超巨大邪竜ファヴニールから逃走する中で敵勢力の捕虜となってしまった主人公だったが、有意義な情報とかそうでない情報とかを無節操に敵陣営へ提供しつつ虜囚としての毎日を送っている。ビジネストークにおいて必ずしも情報の質や量が重視されるとは限らない。むしろストーリーラインとふんわりした納得感を演出することこそが重要になるときもあるだろう。そういう感じ。
さて。そんな日々の中で開催された『FGO』初の生放送が放送事故気味に終わりを迎え、そして数日が経過した……。
>>> [1/3] オルレアン獄中記その3~日常~
◆
「ヨーロッパ連合に
名前はイスタンブールに改名統一されてるけどね。
しかしまあ、なんだ。あんまり政治的な話はやめておこうや。
「あら、そう? じゃあ別の情報を提供しなさいな」
OKアサシン。政治、民族、宗教、ゲームハード論争に最強議論、そういう物騒な話題はなしだ。今日もノンポリでいこう、ヨシ!
それじゃ、サイエンスの話題に移行しまーす。
◆
「そうか……ラヴォアジエ氏の名前は未来でも残っているのか。彼は比較的善良な徴税請負人だった。残念ながら、当時それが理解され減刑されることはなかったが……」
サンソンさんはどこか感慨深げにそう言った。話を振った側のはずの俺は、逆に首をひねる。
「徴税? いや、俺が知ってるのは化学者なんだけど。『質量保存の法則』の発見者」
「徴税請負人は高収入な仕事だった。彼はそれを研究費に充てていたらしい。科学研究には金がかかるだろう? その資金調達が市民の恨みを買って、革命の折には
せ、世知辛ぇ……。でもそうだよな、どんなに頭が良くても引っ張れる金は有限だもんな……。
話を聞いてるだけで学費とか奨学金とかのことを連想しちゃって軽く震えを催す俺とは対象的に、仮面女は余裕の表情だ。こちらは見た目通りのお貴族様とのことで、本人が言うところでは留学する学生への支援なんかも行っていたとか。
「あの日の処刑は、とても慌ただしいものだった。ラヴォアジエ氏は、ギロチン処刑された後の自分に意識があるかどうか身をもって実験すると豪語していたそうだが……結局、どういう結果に終わったのかも僕は知らないな」
「へえ。公開処刑なんて見世物にするためにあるようなものなのに、どれほど急いでいたというのかしらね」
「あのときは、確か……そう。35分で26人だ」
うわっ……。俺の心の距離が、黒ずくめのサンソンさんから少しばかり遠ざかる。真っ黒な装いには血の汚れを目立たなくする効果もあるんだって。怖いわー。
「正直言ってドン引きよ。流れ作業じゃないんだから。私の
……うっわぁ。俺の心の距離が仮面女からもガッツリと遠ざかった。そっちの方が嫌だよ。この女は血の汚れを隠すどころか、逆に鮮血で化粧とかしちゃうタイプだろうぜ。ジル・ド・レェといいこの女といい、快楽殺人者ってのは一体なに考えてるのかサッパリ分からんね。
しかしそんな猟奇的な彼らに対して、俺は俺で未来人特有のノリが災いしてか価値と常識を共有できなかったので、拷問室の3人はだいたいいつも三角形みたいな心理ポジショニングを取る構え。いや、最初に会った日から大して変わってねぇなこれ……。
◆
「だーかーらー! その血塗れの手がバッチィから俺に触る前に手ェ洗えって言ってんだろォーーーーッ!!?」
俺は叫んだ。また別の日のことだ。
俺の言葉の先には、「学術的興味に基づき」切断された俺の右脚を勝手にいじくり回しているサンソン氏。別にしばらく寝てればHPごと回復するんだけどね。その辺相手も心得てきたのか、最近では生かさず殺さずの技量を見せつけてくる。なんだか無限の住人の
