくそう呟いた。握った手が、微かに震えていた。
ライネスとエルメロイII世は顔を見合わせる。後ろで見守っていたエジソンは、無言で部屋を出ていった。どうやら彼ら3人で解決しなければならない問題のようだった。
「…………運命よ」
槍兵の口から漏れ出たその言葉は、彼とエルメロイとの間に結ばれた、ライネスすら知らぬ奇妙な因縁を思わせたのである。
その日、運命に出会う?
第四次の記憶を持ってきたディルムッドと、彼の元マスター・ケイネスの姪。
フェイトゼロ・アフター・オルタナティブ。
今後も(全て描写するかは分かりませんが)こんな感じで時々サーヴァントが増えていく予定です。
◆本作に登場する(予定の)ロード・エルメロイII世の違い
・エルメロイII世(プレイヤー=エル):第四次の知識はない。アルトリアとは接点なし。日本は良いゲームを作る国。
・エルメロイII世(サーヴァント=孔明):第四次の知識がある。アルトリア顔恐怖症。日本嫌い、ただし日本製ゲームはとても好き。
どちらにしても、ケイネスの死とイスカンダルとの出会いを経てエルメロイを継ぎ、「ロード・エルメロイII世」を名乗るのは同じです。
第四次聖杯戦争がなくても(Apocrypha)、魔法少女世界でさえ(プリズマ☆イリヤ)約束された結末。いわばアトラクタフィールド