俺の右脚ちゃんに夢中になるあまり左脚も欲しくなってきたらしいサンソンは、俺の手洗い勧告に水を差されたと言わんばかりの表情を作って剣を下ろした。そうそう、手洗い大事。ゼンメルワイスさん嘘付かない。
しかしその後ろでは仮面女が右脚ちゃんを拾い上げ、切断面から流れる赤黒い血をペロッと舐めている。……すっげぇ不味そうな顔して脚ごとポイしやがった。別にいいけど、せめてもうちょっと丁寧に扱ってほしいよな。
不満げな俺にサンソンは言った。
「……手洗い。そんな原始的な手法で負傷者への感染症が防げると? 君は、患者ではなく、処刑人や医師の清潔にこそ病毒の原因があると言いたいのかい? ちなみに僕は『あの方』を斬首できたら3日は手を洗わない自信があるが、やはり貴種の血は俗人のそれとは違うのだろうか……」
「あら、当然でしょう。それに処女の血は美肌にも良いのよ? 知らないの?」
「……ひ、非科学時代のド畜生どもが……っ!」
俺は強い威嚇の意思を込めて唸りを上げた。サンソンは仕方ないとばかりに両手をコートでぐいっと拭い、それから改めて綺麗なお手々に剣を握ると、俺の左脚をスパッとやった。
……今更だけど俺、女のアバター使ってなくて良かったわ。こいつら俺が一般男性スタイルだからこんな感じの扱いだけどさ、きっと俺が美少女だったら毎日愉快なことになってたぜ。
NPCの文化的背景の再現度が高すぎるせいだろう。尋問を続ける俺たちの間には、相互理解を諦めるレベルでの文化的断絶が横たわっている……。
◆
と、まあ。そんな風にときどき牢屋から連れ出されて尋問などを受けつつも、特に代わり映えなくオルレアンの獄の中にいる。
外界では南東のリヨン攻囲戦がいよいよ正念場を迎えつつあったり、南西で聖騎士ゲオルギウスと吸血鬼ヴラドIII世の大激突があったりと色々騒がしいようだが、所詮は壁の外のお話だ。俺は、特異点調査資料としてカルデアに提供された電子書籍群から『横山光輝三国志(全60巻)』を読み進めているところだった。藤甲兵ちょっと強すぎない?
三国志って一口に言っても、無双とか恋姫とか、あとはガンダムなんかもあるんだっけ? ……とにかく色々あるけどさ。やっぱり脳内イメージに一番近い孔明像ってのは横山三国志の孔明だと思うんだよね。キャラ格を決めるのは謎ビームなんかじゃないんだ。そんなもの無くたって強キャラは強キャラを張れる。敵に『げーっ孔明!』とか言われるとそれだけで笑っちまうからな。
『……名作であることに異論はないが、せめてフランスに関係あるものを読んでくれないか』
何となく通話中だった相手のカネさんがそう言った。数ある検証班の一つ【ヒムローランド】のリーダー格を務める女性である。普段はカルデアゲートに常駐して(俺とは違う、真面目な)資料調査とかをしながら、ときどき特異点にも降りてきているらしい。
「これが終わったら『項羽と劉邦』に進む予定なんだけど」
俺は生えかけの両足を器用に動かし、ごろりと寝返りを打ちながらそう答えた。物理書籍じゃないから360°どんな体勢でだって読書が楽しめる。
ただし、一応の欠点がないわけじゃない。世界の原則は等価交換、電子データを使う限り物理の重みは手に入らないからな。
ともあれ、古代中国モノが最近の俺のマイブームだ。三国志の前は『キングダム』を最新刊まで読んでいた。
『漫画にしたってベルばらとかあるだろうに』
カネさんは溜息を一つ。
別に俺だって中国史だけに没頭してるわけじゃないぜ? リヨンの観光パンフとかオルレアンの観光パンフとかも読んでたし。史跡なんかは2015年のそれより新しかったりするから結構面白いんだ。歴史マニアも大満足の再現率だと言えるだろう。
『まあ、君に調査の方の成果を期待してるわけではないがね。むしろその監獄からより多くの情報を発信して欲しいところだ』
「と、言われてもなあ」
俺の方から出せる情報なんてのは粗方とっくに話してある。戦闘職と非戦闘職の間を行き来する殴りキャスターである俺は、ゲームについて提供できるほどに深い話題を持ち合わせていない。専門化と先鋭化。あらゆるゲーム、いや人間が関わるおよそ全ての分野に共通する制約だ。乗り越えるにはそれなりの工夫が求められるだろう。
……しかし同時に、彼女は理のないことを言うキャラでもない。カネさんが情報を求めるということは、そこに何らかの需要があるということだ。そして予想に違わず、彼女は俺に今プレイヤーの間で広まりつつあるホットなネタを教えてくれたのだった。
◆◇◆
「……ゲオヴラ?」
『そう、ゲオ×ヴラ。ヴラ×ゲオ派も確かにいるが、やはり有力なのはこちらだろう』
ゲオ×ヴラ。……ゲオルギウス×ヴラドIII世。
つい先日に行われた聖騎士ゲオルギウスとヴラドIII世の戦いはあまりに激しく、そしてあまりにドラマチックだったため、それを周りで見ていたプレイヤーたちに尊みの嵐を巻き起こしたのだという。
……。
いや、まあ、いいけどね。そういう趣向もアリだと思う。それが現実に影響を及ぼさない限りにおいて、あらゆる妄想は自由であるべきだ。『FGO』はVRMMO体験を主眼に据えたゲームだが、ことサーヴァントに関して言うならキャラクター商売の系譜を受け継いでいると俺は見る。
キャラクターコンテンツってのは関係性を売る商売だ。魅力的な女の子が一人突っ立っててもカネにはならん。それを観察するプレイヤー、もしくはその女の子と相互作用する別のキャラクターを追加していくことでコンテンツを増幅させる必要があるわけだ。だが、公式がそれを常にやってくれるとは限らねぇ。だからこその妄想、だからこその二次創作。それは多くの人間から共有されることで、共同幻想の性質を帯びる。無論、それを受けて公式がどうするかはまた別の話だが……
『同じキリスト教徒、ともに救国の英雄でありながら、いまや立場を違えた聖人魔人となって戦わねばならぬ運命。互いの武芸と異能の全てをぶつけ合う激闘。そして迎える、聖句による浄化と決着……! 好敵手を称える男の友情……やはり渋いオジサマこそ正義だった……!』
「……あれ?」
いや、待て。あんま興味なかったから考え事しつつ適当に聞き流してたけど、掲示板で聞いた決着までの流れと少し違うな。
俺が聞いた話では、二人の必殺宝具【
『ハァイ! 突然だけどサプライズ・ライブよ! チェイテ城からルーマニアのリズムに乗せてお送りするわ! 【
「ぐわーッ!」
「ぐわーッ!」
「ぐわーッ!」
乱入者【エリザベート・バートリー】、通称エリちゃんがまとめて全部持っていったはず。ちなみに上から順にゲオルギウス、ヴラドIII世、周りのプレイヤーたちの悲鳴である。このうちゲオルギウスとヴラドIII世だけが自前のガッツで生き残り、半死半生の吸血鬼サーヴァントは聖人の聖句で浄化されたとか。さすが英雄、常人ならざる根性値を見せつけてくれやがる。
……ああ、エリちゃん? なんかプレイヤーと合流したらしいね。その際ゲオルギウスとの間に
「──汝は竜?」
「アイドルよ!」
「"
などという微笑ましい一幕があったそうで動画が掲示板に上がっていたが、まあゴタゴタしてるって話も聞かねぇからそれなりに何とかやってんじゃねぇのかな。細かいことは知らねぇけど。
……今、あっちの地域はイギリス人と宗教関係者ばっかりで、正直関わりたくない気持ちが強い。別に宗教が駄目ってわけじゃねぇんだけど……何というか。日本の日常生活の中じゃあんまり馴染みがないからな。カネさん、アンタだってそうだろ?
しかし彼女は、俺の問いに対して何故か語気を強めた。
『……知らんな』
「え?」
『そんな女のことは知らんと言っている! これはいわゆる横殴りだぞ。例えて言うならスパロボで敵のボスといざ決着というタイミングになって、突然現れたニンジャロボットがトドメの一撃を持っていくようなものだ! この泥棒! 私の経験値と資金を返してくれないか!』
何か、琴線に触れるものがあったらしい。
まあ気持ちは分からんでもないさ。だがな、『FGO』で横殴り禁止なんてのは寝言みたいな話だぜ。ありゃあ敵を確殺できて狩りゲーが成立する世界での話だろ? こっちは殺らなきゃ殺られるんだ。経験値もパーティ全体に入るわけだし、囲んで棒で叩くのが大正義ってもんよ。もちろん寄生は駆除することも考えるべきだが、その辺はまた別の話だし。
『あたしもあの子嫌いじゃないけどなー。何かノリがあたしに似てるっつーか?』
『……そのフォローで私からの印象が良くなると本気で思っているのか!? というか通話中なんだから、マキジは黙っててくれないか』
『嫌だね! あたしがこんなに暇してるのに、カネちんは駄弁る相手がいてズルい! つーかカルデアゲートに引きこもってるの飽きたんだけどー。なぁ~、あたしたちもオルレアンに降りてさぁ、一緒に話題のエリチャンに会いに行こうぜぇ~』
……おっと、横からマキジさんが出てきたぞ。カネさんのリア友だという、破滅的なノリを持つ女性だ。かつて奴が主催したプレイヤーイベント『【雪山】ステージ3㌔踏破トレイルラン』は、参加者全滅という華々しい戦果を持ってプレイヤーたちの記憶に焼き付けられている。一連の騒動をまとめたノンフィクション事件記録【カル甲田山】は『FGO』が生んだ文学の金字塔とさえ呼ばれていた。
ともあれ他人の話を横で聞いてるのもどうかと思ったので、俺は通話の音量を絞って三国志に戻ることにする。……おお、孔明が肉饅を発明したぞ! やっぱ天才軍師は違うなー、発明家属性まで持っていたとは驚きだぜ。
◆◇◆
『ぜぇ、はぁ……すまない、待たせた。聞き苦しいものを聞かせてしまったか?』
しばらくして、カネさんが通話に戻ってきた。マキジさんの気配は既にない。さては死んだか? 俺は事件の気配を訝しむ。通話先で起きた殺人事件。第一目撃者は俺。犯人は恐るべき知能を持った地獄誤軍師カネ……。口封じを恐れた俺はとっさに無関心を装った。
「──いや、漫画読んでたから別に」
『そ、そうか……なら良いんだが。ああ、そうだ。例の戦いを編集した動画があるんだ。
「そんなに」
『そうとも。そら、動画を送ってやろう。暇があったら見ておくと良い、そしてゲオ×ヴラに目覚めろ。尊さのあまり死ぬがいい』
そんな殺害予告メッセージとともに動画が添付されて送られてきた。4K画質……。明らかに布教であった。俺はまだ
しかしアレだよな。俺はもらった動画を【新しいフォルダー】へ適当にぶち込み陽気に尋ねる。ゲオルギウスって言ったら要するに
『それを言うなら先日生放送でコメントしていたシュヴァリエ・デオンもだな。近世から近代へ……フランス革命時代を生きた英雄だ』
ああ、デオンさんもフランス人だったか。中世近世近代ってぶっちゃけ区別がよく分かんないので、仮面女や黒外套の処刑人と合わせて「昔の貴族様」みたいに思ってるフシはある。
じゃあ、敵味方サーヴァントでフランスを護る側と攻める側が逆転してるわけ? ……いや、ヴラドIII世とか思いっきり関係ねぇしなあ。歴史上の人物がワラワラ出てくるわりに、奴らの共通点が全く見えねぇよ。一体どういうセンスで選んでるのか。
『その辺は我々も鋭意調べているところだが。しかし、聖ゲオルギウスについてだけ言うならば……百年戦争期のフランスにおいて、英国の守護聖人である聖ゲオルギウスの存在は、むしろフランス側の勝ちフラグとも言えるんだ』
は? どういうこと?
『うむ。時代をやや遡って西暦1422年……オルレアン特異点から見れば9年前か。当時、戦争の趨勢は英国側に大きく傾いていて、英国王ヘンリー五世はフランスを圧倒、パリさえ下して見せたという。そして、権勢を示すためにパリで舞台公演を行った。内容は【聖ジョージの受難】。英国の象徴たる英雄の勇姿を、降伏させたフランスの首都で見せつけるのが狙いだったんだろう』
ははあ、政治だね。
『……が、しかし。なんとその公演の直後に英国王ヘンリー五世は病に倒れ、わずか34歳で死亡してしまう。情勢は混乱し、再び戦争が長期化を辿る中でフランス側に救世主ジャンヌ・ダルクが現れるというわけだ』
なるほど。聖ゲオルギウスは英国の象徴ではあるけれど、同時に英国自身の負けフラグでもあると。何だったかな、昔のアニメで自分のテーマソングが自分自身の負けフラグにもなっている……みたいなキャラがいた気がする。誰だっけ。マミヤ? ……違うか。でもそういう感じだろ?
『突然北斗の拳の話をされても困るのだが……。ああ、いや、話を戻そう。やはり、英雄をモデルにしたサーヴァントたちはこのゲームの華、中心的存在だ。彼らの情報は敵味方問わず待望されているところでね。シュヴァリエ・デオン以外の情報があればぜひとも提供してもらいたいのだが』
「うーん……ま、何かあれば連絡するよ。拷問室のスクショなら大量に提供できるけど、要る?」
『……一応、もらっておこう』
一応もらってくれるらしいので、スクリーンショット画像をまとめて送りつける。尋問担当サーヴァント達の姿も写ってるから、全く需要がないってこともないだろう。
突然の大容量ファイル押し付けに、カネさんは薄く笑ったようだった。善意の差し入れが微妙に相手の好みを外していたときみたいなアクションだ。……し、知ってたし。でもちょっぴり傷ついたので、俺は話の矛先を変えることを試みた。
「でも、サーヴァントの情報ならリツカに頼むほうが早い気がするけどな」
『ああ、リヨンの鉤爪男か。あちらも順当に進めば数日中には攻略できるだろうが』
リツカ含むジャンヌ一行は、フランス軍と合流したのちリヨンに布陣したらしい。ジャンヌ・ダルクに清姫、マシュさん、そしてクー・フーリン。軍の兵力とサーヴァント戦力が揃えば死者の都といえどもそうそう長くは持たないだろう。順調で何より。道々の周辺住民も協力してくれてるらしいし、流石は聖女様のご威光ってところだな。
『……ん? それは少し違うぞ』
「え?」
『確かにジャンヌ・ダルクは救国の英雄だが、情報伝達技術が未熟なこの時代において、南フランスの一般人はそもそも彼女の顔など知らん。彼らが協力しているのは、それが正当なフランス王軍であり、その証として
「フルール・ド・リス?」
『フランス王家の白百合紋だよ。ジャンヌ・ダルクの旗の端々に描かれていただろう』
……旗の、端……? ああ、何かあったような……なかったような……?
『これだ、これ!』
痺れを切らしたカネさんが画像を送ってくれた。おお、確かに旗の隅っこに小さい紋章が描かれているな。ド真ん中の金色でごちゃごちゃした図柄と、どこか似ているような似てないような。
『……折角だ。どうせ牢屋に閉じ込められて時間は幾らでもあるんだろう? 君に簡単な歴史の講義をしてやろう。まず、そもそもなぜフランス王族でもないジャンヌ・ダルクの旗にフルール・ド・リスが描かれているかという話だが……』
>>> [2/3] 独白
そして、俺の返事を待つこともなくカネさんは百年戦争史を
知っていることが半分、知らなかったことも半分くらいだ。とはいえ、それらに対する俺の理解もだいぶ浅いものだったらしい。
昔暗記したはずの単語と単語の裏の関係が改めて語られる。事実と事実の繋がり、物事の因果関係が具体的に肉付けされていくほどに、俺の認識は塗り替えられていき、きらびやかな歴史からファンタジー性が失われていくのを感じていた。物語の英雄が人間的になっていく……。
……俺は、このシナリオの行く末に興味がある。
科学だか魔術だか知らんが、『FGO』に実装された謎の超技術は限りなく
俺は平成日本に生まれ育った一般市民だからさあ。そういうサーヴァント役を振られた英雄みたいな超人的存在が、本当に超人的であり続けられるかって事にちょっとだけ興味があるんだよ。
少し自分語りをするならさ、子供の頃の俺は無敵だったんだ。何だって人並み以上には上手く出来たし、学校のテストで100点以外を取ることの方が珍しかった。何より、いつだってやる気に満ちていた。
……でもまあ。そんな時間はそう長くは続かなかったね。
高校に入った辺りからかな、教科書や参考書を開いたってその中身の全部が全部すぐさま理解できるとはいかなくなった。突き抜けた個性を持つような連中が周りにちらほら現れだした。落ちこぼれたりはしなかったがね。それ以上にもなれなかったのさ。
……けれど、そうじゃない奴もいる。「やれば出来る」能力を保ったまま、やる気を常に漲らせ続けられる奴がいる。やりたい事とやるべき事が一致し続ける奴がいる。ただ在るがままに過ごしているだけで、周りの人間誰もが救われるような人がいる……。
熱意ってのは一つの才能だよな。絶えず衰えず情熱を燃やし続けられるような人間は、いつか月にだって行けるだろう。
そういうホンモノに比べれば、俺はどうしようもなく凡人で、こうして皆と一緒にゲームを楽しむくらいが精一杯さ。それも普通のRPGなら勇者様にだってなれただろうが、VRMMOではな。どうしたって等身大の人間でいる他にない。
というわけで、そんなしょうもないセンチメンタルを込めつつ再現された英雄たちを眺めているわけだ。それだけに、今回のシナリオは俺にとって興味を惹かれるものといえる。
──ホンモノの聖女……ジャンヌ・ダルクは、実のところ文字通りの聖女様ではなかったのか?
一つの問いに答えは複数。
曰く、神サマの啓示は幻覚幻聴に過ぎず、その武功も当時の戦争ルールを無視したからである。
曰く、彼女は村人などではなく何やら高貴な血を引く落胤で、その聖女としての在り方も政治的演出の一側面に過ぎない。
そしてもちろん、ジャンヌ・ダルクは本当に聖女であったという答え。
『FGO』は、白い聖女と黒い魔女の両方を用意した。
善と悪、あるいは聖性と魔性? 二極に別れた対立項だ。
面白い設定だと思う。だけど、他に思うところがないわけでもない。その、言葉にしにくいモヤモヤをあえて口に出すなら、こうなる。
どうして聖女じゃなかったら魔女扱いになっちまうんだろうなって。
聖女と言えないのなら、『聖女ほどじゃない普通の人』でいいじゃない、みたいな? 世間の人の9割9分9厘は聖女でも魔女でもない普通の人なんだから。
いやまあ、事実ジャンヌは「お前は聖女じゃない、魔女だ」って扱われたわけだけど。
実際、先の撤退戦での白いジャンヌは非の打ち所がない聖女ぶりだった。黒い方もそうだ。怒りと憎しみをばらまきながら暴れまわる姿は魔女そのものだったと言っても過言じゃないだろう。
そういう、善悪どっちにも突き抜けないと済まないような両極端さが、どっちにも突き抜けられない凡人の俺には共感しづらいだけなのかもしれない。
だがいずれにせよ、白が味方である以上、黒はいずれ打ち倒されるだろう。おそらくは単なる悪役として。
それは困る。だから俺はこうして
ここに来たのは偶然の結果だが、せっかくの機会なんだ。俺は、俺自身の中にあるそういうモヤモヤについて一度時間をとって考えてみたい。
……色々言ったが、結局一言でまとめれば。
凡人の俺は、
というわけで、軽く主人公の設定を。どこにでもあるような青春の全能感とその挫折。
◆カネ(+マキジ):
Fateシリーズより氷室鐘(と蒔寺楓)。たぶん本人。作中の発言はリアル聖人の限界突破した尊さに当てられてしまっただけで、別に腐ったりはしていない。投稿数年後に読み返し、二人称が原作と違うという話題を出そうとして忘れていたことに気がついた。これじゃあわざわざゲオルギウスと絡めた意味が無いじゃないか……。いつかどこかで触れると思う。きっとたぶん。
総じて、普通に高校を卒業し、普通に大人になって、普通にゲームを遊んでいる人たち。思い出したように時々出てくると思われます。
『……ところで。カルデアで新たに召喚されたのがディルムッド・オディナだというのは本当なのか?』
「そう聞いてるけど。それが何か?」
『いや、別に何かって訳じゃあないんだが……』
ちなみに前世はグラニアだとか。作中で出てきた占いによれば、の話ですが。